甲種輸送(鉄道)

登録日:2018/05/03 (木) 12:56:06
更新日:2023/06/25 Sun 08:08:36
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甲種輸送とは、鉄道車両を貨物列車として輸送するもの。

多くは車両メーカーの工場で完成した新型車両を鉄道会社の整備工場まで運ぶ時と、大都市圏の鉄道会社で廃車となった車両を地方私鉄へ譲渡する時に行われる。貨物列車というものはJR貨物が顧客へのサービスとして運行しているものなので「甲種回送」という表記は誤り。

概要

車両メーカーの工場と鉄道会社の整備工場までを自力で移動できる例というのは多くない。
自力で移動できる場合でも、最終列車が行ってしまった後じゃないとダメというのが多い。
このため大抵は鉄道車両を貨物として扱い、JR貨物の機関車に引っ張られて輸送される。

甲種輸送を行う時は、貨物を取り扱っている駅の駅長に輸送の申込みを行う。
輸送の申し込みを行う時には
  • 出発駅と到着駅
  • 荷物の送り主と受け取り主
  • 輸送する車両の車種・形式
  • 輸送する車両の大きさ・両数
  • 車両についているブレーキを使用できるか
  • 運行速度
  • 運転希望日
  • 付添人がいるかいないか
などを申込書に記入するか、輸送車両の図面を提出する。
図面を受け取った貨物駅の駅長は、ダイヤ編成を担当する部署へ連絡し、輸送経路上にあるJR旅客会社や貨物線を所有する鉄道会社などと協議を行い、問題がなければ承認される。
運転希望日は関係する鉄道会社とダイヤの調整を行う必要があるため、3ヶ月毎に行われる会社間の会議で運転希望日に運転できるかどうかが決まる。
調整会議が近いうちに行われる場合であれば多少の無茶が効くが、調整会議まで日がある場合は無茶が効かない。

当然のことではあるが、輸送に使用できる鉄道路線は貨物列車が運行できる路線に限られる。
たとえ最短ルートであっても、勾配が急・線路の規格が弱いなどの理由で重量のかさむ貨物列車が通過できない路線は自動的に除外され、輸送する車両のサイズが通過したい路線の最大規格をオーバーする場合もアウトとなる。
また、甲種輸送の前には必ずJR貨物の担当者が車両メーカーを訪問し、輸送する車両のサイズが事前に提出されたデータと合致しているか確認を行う。
この事前確認で問題がなければ、貨物列車として運行するのに必要な「特大貨物検査票」が輸送する車両に貼られる。
また、新幹線車両や一部私鉄の車両といったJR在来線とは異なる軌間の車両は仮台車という甲種輸送時専用の台車を使用する。

甲種輸送では、大抵の場合車両メーカーの付添人が列車に一緒に乗り込んでいる。
輸送中の車両は電源が落とされているので冷暖房は当然効かないし、車両備え付けのトイレも使用できない。
輸送が夜間にも及ぶ場合は寝袋・食料を持ち込み、長距離の場合は発電機を持ち込んで冷蔵庫などを使う場合もある。
トイレは機関車の交換や定期列車の通過待ちなどの間に、駅備え付けのものを使用する。

国鉄時代の甲種輸送は私鉄向けの物ばかりで、国鉄向けで実施されるのは交流専用電車や新幹線車両など限られたものしか無かった。
これは国鉄が全国一律の組織であり、多くの場合特別仕立ての列車を用意せずとも試運転を兼ねて車庫まで運べたからである。
現在もJRの自社線と線路が繋がっているJR自社向けの車両は配給列車の扱いとなる(総合車両製作所新津製作所で製造されたJR東日本の車両、近畿車輛で製造されたJR西日本の車両がこれに該当)。

甲種輸送は普段その路線を通らない車両が普段とは違う方法で走るために注目度が高く、特に特急用車両や新型車両の第1編成の輸送時には多くの注目を集める。テレビなどマスコミの取材が入ることもある。

市販の時刻表にダイヤや運転日は載らないものの、かつては鉄道雑誌の「とれいん」(エリエイ)「鉄道ダイヤ情報」(交通新聞社)には一部列車の運転日・時刻が掲載されていた。
近年頻発化している列車撮影トラブルの影響から、2023年2月を最後に掲載は中止されてしまったが、旅客会社側で大きなダイヤ改正が行われない限り運転時間が大幅に変わることは少ないのでパターンさえ知っていればある程度の予測は可能。


私鉄向けの甲種輸送は、線路が繋がっていればだいたい実施可能。
私鉄向けの甲種輸送の場合、接続駅までJR線を走り、接続駅でJRの機関車を切り離し。接続駅で待機していた私鉄の牽引車を新たに連結し、整備ができる車両基地・工場まで運ぶというのが通例。
接続駅での連絡線路に架線が張られていない場合は機関車と輸送対象の間に別の貨車を連結することがある。
これは電気機関車が誤って架線のない線路に入り込んでパンタグラフを損傷する事故を防ぐためである。
ちなみに小田急電鉄は新車の受け取り時にほんの僅かだがJR貨物の電気機関車を運転するため、JRで機関車の運転に必要な訓練を受けている。

主な甲種輸送のルート

総合車両製作所の横浜製作所で製造された京急・京成グループ向け以外の車両は、概ねこのルートで運ばれる。
工場から神武寺駅までは京急の最終列車が通過した後に行われる。この区間は京急の標準軌の車両と甲種輸送される狭軌の車両が一緒に通過できる特別なレール(三線軌条)が敷かれている。
逗子駅からは横須賀線を経由し、目的地まで運ばれる。
JR東日本向けは逗子駅で甲種輸送が終了し、逗子駅からは試運転を兼ねて回送運転となる。

  • 日本車輌豊川製作所
    豊川製作所-<引き込み線>-JR豊川駅-<飯田線>-JR豊橋駅-<東海道本線>-目的地
豊川製作所で製造された、新幹線以外の車両が共通して通過するルート。
豊橋駅から先は東海道本線を経由して目的地まで運ばれる。
かつては新幹線も機関車牽引で運んでいたが、舞阪駅のホーム嵩上げに伴い700系を最後に新幹線の輸送は行われなくなり、更にJR東海の在来線向け車両は電車・気動車関係なく試運転を兼ねて自力で車庫まで行くため、JR東海向けの甲種輸送はない。
日本車輌では海外向けの車両の製造も行っており、海外向けは東海道本線、名古屋臨海鉄道*1を経由し、名古屋港から船で輸送される。
名古屋鉄道名古屋市営地下鉄桜通線鶴舞線向けの車両も東海道線・名古屋臨海鉄道経由で輸送される。
名古屋臨海鉄道の機関車は名鉄築港線を経由し大江駅まで車両を牽引し、そこからは名鉄の機関車であるEL120形による牽引か自力での走行*2によりそれぞれの車両基地へと輸送される。

  • 近畿車輌徳庵工場
    徳庵工場-JR徳庵駅<学研都市線>-目的地
JR西日本の在来線車両は、試運転を兼ねて自力で車庫まで行くので甲種輸送はない。
線路がつながっていない上、JRともレールの幅が違う鉄道会社へはトレーラーで運ぶ。
フル規格の新幹線も同じ。というかフル規格の新幹線を在来線で運べたのは日本車輌ぐらいしかない。

  • 川崎重工兵庫工場
    兵庫工場-<JR和田岬線>-兵庫駅-<小運転線>-神戸貨物ターミナル-<山陽本線>-目的地
兵庫工場から出場する場合、JR西日本向けであっても神戸貨物ターミナルまでは甲種輸送が行われる。これは川重の工場内が非電化で電車が自力で出られないから。

  • 日立製作所笠戸事業所
    笠戸事業所-<引き込み線>-JR下松駅-<山陽本線>-目的地

特殊な甲種輸送

  • 小田急電鉄10000形HiSEの長野電鉄への譲渡輸送
運転区間:日本車輌豊川製作所→しなの鉄道屋代駅
長野電鉄が老朽化した自社発注の2000系の置き換え用として小田急電鉄で余剰となったロマンスカーHiSEの譲渡を受けることとなり、日本車輌豊川製作所で長野電鉄の環境に適するよう改造を受けてから出場した。
この時の輸送は最短ルートとなる中央本線篠ノ井線経由がHiSEの車高が高いために使えず、首都圏と日本海側を経由して行われた。
途中小田原駅では古巣の小田急に別れを告げるかのように通過していき、信越本線では日本海の荒波を眺めながらの通過となった。
現在は屋代駅で接続していた長野電鉄屋代線が廃線となったため、長野電鉄向けの甲種輸送は事実上設定できなくなっている。
  • トワイライトエクスプレス最終列車の返却
運転区間:新潟貨物ターミナル→南福井駅
JR西日本が運行していた豪華寝台特急トワイライトエクスプレスの最終列車は札幌到着後、その日のうちに返却回送が行われた。
ただ、この返却回送のルートである日本海縦貫線がJRから第三セクターのえちごトキめき鉄道、あいの風とやま鉄道、IRいしかわ鉄道に経営分離され、JRの乗務員がこの区間を運転して通り抜けられなくなった*3ため、新潟から福井までを甲種輸送として通すこととした。
JR貨物はこれら三セク区間でも営業できる権利を残していたからである。
札幌を出発したトワイライトエクスプレスは、新潟まではJR旅客会社の回送列車として運行し、新潟貨物ターミナルへ停車。ここで回送列車から貨物列車へチェンジ。三セク区間はJR貨物の機関車に牽引されて通過し、南福井駅まで運転。南福井から再び回送列車となり大阪まで帰った。
  • 日本車輌からの新幹線の輸送
運転区間:日本車輌豊川製作所→浜松工場
国鉄時代からの伝統芸。
新幹線の浜松工場は元々在来線の検査工場として作られており、引き込み線を通して東海道本線とつながっていた。
これを利用し、新幹線が通過する区間だけあらかじめ新幹線の大柄な車体が通れるように改良しておき、輸送時には車体を嵩上げする仮の台車を履かせて輸送した。
この輸送ルートは初代0系から100系・300系・700系まで行われたが、100系の2階建て車についてはトレーラーで運ばれたらしい。
現在はフル規格新幹線の甲種輸送は行われなくなったものの、車体のサイズが在来線と同じのミニ新幹線車両については甲種輸送が行われている。
道路事情が劣悪だった新幹線開業前後には、蒸気機関車で新幹線を運んだこともある。
+ もう一つの新幹線甲種輸送
あまり有名ではないが、船舶輸送との組み合わせで新幹線を甲種輸送したことがある。
メーカーから港までトレーラー、港から横浜の山下ふ頭まで船で運び、山下埠頭につながっていた貨物線を経由して東京貨物ターミナルまで運ぶというものだった。
この輸送ルートは、山下埠頭へ繋がる貨物線が廃線になったため行われなくなった。

甲種輸送以外の鉄道車両の輸送

  • 乙種輸送
車体の小さな路面電車や貨物駅で貨車の入れ替え作業を行うスイッチャーを運ぶ時に主に行われたもので、線路を敷いた専用の貨車の上に輸送対象を載っけるというもの。
  • 私鉄内輸送・私鉄間輸送
上記は国鉄またはJRの線路を経由する場合について述べたものであり、私鉄でも似たような事例はある。
近鉄の車両は大阪線の五位堂検修車庫で検修を行うのだが、大阪線は標準軌の架線式なのに対し南大阪線系統及び養老鉄道は狭軌、けいはんな線は標準軌だが第三軌条である。
そこで、台車を標準軌用仮台車に履き替えさせたり集電装置を外したりして大阪線を走行可能な状態にするが、この時自走能力がなくなるため、外した台車や集電装置を電動貨車と呼ばれる自走能力がある貨車に載せ牽引されながら車庫へ入場する。
  • トレーラー輸送
線路が物理的につながっていない会社線向けの車両や、車両サイズが大きく物理的に運べない場合に行われる。
特殊車両通行許可を貰い、道路上をトレーラーで運ぶ。
以前、日本通運のテレビコマーシャルで新幹線N700系を運ぶシーンが放映されていたが、それがこのトレーラー輸送である。
このような輸送形態を「乙種輸送」と呼ぶ人もいるが。本来の乙種輸送は上記の通りなのでこれは誤りである。
  • 船舶輸送
ある程度距離が長い場合、トレーラー輸送だと許可を取る相手が増えすぎる上、両数が増えるとその分手間も増えるため、専用の輸送船に載せて運ぶ。船で運ぶ場合は潮風が車体に当たらないよう専用の台船で運んだり、車両に厳重にカバーをかける。
鉄道連絡船の全盛期には、車両をそのまま積み込める専用の船を利用して輸送していた。
  • 航空輸送
貨物機の貨物室に載せて運ぶ。日本向けだと、広島電鉄の5000形グリーンムーバー第1編成が補助金の申請期限の関係でドイツから広島まで空輸された他、神奈川県の大山ケーブルのケーブルカー車両をヘリコプターで運んだ例がある。




追記・修正は車両の連結を指差し確認してからお願いします。


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最終更新:2023年06月25日 08:08

*1 あおなみ線の運行会社である名古屋臨海高速鉄道とは無関係。

*2 名鉄の車両はその形式の第一編成と先頭車1両と中間車のみが新規製造された2200系30番台以外は基本的には自走で、名古屋市交通局の車両は必ず機関車の牽引となる。

*3 原則として鉄道会社の乗務員は自社線内区間しか乗務できない。