ともだち100人できるかな(童謡)

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ともだち100人できるかな(童謡) - (2014/10/24 (金) 23:47:41) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2011/11/06(日) 08:26:12
更新日:2024/02/16 Fri 18:08:21
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いっちね~んせ~になった~らっ♪

いっちね~んせ~になった~らっ♪…


上記の歌は、主に、幼稚園、保育園の最終年で歌われるであろう、小学校への希望を込めた歌である。

子供達は、産まれて初めての学舎への思いを込め、皆、この歌を歌うのである。
100人で富士登山をしたり、日本中をかけぬけたり、日本中を震わせる程笑ったりと、やる事もスケールが大きいぞ。

wiki篭りの皆様方にも、この歌を歌わなかったと言う人は、探すのは難しいだろう。
学舎への思いを馳せながら歌ったこの歌…。
そう、誰もが、かつては子供だったのだ…。
偉そうな顔した政治家も、目の上ブルーなオバサンも、活躍するスポーツ選手達も、そして、引きこもりも、ニート達も、
皆、スタートラインは同じだった筈なのだ。








しかし、この歌、何かがおかしい。




友達が100人出来たら、100人で富士山へ行ったりするのだ。







1人足りない!!




意味が分からないって?

まず、
「友達が100人出来たら」
これは語り手が「友達100人出来たらいいな」と言っている

そして、
100人で富士山へ行ったりするのだ。」
語り手+出来た友達100人なら101人になるはずである

つまり、友達を100人も作れず、99人で妥協してしまったか、
誰かが風邪で居ないか、
全て孤独な語り手の妄想だったか、
はたまた自分以外のみんなで出かけたかである。




Wikiご~もり~になった~らっ♪

Wikiご~もり~になった~らっ♪

追記・修正でっきるかなっ♪

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