オオグチボヤ

登録日:2022/05/29 (日) 14:39:03
更新日:2024/04/26 Fri 21:58:33
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地面から口が生えて笑っている。実にナンセンスだ。


筒井康隆の小説に出てきそうだが、ちゃんと実在するホヤの一種である。


早川いくを著『へんないきもの』より



オオグチボヤ(英:Predatory tunicate/羅:Megalodicopia hians)とは、マメボヤ目マメボヤ亜目オオグチボヤ科に属するホヤの一種である。
英名は「捕食性のホヤ」を、学名は「大きな2枚の唇」を意味する。
無機質なイメージが強いホヤの仲間でありながら、どの名前も共通して「口」を意味する、あるいはイメージさせる名前。
その見た目はと言うと……



ホヤらしからぬスレンダーさ


クラゲのように半透明な体


まん丸な頭



そして……



守りたい、この笑顔





画像出典: 世界の「変な生き物」30選 2022/05/29




とにもかくにも、まるでギャグ系・シュール系の作品に出てきそうな風貌で、絶大なインパクトがある。
名前通りの口(入水孔)に全振りしたその姿。さながら「リアルパックンフラワー」とか「リアルスエゾー」と形容したくなるものがある。
人間の感覚だとアゴが外れそうなくらいの大口を開けている姿は、まるで大笑いしているかのように見える。
その姿を見てると、思わず笑みがこぼれるだろう。かわいい。
さらに刺激を受けるとを閉じて頭を下げるという、まるで怒られてしょげているか、謝っているかのような姿になる。
とてもホヤと思えないほど表情豊かである。ますますかわいい。

生態


世界中の深海で確認されており、主に水深300~1000mに生息。岩盤あるいはゴミや流木などの固形物に付着して育つ。
大きさは約15㎝、最大で30㎝程度。頭に見える丸い部分の大きさは直径5~7㎝ほど。その中に消化管やエラ、生殖腺が収まっている。
他のホヤ類同様雌雄同体で、自家受精も可能。
頭のてっぺんにある煙突みたいな部分は出水孔で、そこから海水などを出す。
最大の特徴であるは、多くの深海生物の例に漏れず、餌に乏しい深海という環境に適応したもの。
一般的なホヤは、巨大なエラの表面に生えた繊毛を動かして起こす水流で餌を取る。要するに置き型の空気洗浄機のファンに近い。
しかし深海では手間をかけて水流を起こしても、その餌の少なさからエネルギー収支は赤字になってしまう。
それに対しオオグチボヤは繊毛を持たず、水流に向かって大口を開け、流れに乗ってそのに入ったものは何でもパクっと食べる。いわば待ち伏せスタイルである。
さらに上下に動く立派なのおかげで、小さなものであれば甲殻類も食べることができる。
細長い胴体に見える部分はあくまでも固着するためのものだが、水流の向きに合わせて本体の向きを調節すると言われている。

一見ネタとしか思えないルックスだが、そのどれもがちゃんと意味のあるものなのだ。

研究の歴史


深海生物だけあって謎の多い生き物ではあるが、我が国での研究の歴史は意外と古い。
1918年に動物学者の丘浅次郎*1により発見されており、『日本動物図鑑(1927)』にも「おうぐちぼや」と呼称されているのが確認できる。*2
しかし生息する場所が場所だけになかなか見つからず、研究はあまり進まなかった。
もちろん、外見がばからしいので研究する気がしなかったというわけではない。

転機が訪れたのは2000年。
有人潜水船「しんかい2000」は地震の調査のため、富山湾七尾沖の海底を調査していた。
水深1000メートル前後の地点、その窓から飛び込んできた光景は……



一 面 に 広 が る ホ ヤ 畑



……大量のが一斉に大笑い。おかしいのか恐ろしいのかよくわからない光景である。
それまでオオグチボヤはモントレー湾、チリ沖、佐渡沖、相模湾で発見されていたものの、大規模なコロニーが発見されたのは初のこと
しかもその後も新たなコロニーは発見されていない
参考に、世界で最初に発見されたアメリカのモントレー湾では2~3個体。1965年に発見された佐渡沖、相模湾ではそれぞれ1個体ずつしか確認されていなかった。
それが富山湾では一視野ずっと数えていくと、150~170個体ほどと圧倒的な差をつけていた。
まさにこの生物の研究にとって、世紀の大発見と言えるだろう。
ではなぜ、富山湾にだけ大量に生息していたのか?
それは、外から絶えず海流が来ており、たくさん食べるものが流れてくる環境だったことが大きい。
そこに生息していたオオグチボヤは皆、45度くらいの斜面に並んで立って、下にを向けていた。
さらにの向きから見た際に、餌をとるのに邪魔にならないよう、互いに重ならないように生えていた。
栄養に乏しい環境に適応した本種がこれだけのコロニーを作れたのは、それだけ富山湾が豊かな海であることの証なのである。
また、オオグチボヤは日本列島を挟んで向かいの相模湾にも生息しているが、両方で見つかる理由は、フォッサマグナ*3ができた頃に両湾はつながっていたからだとされている。
あのナリで地質学的にも見どころのある生物なのである。

オオグチボヤは刺し網漁で採取されることがあり、これまで「新江ノ島水族館」「アクアマリンふくしま」「魚津水族館」といった水族館で展示された。
その内、魚津水族館では「常に水温を2℃に保つ」「冷凍したプランクトンを餌として与える」ことで、1年の飼育維持に成功している。
しかし、深海生物ということでやはり長期飼育は難しい。
なので、もし展示開始されたらお早めに見に行くことをおすすめする。

そして2021年、アクアマリンふくしまから驚くべき発表があった。
同年6月24日に北海道の羅臼町にて混獲された30匹が同水族館に運ばれたのだが、飼育中数回にわたって産卵したことが確認された。その卵の大きさは0.2㎜ほど。
約1週間後には孵化。遊泳幼生はオタマジャクシのような姿で、眼点(光の強弱を感じ取る器官)が確認できる。
さらに同年8月11日に産卵された卵のうちの一匹が着底にまで到っている。*4
残念ながらそれ以上育たなかったものの、産卵から孵化まで報告されたのはもちろん国内初*5
今後の生態解明や飼育方法の確立に期待しよう。

創作物への登場


これだけのインパクトと愛嬌を兼ね備えているだけあって、ひそかなファンの多い生き物であるオオグチボヤ。
わが国でその知名度を一躍高めるきっかけとなったのは、2004年に発売された早川いくを著・バジリコ株式会社出版の『へんないきもの』が大きい。
キービジュアルとして帯に描かれたその姿は、一度見たら忘れられないもので思わず手に取った方も多いのではないだろうか。
ついでに富山湾という身近な場所に生息していることで驚いた方も多いはず。
ちなみにこの著作の中で、早川氏は「リトル・ショップ・オブ・ホラーズの人食い植物とちょっと似ている」と、やたら渋い作品を引き合いに出していた。
グッズ化も豊富で、食玩のフィギュアになったりぬいぐるみになったりしている。

映像作品では『崖の上のポニョ』の冒頭に登場。
ゲーム作品では『Splatoon2』の有料追加コンテンツオクト・エキスパンションの深海メトロの乗客(?)として壁や床など至る所に貼りついている。

カードゲームでは、カードファイト!! ヴァンガードVスペシャルシリーズ第6弾『Vクランコレクション Vol.6』にて、これをモデルにした「七海怨霊 オグチボヤージュ」が登場している。


追記・修正よろしくお願い致します。


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最終更新:2024年04月26日 21:58

*1 水生小動物を研究して多数の論文を発表するかたわら、日本での進化論の普及に貢献した偉人である

*2 https://twitter.com/hoyahoy11532152/status/1312675461512622081

*3 ラテン語で「大きな溝」を意味し、本州中央部を南北に横断する、新第三紀以降の地層に覆われた地帯を指す

*4 https://twitter.com/aquamarinestaff/status/1434395872419254274

*5 海外ではモントレー湾水族館にて産卵と孵化が確認されている。ちなみに卵のサイズに違いがあり、羅臼産の方が上だった