観勒

  • 百済からの渡来僧

  • 暦本はじめ、天文・地理書、遁甲方術書を献上した。それらの書籍をもとに、
   陽胡史(やこのおびと)の祖、玉陳(たまふる)は暦法、
   大友村主(すぐり)高聡は天文と遁甲を、
   山背臣日立は方術を学んだという。

  • その後、蘇我氏のたてた法興寺に住したという。

  • 『三代実録』によれば、陰陽頭大春日真野麻呂の奏上した中に、
  「観勒のもたらした暦術は未だ世に行われなかった」とある由。
  少なくとも暦分野においては実践にまでは至っていなかったらしく見える。


(『日本陰陽道史総説』村山修一)



最終更新:2011年08月08日 10:42