リリーホワイト2
新ろだ2-337
リリーホワイト:春夏秋冬にしか会えない妖精
………おかしい? 俺もおかしいと思うよ。けどそうなったのにはちょいとしたわけがあるんだ
まあ、せっかくの宴会なんだし酒のつまみとでも思って聞いてくれや
俺は子供が好きだ
「このロリコンどもめ!」
うるさい、そういう意味じゃねえ
あとそれは西洋妖怪の首領だろ、幻想郷には不似合いだぞ
……まあんなことはどうでもいい。だからリリーにもよく会ってたんだ
花見をしてると勝手に出会う、って言ったほうが正しいかもしれんけど
「○○さん、また会いましたね」
「おー。リリーも虫も出てきたし、もう春なんだなあ」
「むぅ~ わたしは虫じゃないですよぉ~」
「ははは、ごめんごめん」
「本当に悪いと思ってますか?」
「ああ、許してくれるなら何でもするぞ。できる範囲で」
「じゃあ、甘味屋に行ってみたいです! わたし今までそういうところに入ったことないんですよ
こんな事頼めるの、○○さんしか知らなくって」
「甘いものを知らない幼女……はぁ。いいぞ、好きなだけ食え! 今日は財布の底を見る気で付き合うぞ!」
「わーい! ○○さんだーいすきです!」
「嬉しいこといってくれるじゃないの。それじゃあとことん食わせてやるからな」
「たまにはロリコンもいいよね!」
じゃがあしい、その発想から離れろ
まあリリーと出会って1、2年はこんな感じの付き合いだったな
んで3年目、つまり去年だけど、春の終わりごろリリーに家に来てほしいって頼まれたんだ
けどな、翌日はちょっと予定があったのよ
「ごめんなぁ、明日
チルノたちと遊ぶ約束があるのよ」
「キャンセルしてください」
「いやいやいや、そういうわけにもいかないだろ」
「来てください来てください来てください~~」
「いや、しかしなあ……約束が……」
「おねがいします! わたしはみんなと違って春以外○○さんに会えないんですよぉっ!
おねがい……します……ヒクッ……グス………」
「わ、わかったわかった! だから泣くんじゃないって!」
「幼女お持ち帰り」
うるせえ、お持ち帰られたのは俺のほうだ
それに無理やり連れてこられたなら抵抗もするさ
しかし、可愛い女の子が泣いて来てほしいってお願いしてきたんだぞ
それを断るとかスティーブン・セガールでもアーノルド・シュワルツネッガーでも無理だって
まあそれで家に行ったんだが、なーんかおかしいんだ
けっこう山の中にあったんだが、そこに以前山菜取りに来たことあったんだよ、俺
けれど家があるなんてぜんぜん気が付かなかったんだ
けど俺は物忘れが多いし、大して気にしてなかったんだよね
「ただいまです~」
「おかえりー。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「じゃあ、○○さんをお願いします」
「……リリー、冗談振っておいてなんだが、意味分かってるのか?」
「? 子供じゃないんですから、わかってますよ?」
「は、ははは! さーてもう夜だしご飯作るか! 今日は俺が美味しい晩飯作ってやるから待ってろよー!」
「それじゃ、私はベッドを片付けてきますね
今は一人暮らししてるおねえちゃんのベッドをくっつけて、ダブルベッドにしちゃいます!」
「……あ、そうだ! それよりもお風呂入れてきてくれないかな? ご飯食べたらすぐに入りたいしさ」
「わかりましたー。お風呂はちょっと大きめに作ってますから、二人で入っても大丈夫ですよー」
「あー……いや……その………やっぱリリーはサラダ作ってくんないかな? 俺がハンバーグ焼くから」
「はーい。材料はタマネギ、ニンニクにウナギの肝をあえて隠し味にマムシの血を一、二滴ですっ」
「ごめん、俺が悪かった。女の子には下品な冗談だった。だからもう許してください」
「?」
何がすごいって、全部本気で言ってたってとこかな
サラダは言ったとおりのものが出てきたし、寝所にはダブルベッドが出来上がってたし、風呂も二人で入ったんだぞ
いや、風呂は本当に大変だった。視線はあさっての方向で、落ちつくために必死で素数を数えてなぁ……
「○○さーん、お背中流しますねー」
「2…3…5…7…11…13…」
「むぅ~ お返事してくださいよぉ~」
「くっ! 23…28…いや…ちがう29だ。落ちつくんだ…素数を数えて落ちつくんだ……」
「無視しないでくださいっ」
「ぬわっ! ぺ、ぺったんこかと思ったら意外に柔らかいものが背中に……じゃない! 2…4…6…8……って違う!」
「あ、そうですっ。このままくっついてわたしの体で洗ってあげますねー」
「にゃにぃっ!? ら……『らせん階段』…『カブト虫』!『廃墟の街』!『イチジクのタルト』!『カブト虫』!『カブト虫』!
『ドロローサへの道』!『特異点』!『ジョット』!『天使』!『紫陽花』!『カブト虫』!『特異点』!『秘密の皇帝』!!」
「?」
最後は何かって? 気にすんな。正気を保つために言ってただけだから
コラそこ、なに分かりやすくガッカリしてやがる。どうせおおかた俺がオオカミになるのを期待してたんだろ
あと一歩……いや、半歩で理性が切れるところだったけど
まあとにかく人生で一番疲れる風呂を終えて、さあ寝ようとなったわけだ
「なあリリー、何でベッドがくっついてるんだ?」
「え? だって一緒に寝るんですよね?」
「……先に寝ちまえば問題ない、はずだ」
「だめですよ~、お話しましょうよ~」
「……OH MY GOD」
一日くらい徹夜してもどうってことない そう思っていた時期が 私にもありました
風呂でさんざ疲れてたんだな、俺
話しかけてくるリリーの声が聞こえたり聞こえなかったりって、うつらうつらし続けてたんだ
「○○さん、○○さんっ」
「ふあ? なんだ~?」
「さっきからわたしばっかり話してるじゃないですか。たまには○○さんが話してくださいよ~」
「………そこを、あえて寝る」
「寝ないでくださいっ! もっともっとわたしとお話してくださいっ!」
「あばばばば……耳元で怒鳴るなって………」
「目、さめましたか?」
「い、いちおう。でも今日はもう寝ようぜ。お話は明日にしてさ」
「嫌です。明日になったら○○さん、帰っちゃうじゃないですか。そしたらもう、次の春まで会えなくなっちゃうんですよ
だから、もっともっとわたしを見てください! 次の春までの思い出をくださいっ!」
「泣くなって! あとこんなところで抱きつくな! 俺だって男なんだぞ! 襲われちまうぞ!」
「でも、わたし○○さんにだったら何をされたっていいですっ!」
「ばっ、馬鹿! お前何を言ってんのか分かってんのか!?」
「わかってます! だってわたし、あなたのことが大好きなんですっ!!」
一瞬何を言われたのかぜんぜん分からなかった
今まで妹みたいに思ってた女の子に急に告白されたんだぜ。混乱もするさ
それで、何も話せないままリリーに抱きしめられて、朝になっちまったんだ
「○○さん、襲ってくれないんですか」
「……やめておくよ」
「やっぱり、わたしみたいな子供じゃ、だめですか?」
「いや、それは違うぞ」
「え?」
「やっぱ俺、ロリコンだったみたいでさ。まだ手は出さないけど、交際するくらいはOKかな……なんて」
「……本当ですか?」
「嘘言ってどうする。俺だって朝までずっと考えてたんだぞ」
「じゃあ、襲ってくれてもよかったんですよ」
「交際前にそれはいくらなんでも過程をすっ飛ばして結果だけ残してるようなもんだろ。
そういうことは一年間交際してからだ」
「一年? でもわたしは……」
「そう。春しかいられないな。春はずっと一緒にいるつもりだけど、それでも365日消化まで単純に考えて4年かかる計算だ
そしたら、まあ、その、なんだ、そういうこともOKなんじゃないかな~ って………」
「○○さん、えっちです」
「それは昨日のリリーにぜひとも言ってやりたいセリフだな」
「このロリコンどもめ!!!」
まだ言うか、それを
ああは言ったが俺はロリコンじゃない。好きになった女がたまたま幼女だっただけだ
……んで、ここまでは良かったんだが、最後の最後で思いっきり計算違いのことが起きたんだ
「それじゃまたな、リリー」
「ええ。また次の春に会いましょうね」
「……………………」
「どうしたんですか? ドアを開けたまま固まっちゃって」
「……すまん、俺目が悪くなったみたいだ。ちょっと代わりに見てもらえないか?」
暖かい気候、飛び交う蝶、咲き誇る菜の花。春だったな。ありゃ一目で分かる。春だ
問題は昨日まで夏にならんとしてた山が、何で春になってんのかってことだ
「……あっ」
「今[あっ]って言ったよね。どういうこと、ねえこれどういうこと」
「わたしは春の妖精です。春の中でしか生きられない妖精なんです」
「知ってる」
「考えたことないですか? 私は春以外どこにいるのかな、って」
「言われてみればそうだな」
「その答えがここです。ずーーーっと春の世界。春が終わったとき、無意識に家ごとここに来てしまうんです」
「へー、そりゃ知らなかった。夏に家がなかった理由はそれか。で、俺はどうやって帰ればいいんだ?」
「次の春が来たら、またあの山に出ますよ」
「……おい」
「ごめんなさいです。あと一日二日余裕があると思ったんですけど、間違えちゃいました。てへっ」
「なあ、何でさっきからそんなに上機嫌なんだ?」
「だって○○さんはこれから次の春までずーっと一緒ですし、春は一緒にいてくれるって言ってました
つまりこれで一年間いっつも一緒ってことですよね?」
「……なーるほど」
………と、まあそんな理由でな
春になった昨日、ようやくこっちに来れたんだ
リリー? 今頃は方々に春を届けに行ってるよ
でも夜には帰ってやらないとな、また泣かれても困るし
え? 今年の春が終わったらどうするかって?
はは、俺に選択の余地はねーよ
ここでまた次の春に、なんて言ったらそれこそリリーに泣かれちまう。あいつああ見えて寂しがりやだから
来年の春が来たら、もしかして子供抱えて宴会に出てくるかもしれんけどな
そんときはまたよろしく
こっちもまた、話すネタを溜め込んでくるからさ
Megalith 2011/04/06
春眠暁を覚えず――という言葉がある。
春の夜は眠り心地が良く、朝が来たことにも気付かず寝すぎてしまう、という事を昔の偉人は言っていたのだ。
なるほど、確かにその言葉は正しい。
こんなに素晴らしい気温に晒されては、布団から出るのが億劫になるというものだ。
布団の中で○○は一人納得する。
もっとも、それ以外にも布団から出たくない理由があるのだが。
○○は首を捻って横を見る。
そこには彼の愛しい恋人――春告精
リリーホワイトの寝顔があった。
彼女は○○の二の腕を枕――詰まるところ、腕枕にして穏やかな寝息を立てて眠っていた。
体を軽く縮こませ、穏やかな寝顔を浮かべるリリーはまるで天空から舞い降りてきた天使のようだ。
○○は小さく笑い、彼女を起こさないようにゆっくりと体の向きを変えていく。
腕の筋が少し痛いのは無視することにした。
そして何とかリリーを起こす事無く、体の向きを変える事に成功した。
リリーと体が向き合う。
正面から見る彼女の寝顔はとても可愛らしく、いじらしい。
それを眺めていた○○は無意識の内にリリーの寝顔に手を伸ばしていた。
彼女の頬を軽く撫で、そこにかかっていた髪を梳いて払ってやる。
その時、リリーが軽く体を捩り小さく声を上げた。
思わず体が硬直する。
しまった、起こしてしまったか――と思ったが、幸い目は覚ましていないようだ。
どうやら突然の外部からの刺激に本能的に反応したらしい。
なので○○は、先程よりもより静かに、より優しく再び頬を撫で始めた。
撫でられる度にリリーはくすぐったそうに顔を緩め、小さく甘い声を漏らす。
それを続ける内に、段々と○○の中の理性という名の抑制器が削られ始める。
――もうちょっと何かしても大丈夫だろうか……いや、大丈夫だろう。
欲望と結託した本能は、理性が気付かない内に理性の考えを捻じ曲げる。
恐ろしいのは理性が捻じ曲げられたという事に、その理性が全く気付かない所だ。
○○はその理性に従ってリリーの寝顔に自身の顔を近づけていく。
そして――リリーの唇に軽いキスを落とした。
一度接触させた顔をゆっくりと離し、彼女の様子を窺う。
相変わらずリリーは穏やかな寝息を立てて眠っている。
起きる様子は今のところ無い。
それを見ると、もう一度したいという欲求がもたげてくる。
○○が気付かぬ内に理性が本能にすり替わっていく。
最初はリリーを起こさないように優しく啄ばむ様なキスをしていた○○だったが、次第に自制が効かなくなっていく。
唇に舌を這わせ舐り、こちらの唇で軽く挟み甘噛みする。
そしてふと我に帰り、リリーを見ると――彼女の目と合った。
「……」
「……」
「……お、おはよう」
やってしまった――
○○は己の愚行を猛省していた。
しかし、いくら猛省した所で事態が好転する訳ではない。
今○○は背中に嫌な汗を掻きながら必死に現在の状況の打開策を思案していた。
それに対するリリーは、まだ寝起きで夢見心地といった所らしい。
引き攣った笑みを浮かべている○○を見るリリーの目はトロンとしていて眠そうだ。
だが、それでも今まで何が起きていて、今どうなっているのか理解できたらしい。
相変わらず眠そうな顔をしているリリーはふにゃ、とした笑みを浮かべた。
そしていきなりグイ、と体を近づけて――○○の唇に自身のそれを重ねた。
そのいきなりの行動に思わず○○の体が固まる。
人間、予測できなかった事が起きると体が固まってしまうものだ。
その滑稽に見えるほどの慌てぶりを見たリリーは悪戯っぽい笑みを浮かべ――○○の口内に舌を侵入させた。
そして未だに動揺から立ち直れず硬直したままの○○の舌に、自身のそれを絡める。
――はむ、んちゅ、んぷ、ちゅう、ちゅる……
寝起き特有のぬめった唾液がまぶせられた舌同士の絡み合いは、一切の抵抗を感じさせず独特の感触を生み出す。
絡め合ってもぬるりと解ける舌同士の交わりに、思わず興奮が高まる。
今までされるがままだった○○もようやく事態が飲み込め、こちらからも舌を絡め出す。
しかし、それでも激しく絡め合う様な事はしない。
まるで二人の舌が熔けて一体化してしまうのではないかと錯覚してしまうほど、ゆっくりと舌を絡め合う。
それは長い時間を掛ける蛇の交尾のようにも思えた。
――一体どれほどの時間が経っただろうか?
一瞬だったようにも思えるし、一刻ほど経ったようにも思える。
時間の感覚など忘れてしまえるほどのキスをしていた事だけは覚えている。
口を離したとき、二人の舌の間にねっとりとした銀の糸が掛かった。
かなりの粘度を誇るそれは徐々に重力に引かれ、垂れていく。
そしてそれはベッドに染み込み、シミを作った。
「おはようございます~」
「……おはよう」
リリーが悪戯っぽい笑みを浮かべながら挨拶する。
その頬には朱が差しており、どことなく色気が漂っていた。
そんな余裕ある顔を向けられた○○は思わずぶっきらぼうに答える。
正直弄るのには慣れているが、弄られるのには慣れていない。
しかし、リリーに見つめられ目を反らす事も出来ない状況である。
「女の子が寝てる時にあんなことするなんて、○○さんのエッチ」
「……うるせぇ、そう言うお前だってあんなにやらしいキスしてるじゃねーか?」
「う……アレはお返しだから良いんです!!」
どっちもどっちな言い合いをする。
互いに睨みあっていたが、どちらからともなく小さく吹きだした。
それが切っ掛けになり、二人は笑い合った。
「さて、と……これからどうする?」
「そうですね……ふぁ~あ……」
リリーは一つ欠伸をする。
どうやらまだ少し寝足りないらしい。
そういえばその原因が自分にもある事を思い出し、○○は少し申し訳ない気持ちになった。
「もう少し寝てるか?」
「○○さんと一緒に寝てたいです~」
「……分かったよ」
リリーは意識してないだろうが、そんな上目遣いでお願いされて断れる男などそうはいないだろう。
それに、起こしてしまった事もある。
そう決めると、乱れて捲れてしまっていた掛け布団を掛け直し、リリーを抱き寄せた。
「それじゃあおやすみ、リリー」
「おやすみなさい、○○さん」
軽いキスを交わすと、彼らは再び夢の世界へと戻っていった。
彼らが春眠から目覚めるのには、もう少し掛かりそうだ。
三千世界の鴉を殺し主と朝寝がしてみたい――高杉晋作 都々逸
Megalith 2011/12/25
年の瀬も迫った師走。
その由来は師――僧侶が仏事で走り回る忙しさから来ていると言われている。
勿論忙しいのは僧侶だけでは無い。
年末と言う事もあって人里を行きかう人たちも忙しそうにしていた。
商店を営む者から見れば年末は最後の大売出しの機会だし、そうでない人としても年末の大掃除や新年の準備などで忙しい日々を過ごしている。
今年という時を終え、新年を迎えると言う事は新しい節目を迎えると言う事なのである。
その準備の為に人々が慌ただしい年末を過ごすのは無理のない事なのであった。
その忙しそうな人々の中に混じって一人の男――○○が歩いていた。
だが、その足取りは先を急ぐ人々とは違いどこか重くふらついている様な、そんな足どりであった。
「疲れた……」
彼は年末の忙しさ――俗に言う修羅場の被害者であった。
年越し間近になると流石に人々は休みを取る。
では、その休んでいる分の仕事をいつする事になるのか?
そのしわ寄せは今まさにこの時期であった。
普通だったら到底終わらないであろう仕事を何とか新たな節目を迎える前に仕上げておきたいという気持ちからか、ここ一週間の仕事量は尋常ではないものであった。
普段よりも早い時間から仕事を始め、昼食も取らずに夜遅くまで働く。
それがまだ2~3日当たりならなんとなるのだが、流石に一週間もそれが続くと非常に辛いものである。
文字通り、仕事の内容は苛烈を極めた。
仕事に従事していた○○が目に見えてやつれ、疲れているのがよく分かる。
しかし、その地獄も今日終わったのだ。
仕事を終えた同僚たちはそのまま祝い酒を飲みに行った団体と、そんな気力も起きない程に疲れ果て帰路に着く団体に分かれた。
○○はその後者であった。
疲れから体が前かがみになり、脚を引きずるように歩いている。
その姿はさながら亡者の様であった。
それでもその体を引きずり、何とか家までたどり着いた。
「ただいま――」
「おかえりなさい~!!」
「え、ちょ、うおぁ!?」
玄関の扉を開けた瞬間、突然前から何かが飛びついてきた。
いきなりの事に避ける事も叶わずに、その飛びついてきた人影を抱きとめる。
普段だったら何事も無く抱きとめれただろうが、体中を疲労が覆っている状態だったため思わず後ずさる。
力を入れたつもりが、上手く入らず膝がカクッと曲がる。
それでも、意地でなんとか抱きとめることに成功した。
「お、おい、危ないだろリリー!!」
「えへへ~」
○○は思わず飛びついてきた人影――
リリーホワイトを叱る。
リリーホワイトは本来なら春にしか現れない春告精である。
では何故こんな年の瀬に彼女がいるのだろうか?
それは彼女がここにいる事を強く望んだからである。
妖精という種族は自然そのものと言える。
その妖精である彼女達ががここに居たい、留まりたいと思った瞬間、その場所が彼女達の居場所となるのだ。
だからこんな年の瀬に彼女がまだ存在しているのだ。
叱られているリリーはそんな事も気にずに嬉しそうな笑顔を浮かべながら、強く○○に抱きついている。
勿論○○も本気で言った訳ではない。
ただ、そう言っておかないと何だか示しが付かないと思ったからである。
要は形式美というやつだ。
抱きついて体を擦りつけてくるリリーを、苦笑を浮かべながらやれやれといった感じで見降ろす。
だが、軽い仕返しに少し強めに頭をごしごしと撫でておいた。
(ああ……でも、癒されるなぁ……)
何だかんだ言って愛しい恋人である。
恋人にこういう事をされて嬉しくない男など居ないだろう。
心身共に疲れ切っていた○○であったが、精神的な疲れは幾分か取れたような気がした。
が、いくら精神的な疲労が取れようが疲れは半分以上残っている。
一週間にわたる激務は○○の体に疲労を相当根深く埋め込んでいたらしい。
家に帰ってきたのと今のやり取りで精神的に安堵したせいか、溜め込んでいた疲労がドッと出てくる。
抱きかかえていたリリーを下し、とりあえず床に腰を下ろそうとした。
しかし、疲労が限界に達した○○の体は自重を支える事が上手く出来ず、崩れるような形で座りこむ事になった。
「だ、大丈夫ですか~?」
思わずリリーが心配そうに声を掛ける。
○○は無理やり作った笑みを返すのが精いっぱいだった。
「あぁ……悪ぃリリー、布団敷いてくれないか……?」
「わ、分かりました~」
そう言ってリリーは奥の押入れに向かって行った。
あの小さな体で布団を引かせるのは少し気が引けるが、こちらの体も限界状態だ。
体中に溜まった乳酸が体を動かす意思を削ぎ落とそうとする。
それでもなんとか気力でその攻撃に耐え、○○は脱衣所の方へと向かって行った。
今日はもう風呂に入る気にすらならない。
一刻も早く横になって脚の筋肉を重力から解放して眠りに付きたい。
そんな欲求が一杯であった。
いつもより遥かに遅い手つきで作業着を脱ぎ、寝巻へと着替えていく。
「○○さん、布団敷き終わりましたよ~」
寝室へ入った時、リリーが笑顔で出迎えてくれた。
丁度布団を敷き終えたらしい。
――ああ、この娘はやっぱりいい娘だなぁ。
今それをひしひしと感じる。
「ああ、ありがとな」
「えへへっ」
先程とは違い今度は優しく頭を撫でてやると、リリーは嬉しそうに笑った。
その笑顔で今まで凝り固まっていた精神が一気に和らぐ。
同時に、体を支配する乳酸が○○の頭から思考力を奪い去っていく。
ホッとしたからであろうか、一気に眠気が襲ってきたような気がする。
思考が蕩けていく。
そのせいだろうか、○○は無意識のうちに言葉を発していた。
「一緒に寝ようぜ」
○○からすればごく自然に出たのだろう。
ただなんとなく一緒に寝たかったのである。
大好きな彼女を抱きしめて眠りたかったのである。
その自分の言葉の意味が分かるほど今の○○には思考力は残されていなかった。
リリーはそのいきなりの提案に驚いていたようだったが、すぐに笑顔に戻った。
「ハイ、良いですよ~」
そう言ってリリーは○○の手を引いて布団へ向かった。
先に○○が布団に入って、その後にリリーが布団に入る。
○○はその小さな体をギュッと抱きしめた。
心地よい圧力に、リリーは喉を鳴らして喜ぶ。
ふとその時、○○はある事に気付いた。
「あ、悪い。今日風呂入って無いんだった……」
あの重労働の後である。
きっと自分の体は汗臭い事になっているのだろう。
それを思うとリリーに申し訳ない気持ちになった。
「良いですよ~○○さんの匂いは大好きです~」
しかしリリーは嫌な顔をせずに顔を胸に埋めてきた。
流石にそれは臭いだろうと思ったのだが、そこはリリーの好意に甘える事にした。
もう一度リリーを抱きしめ直す。
今度は苦しくない程度に。
愛しい女の子を抱きしめる、これ以上の幸せは無かった。
リリーも抱き返してくる。
「お休みリリー……」
「おやすみなさい、○○さん」
○○の意識が闇に溶けていくのはすぐの事であった――
気付いた時、○○は満開に咲き誇るの桜の中に居た。
辺りを見回しても見えるのは桜、桜、桜。
花びらが舞い散り、視界を鮮やかなピンクで染め上げる。
その現実離れした神秘的な光景に、思わず息が漏れた。
その時、何かの香りが鼻をくすぐった。
とても甘く、優しい、ホッとするような――そんな香りだった。
その香りが漂ってきていると思われる方向に歩を進める。
しばらく歩くと何かが見えた。
何かの人影の様だ。
しかしそれが何なのか、誰なのかまでは分からない。
さらに近づいてみると、その人影何なのかハッキリと分かった。
赤い線の入った白い服装に白い帽子の女性。
そよ風に吹かれて胸元の赤いリボンと麗しく煌めく金髪が小さく揺れている。
その姿は正しく○○の愛しい人そのもので――
「リリー……?」
無意識にその名前を呼んでいた。
しかしよく見るとリリーとは少し容姿が違う。
リリーの身長は○○の胸辺りに届くかどうかという所である。
だが、目の前の女性の身長は明らかにそれより高い。
○○の身長と同じ、あるいは少し低いくらいである。
そしていつものリリーより少し大人びて見える。
彼女は一体誰なのであろうか?
リリーなのか、それとも別人なのか。
○○の問いかけに対して、彼女は何も答えなかった。
ただ、微笑むだけである。
それにしても、なんと優しい微笑みであろうか。
全てを包み込み、許容し、慈しむ様な慈愛に満ちた微笑み。
その神秘とも言っても過言ではない微笑みを向けられ、○○は思わず惚けてしまう。
同時に、○○は不思議な感覚を覚えていた。
自分は昔この微笑みを見た事がある――そんな気がしたのだ。
しかしそれが何時、何処でだったかまでは思い出せない。
一旦思考を止め視界に意識を戻した時、目の前に彼女の顔があった。
どうやら考え込んでいる内に近付いてきたらしい。
突然間近で顔を見られ、しかもそのとても綺麗な顔を近づけられて○○は思わず軽くたじろいだ。
その時、先程の感覚がまた蘇った。
しかも、先程よりも強く。
彼女の微笑み、それと「何か」が重なる。
そうだ、思い出した。
これは、この微笑みは――
「母さん――」
そう、それは自分がまだ幼い時母親に抱かれながら向けてもらっていた微笑みだった。
もう何年もあっていない母親。
顔も容姿も全然違うけれども、その根底にあるものは全く同じであった。
目の前の女性はふっと小さく笑うと、手をこちらに伸ばしてきた。
背中に手を回され、引き寄せられる。
○○は抵抗しない。
むしろそれを望んでいたのだろうか?
女性の胸元へ抱き寄せられる。
不思議とやましい感情は起きなかった。
むしろその逆と言ってもいい。
ただ抱きしめられているだけ――それなのに自分より遥かに大きなものに抱かれているように感じた。
まるで自分が幼子になってしまったかのように。
「母さん……リリー……」
暖かい体温を感じる、懐かしい鼓動が聞こえる、甘く落ち着く香りがする――
酷く懐かしく、そして新鮮に感じられた。
背中にまわされた手が、軽くポンポンと叩く。
とても心地よい――
そのリズムに合わせて○○の意識が白の中へと溶けていく。
まだ、もう少しこのままで――
しかし、体に力が入らない。
瞼が段々と落ちてくる。
体が溶けていく。
「お休みさない……」
声が聞こえた気がした。
その声が届くと同時に、○○の意識は白い光の中に蕩けていった――
ふと、目が覚めた。
昨日の疲れなど微塵に感じさせずに起きる事が出来た。
体の節々が筋肉痛だが、それは許容範囲内だ。
むしろ昨日のあの疲労困憊具合からこのスッキリとした目覚めは奇跡と言っても良かった。
当たり前だが、今目の前にはあの幻想的な光景は無い。
あの鮮やかな桜の木々も、女性もどこにもいない。
いや、女性の元になったと思われる人物なら自分の横で穏やかな寝息を立てている。
そして気付いた。
自分が抱きしめられている事に。
確か布団に入って眠ろうとした時には自分はしっかりとリリーを抱きしめていたはずだ。
だが、今の状態はそれの反対である。
小さい腕を目一杯伸ばして自分を抱きしめてくれている。
もしかして自分があの夢を見たのはこの為だったのであろうか?
ほんの少しだけ身を捩ると、リリーが小さく声を上げた。
後悔した時はもう遅い。
リリーの目がゆっくりと開かれる。
目の前に彼女の顔があるので、自然と目がある状態になる。
眠そうな眼ながら、リリーはふにゃ、と幸せそうな笑みを浮かべた。
「おはようございますぅ……」
「おはようリリー。悪い、起こしちまったか?」
「そんな事無いですよ~、大丈夫です~」
いつも通りのリリーを見て、○○は少し安堵した。
折角なのでもう少しこのままの状態でいる事にしよう。
「ちょっと気になったんだけどさ」
「ん?何ですか~」
「何で俺、今こんな状態になってるの?」
こんな状態、と言うのは勿論リリーに抱きしめられている状態の事である。
別にそれ自体は問題無いのだが、ここに至るまでの経緯と夢との関連性はなんとなく知っておきかった。
「ん~?覚えて無いんですか~?」
「全く」
「昨日○○さんはすぐに寝ちゃって、そうしたらすぐに腕から力が抜けたんですよ~。そうしたら少し寒そうにしてたので私が代わりにギューっとしてあげたんですよ~?」
自分の腕の筋肉の疲労はそれほど溜まっていたという事なのだろうか?
眠って無意識のうちに腕に力が入らなくなってしまったと。
それでリリーが代わりに抱きしめてくれたという事らしい。
「そっか、そういう事か」
分かってしまえばなんて事の無い事である。
その時、リリーが何かを思い出したらしい。
何かよからぬ事を思いついた時の様な悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そういえば○○さん寝言で何か言ってましたよ~?確か、かあさ――」
「ブッ!!ば、な、俺はそんな事言ってねぇよ!!」
「え~?でも確かに――」
「言ってねぇ!!ぜってー言ってねぇ!!」
顔を真っ赤にして否定する○○。
だが、それはほとんど肯定を意味している事に変わりなかった。
気恥ずかしくなって、○○は顔を枕に押し付け顔を隠した。
リリーの面白そうに笑う声が聞こえる。
結局彼女の良いようにされているような気がする。
だが、彼女は自分の事をこうやって包んでくれているのかもしれない。
いつもは守っているようで、実は守られている。
救われている。
肉体的な意味でも、精神的な意味でも。
きっと彼女はそんな資質があるのだろう。
○○は顔を少しだけ傾け、目だけをリリーに向ける。
「……ありがとうな」
耳まで真っ赤になっているのが分かる。
言われたリリーは何の事かとキョトンとしていたが、やがて何かを理解したかの様に微笑んだ。
「どういたしまして」
その微笑みは紛れもなく母親の物で、夢の中の女性の慈愛に満ちたあの微笑みであった――
Megalith 2018/03/18
「雨ですねぇ~……」
「雨だな」
リリーが残念そうな声を漏らした。
ちゃぶ台に身体を突っ伏し、窓格子の方を恨めしげに見つめている。
言葉の通り、その格子の向こう側は雨が降りしきっていた。
「早く皆さんに春を伝えたいのになぁ……」
幻想郷は今、弥生の月から卯月の月に差し掛かる頃である。
つまり、リリーが幻想郷に春を伝える時期でもあった。
その甲斐もあってか所々で桜の開花が見られ、春の訪れを着実に感じられるようになってきていた。
だが――。
「雨で桜が少し散っちゃうかもしれんな」
「残念です~……」
今日は朝から生憎の雨である。
それでも朝から蓑と笠を身に付けて春を告げに飛び立とうとしていたリリーを○○が必死に引き留めたのだった。
暖かくなってきたとはいえ、春先の雨はまだ冷える。
ここで無理をしてリリーが体調を崩したら、ますます春の訪れが遅くなると説得してなんとか大人しくさせたのだった。
「まあ、今日くらいゆっくりしても誰も文句は言わないだろ」
「う~、でも~……」
春の時期に春の訪れを告げる――それが彼女の原初の行動理念なだけに、何も出来ないというのはもどかしい様である。
そんな様子を見て、○○は苦笑を浮かべた。
元気づける様に、リリーの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
「今日ゆっくり休んで、また明日から頑張れば良いんだよ」
「……は~い」
納得出来た訳では無いが、理解した様だった。
暫くすると、リリーが布を集めて何かを作り始めた。
「……何作ってるんだ?」
「てるてる坊主ですよ~、明日晴れて欲しいなと思って」
「ああ、それは良いかもな」
そう言って明日の快晴を願っててるてる坊主を作るリリーではあったが、その進捗はあまり芳しくは無いようである。
小さな欠伸をしたり、眠そうに目を擦ったり、舟をこいだりして中々作業に集中出来ていない様子だからだ。
その様子を暫く眺めていた○○であったが、何か思いついたようだ。
ゆっくりとリリーの側へと近寄る。
「リリー」
「……え、あ、なんですか~?」
「ちょっとうつ伏せに寝てみ?」
「?なんでですか~?」
「良いから良いから」
促されるまま、リリーは床に寝転んでうつ伏せになる。
(何なんだろう……?)
リリーが疑問を浮かべていると、突然腰の辺りに刺激が走った。
二か所を細い棒のような物で押される様な圧。
「んんっ……!?」
リリーの口から小さく声が漏れた。
その声は与えられた圧が痛かったり苦しかったからでは無い。
とても心地良かったからだ。
「〇、○○さん?」
しかし、いきなりの圧に思わず首を後ろに向けて背後を見る。
見ると○○は腰辺りに親指を押し当てていた。
そのままグイグイと腰の辺りを押し込み、リリーの腰を揉み解す。
「そ、そんな事してくれなくても大丈夫ですよ~」
「遠慮するなって」
「で、でも……」
「やらせてくれよ、俺にはこのくらいしか出来ないからさ」
「……じゃあ、お願いします~」
「おう、任せとけ」
リリーも気持ちを察したのか、体勢を元に戻した。
○○が按摩を再開する。
親指や掌を使って、ゆっくりと何度もリリーの腰を圧する。
そのまま徐々に腰から背中、肩甲骨の辺りへとゆっくりと昇っていく。
○○には按摩の心得など無い。
ただ、自分が按摩屋にしてもらって気持ち良かった事を真似ているだけだ。
それでも、気持ち良さと彼の真心はリリーに伝わっている様である。
「んん……んぅ……」
○○が手を押し込む度に心地良さそうな吐息を漏らす。
四肢から力が抜け、全身が弛緩してリラックス出来ているのが見て取れた。
そんなリリーの姿を見て、○○の顔には自然と笑みが浮かぶ。
何となくの感覚だが、彼女の身体は普段より強張っている様に思えた。
○○は空を飛ぶ事が出来ないので、空を飛ぶのはどこが疲れるのか、そもそも疲れるのかは分からない。
だが、この身体の強張り方は疲労が蓄積しての物なのだと何となく思った。
仮に疲れないとしても、寒風に晒されながら飛ぶ事もあるのだろう。
寒さの中、何もせずに立っているだけでも疲れる事を考えると、この強張り方も納得出来るような気がした。
(春を伝えるのって、大変なんだな……)
○○が揉み解しているリリーの背中を眺める。
薄い羽が生えるその背中は華奢で小さい。
リリーは一人で幻想郷に春を伝えている。
その小さな身体で懸命に。
そんな彼女の力に○○もなりたかったのだ。
どれほどの効果があるのか分からないが、リリーの為に何かしてあげたかったのだ。
暫く按摩を続けた○○は、一旦手を止めて離した。
手首をブラブラと振って、息を一つ付く。
「こんなもんかな……リリー。……リリー?」
声を掛けても返事が無い。
ゆっくりと顔を覗き込むと、眼を閉じて穏やかな息を一定間隔で吐き出している。
「寝ちまったか……」
按摩が心地良かったのか、リリーは眠ってしまっていた。
○○は掛け布団を持ってくると、ゆっくりと彼女の身体へ掛けた。
「やっぱり疲れてたんだな……」
布団の上からリリーの身体を優しく撫でる。
ゆっくりと、労わる様に。
「皆の為にありがとうな、リリー」
その言葉が届いたのかは分からない。
ただ、リリーの寝顔は少し嬉しそうに笑みを浮かべていた――。
最終更新:2019年12月07日 14:30