「うー……暑い、皐月に入ったばかりなにこの暑さは……」
「まぁまぁ落ちついて、家としては大助かりじゃないか」

店頭でレティが暑さに参っていた。
しかしまぁおかげでアイスが売れるわけだしな。
それにしても確かに暑い。
もう夏になったんじゃないかというくらいの暑さである。
あれか、俺が早く夏来ないかな~なんて思ったからか。

……それはないか。

「むぅ……かくなる上は」

「え」

まさか、と思うが俺には止める事ができない。
彼女が何をしようと考えているのかはわかる、毎度の「ちょっと気温、冷やそうか……」だろう。
そして二人で巫女(最近W巫女になった、あの緑巫女、客で来ている癖に容赦ないところは霊夢とそっくりだった)や黒白にやられるだろう。

だがしかし彼女が立ち上がるのとたまたま客で来ていた紅白巫女がこちらを見るのはほぼ同時だった……

しぶしぶとレティは椅子に座り直す。

「まぁとりあえずこれでも飲んで頑張って耐えてくれ」

レティにアイスハーブティ―を出す。
ありがとう、とレティが美味しそうに飲んでくれた。

そして不図この時期によく見る物を思い出した。
確か八雲紫に押しつけられたまま押入れに仕舞いこんであったな……

「レティ、ちょっと店を頼む」

「?いいけど……どうかしたの?」



「ちょっとした客引きを持ってくるだけさ」





俺は住居側に戻り、押し入れに入った。
八雲紫に半ば強引に押し付けられたガラクタが色々と眠っているこのある意味禁断の場所である。
その中から目的の木箱を見つけ、外に出す。
蓋を開けると仕舞ったままの状態で静かに出番を待っている「それ」を見つけた。

場所は……前に新作発表に使ったポールでいいだろう。

「少し遅いがまぁ許容範囲だろう。押し入れで眠ったままでさぞ窮屈だったろ。
 思いっきり羽を伸ばしてくれ、ってもお前には羽はないか」

一人で何を言ってるんだ、と我に返ると気恥ずかしい。

「とりあえずやるか……」

俺は「それ」を持って店の横に行くとした。






「うーむ、こんなもんかね」

矢車も問題なし。
いい感じにポールにロープを取り付け、なびかせる事ができた。
風に乗って泳ぐその姿はいつぞやに来た竜宮の使いを何故か思い出させる。

「○○、これは何よ?」

レティが不思議そうにそれを眺める。
あぁ、初めて見るのか。

「ん?これは鯉のぼりって言ってな。この時期の風物詩ってやつかな。
 家族を表す、みたいなものだと思ってくれ」

本来は立身出世の意味合いだったらしいが。
何時の間にか家族を表すようなものとなったらしい。
とりあえず子はいないので2匹、なびかせている。
無論真鯉と緋鯉である。

あれ?ってことはだ……

「……」

レティもそれに気付いたのか顔が赤くなっていた。

「あー……その、なんだ、え、えーと……」

無論そんな意味合いなんて全く考えていなかった。
軽い客引きの意味で鯉のぼりを出してきたわけだが……

何だろうか、変に意識してしまって居心地が悪い。
お互い無言で鯉のぼりを見上げる。
何か客の視線を感じるが気のせいにしておきたい。

…………うん。

「レティ」

「な、何?」

少し慌てた素振りでこちらを向くレティ。
その手の指にはあの日から付け続けてくれている指輪がある。

「その、1年後にはちゃんとした意味でこの鯉のぼりをなびかせる。だから、まだ少し、待っててくれ」

「……うん。待ってる。待たせてばかりだったもの、たまには待つのも悪くないわ」

そして再び俺とレティは鯉のぼりを見上げる。
周りの連中も同じように見上げている、そんな気がした。

何時の間にか暑さなんか全く気にしなくなっていた。

今だけは、この力強く風に乗る鯉のぼりをレティと眺めていたいと思ったから。


新ロダ2-123
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春が終わりを迎え、いよいよ夏の赴きが幻想郷にやってきた。
つまりアイス屋としての本領発揮というわけだ、レティは機嫌が悪くなる時が多いが。

「ん?」

そんな繁盛日和の最中、住居側に戻ってみると何やら怪しげな紙が2枚、縁側に置かれていた。
こういう場合、まず2名の輩が容疑者として候補に挙がる。
一人目は困った友人、もう片方は困った新聞屋だ。





「なになに?【嫁、恋人に抱きつかれたい時、抱きしめたい時ってどんな時ですか?】?」





……どうやら後者のようである。
おまけに2枚という事は必然的に自分の分とレティの分、ということになる。

また面倒な物を置いていったものだあの烏天狗は。

「まったく、こんなアンケートに参加する理由なぞ持ち合わせていな「ふぅむ、面白そうね」……ぬ?」

気がつけば座っていた俺の背後から一枚アンケート用紙を持っていく者が一人。
振り向くと何時の間にかレティがいた、いったいいつの間に……

「匿名で載せるそうだし、暑さの気晴らしに付き合ってあげるだけよ。
 それと……ちょっとした自慢、かしらね」

そう言って少し頬を赤くして寝室に彼女は逃げてしまった。
と、なるとだ。

「俺も必然的に書かないと駄目って事だよなぁ……」

仕方ない、と腹を括りペンを持ち、内容に着いて考える。

「抱きつかれたい、抱きしめたいのとねぇ……」

嫁、恋人に関しては何も問題は無い、レティ以外に誰がいようというのか。
しかし抱きつかれたい、抱きしめたいという問いに関しては直ぐに答えが出るような物ではなかった。
いや、後者に関しては実際問題答えは出ている。

「そりゃ、なぁ、好きな女は常に抱きしめたいものだろう……」

だがそんな事書けるわけもない。
いや、匿名だから俺だと世間にわかるわけじゃないだろうし世間のバカップルどもならそんな事を容易く書くかもしれない。
つまりは……そんな事を書くのがとてつもなく恥ずかしいのだ。

「ぐぐぐぐ……考えてみれば凄い恥ずかしい事を答えなくちゃいけないんじゃないかこれは……」

頭を抱えたくなってきた。
自分の顔が暑さ以外で赤く熱くなっているのがわかる。












………………………あぁ、もう。













「抱きつかれたい時、彼女が辛くなった時。
 抱きしめたい時、上に同じ、と」










……あー、本当にもう。これ匿名じゃなかったら怒るぞ本当に。














「うーん、とは言ったもの、の……」

何を書けばいいのかしらね……
抱きつかれたい時、抱きしめたい時。
そんなのいつもされたいし、したい。
彼に抱きつかれ、抱き締められるだけで私は幸せになれる。
彼を抱き締める事がどれだけ幸せか。

しかしそれを書くにはあまりにも恥ずかし過ぎる。

不図鏡で自分の顔を見た。
少し頬の赤い熱っぽいような表情。
彼を思うだけで私は知らず知らずにこんな顔をしていたのか。

本当に罪な人よ、私をここまで駄目にして、愛してくれてるんだから。

「抱きつかれたい時、彼が辛くなった時。
 抱きしめたい時、上に同じ、と」

書き終えて部屋を出ると○○もどうやら書き終えていたようだ。
二人で縁側に紙を置いておく、その内烏天狗かその使い辺りが回収するでしょう」

そして○○の手を引っ張り、寝室まで連れ込む。

「んっ……」
「んむっ!?」

そして彼に不意打ちのように抱きつき、キスを交わす。
彼は驚いたけど直ぐに私を抱き締めてくれる。

「むぅ……どうかした?」

彼は困ったような顔をして私を見る。

「その……ちょっとだけ、抑えられなくなったから」

○○の顔が一気に赤くなった、そしてそれはたぶん私も。
そしてお互い顔を真っ赤にして俯く。
しばらくして彼の顔に向き直すのと彼が私を見るのは同時だった。
自然とお互いの距離がどんどんと近くなっていく。
そして再び口付けを交わしあえば最早止まらない、止められないだろう。






「こんちにわー文々。新聞でーす!」








「「!?」」

お互いに一瞬にして離れた。
あの烏天狗……!
しかし思えばまだ昼間の休憩時間、人が何時来るかわかったもんじゃない。
そういう意味では感謝するべきなのだろう、でも後で凍らせる。

「あー、その、まぁ、なんだ」
「○○」
「な、なんだ?」




「続きは、後でね?」



彼の耳元で囁く。
そして一度深呼吸をして不法侵入しているであろう烏天狗の所に行くとした。
後ろからは顔を真っ赤にした○○がかなわんなぁ……とか言っているのが聞こえた。

たまにはこういう恥ずかしいのも、いいのかもしれないわね。



新ろだ2-164
───────────────────────────────────────────────────────────

それは朝起きた瞬間から感じた違和感。

「む……?」

どうにも体の節々が微妙に痛い。
筋肉痛にでもなるような事は昨日はしていないはずなのだが。

「むぅ……」

おまけに体がダルい。
あれか、5月病にでもこの年でなったか……?
隣を見ると既にそこはもぬけの殻。
どうやら今日は彼女の方が早く起きたようだ。
彼女の寝顔を見て仕事への意欲も上がるというものなのだがまぁ仕方あるまい。

尤も、時折抱きつかれており、起きても起きられない状況になったりするのだが。

「んんん……いつつ」

おまけに頭まで痛んできた。
これは昨日の今年何回目かわからない花見と称した宴会で酒が残ってる可能性がある。
幻想郷の一人身カップル夫婦何でもありな宴会、羽目を外す輩など指では数え切れない。
一つの杯を二人で飲むなど当たり前、場合によっては口付けで飲ませ合うなんて芸当すらする。
無論俺とレティはそんな連中に付き合うつもりは毛頭なく、静かに風情を楽しみ、静かなグループと近況を話しあう。

ただしそういうグループは酔っ払いの奇襲をされるのが必定なわけで……

「八雲紫め、気付かれないように鬼のグループに巻き込みおって……」

酒を飲み慣れているとはいえ相手は常勝の鬼、しかも2匹。
おまけに天狗やら神やらも増援に入り、さすがの俺も帰りはきつかった。
ちなみにレティは俺の犠牲により、安全に離脱してくれたのは幸いである。

ともなればこの体の不調はやはり二日酔いだろう。
そうなれば解決策は

「レティの朝食かね」

味噌汁でも飲んで気分を新たに今日一日を頑張るとするか。
そう思いベッドから立ち上がり、一歩を進めようとすると……

「…………あれ?」


眩暈に襲われ、俺の意識は寝る前と同じ暗闇へと戻っていくのであった。












「さーて、こんなものかしら」

試しに味見をしてみるが問題は無いだろう。
今朝は私の方が先に起きたから朝食は私の番。
でも実は時折彼に抱きついて2度寝を決め込んでいるのを果たして彼は知っているだろうか?……たぶん知らないでしょうね。

そう。


私は時折、彼が横で寝ている事に心の底から安堵する時がある。


それは昔、時々見る事があった悪夢が故に。
もう感じるはずもないのに、もう待たせることなんてないのに。
しかし、それでも、彼がいなくなってしまう、そんな不安に襲われてしまう時があるのだ。
そんな時はいつも彼の暖かさと心の動きを感じる為に抱きつき、二度寝をする。
そうすれば不安も一瞬にして消えてしまうから。

「……大丈夫なのに、駄目ね私」

彼は人間を止めると言った、彼は私に婚約指輪を送った。
それで何を不安と思うのだろうか?こんなにも私は幸せなのに。
幸せすぎて怖いのだろうか?もしもこの幸せが壊れるなんて事があったら、なんて心のどこかで思ってしまっているのだろうか?

「……っと、朝から何を考えているのかしらね」

嫌な方向に進む自分の思考を振り払うべく首を何度か横に振る。
私の事なら何でもわかってしまう○○の事だ、考え過ぎて顔に出ていれば何かあったのかと心配をさせてしまう。
これは私の心の贅沢、そう見切りをつけて朝食を並べて行く。
私のと彼の分を並べ終えた時点で気がつく、彼がまだ起きて来ない事に。
いつもならばとっくに起きて朝食はなんだろうねぇ、と楽しげに待っているはずなのに。

「まだ寝てるのかしらねぇ……」

可能性は否定できない。
昨日は私を大酒飲み連中から逃がす為に限界くらいまで飲んでいたはずだ。
その結果○○は完全に酔っ払いとなってしまい、昨日は帰ってからとても燃えあが……朝から何を考えているのか私は。
自分の頬が赤くなっていくのがわかる。
そうなると今の自分がまるで彼の妻みたいね、なんていらない事まで考え出してくる。
再び首を何度か横に振り、何とか今の恥ずかしさを消す。

とその刹那、寝室から床に何かが倒れるような大きな音がした。

「?何か倒したみたいな感じだけど……」

あるいはベッドから落ちた、なんていう喜劇でも起きたのかもしれない。
とりあえずどうしたのかと寝室に戻ってみたほうがいいかしら。

「○○~?大丈夫~?」

返事は無い。
気になって部屋のドアを開けると、そこには、







うつ伏せになって身動き一つしない○○が横たわっていた。








「○○!?」

急いで彼に駆け寄り、彼を起こすと彼の息使いの荒さに只事ではないとわかる。
額に手を当てると物凄い熱かった。

「大変、熱が出ているのね……薬は……あぁ、常備薬なんてなかったわ」

今まで体調を互いに崩したことなんて一度もない。
怪我ならば何度もしているので絆創膏などの類はあるのだけど……
とりあえず辛そうな○○をベッドに寝かせる。

「こういう時どうしたら……永遠亭の位置はわからないし……」

となれば誰かに教えてもらうしかない、近場で考えれば妖怪の山か人里。
妖怪の山で聞くよりかは人里の方がいいのは確実ではある。
妖怪である私だけどあそこはそこを守護するハクタクの教育のおかげと、
○○の家の特殊な成り立ちにより私だけがいっても問題は無い、らしい。
なんでも、バックに八雲紫やら風見幽香やらがいるとかなんとか。
後で幽香に聞いてみようかしら。

「んっ……ぐっ……」

苦しそうに呻く○○を再び見る。
私には彼がどんな状態なのかすらわからない。
……迷ってる暇は無いわね。

「待ってて、必ずなんとかしてみせるから」

私は家を出て急ぎ人里へと飛ぶ。
逸る心を抑え、冷静に、冷静に。
それでもなお彼の身の心配だけで心は埋め尽くされる。

だってしょうがないじゃないの。

私は、彼を愛してるんだから……











「ここね、えーと……誰かいないかしらー?」

人里に着いてから数十分経ったくらいか。
○○の顔馴染みの果物屋の店主に会えてよかった、彼とは何度か面識があった。
おかげでこうして無事ハクタクの家を見つけられたのだから。

「慧音なら今は留守だよ」

しかし代わりに出てきたのは蓬莱人だった。
そういえばハクタクは人里で教師をしていると○○から聞いた事があった。
あら?でも……

「ねぇあなた、永遠亭の場所、わかるわよね?」

露骨に嫌そうな顔をされた。やっぱり知っている。
それならば話は早い。

「何だ、永遠亭に用があるのか。
 でもあんたアイス屋の○○の嫁さんだろ?病気になるとは思えないんだが」

嫁、という言葉に一瞬頬が赤くなるのを感じた。
しかし今は非常時、浮ついてる場合じゃないわ。

「○○が倒れちゃったのよ、だから永遠亭の医者に診てもらおうと思ったのだけど場所が分からなくってね。
 こうして○○の知人のハクタクの家を探して来たって事」

私の言葉に全てを納得したようで蓬莱人はよいしょっと言いながら縁側から立ち上がった。

「行きは一緒に行ってやるよ、帰りはたぶん八意永琳か兎が送るだろう。
 ○○には多少世話になった事だしな」

知らない話だ。
道中聞かせてもらおうかしら。
しかし今は○○が最重要、永遠亭に連れて行ってくれるならそれに越した事は無い。

「ありがとう、お願いするわ」

「あいよ、さぁていっちょいくかいねっと」





















(……ん?なんだ?何か意識が定まらない)

「疲労が原因ね、今までの疲れが抜けてなかったんじゃないかしら」

(この声は……八意永琳か)

「……よかった、変な病気とかじゃないのね」

(……体がだるい、だが起きなくては。客が来てるなら何かしなくては……)

俺はともすればまた落ちそうな意識をなんとか現実に戻すべく勢いよく体を起こした。



ガンッ!



「「いった……」」

するとレティと頭をぶつけてしまった。
どうやら俺はベッドに寝ており、それをレティが覗きこむようにベッドの上に座っていたようだ。
ぐぐぐ……痛い……

「あら、起きたのね」

平然と、いや、若干呆れた顔で八意永琳が立っていた。
この状況、ひょっとして……

「そうか、俺は倒れて」

いきなり意識が真っ黒な世界に誘われ、それを見つけたレティにベッドに寝かされているのだろう。
迷惑をかけてしまったな。

「そうよ、それであなたの彼女が藤原妹紅連れて血相を変えて私の所に来てあなたが倒れたって言って連れて来られたのよ。
 まったく何事かと思ったわ」

「いたた……べ、別にそんな事無いわよ!」

額を抑えながら顔を真っ赤にするレティに内心迷惑をかけてしまったなぁと反省。
まぁ俺も逆の立場だったら間違いなく血相を変えて永遠亭に飛び込みそうだが。

「どこか体に不自然な感じはある?」

「少し頭が痛いのと体がだるいくらいだな」

「疲労が積み重なった結果でしょうね、今日一日休めば大丈夫だと思うわ。
 念の為薬は出しておくわ」

はい、とレティに袋を渡された。

「疲労か……そんなに働き詰めだった覚えは無いんだがな」

「人間だもの、ストレス、疲労、知らず知らずに溜まっていくものよ」

そういうものか。
とりあえず今日は店は休みにしないといけないってことか。

「それじゃあ私は帰るわね、お大事に。
 あぁそれとお二人さん」

「「?」」

二人で訝しげな表情で八意永琳を見る。
何かあるのだろうか?

「今日は激しい運動は控えるように」

「「いらん世話だ(よ)!!!」」

くっくっくっ、と意地の悪い顔で八意永琳が部屋を出て行き、
俺と同じように顔を赤くしたレティがその後を出て行った。

ったく、そんな事はまったく……うん、たぶんまったく考えているはずないだろうに……
















「世話になったわね薬屋」

玄関まで薬屋を送る。
○○の為とはいえ急いで来てもらったわけだしね。

「いいのよ、私もここのお得意様だしね、持ちつ持たれずよ」

確かにこの薬屋はお得意様である。
医療に使うとかでよく○○のところに買いに来ているのを見ている。

「……そうね、また何かあったら頼むわ」

「えぇ、それじゃあお大事に」

薬屋は悠々と空を飛んで帰っていった。
見えなくなるくらいまで見送り、少しだけ急いで家の中に戻る。
自然と○○のいる寝室に向かう足が早足なのは気のせいじゃないと思う。

それほどまでに心がざわめくのは仕方ない。
大した事が無かったとはいえ、愛する人の無事な姿を見たいのは誰にだってあるはずだから。

「すまないなレティ、迷惑をかけて」

部屋に戻って開口一番彼は私に謝罪した。
すまなそうに寝ながら笑う姿にようやく私は心の中で安堵できた。

「迷惑だなんて思ってないわよ。
 今日はゆっくり休んで頂戴、そして元気になってくれればそれでいいんだから」

ちょいちょいと○○が手招きをする。
何事かと思って近づくと……

「んむっ!?」

唐突に口付けをされた。
いつもなら私がする側なのに……ずるいわ。

「んっ、ありがとうなレティ」

ぽりぽりと自分でやっておきながら頬を赤くする○○。

「もう……馬鹿」

私もたぶん熱でもあるかのように真っ赤になってるとは思う。
でも、おかげで本当に安心できた。

そう、大丈夫……何にも、不安なことなんてないんだから。





















「ん……もう夕方か」

レティのおかゆを食べて一眠りしたせいか体調はすこぶる好調になっていた。
ふと見るとレティがベッドにもたれかかって寝ていた。
おそらく俺が寝た後もずっと俺に付き添っていたのだろう。

本当に迷惑をかけてしまったな。

「ん……んんっ……」

そんな折、彼女の顔が徐々に何かに苦しむような表情に変わっていった。
何かしら悪夢でも見ているのかもしれないと思い、彼女の頭を優しく撫でてみた。
夢の中まではわからない、しかしこれで彼女が安らいでくれるのならば……
その願いが届いたのか、彼女の顔がやすらかなものに戻っていく。

「ありがとうレティ、こんな不甲斐ない俺を愛してくれて」

再び彼女の頭を優しく撫でる。
彼女が起きるまでした後、真っ赤な顔でお返しに口付けをされたのは俺とレティだけの秘密、ということにしておく。



新ろだ2-174
───────────────────────────────────────────────────────────
「……」
「……」

互いに何も語らずにただ縁側に座り外の景色を眺める。
この時期であれば特に珍しい景色でもなく、1年見てもこんなのはよくある事である。

だがしかし、時にはこういう憂いの時もあるのではないだろうか。

見ているのは過去か今か。
レティの目を盗み見してもそのどちらなのかは窺い知れない。
そんな折、彼女がこちらを見た、まるで俺が見ているのに気付いたかのように。

「どうか、した?」

「いや、あまりに暇だっただけだ」

一応アイス屋は開店中である。
しかしこんな雨の中、誰がわざわざ来るだろうか?
妖怪の山と人里の丁度真ん中辺り、左をいけば魔法の森、右をいけば紅魔館へと続く場所。
立地条件としては中々の物だが足を伸ばす必要があるのは明らかである。
故に開店中ではあるが実質今日は休みと思っていいだろう。

「そうねぇ、こんな雨じゃ外に出る気分でもないし」

そう言って立ち上がり、んー、と伸びるレティ。
今日はノースリーブのタイネックにロングスカートという出で立ちであり、
胸やら白い陶磁器のような肌やらに多少ドギマギとしてしまう。
本当に何を着ても似合うのはある意味才能じゃないかなぁ。

「いっその事この雨模様を雪景色に変えて見せるのも面白いかもね」

「今日辺りは襲われずに済むかもしれないな」

雨が降ろうが雪が降ろうがあまり風情を楽しまない者ならば忌々しい事に変わりは無い。
いや、むしろ雪ならば犯人がいる分鬱憤を晴らせるか。
そんな事はさすがにさせないし、彼女に雪を降らさせるつもりもない。
しかし結局暇である事に変わりは無い。
さて、どうしたものか……

「いっその事昼寝でもする?」

唐突なるレティの提案。
昼寝、かぁ……それもありか。

「二人で昼寝なんて久しぶりだなぁ」

とりあえず準備中の札を店側に置いておく。
寝室に入ってみると既にレティが布団の中に入って待っていた。
横に入ると彼女に横から抱きしめられた。

「んー、こんな憂鬱な天候でもこうしていると紛らわせるわね」
「……そりゃどうも、っていってもお互い様か」

彼女の温もりを感じると雨音も何も聞こえなくなっていくような気さえしてくる。
感じるのは彼女の温もりと彼女の鼓動。
ぎゅっと彼女が俺を抱き締めていくうちに何時の間にか俺の意識は眠りの世界へと誘われていった。

























……夢を見ている。

なぜそれがわかるのかと聞かれれば目の前にいる後ろ姿はどう見ても私だ。
そう、これは夢だっていうのはわかってる。
たぶんまた同じような夢だろう。

私がずっと恐れている不安。
何度も何度も悩まされ、そして振り切っても尚見続ける悪夢。

冬の景色を『夢の』私は楽しんでいた、そして待っている、あの人を。
私を愛して、そして私自身も愛してしまった人を。
しかし、いくら待ってもあの人は来ない。
彼の家へと戻ってみても彼の姿は無く、庭は枯れ果て、家は荒れ果てていた。
そして地下へと入ってみてようやく彼を見つける、動かなくなった『彼だったものを』
絶望のあまり膝から崩れるように座り込む私の姿を見たのはこれで何度目か。

彼が人である限り、私が妖怪である限りこれは夢ではない、残酷であり、当たり前の未来。
彼が人を止めると言っても、この不安は恐らく消えはしないだろう。

それ程に、私は弱くなっているから。

もちろん彼を信じている、方法はなんであれ、彼は私と一緒の道をずっと生き続けてくれるだろう。
ならば何故不安なのか?心から彼を信じているのに何故こんな夢を見ているのか?








だって本当は、これは悪夢じゃないから……









悪夢のような光景が光と共に消え、新しい光景に代わる。
夢の私は何時の間にか彼に抱かれ、嬉しくて嬉しくて涙を流している。
きっと彼が人を止めてしまった時は私も同じように泣いてしまうだろう。
外の世界を捨て、人の輪の中の世界も捨て、そして人としての世界も彼は捨ててしまう。
そうさせてしまったのは私である事は誰にも否定させない事実。
初めの内は冬にしか会う事ができなかった、彼と一緒の世界を見る事が出来なかった。
そんな彼を愛する自分がほとんど彼に返していない事を悩む時もあった。
どうにかして1年を彼と過ごせないかと思い悩んだ時もあった。

今なら少しくらいは彼に返せているのだろうと思いたい。
彼に今幸せ?と尋ねると恥ずかしそうに幸せだと答えてくれた時の彼の心に嘘偽りは無いと信じてるから……




「ん……」

不図目が覚めた。
そして状況を確認して一瞬だけびっくりした。
何時の間にか、○○に抱かれているという状況になっている事に、だ。
きっと私が夢に少しだけ魘されていたのを感じたのかもしれない。
もしかしたら夢が最終的に悪夢にならないのは○○がいつもこうしてくれていたのかもしれない。
彼の胸の中で彼の生きている証である鼓動を聞く。

あぁ、彼はこうして生きている。私と一緒に、何時までも、どこまでも。

彼に抱かれるままに私は瞳を閉じた。

こうしてくれているならば、今日は幸せな夢しか見れないのがわかるから……



新ろだ2-211
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「へいらっしゃいらっしゃい!全部当てる事が出来たら景品が出るよ!」
「河童特性キューカンパージュース!美味しいよ!」


「凄い人と妖怪の数ね」
「久しぶりの全体で行う祭り事だからなぁ……仕方ないだろ」

夏真っ盛りの中、妖怪の山と人里を結ぶ街道で俺とレティは二人で店の前に二つの出店を出していた。
俺はクレープ屋、レティはかき氷屋だ。
自分の家の前なのに出店を出すのはなんだか違和感しか残らないが規定ならば仕方がない。
今日は幻想郷夏祭り、当日だ。
人妖問わず出店を出し、夜の盆踊りを楽しみ、花火を見る。
決して互いに危害を加えない事、それが博麗の巫女と八雲紫によって定められた決まり。
それを破った者は……いや、考える事ではない。
現に前を見れば人が、妖怪が、祭りを楽しんでいるのだから。

「しかし……レティも屋台巡りに行けばよかったじゃないか。何も手伝わずとむっ」

いきなり人の口の中にかき氷はどうかと思うんだが。
しかしじと目でこちらを見るレティに俺は何も言えなかった。

「それは本心かしら?場合によっては頭を冷やしてもらうわよ?」

「……聞かなかった事にしてくれ」

つまりは二人で回れなきゃ意味がない、そう言いたいのだろう。
まったく、とじと目を止めてくれたレティの肩に手を置く。

「後で少しだけ回ろうか」

お返しとばかりにクレープを彼女の顔の前に差し出す。

「……許してあげる。はむっ、うん、美味しいわ」

どうやらこのまま食わせろ、という事のようだ。
やれやれ、お嬢様の機嫌が直ってくれてなによ……








「あぁ熱い熱い、夏の暑いじゃなくてここだけ「熱い」わぁ」








何時の間にか扇子で自身にパタパタと風を送る風見幽香の姿が俺達の屋台の前にあった。

「「!?」」

慌ててクレープを彼女に渡し、距離を取る。
店先でべたべたしてたのは迂闊だが彼女が来るとは思わなかった。
見れば風見幽香は紅を基調とした浴衣を着ており、花の髪飾りを身につけ普段の活発さとは違い、妖艶さを醸し出していた。

「どう?似合うかしら?」

くるりと回転して見せてきた。
うむ、似合っている。だが褒めない。横が怒るから。

「馬子にも衣装かしら」
「馬子にも衣装だな」

「あんたら後でアメリカイヌホオズキ送ってやるわ……」

幻想郷に咲いてるのかそんなもの……とは心の中で思っておく。
今のところはお互い笑いながらではあるがこちらのお嬢さんの顔色はまだ少し赤い。
とりあえず何を頼むんだと聞くとかき氷の蜂蜜とチョコメロンクレープを頼んできた。
まさかと思うが二つ同時に食べるのか?

「てっきりあなたも浴衣だと思ったのに、違うのね」
「仕事するのには動き辛いもの」

ふーん、と気の無い返事で風見幽香はかき氷を受け取る。
不図、横目でこちらを見た後、意地の悪そうな顔をし、



「でもあるんでしょ?誰にも見せていない、○○にだけ見せたいと思ってる程のとっておきのが」




瞬間、んなっ!とレティは顔を真っ赤にして言葉を失った。
図星、なのか?

「やっぱり」
「べ、別にそんなの用意してないわよ!」

何もかもわかったような顔と反して家のお嬢さんの顔はどんどん真っ赤に染まっていく。
むっ、客が来た。ミカンとバナナチョコだな。少しだけ待ってくれ。

「どうせ祭りの終わり際にでも、とか言い出せないでいるんでしょ?
 あーやだやだ、何時からあんたはそんな風になっちゃったのかしらねぇ」
「う、うるさいわね!営業妨害になる前に帰らないと氷像にして川に捨てるわよ!」

はいお釣り。ん?アイスはやってないのかって?
隣のかき氷で……いや、セットの中にアイス入れてるのならばあるが。
まぁ明日来てくれるならばいつも通りアイス屋として販売しているが……追加注文?アイス入りも?今作るから待っててくれ。

「○○!何関わっちゃいけないみたいに接客してるのよ!このどうしょうもない花妖怪追い出すの手伝ってよ!」

「はいバナナチョコアイス入り、と。
 いやレティ、客が来てるならそっち優先じゃないとだな……
 ていうかそこな花妖怪、家のお嬢さん虐めるついでにこっちの計画もぶち壊すような事しないでくれ」

やれやれ、と隣の喧嘩を仲裁する。
俺達は恥ずかしがり屋なのは向こうもわかっている。
故に昔からの知り合いとして弄りたいのもわかる。
だがあまり弄られ過ぎると拗ねてしまうから勘弁してほしいものだ。

「なんだ、○○はちゃんとわかってるじゃない。よかったわねレティ」
「うるさい黙れさっさと向こうにいけ後で家に行くから首を洗っておきなさい」

あら怖い、と風見幽香は悠々とクレープとかき氷を持って人混みに……人混みが避けていった道を歩いていった。
相変わらずというか何というか、だ。

「○○」
「……花火までもう少し、着替えてくるといい」
「いいの?」

是非もない。

「俺だってまぁ祭りはレティと楽しみたいと思ってたから、な」

ぽりぽりと痒くもない頬をかく。

「うん!」

レティは勢いよく俺の横から抱きついて頬に口付けをしていった後、家へと戻っていった。
……くそう、今日の夜は本当に暑いな。















「やはり着付けに手間取ってるか……?」

俺も事前に出店の荷物と一緒に用意しておいた浴衣に着替えておく。
群青に淡い水色の縞が少し入った清涼感というよりは落ち着きを感じさせる色彩の浴衣だ、中々の物だと思う。
そして視線は自然と家の玄関に。
情けない、待つ事を焦る様になるとは。
待つ事には慣れている、だがしかし、この場合はちょっと違う。
彼女がどう綺麗に、可愛く、そして俺の心臓の鼓動を早めるのか。
確実に言えるのは今心を落ちつけたとしても彼女が登場したらどうしょうもないということだ。

「だーれだ」
「うおっ!?」

そんな思考の深みに落ちているといきなり後ろから視界を塞がれた。
声に聞き覚えがある、いや覚えどころじゃない。
しかし、何時の間に……

「いったい何時の間に背後に回ってたんだレティ」
「さて、何時かしらね」

視界を遮っていた彼女の手が離れた。
つまり背後には着替えたレティがいる、というわけだ。
無駄だとは思うが一度心を落ち着かせる為に生唾を飲み、意を決して振り返る。

彼女は恥ずかしそうに頬を少し染めて立っていた。
少し口紅を塗り、髪には雪の結晶のような小さな髪飾り。
そして浴衣は蒼に白を少し混ぜ、さらに花を少し入れた清楚感を感じさせる大人の色気。
俺は言葉を失い、ただただ見入っていた。
どうして何を着ても彼女は俺をこうも狂わせてくれるのか。
どうしてこうも彼女は美しいのか。

しかし、それだけではお嬢さんは満足できないようで。

「も、もう……どうなのか、言葉ではっきり言ってよ」

さらに頬を真っ赤に染めて要求してくるのであった。
俺が呆けて見入っているのはわかっているのに、だ。

……かなわんなぁ。

「……綺麗だ」

言えたのはこれだけだった。
相当に参ってしまっている自分にとってはこれだけでも十分に発言できたと思っている。

しかし、彼女はそれだけでは満足せず、



「じゃあ次は……態度で示して」



そしてこちらに抱きつき、見上げ、目を閉じたのだ。
瞬間、さらに俺に心は慌てふためき、自分の頬が赤くなるのと体温が急激に上がったのがわかった。
お、落ち着け、まずは……
俺は彼女の肩を掴み、位置をくるりと入れ変える。
さすがにあのままだと通り側に見えてしまう。
そして意を決して彼女の求めに応える。
強く求めてくる気配がある彼女ではあるが俺はあくまで軽く行う。
理性は最早粉微塵であれど、この後の事は考えておかなきゃならないから。

そしてお互いの顔が離れ、不満そうなレティの顔が見える。

「……駄目ね私、どんどん理性が保てなくなる」
「恥ずかしがり屋の俺達にとってはいいのか悪いのか、わからんな」
「それでも○○が正しいわ。見られる趣味は無いし、お祭りが終わっちゃうもの」

そして彼女は抱きつきを解除すると俺の手を取る。
彼女の左指の指輪を見、そして少しだけ強く握る。

「それでも……ぎりぎりだったよ。
 ただ先の事を考え続けるだけで持ち堪えた。
 そうじゃなきゃ……溺れていただろうな」

その言葉に嬉しそうに笑い、手どころか腕毎抱き締める形に変えてくる。
俺はそんな彼女を嬉しく思い、通りに出て出店を二人で眺めて行く事にした。

内心では、ちょっと乗ってしまった方がよかったと後悔していたが忘却の彼方に消し飛ばす事にする。



















どーん、と大きな音と共に花火が咲き、そして散る。
盆踊りを二人で眺め、そして今度は河原で花火を見る。
周囲には俺達と同じように互いに寄り添い、花火を見る恋人、夫婦達の姿があった。

「綺麗、ね」

レティが花火を見ながら声をかけてくる。

「あぁ、一瞬が故の美しさだな」

咲くも散るも一瞬。
一刹那のこの美しさは心に染み入るものがある。

「ねぇ○○、今さら言うのもあれな話なんだけど」
「どうした?」

そして一瞬悲しげな顔をして。

「妖怪の私にとってあなたの寿命は一瞬。
 それをよしとしないあなたを止めないし、嬉しいわ。
 でも、無茶だけはしないでね?……………いえ、ごめんなさい。忘れて」

「レティ……」

「ちょっと感傷的になっちゃっただけだから、忘れて?お願い」

そう言われては何も言えない。
だが寄りそう彼女を強く抱き締める。
驚いたような顔をしたレティであったが直ぐに俺の肩に手を置き、空を眺める。

きっと、これが人の身で見れる最後の花火。
信じているからこそ不安も付きまとってくる。
彼女を待たせている身としては心苦しいなれど、焦る事はしない。

最後の花火が打ちあがり、咲いた。

夏の終わりは……もうすぐだ。



新ろだ2-318
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「さて、今日来た理由はわかるわね?」

秋も深まる中、八雲紫がやってきた。珍しく真剣な表情で。
ちょうど休日であり、たまたまレティが外出中にである、明らかに狙って来たとしか思えない。
それだけならば普通だが今回はしっかり呼び鈴を鳴らし、玄関から入ってきた。
その手にあるのは一枚の紙、神無月間近となれば内容は一つ。

「…お前の企みを察しろっていうのはどだい無理な話じゃないか?」

渡された紙は予測していた通りの物。
紙にどでかく書かれた神無月旅行の文字。
今年で3年目となる外の世界への旅行。
それへの誘いだと言うのならば1年目の話。
今さら八雲紫が誘いに来るのは些か信じ難い。
だがかといって何を企んでいるのかもわからない。

本当に厄介な友人だな……

「知ってるのよ、今年で、最後だってことを」

その言葉に俺は渡された紙を落としかけた。

「何故知っている、ってのは聞くだけ無駄そうだな。
 ……レティと出会って、彼女を愛して、その時から、決めた事だ」

俯く八雲紫。
彼女は止めるのだろうか、それとも黙って背中を押すのだろうか。
目を瞑り、何かを考える彼女からは何も察する事が出来ない。

「いつか、こうなると思ってたわ。
 幽々子が西行妖を悲しげに眺めた時も、彼が私を好きだと言ってくれた時も。
 そしてあなたがレティ・ホワイトロックを愛すると決めた時から、こうなると思ってた」

本当に頭がいいのも考え物ね、と八雲紫は薄く笑う。
そして真剣な目で。

「約束よ、絶対に私の友人であり続けなさい。
 私の友人として好きな○○であり続けなさい、そうならなかったら許さないわ」

と告げ、一瞬にしてスキマで去っていくのだった。
顔を見られたくなかったから逃げたか、と心の中で苦笑する。
冗談じゃない、誰が止めてやるものか。

「お前こそ、飽きたから友人を止めるとか言い出すなよ。
 そんな事言いだしたら許してやらんからな」

どっかで聞いているであろう八雲紫に聞こえるように言う。
全く、おせっかいな妖怪だ。





……少しだけ、目が潤んだのは内緒だ。






























「ただいま」
「おかえり」

幽香の所へ夏祭りの喧嘩の決着をつけて家へと帰ると○○は既に夕食の準備を始めていた。
匂いから察するに今日は肉じゃがかしら。
不図、テーブルの上に置かれた一枚の紙を見る。

【今年もやってきた!外の世界への神無月旅行!愛しのあの人と一緒にランデブー!】

どんどん内容が下世話になってきている気がするんだけど気のせいかしら…?
そういえば、と今さらながらに思い出す。
最近は夏と秋の季節変わりだけが原因とは思えない程の暑さ寒さのばらつきに忘れていた。

既にもう秋真っ只中であり、もうすぐ神無月すら迎えるのだという事を。

「今年も、行くのね?」

「レティが嫌じゃなければな」

私が嫌なら本当に行かないでしょうね。
でも、何となくだけど、今年も行かなきゃいけない気がする。
1年目も2年目も私にとっては大事な、大事過ぎる程の旅だった。
何より、横目で見た彼の顔が決意に満ちた顔に見えたから。

料理している彼の背後から抱きつく。
おっと、と言いつつも私のされるがままの状態で私の手に手の平を重ねた。

「今年も、いい旅にしましょうね」
「あぁ、今年もいい旅にしような」

今からでも楽しみだけど、今はこうして彼と触れ合っている時間を感じよう。
そう思った私は彼の背中により一層抱きついた。




私達は本当に今、幸せだ。






新ろだ2-336
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「はい到着と、1年振りとはいえなーんも変わらんなぁ」
「そんな直ぐに色々と変わるものじゃないわよ」

前もこんな事を言っていたな、とホームに移りながら思う。
今年で3年目となる神無月旅行。
まず初めに向かうとすればそれはお決まりの場所。
俺の故郷の港町、今まさに3回目の帰郷を果たした。

くすり、と少し微笑むレティと共に駅からタクシー乗り場へ。
そのままそれこそお決まりの場所へとまずは向かう。
途中、花屋へ寄り、【例の花】を買っておくのを忘れない。

「あぁそうだレティ、いい忘れたが今年はそれぞれ別れて報告しないか」
「?いいけど……どうかしたの?」

理由という名の言い訳を考えたが全く浮かばない自分が情けない。
ちょっとな、と返すのが精一杯だった。
それだけで彼女は何かしらを察したのだろう、わかったわ、と了承してくれた。

心の中で彼女にすまない、と謝る。






今年で3度目、か……








今年で、俺は……

















「お久しぶり。
 また今年も、報告に来たわ」

彼が入り口で待つ私を呼びに来たのは彼が墓地に入って30分後だった。
供えられたブローディアの花、掃除も少ししたようだ。
今年で3度目となる死者への、彼の祖母への報告。

「彼は何をあなたに報告したのか…
 大体の予想はついています、彼の事は、何でもわかってしまうから。
 こういう時、こちらからしか語れないのが悔しい」

合わせる手に力が籠る、その歯がゆさに。

「あなたが生きていれば、あなたの言葉を聞けた。
 彼がこれからする事を、私に責めてくれたかどうかはわからない。
 それでも、聞きたかった。どうしょうもない事だけど、聞きたかった」

私と彼が会う前に死んでいた人物との会話など無理な事はわかっている。
それでも今だけは、今だからこそ、話してみたかった。

「きっと、2年前のあの時、あなたに告げた時からずっと、決意した裏で、悩んでいたと思う。
 彼は強い、そして私は……なんて弱い。
 彼をずっと信じているのに、いつも不安に思ってしまう」

独りだったら、こんな私にはならなかった。
でも、それは寂しい事なんだと、今だからわかる。
そして、彼への心配、不安も、杞憂に過ぎないんだと、それもわかっている。
信じて、不安になって、信じて、不安になって、その繰り返し。

でも、それも今年できっと終わる。
だから、私も。

「ごめんなさいね、弱音を置いていって。
 『あっち』じゃ、誰に聞かれてるかわかったものじゃないから。
 もし、来年もこんな機会があったら、少し変わってしまった彼と一緒に来ます。
 でも、少し変わるだけだと私は信じています、彼の友人たちもそう思ってると思います」

少しだけ、変わろうと思う。
弱くなって、そして強くなったのだと。
立ち上がり、少しだけ墓を眺め、そして彼の待つ場所へ。









不図、何時までもあの子をお願いします、なんて都合のいい幻聴が聞こえた気がした。












本当に都合のいい幻聴だと、そう思う。











それでも、私は、













ありがとう、と











言わなければいけない気がした。
























「噂通り、いいスポットだな、これは」

墓地での件からレティが少しだけ、明るくなったような気がした。
何かふっ切れたのか何なのかはわからないがよかった、と思う。
彼女には俺の事で迷惑をかけにかけてるし。
そんな彼女を連れ、街並みを少し回り、食事をホテルで取り、
俺が知らない間に有名なデートスポットになった小高い丘に二人で来てみた。
星空と、そして街並みの全てが一望できるこの光景はなるほど、確かにいいものだ。
ベンチに二人で腰かけ、星空を見る。
不図、レティがこちらを見ている事に気がついた。

「ん?どうかしたか?」

「いえ、墓地から戻ってから少し明るくなったような気がしたから」

むっ、と俺は唸る。
まさか俺が彼女に思った事を彼女が俺に思っていたとは。

「レティこそ」

少し恥ずかしい気持ちになった俺は少し目を背けながら返す。
するとレティはくすりと笑い、そうかも、と返してきた。

「明日から、また色々と回ろうね、○○」
「……あぁ、旅はまだ始まったばかりだからな」

今年はどこへ行こうか、何を見ようか。
彼女とならどこへでも、どこにでも行ける。
彼女が笑顔であるならば、それだけで、俺は幸せだから。




















「すまん、ちょっと行っておきたい場所があるから付き合ってくれないか」

彼は最終日、帰る直前にそう言ってきた。
無論私は断る理由もなく、いいわよ、と返す。

彼とは今年はいろんな場所へ行った。
前は街並みを見るだけ、買い物をするだけで済ました。
けれど今年は遊園地に行った、水族館へ行った、博物館へ行った、映画館へ行った。
それこそ数え切れない程色んな場所へ行った。
今まで互いにそういう場所へ行く事を考えていなかった。
ただ二人で、どこかを歩くのが楽しいと、幸せだから、と。

だけど思い出は、いっぱい、色々とあった方がいいと、わかったから。

「あぁ、ここで少し待ってもらっていいですか?
 はい、すいません」

彼が家がいっぱいある場所、住宅街というらしい、そこで止めてくれるように運転手に頼んだ。
彼が降りるのを確認し、私も降りる。
そして少し住宅街の中を着いて行くと、彼がある場所で立ち止まった。
何やら看板が立っている古い家、売地、と看板には書かれている。

「ここが、俺とばぁちゃんが暮らしていた家だ。
 今までどうにも来る踏ん切りがつかなかったが今年だけは、見ておきたかったんだ」

彼は憂いを含んだ目で、その家を見ていた。
きっとこの家で暮らしていた時の事を思い出しているのだろう。
その思い出には私は入れない、入ってはいけない。

きっと彼が今日ここに寄ったのは、

「……じゃあな」

この場所に別れを言いたかったから。

もう、帰らないんだと、そう言いたかったんだと、思う。

「行こうかレティ、幻想郷で俺達を待ってる客がいる」

差しのべられた手をぎゅっと掴む。
きっと彼はそうして欲しいと思ったから。
手で止めずに彼の腕に抱きつく。

「……すまんな」
「いいのよ、こうしたいのは私もだから」

きっと戻ればいつも通りの彼になる。
今だけは、浸らせてあげたい。
弱い彼を、見守りたい。









冬は、もう、そこまでやってきている。






全ての始まりであり、そして、一つの終わりを告げる冬は、もう、すぐそこまで……


Megalith 2010/10/27
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レティと二人で夕飯を終え、互いに風呂も済まして縁側で二人、秋の夜空を眺めながらの一杯。
そろそろ寝るか、と二人で片付けに入る前の一杯を飲もうとしたその時であった。

「おはこんばんちわー!!!」

高らかに背後から厄介な来客の声。
またスキマから勝手に入ってきたのかと飲みながら振り返り、

「どう?似合う?」







博麗の巫女のコスプレした八雲紫に思いっきり酒を噴いた。











「……で、何の用よ」

俺の背中を擦りながらレティが帰って欲しい客に尋ねる。
久しぶりに驚かされたぞ、まさかこんな手を使ってまで驚かしに来るとは…

「そろそろハロウィンじゃない?
 今年は仮装パーティじゃなくて知り合いに仮装するパーティにしようと決めたのよ。
 というわけで私は霊夢になってみたわけよ、どう?」

「あー落ちついた、ありがとうレティ。
 ろくな事考えない奴だな、本当に」

大体博麗の巫女は未だ少女だろうに。
少しは立場と年相応の振る舞いをし……

「あら手が滑ったわ」
「危ないからやめろ」

針はやめろ針は。
次は絶対当ててやるんだからと目で威嚇してくるな。

「というわけで、あなた達も参加しない?
 服もサイズもニーズに合わせて用意してあるわよ」

スキマから出された服は幻想郷の住人達がよく来ている服達。
これは白黒魔法使い、こっちは地霊殿の主、こいつは紅魔館の門番のか……
サイズも小さい奴から大きめまで、こういうところは手抜きをしない奴だ。

「私は○○が参加するならするけど…」

レティがこちらを見る。
その瞳は少し面白そうだ、という感じがする。
ん?しかしだ。

「ていうか男はどうするんだ、これだと女装だぞ」

さすがにそれは勘弁してほしい。
前回の紅魔館の執事がナース服やってた時のような事を自分でやるのは嫌だ。
そういう趣味はないし、恥ずかしすぎる。

すると八雲紫がチッチッチッと言いながら人差し指を左右に振る。

「もちろん男物もしっかり用意してあるわよ。
 おそらくお互いの格好をしたいなんてバカップルも出ると思ってね」

新たなスキマから取り出されたのは確かに見覚えのある服ばかり。
……仕方ない。

「あぁわかったわかった参加する」

「よろしい、後でまた来るからその時までに何を着たいか決めておきなさいね」

八雲紫はじゃあねーと手を振りながらスキマで帰っていった。
いやはや、妙な事にならなければいいが。

「いいの?乗り気じゃなければ私は別に……」
「いいや、たまには少し変わったお互いを見るのもいいだろう?」

なんだかんだで誰にレティが仮装するのか楽しみになっていた。
レティは少し顔を赤らめてありがとう、と返してきた。
やっぱり女性は色々な服を着てみたいんだろうな。



しかし忘れていた。


レティが誰かの仮装をするならば誰かがその逆をする事もありえることを。







「あらレティ、やっぱり私の仮装にしたのね」
「あら幽香、やっぱり私の仮装にしたのね」

博麗神社で風見幽香を見つけたらこうなるのは必然だった。
仲は本来いいんだがな、仲は。
好敵手と言った方が正しいのかどうかは俺にもわからん。
ついでに俺は迷った結果コックとした。
無難過ぎてつまらないと八雲紫に言われた、余計なお世話だ。

「私に憧れていたなんて知らなかったわ、どう?いい服でしょ?八雲紫が用意した物だけど」
「嫌だわ幽香、逆でしょ?あなたが私に憧れてたんでしょ?ありがとうね、そんな風に思っていてくれたなんて」

笑顔で言葉のボディーブロー。
完全にこの一角は浮いてしまった。
俺は何時飲み比べか弾幕勝負に発展するかを待ちながら周囲を見渡す。
八雲藍と橙はお互いの仮装をしている。何か後ろで旦那が釣られてるけど見なかった事にする。
紅魔館の主とその妹もお互いの仮装、髪の色が一緒だったらどっちがどっちかわからないかもしれない。
メイド長は永遠亭の薬屋だった、中々に新鮮だ。

と、そんな裏でついに彼女達は上空で弾幕ごっこを始めた。
ご丁寧に弾幕も仮装らしくお互いのを真似て撃っている。
付き合いの長い彼女達だからこそできる芸当なのかもしれない。
こら囃し立てるな外野、詐欺兎、賭けを始めるな。

ドタバタとしながらハロウィンパーティは進んでいく。
俺は勝負がつかずに飲み比べで勝敗をつけにくるであろう彼女らの為に酒を集める事にした。





「うーん……」
「はしゃぎ過ぎだぞ」

神社の裏手にて彼女を膝枕しながら介抱する。
隣では風見幽香が沈んでおり、枕として座布団を丸めて置かせてもらった。
結果は引き分け、珍しく二人ともはしゃいだ結果酔いが早く回ってしまったようだ。

「なんでかしらね、普段と違う自分て思うと色々とはしゃぎたくなっちゃったわ。
 たぶん、幽香もだと思うけど」

あはは、と少し困ったように笑うレティ。
そして少し間をおいて「ねぇ」と尋ねてくる。

「今の私、どうかしら?」

服は風見幽香がよく着ているチェックの服、そしてスカート。
普段どちらかというと大人しさを印象的にさせるレティの服装とは真逆に活発的な印象を少し受ける。
それは普段の風見幽香の名残か、それとも彼女の本質か、どちらにしろ……

「可愛い、とは言っておく」
「あら、じゃあ時折着ようかしら」

それは勘弁してくれ、と返しておく。
店先で今日みたいな事をされても困る。
それに、だ。

「別に仮装しなくったってレティは俺にとって一番だし、な」

少し顔を背ける、ちと恥ずかしいからな。
そんな俺に彼女は嬉しそうにありがとう、と返してきた。
……あぁ、どうにもなれんな、こういうのは。

そして再び「ねぇ」という問い。

「トリックオアトリート、っていうんでしょ?」

何が、とは言わない。
確かにハロウィンとは本来そういう物だ。
まぁあの連中にとっちゃ騒げる口実なだけでいいのかもしれないが。

「むぅ、さすがにそういうのはないなぁ」

表に戻ればあるのだが今は持っていない。

「じゃあいたずら、と思ったけど代わりの物を貰うわね」
「代わり?それはいったいな…んむっ!?」

起き上がったレティから俺の疑問への返答は速かった。
肩に手を置き、さもすれば俺を押し倒す勢い。
それに応えるべく彼女の腰に手を回し、彼女の求めに答える。
ひょっとしたら隣の風見幽香が起きてしまうんじゃないかとすら思える程に情熱的に。
彼女は満足したのか、唇を離した。

「んっ…続きは帰ってから、さすがにここで、隣に幽香がいて、この服では絶対駄目だから、ね」
「だったら危ない事はしないほうがいいと思うがな」

お互いに顔は酒だけではない赤を色濃く残している。
それでも彼女はしばらく俺にしなだれかかるように抱き締めてくるのであった。



ついでにやっぱり風見幽香は途中から起きていた。
そして俺とレティは散々にからかわれ爆発したレティが再び彼女と弾幕ごっこを始めるのであった。
まぁ、こういう日もたまには、しょうがないのかもしれないな…


Megalith 10/11/11
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雪を降らせましょう






今日という日が幸せである事を願って






雪を降らせよう






銀世界となった幻想郷を見れば皆が美しいと思うはずだから






そして何よりも






彼と過ごすクリスマスの為に






そして何よりも






彼女が笑顔でクリスマスを楽しむ為に











互いの手を握り、小高い丘から冬の夜に彩られ、銀世界となった幻想郷を見渡す。
私と○○の幻想郷へのクリスマスプレゼント。
聖夜はやっぱり、ホワイトクリスマスで無ければ味気ない。

……いえ、違うわね。

つまるところ結局これは私の我儘。
それにかこつけて、冬を、雪を、○○と慈しみたいという私の我儘。
私が雪を降らせ、彼と一緒にこの光景を見る為の。

それに御誂え向きで、誰も文句を言わないのが今日。

こうして彼と一緒に白き世界を見るのがどれ程に幸せか。
この手にある暖かさは私だけの物。
周囲に誰もいないが故にこの世界は二人だけしかいないような錯覚さえ覚えてしまう。

不図、○○の温もりが手から離れた。

何かしら、と彼が私の後ろに下がっていくのを見る。
彼は真面目な顔を一瞬したかと思うと直ぐに頬を掻き、目を逸らした。

「……どうかしたの?」

「いや、な。やっぱりレティは綺麗だな、と再確認したかっただけだ」

彼の言葉に私は自分の頬が赤くなっていくのがわかった。
嬉しい、だけれども、やっぱり恥ずかしい。
いつまでも二人は恥ずかしがり屋、もう何年こうしているかわからないのにいつもこう。
お互いに思った事を口走って相手をドキリとさせて、結局言った自分までも真っ赤になってしまう。
○○も少し頬を赤くしているのだ、きっと立場が逆でも同じ事。
○○とこうしている事が幸せなのよと言ったら彼は真っ赤になって言った私も赤くなる。

だけど、それが嫌ってわけじゃない。

これが私達だから。

「寒く、ないか?」

彼が何を言いたいのか直ぐに分かった。
彼の方へ歩み寄り、

「暖めてくれる?」

「喜んで」

彼が私を大事そうに、優しく抱きしめてくれる。
彼の鼓動が聞こえる、少しだけ早い鼓動の音。
きっと私の鼓動も少し早くなってるに違いない。

自然と彼を見上げ、そして彼もまた私を見つめていた。
そこからの行動は必然。


彼と口付けを交わす。


優しく、それでいて情熱的に。
そして名残惜しくも顔を離し、互いに言っておくべき事を言う。





「メリークリスマス、○○」

「メリークリスマス、レティ」







しばらく互いを見つめ、そして抱き締め合いながらこの二人だけの幻想郷の世界を楽しむ事とした。


Megalith 10/12/22
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―――幻想郷に冬がやってきた。












―――俺が、幻想郷に来た、レティと出会った、レティと互いを愛する事を誓った、俺達の季節。















―――私が、幻想郷で彼と出会って、罪を背負って、彼と愛し合う様になった、始まりの季節。











―――俺が幻想郷に来てからもうすぐ10年目だ。














―――彼が幻想郷に来てもうすぐ10年目だったはず。
















―――そしてそれは……遂に俺の決断の日が来たということだ。




















―――そしてそれは……きっと彼の決意と決断に、私が応えなくてはいけないということだと、そう思った。





























○○サイド




















「こんにちは」
「むっ来たか、生憎と家には緑茶しかないが勘弁してくれ」

お邪魔します、と靴を脱いで上白沢家に入る。
事前に尋ねる事は伝えてある為こうして寺小屋が休みの日に彼女の家にやってきた。
しかし、彼女だけかと思ったその家にはもう一人客が来ていた。

「稗田のお嬢さんまでいるとは予想外だな」
「慧音さんに今日あなたがこちらに来ると教えてもらったので」

稗田阿求が縁側でニコニコとしながら座っていた。
その隣には紙が何枚か置いてあり、あぁ、なるほど、と彼女の用件を理解した。

「ちなみにだが八雲紫か?」

「ご名答です。彼女からの直々の依頼です」

あいつも覚えてたんだな……むしろだからといって勘が鋭すぎるだろ。
ともあれ、これは確かに避けては通れぬ道。
この幻想郷において【特別である】者はこの幻想郷絵巻に記される。
記録される事はある種暗黙の了解であり、当人が拒否しようともこの幻想郷という世界で特別であれば、記録される。

それは幻想郷に迷い、八雲家で暮らし、大きな事件を経験し、そして人里から離れ店を出している俺が記録されるのは必然だった。

尤も、その事件は上白沢慧音により【なかった】事になっている為稗田阿求はそれを残していない。
俺が記録されている理由はここに来た状況、人里外で暮らし、人妖との境界線に中立である事、交友関係、そしてレティと同棲している事等等。
そういった諸々の事情により俺は幻想郷絵巻に普通の人間として珍しく記録されている。

「済んだ後にはあなたとレティさんの内容を修正しなくてはいけません。
 ですから、必ず済んだら直ぐに私の所へ来てくださいよ?
 あぁでも結婚式の後でもいいですね、写真付きだとさらに」

そいつは勘弁してくれ……というか。

「あのでしゃばりスキマ妖怪め……どこまで喋ってるんだか」

「いいえ、彼女は何も。
 ですがあなたが何かをする、幻想郷絵巻の更新の準備をしておいたほうがいいから里の守護者の所で待っているといい、とだけ。
 結婚式はそこから導き出した結論の一つなだけですよ」

その返しに俺は苦笑した。
稗田阿求が何事か、と訝しげな顔をしたがなんでもない、と言っておく。
そこまで言うなら最後まで言えばいいのに、とは思うが一応心の中で感謝しておく。

「とりあえず了解した。全てが済んだらレティと二人で屋敷にお邪魔するよ」

さて、と気を取り直し、ずっと待っていてくれた上白沢慧音に体を向ける。
彼女は茶を飲みながらじっとこちらを見ていた。

「それでその何かに私が関係あるから尋ねてきたのか?」

「いえ、そちらが直接どうこう、というわけじゃない。
 ただ、どうしても今の内に言っておきたかった事があるんだ」

それは何か、と目で先を促される。
今だからこそ、改めて、彼女に言わなければならない。

「本当にありがとうございました。
 あなたがいなければ俺とレティは共に生きる事はできなかった。
 俺達の罪の為に協力していただいた事は本当に感謝してもしきれません。
 ……ただそれだけを、今の内に言っておきたかった」

話の内容を知らない稗田阿求は何の話だろうかと疑問を秘めた目でこちらを見るが何も言わなかった。
おそらく大体の予想はついているのだろう、それ故に何も言わず、知らぬ顔で表に向きなおした。
そして上白沢慧音は一度目を深く瞑り、こちらを穏やかな目で見た。

「成程、ならば私が言う事は一つだ。
 決して罪に埋もれるな、彼女と共に幸せでいてくれ。
 それが無理矢理ながら手伝った私の、改めての、言葉だ」

俺は頭を下げ、ありがとう、と返した。



























「久しぶりだな」
「お久しぶりです、この前のハロウィン以来ですね」

あれ以降宴会事もなく、外で会うような事も無かった。
とはいえ、彼女に用件があるわけではなく、そしてその事を彼女も理解しており……

「咲夜さんなら自室にいると思うのでご案内しますね」

門番である彼女の手によって紅魔館の門は開かれた。
周囲の妖精メイドに軽く会釈をしておく。



願うならば今日は互いにとっての厄介者がここに現れないでいてほしいものだ。
あの黒白のせいで話を聞けないではここまで来た意味がない。
尤も、実際には霧雨魔理沙とも話をしてみたいといえばしてみたいのだが、な。



「いらっしゃい。美鈴、御苦労様、後でクッキーを持っていくわ」

取りとめのない話をしながら紅魔館の中を案内されて行くと、少し前のドアが開き、紅魔館メイド長が顔を出した。
今回紅魔館に来たのは彼女に聞いておきたい事があったからだ。

「ありがとうございます!それでは○○さん、ごゆっくりー」

「はいよ。……さて、仕事中にすまないな」

案内された彼女の部屋の椅子に座る。
対面に彼女も座ったかと思うと何時の間にか紅茶のセットが。
慣れたとはいえやはり少し驚いてしまうな。
一口、口に入れる。

「いいのよ、あなたには世話になってるしね。……それで、私に何を聞きたいの?」






「……先に言っておく、失礼は承知の上だ。答えたくなかったら答えないでくれて結構」






おそらく、彼女にこんな事を聞いた事があるとすれば一人くらいだ。
それは他人の俺がおいそれと聞いていい事ではないのはわかっている。

「……察しはついたわ」

さすが瀟洒と名高い紅魔館メイド長か。
話が早そうで助かる。







「それで、お前さんはどんな決意をしているんだ?」







「私の答えは一つ。私は人のままお嬢様に仕え、人のまま生き、人のまま老いていくわ。
 たとえお嬢様や妹様から誘われたとしても、ね。
 別れの時はいつか来るでしょう、それでも……残せる物があると思うから」







彼女の目はおだやかで、そして決意に満ち溢れていた。
俺とは真逆の位置にやはり彼女は立っていた、それがある意味嬉しかった。
俺はありがとう、と答え、席を立つ。

「迷ってるの?」

「いや、迷いを探しに来た、というべきかな?」

なにそれ、と十六夜咲夜が口元に手を当てながら笑った。
まぁ俺自身も何をしてるんだかな、とは思うんだ。
でもまぁ、きっと無駄にならない、そうだと思ってる。

「ついでに、紅茶の味のご感想は?」

「美味かった、いつも俺が出してるのと同じ物使ったろ?」

「そりゃ勿論、どこかの誰かが私に出すのと同じくらいの物を出さなきゃ私のプライドが許さない」

主従揃って負けず嫌いだな、と苦笑しながら返し、俺は彼女の部屋を後にした。

























「意外に短いな」
「馬鹿言え、本来こういうのはご法度なんだよ。色々と調整済みさね」

生きる者がこの渡し船に乗ってはいけないというのは聞いた事があるが本当だったのか。
紅魔館を後にし、彼岸を訪れ、会う約束をしていた幻想郷の閻魔、四季映姫ヤマザナドゥのいる裁判所へ。
彼女も忙しい身である事は十分に承知していたがなんとかこうしてアポを取る事が出来た。
ついでにこの船を動かしている死神が最近店の近くでサボっている事も密告しておこうとも思っているが。
とりとめの無い雑談でも交わして三途の川を渡るか、と思ったが直ぐに向こう岸に到着してしまった。
ありがとう、と礼を言い、さて、と裁判所に入ろうとする。

「あぁ、そうだ。あたいから一言」

「ん?」

死神が言葉をかけてきた。

「いつかあんた達を渡してやる時は二人一緒に渡してやるよ」

そうか、と俺は向き直り、手を振って三途の川を後にする。
そいつは……願ったり叶ったりな事だ。






「さて、○○さん」
「あぁ」

彼女の執務室で向かい合う形で座る。
四季映姫ヤマザナドゥは何時か、そうだ、初めて会った時のような真剣な表情と眼差しを俺に真っすぐ向けてこちらに語りかけてきた。

「あなたがどういった理由で私を訪ねてきたのか、そしてこの先何をするかもわかっています。
 しかし、あなたも珍しい人です。わざわざこうして閻魔に説教をされにくるなんて」

「これはケジメだ。新たなスタートを切る為の、単なる自己満足に過ぎないケジメ」

えぇ、そうですね、と返される。
しかしそれをわかっていて彼女はこうして俺と会ってくれた。

「今のあなたの決意を迷わす事はもう誰にもできないでしょう。
 この地での数多の出会いと、そして彼女との時間があなたの決意の源。
 閻魔として言うならば後で二人とも説教をしてあげますから覚悟しなさい。
 私個人として言うならば二人のアイスクリーム、また食べに行きますからね、とでも言っておきましょう」

ありがとう、と俺は感謝を込めて頭を下げる。
少し穏やかな表情をしていた彼女はさて、と小さく咳をし、また厳格な閻魔としての四季映姫ヤマザナドゥがそこにいた。

「では始めましょう、今日一日でまとめられる量にしておきました」
「あぁ始めてくれ、新たな旅立ちに残す物が無いように」

そして俺は閻魔からのある意味最後となる説教を受ける。
全てを逃さず、受け入れ、そして昇華する。
己の罪全てを背負う為に、これからもそれを忘れぬ為に……































「……」

そっと花束を置く。
誰もいない、何もない夜の草原に俺は一人立っていた。
いや、正確にはここには何も「なかった」場所。
おそらく取りこぼしはどこにもあるまい、それ故にここを知る者は少ない。
俺の今日最後に訪れるべき場所、ここが全ての始まりの場所。

不図何かが視界に入った。

見れば雪が降ってきていた。
あまりにタイミングがよすぎるそれはつまり、




「やっぱりここにいた」




そう、俺の愛しい彼女のささやかな舞台演出。
そしてやっぱり彼女には何もかもお見通しなのだとわかった。
俺の横に並び、俺の花束の横に花屋辺りから買って持ってきたのであろう花束を置く。

「ここにならば何かしら迷いがあるかと思った」

「……」

彼女は答えない。

「しかし何も無かった、ここに合ったのは過去すらなかったんだ。
 罪の残滓も既に色褪せる程にここには何も無くなっていたんだ」

ぎゅっと彼女が俺の左手を握る。
見える光景はどこまでも降り注ぐ雪と草原が広がっている、それだけ。
俺と彼女の罪はどこにも無い、何も残っていない。

「レティ、俺は、人間をやめる」
「知ってる」
「そして君に頼みたい、俺を君と同じ妖怪にしてくれ」
「…………死ぬかも知れないわよ?」

構わない、と俺は返す。
それは傍から見れば何と酷い言葉である事か。
彼女に俺を殺してしまうかもしれない事をやらせようとしているのだから。
彼女は俺の手を離し、少し離れ、向き合う形にになる。

「約束して、必ずあなたのままでいてくれるって」
「約束する」

彼女がその手に光のような物を作る。
それはおそらく俺を変えてしまう【何か】
一歩彼女が俺に歩を進める。

「約束して、ずっと一緒にいてくれるって」
「約束する」

ここまで何年も何年もかけた。
この地に、幻想郷に来て今日で10年。
一歩彼女が俺に歩を進める。

「約束して、私を愛してくれるって」
「約束する」

この瞬間の為に俺は長い歳月をかけた。
彼女の力に慣れる為に、彼女を必ず受け入れられるようになる為に。
一歩彼女が俺に歩を進める。
もう俺と彼女は触れる位置にまで来ている。

「……約束して、終わったら、私を抱き締めて、キスをして」
「……約束する、それじゃあ、頼むよレティ」

そして彼女は俺にその手の何かを俺の胸に当てる。
それはすぐさま俺の中に入り込んでいく。
自分の体の内から自分が変わっていく激しい痛みと、凍りつくほどの寒さを体全身に感じる。

倒れる俺をレティが抱き締めるのがわかったのと意識を失ったのは同時だった。



















「……うっ」

自分の顔を何かが照らし、物凄い眩しさを感じる。
何か柔らかな暖かい物が頭の下にある、とても気持ちがいい。
気がつけば夜の世界は朝陽によって終わりを迎えさせられていた。
そして日の光を遮ったのは……

「大丈夫?」

心配そうなレティの顔だった。
俺は大丈夫だと言わんばかりに名残惜しいが彼女の膝枕から立ち上がる。
指を動かし、軽く体を捻ったりしてみるが何も違和感は無い。
これで本当に変わったのかと、あまりにも変わらない自分に驚く。
いや、今になって気付いた。

冬の朝だというのにまるで寒くないことに。

それこそ俺が普通の人間で無くなっているという真実。
そしてレティを見る、彼女は不安そうな表情をしていた。

そんな彼女に俺は一気に近づいて抱き締めた。

「っ…!?」
「次は……キスだったな」

驚く彼女の唇を奪う。
そして彼女の目が理解を示し、瞼が閉じられた。
互いを求める交わりはそれこそ果てしなく、冬をも感じさせない熱を帯びて。
彼女も熱意を持って俺に応えてくる、自分はここにいるのだと、俺を愛してくれているのだとそれを感じさせてくれる。
いつまでも続くかとすら思えた交わりはしかし、己の息の限界によって解かれ、再び彼女の目が開かれる。
その目には涙が溢れ始めていた。

「レティ……これからもよろしくな」
「えぇ、ずっと一緒よ?それこそ冬が終わっても、ずっと、ずっとよ?」

彼女の涙を指で拭う。
これでもう彼女を悲しませる事は無い。不安にさせることも無い。
俺はずっと、彼女と一緒にいる事が出来る。

「レティ、愛している」

「私もあなたを、愛しています」

再び口付けを、今度は永遠の誓いのキス。
晴れた空から雪が降り始めた、まるで俺達を祝福するかのように。

もう俺達は離れない、離れてなど、やるものか。

俺は彼女を愛し、彼女と共に生きる。

そう、決めたのだから―――































レティサイド


























「ふぅ……」

一人、縁側で溜息をつく。
この家に一人でいるとどうしても心が寂しさを感じてしまう。
それはこの家が彼と私の家だから、それは幸せな事なのに、ね。

いえ、これは私の心の弱さ。
何より、今日だと、わかってしまったから。

「レティ、ちょっと出かけてくる。
 遅くなると思うからご飯とかは先に済ませてくれ」

朝に出て行った彼の顔を見て私は気付いてしまった。
時折見せる決意の眼差し、それが今日は一段と強く、私に向けられていた。







つまり……私も自分の心に決着をつけなくてはいけなくなった。









「あらレティ、今日は店は休みなの?」

そんな折、こういう事を唯一言える奴が現れた。
彼の差し金かと一瞬思ってしまうほどにタイミングが良すぎるのが気になるけど。

「えぇ、彼はちょっと出かけてるわ。
 ちょうどいい所に来たわね幽香、あなたと話したかったところよ」

しかし一人でこのまま抱え込んでおくにはあまりに、辛かった。

「その様子だと……遂にって事なのかしらね?」

家に上げて紅茶を持って行き、カップをテーブルの上に置くと幽香は真剣に私を見てきた。
その言葉に私はビクリと反応し、カップを持つ手が震え、カップが揺れる。
危うくこぼしかけたが何とか体勢を立て直し、彼女の正面に座る。
察しのいい奴よね本当に……長年の付き合いはこういう時に厄介ね。

「たぶん、ね。今○○はきっと色んなところを訪れてると思う。
 最後にどうしてもやっておきたい事の為に、未練を無くす為に、行ったんだと思う」

「最後、か……死ぬわけでもないっていうのにね」

涼しげに紅茶を飲む幽香を睨む。わかっている癖に、こういう心にもない事を言うのだこの女は。
怖い怖い、と片手をひらひらさせてくる様子に先程の真剣さは見えない。

「何が不安なのよ?信じ切れてないの?」

「信じてるわ、誰よりも。
 だからこそ、不安にもなるのよ」

色々と考えた結果、たぶん彼が考えている方法はこれしかないと私は考えた。
自惚れを感じていないわけではないし、そうしてくれるんだろうという期待も含んでいる。
彼は必ず「それ」を私に頼むだろう……だから、不安になる。
もしも、と思うと心が割れてしまいそうになるほど痛くなる。
私を信じてくれている彼を裏切らないかと、怖くなる。
重症ね、と幽香が溜息をついた。

「あいつは自分の決断を遂に行動に移した。
 まぁ決断してからある意味ずっと行動をしてたんでしょうけど。
 誰の為?……自分の為?確かにそうでしょうね、でも、それ以上にあんたの為でしょ。
 だったらあいつは大丈夫よ、今までそうしてきたんだから。そうじゃなかったらあの世まで行ってぶっとばすわ」

「……幽香」

「なんて顔してるのよ。
 一番あいつが信じてほしい相手はわかってるでしょ?それに応えられない程に落ちぶれたわけ?」


そう、彼は今まで私の為に色々と頑張ってきた。
私の為に、それこそ命を投げ出すような事さえしてくれた。
そんな彼が私に、頼むのだ。
だったら不安に思っている場合じゃない。

彼が決めた、ならば私も決めなくちゃいけない。
待っていたんだから、ずっと、ずっと待っていたんだから。
不安と信じる心が鬩ぎ合いながらこの時をずっと待っていた。

「そうね、彼に応えられなきゃ、彼を愛する資格なんて無いものね」

私の言葉に幽香は笑みを浮かべた。
まるで安心したかのように。

「その息よ、下手な事したら私が殺してあげるから安心しなさい」

「ありえないから安心しなさい………………幽香、ありがとう」

最後に小声で礼を言う、聞こえてるかどうかは……やっぱり聞こえていた。
目を丸くするな笑うな凍らせるわよまったくもう。

さっきまで私の心を占めていた不安はもうどこにもなかった。
この女に助けられたのは癪だけど、それでも、私は心の中で再び礼を言う。
そしていつかこの女に出会いが会った時、同じように苦しんだ時、必ず助け舟を出そうと誓った。

まぁそんな彼みたいな奇特な人間、早々現れるとは思わないけど、ね。














「こんにちは、薬屋いるかしら?」
「こんにちは、師匠に何か御用ですか?」

幽香と少し言葉を交わし、お互いにいつもの表へ出ろからの弾幕ごっこを終え、私は永遠亭にやってきた。
受付には月兎、他には誰もいないところを見ると運良く直ぐに会えるかしら。

「えぇ、今いる?」

「自室にいると思いますよ、私がご案内しますね」

月兎の案内の下、永遠亭の中を進んでいく。
しかし数えることしか来た事無かったけどどれ程兎がいるのだろうか。
進めば進むほど人間サイズから普通の兎まで、それこそたくさんの兎と出くわしている。
兎屋敷と言われてるのは本当なのねーと思っていると月兎が止まった。

「こちらです。師匠ー○○さんのところの冬妖怪さんが用があるそうですがー」
「入ってもらってー」

どうぞ、と月兎が襖を開けると丁度書類を書き終えたのか、くるりと椅子ごとこちらに向き直った薬屋がいた。
では私はこれで、と月兎は私が部屋に入ると襖を閉めて去って行った。

「はいこれこの前のお礼」

途中で寄った人里で買った酒まんじゅうを渡す。
この前○○が風邪をひいて随分と世話になった、そのお礼。
最初受け取るのを躊躇したが私が寒中見舞いのついでよ、と言うとしぶしぶ受け取ってくれた、

無論、それだけで私がここに来たわけでは無いのは彼女には気づかれている。
それが彼絡みだということも薄々検討がついているだろう。

故に

「ねぇ薬屋、話したく無ければ構わない。あなたにとってはとても重要な事だというのは重々承知。
 でもよければ先人として教えて、人を人以外の者にしてしまう事に後悔は無かったのかを」

瞬間、日頃そんなに表情を変えない薬屋の顔が驚愕に染まった。
さすがにこんな質問をした奴は今までいなかったのだろう。
だがしかし、私はその禁断の域に踏み込む。





私は、自分の覚悟を試したいのだ。





そして何故そんな質問を私がしたのかを彼女はその理由に気がついたのだろう。
一度ため息をつき、仕方ないわね、と呟いた。

「……そう、そういう事。でも残念ね、私と姫とじゃあなた達の参考にはならないわ。
 私はただ頼まれるがままに彼女の為に薬を作り、何も考えずに彼女に渡したわ。
 死ぬほど後悔したわ、彼女の苦悩を知る度に、自分の浅はかさに嫌悪だってした。
 藤原妹紅の存在で輝夜は救われた、それでも私の罪と自責の念は何時までも私に重く圧し掛かるでしょうね」

苦々しく吐き出すように語る薬屋はいつもの彼女とは比べられない程に悲しげで小さく見えた。
でも、と顔を上げ、真剣な眼差しでこちらを見る。

「あなた達はお互い覚悟の上なのでしょう?それだけで十分に違うわ。
 覚悟を決めたのなら貫き通しなさい、後悔を乗り越えなさい、それが私からの助言。
 尤も、その目だといらない老婆心に過ぎないのでしょうけどね」

苦笑する薬屋。
お見通しか、と内心で私も苦笑する。
ならば。

「……そうね、ありがとう。
 何時かあなたにも現れるといいわね、あなたの全てを包み込んであなたの荷物を持ってくれる覚悟を持った人に」

「それこそ余計なお世話ね。
 全く、勝ち組が悩みを相談に来たかと思ったら喧嘩売られただなんてね」

クスリと笑う薬屋は既にいつも通りスキマのような胡散臭さと落ち着きを持っていた。
襖を開け、廊下に出る。

「次来る時はおめでたか結婚祝いかしら?」
「それこそ余計なお世話よ」

先程の彼女の言葉を返すようにして私は薬屋の部屋を後にした。

















「わかり辛いわね本当に」

名前の通りというべきかしらね、この場合。
彼ならば直ぐに来れるんでしょうけど私にはまだなんとなく、でしか来れない。
結界が理由なのかはたまた術式か、とにもかくにもなんとか目的地には辿り着いた。
そしてそれは向こうにもわかっていたらしく、

「こんにちは、いい天気ね」

八雲紫直々に玄関の前で私を待っていた。
いつも通りの胡散臭そうな笑みはこういう時だとむしろ安心するかもしれない。
何もかも知っているような雰囲気が今の私には少しだけありがたかった。

「初めに言っておくわ。謝罪なんていらないし、したら許さない」

「むしろあなたに謝る理由がわからないわ」

よろしい、と今度は満足そうに微笑んだ。
八雲紫の案内の下彼女の家に入り、テーブルを挟んで対面に座る。
何時の間にやら湯呑みが置かれ、緑茶の香りがする。

「さて、何を聞きに来たのかしら」

「あなたならやり方くらい知ってるんじゃないかと思ってね」

何の、とは返してこなかった。
この女は全てを気付いている。
きっと彼の決意の中にはこの女が少なからず後押しをしたと私は考えている。
だからこそ、全てを知っていて、彼が友人だというこの女に私は尋ねる。

彼を、人で無くす方法を。

「知らなかったの?」

「私に近寄ってくる人間がいたと思う?」

それもそうね、と八雲紫が苦笑した。
まぁ目の前の大妖怪もほとんどその頃の私と変わらないと思うけれど、いたとして当時の博麗の巫女くらいかしらね。

「……無駄な事を聞くけどどうしても言葉で聞きたいの。
 あなたは彼を変える事を決意するのにどれ程悩んだのかしら?」

「後悔して、今がどれだけ貴重なのかを改めて知って、そして彼へのこの心がぶれない事を知るまでかしらね。
 私はもう彼から離れられないし、離れるつもりもない。彼が私を必要としている限りずっと傍にいたいから」

私の言葉に八雲紫は満足したのか彼女はスキマで庭に出た。
どれだけ物臭なのかと思いながらそれにならって私も庭に出る。

「あなたがよく地下の部屋を冷やしている結晶を作るのに使ってる力を彼の体に直接入れるだけよ。
 ただし、そこから彼が変われるかどうかは彼とあなた次第。
 勿論私は成功を信じてるし、もしも失敗したら二人ともスキマの中に永遠に放り込んでやるわ」

「それはますます失敗できないわね、あぁでも彼と二人で永遠にそのスキマの中にいるのも悪くないかしら」

傘を差し始めた八雲紫の冗談の部分に冗談で返す。

「時々、思う事があるの」

八雲紫がこちらに背を向け小さく語り始めた。

「彼と出会った後、お互いに出会いが無かったらもしかしたら……いえ、つまらない事だったわね。
 さぁ、やり方は教えた、後は当人次第。私は自分の幸せを感じながら他人の幸せを見るのが好きなの。
 だからこれを持ってさっさとあなた達の決意の結果を見せて頂戴」

スキマから花束が落とされて来た。
私はそれをキャッチし、未だ背を向けたままの八雲紫を見る。
もしも彼が八雲家を出ず、私と出会わなかったら。
もしも八雲紫に彼以外の異性の出会いが無かったら。
家族であり、友人である彼と八雲紫の間にはさすがに入り込む事はしないしできない。
もしもの話は結局そうはならなかった一つの可能性の話。
ならばそれに答える事はこの場において互いに意味をなさない。
故に私は一礼だけをして、この渡された花束を送るべき場所へと向かう。


きっと彼は既にそこにいる、そしてきっと私を待っているから。











空を飛び、一つ山を越え、辿り着いた懐かしい場所。
いえ、懐かしく、そして私達の原点であり、傷痕となっている場所。
しかし私と彼の過去などまるで本当に幻想となったかのようにその場所は私の記憶からかけ離れていた。
人も家もなく、ただ広い草原が広がっているその場所は本当に人里などありはしなかったとすら思える場所。
己の罪を見定める物は既に無く、懺悔の感傷すら許さなくなったその場所にはやはり先客がいた。

彼、○○は花束を置き、憂いの表情を浮かべながら草原に立っていた。


「……」

きっと彼は、己の未練が、罪が、そこに残っているのではないかとそう思ったのだろう。
私はあの日以来ここには訪れていない、そしておそらく、彼もだろう。
ここには彼を責め立てる物も、彼を過去の懺悔をさせる物も、何も無い。



だったら、ここは新たな出発点とすればいい。



私は寒気を操り、雪を降らせる。
雪に気付いた彼はやはり、私にも気付いた。


「やっぱりここにいた」


私はそっと彼の後ろに降り立ち、彼の横を通り過ぎて花束を彼が持ってきた花束の上に重ねる。
死人などおらず、今もおそらくどこかで生きているであろう彼らへ送るというのも変な話だ。
けれどきっと、これが最後の未練の証なのかもしれない。

「ここにならば何かしら迷いがあるかと思った」

「……」

私は彼の語りに答えない。
既に互いに、わかっているから。

「しかし何も無かった、ここに合ったのは過去すらなかったんだ。
 罪の残滓も既に色褪せる程にここには何も無くなっていたんだ」

ぎゅっと彼が私の左手を握る。
彼が握るその手は一瞬少しだけ震えたが直ぐに力強く私の手を握った。
あぁ、ついに、なのね。

「レティ、俺は、人間をやめる」
「知ってる」
「そして君に頼みたい、俺を君と同じ妖怪にしてくれ」
「…………死ぬかも知れないわよ?」

構わない、と彼は返してきた。
全てを私に委ねた彼の言葉に私は応えるべく、彼から数歩距離をとる。
改めて、互いに、己の決意を受け取り合う為に。

「約束して、必ずあなたのままでいてくれるって」
「約束する」

何度もやった力を使い、手に止める。
これが彼の中に入ったその瞬間彼は人から妖怪へと変わるかの試練が始まる。

「約束して、ずっと一緒にいてくれるって」
「約束する」

彼は何年もかけて私の為だけに、私の力を受け止めようと努力してきた。
そんな私は彼から故郷を奪い、人の輪の中で生きることを奪い、そして、彼の人としての生も、奪ってしまう。

「約束して、私を愛してくれるって」
「約束する」

過去の罪の上に私はさらに罪を重ねる。
だけど私は彼がいる限りそれに押し潰されることなんて無い。彼がそれを望まないから。
彼が愛してくれているのと同じように私も彼を、途方も無く愛しているのだから。

「……約束して、終わったら、私を抱き締めて、キスをして」
「……約束する、それじゃあ、頼むよレティ」

彼の体に私の力の結晶を入れる。
途端に苦しみだし、こちらに倒れてきた。
私はぎゅっと倒れてくる彼を抱き締めた。
でも必ず、彼は目を開けてくれる。

そう信じて私は気を失った彼の頭を膝に乗せて座り、彼の帰還を待つのだった。











何時の間にか朝陽が私達を照らしていた。
夜の帳は役目を終え、既にどこかへ帰ろうとしている。
膝の上の彼はまだ起きない。
その無表情な顔はまるで永遠に眠っていそうな綺麗な物だった。
しかし彼は必ずその永遠を幻想としてこの世界に帰ってきてくれると信じている。

彼は待たせる事はあっても、約束を破った事は無いから。


「……うっ」

「……!?」

彼が眩しそうに表情を歪めた。
瞬間私は彼の頭を覗きこむようにして何も見逃す事が無いように彼の顔を凝視する。
ゆっくりと彼の瞼が開かれていった。

「大丈夫?」

きっと今の私は心配そうな顔をしているんだと自覚している。
彼はそれに答えるかの如くスッと立ち上がり、体に何か異常が無いか確かめる。
どくん、どくんと私の心臓が緊張のあまり高なっていくのがわかる。

しかし、私の緊張を察したのか、それともそんな事などお構いなしだったのか。
彼は一瞬にして私に近づくと私を抱き締めてきた。
突然の事に私は全く反応が出来ず、彼によって自由を奪われる。

「っ…!?」
「次は……キスだったな」

驚く私にさらに彼はキスをしてきた。
その瞬間、私は全てを理解した。あぁ、彼はやっぱり約束を破らない。
瞳を閉じて彼が求めるように私も彼を求める、冬の間にしか会えなかった頃、再開した時のような熱く、甘い交わり。
彼が私を愛してくれているのがわかるように私も彼を愛しているのだと伝えたい、そんな交わり。
そして永遠とすら思えたそれは一度彼に寄って断ち切られる、再び見る彼に何も昔と変わっているところなんて無い。

「レティ……これからもよろしくな」
「えぇ、ずっと一緒よ?それこそ冬が終わっても、ずっと、ずっとよ?」

何時の間にか私は涙を流していた。
それをそっと彼が指で拭ってくれた。
とにかく嬉しくて、嬉しくて、本当に何もかも溜まらなくなっていた。

「レティ、愛している」

「私もあなたを、愛しています」

再び彼とキスを交わす。
今度は先程のような熱く求めるような物ではなく、軽いキス。それは私と彼の誓いのキス。
永遠の愛をお互いにこの場で誓い合う極めて重要な、かけがえの無い物。
不図空から私達を祝福するように雪が降ってきた。
そう、そういうことね。冬が私達の愛の誓いの立会人てこと。
冬の妖怪の私達にはそれが一番相応しいわね。

ありがとう、と心の中で呟き私は彼の胸に頭を埋め、温もりを感じながらこれからの幸せを思い描く。
あぁ本当に、幸せすぎて、幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだわ。



Megalith 2011/02/16
───────────────────────────────────────────────────────────

「……」



どうしてこうなった。



いやそもそも何で【これ】なんだ。
あぁそうか、これはあれだな?幻想郷のドッキリだな?
その辺で新聞屋とか黒白魔法使いとか八雲紫がいたりするんだろ?そうなんだろ?

「うーん……○○……」

ベッドで一緒に寝ているレティは今の所【それ】に気付いている様子も無く、幸せそうに寝ている。
互いに服が乱れているのはこの際何ら問題を無さないと思っておく、その、なんだ、愛し合う者同士、そういうもんだろ?
ていうか早く出て来いよ仕掛け人共、もう満足だろ?偽物なんだろ?【これ】
一向に出てくる気配の無いいるであろう野次馬共はどこかと視線を窓の外やらドアの隙間やらに目を配るが残念だがそこにはいない。
起きて確認できればいいのだが生憎と俺の右腕はがっちりレティに掴まれている。
俺が人間だった頃からよくある事だったが今回はそれがかなり厄介な事になっている。
しかし、何時までも状況が進まないとおそらく野次馬共も出てこないだろうと思い深呼吸をして覚悟を決める。

そっと、そっと【それ】を握る。






「ひゃんっ!?」








握った刹那レティから可愛い反応が、返ってきてしまった。
何て事だ……作りものなんかじゃない、これは本物だ……











そう、なぜかレティの頭に兎の耳がついていたのである。










どうして、いったい、なんで、こうなった……











「……ごちそうさま」
「……あぁ、お粗末様」

気まずい朝食を二人で終える。
自然と視線はぴくぴくと動いたりへにょりと曲がったりする彼女の頭の兎の耳を見てしまう。
その度にレティからうーと唸りながらのジト目を受けるのだが。

「ここまで待って誰も出て来ないって事は複数犯による愉快ないたずらというわけじゃなさそうだな……
 いや、まさか、昨日の時点で何か……?」

「昨日はお店が終わった後に八雲紫主催の宴会に出て、永遠亭の連中と飲んでた記憶しかないわね……」

二人で昨日の記憶を思い返していくとなるほど、予測はついた。
しかし彼女の動きに合わせて動く兎の耳がどうしても気になってしまうのは男の性なのか。
普段とは違うレティの可愛い姿、おまけに本人はとてつもなく恥ずかしがっている姿を見るとこう、なんというか、愛でたくなるというか……

「?どうかしたの?」

原因を考えていたおかげでレティの羞恥は今は薄くなっているが……首を傾げながらこちらを見てくるその姿が何時にも増して可愛く見える。
兎耳一つでここまで落ちついていられなくなるものか、と内心動揺をしつつ、何でも無い、と彼女に返す。

しかし、これ以上このままだと非常によろしくない未来が待っている気がする。
誰か客が来る前に残念ではあるが彼女の兎耳をなんとかしなくていけない。
残念と思ってる時点で俺が既に堕ちているという点は知らない事とする。

危険な賭けだが……いや、奴ならば必ずアクションを起こすはず。
一度深呼吸をし、誰もいないはずの庭を見る。
そしてメモとペンを取って立ち上がる。

「出てくるなら今の内だからな、今の内に出て来ないとこの紙に1年同じ屋根の下で暮らしてた俺だからわかるお前の秘密をここに書き記すぞ」

一つ屋根の下で暮らしていた時があった俺だからこそ暴露できる事もある。
それをこの紙に記して新聞屋に渡せば後はどうなる事やら。
そして一文字目を書こうとした瞬間俺の手を引っ張る誰かの手、当然レティではない。

「ここは平和に話し合いましょう?ね?落ちついた方がいいわ○○」
「俺は至って冷静だ。お前の過去を達筆でスラスラと暴露本でも書けるくらい冷静だ」

良い笑顔で八雲紫がスキマから手を伸ばして俺の腕を力強く握っていた。
おそらく俺もいい笑顔で対応しているのであろうという事は自分でも理解している。
レティが呆れたようにはぁっ、と溜息をつき、その兎耳が少し揺れた。














「今年兎年じゃない?という事で何かやろうって事で薬師にちょろちょろっと」

「昨日永遠亭の特に薬屋が絡んできたのはやっぱりそういう事かこの大迷惑妖怪め」

レティと二人、この困ったスキマ妖怪に詰め寄ってみると簡単に自白した。
……何かまだあるなと思うのは幻想郷にいれば誰もが思う事。
いや、まさか……

「もしかしてだけど、あの時宴会にいた連中のほとんども私のように……」

「えぇ、女性のほとんどはあなたと同じように兎耳生えてると思うわよ」

なにしてんのこのスキマとあの薬屋。
今頃各地で凄い騒ぎとなっているんだろうなぁ……と考えていると頭が痛んだ、何でこんな困った奴なんだこいつは。

「いいじゃない、私も最終的には生やしてみるつもりだし。
 いつもと違う恋人にもう我慢の限界、くらいじゃないの?」

「どんな獣だそれは」

はいレティさん赤い顔でこっち見ないでね、お願いだから見ないでね、意識しないようにしてるんだから見ないように!
俺が内心とてもいっぱいいっぱいなのを気付いているであろう目の前の困った友人はニヤニヤと笑いだしている。

「せっかくのバレンタインデーだもの、サプライズは満足していただきませんとね。
 それじゃ後はお二人の世界、恋人達は皆同じようにしている事でしょうし、私も同じ立場になりにいきますわ~」

待て、と言う前に八雲紫はスキマで逃げて行った。
残されたのはもじもじと真っ赤な顔で顔を伏せ始めているが兎耳はぴょこぴょこと忙しなく動いているレティと
なんとかそんな彼女を意識しないようにこれからの事を考えて意識を保とうとする俺だけが残された。

「えーと、と、とりあえず本日休業の看板を出してくるわ」
「う、うん……」

と立ち上がろうとするとレティに腕を掴まれた。
何だ?という意味を込めてレティに振り返る。

「そ、その……今の私は、ど、どうなの?」

「っ……!」

そういう事を上目使いで頬を赤らめて不安そうに言うか……!
兎耳も何か落ち込んでいるみたいに下がってるし。
俺は彼女に完全に振り向いて彼女を力いっぱい抱き締める。

「えっ!?ちょ、どうしたの!?」
「…………俺にとって可愛くないレティがいるはずないだろ」

耳元でボソッと彼女に言い、今度こそ店側に向かう。
一度だけ振り向くと彼女は真っ赤な顔で固まっていた。
今の俺もそれに匹敵するほど顔を真っ赤にしているんだろうと自覚し、かなわんなぁ……と本気で思っている事を口に出していた。















「……」
「……」

本日休業の看板を出して戻って来ると彼女に目いっぱい抱きつかれてそのままソファーに拘束された。
先程よりは、ではあるが彼女の頬は赤く、しかし幸せそうな笑みで俺の胸に抱きついている。
兎耳もぴょこぴょこ動いている辺り、どうやらふっ切れたようだ、というか振り切れた?
愛する女が兎耳で幸せそうに抱きついてきてるこの状況、俺の理性の限界は近い、これが夜だと大変な事になっていたかもしれない。
不図何かに気付いたように彼女が顔を上げた。

「そうだ、バレンタインデーのチョコ、ちゃんと用意してあるわ」
「あ、あぁ。嬉しいよレティ」

レティが立ち上がり、寝室に向かう。
3日前くらいからそういえばバレンタインデーが近いな、とか考えていたが今朝の出来事ですっかり忘れていた。
八雲紫が言わなければお互いに気付かなかったかもしれない。
戻ってきたレティの手には赤い小さな箱。
再び俺の胸に抱きついてきたレティの手からそっとそれを渡された。
開けてみるとハート型の小さなチョコが複数入っていた。

「ありがとうレティ」

心の底から嬉しい。
2度目とはいえこの嬉しさは1度目と同じかそれ以上か。
一つ口にしてみるとしつこくない程に抑えられた甘さが口の中に広がった。

「美味い……とても美味いな」
「嬉しいわ、でも、ね」

彼女はチョコを一つ取ると自分の口元に近づけた。

「誰にも邪魔されない内に、全部こうして、食べましょ?」

そう言ってハートの下の部分を咥え、目を瞑り、俺に顔を近づけた。
これはあれか、やれというのか……

「んっ」

さらにレティの顔と咥えられたチョコが近づく。
念の為周囲を確認し、出刃亀がいない事を確認してチョコを食べていく。
あと少しで無くなる、といったところでさらにレティの顔が近づき、口付けを交わすようになっていた。
おまけに何時の間にか彼女の手は俺の首の後ろに回っており脱出は不可能。
一頻り互いを味わうと再び彼女はチョコを咥え、顔を近づけてくる。
今度は一気に食べて先程の奇襲をやり返すように彼女の唇を求めた。

「んちゅ…んんっ、ちゅっ、ぷはっ、ちゅぱっ、んむっ……」

情欲に既に支配された俺達がチョコが無くなるまでそ、うやって食べ合うのは最早必然。
そして……終わっても尚、上目使いで何かを求めるような上気したレティの表情に俺の理性は忘却の彼方に消えていた。













「ふぅ……これで明日には元通りね」
「あぁ……ある意味大変な一日だった……」

ベッドで抱き合う様にして横になる。
今日は一日中彼女とべったりというぐらいにくっついていた。
羞恥に負けていたレティは何時の間にか平然と、むしろ今の状況を利用して俺を翻弄していた。
女は強い、というのを本当に思い知らされる。
未だぴょこぴょこと嬉しそうに兎耳は動いている。

「月の兎の耳でも貰ってこようかしら」
「怖い事を言うのはやめろ……それに毎日見てればさすがの俺も免疫がつく」

と、思いたい。
それに、だ。

「ありのままの君がいいんだ。変に飾らなくていい、ありのままで俺は……」

ぎゅっとさらに彼女が俺に抱きついてきた。
その肩を抱くと嬉しそうに軽く口付けをしてくる。

「ありがとう、愛してるわ○○」
「あぁ、俺も愛しているよレティ、どんな君になってもだ」

再び軽い口付けを交わす。
八雲紫の言葉通りなら明日からは普段のレティに戻っている。
そっと彼女の兎耳を撫で、俺達は眠りについた。

一日限りの夢みたいな物。
きっと明日には元通りだが、今だけはそんな彼女を十分に感じよう。


Megalith 2011/04/05
───────────────────────────────────────────────────────────

「お前らな、確かに外じゃ11月11日はポッキーの日とか言われてたよ?
 だからまぁこうしてアイスにおまけでつけてだしてるわけだが、だからってポッキーゲーム始めるなって言ってるだろうが!」

はぁっ、と大きく溜め息をつく。
どうして来るカップル来るカップルポッキーゲームを始めるんだ、お前らここ外だぞ、羞恥心はないのか全く。
いや、誰がやり始めたかわからんが自分達だけがやってるわけじゃないとか負けられないとかそういう心理でやってるのかもしれない。
こっちとしては軽く営業妨害で訴えたい気分だ、一般の客が来ないだろ……

「おまけに……」

横を見ると顔を真っ赤にして目の前でポッキーゲームで濃密な空気を出しているカップルを注視しているレティがいる。
小声で羨ましいわねぇとか言っている気がするが気のせいにしたい。

「しかし……今日は本当にカップルが多い……何か裏があるような気がしてならん」

まさか、な。
と思っていると空から新たな客……いや迷惑な奴が降りてきた。

「こんにちはー文々。新聞で「新聞ならいらないから帰れ」……最近酷くないですか? 」

自分の胸に手を当てて考えてみろと言ったら触ってみます?とか言い出した、達が悪い。

「しかし今は特に何があった、というのはないはずだが」

「あぁ、いえ今こんな感じで売り上げに貢献してあげてますのでお礼なんか貰いたいなーみたいな」

そして号外を渡された、何時の間にかレティが「戻ってきた」ようで後ろから内容を見ているのがわかる。
どれどれ………おい、訴えていいかこの烏天狗。

「おい、なんでポッキーおまけにつけただけでこんな恥ずかしイベントみたいな事おっぱじめた挙句、家を巻き込むんだ」

内容を見て愕然とした俺は号外を烏天狗に叩きつけるように渡す。

『今日は外の世界曰く、ポッキーの日だそうです。外の世界で作られる棒状のお菓子ポッキーをカップルで端と端から食べ合い、愛を深めるそうです。
 さて、幻想郷の数多のカップルさん、ここはお互いの愛を世に見せつけるチャンスだと思いませんか?ポッキーゲームで幻想郷ナンバー1カップルとして胸を張りたくないですか?
 なんと今日限定で冬のカップルこと○○さんのアイス屋でアイスを頼むとポッキーがおまけしてもらえるとの事、つまりチャンス到来です。さぁ、レッツポッキーゲーム!』

なんでこうなった、どうしてこうなった。
ていうかなんでこんなのであいつらは参加というか店に来るんだ、自分たちの家でポッキー買ってやってくれ。

「いやぁなんかこう、テンションが上がっちゃいまして」

「お前、次の宴会の時覚えておけよ……で、レティさん、そのポッキーは何かな?」

気がつくと真っ赤な顔で期待の眼差しでこちらを見るレティ。
言いたい事はわかる、わかるけど、いや、その、ね?

「おーこれはいい写真が撮れそうです」

いい笑顔でカメラを構える烏天狗、未だイチャつくカップル、当てられてしまったレティ、さすがの俺も限界だった。




「………今日はもう店じまいだああああああああああああああああああああああ!!!」



大空に向けて高らかに俺は叫んだ、ちょっとだけ泣きたかった。






















「まったく、あんなに怒らなくても」
「いやなぁ、耐えられなかったんだよ、色々と」

縁側でぐったりと横になる。
本気で店じまいにして烏天狗諸々を追いだした。
ちょっと在庫に悩んだのは内緒だ、まぁ処理できない数ではないが。
ともあれ、だ今日はこの後どうすか、と思いながらレティの方を向くとその手にはやはりポッキーの箱。
何だかちゅっとだけ見ているだけで嫌になりそうだ、あの箱。

「ねぇ、○○」

「ん?」

レティが少しだけ頬を染めて尋ねてきた。

「今なら誰も、見ていないわよ?」

「うっ……」

見透かされている。
別にするのが嫌なわけではないことを。
レティが箱からポッキーを一本取り出した。

「そうね……○○、私のこの他のカップルへの羨望と嫉妬を消して」

そう言って彼女はポッキーを咥えた。
……俺は立ち上がって彼女の肩を正面から抱いた。
そしてレティが咥えているポッキーを咥えて……一気に彼女の咥えている部分の少し前まで食べる。

「……」

期待の眼差しは終わらない。
それどころかさらに強くこの先を求めてきていた。
そしてその期待に俺は答える為に彼女との距離を零にした。

「んっ……」

互いにポッキーを食べさせ合いながら舌と舌が絡み合った。
くぐもった彼女の息と、赤く染まった彼女の頬が俺の理性を削ぎ取っていく。
たまらず俺は彼女をソファーに押し倒して濃密な口付けを続けた。

「んんっ、んちゅ、ん、ん……」

気がつけば砕かれて混ざり合ったポッキーは全て彼女の口に移していた。
そして完全に彼女が飲みこんだのを確認して俺はレティから口を離した。
互いに少し息を整えるのに時間がかかったのは仕方がない事だった。

「これで、満足して貰えたろうか?」
「駄目、まだ駄目、そんな事言えないくらいに、もっと」

再びレティがポッキーを咥えた。
既に止められるはずがなく、再び俺もポッキーの端を咥え、そして食べ始める。
いったいこの後どれ程やるのだろうか、と自分の理性はどこまで砕かれるのか、と思いながら。

Megalith 2011/11/15
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「今年はお役目、無かったわね」
「まぁそれでもいいと思うよ、少なくともこうしていられるわけだし」

今日はクリスマス、本来ならば幻想郷に住まう者達の為にという『名目』でホワイトクリスマスを演出するのだが……
どうやら幻想郷の気まぐれな神は今年は自らの手でもってその演出を先にしてくれたようだ。

世は既に銀世界、自分達が何もしなくてもホワイトクリスマスは完成されていた。

「さて、どうしたものか」

一応店は開店中という事にしてある、が、客がこの状態で来るのかは甚だ疑問だ。
まぁ開店休業中でも問題あるまい、どうせ人は来ない。

「というわけで今日はどうするかレティ」

「そうね……久しぶりにケーキを作ってみようかしら」

そいつはいい、と振り向くと既に家庭用のエプロンをつけていた、もう開店休業中にしろと言っているようなものである。
とりあえず御用の方は叫んでくれとでも看板を置いておくとしよう。

「二人で作るか」
「いいの?」
「何、こんな日だしな……どいつも家か里でのんびりだろうよ」

俺も店用から家用のエプロンに付け替える。

「そうね……そうであると、いいわね」

微笑を浮かべ心なしか先ほどよりも機嫌がよくなったように思えるレティの後を追い、
さて、ケーキの作り方とはどんなもんだったかと作り方を必死に思い出している自分がいた。








「スポンジはまぁこんなもんか」
「そうね、もう少しでクリームも終わるわよ」

二人で立つには多少手狭な台所での調理。
改築も検討したのだがレティはこのままでいい、と言ってきたのでずっとこの状態。
もう少し広いほうがいいのではないかと言ってみたが

「こうして触れ合うか触れ合わないかが丁度いいわ、二人で並んで台所に立つのなら、ね」

そう言われては俺には返しようがなかった。
確かにお互いが触れ合うか否かの距離は心地よさを感じる。
二人きりの家で二人きりで家事をする、その実感を特に持たせてくれる。
……何を考えてるんだかね、俺は。

「?どうかした?」

不意にレティに顔を見られ、なんでもない、と後ずさり。
しかしそれがよくなかった。

「あっ、まずっ!?」
「えっ?きゃっ!?」

足が絡まってしまい倒れそうになるのを堪えようとして逆に失敗してレティ側に倒れる形になってしまう。
当然レティは反応できず、俺に倒されるような形になる、危うくその手から離れたボウルが落ちそうになるがなんとかキャッチする。
しかし倒れるのはなんともできず、片手にボウルを持ったまま倒れてしまった。

「……」
「……」

そして俺は倒れたレティの上に倒れた、倒れてしまった。
互いの距離はほぼ0に等しい、なんとか押し潰さないようにボウルを持ってない手を床に立てられただけ奇跡である。
それでも互いの顔から目を背けることができなかった。

「……ね、ねぇ」
「な、なんだ?」

真っ赤な顔をしてレティが尋ねてくる。

「クリーム、できたはずだから……味見がしたいの」

「そ、そうか……じゃあ何か取るものを……」

しかし彼女はそれを許さなかった。
ボウルを床に置かせて持っていた手を掴んだ。

「ここに、あるじゃない」

彼女の手に誘導されるがまま人差し指にクリームをつけられた。
そして彼女はその俺の人差し指を自分の正面に持ってきて……口に含んだ。

「んっ……ちゅっ……」
「うっ……いや、レティ、ちょっと待てって!」

茶目っ気に溢れた瞳でこちらを一瞥すると目を閉じてそのまま俺の指を舐め始めた。
否が応にも彼女に舐められている指に感覚がいってしまう、彼女の舌を感じてしまう。
丁寧に楽しんでいるかのように動く彼女の舐め方に俺の頭が真っ白になっていくのがわかる。
こんな状況で何も考えるなとか何も感じるなというのがどだい無理な話だ。

「んっ……うん、いい出来ね」

ようやく開放された指の事なんて既に頭から消えていた。
ただただ吸い寄せられるように、彼女に口付けをしていた……











「……」
「……」

あの後きっちりと意識を回復させた頃には夕方になっていた。
危うくクリームを台無しにしてしまうところだったが何とか大丈夫で、無事定番のいちごショートのクリスマスケーキは完成。
料理もお互い真っ赤になりながら無言で揃え、こうしてテーブルを挟んで夕食の準備を終えた。
しかし何も口に出せないのは仕方がないと思うんだ……

「……ごめんなさい、ちょっと、我慢できなかったわ」
「……俺も悪い、俺が我慢できていれば」

レティが首を振った。

「いいの、誘ったのは私。だからあなたは悪くないわ、むしろ我慢されたら私、どうしてた事か」

なんとも怖いことをいってくるがおかげで苦笑して普通の空気に戻すことが出来た、こういう所も適わん。
シャンパンをお互いのグラスに入れて互いにそのグラスを持つ。

「メリークリスマスレティ」
「えぇ、メリークリスマス、○○」

キンッとグラスを合わせて鳴らし、二人だけのクリスマスディナーが始まった。











「なんというか、今年もこんな終わり方か」
「あら?もっと刺激が必要?」

互いに向かい合ってベッドの中に入る。
今年も二人でこうして抱き合いながらクリスマスは終わる。
変わり様がない、いや、変えてはいけないそんな終わり。
自然と彼女を抱き締めていた。

「んっ…暖かいわよねやっぱり」
「そうだな……なんとも、心地がいい」

ここにある彼女の温もり、それが感じられるだけで心地いい。
彼女がぎゅっと俺の服を握ったのを感じて先ほどよりも少し強く抱き締める。
見上げる彼女に軽く口付けをして互いに眠りに入る。

夢の中でもお互いの夢を見るであろう、と思いながら俺の意識は彼女の温もりの中へ消えていった。



Megalith 2011/12/31
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「今年は何がいいかしら・・・・・・」

迫る2月14日こそ今の私の一番の悩み。
彼に心からのチョコレートを渡す日、それはいい。
2年前はチョコレートケーキ、前年はノーマルなハート型のチョコレート、前の年はおまけに兎化までさせられたけど気のせいにしておく。
今年はどうやって送ろうか、そればかりが頭の中を占めていた。
バレンタインフェアと彼が当日サービスをすると定めた、つまりその日忘れてはいない。

自惚れた話だけどつまりそれは彼が私からのチョコを待っていてくれている、という事になる。

彼は全くその辺のことを話題にしない、期待してくれているからだと思う。
それがプレッシャーになるか、と聞かれればそれはない、むしろ嬉しいくらい。

「けれど、どういう風にって決まってないのが厄介な話よね・・・・・・」

こういう時世間の情報が欲しいけど生憎中々そうはいかない。
人里は行き辛いし、幽香はこういう事は全くあてにならないし・・・・・・

「・・・・・・こういう時あいつがいれば」

「呼ばれて飛び出てなんとやらー!こんにちはー!ってね」

・・・・・・何故か庭のほうから声が聞こえたけど気のせいにしておきましょう。
はぁっ、どうしたものかしら。

「夫婦揃ってこういう無視はどうかと思うわ」

「はぁっ・・・・・・お茶?紅茶?○○のようには出せないわよ」

「紅茶で。お邪魔しますわ」

一応きちんと靴を脱いで彼の困った友人の八雲紫が縁側から上がってきた。
いったい何時の間に、とは思うけど悩みに没頭してて気配を感じなかった私の落ち度なので聞かないことにする。

「はいこれ」
「?これは・・・・・・バレンタイン特集?」

八雲紫から渡されたのは外の世界の雑誌だった。
なるほど、これならば何かいいアイディアが載っているかもしれない。

「それで、用向きは何?」
「人の親切に対してそれはないんじゃないかしら・・・・・・?」

何いってんのよ、これでも優しいほうよ?と返すと八雲紫の苦笑が深くなった、いつもの自分の行動を顧みなさいよね。
しかし・・・・・なるほど、外の世界は凄いわね、こんなに色々な物があって方法もあるんだから。

「○○もこうして色々と調べてたのを思い出すわ」
「あら、ホワイトデーの事?」

そう、と八雲紫が答えた。
そういえば2年前はかなり悩んでくれていたようだけど・・・・・・彼に今の自分のような助け舟を出してくれたわけね。

「本当に似たもの夫婦よ、あなた達は」
「・・・・・・そうかもしれないわね」

お互いの事を解り合おうとした結果がそうなっているのだと思うけど、と心の中で返しておく。
こうして自分のように彼も悩んでいたのだろう、と思うと自然と笑みが零れてしまいそうになる。
そんな折、これならできそう、というものが見つかった。

「これ借りるわよ、それとこの材料、仕入れてくれないかしら」
「どれどれ・・・・・・なるほど、わかったわ。それとこれ、○○に渡しておいて」

頭上に開いたスキマから渡されたのは包装された箱。
これってもしかして・・・・・・

「義理チョコ、あなたから渡しておいてくれると何事も無く渡せそうだしね」
「普段のあなたからとは思えない発言ね」
「本当は手渡ししたいけどねぇ、今年は波風立てないでおくわ、今年は」

つまり来年から立てるのか、注意しないといけないわね。
とはいえ、乗れる所は乗ってしまおうとは思うけど、慌てる彼なんてそう見れないだろうし。

「さて、私も自分の恋人にあげる用意しておかないと」
「あら、そっちだけ作ってないの?」

「やっぱり本命は凝りたいのよ、別に○○の物が手抜きってわけじゃないけどね」

と言って開いたスキマに消えていってしまった。
再び八雲紫から渡された箱を見る、包装は中々に立派な物に見える。
義理は義理でも特別な家族への義理チョコ、それならばこうもなる、かしらね。
彼はこれを受け取った時どんな微妙な顔をするか楽しみね、と思いながら自分が出来る準備を始めるべくキッチンへと向かった。





















「ふぅ、しばらくカップル客は見たくないな」

バレンタインフェアなんぞするんじゃなかった、人妖問わず熱々な恋愛模様を見せ付けてきやがる。
レティが今日手伝いをしていたら当てられてしまっていたかもしれないほどの光景はしばらくご遠慮願いたいものだ。
とはいえこの手の行事が幻想郷でも浸透したということはアイス屋としては働き時なわけだが。

「・・・・・・まぁ、バレンタインを待っていたのはそういう事だけではないが」

仕事を終えて戻るとレティが椅子に座って何かを持って待っていてくれた。
俺に気付くと少し照れくさそうに頬を染めて俯いた。

「はい、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」

渡された綺麗な包装に包まれた小さな四角い箱。
出来うる限り丁寧に包装を解いていき、箱を上げると棒状のチョコが入っていた。
これは、どっかで見たことあるな・・・・・・確か・・・・・・

「今回は外の世界の物に挑戦してみたの」
「あぁ、そうか・・・・・・道理で見覚えが」

ポッキーとは違う正真正銘のチョコだけの棒。
一つ摘んで見ると中にチョコ以外の何かが入っているのがわかった。
果物系だろうか?

「食べても、いいか?」
「・・・・・・どうぞ」

緊張した面持ちでこちらを見上げるレティを見つつ、摘んだチョコを食べてみる。
口に広がったのはチョコの味と甘いオレンジの味・・・・・・あぁ、なるほど、オレンジピールチョコか。

「ど、どう?初めての事だったけど味見して大丈夫だと思ったんだけど」

俺が食べ終わると不安そうな表情を浮かべるレティ。
俺は答える代わりに彼女を抱き締めた。

「凄く美味しいよ」
「よかった・・・・・・ねぇ?次のからは私が食べさせてあげる」

えっ?と顔を合わせようとした時には手にあったチョコの箱はレティに奪われていた。
この流れ、凄く既知感を覚えるんだが・・・・・・

「んっ」

レティは箱からチョコを一つ取り出して口で咥えて俺を見た。
それはあれか、何時ぞやのポッキーの時のようにしろ、という事か?
顔を上げて少し頬を赤くしたレティの行動に俺は念の為周囲を見る。
自分の家なのに周囲を見なきゃいけないのが幻想郷での辛さだ。

「・・・・・・よし」

俺は咥えられたチョコの反対側から少しずつ食べ始めていく。
そして彼女との距離が零に近くなるかどうかでレティが思わぬ行動に出た。

「!?」
「ちゅっ、ん・・・」

向こうからチョコを押し付けるようにしてキスをしてきたのだ。
少しだけ残ったチョコは当然俺の口の中、おまけにそれをしっかりと受け取らせるように舌も入ってくる。
ここまで積極的なレティは中々見れない、何かがあったのだろう、とは思うが彼女の求めにしっかりと応える。

「ちゅっ、ん、ん、うむっ・・・」
「むっ、今日は、激しい、ん、だな」

口を離すとなぜかレティが若干不満そうな顔をして離れ、チョコをテーブルに置いて寝室へ入っていってしまった。
何かまずかったか、と思う間も無く彼女は戻ってきた、が、その手には2つ小さな箱があった、あ、嫌な予感。

「これ、八雲紫や幽香からよ」
「なんで今年に限って奴らから義理チョコが・・・・・・」

初めての年もその次の年も渡してこなかったろうに・・・・・・なんだって今回は。
ていうかレティに渡したのはある意味気が利いていてある意味最悪だ。

「私に直接渡してきたのは私に対するちょっとしたからかいと嫌味がありそうだけど・・・・・・これ、今日は駄目だから」
「・・・・・・言いたいことはよくわかった、しかしなぁレティ」

テーブルの上のチョコを再び摘んで彼女に渡す。

「君のチョコだけで今日の分は満足だ」

俯いた彼女の表情は見えない。

「・・・・・・そう言ってくれると思った」

笑顔でぎゅっとこっちに抱きついてくるレティ。
今までの雰囲気は一瞬にして消えていた、これ謀られたな。
再びチョコを咥えてこちらを見上げてくるレティの目は全部こうして食べると宣告していた。
何時ぞやの日よりも積極的なレティを視覚でも触覚でも堪能できるのはいいが・・・・・・まったく、適わんなぁ・・・・・・

俺は観念して再び反対側のチョコを咥えるのであった。



















ちなみに八雲紫や幽香のチョコを食べていいと言われたのは三日後だった。
二人に感想を聞かれたのは次の日だった、危なかった・・・・・・

Megalith 2012/02/17
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「○○は何時結婚するのよ」




「あ?」












珍しく店側の客として来ている風見幽香の唐突の言葉からこの日は始まった。














いきなり何を言い出すんだこいつは、という目をしてやったが向こうは素知らぬ顔である、いい根性してるな本当に。
レティが丁度出かけているのは本当に幸いだった、いたらたまったものではない。

「そうよねぇ……婚約指輪送って、さらには恋人と同じ妖怪になって、それでまだ?って感じよね」

同じく客として来ている天人が乗っかってくる。
ってまて、まだ一月も経ってないぞ俺が妖怪になってから。

「結婚報告と同じだと信じてたのに裏切られました」

なんで攻めるような目で俺を見るんだ稗田阿求。
屋敷に二人で行ったのは幻想郷絵巻についてだけしか本当に考えてなかったわ。

「好き放題言うな、こっちにはこっちの予定があるんだよ」

「とか何とか言って言いだせないんじゃないの」

おいこらそこの蛍、家の地下に放り込むぞ。

「いやいや、実は既に日和決めてるって事かもしれないよ?」

「そ、そうなんですか!?」

そこの土蜘蛛、純粋なつるべ落としに何言ってるか。
はぁっ、と溜め息が自然と出てしまう。
やはり種族とかなんとかあっても他人の色恋には女ってのは敏感って事か。
しかし幽香め、こんなタイミングでいらん火種投げやがって、ここに烏天狗がいなくてよかった。

「それで真偽の程は如何なんでしょうか!?結婚式は是非守矢神社で!」

「やめい、そんな興奮した顔で近づいて来るな」

ずいっと期待の表情を真っ赤な顔で詰め寄ってくる守矢のお嬢さんを手で制する。
ったく、だがここまで情報が漏れてないって事はあいつらは上手くやってくれてるって事か。

後は……


「俺次第、か」

「?何か言った?」

「何も………………って、風見幽香、何堂々と俺の横でアイス2杯目取ろうとしてんだお前は……ちゃんと金払って俺に注文しろ」

「ちっ」


レティ、お前の友人は本当に性質悪いな……
ってこら、だから取ろうとすんな金を先に払え。
この後お嬢さん方にとにかく詰め寄られたがのらりくらりと答えをはぐらかせてもらった。



・・・・・・・・・・・・さすがに言えるか。




















「…………ふぅ」

お風呂から上がって彼を縁側で見つけると溜め息をついて月を見ていた。
どうやらまた何か考えていたり悩んでいるみたい。
何年も一緒の時を過ごしていれば、彼をずっと見ていれば、このくらい直ぐにわかってしまう。
この場合私が聞くと二通りの答えが返ってくる。私に相談してくれるか、自分だけで解決しようとするか。
彼は結構頑固なところがある、後者だったら聞き出すのは無理でしょうね、と思いながら彼の隣に座る。
彼は無言でグラスに麦茶を入れて私に手渡した、となると後者、かしら。

「なぁレティ……あぁ…・・・いや………………なんでもない…………」

「わかってるわ」

彼は苦々しい顔で頷いた。
何故相談できないのかわからないけど、それはきっと私が関係していることなのだろうというのは予想できた。
良く冷えた麦茶を一口飲み、私は彼に寄り添った。
彼は少し驚いたがやがて私の肩に手を置いて抱き寄せてくれた。

「……すまん、また気を使わせてしまった」

「いいの、何を悩んでるかわからないけどきっと大事な事。それに・・・・・・必ずいつかは話してくれるのでしょ?」

彼は頬を掻きながら小声で本当に敵わないと呟いた。
でもそれはお互い様。
私だって彼に内緒でどうしても自分で解決しないといけない時はある。
それは時にはバレンタインデーだったり、あの冬の、彼の決意への答えだったり。
そんな思いつめている私をわかるのか彼はそっと抱き締めてくれたり色々としてくれる。
彼の事を私がわかるように私の事も○○はわかってしまう。
だからお互い様、お互いの事はどうしてもわかってしまう。

だってお互いに愛し合っているのだから……



















「うーむ……」
「……」

「うぅぅぅぅぅむ……」
「……」

「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅむ……………………よし、これにしよう、店主、これにしてくれ」
「了解、1時間ってところかな」









何がだ、と聞こうと思ったがおそらく悩んでいた時間だろう。
そんなに悩んでいたのかと思ったが森近店主が言うのだからおそらく間違いないだろう。


店を休みにしてレティに出かけてくると言って向かった先は香霖堂。
八雲家にいる時には時折訳も紫に拉致されたのだが久々に来てもほとんどここは変わっていなかった。
入ってみればいつも通り何かの本を読んでいる森近霖之助の姿。
どこから拾ってくるのか誰かが持ってくるのかわからない俺の世界にあった物、もしくは本当にどこの世界から来たのかわからない品物達。
初めて来た時となんら変わらないこの光景は俺を安心させるのには十分だった。
久しぶりの挨拶を交わし、今探している『とある物』を見せてもらい、悩みに悩んでいた。
そして今なんとかこれだ、という物を決めて森近店主に箱に入れてもらった。

「それにしても……遂にか。文々。新聞で何度か君たちの記事を見て元気そうだとは思ったけど」

「あの烏天狗は本当に困ったもんだ……今回の件はまだ隠し通せているが何時気付かれるか」

自然とこの『物』についての話と今まで会わなかった間の話になる。
もちろん彼はこの『物』に関して、どういった意味のある品かわかっている。
送る相手も、その意味もわかっている。

「君が人をやめたと知った時からいつかは来るだろう、と半ば確信みたいなものはあったよ。
 君ならここに来て、その類を買うだろう、というものをね」

「買う時はここで、というのは決めていたよ。
 男としては二度と味わえない緊張と苦悩を十分に堪能させてもらった、とでも言っておこう」

小さな箱二つに分けられて目の前に置かれる。
これで一つ、後一つが終われば後は俺のこの緊張は一つの山を越えてくれる。
しかし、あー……考えただけでも頭が真っ白になる。
一度似た事をやっているがこうしてまた再びするとなるとどうにも何を言えばいいのかわからなくなる。
それは彼女を待たせ続けているから故に、というのが尤もな理由。

「百面相になってるよ?」

「っと、いかんいかん。どうにも最近考え過ぎて顔に出るな」

頬を少し叩き、一度考えを仕舞っておく。
森近店主は苦笑していた。

「いやはや、まさか君のそんな顔が見れるとは思わなかったよ」

楽しげに笑う店主に放っておけ、と返しておく。
とはいえ確かに、昔を考えればそりゃそうか、とも思う。

「来てくれるか?」
「招待状がちゃんと届いてくれればね」

嫌な返しだ、と心の中で苦笑する。
店主に背を向け、手を上げて帰る意思を伝える。
するとスキマが目の前に開いてもう一つの件の責任者が現れた。

「はぁい、ごめんあそばせ」

「おやいらっしゃい、本来なら入口からちゃんと入って欲しいものだけど」

ごめんなさいね、と八雲紫が形式的に謝罪する。
顔はもちろんこちらに向いたまま。言いたい事は全て分かっている。
森近店主もこいつが俺に用があるのを空気で判断したようだ。

「出来たわよ、ここにいるって事はどうやらこれで準備は整った、と見ていいのかしら?」

「あぁ、ありがとよ、へべれけ鬼達にも礼を言っておいてくれ」

そう、これでもう俺は踏み止まれない。
いや、違うな。進む事が出来る、というべきだ。
後は俺が彼女に告げるだけ。そう、単純だけど一番難しい事。

「承りましたわ。それにしても…………さすがにここまでしたのは見た事がないわね」

「そりゃそうだ。だからお前はやってくれた、だろ?」

「そうね、面白そうだからっていうのが一つ、そして何より……見たかったから」

クスリと笑う八雲紫。
何を、とは聞かない。きっとお互い立場が逆ならば俺も同じ事を言うだろうから。
思えば、本当に長かった。
八雲家から出てまさかこんな人生になるとは思いもしなかった。


こいつのおかげで俺は、自分を必要としてくれる者を、自分が必要だと思う者を、手に入れる事が出来た。


「……紫、ありがとうな」


初めて名前だけを呼ぶ。
いつもはこいつとかおまえとかでしか呼ばなかった。
向こうはそれをどう思っていたのかまではわからない。
だが今だけは彼女の名前で礼を言いたかった。
紫は珍しく驚いた表情をした後、自分の後ろにスキマを開けた。

「こちらこそ。いつかは、と思っていた事が叶ったわ。
 ○○、これからはたまには私をそう呼んで。たまには家族だった事を思い出させて」

そう言って紫はスキマの中へと消えていった。
残されたのは頭を下げた俺と、今まで黙って俺達を見ていてくれた森近店主。
頭を上げた俺は最初通り彼に手を上げて帰る意思を伝える。

「うん、それじゃあまた。楽しみに準備させてもらうよ」
「あぁ、そうしてくれ」

外へ出る。春が迫りつつある幻想郷。
冬の終わりは近い、だがその前にやっておかなくてはならない。

「桜が咲き乱れる季節も、蝉が鳴き続ける暑い季節も、黄金の銀杏を眺める季節も、確かに美しい。
 だが俺達にとっては銀色と白い世界の季節こそが一番なんだよな、なにせその季節こそ・・・」


俺達の季節だからな。
























「ただいま」
「お帰り」

帰ってくるとレティは既に夕飯の支度をしていた。
俺の顔を見るとにこりと笑い、解決したようね、と言って来た。

「あぁ、随分と時間をかけてしまったが」
「とりあえずおめでとう、かしら?どんな事だったのか食事の時にでも聞かせてね?」

もしかしてこの袋の中身まで知ってるんじゃないかとすら思ったがどうやらそうではなさそうだ。
心の中で安堵する、一世一代の言葉を無かったことにされるのは堪える。
尤も、その辺は彼女が知っていてわざと知らない振りをしている可能性も無いわけでは無いのだが。

「もう少しでできるわ」
「あぁ、楽しみに待たせてもらおうかな」

彼女に渡す物を見る。
あー・・・・・・とてつもなく緊張する。
晩酌の時に渡すべきか、と思い部屋に置いてくることにした。


問題は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未だに言葉が思いつかない事だ。
そういうのに詳しそうな奴にでも聞いておけばよかったぜ・・・・・・



















「あー・・・・・・やはり酔えないな、さすがに」

普段は開けない強めの奴を選んでみたがやはり酔えない。
隣に置いた箱をみるが苦笑しかできないのも最早仕方ない話だ・
酔いに任せてみたかったのが元々強かったのと妖怪化したせいか全く効果が無い。
食事の時も少し心配そうにされて晩酌の時に話すとしたのだが、あぁまったく、情けない話だ。

「さて、それじゃあ話して頂戴な?」
「あー・・・・・・まぁ、その、なんだろうな」

彼女が遂に縁側に来て俺の隣に座った。
ままならない、が、ここで逃げるのはレティに失礼であり、男じゃない。

「解決したのにまた何か別に考えることができたのかしら?」
「まぁ、一番重要な事を悩んでたってところだな、結局どうにもならなそうだ」

ははは、と苦笑をする。
彼女のお猪口に酒を入れると彼女はちょびちょびと飲み始めた。

「珍しくかなり強いのを出してきたみたいだけど・・・・・・」
「残念ながら酒の力には頼れなかったみたいだ」

そう、とレティは正面を向いた。
俺もそれに倣って彼女の向いている先を見る。
その視線の先は夜空、今宵は満月が俺達を照らしていた。
どのくらいそれを二人で見ていたか、俺は意を決して置いておいた箱を取り、一度深呼吸をして開けた。
彼女はこちらに気付き、とても驚いた顔をしたがそれは一瞬で、直ぐに笑顔になってくれた。
そっと彼女の指にはめられている婚約指輪に手を伸ばす。
何年、彼女を待たせてしまった事か。

「随分と、待たせてしまった」
「そうでもないわ、私が待たせていた時間を考えれば、このくらい」

自然とお互い向き合っていた。
そして彼女の目尻には涙が溜まり始めていた。
あぁ、本当に、待たせてしまった。

「ずっと悩んでいた、何て言って渡せばいいのか、どうすればいいのか。
 だが全く浮かばなかったんだ、すまない、気の利いた事は言えそうに無い」
「十分よ、あなたらしい言葉を頂戴?」

彼女の右手を、薬指を、手に取る。
結婚指輪を彼女の右手薬指の爪辺りにまではめ、





「レティ、俺と結婚してくれ」





彼女の右手薬指にしっかりとはめた。









「はい、私を妻にしてください。これからもずっと一緒にいさせてください」







レティが涙を流しながら俺を抱き締めた。
俺はレティを抱き締め返し、互いの顔を見、深く口付けを交わした。
俺はこの夜を決して忘れることは無いだろう。
後は・・・・・・最後の締めだ。



























「しかしまた大層な物を用意させたようだね」
「なに、先人は後人に残すものだ、道標となればそれでいい」

妖怪の山と家の間に新しい建物ができた。
八雲紫に頼み、鬼達の協力によってできた教会だ。
なぜ、そんな物を作ってもらったのか、教会ですることなどこの幻想郷において一つしかあるまい。
俺達のように人と妖怪が互いを思い、こうなる事はこの先いくらでも起きることだろう。
ならば彼ら彼女らを祝福する場所があってもいいじゃないか、という事で建ててもらった。
彼ら彼女らの恋物語が決して悲恋で終わらせない為に、彼ら彼女らの幸せを願える為に、その先人となろう。
互いを愛する者達への、道標となろう。

「しかし、中々似合うね」
「どうも着慣れないが・・・・・・まぁそんなもんか」

森近店主のほうが似合いそうな気がするんだが、まぁ今回ばかりはそうもいってられんしな。
タキシードなんていつぞやの旅行の時以来だ。

「○○、レティの準備ができたわよ」
「あぁ、そう・・・・・・」

か、と八雲紫に答えながら振り向こうとして時が止まった。

「ではその時までごゆっくり~」
「それじゃまた後で」

森近店主と八雲紫の言葉が聞こえた気がしたが俺にはよくわからなかった。
二人が出て行った事すら我に返った時にようやく気付いたのだから。

「変じゃない?」
「・・・・・・とても綺麗だ、見惚れてしまった」

今まで色んな彼女の姿を見てきた。どれもとても綺麗だった、可愛かった。
しかし、今日だけしか見られないであろうこの姿に俺はどこまでも見惚れるしかなかった。

彼女の純白のウェディングドレス姿は、それ程に、清楚で、美しかった。

「何だか凄く自分にはもったいないと思えてきた」
「あら、私の相手はあなたしかいないのに?」

彼女が笑顔で俺の手を握る。
薄い化粧をした彼女の顔が俺の眼前にあり、どうにもこうにも参ったとしか言い様が無かった。

「これでもやっぱり不安だったのよ?大丈夫かどうか」
「むしろ今この時が永遠であればいいとか思いもするな」

それは困るわね、と彼女の返し。

「だって、ずっとあなたと一緒なのだから。
 この先も続く長い時間を、景色の流れを、変わり行く物全てを、あなたの隣で楽しみたいじゃない?」

あぁ、まったく・・・・・・レティには本当に敵わないなぁ。
思わず俺は彼女を抱き締めてしまった。
彼女は一瞬驚いたが直ぐに微笑を浮かべて俺を抱き締め返した。
八雲紫が戻ってくるまで俺達はそうしていた、今この時を忘れないように。


















一歩、二人で足を進める。

「なんでうちでやらないのよ・・・・・・まぁおめでとうとは言っておくわ」

博麗の巫女の言葉に心の中で苦笑した。










また一歩、足を進める。

「これで幻想郷絵巻が更新できます、ふふふ、冬のカップルから冬の夫婦に昇格ですね」

碑田阿求の言葉に後でちゃんと確認したほうがいいな、と思っておく。










さらに一歩、足を進める。

「・・・・・・お似合いよ、凄く。少しだけ妬けちゃうわね」

風見幽香の言葉にありがとう、と心の中で礼をする。










その場所に着く最後の一歩を進める。

「幸せになりなさい、私が羨む程に、いつまでも、ずっと」

八雲紫の言葉に少しだけ涙が出かけたのを我慢した。










「それではこれより、○○とレティ・ホワイトロックの婚儀をを始めます、一同は着席をお願いします」

閻魔の言葉で招待した連中が着席した。
さすが分屋だ、こういう時だけは役に立つ。
俺はベールで顔が見えないがレティのほうを一度見、そして閻魔のほうへ顔を向き直した。









「新郎○○、汝は新婦レティ・ホワイトロックが何時如何なる時も、病めるときも、健やかなる時も、愛を持って生涯支えあう事を誓いますか?」






「誓います」






「新婦レティ・ホワイトロック、汝は新郎○○が何時如何なる時も、病めるときも、健やかなる時も、愛を持って生涯支えあう事を誓いますか?」






「誓います」






「それでは互いに指輪の交換を」

昨日彼女につけた結婚指輪は今閻魔の手にある。
それを取り、レティも用意していたもう一つの結婚指輪を取る。
彼女の顔を一度見て、互いに互いの左手薬指に指輪をはめる。

「次に、誓いのキスを」

彼女のベールをあげる。
言葉はことここにきてはもう告げるものは無い。
レティが目を閉じ顔を上げた、その口紅を付けた唇に吸い込まれそうな錯覚すら覚えた。
心の中では緊張でいっぱいいっぱいになりながらも彼女の肩を抱いてそっと彼女の唇にキスをした。

「四季映姫・ヤマザナドゥの名の下に、ここに二人の結婚を認めます。
 参列者の方々は二人に拍手をお願いします」

皆の祝福の拍手を受けながら、こうして俺達は夫婦になった。

これで何かが変わるとか、そういうのはおそらくないだろう。

しかし、俺達にとって今日は忘れられない一日となっただろう。

「レティ、何時までも愛してる」
「えぇ、私もよ。何時までも、あなたを愛してる」

祝福の拍手を聞きながら俺達は互いの手を取り、幸せを噛み締めるのであった。


Megalith 2012/05/21
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「あの時は大変だったものだ、紫様と○○が取っ組み合いになったからなぁ……
 私と橙が止めようにも全く聞いてくれないし、どうしたもんかと頭を抱えたものだ」
「大変でしたよねー」
「ふふっ、見てみたかったわ」
「俺は悪くない、こいつが悪い」
「私は悪くないわ、そっちが居候らしく譲るべきだったのよ」

さて、仕事も終わり、ご飯でも食べますか、と思ったら突然の八雲紫の強襲。
そのままなし崩しに八雲家女性陣が集まり、こうして宴会となった、まぁたまにあることである。

「よくいうな、大人気無かったのはそっちだろ」
「あらぁ?そっちだと思うけど?」

こいつ、年考えろよ、と思ったら扇子で殴られかけたのでガード。
どうして幻想郷の女性ってのはこうも感が鋭いのか。
そして笑顔で行われる言葉のドッジボールを目の前のスキマとしていると唐突にその言葉を八雲藍からかけられた。
















「……はぁっ……ところで二人共、新婚旅行の予定は?」


















「えっ?」
「はっ?」







俺とレティは予想外な言葉に目を丸くした。
新婚旅行……えっ、完全に意識していなかったぞ。

「あら、やっぱり考えてもいなかったわね」

「あぁ……全く考えに無かった」

こうしてレティと結婚して、その幸せを噛み締めていた。
恋人、事実婚から夫婦になった、それだけといえばそれだけで特に状況が変わるというのはなかった。
ただ、なんとなくではあるが……彼女への愛おしさと彼女との繋がりはさらに強くなったような、そんな感じはある。
これが夫婦になった、という意味なのだろうか、よくわからんものだ。

「新婚旅行って何ですか?」

「新婚さんが愛を深める為に結婚して直ぐに行く旅行の事よ」

まぁ、間違っちゃいない、いないけどよ……そういう言い方はどうよ?

「旅行って言ってもなぁ……どこに行くってのがちょっと思いつかん」

「あら?外じゃダメなの?」

……外、か。

「まぁ、な」

未練なんて既に無い。
ならば行った所で問題は無い、普通はな。
3度外の世界へ行き、全ての未練を、思い出を、俺はその3回で捨ててきた。
最早戻ることは無い、これは自分なりのけじめなのだ。

「私のときは外だったが・・・・・・幻想郷内となると難しいな・・・・・・旅行、というには」

「行こうと思えば簡単に辿りつけちゃうものねぇ・・・・・・どこかに泊まるっていうくらいが妥当かしら?」

既にレティは出かける気満々であった。
新婚、という言葉に惹かれたのか旅行なのか、ともあれ彼女がその気ならば乗らないわけにはいくまい。
しかしこの幻想郷内でそういう場所は……あ、そういえばあったな。

「地下の温泉街はどうだろうか?レティ」

前に宴会で会った地霊殿の居候から聞いた話だが地下には温泉街があって普通に泊まれる宿が結構あるそうだ。
プチ旅行と考えればそこに行くのが一番合っている様な気がする。
しばらく温泉には入っていないし、ゆっくりできるだろうしな。

「いいわねそれ、地底には一度は行こうって言ってたしね」

「そして夫婦風呂でうんぬん、かしら?」

ピーナッツを手のひらに乗せて馬鹿に向けて指で弾く、食われた、ちっ。
何言い出してんですかこのスキマは。

「紫様、それを言うのは無粋かと」
「そうですよー」

「ったく・・・・・・」

一気に酒を呷る。
とはいえ、だ、そんな状況になったら我慢出来そうにないのはここだけの話ではある。

「……………………………………それもいいかしらね」

「…………」

責任取れよ紫。
小声でそっち方面まで乗り気になりつつあるレティに心の中で目の前のスキマを恨んだ。



















「確かこの辺と・・・・・・あぁ、あったあった」

地底への入り口、と書かれた洞窟。
ここから下がっていけば旧都に辿り着く、らしい。
如何せん行った事はないのでこの先がどうなっているのかはわからない。
なので道案内を頼んだのだが、さて、そろそろだろうか?

「あら、着たみたいよ」

見れば洞窟から誰かが出てきた。
地霊殿の主のペットかはたまた居候か、と思って見ればその主本人、古明地さとりがこちらに向かって来ていた。
予想外だ、まさか彼女が来るとはな・・・・・・

「てっきり居候が来ると思ったんだがな」
「そうね、私もそう思ってたわ」

「こんにちは・・・・・・よく言いますね、からかいがいがあるのはどっちもだが、とか思ってるのに」

半分冗談だ、と思っておく。何故かさらにレティを半目で睨む古明地さとり。
何をレティが考えたのか、は予想がつくが触れないでおこう。

「まったく、この夫婦は・・・・・・とりあえずご案内します、地下の温泉街でよろしかったでしょうか?」

「あー……その前に一応挨拶を、な」

「ここに私がいるのにですか?」

「まぁ、土産もあるからな」

わかりました、と背を向け、地下へと進む古明地さとり。
さて、道中どんな風にからかってやるか、と思うとじと目で振り返ってきた。

「夫婦揃って何を言ってるんですか、もう」

レティと顔を見合し、やっぱり同じ事を考えていたのか、と二人で苦笑した。

「奴は元気か?」
「えぇ、おかげ様で」
「順調そうで何よりね」
「……ですからそういうことは考えないでください」

何をだ、というのは最早気にしない。
二人で地霊殿の主をからかいながら進むとどうやら噂の旧都に辿り着いたようだ。
見渡せば雪の降る世界の中に古き家々が建ち並び、妖怪達が賑わいを見せていた。

「……ようこそ地底へ。地霊殿主としてお二人を歓迎いたします」

こちらへ振り向き、儀礼的な一礼。
こちらも礼を返し、不図気になって天井の見えない頭上を見上げた。。


















空無き世界で如何にしてこうして雪が降るのか、と。























「あいつ、相変わらずというか何というか、尻に敷かれてるねぇまったく」
「そういうことは言わぬが華、でしょ?」

地霊殿に案内してもらい、主のいい人兼居候に『あなたもできる!亭主関白のひ・み・つ 著者R.M』なる物を渡し、(当然俺は読んでいない)
主に脇腹を捻りあげられ、ペットたちになんだなんだとたかられる姿は実に面白かった。
その後、解放された居候に案内されて温泉宿に入り、そして……なぜか用意されていた二人で入るにちょうどいいサイズ、曰く夫婦風呂にレティと入っている。

……なんか背後にあの困った友人の影が見えるような気はするがまぁ気にしないようにしよう。

「しかしなんだなぁ、空が見えないのにこうして雪が降っているのを見るのは何だか新鮮だな」

上を見上げ、振り続ける雪を見てさっきも思った事を口に出す。
一応天気というものは地底にも存在する、と地霊殿の主から聞いた。
そういうものか、と思うが俺からすれば違和感しかない。

「なんだったら、やってみる?」
「地霊殿から苦情がきそうだからやめておこう」

地獄鴉にこられたら困る。メガフレアだ!薙ぎ払え!とかされそうだ。
……地霊殿、か。
最後に見た地霊殿の主と、その居候と、ペットたちの暖かい光景を思い返す。
なんとも幸せそうで………………なんとも羨ましい光景だった。

「私とだけじゃ不満?」
「……そんな事はもちろんないさ。ていうかよくわかったな」
「そりゃわかるわよ、だって夫婦だもの」

にこり、と寄り添ってくるレティに敵わんなぁ…と心から思う。
とはいえ、だ。
俺はレティを横から抱き寄せた。

「愛してる、レティ」

そっと、彼女の唇を奪う。
彼女の答えを聞くべくそっと直ぐに離れる。

「えぇ、私も。ずっと、ずっとあなたを愛しています」

彼女と共に二人で、もしかしたら増えるかもしれないが、今はこの新婚生活を楽しもう。
彼女との長い長い時間はまだまだ続く、その幸せを思い描きながら再び彼女と口づけを交わした。



うpろだ0013
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最終更新:2013年07月08日 00:45