話は4月に遡る。
桜の咲く時期だから、と言う理由で夜に花見も兼ねた宴会を開いた時の事。
この日も博麗神社には、数多くの人妖が集まってドンチャン騒ぎに興じていた。
そんな中で──

「○○、桜が綺麗だね」
「ああ、そうだな」

悪魔の妹、フランドール・スカーレットが恋人である○○の腕に抱き付いている。
宴会と言う事で、紅魔館のメンツも呼ばれたのだが…その話を聞き付けたフランが、真っ先に○○を誘ったのは言うまでもない。
当然、○○も恋人の誘いとあれば断る理由など皆無だ。
そんなこんなで、宴会を楽しんでいるのだが……

「はぁ、ホントにアンタ達は仲がいいわね…。胸焼けしそうだわ」
「うへぇ、今日は何だか酒がいつもより甘く感じるよ……」
「……二人とも、心の底から愛し合ってるようですね。羨ましくもありますが…その、少し……」

宴会にやってきた他の面々は、大体こんな反応である。
ただ、一部では……
「あらあら、若いっていいわね」と、亡霊のお嬢様がニコニコしながらその様子を目にしていたり。
「…長く生きているけど、なんで私達には相手が見つからないのかしらね……」と、半ばヤケ酒に走る蓬莱人がいれば。
「ふふ、これはいいネタになりますね…」と、天狗の新聞記者が目を光らせ。
「妬ましい、妬ましい……」と、嫉妬の炎を一人燃やす橋姫。
「種族を超えた愛は今も続いてるのですね…素晴らしい事です」と、命蓮寺の魔法使いが感心していたり。
…全員が同じ反応、と言う訳ではなかったようだ。

「……に、しても。レミリア達は特に動じないのね?」
「まぁ、いつもの事だからね…もう慣れたわ」

霊夢の問いかけに、くいっとワインを啜ってレミリアが答える。
さすがに妹が恋人と会う度にイチャついてるのを目にしていれば、自然と慣れてしまう物なのか。
そんな二人は、と言うと……

「はい○○、あーん」
「あーん……もぐもぐ…」
「…どう?美味しい?」
「ああ、美味しいよ」

…実にいつも通りであった。
それはもう、傍目から見ればただのバカップルでしかない。

「まったく、そんなに仲が良いんだったら、アンタ達もう結婚しちゃいなさいよ?」

冗談半分で、霊夢が二人に向けて言った事に『それは面白そうだ』とばかりにレミリアが話に乗ってくる。
…少し酔っているのもあるかもしれないが。

「あら、それはいいわね。6月になったら、ウチで結婚式でも挙げる事にしようかしらね?」
「え、ちょ、ちょっと待てって……」

あまりに突然すぎるレミリアの発言は○○にとって、まさに寝耳に水。
はいそうですねと言えるはずもなく、ただうろたえる事しか出来ない。

「あら、○○はフランじゃ不服だとでも?」

レミリアがジロリと○○を睨み付ける。
当然、不服な訳ではないが……

「…○○、結婚したくないの?」

フランが不安そうな目を向ける。

「そんな事はないぞ?ただ、まだ早いかなって思っただけで……」
「別に早くてもいいじゃないか。二人とも心が離れない内に、さっさと結婚しなって」

コイバナ(?)と聞いて、魔理沙が首を突っ込む。
…大抵、こう言う場合は場を引っ掻き回すとも言うのだが。

「まぁ、そうよね。○○ったら、妹様と頻繁に婚前交渉しちゃってる訳だし……」
「ブフーッ!?」

咲夜の爆弾発言に、酒を噴出す者が続出する。
こんな事を口にしてしまう辺り、彼女もまた酔っているのだろう。

「ほら、○○。もう逃げ場は無いぜ?フランに『結婚しよう!』って言っちまいなよ!」
「あのな…宴会の席でプロポーズって、ムードもクソも無いだろ……」
「いいんだよ、細かい事は!ここにいる奴ら全員が証人になるんだぜ?」

…ふと、○○は周囲を見る。
何かを期待しているような視線が、嫌と言うほど向けられていた。
フランも恋人からのプロポーズを待っている。
恥ずかしさのあまり逃げたいが…普通の人間が、ここにいる人妖相手に逃げられる訳がない。
かと言って、黙秘は許されそうにもないだろう。
詰み、所謂チェックメイトと言う奴である。

「え、えーと…フラン……。俺は、その、あー、うー……」
「もう、歯切れが悪いわねえ…男なんでしょ、ハッキリ言いなさいよ」

霊夢に急かされる○○。
少しの沈黙の後、ついに○○が吹っ切れたか、意を決して口を開いた。

「フラン…好きだ。いや、愛してる。お前のためなら、俺は人間をやめる覚悟だってある。だから……」

間を置いて。

「俺はいつまでも一緒だ…結婚しよう、フラン」
「……うんっ!」

その言葉を待っていたと言わんばかりに、フランが胸に飛び込む。
○○のプロポーズに、「おおー!」と歓声が上がった。
一部、砂糖を吐いて倒れる者も出たが……。
──ともかく、こうして(半ば周りから乗せられるような形になった感はあるが)○○とフランの結婚が6月に決まったのである。





そして6月──
ついにこの時が来てしまった。
生まれて初めて着るタキシードは、少しだけきつく感じられる。
まさか俺が結婚出来るとは思わなかったし、嫁が吸血鬼の少女になるなんて誰が予想出来ただろうか。
思えば、この世界に迷い込んでフランと出会った事自体が運命だったのかもしれない。
…それをレミリアが操っていたのかどうかは知らないけど。
だけど一つ、確かに言える事があるのなら…俺とフランは今、幸せの絶頂にいると言う事。

「○○、お待たせ」

花嫁姿となったフランが俺の前に現れる。
赤いウェディングドレスに身を包んだ彼女は…とても綺麗だ。

「どう、かな?」
「よく…似合ってるよ」
「えへへ…♪」

長い間、孤独の中にいた少女…彼女の事を知ったからこそ、俺が何とかしてやらなきゃいけない。
その為なら、人間をやめるくらい大した事じゃない。
人の生を捻じ曲げてでも、少しでも長くフランと一緒に生きる。
それが彼女を好きになった俺の決意と覚悟だ。

「二人とも、準備が出来たからそろそろ…」

控え室に来た昨夜さんが俺達を呼ぶ。
いよいよ時間だ。

「じゃあ、行こうか。フラン…」
「うん…」

二人で手を取り合って、式場…紅魔館大ホールの扉を開く。
プリズムリバー楽団の演奏の中、俺達は神父のいる台へと歩を進め……え?
ちょっと待て、なんで神父がスキマ妖怪なんだよ?
…いや、この際誰でもいいか。
気にしたら負けだ。
周りの席には多数の人妖…と言うか、この前の宴会にいたメンツが丸ごと参列していた。
みんな祝いに(一部は違う目的の為でもありそうだが)来てくれたのかと思うと、少しだけ嬉しくなる。
そして、神父の前に立つ。

「汝は健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も──」

誓いの言葉を聞きながら、今までの事を思い出す。
ちょうど去年の今頃くらいに、フランと恋人になったんだったな…。
それから今日まで、実に色々な事があった。
屋敷の外へデートに行ったり、外界旅行へ出たり、風邪を引いた時は看病もしてくれたし、クリスマスやバレンタイン、ホワイトデー……
どれも昨日の事のように感じられる。
時の流れとは、思ったよりも早い物なんだな…。

「……これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

…だからこそ、早い内に寿命を延ばす方法を見つけて、1年でも長くフランと共に生きられるようにしなきゃいけない。
『絶対にフランを幸せにしないと、許さないからね』。
今日、式の前に俺がレミリアから言われた事だ。
──ああ、分かってる。
俺がフランの孤独を”破壊”したんだから、今度は誰にも”破壊”出来ない幸せを作ってみせるさ。

「はい、誓います」

フランが答えると、俺に視線を向ける。
軽く頷くと、俺もこう答えた。

「はい、誓います」
「では指輪の交換と誓いの口付けを……」

お互い、左手薬指にエンゲージリングを付ける。
そして向かい合って見つめ合い、そのまま俺とフランの唇が触れ合った。

これから幸せな生活が待っているのだろう。
けれど、時には苦難もあるかもしれない。
でも、二人でならきっと上手くやっていける。
そう信じる心があれば大丈夫だ。

「○○…大好きっ!」

俺もだよ、フラン。
……因みにこの後、ブーケトスで戦争になったり天狗の新聞記者から激しい取材攻めに合ったりと、カオスな事が何度か起きたが…
それはまた、別の話。





──結婚式の最中、最前列の席には妹の晴れ姿を見る姉・レミリア。
その横には従者の咲夜が座っていた。
妹を見る姉は、どこか感慨深げである。

「…まさか妹に先を越されるとは、ねえ」
「やはり羨ましいですか?」
「まぁ、女の子の夢ではあるものね」

誓いの言葉を聞きながら、そんな事を話し合う。
参列者は皆、新郎新婦の二人へ羨望の眼差しを向けている。
やはり、ジューンブライドと言うのは一つの夢でもあるのだろう。

「外の世界から迷い込んだ人間がフランを幸せにした…か。運命ってのは、本当に分からない物ね」
「…お嬢様が二人の運命を操ったのではなくて?」
「別に私は何もしてないわ。…いや、”するまでもなかった”と言うのが正しいわね」

自分が余計な事をしたら、フランに何をされるか分からないから。
レミリアはそう言った。
ちょうどその時、二人は指輪の交換を済ませて誓いの口付けを行っていた。

「それに義弟が人間と言うのも…まぁ、いいんじゃないかしら?」
「でも、後々に妹様が○○の子供を生んだら、お嬢様は必然的に伯母と言う事に……」
「……え゛?」

咲夜の何気ない一言に固まるレミリア。
伯母と言う言葉が、心に突き刺さったらしい。

「ダ、ダメよ!それだけは絶対に!…フランが母親になったら、その子も私の事はお姉様と呼ばせないと……」

今からそんな事を考えるレミリアを見て、咲夜はただ苦笑するしかなかった。



――以下、後日談――

俺がフランと結婚して二ヶ月くらいが経過しただろうか?
結婚式を挙げたその日の内に、紅魔館へ引越した俺は毎日のようにフランとイチャイチャする生活を送っている。
人里で暮らしていた時とは違い、仕事もロクにせず嫁とただベタベタするだけの、ある意味自堕落な物でもあるが……。
うーん、そろそろ大図書館の書庫整理とか、庭の花壇の手入れでもさせてもらおうかな?
何かしら仕事しないと人間腐っちまうもんな…。

…そう言えば、フランはどこに行ったのだろう?
昨日は疲れたので爆睡してたけど、俺が起きた時にはベッドの横に彼女はいなかった。
となれば、どこかへ出かけているんだろうけど……

「○○――!」

遠くから聞こえるフランの声。
ああ、やはり出かけていたようだな。
俺は部屋のドアを開けて、迎え入れる。

「ああ、おかえり。どこへ行ってたんだ?」
「うん、咲夜と一緒に永遠亭に…」

薬が必要だったのか?
でも、そんな事なら咲夜さん一人で出来るんじゃ……

「あのね、○○…よく聞いてね?今日はなんだか体の調子が悪くて」

ああ、なるほど。
一人で行こうにも…って事だから、咲夜さんと一緒にか。
あれ?でも待てよ…吸血鬼は病気と無縁じゃなかったか?

「お昼に食べた物を戻しちゃったの…。私、何かの病気にかかったのかなって……」

お、おい…それはシャレになってないぞ?
まぁ、あの薬師なら大丈夫だろうけど……

「それで向こうで診てもらったの。そしたらね…」




新ろだ2-209
─────────────────────────────────────────────

私が○○と結婚して数年が過ぎた。
あれから子供は四人生まれ、毎日が騒がしくも幸せ。
…そんな日が、いつまでも続くと思っていた。

そう、思っていたのに――――



その日も、いつも通り○○は朝から人里へ仕事に向かう。
結婚してからは毎日のように○○と一緒にいたけど、娘が生まれて少しすると、突然「人里で仕事をしてくる」と言い出したのだ。
○○曰く「娘達の養育費くらい、自分で何とかしなきゃいけないから」との事らしい。
別に仕事しなくても、それくらいなら…とお姉さまは言ってたけど「親の責任だから」と言って、納得させた。
一緒にいられる時間が減るのは、私も反対だけど……でも、そういう真面目な所が○○だから。

「ぱぱー、きょうもおしごとー?」
「ああ、そうだよ」

一足早く起きた長女が○○と一緒にいる。
最近はよく図書館に入り浸って、パチュリーに様々な言葉を教えてもらっている。
元々飲み込みが早いのか、この子が生まれてから喋れるようになるまで、それほど時間はかからなかった。
因みに、最初に喋った言葉は「ままー」。
これには○○が「パパじゃなかったのかよ…」と本気で凹んでたけど。
でも、それは仕事に出てる○○が娘と一緒にいられる時間をあまり作らなかったのが悪い……って、事にしておいた。

「かえってきたら、あたしといっしょにあそぼーねー!」
「ああ、いいぞ。それまでいい子にしてるんだぞ?妹達の世話もちゃんとするんだぞ?」
「うんっ!」

頭を撫でられて喜ぶ娘。
…なんだか、そう言う所は私に似ているのかもしれない。

「ねー、ぱぱー」
「ん、どーした?」
「んー…」

唇を突き出している。
それを見て、○○は……

「ん……」

ちゅ、と娘にキスをした。
…まだ小さいのに、どこでこの子はこんな事を覚えたのだろう?これも遺伝?

「じゃ、フラン…行ってくる」
「うん、なるべく早く帰ってきてね?」
「善処する」

そう言って○○も娘にしたように、私の頭を撫でる。
これをされると、何だか胸がきゅーってなるから好きだったりする。
……ああ、だから娘も同じように感じているのかもしれない。
じゃあ…

「ねえ、○○」
「ん?」
「ん」

目を閉じて、唇を突き出す。

「やれやれ…」

そう言いつつも、私の唇に触れる感触。
娘にだけなんてさせたくないから、と言うちょっとした対抗心もあったのかもしれない。
……娘に嫉妬するのもどうかと思うけど、一番○○を愛してるんだからしょうがない。

「じゃ、改めて…行ってくる!」
「気を付けてねー!」

娘と一緒に手を振って見送る。

「ままー」
「どうしたの?」
「あたし、まだねむいの…ふわぁ……」

元々は吸血鬼の血が半分混じっている娘。
私と違って、日光に当たっても大丈夫だけど…朝には弱い辺りが吸血鬼の血なんだと思う。
…正直、私も眠い。
○○のおかげで、人間の生活時間が体に染み付いてしまったのもあるけれど…こればかりは何年経っても慣れそうにない。

「じゃ、ママと一緒に寝よっか?」
「うんっ!」

娘の手を取り、私は寝室へ戻っていった。
……薄暗い部屋にあるキングサイズのベッドには、下の娘達がすやすやと眠っている(末っ子はベビーベッドだけど)。
私は起こさないようにベッドへ潜り込み、娘達の手を握って目を閉じた。
小さいけれど、暖かい手。
私と○○の愛の結晶。
寝て起きる頃には、○○が帰ってきているだろうと思いつつ――



いつものように○○が帰ってくる、はずだったのに――――




……屋敷の中が騒がしいような気がする。
何かあったのだろうか?私は眠い目を擦りつつ、ベッドから起きた。
横には娘達が四人、寝息を立てている。
部屋の時計を見れば、まだ昼過ぎ辺りだろうか。
喉の渇きを覚えた私は、ひとまず何か飲もうと部屋を出る。

「あ…妹様!」

部屋を出た直後、咲夜がこっちへ駆け寄る。
けど、何か様子がおかしい。
一体何が……

「大変なんです!○○が、○○が人里で……」



その次の言葉を聞いた瞬間、私の頭の中が真っ白になった――――




○○が眠っている。
一つだけ違うのは……体は冷たくなっており、もう二度と目覚めない事。
話によれば、○○は仕事中に突然倒れ、すぐ永遠亭へ搬送されるも意識は戻らずにそのまま息を引き取った……らしい。
ここ最近、特に調子が悪い訳でもなかったと言うのに…どうして?
どうして…こんな事に……。
日が落ちる前には帰って来て「ただいまー」って言ってくれるはずだったのに……。

まだ、私は目の前の現実が受け入れられずにいた。
暫くすれば目を覚まして起き上がるんじゃないかって言う、微かな期待もあった。
けれど、もう○○は目覚めない。
いつまでも一緒にいると言う約束をしてくれたのに…私と子供達を残して、一人、逝ってしまった。
とても信じられないし、信じたくもない。
もしも、これがただの悪い夢であるのならば、早く覚めて欲しいのに――――

――だけど、これが現実だった。



……葬儀は屋敷の住人だけでひっそりと執り行われた。
周りからはすすり泣く声が聞こえたけど…この時、私が涙を流す事はなかった。
もしかしたら、○○が亡くなったショックで気が触れてしまったのもあるのだろうか。
ただ、表情ひとつ変えずに私は葬儀の様子を見ているだけ……そんな状態だった。
葬儀は淡々と進み、棺が焼却炉の中へと押し込められ、火が付く。
あっと言う間に炎に包まれる棺を見ても、私はただ呆然とその光景を見ているだけしか出来なかった。
何も考えられない。
思考する気にもならない。
涙すら出ない。
私は壊れてしまったのだろうか?
…だけど、火葬が終わり『○○だった物』を目にした途端、”○○の存在が消えてなくなったと言う事実”…それが私の胸を貫いた。
○○は死んだ。

その瞬間、私の胸が押し潰されるような感覚と共に…目から涙が溢れ出した。

大切な人を失う事が、こんなにも悲しいだなんて……。

もう○○はいない。

もう○○は帰ってこない。

もう○○には会えない。

私を孤独から救い上げてくれた人。

私が初めて好きになった人。

私に愛と幸せを教えてくれた人。

私は…○○に依存していた。

だけど、もう○○は……。



もう○○は、いないんだ――――





葬儀から数日、私の心にはぽっかりと大きな穴が開いてしまったような…そんな喪失感しか無かった。
あの時、涙はとうに流し尽くした筈だったのに、○○の事を思い出すだけで再び涙が溢れそうになる。
それだけ○○の存在が私にとって、あまりにも大きすぎたんだろう。

「…ままー」

娘が私に声をかける。
…子供達には○○が亡くなったと言う事は話していないから知らないし、葬儀の時にはパチュリーに頼んで眠らせておいてもらった。
まだ小さいのに、そんな残酷な現実を知るには早すぎるから……それが理由だった。

「ん、どうしたの?」
「ぱぱ、まだかえってこないの?」
「うん、人里での大事なお仕事が長くなるみたいで、暫くは帰れそうにないって……」

…当然、嘘だ。
私は娘を心配させないように、涙を流さないように耐える。

「うー…ならしょうがないのかなぁ。…ぱぱ、はやくかえってきてほしいなぁ……」
「ふふ、パパが帰ってくるまで、いい子にしていようね?」
「うんっ!」

もう…○○は帰って来ないのに。
世の中には、知らない方が幸せだと言う事もある。
せめて子供達が大きくなるまで、私がしっかりしなきゃいけない……。
けど、それまでに私の心が耐えられるのだろうか…?

「まま、ぱちぇのところにいってくるねー」
「また言葉を教えてもらうんだ?…行ってらっしゃい」

娘を見送った後、私は一人になりたくて自分の部屋へ戻る。
そして、ベッドに寝転がりシーツに顔を埋める…まだシーツには○○の残り香がした。
この匂いを嗅いでいると、○○に包み込まれているような感覚を思い出す。
それと同時に、涙が止まらなかった。



子供達の前では耐えていたけれど、この悲しみはいつまでも消える事はないのだから――――





…私は夢を見ていた。
ぐるぐると、記憶の中の光景がフラッシュバックする。
これは私が幸せだった頃の記憶。
○○との、大切な思い出……。

「ねえねえ、あなたは外の世界の人間なんでしょ?一緒に遊ぼうよ!」
「別にいいけど、何して遊ぶんだ?」
「弾幕ごっこ!」

…これは初めて○○と出会った時の記憶。
全てはここからだったんだっけ。
この出会いがなければ、私は今どうしていたのだろう…。

「…なぁ、フラン。今…幸せか?」
「うん……とっても!」

…これは結婚式の時の記憶。
一生に一度の晴れ姿に、お姉さまはどこか感慨深げにしていた。
確かに、あの時は本当に幸せだったと思う。
大好きな人と結ばれる、それに勝る幸せは無かったから…。

「……女の子、女の子か!はは、フランに似てて可愛いじゃないか…おめでとう、お母さん?」
「うん…私、頑張ったよ……。私達の赤ちゃん…可愛いね」

…これは最初の子供が生まれた時の記憶。
○○との赤ちゃんが出来た時には、屋敷が大騒ぎになった事はよく覚えている。
天狗も取材にやってきたんだっけ。
『いつか、娘が大きくなった時に彼氏が挨拶にやってくるのかもな』って、○○は言ってたのに…。

「うーん、これで女の子が四人目かぁ。なかなか男の子が出来ないもんだな」
「ふふ…出来るまで頑張ろうね、パパ?」

…これはつい最近の事、四人目の子供が生まれた時の記憶。
私が『今度は男の子が欲しい』って言って、毎年のように励んでたんだよね…。
何故か、これまでに生まれたのはみんな女の子だったけど。
でも、その分屋敷が賑やかになって楽しかった…楽しかったのに…。


「フラン」

私を呼ぶ声が聞こえる。
振り返れば…○○だ。
反射的に、私は○○のいる方向へ手を伸ばした。
だけど私の手は空を切るだけで、○○の姿は遠ざかり消えてしまう。

…分かっている、これは夢なんだ。
もう二度と会う事なんて出来ないんだ。
例え会う事が出来ると言っても、せいぜい夢の中でしか……。
だけど、夢でもいい。
この悲しみが少しでも紛らわせるのなら…。



――私は目を覚ます。
○○の匂いが残ったシーツに顔を埋めたまま、また眠っていたようだ。
カーテンが閉まっているが、日は出ており空は明るい。

ふと、私は以前に○○から聞いた事を思い出す。

…死んだ者は三途の川を渡り、閻魔から裁きを受けた後に転生か地獄行きかが決まるらしい。

…私も死ねば○○の所へ行けるのだろうか?

…そこで○○にまた会えるのだろうか?

…けど、もし私が死んだら…残った子供達は?

……いや、そんな事はもうどうでもよかった。

○○のいない世界なんて…これ以上、私には耐えられない……

だから、覚悟は出来た。

私は灰になり、この生を終えよう。

○○、今行くよ…。

私はカーテンに手を掛けると、そのまま勢いよく開こうとした…その瞬間だった。

「……ン…フ…ラン…!」

幻聴ではなく、確かに聞こえた声。
それは○○の……






俺はすすり泣く声に起こされた。
一体何だと思えば、横で眠っているフランが…泣いている。
悪い夢でも見ていたのだろうか、大粒の涙を溢れさせていた。
それを見た俺は、即座にフランを悪夢の世界から引き上げる。

「フラン、どうしたんだ!フラン…」
「ぅ……?…ぁ…○、○……?」

ゆさゆさと揺り起こすと、涙の溜まった紅い瞳に俺が写る。

「大丈夫か?うなされて……」
「○…○?これは夢じゃ、ない、よね…?○○は生きてるよね?」
「え?一体何を言っ……」

言葉の意味を理解する間も無く、俺はフランに抱き付かれた。

「ぐすっ…これは夢じゃないんだよね、そう…なんだよね…」

…そして、また泣いていた。


少し落ち着いたところで、話を聞く。
どうやらフランは悪い夢を見ていたらしい。
仕事に出た俺が突然倒れ、そのまま亡くなってしまうと言う(ある意味シャレにもならない)物だとか。
大事な人を失う事…いくら夢とは言え、それは確かに悲しい物だ。
俺だって、フランが不慮の事故か何かで亡くなってしまったのなら、きっと立ち直れないだろう。

「…まぁ、でも夢で良かったじゃないか。現に俺はこうやって生きてる訳だし」
「うん…そう、だけど……」

悪夢でよほど心にダメージを受けたのか、まだフランは沈みがちだった。
そんな夢を見たと言う事は、心の奥底に大きな不安があるのかもしれない。
夢は深層心理を映すと言う話も聞いた事はあるし……

「○○は…まだ普通の人間なんだよね?」

確かに、まだ人間はやめていない。
近い内に何かしらの手段で、いつまでもフランと一緒にいられるようにするつもりではあるが…

「……それがどうしようもなく不安なの。夢で見たように、突然死ぬ事になるんじゃないかって…」

そう言われて、俺も不安を覚える。
…人間は脆い。
フランの言ったように、突然倒れて(急性心不全とか何かで)死ぬと言った可能性も否定は出来ない。
普段から健康には気を付けているつもりではあるが……

「もし、○○が私の前からいなくなったら…多分、私……」
「…大丈夫だ、俺はいなくならない」

言うが早いか、ベッドに横たわったまま俺はフランを抱きしめる。
…これ以上心配させて泣かせるだなんて、とても俺には耐えられない。

「フラン、さっき言ってたよな?俺はまだ普通の人間だって」
「う、うん…」
「なら話は簡単だ。俺が『人間をやめればいい』。そうすれば、長く生きられるんだろう?」

元を辿れば、至極簡単な事だ。
人としての生を捻じ曲げてしまえばいい、それだけだ。
死後、閻魔から怒られる事は避けられないかもしれない。
だけどフランの為ならば、俺は喜んで人間をやめる事だって出来ると胸を張って言える。

「そうだけど…でも、出来るの……?」
「アテなら知ってるさ。多分、喜んで協力してくれる」

そう、人と妖怪の共存を説く、あの魔法使いなら…。
あの人は俺とフランの結婚が決まった時には真っ先に祝ってくれたし、何よりも『あなた達が人と妖怪の架け橋になってくれるでしょう』と言っていた。
きっと事情を話せば快諾してくれるに違いない。

「…よし、決めた。今日の仕事は休んで、早速人間をやめに行くか」
「……ぷっ、くすくす…そんな気軽に言うような事なの?」
「あ、それもそうか…ははは」
「ふふふっ」

…うん、自分でも変な事を言ったな、とは思う。
けれど、良かった。
やっとフランが笑ってくれた。
俺はこの笑顔をいつまでも見ていたいと、心からそう思う。

大事な娘達や、これから増えるかもしれない新しい家族と一緒に――





「どうも」
「あら、二人揃って…よく来て下さいました。今日は参拝に?それとも、子宝祈願とか…?」

その日、俺とフランは日傘を手に命蓮寺に来ていた。
目的はたった一つだ。

「今日は大事な話、と言うかお願いがあるんです」
「うん、○○にとっても私にとっても、一番大事な事なの」
「まあ……分かりました、聞きましょう」

迷いの一つもなく、俺は口を開いた。

「俺、実は……」



新ろだ2-245
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最終更新:2010年09月14日 19:33