ボヘミアの醜聞(小説)

登録日:2021/06/10 Thu 19:16:36
更新日:2024/04/21 Sun 21:44:06
所要時間:約 7 分で読めます





It is a capital mistake to theorize before one has data.
Insensibly one begins to twist facts to suit theories, instead of theories to suit facts.


(データを取らずに理論を立てるのは致命的な間違いだ。
事実に合わせて理論を組み立てる代わりに、無意識のうちに、事実のほうを理論に合わせて捻じ曲げてしまうことになるからね。)



─── A.Conan Doyle「A Scandal in Bohemia」より引用




『ボヘミアの醜聞/A Scandal in Bohemia』は、アーサー・コナン・ドイルの短編小説でシャーロック・ホームズが解決した事件の一つ。
『ストランド・マガジン』1891年7月号掲載。単行本では『シャーロック・ホームズの冒険』の1話目として収録されている。

ホームズ短編の記念すべき第1話であり、後に様々なパスティーシュに登場するアイリーン・アドラーの初出作品。
物語の時期はワトソンが結婚して有頂天になってからしばらく後と冒頭で語られている。

【あらすじ】


1888年3月20日*1の夜、往診からの帰り道で久々にベイカー街221Bを訪れたワトソンは、ホームズから一枚の便箋を渡された。
それによると、ホームズに何某かの依頼を持つ金持ちの紳士がもうすぐ来るらしい。
覆面を付けてやってきた男はフォン・クラム伯爵を名乗るが、ホームズは彼がボヘミア王自身であることを鋭く見抜いていた。
王は、これから2年間、絶対に他言しないことを条件に2人に依頼の内容を明かす。

かつて交際していたアイリーン・アドラーからある写真を取り戻したいらしい。
その写真は彼とアイリーンが一緒に写っており、アイリーンはその写真を王の婚約者に送り付けると脅迫しているという。
厳粛な結婚相手に事が知られれば婚約は破談となるであろうことは明白で、若気の至りが大スキャンダルとなってしまったのだ。
果たしてホームズはアイリーンから写真を奪うことが出来るのか?


【登場人物】


ご存知名探偵。
ワトソンが部屋を出た後も事件に関わったり、合間にコカインを吸ったりしていた模様。
依頼を受けた翌日、さっそく変装してアイリーンの周辺を探る。
アイリーンがノートンと別々の馬車で教会に向かったところを追いかけ監視していたが、2人の結婚の証人として立ち会うハメに。
2人がハネムーンや引っ越しですぐに旅立つことは明白だったため、時間がなくなってしまいワトソンに一芝居うつよう持ちかける。

  • ジョン・H・ワトソン
内密にしてほしいと言われて3年経ったので醜聞を暴露したご存知ホームズの相棒。
前回にあたる『四つの署名』ラストで恋仲になったメアリー・モースタンとの結婚後ベイカー街を離れ、開業医として忙しく生活していたためホームズと疎遠になっていたところから始まる。結婚してから幸せ太りしたらしい。
また、雇ったメイドがあまりにドジっ子不器用でメアリーがブチギレて叩き出したそうな。あのメアリーがブチギレるってどんだけ
ホームズの持ちかけた芝居に協力する。

  • アイリーン・アドラー
ボヘミア王の脅迫者。
1858年ニュージャージー生まれのアルト歌手でワルシャワ帝国オペラのプリマドンナとして活躍していたが引退し、ロンドン在住。
非常に美しい顔をしているが、鉄の意思を持つ。
ボヘミア王の婚約者に写真を送りつけると脅しており、絶対に売らないと言っているらしい。
弁護士のゴドフリー・ノートンと結婚しようとしていたが、何らかのトラブルがあったらしく正体を知らずにホームズを証人として結婚した。
冒頭で「故アイリーン・アドラー (the late Irene Adler)」と書かれているため、発表された1891年7月の時点で亡くなっているというのが定説だが、これは「旧姓」を意味する記述だという解釈もある。

  • フォン・クラム
今回の依頼人。自称ボヘミアの貴族で伯爵を名乗り、覆面で顔を隠していたが、その正体はボヘミア王その人。
スカンジナビア王の次女と結婚が決まっているが、厳格な王族のためスキャンダルが明るみに出ると破談になってしまうらしい。
これまで5度に渡ってアイリーンから写真を取り戻そうとしたが、いずれも失敗している。

  • ターナー夫人
ご存知ベーカー街221Bの女主人……ちょっと待てと思ったあなたは間違っていない。
何故か今回だけハドソン夫人ではなくターナー夫人なる人物がベーカー街221Bの女主人となっている
彼女の正体は永遠の謎。*2原典以外の作品ではハドソン夫人とは別人として扱っているものも。
『空き家の冒険』の生原稿でターナーハドソンと書き直されているのが発見されたため、こちらも作者のミスの修正漏れではないか、という有力だがシャーロキアン的には面白味のない仮説が出ている。


【用語】


  • ボヘミア
現在のチェコ西部から中部の地域で、西側はドイツに接している。古くはボヘミア王国と呼ばれ、かのルクセンブルク家などが支配していた。
作中の年代ではオーストリア帝国に支配され、ハプスブルク家の統治下にあったため、実際には単独のボヘミア王は存在しない。


【結末】

+ ホームズの捜索と結末(ネタバレのため未読者要注意)
ホームズは写真はアイリーンの家にあるだろうと目星をつけていた。
そこで一芝居うつことでアイリーン本人に在り処を教えてもらおうというのだ。

お人好しそうな牧師に変装したホームズは複数の協力者を雇い、帰宅したアイリーンの前で彼らの起こした揉め事に巻き込まれて倒れたフリをして見事彼女の家に侵入することに成功した。
ワトソンは事前に打ち合わせていた通り、ホームズの合図に従って「火事だ!」と叫びながら発煙筒を家に投げ入れた。
ホームズによれば、女性は火事になると本能的に大事な物を持ち出そうと駆け寄る。かつて解決した事件でも同様の手口を使ったという。
アイリーンが目論見通り写真を取り出そうとしたのを確認したホームズは火事が間違いだったことを告げ、彼女の家を後にしたのだった。
あとは翌日、王様と一緒に写真を盗み出せば依頼は完了である。
ベイカー街の自宅へと戻ると、誰かが「おやすみなさいホームズさん」と声を掛けてきたが、ホームズはその声に聞き覚えがありながらも思い出せなかった。

翌朝、王と共にアイリーンの家を訪れると、使用人から手紙を渡される。
なんとアイリーンはすでにチャリングクロス駅から列車で発っていたのだ。例の写真も持って……。
アイリーンが残した手紙を読んだホームズは失敗を詫びるが、ボヘミア王はアイリーンが脅迫をやめると手紙に書いていたため依頼は成功とし、望みの褒美ととらせると語る。
ホームズはアイリーンが残した彼女の写真だけを受け取ったのだった。


  • アイリーン・アドラー
一度はホームズに騙されたが、直後に全てを見抜き、ホームズを出し抜くことに成功した稀有な女性。
騙されたことに気付いた直後に男装してホームズを追いかけ、「おやすみなさい」と声をかけたのだった。
予防として写真は手元に残したままだが、その性格上、もう王を脅迫することはないだろう。
なお、時系列上のシリーズ最終作に当たる『最後の挨拶』でも名前が出てくるが、そこではホームズがアイリーンとボヘミア王を別れさせた事になっている。

  • シャーロック・ホームズ
アイリーンには逃走されたが、何とかは依頼は完遂。
あまりの手際に感動したのか、他の褒美には目もくれず彼女の写真だけを所望したが、『花婿失踪事件』の冒頭でボヘミア王から豪華な嗅ぎ煙草入れを貰ってたりする
その後、彼女のことを話す時はいつも「あの女性」と呼ぶようになった。実はその後の回で「あの女性」とアイリーンの話題が出る事がないのは秘密だ

  • ボヘミア王
スキャンダルを回避出来たのだろうか?
あくまで防衛策としての写真の所持であり、手出ししなければ何もしないという彼女の言葉は信用できるとして、
依頼は達成されたと考えているので彼自身としては良いのだろう。…まさかワトソンが約束の期間が過ぎたとは言え、内情を事細かに暴露するとは思わなかっただろうが。
ホームズとワトソンにこの件の守秘を誓わせた際に2年経てばこの問題は問題ではなくなるとか言ってたが、本当だろうか?
彼も『最後の挨拶』で「先代のボヘミア王」として存在が語られる。



【ホームズの愛した女性?】

さて、アイリーン・アドラーを語る上で欠かせないのが「ホームズがただ一人愛した女性」という説であろう。
シャーロキアンの間でもこの説に関しては支持派と非支持派に二分されており、様々な解釈がなされているのが現状である。
支持派によってホームズがモリアーティ教授と対決してワトソンと再会するまでの間にアイリーンとの間に子供が生まれていたといった二次創作も行われており、推しキャラのカップリングは今も昔も変わらないことが窺える。

ちなみに作中での描写は以下の通り。

ワトソンは冒頭で「ホームズはアイリーンに対して恋愛感情を抱いてはいない」と明言している。
しかし、その理由として「ホームズにとっての『愛』とは、その人間の動機や行動を分析するための観察対象にすぎない」と語り、「精密機械であるホームズの中に余計なものが入りこむ余地はない」としている。
にもかかわらず、「その唯一の例外がアイリーンである」とも語っている。

ホームズが最後に彼女の写真を貰ったことから、彼女に対して何らかの想いがあったのは確実であろう。
それが恋愛に類する感情なのか、自分を出し抜いた女性に対する敬意なのか、知るはホームズのみである。
ちなみに作中でホームズがアイリーンを見た時の第一印象は「気品のある女性で、男が命をかけてもいいと思うような顔だった」と語っている。
なお、後の『悪魔の足』では「人を愛したことはない」と語っているが、上記の通りの人間なので恋愛感情だと気付いてないだけな可能性もある




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最終更新:2024年04月21日 21:44

*1 この日は火曜日なのだが「3日後の月曜日までに解決する」と言われているためこの日付かそれ以外の要素にフェイクを書いているとシャーロキアンたちは推測している。

*2 ハドソン夫人のフルネームが「ターナー・ハドソン」とかじゃないの?と思われる方もいるかもしれないが、ターナーは姓としては一般的だが当時の女性の名にはまず使わない上に「Mrs.◯◯」という敬語表現は「付けるならフルネームかラストネーム」というルールなのでターナーが姓でないと成立しない。