色価

登録日:2022/05/19 Thu 20:33:04
更新日:2023/11/04 Sat 13:44:17
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色価(ヴァルール, 仏:Valeur)とは、単語を使う人によって意味が異なるが、基本的にはイラストにおいて画面の奥行きに対応する適切な遣いのことである。

たとえば、濃い色ほど手前に置かれ、薄い色ほど奥に置かれるのは、空気の層による見え方の違いを表すと同時に、色価を整える意味合いもある。

概要

画面上のある位置においてそれが浮いて見える(単に画面についた汚れに見える)かどうかという人間の感覚と、実際の写真や写実な絵との間にはズレが存在する。バルールを整えるとは、人間にとって浮いて見えないようにそうした絵や写真の色遣いを調整することである。

赤や黄色といった進出色や、明度や彩度の高い色は元々の色価が高い。明度や輝度が異なる色同士を近くに置くと、その色で塗られた部分は互いに色価を高め合う働きをする。

普通、色価の高い色が手前に置かれ、低い色は奥に置かれる。同じ奥行きにあるものが異なる色価で描かれていたり、異なる奥行きにあるものが同じ色価で描かれていたりすると違和感に繋がり、見にくくなる。

一方、他のあらゆる表現と同様、狂った色価による違和感は明快さを損なうと同時に神秘性を演出する効果がある。ミレーの「オフィーリア」(1851-1852)はシェイクスピアの歌劇「ハムレット」に登場する悲劇のヒロイン、オフィーリアの狂気を表すため、奥にあるはずの植物が縁取られ、手前にあるように描かれている。

◆他の部分からの影響

ある色で塗られた部分は、他の色で塗られた部分から色価を「受け取っている」と捉えたほうがよさそうだ(受け渡した方の色価が減少するという訳ではなく、受け取った方が増えるのみだが)。

『数理的ヴァルールを用いた絵画の構造分析』(古澤龍, 2020)では、ある単一の色で塗られた面積Δd²の微小な領域が同様の他の微小領域に与える色価の量(V)を以下のように数式で表している。

V=ΔE(Δd²×Δd²)/r²──(1)
(式は一部改変してある。rは二つの領域の間の距離であり、Eは二つの色の明度・色相・彩度の違いを表す。)

詳細は省くが、この式の意味するところは主に以下の3つである。

1.二つの色の差が激しいほど、お互いに大きな色価を得る。

たとえば、赤と緑とが隣同士で置かれた場合、お互いに手前に出て見えるが、青と緑とが隣同士で置かれている場合、二つの色は近いのでさほど手前にあるようには見えない。
また当然ながら、同じ色で塗られた場所同士は色の差がゼロなのでお互いにそこからは色価を受け取らず、その色の影響で手前に見えるようになることはない。
(1)式ではΔEに対応している。省略してあるが、L*, a*, b*色空間上の三次元的な距離の差の大きさで表されている。

2.二つの領域同士が近いほど、お互いに大きな色価を得る。

たとえば、白と黒が灰色を挟んで隔たっている場合よりも、白と黒とがとなり合っているほうが、お互いから受け取る色価が高い。簡単に言ってしまえば、グラデーションよりもはっきり分かれた色同士の方が手前にあるように見える。
(1)式では逆2乗の法則からの類推で距離rの二乗で除している。

3.異なる色で塗られた二つの領域が相互に色価を渡す場合、狭い領域の方が手前にあるように見える。

例えば、青紫色の背景に緑色の小さな点が描かれているとき、青紫は緑色に、緑色は青紫に色価を渡し合うが、青紫は面積が広い分多くの色価を緑色に渡すことができるため、緑色の色価が増え、結果的に緑色の点のほうが手前にあるように見える。

(1)式ではΔd²×Δd²に対応。Δd²で規定されている各微小領域が他のΔd²である微小領域との対比によって受けとるバルールがVであるので、まず全ての微小領域からの影響を足し合わせたのち、さらにそれと同じことをすべての微小領域に関して行い、足し合わせることになる。なお、面積が大きければバルールは大きくなるので、Vを面積で割ることで面積に依らない無次元のバルールV/Sを得ることができる。

◆その色が持つ色価

さて、人間の目とは不思議なもので、必ずしも上記だけで色と遠近感の全てについて説明がつくわけではない。他の色との差異のみならず、それぞれの色もまた単体で手前にあるように見えたり、奥にあるように見えたりするのだ。
したがって、他の色との差異によって色価が意に反して上がってしまう場合でも、以下の色を用いて下げることができるし、その逆も起こり得る。

1.明度
明度の高い色ほど手前に出て見える。例えば、白は黒よりも手前に出て見える。

2.彩度
彩度の高い色ほど手前に出て見える。例えば、純色の青はくすんだ青よりも手前にあるように見える。

3.進出色と後退色
色相によって手前に見える色と奥に見える色がある。同じ明度や彩度では赤や黄色, オレンジは手前に出て見え、一方で青や青紫, 青緑は奥にあるように見える。

別の要素

点描や漫画のトーンなどがそうだが、異なる色同士がとなり合っていても片方の色の面積があまりにも小さく、あるいは観る人があまりにも離れてそれを見ている場合、それらの色同士が混ざって見える。これはそれら二つの色から出る光が網膜の同じ位置に入ることで発生する、色価とは異なる原因で起こる現象(並置混色)である。これでは色の対比が起こらないので色価の受け渡しもまた起こらないものと思われる。

似た概念

  • 色質量
『ナショナルジオグラフィック プロの撮り方 色彩を極める』(B.ピーターソン, 2017)によると、「重い色」を画面の上部に置くと不安定な印象を与え、画面の下部に置くと安定するという。

赤や黒といった輝度*1の低い色ほど「重い色」に見え、黄色のような輝度の高い色は軽く見えるようだ。また、バルールと同様他の色との対比によっても色の重さは変わるのだという。


追記修正は明度の差に気をつけて行ってください。

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最終更新:2023年11月04日 13:44

*1 人間の感じる明暗の差とは別に、その色本来が持つ客観的な明るさの差。「色に依る明度」などと呼ばれる。たとえばCLIP STUDIO PAINTで明度を確認するには色調補正から彩度を0にするが、輝度を確認するには当該のレイヤーまたはフォルダのレイヤーカラーを黒にする。