簡易インジェクション

登録日:2022-11-10 15:00:40
更新日:2024/03/18 Mon 16:40:46
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簡易インジェクションは、プラモデルなどの製造に使われる成形技術のひとつ。「簡イ」と略されることもある。


概要

一般的なプラモデルのパーツは、ゲル状に溶かしたプラスチックを雄型と雌型がプレスされた状態の金型に流し込む「射出成形」という方法で形作られる。
通常のプラモデルの金型はスチールなどの金属で出来ているのに対し、樹脂、あるいはアルミなどの軽金属を用いて製造された簡易金型を用いるのが簡易インジェクションである。
これを利用して作られたプラモデルは「簡易インジェクションキット」と呼ばれる。

「簡易インジェクション」という呼び方は日本ローカルのもので、元々は模型雑誌「モデルアート」の臨時増刊で生み出されたもの。海外では「リミテッドラン」や「ショートラン」と呼ばれる。

普通のプラモデルと比べて利点や欠点はあるが、基本的には「組み立てに高めのスキルを必要とする上級者向けの品」という立ち位置にある。


利点

・開発コストの安さ

普通の金型よりも作る際のコストが低く、キットの開発費を抑えることが可能。これによって、通常のプラモデルでは開発費を回収できないようなマイナーな存在をキット化することが可能となる。
ファン目線の長所としてはこの点が大きいところだろう。
また、単純に多くの種類のキットをリリースできるようになる他、コストの低さからガレージキットとしてキット化されがちなジャンルとの相性も良い。
レジンやホワイトメタル、バキュームフォーム*1や3Dプリントといった他の製法のガレージキットと比べ、通常のプラモデルに近い感覚で組み立てられるというのも利点と言える。


欠点

・金型の寿命の短さ

開発コストの低さと表裏一体の問題。
素材が通常の金型と比べてやわなため寿命が短く、ひとつのキットを生産できる数と期間が限られてしまう。
元からそこまで売れないであろう存在をキット化する際に用いられるため、さほど多くの数を生産しなくていいという部分では需要と噛み合っているのかもしれないが、過去にリリースされたキットを探すとなると苦労することになる。
また、生産量が少ないため製品ひとつひとつの値段は高くなりがち。高いものだと、1/72スケールの戦闘機や練習機が希望小売価格1万円前後で売られている、ということも。

・パーツの精度不足

金型の耐久性の低さ故に、プレス時の圧力も通常の射出成形より低く、パーツの嵌め合いやディテールの精度などが一般的なプラモデルと比べて劣ってしまうことが多い。
特にパーツ精度の問題は凄まじく、バリ*2、ヒケ*3や派手な隙間は当たり前。極太のパーティングライン*4や押し出しピン跡*5をその都度処理し、寸法が合わないパーツを粗めのヤスリで削って整形しなければ仮組みすらままならない、ということも珍しくはない。
また、パーツにダボピンとダボ穴*6が設けられておらず、位置を調節しながらイモ付けで接着しなければならないキットも多い……というか、仮にあっても精度不足故に使い物にならなかったり成形不良で穴が埋まっていたりすることがままある。

ディテールについてはキットによってクオリティに差はあり、リリース当時の大手メーカーのプラモデルを超えている良キットもある反面、口が悪いモデラーに「飴細工」「かろうじて飛行機の形をしているプラ塊」などと形容されるレベルの出来だったりすることも多い。
また、素材故に金型がダメージを負いやすいこともあって、ディテールがシャープでも成形不良で潰れていたり傷がついていたりするケースもしばしば見られる。

成形精度の低さを補うべく、細部のパーツにレジンやエッチング、ホワイトメタルなどのプラ以外の素材を用いているキットもある。
しかし、これはこれで組み立て時に性質が違う素材のパーツを組み合わせることになり手間が増えるため*7、制作難易度の上昇に拍車をかけている。
さらに難物なキットだと金属パーツの加工が必要だったり、説明書で細かいパーツの自作を指示してくることも。

ただし、簡易インジェクションキットを手がけるメーカーも経験と技術を蓄積してきているため、2010年代以降に開発されたキットでは、わずかに手を入れるだけで普通のスケールモデルと同じ感覚で組み立てられるものも増えてきている。
これは、簡易インジェクション特有の問題を軽減できる軽金属製金型の導入が進んでいることも影響している。

なお、簡易インジェクションはあくまで製法の違いによる区分であり、単にディテールや精度が緩い、あるいは21世紀の基準から見てクオリティが低いキットのことを「簡易インジェクションキット」と呼ぶのは誤りである*8
とはいえ、そのキットのメーカーや開発経緯をある程度把握していないと、それが簡易インジェクションで製造されたものか否かの判別は難しいのも事実だが……。


需要

少なからぬ欠点を抱えているのにもかかわらず、簡易インジェクション成形のキットが作られ続ける理由としては、やはりマニアックなものがプラモデルになっている、ということが大きいだろう。
上述のとおり消費者側から見れば欠点の方が目立つが、簡易インジェクションキットがどういうものか分かった上でそれでも手に取ってしまう、あるいはそれを求めるモデラーが一定数存在するということ。マニアックなキットというのは、ファンにとってはそれほどまでに魅力的である。
また、全体的なフォルムの捉え方の上手い下手などは簡易インジェクションの欠点に左右されにくいため、そのようなキットの「芯」の部分に好印象を持つ購買層も存在するという。
メーカー(特に欧州)のノリや心意気も合わせて、ある種独特の魅力が存在するジャンルであることは間違いない。

また、かつてのソ連および衛星諸国のプラモデルの質*9や、さまざまな素材のパーツを組み合わせる「マルチマテリアルキット」が一定数のファンを抱えたジャンルとして確立していることなど、本場である東欧を中心とした欧米の模型事情も影響していると思われる。


海外における展望

基本的にスケールモデルで用いられており、大手メーカーがプラモデル化を躊躇するようなマイナーな兵器などが大量にリリースされている。
キット化されるジャンルとしては、比較的フォルムが単純な飛行機に使われるケースが多い。軍用車両もそれなりの数があるが、転輪や履帯などのパーツが含まれるため組み立て難易度はどうしても飛行機より高くなりがち。
逆に、どうしても細かいパーツが多くなる艦船(潜水艦除く)や、スライド金型によるボディの一体成形がデファクトスタンダードな自動車の簡易インジェクションキットは少ない。そのニッチはレジンキットなどが占めている。

1980年代に入り、アメリカやイギリスなどで簡易インジェクションキットを手がけるメーカーが何社か現れ始めた。
本業をリタイアした人間が老後の楽しみとして立ち上げたというアメリカのアヴィエーションUSKに代表されるように、この時期の簡易インジェクションキットはガレージキット臭が極めて強い(今でも強いが)。
この頃に活動していたメーカーのほとんどは、2022年現在は消滅してしまっている。

1990年代に入るとチェコのMPM(後にスペシャルホビーに改名)を筆頭として、ソ連崩壊後の旧共産圏の東欧諸国で簡易インジェクションキットを手がけるメーカーが続々と活動を開始するようになった。
この流れは2022年現在まで続いており、スケールモデラーの間では簡易インジェクションと言えば東欧メーカーのものというイメージが根強い。
特にチェコとウクライナにはメーカーが集中しており、近年でも新規に参入してくるメーカーが後を絶たないこともあって、2022年現在活動中のメーカーはこの2国だけで50社近くに上る。
代表的なメーカーとしてはチェコのスペシャルホビー、AZモデル、RSモデル、KP、ウクライナのミクロミル、UMmt(旧称ユニモデル)、Aモデルなどが挙げられる。これらのメーカーはいずれも、デカールなどのバージョン違いも含めると200種以上のキットをリリースしている。
Aモデルやチェコのパブラモデルズなど、完成に持っていくまでの難易度の高さで名を馳せるメーカーもある反面、チェコのエデュアルドのように、簡易インジェクションキットメーカーから脱皮してタミヤやファインモールドのような日本メーカーと品質で張り合える製品を送り出すようになったメーカーもある。

また、1990年代にはドイツやイタリアなどの西欧諸国、さらにはオセアニアでも簡易インジェクションに参入するメーカーがあり、フランスのマッハ2やオーストラリアのハイプレーンズモデルズなどは2022年現在も健在である。
一方で、中国や韓国といったアジア圏には、簡易インジェクションキットを手がけるメーカーはほぼ存在しない。


日本国内における展望

欧米とは異なり、スケールモデルで使用されるケースは片手で数えられる程度に少ない。
これは、新興の零細メーカーや個人サークルであっても、金属製金型を用いた高品質なキットを送り出そうとしがちな傾向も影響していると思われる*10

数少ない簡易インジェクションキットメーカーはいずれも飛行機を手がけており、1980年代後半に1/72スケールのSu-22を送り出したグリフォンモデルがある他、1980年代にツクダホビーが「スパンカーキット」と称して、簡易インジェクションとバキュームフォーム、ホワイトメタルパーツを組み合わせるマルチマテリアルキットを何種かリリースしていたこともあった。
また、1990年代から2000年代にかけては、ハセガワが数種の東欧製の簡易インジェクションキットに日本仕様のパッケージと説明書を追加してOEM販売している。簡易インジェクションキットを組むのに必要な工程をひとつひとつ解説している説明書は必見。

日本国内では、ロボットものをはじめとするキャラクターモデルに使用されたケースの方が多い。いずれも基本的には「プラスチック製ガレージキット」という発想で作られており、1990年代頃から見られるようになった。

代表格と言えるのはバンダイが1990年代後半に展開した「リミテッドモデル」で、ガンダムシリーズエヴァをラインナップに含んでいたこともあって知名度は高い。
普通のガンプラと同じ感覚で……というわけには行かないため評判は芳しくなく、パーツが恐ろしく肉厚なため「 ガンプラバトル における耐久力最強候補」などとネタにされることも多い。
ただし、リミテッドモデルは他のバンダイのプラモデルと同様に、特にパーツを加工せずとも説明書通りに(ものによってはスナップフィットで)組み立てることが可能。上述のように嵌め合いの悪さが問題になりがちな簡易インジェクションキットの中では特筆すべきことである。リミテッドモデルもまた、バンダイ驚異の技術力の産物と言っていいのかもしれない。

その他には、アオシマの「スカイネット」ブランド、ボークスの「グレートガレージインジェクション」、ウェーブの「M.H.シリーズ」、アートプレストの「インジェクションガレージキット」などのシリーズがあり、いずれも難易度の高さで知られる。
特に、フジミ模型が送り出したグレートマイトガインは「日本ワーストプラモデル」という異名を頂戴してしまうほどに評判が悪い。探せばもっと凄いものはあると思う。

変わったところでは、タミヤのミニ四駆の中にもイベント限定品として簡易インジェクションを採用したボディパーツセットがいくつか存在する。
簡易金型の特性もあって総じて生産数は少なく、当時品は「幻のマシン」として扱われている。

2010年代に入ってからは、バーザムショックによって箍が外れたバンダイや「MODEROID」を展開するグッドスマイルカンパニーなどから、今まではガレージキットでしかキット化されなかったようなメカが続々とプラモデル化されており、かつて簡易インジェクションキットが占めていたニッチは消え去りつつある。





追記・修正は180番の紙ヤスリでパーツを整形しながらお願いします。


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最終更新:2024年03月18日 16:40

*1 プラ板を真空成形と呼ばれる方法でパーツの形に変形させたキット。

*2 成形時に雄型と雌型の隙間に流れこんだプラスチックが板状に固まったもの。

*3 成形時にパーツ表面に生じてしまった凹み。

*4 雄型と雌型が接していた箇所に生じる盛り上がり。

*5 成形されたパーツを金型から押し出し外す際についてしまう円筒状の跡。

*6 パーツの接続面に設けられており、穴にピンを差し込むことでパーツを固定する位置を決める役割を持つ。

*7 一例を挙げれば、これらのパーツはプラモデル用接着剤では接着できないため、別に瞬間接着剤などを用意する必要がある。

*8 1960年代以前のプラモデル黎明期から活動しているメーカーのベテランキットなどは、簡易インジェクションキットであるという誤解を受けやすい。

*9 ソ連崩壊前に東側で製造されていたプラモデルには、西側諸国のそれと比べて歴然とした質の落差があった。典型的な簡易インジェクションキットであってもソ連時代のキットに比べれば相対的に進歩している、と言えてしまうほど。

*10 実際、NCモデルズやライジングモデルなど、出来の良いキットを1作送り出したのみで消滅してしまったメーカーもいくつか存在する。また、一定の技術を持つ中国や台湾のメーカーとの共同開発という選択肢を選んだメーカーも少なくない。