ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2227 保母らん(前)
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保母らん(前) 22KB
差別・格差 育児 赤ゆ 子ゆ 現代 れいむ愛で気味
茎を大きくしならせるほど成長した実ゆがしきりに身を揺すり、この世に産まれ落ちようとしていた。
やがてぷちりとちぎれ、最後の錬金術師が万有引力の法則を閃いたエピソードのように実ゆはぽとりとクッションの上に落ち、ぷるりと全身を震わせると大きく目を開いて元気いっぱいに挨拶した。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「よし回収」
「おしゃりゃをとんじぇりゅみちゃい!」
体をつままれて持ち上げられた赤れいむは脊髄反射的にもみあげをぴこぴこさせながら定型文句を口にした。
そして両親に向けた産声に対する返答がまだ返ってこないという、赤ゆにとっては致命的なほどにゆっくりしていない事態をおぼろげに感じた頃、れいむはあんよを傷つけない程度に優しく床の上に置かれた。
それは水槽の中で産まれたれいむが八畳一間の部屋に降ろされただけの話だったのだが、ピンポン玉とさほど変わらない小さな命にとっては別次元に放り込まれたほどの衝撃だった。
「ゆ……っ、ゆ……っ」
「れいみゅ、ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「ゆ!?」
赤れいむがなにがなんだかわからない不安に泣き出しそうになると、横から赤ゆに声をかけられた。
もしや、自分の姉妹なのか。れいむは声の方向を向いて、さらになにがなんだかわからなくなった。
「まりしゃはまりしゃだじぇ! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「わきゃりゅよー! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「ときゃいひゃなれーみゅにぇ! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「むきゅ、ゆっくちしちぇいっちぇね」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」
まりさ、ちぇん、ありす、ぱちゅりー、自分以外のれいむ、それも一匹や二匹ではなく一種それぞれ三、四匹はいる赤ゆの群れがいっせいにれいむへと挨拶した。
それは自然な姉妹として生まれるには不自然な数であり、レパートリーであったが、この際赤れいむは気にしなかった。不安と寂しさを自ら吹き飛ばすように、挨拶し返す。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「よしよし。れいむは元気な子だな。お母さんは嬉しいぞ」
しっかりした口調の大人ゆっくりに、れいむはすわ両親かと期待して声の方向に飛び込んだ。
だが、そこにはれいむに受け継がれた遺伝餡子にはどこをどうひっくり返しても存在しないっぽいゆっくりがいた。
「らんはれいむの、みんなのお母さんだ。そしてれいむはみんなの家族だぞ」
「ゆ……?」
ゆっくりらんの優しい言葉の意味が掴めず、赤れいむはクエスチョンマークをリボンの上にたくさん浮かべる。れいむのお母さんはれいむじゃないのか。でもここにはお母さんれいむはいなくて、かわりにとてもゆっくりしたらんがお母さんだと言っている。
混乱するれいむの頭を、大きなお兄さんの手の平が優しく撫でた。
「お前の本当のお父さんとお母さんはお前を育てられない状態だ。だからかわりにらんがお前の面倒を見てくれる。ここにいるお前のお姉さんたちはみんな、らんと餡子は繋がってないけどらんの子供たちだ。だからお前も、らんをお母さんだと思ってここでゆっくりしていけ」
お兄さんは片手でれいむの両親が入っている水槽に布をかけた。
れいむにお兄さんの言葉は半分もわからなかったが、ともかくここでゆっくりしていいということだけはなんとなくわかった。
どきどきとしながられいむは、にこにこと微笑むらんにこわごわと挨拶する。
「ゆ……ゆっくちしちぇいっちぇね」
「ゆっくりしていってね」
保母らん
赤れいむが産まれてから三日ほどたった。
れいむの生活はゆっくりとしてはやや不満の多い、あまりゆっくりできない生活だった。
たとえば食事を摂る時に「むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!」と言うとらんに叱られる。何度言っても癖の抜けないまりさなどはらんにものさしさんで何度もおしりを叩かれるというお仕置きを受け、れいむたちを戦慄させた。
他にもみんなと遊んでいていいところだったのに、お勉強をさせられる。教えられることは、要はいかに人間さんと仲良くするかということだった。そんなことよりれいむたちはらんに遊んでもらいたいのに。
そうやってぐずると、らんは決まってこう言うのだ。
「そんなことじゃ立派な飼いゆっくりになれないぞ。銀バッジさんも金バッジさんも取れないダメなゆっくりになるぞ。誰にも見向きも相手もされないで、おしまい、れみりゃのごはんさんになるんだぞ」
バッジのこともらんに教えてもらっていたが、れいむにはまだイマイチそれがどういうものなのか具体的に理解できていない。しかしらんの言うことを聞かない悪い子は、いずれはれみりゃに食べられてしまうのだということはわかった。
「ねえらんおかあしゃん。にゃんでれいみゅたちはおべんきょできにゃいとダメなゆっくちににゃっちゃうにょ?」
正しいおトイレさんの使い方を習っていた時、らんに「質問は?」と聞かれたのでれいむはそんなことを聞いてみた。
すると、途端にちぇんたちがれいむを嘲笑し始めた。
「ぷぷっ、わきゃりゅよー。れいむはばきゃなんだねー」
「しょうだねー。しょんにゃこと、らんしゃまはきいてにゃいんだよー。ちぇんはいいこだきゃらわかってりゅんだよー」
「そうだぞれいむ。そんなことより――」
「まあ待て。今のは悪くない質問だ」
部屋の隅っこでれいむたちの勉強の様子を観察していたお兄さんが、話の中に割って入った。
お兄さんはいつでもれいむたちの部屋にいるわけではないのだが、食事を持ってきたりトイレを掃除したりする時以外にも時々こうして様子を見に来るのだ。
赤ゆっくりたちを見渡したお兄さんは事も無げに言った。
「いきなりアレな話だが、実はお前たちは別に勉強ができなくてもいい」
「しょうにゃの!?」
「ときゃいはじゃないわ!」
「むきゅ! ぱちぇのとりえにゃのに!」
「はなしがちがうんだじぇ!」
「だが、人間と仲良くできないクズは死ぬ」
拳を手の平に叩きつけたお兄さんの姿に、びくりと赤ゆたちは怯えた。
特に口調も変えずにお兄さんは訥々と続ける。
「お前たちはいい飼いゆっくりになるコツを覚えているんだ。いい飼いゆっくりってのがどういうものかわかっていれば、お前たちは必ずゆっくりしたゆん生を送れるようになる」
「いいかいゆっきゅりっちぇ?」
「そりゃお前、お前たちのお母さんだろ。らんみたいにすれば間違いはない。そのうえで勉強ができればものすごくゆっくりしたゆん生が送れる。わかったか?」
「わきゃりゅよー! ちぇんはらんしゃまみちゃいにゃすーぱーはいぐれーどなみらくるゆっくりになりゅんだよー!」
一匹のちぇんが飛び上がりながら答えると、他のちぇんたちも次々に「わきゃりゅよー」と続いた。それを見たらんはもふもふとした尻尾でちぇんたちの頭を優しく撫でる。
「よしよし。ちぇんたちはきっとらんみたいになれるぞ」
「えええええ! れいみゅはああああ!?」
「まりしゃもうるとらびっぐごーじゃすなだいなまいとゆっくりになりゅんだじぇ!」
「ぱちぇだっちぇきんばっじしゃんをもらうわ!」
「ありしゅだっちぇ――」
「はいはいここまでだ。らん、後はよろしく頼むぞ」
ぱんぱんと手を叩いて赤ゆたちを黙らせたお兄さんは部屋を出て行った。
こんな風に、れいむの一日は過ぎていった。
生後二週間も経つとほとんどの赤ゆたちは舌足らずな言葉遣いも抜け、すくすくと成長していた。
だがその成長にはやや偏りがある。それも元から個体差などというものではなく、明らかに一種のゆっくりだけ他の子ゆたちより一回りほど大きくなっていた。
言うまでもない。ちぇんたちである。
「らん、昼飯ここに置いとくぞ。ちゃんとみんなに腹いっぱい食わせてやれよ」
「はい、ご主人様!」
赤ゆの数だけ用意したフードボウルと洗面器に入った子ゆっくり用のフードをらんの前に置き、お兄さんは部屋から出た。
「よし、みんなごはんさんの時間だぞ! みんなでゆっくり準備しような!」
「「「「「はーい!!!」」」」」
今までめいめい好き勝手に遊んでいた子ゆっくりたちはゆっくりらしかぬスピードで我先にとらんの前へと集まり、一列に並び始めた。
「ちぇんがいちばんのりなんだねー! わかるよー!」
「ゆ! まりさがさきにきたんだぜ! ありすはうしろにならぶんだぜ!」
「ゆぅ。わかったわよ。って、れいむなにどさくさにまぎれてならんでいるのよ! いなかもの!」
「こら、黙って早く並ばないと減らしちゃうぞ」
らんの脅しにちぇん以外の子ゆっくりは私語だけは慎んだ。だが押し合いへしあいをして、どうにか自分を少しだけでも前の方へと位置取り争いだけは続けている。
そんな争いも一段落つくと、らんに渡された重ねられたフードボウルのタワーを、子ゆっくりたちは一番上のボウルを取っては自分の前に置き、残ったボウルタワーを隣の子ゆっくりに渡して全員に行き渡らせる。
それから洗面器の中のフードを、お兄さんが用意したすりきり一杯でちょうど良い量になるよう調整した専用のカップでらんがボウルに入れてやるのである。
だが一番手、二番手、三番手、四番手、五番手と最初の方のボウルにだけ――ちぇんにだけらんは山盛り一杯のフードを分け与えているのだ。
もちろんお兄さんは全ての子ゆっくりに対して平等にフードを分けることを前提として洗面器にフードを注いでおり、最初に増量すれば最後の方にはフードは無くなってしまう。
今回は、部屋の隅っこで話し合いをしていたぱちゅりーとまりさが最後尾だった。空っぽの洗面器とフードボウルを交互に見つめたまりさとぱちゅりーはいたたまれないような面持ちで身を縮こませている。
らんはどこか空々しい口調で呟いた。
「あれ、もう無くなっちゃったか。もうお兄さんはいつでもうっかりしているなぁ。仕方ないから、みんなぱちゅりーとまりさにごはんを分けてあげてくれないか」
「「「「「はーい」」」」」
まりさとぱちゅりーはフードボウルを咥えて列の先頭まで歩き、ちぇんの前にボウルを置いた。
「もう、まりさとぱちゅりーはいっつもゆっくりしすぎなんだねー。じぶんだけゆっくりしたいゆっくりはゲスだってらんしゃまもいってたでしょー?」
「うん……」
「でもかんだいなちぇんはとろくさいまりさにもぱちゅりーにもごはんさんをわけてあげるんだよー?」
と、言いつつちぇんはボウルに山盛りになったフードをまりさとパチュリーのボウルに落とそうとしない。
その文字通り成長の良い体による上から目線はまりさとぱちゅりーに無言の催促を促していた。
「ち……」
「きこえないよー?」
「ちぇんさま、とろくさくてじぶんだけゆっくりしたゲスのれいむにごはんをわけてください……」
「わかるよー! ちぇんはやさしいかられいむみたいなクズにもごはんをわけてあげるよー!」
「よしよし。ちぇんは本っ当に優しいなぁ。いい子だなぁ」
「にゃにゃっ。らんしゃまそんなに褒めないでよー」
歯を食いしばって、まりさは耐えていた。運動能力が低くてこのやりとりの常連であるぱちゅりーは既に諦めきった表情でちぇんとらんの会話が終わり、食糧を分け与えてくれるのを粛々と待っている。
みんな、この役目を押し付けられるのが嫌で最後尾にならないよう前に並ぼうとするのである。
そもそも、ちぇんたちは普段かららんの周囲によく付きまとっている。そのうえ身動きの素早さには定評があり、整列時先頭を取る確率は非常に高い。
それに対抗して食事の時間が近づいていると腹時計で悟ると、らんの周囲にスタンバる子ゆっくりが増えた。
一度、ちぇんを抜いてまりさが先頭に立つという事態が起きたこともある。
その日――その一食だけではない。丸一日、先頭に立ったまりさは食事を抜かれた。ちぇんがまりさに突き飛ばされたと主張したからである。
以降、ちぇん以外の子ゆっくりたちは我先にと争うものの、ちぇんより前に並ぼうとはしなくなった。
「きにしちゃだめだよ」
「まりさとぱちゅりーはとかいはよ。ありすがほしょーするわ」
「ぱちぇはあんまりおなかがすいてないわ。えんりょしないでもってってちょうだい」
「しかたないやつだぜ」
れいむにありすにぱちゅりーにまりさたちは、ついさっきまでは列争いに興じていたものの最後尾の二匹には暖かい言葉をかけたりあえて何も言わずにフードを分け与えていた。ほとんどの子ゆっくりたちは既に先ほどのやりとりの経験者なだけにその辛さがわかっており、また罪悪感にもよる心理が言い逃れ的にそうさせているのだ。
「それではみんな、今日もおいしいごはんさんをくれたお兄さんに感謝のありがとうございますを言おうな!」
「「「「「はい!」」」」」
「お兄さん、今日もおいしいごはんさんをありがとうございます!」
「「「「「お兄さん、今日もおいしいごはんさんをありがとうございます!」」」」」
「いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
狼やライオンの群れでは、群れ最強のオスがまず一番最初に獲物に口をつけ、その横に口をつけても良い個体は限られる。さらに腹一杯食べたその連中が離れてからようやく残飯となった獲物にありつけるのは、群れの中でも特に立場が弱い個体たちだ。
そのような風習は廃れて久しいが、日本でも家長が箸をつけるまでは食事を初めてはならないという家庭はごく一般的だった。それにかこつけて父親は子供を説教する時間を確保し、いただきますを言わせることで食事を作ってくれた母親や材料を作ってくれた百姓などに感謝の意を学ばせたのである。
だが忘れてはならない。
彼らはゆっくりすることを生きることの至上目的とする、不思議生物ゆっくりなのだ。
その日の夕方、昼食時最後尾に立たされたまりさが餡子を吐いて死んだ。
「……らん、お前ちゃんとこいつのこと見ていたか?」
「も、もちろんですご主人様」
新聞紙に包まれたまりさの死骸をお兄さんに見せつけられたらんは死臭に顔をしかめながら頷いた。
その後ろではれいむと仲良くしていた子ゆっくりたちの泣き声が聞こえてくる。
夕日が部屋の中に差し込み、影を濃くしていた。
「ならなぜ異常を察した時に俺を呼ばなかった」
「突然だったんです。なんの異常もありませんでした……」
「そんなはずないと思うんだがな。なあらん。お前、まさか俺に嘘をついているのか?」
「め、めっそうもありません!」
「狐は嘘つきだしな。らん種は頭良いのはいいんだが、悪知恵も働く個体がごくたまに産まれるのがアレだよな。下手に賢しいだけに始末に終えない。知っているからん。窓割って押し入ってくる空き巣が多発している地域でよく調べてみたら、実はらん種が潜り込んでいたって話が――」
「わからないよー! おなかすいたよー!」
ちぇんの甲高い鳴き声がお兄さんの低めの声をかき消して部屋中に響き渡った。
らんは慌ててそのちぇんの下に向かい、少し強めの声で言い聞かせる。
「今らんはお兄さんと大事なお話をしているんだ……少し静かにできるよな?」
だが、ちぇんはぶるぶると体を横に振ると、なお強い声で喚いた。
「わからないっていってるのがわからないのおおおお!? おにいさんがこのじかんにきたらばんごはんさんってきまってるでしょおおおお!?」
「ああそうだったな。時間感覚しっかりしてやがるなぁ。体内時計って侮れないもんだ」
お兄さんは新聞紙で完全にまりさの死体を覆い隠してしまうと部屋から出て行った。
「むきゅ、たぶんまりさがえいえんにゆっくりしたげんいんは、ひゆっくちしょうというものだわ」
夜、消灯してそれぞれ仲の良い個体同士が集まって眠ろうとしていた。
だが夕方死んだまりさと特に仲の良かったぱちゅりーに、れいむに、ありすに、まりさはどうしても眠れそうに無かった。ちゃんとした名称はわかっておらずとも、皆漠然とまりさの死がストレスによるものだと理解していたからである。
明日は我が身。そんな生存本能が眠っている場合ではないと子ゆっくりたちを急き立てていた。
「まりさはぱちぇをおしてまえにならばせようとしてくれたわ……」
「きっとあとでおんきせがましくむちゃいわれたはずだぜ……」
「それでも……あのいなかものたちにくらべたらマシよ……」
万一にでも『ちぇん』とは言えない。報復が怖い。だからありすはちぇんたちの眠る方向に視線を流してそう言った。
その方向には、らんがいる。らんの尻尾を枕にして、五匹のちぇんはとてもゆっくりした寝顔を見せていた。
「……ゆっくりしね」
れいむがぼそりと呟いた。らんが起きている前では決して言えないような『ゲスの言葉』だった。
だがゲスほどゆっくりするために手段を選ばないゆっくりはいない。ゲスのよく使う言動は、ある意味では本来のゆっくりそのものであるとも言える。
少なくとも食事のたびに主人に感謝の言葉を述べ「むーしゃむーしゃ」すら禁じられて黙って喰うよりよほどゆっくりらしいだろう。
それでも産まれてすぐに叩き込まれた観念から、ありすはれいむを嗜めた。
「れいむ、とかいはじゃないわ」
「ありすだっていなかものっていったよ。あいつらこそゲスだよ」
「ゲスなんてことばもつかっちゃだめだっていわれたぜ」
「いちばんつかっているのはらんおかあさんのノミもどきだよ」
それは事実だった。ちぇんはゲスと言おうが他ゆんのおもちゃを奪おうが許される。授業で難易度の高い問題は出されず、簡単な問題だけ出されては褒めちぎられる。誰かをいじめていてもらんには遊んでいただけだと言って見逃してもらえる。
れいむは、産まれ落ちた直後のことを思い出した。あの時のちぇんは、不安で仕方なかったれいむに「わかるよ。ゆっくりしていってね」と優しく声をかけてくれたのに。
いつからあんなゲスになってしまったのか。なぜそんなゲスをらんは庇うのだろうか。
「わからないよ……」
「れいむ、おちこんでいるとえいえんにゆっくりしたまりさのにのまいだぜ。そろそろねようぜ」
「まりさのいうとおりね。よふかしがバレるとらんおかあさんにしかられるわ」
「あいつらにもばかにされるわね……」
「そうだね。それじゃみんな、ゆっくりおやすみなさい」
「「「おやすみなさい……」」」
事件はさらに一週間後――生後三週間後の夕方に起きた。
「にゃんにゃんにゃー♪ わかるよー♪ ちぇんはとってもゆっくりしたありすないとだよー」
「ゆぅぅ~……おもいぃぃぃ~……」
三〇分の授業を終え、夕食までの自由時間を子ゆっくりたちは満喫していた、はずだった。
八畳一間の一角で、一匹のありすがちぇんに乗っかられ二本の尻尾でびしびしとお尻を叩かれていた。ちぇんと他の子ゆっくりたちとの間に生じた成長差はさらに大きなものとなり、野球ボールにハンドボールが乗っているようなものだった。ありすの顔は青ざめ、カスタードを吐かないよう必死の形相である。
そしてそのずりずりとした移動の遅さに不満を覚えたちぇんは、さらに尻尾を強くありすに叩きつけた。
「ゆっくりしすぎだよー。ちぇんのはんぶんのはやさでもあるけないなんてぐずだねー」
「たす……けて、らん、おかあさん……っ」
ありすは重さに耐えていた目をわずかに開き、他のちぇんたちの相手をしてやっているらんに助けを求めた。
らん自身にありすの掠れ声は聞こえなかった。だが助けると後に待つちぇんたちの仕返しが怖くて黙って見ていた他の子ゆっくりたちが耐え切れずにありすの声を代弁した。
「らんおかあさん! ありすがたいへんなんだぜ! ちぇんをちゅういしてほしいんだぜ!」
「らんおかあさん! ゆっくりしないではやくありすをたすけてあげてね!」
「なんだ? 今らんはちぇんたちと……ん、ちぇん楽しそうだな」
振り返ったらんはありすの上に乗るちぇんに朗らかな声をかけた。ちぇんは尻尾をぴんと立てて「わかるよー!」と答える。
「すっごくたのしくてゆっくりできるんだよー。ありすもちぇんをたのしませられてうれしいでしょー?」
「そんなはずないよ! ありすくるしそうだよ! でぶのちぇんはゆっくりしてないでさっさとどいてあげゆべぶ!?」」
息も絶え絶えなありすにかわり、れいむがちぇんに罵倒の言葉を浴びせたが最後までその台詞は言い切れなかった。らんが遠心力たっぷりの尻尾ビンタでれいむの頬をはたいたからである。
「れいむ、ちぇんに謝れ。ちぇんはでぶじゃないしありすと遊んでいるだけだぞ」
「ごめ…………」
らんを母親として慕い、今までちぇんたちに虐げられてきた経験から反射的にれいむは頭を下げようとした。
だが、その視界にれいむを見下すちぇんと今にも死にそうなありすが映った。
全身の餡子が沸騰しそうなほどの怒りを覚えたれいむは、自分が何をしているのかわからなかった。
気づいた時には既に行動は終わっていた。
「あやまるのはちぇんだよ!」
「ゆげ!?」
れいむは謝罪の体勢からバネを溜め、ちぇんめがけて体当たりを喰らわせた。
ちぇんは吹っ飛び、床をごろごろと転がって壁にぶち当たり、ようやく止まる。一瞬何が起こったのかわからなかったのであろう。呆気に取られたらんは、次の瞬間ありすにぺーろぺろしようとするれいむに体当たりをぶち込んだ。
「ゆぐはぁ!」
れいむがちぇんに仕掛けた体当たりとはウェイトもスピードも全く違う。ノーバウンドで壁まで一直線に吹っ飛んだれいむは放物線を描いて一メートル近くの高さから墜落した。
「なんてことするんだれいむ! ちぇんはお前のお姉さんだぞ! らんはお前をそんなゲスに育てた覚えは無いぞ!」
「わかるよー! ちぇんはやっぱりゲスだったんだねー! らんしゃまがいうんだからまちがいないんだねー!」
「ゲス! ゲスれいむはゆっくりしないでいますぐしんでね!」
ちぇんたちが次々にれいむを罵倒する。特にれいむに体当たりを食らわされたちぇんは自らの手で復讐してやろうというつもりか、れいむを踏み潰そうと跳ね寄った。
「いなかもの!」
だがちぇんは再び体当たりを食らわされた。その犯ゆんは先ほどまで足蹴にしていたありすである。
らんは怒りよりまずちぇんの心配が優先に立ったのか、体当たりを受けたちぇんに駆け寄った。
ありすもまた――いや、遂に耐え切れなくなったちぇん以外の子ゆっくり全てが、倒れるれいむとありすに駆け寄り、ぺーろぺろをし始めた。
今、完全にゆっくりたちの八畳一間の空間は真っ二つに分かれてしまった。
「おーい、メシだぞー……って、どうした。なんだこのゆっくりしてない雰囲気」
まるで計っていたかのように、トレイにゆっくりたちの食事を載せたお兄さんがドアを開けて入ってきた。ここぞとばかりにちぇんたちはお兄さんに駆け寄り、事情を説明する。
「ちぇんがありすとあそんでいたられいむがちぇんをふっとばしたんだよ!」
「わかるよー! ちぇんはみてたんだよー! あそこでたおれているれいむがゲスのれいむだよー!」
「おにいさん、ゆっくりしてないれいむとありすはいますぐせいっさいっしてね!」
「ふうん。おいれいむ、本当か?」
お兄さんはれいむを起こし、少し顔をしかめた。
どうやら着地時、まともに受身を取れなかったらしい。歯はあちこち折れて床にぽろぽろと落ち、片方の眼球が潰れて中身まで食い込んでいた。
だが息はある。トラブルがあった時の応急処置用として持ち歩いているチューブタイプの濃縮オレンジジュースとゆっくり用の包帯などをポケットから取り出したお兄さんは、まずれいむの治療を始めた。
「これでよし、と。でも片目はもう戻らないな。こりゃもうたとえ金バッジ取れたとしても売れるかどうか怪しいな」
歯はまだ子ゆっくりなのでどうせ生え変わるが、目玉はそうはいかない。寒天による人工眼球で視力は弱いながらも戻るだろうが、自前の眼球に比べれば明らかに不自然でどこか不気味さを帯びた外見になるのは避けられなかった。
意識が戻ったれいむは片方だけ残った目でお兄さんを見つめた。お兄さんは再度れいむに問いかける。
「今俺の足下でちぇんたちが騒いでいるが、お前はちぇんに攻撃したそうだな?」
「……はい」
れいむは素直に頷いた。大怪我を受けたショックからまだ完全に立ち直っていないというのもあるが、ひとえに「人間の言うことには逆らわない」というらんの教育が実を結んだ結果だった。
お兄さんはさらに追及する。
「なぜだ? ちぇんはお前たちの家族だ。家族とゆっくりできないゆっくりはゲスだとらんから教えられているはずだ」
「ごめんなさい……」
「俺はなぜだと質問した。謝るのいい。謝ってごまかすな。いいか、なんでお前はゆっくりできないゲスになると教えられてなお、なぜちぇんに攻撃した?」
「……ちぇんがありすをいじめていたからだよ」
ちぇんたちは一斉にわめきたてた。
「れいむはうそつきだよー! うそつきはゲスなんだよー! ゲスはゆっくりしないでさっさとしんでね!」
「そいつはもうでいぶなんだねー! わかるよー! でいぶはしね!」
「おいじじい! きこえないの!? そのでいぶはちぇんのゆっくりとしたびはだをきずつけたんだよ! さっさとちぇんにせいっさいっさせてね!」
そんなちぇんたちをどうやってなだめようかとおろおろとするらんに、兄さんは顔を向けた。
「おいらん。なんだこのちぇんども。ひどい言葉遣いだな。これがお前の教育成果か?」
「いえ、その……」
「それにこのれいむの傷、どうも一撃でやられたくさいんだが。一撃でここまでクリティカルヒットかませるほどウェイトのあるゆっくりって、この中じゃ成体ゆっくりだけなんだがな」
「それは……」
「れいむ種はそりゃ一番安売りされるゆっくりだけど、こいつ一匹売れりゃ最低でもお前らの食費一か月分くらいにはなるんだよ。それがパァだ。これは経済的損失だ。わかるか?」
「はい……」
「俺は人間の言うことをよく聞くゆっくりを育てている。その点、自分の怨みを晴らすのを最優先にしてやかましくわめくちぇんと、とりあえず黙って様子を見ている他の連中とを比べたら、まだ他の連中の方がマシだ。お前、ちぇんだけ教育の手ぇ抜いたのか?」
「そんなことは……」
「このへんでいいな。わかれよらん。これがお前の教育の結果だ。ゆっくり理解していってくれ」
お兄さんは感情のこもっていない声で呟くと、トレイを棚に置いて、そこに載せられている空っぽの水槽を抱えた。
元は、このトレイの上で片目を無くしているれいむの親が入っていた水槽である。その親は現在一ヵ月後の出産に向かえ体力を養うべく他の部屋に隔離中だ。
お兄さんは足下のちぇんを一匹一匹つまみ上げて水槽の中に放り込んだ。そして上から蓋をして、鍵をかける。
「なにするんだよー! おいくそどれい! ちぇんをここからだせー! わかれよー!」
「せいっさいっするのはれいむのほうだよー! そんなこともわからないなんてじじいはばかなの? しぬの?」
「らんしゃまああああ! ゆっくりしないではやくちぇんをここからだしてねー!」
「ちぇぇぇぇぇん!!」
らんはちぇんを助けに行こうとしたが、ひょいとお兄さんに抱き上げられた。そしてもう一つ棚に置いてあった水槽にらんも放り込み、やはり同じように蓋を閉める。
ちぇんとらんの水槽を隣り合わせにするよう床に置き、お兄さんはさて、と呟いて改めてトレイを手にとった。
「お前ら、メシにすっか」
差別・格差 育児 赤ゆ 子ゆ 現代 れいむ愛で気味
茎を大きくしならせるほど成長した実ゆがしきりに身を揺すり、この世に産まれ落ちようとしていた。
やがてぷちりとちぎれ、最後の錬金術師が万有引力の法則を閃いたエピソードのように実ゆはぽとりとクッションの上に落ち、ぷるりと全身を震わせると大きく目を開いて元気いっぱいに挨拶した。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「よし回収」
「おしゃりゃをとんじぇりゅみちゃい!」
体をつままれて持ち上げられた赤れいむは脊髄反射的にもみあげをぴこぴこさせながら定型文句を口にした。
そして両親に向けた産声に対する返答がまだ返ってこないという、赤ゆにとっては致命的なほどにゆっくりしていない事態をおぼろげに感じた頃、れいむはあんよを傷つけない程度に優しく床の上に置かれた。
それは水槽の中で産まれたれいむが八畳一間の部屋に降ろされただけの話だったのだが、ピンポン玉とさほど変わらない小さな命にとっては別次元に放り込まれたほどの衝撃だった。
「ゆ……っ、ゆ……っ」
「れいみゅ、ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「ゆ!?」
赤れいむがなにがなんだかわからない不安に泣き出しそうになると、横から赤ゆに声をかけられた。
もしや、自分の姉妹なのか。れいむは声の方向を向いて、さらになにがなんだかわからなくなった。
「まりしゃはまりしゃだじぇ! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「わきゃりゅよー! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「ときゃいひゃなれーみゅにぇ! ゆっくちしちぇいっちぇね!」
「むきゅ、ゆっくちしちぇいっちぇね」
「ゆっくちしちぇいっちぇね!」
まりさ、ちぇん、ありす、ぱちゅりー、自分以外のれいむ、それも一匹や二匹ではなく一種それぞれ三、四匹はいる赤ゆの群れがいっせいにれいむへと挨拶した。
それは自然な姉妹として生まれるには不自然な数であり、レパートリーであったが、この際赤れいむは気にしなかった。不安と寂しさを自ら吹き飛ばすように、挨拶し返す。
「ゆっくちしちぇいっちぇね!!!」
「よしよし。れいむは元気な子だな。お母さんは嬉しいぞ」
しっかりした口調の大人ゆっくりに、れいむはすわ両親かと期待して声の方向に飛び込んだ。
だが、そこにはれいむに受け継がれた遺伝餡子にはどこをどうひっくり返しても存在しないっぽいゆっくりがいた。
「らんはれいむの、みんなのお母さんだ。そしてれいむはみんなの家族だぞ」
「ゆ……?」
ゆっくりらんの優しい言葉の意味が掴めず、赤れいむはクエスチョンマークをリボンの上にたくさん浮かべる。れいむのお母さんはれいむじゃないのか。でもここにはお母さんれいむはいなくて、かわりにとてもゆっくりしたらんがお母さんだと言っている。
混乱するれいむの頭を、大きなお兄さんの手の平が優しく撫でた。
「お前の本当のお父さんとお母さんはお前を育てられない状態だ。だからかわりにらんがお前の面倒を見てくれる。ここにいるお前のお姉さんたちはみんな、らんと餡子は繋がってないけどらんの子供たちだ。だからお前も、らんをお母さんだと思ってここでゆっくりしていけ」
お兄さんは片手でれいむの両親が入っている水槽に布をかけた。
れいむにお兄さんの言葉は半分もわからなかったが、ともかくここでゆっくりしていいということだけはなんとなくわかった。
どきどきとしながられいむは、にこにこと微笑むらんにこわごわと挨拶する。
「ゆ……ゆっくちしちぇいっちぇね」
「ゆっくりしていってね」
保母らん
赤れいむが産まれてから三日ほどたった。
れいむの生活はゆっくりとしてはやや不満の多い、あまりゆっくりできない生活だった。
たとえば食事を摂る時に「むーしゃ! むーしゃ! しあわせー!」と言うとらんに叱られる。何度言っても癖の抜けないまりさなどはらんにものさしさんで何度もおしりを叩かれるというお仕置きを受け、れいむたちを戦慄させた。
他にもみんなと遊んでいていいところだったのに、お勉強をさせられる。教えられることは、要はいかに人間さんと仲良くするかということだった。そんなことよりれいむたちはらんに遊んでもらいたいのに。
そうやってぐずると、らんは決まってこう言うのだ。
「そんなことじゃ立派な飼いゆっくりになれないぞ。銀バッジさんも金バッジさんも取れないダメなゆっくりになるぞ。誰にも見向きも相手もされないで、おしまい、れみりゃのごはんさんになるんだぞ」
バッジのこともらんに教えてもらっていたが、れいむにはまだイマイチそれがどういうものなのか具体的に理解できていない。しかしらんの言うことを聞かない悪い子は、いずれはれみりゃに食べられてしまうのだということはわかった。
「ねえらんおかあしゃん。にゃんでれいみゅたちはおべんきょできにゃいとダメなゆっくちににゃっちゃうにょ?」
正しいおトイレさんの使い方を習っていた時、らんに「質問は?」と聞かれたのでれいむはそんなことを聞いてみた。
すると、途端にちぇんたちがれいむを嘲笑し始めた。
「ぷぷっ、わきゃりゅよー。れいむはばきゃなんだねー」
「しょうだねー。しょんにゃこと、らんしゃまはきいてにゃいんだよー。ちぇんはいいこだきゃらわかってりゅんだよー」
「そうだぞれいむ。そんなことより――」
「まあ待て。今のは悪くない質問だ」
部屋の隅っこでれいむたちの勉強の様子を観察していたお兄さんが、話の中に割って入った。
お兄さんはいつでもれいむたちの部屋にいるわけではないのだが、食事を持ってきたりトイレを掃除したりする時以外にも時々こうして様子を見に来るのだ。
赤ゆっくりたちを見渡したお兄さんは事も無げに言った。
「いきなりアレな話だが、実はお前たちは別に勉強ができなくてもいい」
「しょうにゃの!?」
「ときゃいはじゃないわ!」
「むきゅ! ぱちぇのとりえにゃのに!」
「はなしがちがうんだじぇ!」
「だが、人間と仲良くできないクズは死ぬ」
拳を手の平に叩きつけたお兄さんの姿に、びくりと赤ゆたちは怯えた。
特に口調も変えずにお兄さんは訥々と続ける。
「お前たちはいい飼いゆっくりになるコツを覚えているんだ。いい飼いゆっくりってのがどういうものかわかっていれば、お前たちは必ずゆっくりしたゆん生を送れるようになる」
「いいかいゆっきゅりっちぇ?」
「そりゃお前、お前たちのお母さんだろ。らんみたいにすれば間違いはない。そのうえで勉強ができればものすごくゆっくりしたゆん生が送れる。わかったか?」
「わきゃりゅよー! ちぇんはらんしゃまみちゃいにゃすーぱーはいぐれーどなみらくるゆっくりになりゅんだよー!」
一匹のちぇんが飛び上がりながら答えると、他のちぇんたちも次々に「わきゃりゅよー」と続いた。それを見たらんはもふもふとした尻尾でちぇんたちの頭を優しく撫でる。
「よしよし。ちぇんたちはきっとらんみたいになれるぞ」
「えええええ! れいみゅはああああ!?」
「まりしゃもうるとらびっぐごーじゃすなだいなまいとゆっくりになりゅんだじぇ!」
「ぱちぇだっちぇきんばっじしゃんをもらうわ!」
「ありしゅだっちぇ――」
「はいはいここまでだ。らん、後はよろしく頼むぞ」
ぱんぱんと手を叩いて赤ゆたちを黙らせたお兄さんは部屋を出て行った。
こんな風に、れいむの一日は過ぎていった。
生後二週間も経つとほとんどの赤ゆたちは舌足らずな言葉遣いも抜け、すくすくと成長していた。
だがその成長にはやや偏りがある。それも元から個体差などというものではなく、明らかに一種のゆっくりだけ他の子ゆたちより一回りほど大きくなっていた。
言うまでもない。ちぇんたちである。
「らん、昼飯ここに置いとくぞ。ちゃんとみんなに腹いっぱい食わせてやれよ」
「はい、ご主人様!」
赤ゆの数だけ用意したフードボウルと洗面器に入った子ゆっくり用のフードをらんの前に置き、お兄さんは部屋から出た。
「よし、みんなごはんさんの時間だぞ! みんなでゆっくり準備しような!」
「「「「「はーい!!!」」」」」
今までめいめい好き勝手に遊んでいた子ゆっくりたちはゆっくりらしかぬスピードで我先にとらんの前へと集まり、一列に並び始めた。
「ちぇんがいちばんのりなんだねー! わかるよー!」
「ゆ! まりさがさきにきたんだぜ! ありすはうしろにならぶんだぜ!」
「ゆぅ。わかったわよ。って、れいむなにどさくさにまぎれてならんでいるのよ! いなかもの!」
「こら、黙って早く並ばないと減らしちゃうぞ」
らんの脅しにちぇん以外の子ゆっくりは私語だけは慎んだ。だが押し合いへしあいをして、どうにか自分を少しだけでも前の方へと位置取り争いだけは続けている。
そんな争いも一段落つくと、らんに渡された重ねられたフードボウルのタワーを、子ゆっくりたちは一番上のボウルを取っては自分の前に置き、残ったボウルタワーを隣の子ゆっくりに渡して全員に行き渡らせる。
それから洗面器の中のフードを、お兄さんが用意したすりきり一杯でちょうど良い量になるよう調整した専用のカップでらんがボウルに入れてやるのである。
だが一番手、二番手、三番手、四番手、五番手と最初の方のボウルにだけ――ちぇんにだけらんは山盛り一杯のフードを分け与えているのだ。
もちろんお兄さんは全ての子ゆっくりに対して平等にフードを分けることを前提として洗面器にフードを注いでおり、最初に増量すれば最後の方にはフードは無くなってしまう。
今回は、部屋の隅っこで話し合いをしていたぱちゅりーとまりさが最後尾だった。空っぽの洗面器とフードボウルを交互に見つめたまりさとぱちゅりーはいたたまれないような面持ちで身を縮こませている。
らんはどこか空々しい口調で呟いた。
「あれ、もう無くなっちゃったか。もうお兄さんはいつでもうっかりしているなぁ。仕方ないから、みんなぱちゅりーとまりさにごはんを分けてあげてくれないか」
「「「「「はーい」」」」」
まりさとぱちゅりーはフードボウルを咥えて列の先頭まで歩き、ちぇんの前にボウルを置いた。
「もう、まりさとぱちゅりーはいっつもゆっくりしすぎなんだねー。じぶんだけゆっくりしたいゆっくりはゲスだってらんしゃまもいってたでしょー?」
「うん……」
「でもかんだいなちぇんはとろくさいまりさにもぱちゅりーにもごはんさんをわけてあげるんだよー?」
と、言いつつちぇんはボウルに山盛りになったフードをまりさとパチュリーのボウルに落とそうとしない。
その文字通り成長の良い体による上から目線はまりさとぱちゅりーに無言の催促を促していた。
「ち……」
「きこえないよー?」
「ちぇんさま、とろくさくてじぶんだけゆっくりしたゲスのれいむにごはんをわけてください……」
「わかるよー! ちぇんはやさしいかられいむみたいなクズにもごはんをわけてあげるよー!」
「よしよし。ちぇんは本っ当に優しいなぁ。いい子だなぁ」
「にゃにゃっ。らんしゃまそんなに褒めないでよー」
歯を食いしばって、まりさは耐えていた。運動能力が低くてこのやりとりの常連であるぱちゅりーは既に諦めきった表情でちぇんとらんの会話が終わり、食糧を分け与えてくれるのを粛々と待っている。
みんな、この役目を押し付けられるのが嫌で最後尾にならないよう前に並ぼうとするのである。
そもそも、ちぇんたちは普段かららんの周囲によく付きまとっている。そのうえ身動きの素早さには定評があり、整列時先頭を取る確率は非常に高い。
それに対抗して食事の時間が近づいていると腹時計で悟ると、らんの周囲にスタンバる子ゆっくりが増えた。
一度、ちぇんを抜いてまりさが先頭に立つという事態が起きたこともある。
その日――その一食だけではない。丸一日、先頭に立ったまりさは食事を抜かれた。ちぇんがまりさに突き飛ばされたと主張したからである。
以降、ちぇん以外の子ゆっくりたちは我先にと争うものの、ちぇんより前に並ぼうとはしなくなった。
「きにしちゃだめだよ」
「まりさとぱちゅりーはとかいはよ。ありすがほしょーするわ」
「ぱちぇはあんまりおなかがすいてないわ。えんりょしないでもってってちょうだい」
「しかたないやつだぜ」
れいむにありすにぱちゅりーにまりさたちは、ついさっきまでは列争いに興じていたものの最後尾の二匹には暖かい言葉をかけたりあえて何も言わずにフードを分け与えていた。ほとんどの子ゆっくりたちは既に先ほどのやりとりの経験者なだけにその辛さがわかっており、また罪悪感にもよる心理が言い逃れ的にそうさせているのだ。
「それではみんな、今日もおいしいごはんさんをくれたお兄さんに感謝のありがとうございますを言おうな!」
「「「「「はい!」」」」」
「お兄さん、今日もおいしいごはんさんをありがとうございます!」
「「「「「お兄さん、今日もおいしいごはんさんをありがとうございます!」」」」」
「いただきます!」
「「「「「いただきます!」」」」」
狼やライオンの群れでは、群れ最強のオスがまず一番最初に獲物に口をつけ、その横に口をつけても良い個体は限られる。さらに腹一杯食べたその連中が離れてからようやく残飯となった獲物にありつけるのは、群れの中でも特に立場が弱い個体たちだ。
そのような風習は廃れて久しいが、日本でも家長が箸をつけるまでは食事を初めてはならないという家庭はごく一般的だった。それにかこつけて父親は子供を説教する時間を確保し、いただきますを言わせることで食事を作ってくれた母親や材料を作ってくれた百姓などに感謝の意を学ばせたのである。
だが忘れてはならない。
彼らはゆっくりすることを生きることの至上目的とする、不思議生物ゆっくりなのだ。
その日の夕方、昼食時最後尾に立たされたまりさが餡子を吐いて死んだ。
「……らん、お前ちゃんとこいつのこと見ていたか?」
「も、もちろんですご主人様」
新聞紙に包まれたまりさの死骸をお兄さんに見せつけられたらんは死臭に顔をしかめながら頷いた。
その後ろではれいむと仲良くしていた子ゆっくりたちの泣き声が聞こえてくる。
夕日が部屋の中に差し込み、影を濃くしていた。
「ならなぜ異常を察した時に俺を呼ばなかった」
「突然だったんです。なんの異常もありませんでした……」
「そんなはずないと思うんだがな。なあらん。お前、まさか俺に嘘をついているのか?」
「め、めっそうもありません!」
「狐は嘘つきだしな。らん種は頭良いのはいいんだが、悪知恵も働く個体がごくたまに産まれるのがアレだよな。下手に賢しいだけに始末に終えない。知っているからん。窓割って押し入ってくる空き巣が多発している地域でよく調べてみたら、実はらん種が潜り込んでいたって話が――」
「わからないよー! おなかすいたよー!」
ちぇんの甲高い鳴き声がお兄さんの低めの声をかき消して部屋中に響き渡った。
らんは慌ててそのちぇんの下に向かい、少し強めの声で言い聞かせる。
「今らんはお兄さんと大事なお話をしているんだ……少し静かにできるよな?」
だが、ちぇんはぶるぶると体を横に振ると、なお強い声で喚いた。
「わからないっていってるのがわからないのおおおお!? おにいさんがこのじかんにきたらばんごはんさんってきまってるでしょおおおお!?」
「ああそうだったな。時間感覚しっかりしてやがるなぁ。体内時計って侮れないもんだ」
お兄さんは新聞紙で完全にまりさの死体を覆い隠してしまうと部屋から出て行った。
「むきゅ、たぶんまりさがえいえんにゆっくりしたげんいんは、ひゆっくちしょうというものだわ」
夜、消灯してそれぞれ仲の良い個体同士が集まって眠ろうとしていた。
だが夕方死んだまりさと特に仲の良かったぱちゅりーに、れいむに、ありすに、まりさはどうしても眠れそうに無かった。ちゃんとした名称はわかっておらずとも、皆漠然とまりさの死がストレスによるものだと理解していたからである。
明日は我が身。そんな生存本能が眠っている場合ではないと子ゆっくりたちを急き立てていた。
「まりさはぱちぇをおしてまえにならばせようとしてくれたわ……」
「きっとあとでおんきせがましくむちゃいわれたはずだぜ……」
「それでも……あのいなかものたちにくらべたらマシよ……」
万一にでも『ちぇん』とは言えない。報復が怖い。だからありすはちぇんたちの眠る方向に視線を流してそう言った。
その方向には、らんがいる。らんの尻尾を枕にして、五匹のちぇんはとてもゆっくりした寝顔を見せていた。
「……ゆっくりしね」
れいむがぼそりと呟いた。らんが起きている前では決して言えないような『ゲスの言葉』だった。
だがゲスほどゆっくりするために手段を選ばないゆっくりはいない。ゲスのよく使う言動は、ある意味では本来のゆっくりそのものであるとも言える。
少なくとも食事のたびに主人に感謝の言葉を述べ「むーしゃむーしゃ」すら禁じられて黙って喰うよりよほどゆっくりらしいだろう。
それでも産まれてすぐに叩き込まれた観念から、ありすはれいむを嗜めた。
「れいむ、とかいはじゃないわ」
「ありすだっていなかものっていったよ。あいつらこそゲスだよ」
「ゲスなんてことばもつかっちゃだめだっていわれたぜ」
「いちばんつかっているのはらんおかあさんのノミもどきだよ」
それは事実だった。ちぇんはゲスと言おうが他ゆんのおもちゃを奪おうが許される。授業で難易度の高い問題は出されず、簡単な問題だけ出されては褒めちぎられる。誰かをいじめていてもらんには遊んでいただけだと言って見逃してもらえる。
れいむは、産まれ落ちた直後のことを思い出した。あの時のちぇんは、不安で仕方なかったれいむに「わかるよ。ゆっくりしていってね」と優しく声をかけてくれたのに。
いつからあんなゲスになってしまったのか。なぜそんなゲスをらんは庇うのだろうか。
「わからないよ……」
「れいむ、おちこんでいるとえいえんにゆっくりしたまりさのにのまいだぜ。そろそろねようぜ」
「まりさのいうとおりね。よふかしがバレるとらんおかあさんにしかられるわ」
「あいつらにもばかにされるわね……」
「そうだね。それじゃみんな、ゆっくりおやすみなさい」
「「「おやすみなさい……」」」
事件はさらに一週間後――生後三週間後の夕方に起きた。
「にゃんにゃんにゃー♪ わかるよー♪ ちぇんはとってもゆっくりしたありすないとだよー」
「ゆぅぅ~……おもいぃぃぃ~……」
三〇分の授業を終え、夕食までの自由時間を子ゆっくりたちは満喫していた、はずだった。
八畳一間の一角で、一匹のありすがちぇんに乗っかられ二本の尻尾でびしびしとお尻を叩かれていた。ちぇんと他の子ゆっくりたちとの間に生じた成長差はさらに大きなものとなり、野球ボールにハンドボールが乗っているようなものだった。ありすの顔は青ざめ、カスタードを吐かないよう必死の形相である。
そしてそのずりずりとした移動の遅さに不満を覚えたちぇんは、さらに尻尾を強くありすに叩きつけた。
「ゆっくりしすぎだよー。ちぇんのはんぶんのはやさでもあるけないなんてぐずだねー」
「たす……けて、らん、おかあさん……っ」
ありすは重さに耐えていた目をわずかに開き、他のちぇんたちの相手をしてやっているらんに助けを求めた。
らん自身にありすの掠れ声は聞こえなかった。だが助けると後に待つちぇんたちの仕返しが怖くて黙って見ていた他の子ゆっくりたちが耐え切れずにありすの声を代弁した。
「らんおかあさん! ありすがたいへんなんだぜ! ちぇんをちゅういしてほしいんだぜ!」
「らんおかあさん! ゆっくりしないではやくありすをたすけてあげてね!」
「なんだ? 今らんはちぇんたちと……ん、ちぇん楽しそうだな」
振り返ったらんはありすの上に乗るちぇんに朗らかな声をかけた。ちぇんは尻尾をぴんと立てて「わかるよー!」と答える。
「すっごくたのしくてゆっくりできるんだよー。ありすもちぇんをたのしませられてうれしいでしょー?」
「そんなはずないよ! ありすくるしそうだよ! でぶのちぇんはゆっくりしてないでさっさとどいてあげゆべぶ!?」」
息も絶え絶えなありすにかわり、れいむがちぇんに罵倒の言葉を浴びせたが最後までその台詞は言い切れなかった。らんが遠心力たっぷりの尻尾ビンタでれいむの頬をはたいたからである。
「れいむ、ちぇんに謝れ。ちぇんはでぶじゃないしありすと遊んでいるだけだぞ」
「ごめ…………」
らんを母親として慕い、今までちぇんたちに虐げられてきた経験から反射的にれいむは頭を下げようとした。
だが、その視界にれいむを見下すちぇんと今にも死にそうなありすが映った。
全身の餡子が沸騰しそうなほどの怒りを覚えたれいむは、自分が何をしているのかわからなかった。
気づいた時には既に行動は終わっていた。
「あやまるのはちぇんだよ!」
「ゆげ!?」
れいむは謝罪の体勢からバネを溜め、ちぇんめがけて体当たりを喰らわせた。
ちぇんは吹っ飛び、床をごろごろと転がって壁にぶち当たり、ようやく止まる。一瞬何が起こったのかわからなかったのであろう。呆気に取られたらんは、次の瞬間ありすにぺーろぺろしようとするれいむに体当たりをぶち込んだ。
「ゆぐはぁ!」
れいむがちぇんに仕掛けた体当たりとはウェイトもスピードも全く違う。ノーバウンドで壁まで一直線に吹っ飛んだれいむは放物線を描いて一メートル近くの高さから墜落した。
「なんてことするんだれいむ! ちぇんはお前のお姉さんだぞ! らんはお前をそんなゲスに育てた覚えは無いぞ!」
「わかるよー! ちぇんはやっぱりゲスだったんだねー! らんしゃまがいうんだからまちがいないんだねー!」
「ゲス! ゲスれいむはゆっくりしないでいますぐしんでね!」
ちぇんたちが次々にれいむを罵倒する。特にれいむに体当たりを食らわされたちぇんは自らの手で復讐してやろうというつもりか、れいむを踏み潰そうと跳ね寄った。
「いなかもの!」
だがちぇんは再び体当たりを食らわされた。その犯ゆんは先ほどまで足蹴にしていたありすである。
らんは怒りよりまずちぇんの心配が優先に立ったのか、体当たりを受けたちぇんに駆け寄った。
ありすもまた――いや、遂に耐え切れなくなったちぇん以外の子ゆっくり全てが、倒れるれいむとありすに駆け寄り、ぺーろぺろをし始めた。
今、完全にゆっくりたちの八畳一間の空間は真っ二つに分かれてしまった。
「おーい、メシだぞー……って、どうした。なんだこのゆっくりしてない雰囲気」
まるで計っていたかのように、トレイにゆっくりたちの食事を載せたお兄さんがドアを開けて入ってきた。ここぞとばかりにちぇんたちはお兄さんに駆け寄り、事情を説明する。
「ちぇんがありすとあそんでいたられいむがちぇんをふっとばしたんだよ!」
「わかるよー! ちぇんはみてたんだよー! あそこでたおれているれいむがゲスのれいむだよー!」
「おにいさん、ゆっくりしてないれいむとありすはいますぐせいっさいっしてね!」
「ふうん。おいれいむ、本当か?」
お兄さんはれいむを起こし、少し顔をしかめた。
どうやら着地時、まともに受身を取れなかったらしい。歯はあちこち折れて床にぽろぽろと落ち、片方の眼球が潰れて中身まで食い込んでいた。
だが息はある。トラブルがあった時の応急処置用として持ち歩いているチューブタイプの濃縮オレンジジュースとゆっくり用の包帯などをポケットから取り出したお兄さんは、まずれいむの治療を始めた。
「これでよし、と。でも片目はもう戻らないな。こりゃもうたとえ金バッジ取れたとしても売れるかどうか怪しいな」
歯はまだ子ゆっくりなのでどうせ生え変わるが、目玉はそうはいかない。寒天による人工眼球で視力は弱いながらも戻るだろうが、自前の眼球に比べれば明らかに不自然でどこか不気味さを帯びた外見になるのは避けられなかった。
意識が戻ったれいむは片方だけ残った目でお兄さんを見つめた。お兄さんは再度れいむに問いかける。
「今俺の足下でちぇんたちが騒いでいるが、お前はちぇんに攻撃したそうだな?」
「……はい」
れいむは素直に頷いた。大怪我を受けたショックからまだ完全に立ち直っていないというのもあるが、ひとえに「人間の言うことには逆らわない」というらんの教育が実を結んだ結果だった。
お兄さんはさらに追及する。
「なぜだ? ちぇんはお前たちの家族だ。家族とゆっくりできないゆっくりはゲスだとらんから教えられているはずだ」
「ごめんなさい……」
「俺はなぜだと質問した。謝るのいい。謝ってごまかすな。いいか、なんでお前はゆっくりできないゲスになると教えられてなお、なぜちぇんに攻撃した?」
「……ちぇんがありすをいじめていたからだよ」
ちぇんたちは一斉にわめきたてた。
「れいむはうそつきだよー! うそつきはゲスなんだよー! ゲスはゆっくりしないでさっさとしんでね!」
「そいつはもうでいぶなんだねー! わかるよー! でいぶはしね!」
「おいじじい! きこえないの!? そのでいぶはちぇんのゆっくりとしたびはだをきずつけたんだよ! さっさとちぇんにせいっさいっさせてね!」
そんなちぇんたちをどうやってなだめようかとおろおろとするらんに、兄さんは顔を向けた。
「おいらん。なんだこのちぇんども。ひどい言葉遣いだな。これがお前の教育成果か?」
「いえ、その……」
「それにこのれいむの傷、どうも一撃でやられたくさいんだが。一撃でここまでクリティカルヒットかませるほどウェイトのあるゆっくりって、この中じゃ成体ゆっくりだけなんだがな」
「それは……」
「れいむ種はそりゃ一番安売りされるゆっくりだけど、こいつ一匹売れりゃ最低でもお前らの食費一か月分くらいにはなるんだよ。それがパァだ。これは経済的損失だ。わかるか?」
「はい……」
「俺は人間の言うことをよく聞くゆっくりを育てている。その点、自分の怨みを晴らすのを最優先にしてやかましくわめくちぇんと、とりあえず黙って様子を見ている他の連中とを比べたら、まだ他の連中の方がマシだ。お前、ちぇんだけ教育の手ぇ抜いたのか?」
「そんなことは……」
「このへんでいいな。わかれよらん。これがお前の教育の結果だ。ゆっくり理解していってくれ」
お兄さんは感情のこもっていない声で呟くと、トレイを棚に置いて、そこに載せられている空っぽの水槽を抱えた。
元は、このトレイの上で片目を無くしているれいむの親が入っていた水槽である。その親は現在一ヵ月後の出産に向かえ体力を養うべく他の部屋に隔離中だ。
お兄さんは足下のちぇんを一匹一匹つまみ上げて水槽の中に放り込んだ。そして上から蓋をして、鍵をかける。
「なにするんだよー! おいくそどれい! ちぇんをここからだせー! わかれよー!」
「せいっさいっするのはれいむのほうだよー! そんなこともわからないなんてじじいはばかなの? しぬの?」
「らんしゃまああああ! ゆっくりしないではやくちぇんをここからだしてねー!」
「ちぇぇぇぇぇん!!」
らんはちぇんを助けに行こうとしたが、ひょいとお兄さんに抱き上げられた。そしてもう一つ棚に置いてあった水槽にらんも放り込み、やはり同じように蓋を閉める。
ちぇんとらんの水槽を隣り合わせにするよう床に置き、お兄さんはさて、と呟いて改めてトレイを手にとった。
「お前ら、メシにすっか」