セミがさんざめく蒸し暑い夏の日の事、俺は故郷の廃洋館の前に立っていた。


俺の地元には、幽霊の出る屋敷があった。
とは言えど、昔は荒れ果てた屋敷などではなく立派な屋敷で、俺は当時小学生だった同級生と一緒になってよく遊びに行ってたんだ。
心霊現象ってのはポルターガイストで、小心者だった俺はよくそれに驚いて、ポルターガイストの少女に笑われていた。
だが、次第に屋敷に住む者や客人は驚かされる事にも慣れて滅多な事では驚かなくなった。
その為に、ポルターガイストの少女も飽きてしまったのだろう、ある日を境にとんとその現象が起こらなくなったのだ。
そうしてポルターガイストの少女のことも忘れて、俺達は将来の夢のために故郷を離れてそれぞれ別の大学に行ったのであった。


何故、俺が今更こんな所に来たのか。
それはオカルト掲示板でこの洋館の事が書き込まれてあったからだ。
実際に行ったと思われる人達の『家具や絵画が動いているのを見た』『人がいる気配を感じた』という書き込みを見た時、俺は彼女が帰って来たのだと思い行きたいと思いを止められなかった。
散々驚かされたとはいえ、結構可愛かったし子供心に惚れていたんだと思う。
もう一度だけ会えればいいと思って、夏休みを利用して帰郷してこの洋館に来た……という訳だ。

久方ぶりの洋館、外観からしても窓は割れて蜘蛛の巣は見えるなど荒れ果てている。
この洋館に住む家族は俺が高校三年生の頃に出て行ってしまったから、二年放置されているとなればこの荒れ具合も納得だった。
扉を開けて中に入っても、特に埃は舞わなかった。
妙だな、と思いながらも扉を閉めて「お邪魔しまーす」と勢いよく挨拶をする。
誰に、とでもないが昔からやって来たためについ癖で言ってしまうのだ。
懐中電灯を持って中を探索する。
中こそ荒れているが、埃などはあまり舞わなかった。
誰かが整理しているのだろうか、彼女がいるのだろうかと恐怖半分、楽しみ半分で歩いて行く。

すると、ズズズと何かが動く音がした。
音のした方に目をやると、椅子が動いている。
あれだ、あれこそが自分の探していたポルターガイスト現象だ。

ちょっとした懐かしさも感じながら、俺は椅子の動いた方へと足を進ませていく。
歩き慣れた廊下はギシギシと鳴っていたが、それ程気にはならなかった。

さて、椅子が動いて行った先は客室であった。
ギィイ……と鳴らしながらも扉を開けて、中の光景を見やると、荒れ果ててはいれど綺麗に椅子と机は配置されていた。
まるで俺を歓迎するかの様に一番手前の椅子に座ると、いつの間にか例の騒霊少女が自分の目の前で俺を見詰めていた。
突然のことに驚いてしまい、情けない叫び声を上げながら椅子と一緒に倒れこんでしまう。
その様子を見た少女は前と変わらない声と顔でクスクスと笑う。

「あっはははは!やっぱり貴方は変わらないわね!あの時よりも立派に大きくなってたみたいだけど、根っこは可愛いビビリだわ」

とても嬉しそうに可愛らしく笑うもんだから、文句も引っ込んでしまうものだった。
不満そうな表情は隠しきれなかったが。

「ごめんなさい、懐かしい顔が来たから顔を合わせたくなっちゃって。はい、立てる?」

そういうと少女は俺に手を差し出してくる。
腰を抜かしていた俺は、彼女の手を取って立たせてもらった。
そして、椅子も彼女が動かして元どおりになった。

少女は俺の向かいに座ったのを確認すれば、俺は質問をしだす。

「君は……」

それを遮って、騒霊の少女は「カナでいいわ」と自分の名前を明かす。

「ありがとう、じゃあカナと呼ばせてもらうよ。カナは何でいきなり今になって帰って来たんだ?」

俺が中学生の頃にはもうポルターガイスト現象は起こらなくなっていた。
5年以上は経ってるのに何でここに来たのか。
それは聞いておきたかったのだ。

「簡単よ、それは。行った先で誰も驚かなくなったから、詰まらなくて帰って来ちゃったの」

それは何とも彼女らしい理由だった。

「でも、帰ってみたら驚いたわよ。誰もいなくなって、廃墟になって雰囲気が出てたんだから。だから、そこでまたポルターガイスト現象を起こしてたのよ。近くにあったカフェのパソコンで『物が動く館がある』という噂を流してね」

噂を流し、彼女がそこに来た人間を驚かす。
マッチポンプだが、楽しかったのだろう……しかし、彼女はため息をついて退屈そうにこう言った。

「でも、一人でこの館に来る客を待つのも暇でね……だからさ、〇〇。ここで一緒に暮らしましょ。昨日今日の付き合いじゃないし……私の事、意識してたんでしょ?貴方の友達から聞いたわ」

さっきまで開けっ放しにしてたドアが閉まり、椅子が机の方に押されていく。
どうやら本気の様であり、俺としても子供の頃の初恋の相手からの同棲の誘い、嬉しくないわけはない。
だが、俺には断る理由があった。

「ごめん、カナ。俺さ、叶えたい夢があって大学に行ってるんだ。ここでは叶える事が出来なくて……」

少し歯切れが悪くなったが、きちんと自分の思いも伝えた。
ここに拘束するほど本気の彼女が聞き入れてくれるか、不安ではあったが……「そう、分かったわ」という言葉とともにあっさり解放された。

「今日は遠くから疲れたでしょ。ここに泊まっていくといいわ、寝室は綺麗にしておいたから」

「いや、いいよ。ホテルの予約も取ったし、そこに泊まるから……じゃあね」

「ええ、また会いましょう」

そうして短いやり取りをした後に、俺はこの奇妙な館を後にしたのだった。


深夜、彼の泊まったホテルの部屋の前に彼女は立っていた。

「うふふ……まさかあの子が叶えたい夢があるからという理由で私との同棲を振るとはね。立派になったものだわ……」

「でも、平気よ。貴方が私の洋館に住めないなら、私が貴方の家に住めばいいんだもの……私も、可愛い貴方に惚れてたのよ?だから、これから一緒に過ごしましょ。貴方と一緒なら、どこだって豪邸だもの……」

そう言って、姿を消して彼の部屋に入っていったのだった……

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最終更新:2020年01月11日 13:57