虚無と獣王-16

16  フーケと獣王
小屋へと向かうルイズたちを視界の隅に納めつつ、キュルケは周囲を警戒していた。
「わたしはあちらの警戒に入ります」
ミス・ロングビルがそう言って小屋を挟んで反対側の森の方へ向かうのを見送り、近くで所在なさげにしている男子どもに指示を送る。
「四人ともボーッとしてないで周りに異常がないか見張ってなさいよ? あと単独行動はしない事」
ギーシュは肩をすくめて答える。
「まあ僕たちはどう頑張ってもドットだしね。無理はしないさ」
へえ、とキュルケは少しギーシュを見直すことにした。
これまでは『勇ましく戦場に突っ込んで行って真っ先に死ぬタイプ』と思っていたが、なかなかどうして自分の実力を客観視出来ているではないか(上から目線)。
「そもそも僕たちはピクニックに来ているんだ。天気もいいしこの辺りを散策するのも一興だと思わないか、同級生の諸君?」
話を振られた少年たちは、それぞれの顔を見合わせて答えた。
「そうだね。散策の途中でうっかり怪しげな人物を見つけてしまわないよう気をつけなきゃな、ギムリ」
「ああ、そんなのを見つけたら小心者の僕は驚きのあまり空に向かって火の魔法を唱えてしまいそうだ。マリコルヌはどう思う?」
「それじゃまるで狼煙を上げて怪しい人物の場所を教えているみたいじゃないか。ピクニックらしいとは言えないね」
おお、と感心したキュルケは4人に尋ねる。
「で? こんな作戦を考えたのは誰?」
「ボクが」「ボクです」「ボクに決まってるじゃないかね」
ギムリ、マリコルヌ、ギーシュが同時に手を挙げた。
その横で深々とため息をつくレイナールに、キュルケは同情の視線を向ける。
「色々大変そうねぇ」
「最近なんで自分がこんな事をって考える事が多くなった気はする……」
肩を落とすレイナールにギーシュが何か言おうとした瞬間、突然地面が揺れた。
「何!?」
咄嗟に周囲を見渡すキュルケたちの前で、小屋の反対側から巨大な土製ゴーレムがその姿を形作りつつあった。
「で、でででででて出た────ッ!?」
素っ頓狂な声を上げるギーシュを尻目に、キュルケは小屋の中に居る使い魔に警告を送る。
タバサとクロコダインは大丈夫だろうが、問題はルイズだ。
(あの娘も変なところでプライド高いし、下手に特攻なんてしないといいんだけど)
足引っ張ったりするんじゃないわよー、などと考えつつ彼女は素早く杖を抜き、フレイム・ボールの呪文を唱え始める。
自分の攻撃が通用しない事は昨夜の遭遇時に分かっていたが、この魔法はゴーレムを倒すためのものではない。
一旦こちら側に注意を向ける事で、小屋にいる偵察組が動きやすい様にする一手だ。
「アシストなんて柄じゃないけどッ」
キュルケの杖から炎の塊が生まれ、一直線にゴーレムへと向かう。
防御しようとするゴーレムの腕をかいくぐり、一度下へ走ったフレイム・ボールはキュルケの意に従い急激に跳ね上がってアッパー気味に土の巨人の頭部へ命中した。
豪快に炸裂はしたものの相手は生物では無い。人間で言えば顎に当たる部分が削れていたが、それもすぐに元通りになっていくのが見えた。
だが注意を引く事は出来た様で、ゴーレムは小屋を跨いでキュルケ達のいる方へ歩き始める。
小屋からクロコダインが臨戦態勢で出てくるのを確認し、キュルケは森へと走り出した。
男子4名はとうに広場と森の境目まで到達しており、こちらを手招きしている。
逃げ足の速さに感心するべきか、ちょっとは手伝えと憤るべきか、キュルケは場違いな悩みに襲われた。

「あのデカブツはオレが相手をする。ルイズとタバサはそのまま森まで走れ」
クロコダインが背後の2人を見ないままそう言うが、返ってきたのは反論だった。
「そんな! 敵を前にして逃げろっていうの!?」
ルイズは魔法を爆発という形でしか発動させる事が出来ない。しかし、それ故に『貴族』としての矜持という物を大切にする。
問題はそれを大切にしすぎて視野が狭窄し、無謀な行動を取りやすくなるという点にあった。
自分の主が抗議の声を上げるのを聞いて、クロコダインはゴーレムから目を離さずまま苦笑を洩らす。
「なあルイズよ。オレたちは学院長からどんな任務を受けたか覚えているか? それはゴーレムを倒せという内容だったか?」
ルイズは己の使い魔からの質問に、自分が熱くなり過ぎていたのを自覚した。
「……そうね、確かにゴーレムを倒すという任務では無かったわ」
土くれのフーケを捕え、盗まれた秘宝を取り戻す。それが自分たちが志願した捜索隊の目的である。
目の前に現れた巨人を倒してもフーケに逃げられてしまっては意味がないのだった。
では、今するべきことは何か。
おそらくは森の中でゴーレムを操りながらこちらを窺っている怪盗を見つけ出す事だ。
ルイズはそれで納得したのだが、今度はタバサが違う角度から反論した。
「1人では危険。援護くらいはできる」
タバサは学院でも有数のトライアングルメイジであり、またシュバリエとして幾つかの任務をこなし死線をくぐっている。
故にゴーレムの力を甘く見ず、協力して対処した方がいいと考えていた。
「そ、そうよ! いくらクロコダインが強くてもあんな大きいの1人で相手するなんて!」
一旦は納得した筈のルイズまでタバサの意見に同意する。
「なに、足止めをするだけだ。幸い動きが機敏というわけでもなさそうだしな」
敢えて気楽な口調で返すクロコダインに、少女達は不安げな視線を送る。2人ともクロコダインの『全力』を見た事が無いのだから心配するのは無理もない話なのだが。
「さあ、議論している暇はないぞ。オレが心配なら早くフーケを探し出してくれ」
ここでクロコダインは振り向き、ニヤリと笑って言った。
「うかうかしているとギーシュやキュルケに先を越されるぞ」
確かに外で見張りをしていた彼らは既に森の中へと向かっている。
タバサはともかく、ルイズはツェルプストー家の者に先を越される訳にはいかなかった。以前と比べればキュルケへの印象は良くなっているが、それとこれとは話は別だ。
そしてギーシュに先を越されるのはルイズだけではなくタバサにとっても問題であった。それはもう、理屈ではなく感情的に。
ましてマリコルヌなどに出し抜かれた場合にはショックで立ち直れなくなる。
2人は顔を見合せて頷きあうと、森へと駈け出した。その後ろをフレイムがついていく。殿を守っているのだ。
同時にクロコダインはゴーレムへと向かっていく。その左手に刻まれたルーンが淡く光を放っているのに、誰もまだ気づいていなかった。


森の中に隠れつつ広場の様子を窺うにはどこが最も適しているだろうか。
レイナールはそんな事を考えつつ周囲を見渡した。
昨夜の様にフーケがゴーレムの上に乗っていないのは既に確認してある。
森の奥深くに入ってしまえば見つかる危険は少なくなるだろうが、同時に広場の様子が判らず即応性には欠けるだろう。
かといってあまり近くにいれば見つかる可能性が高くなる。仮にも怪盗と呼ばれる人間がそんな危険を冒すとは考えにくい。
ちらりと広場の方を窺うと、ゴーレムに真っ向勝負を挑んでいるように見えるクロコダインの姿があった。
(急がないと)
同時に2つの魔法が使えない以上、ゴーレムを操っている限りフーケはこちらに攻撃できない筈だ。
逆に言えば、自分達が安全にフーケを捜索できるのは怪盗がゴーレムを操っている間に限られるのである。
自分がただのドットメイジに過ぎない事を充分に自覚しているレイナールは、それだけに無理をしようとは考えていなかった。
ただ、先程自分たちとは反対側の森へ駈け込んでいったルイズが真っ先にフーケ捜索隊に名乗り出た時は驚いたし、正直出遅れたとも思う。
つまらないプライドだとは思うが貴族として、それ以前に男としてそのまま見ているだけという訳にはいかなかった。
それは多分、ピクニックと称してついてきた仲間たち全員に言える事だろうとレイナールは思っている。
その仲間たちは木の根っこに足を取られて転んだり、咲いていた野薔薇を見て美しいと呟いたり、手当たり次第にディテクト・マジックをかけようとしてキュルケにツッコまれたりしていたが。
本日何度目かわからないため息の後、レイナールは考える。メイジとしての実力が足りない以上、使うべきなのは頭脳。仲間が微妙に当てにならないならばなおさらだ。
(もしぼくが土くれのフーケなら、どこに隠れる? ゴーレムを使いながら追手から姿を隠すには──)
生い茂る名も知らぬ草花、倒木とその下から顔を出す若芽、真っ直ぐに天に向かって延びる木々。
下から上へ視線をずらしていきながら、レイナールはある可能性に気がついた。
「ツェルプストー、ちょっといいか?」
キュルケを小声で呼んだ理由はたまたま近くにいたからである。決して他の3人が頼りなかったわけではない。
心中でそんな言い訳をしつつレイナールは自分の考えを彼女に告げた。
「ひょっとしたら、フーケは木の上に身を隠しているのかもしれない」
一瞬の間を置いてキュルケが答える。
「──あり得るわね。向こうもあたしたちが捜してるのは把握してるでしょうし」
「問題はどうやってその場所を特定するか、なんだ。自分で言っておいてなんだけど、ただ木の上というだけじゃ見つけようがない」
なんといってもここは森の中である。身を隠せそうな大木は数え切れないほどあった。
「タバサたちと合流しましょう。あのコの風竜は目がいいの」
「いや、そりゃ視力はいいだろうけどここは草原じゃないんだ。いくら空から見たって」
困惑気味に否定するレイナールの口に人差し指を当てて、キュルケは嫣然と微笑んだ。
「もちろん、考えがあるのよ」

レイナールの予想通り、フーケは大木の枝に身を潜めていた。
(全く忌々しいねっ、何だいあの使い魔は!)
彼女が当初考えていた作戦では、ゴーレムを何人かの学生に攻撃させた上でわざと崩壊させ、構成していた土で相手の足を埋めて『錬金』し拘束するというものだった。
ところが学生たちはあっという間に森に逃げ込んでしまい、ろくに近づいてこない。
一旦は後を追いかけようとしたのだがこちらは30メイルもの巨体である。森の中を動き回るにはとことん向いていなかった。おまけに残った鰐頭の獣人がゴーレムの足止めに入ってしまう。
ではこの使い魔を無力化しようと試みたのだが、それは甘い考えだった。
何せこの使い魔、手にした斧でゴーレムの足を斬り倒し始めたのである。それはもう凄い勢いで。
巨体を支える為に意識して太くしていた筈なのに、まるで意に介していない様子で足が『吹き飛んで』いく。
流石に転倒こそさせなかったものの、バランスを崩した回数は片手の指では足らない。こちらから攻撃する暇などなく、足の再生と立位の維持で手一杯の状況だ。
(なめんじゃないよっ)
幾度目かの攻撃の後、フーケは故意にゴーレムのバランスを崩した。
下敷きになるのを回避するためクロコダインが距離を取るのを見計らい、そのまま四つん這いにさせて四肢を鉄製に『錬金』する。
これで攻撃力と防御力を同時に上げ、しかも立っているより安定して攻撃する事が可能となった。
唸りを上げて鉄の拳が連続してクロコダインに襲いかかる。
「ぬうっ」
攻撃パターンが変化したせいか、これまではある程度の余裕を持ってかわしていたクロコダインがほぼ紙一重の回避を取った。
地面に拳が突き刺さり、1メイルはある大穴を残す。更にそのまま横薙ぎに腕が払われるが、これをクロコダインは斧を使って受け止めた。
しかし完全には威力を殺せず、じりじりと押されていく形となる。
(よし、これならイケる!)
トライアングルの土メイジとしてのプライドからか、この時フーケはゴーレムでクロコダインを倒すという考えに固執してしまっていた。
当初の予定の様に『錬金』による拘束という作戦を取っていれば、あるいはこの後の展開は違うものになっていたかもしれない。
フーケにとって不運だったのは、相手にしたのがあらゆる意味で規格外の使い魔だったという一点にあると言えるだろう。
「唸れ! 爆音!」
クロコダインの声が広場に響く。直後、大きな炸裂音と共に宙に舞うゴーレムの左腕を見て、フーケは言葉を失った。
(まさか、先住魔法の使い手だってのかい!)
実際には違うのだが、そんな事はフーケにとって何の慰めにもならなかった。
衝撃で上半身をのけぞらせるゴーレムの左腰に、クロコダインは大戦斧を下から掬い上げるように叩き込む。
「唸れ! 疾風!」
『錬金』されていたのは肘・膝から下の部分で、それ以外は当然土のままである。
零距離から放たれた真空呪文は、あろう事か左腰から右肩に抜ける形でゴーレムを逆袈裟に斬り飛ばしていた。
茫然となるフーケの前で2つに分かれたゴーレムが音を立てて地に落ち、そのまま形を失って土に帰る。
魔法を維持する為の集中力が途切れてしまった所為だ。そして新たにこのサイズのゴーレムを作る精神力は、彼女には残されていなかった。
更に、未だ驚愕から未だ覚めぬフーケに対し、予想外の災厄が突風という形で襲い掛かろうとしていた。

蒼い鱗に覆われた竜が、高速で森の上──木に接触しそうな位の低空だ──を飛び回り始める。その背には『雪風』のタバサと『風上』のマリコルヌを乗せていた。
竜が通り過ぎる度に木々は大きく枝をしならせ、更にタバサが威力をある程度落とす替わりに効果範囲を広くした『エア・ハンマー』を放つ。
マリコルヌはその後ろでタバサと自分が振り落とされない為の風の結界を張っていた。
今、この森は季節外れの嵐が襲来したかの様な状態にある。

勿論これは木の上に潜伏していると思われるフーケを燻り出す為の作戦である。
キュルケが案を出し、ルイズとレイナールが修正し、足りない部分をタバサが補ったものだ。因みに名前の出てこない残りの3人はただ頷いているだけだった。
もっとも当初キュルケが考えた案ではシルフィードに乗るのは自分とタバサで、エア・ハンマーではなく火の魔法をぶっ放すという豪快極まりないものであった。
当然の事ながらキュルケ以外のメンバー全員から駄目出しされたのだが。
大規模火災を起こす気かとか森にいるボクらも焼け死ぬとか言われたキュルケは「冗談よ、じょーだん」と返したが、どう見ても本気だったと後にギーシュは語っている。
全くこれだからツェルプストーは、と代わりにルイズが名乗りを上げたが、これも他全員の反対にあった。
フーケを爆殺するつもりかとか流れ失敗魔法がこちらに来る確率95%とか言われたルイズは「そんな事になる訳ないでしょ!」と抗議したが、皆は華麗にスルーしている。
結局風竜には主であるタバサと、ドットとはいえ風のメイジであるマリコルヌが乗る事になった。
普段無表情なタバサが微妙に嫌そうな顔をしたのをキュルケとルイズは見逃さなかったが、時間も押していたので心の中で謝るに留めておいた。

タバサが幾度目かのエア・ハンマーを放った時、シルフィードが注意を促すように大きく「きゅい!」と鳴く。
見れば彼女たちが通り過ぎた後で、一際大きな木の中ほどから何かが落ちていくのが見える。
素早く遠見の魔法を使ったタバサの瞳に、黒いフードから零れおちる緑の長髪が映りこんだ。
ちなみにマリコルヌは見えそうで見えないタバサのスカートの捲れ具合に意識を集中させており、当然の事ながら落ちていく人影など映る訳もなかった。

いきなりの突風に、フーケは足を滑らせる。
「このっ!」
咄嗟に浮遊の呪文を唱える事が出来たのは僥倖だった。落下中に枝に引っ掛けた所為で顔を隠していた外套は一部が裂けてしまい、用を為さなくなっていたが。
それでも大きな怪我がなかったのは運が良かったとフーケは考える。20メイルを落下して擦り傷程度ですんだのだから。
「え? ミス・ロングビル?」
ふと声がする方を見ると、戸惑いの表情を浮かべるルイズとキュルケの姿があった。その足元にはサラマンダーがいる。
そしてフーケと彼女たちの間に、黒い30サント程の筒があった。
「あ」「あ!」「あー!」
3人が同時に声を上げる。
それはまぎれもなく落下する際に懐から落っこちたと思われる学院の秘宝、『神隠しの杖』であった。
フーケは運が良いなどと思ったさっきの自分を呪う。せめて顔さえ隠れていれば誤魔化し様もあったものを、これでは私がフーケですと自己紹介しているようなものだ。
故に、彼女は決断する。
残り少ない精神力で土製の壁を作る。自分とルイズ達の間にではなく、ルイズとキュルケを分断するような形で。


「ルイズっ!?」
「離れて、キュルケ!」
壁の向こうからの声に従い、キュルケはバックステップで距離を取った。ルイズが失敗魔法で壁を壊すつもりだと判断したのだ。
ほどなく、爆発音と共に土壁があっさりと崩れさる。
朦々たる土煙の向こうにキュルケが見たものは、ロングビルに羽交い絞めにされ、首元にナイフを突き付けられたルイズの姿だった。
「……なんのつもりかしら、ミス・ロングビル」
低い声で尋ねるキュルケに、ロングビルは冷笑を返す。
「そうですね、質問に答えて欲しければまず杖を捨ててもらおうかしら?」
「ダメよキュルケ!」
思わず叫ぶルイズに、ロングビルはナイフをちらつかせた。
「ちょっと静かにしてくれないかい?」
その言葉に沈黙するルイズだったが、彼女は何故かキュルケではなく先ほどまでロングビルがいた方角を見ていた。
(なに?)
ここで2人から視線を外すのは拙い。キュルケは傍らの使い魔と視線を同調させ、ルイズの視線の先を見た。
そこにある物を確認し、同時に彼女の意図を把握したキュルケは大きくため息を吐く。
「ヴァリエール、1個貸しよ?」
愛用の杖を指先でくるくると廻し、相手の視線を引きつけてわざと勢いよく上に放り投げる。
反射的に相手が上を見るのと同時に、キュルケはフレイムを全速力で走らせた。
ロングビルが回収し損ねた『神隠しの杖』の元へと。
「ちっ!」
あっという間に秘宝へと辿り着き、守るように口先からちろちろと火を出すサラマンダーを見てロングビルが舌打ちする。
「あらあら、どうされたのかしら? ところで杖を捨てたのですけど先程の質問に早く答えて欲しいものね、ミス・ロングビル」
そこへ失敗魔法の爆音を聞きつけたギーシュたちと、ゴーレムを倒した後に広場で合流したクロコダイン、タバサ、マリコルヌが現れ、全員が目を疑った。
「おっと! それ以上近づくんじゃないよ、公爵家令嬢が大切ならね!」
鋭い口調のロングビルに一同は思わず足を止める。
「実はミス・ロングビルが土くれのフーケだった、という事みたいよ」
「端的な説明をどうも、ミス・ツェルプストー。さあ、彼女を見習って杖と武器を捨てて貰おうかしらね?」
つ、とフーケの持つナイフが人質の頬をなぞった。傷こそ付いていないが、ルイズの表情が明らかに強張る。
秘宝はこちらの手にあるものの、人質をとられてしまった以上表立っては逆らえない。
メイジたちは杖をフーケの方へ投げる。ギーシュなどはせめてもの抵抗か全く逆方向に投げ捨てていたが。
クロコダインも大戦斧を地面に突き立てながら尋ねた。
「一体何のつもりだ、これは」
「そうね、一応は知っていた方が納得がいくかしら」
そんな問いにフーケは妖艶な笑みを浮かべて答える。
「その『神隠しの杖』を盗み出したのはいいんだけど、生憎と使い方がサッパリ分からなくてね。魔力を通しても動きやしない」
女子生徒3人は思わず顔を見合わせた。どうやら行きの馬車の中で話していた冗談が当たっていたらしい。
「最初は使い方を知ってるだろうセクハラジジイか誰かを誘い出そうとしたんだけど、まさか遠足気分の学生なんかが釣れるなんて思いもしなかったんでね。ちょっとシナリオを変えたのさ」
侮辱されたと感じたギーシュ、ギムリが思わず飛び出そうとするが、2人を制止したのはクロコダインだった。
「最後まで言わせてやれ」
「気の利いた使い魔だね。まああんたたちの命を獲ろうとは思ってないよ。まあオールド・オスマンには
『フーケに学生が捕らえられた。開放してほしくば秘宝の扱い方を教えろと言っている』
とか話せばいいだろうから、その間この森に居てくれればそれで済むのさ」
言うだけ言って、フーケは彼らの足を『錬金』で拘束しようとする。
だが、それはクロコダインの一言によって阻止された。
「学院に行っても無駄だぞ。オスマン老は使い方を知ってはいなかったからな」
「……なんだって?」
「オスマン老は秘宝の使い方を知らない、と言った」
問われた使い魔は律儀に答え、更に続ける。
「ここへくる前、ルイズたちが着替えている間にオレはどんな宝物が盗まれたのかを学院長に確認した。その宝はオスマン老の恩人の遺品で、使用方法は皆目見当もつかん、と言っていたぞ」
フーケが小さく舌打ちするのがルイズの耳に入る。
「……じゃあ何かい。今までしてきた事は全部無駄だったってわけかい」
冥府の底から響く様な低音で呻くフーケに、クロコダインはあっさりと言い放つ。
「そうでもないぞ。オスマン老は知らなくとも、オレは使い方を知っているからな」
一瞬の間を置いて、フーケのみならずその場の全員の目が点になった。

「ちょ、ちょっと待って! なんで貴方が『神隠しの杖』の扱い方なんて知ってるのよ!?」
首元に短剣を突きつけられているのも忘れた様子でルイズが叫ぶ。
ついさっきまでは人質になってしまった自分を責めたり、如何にこの窮地を脱出するか知恵を絞っていたのだが、もうそんな事は明後日の方角へすっ飛んでしまっていた。
「なに、以前同じものを使っていた事があってな。もっとも、オレたちは『魔法の筒』と呼んでいたが」
「ハッタリじゃないだろうね」
険しい目つきで問い質すフーケに、クロコダインは肩をすくめる。
「主の身の安全がかかっているのに嘘は言わん。ルイズを開放してくれるならこの場で使ってみてもいいが?」
フーケは少しの間考える素振りを見せて、慎重に言った。
「その前にこのお宝がどんなモノなのかを説明しな。どんな効果があるのか分からなきゃおっかなくて使えやしないからね」
「確かにな。……簡単に言うと、この筒にはサイズに関係なく一体のモンスターを封じ込める効果がある。キィワードを言うことで出し入れが可能だ」
「……成程ね、それで『神隠しの杖』か。で、どうやって使うんだい?」
「筒を対象に向けて『イルイル』と唱えればいい」
フーケは再び笑みを浮かべて質問を打ち切った。
「それだけ聞けば充分だね。さあ、その筒をさっさとよこしな」
「ヴァリエールの解放が先だ!」
そう叫んだのはクロコダインではなくレイナールだった。
「クロコダイン、いくらルイズが人質になってるからってちょっと喋りすぎよ?」
「同感。駆け引きが必要」
キュルケとタバサが口々にそう言うのを聞いて、思わずルイズはツッコみを入れる。
「確かに駆け引きは重要だけど、わたしの安全は考慮に入れてないの?」
「尊い犠牲だったわ」
わざとらしく泣きまねをしてみせるキュルケにキレそうになるルイズだが、緊張感が根こそぎ減っていくような会話をフーケは嫌ったようだった。
「あんまりふざけた事を言ってると、うっかり手が滑るわよ」
「滑った時がお前の最期だがな」
ナイフを軽く動かしてみせるフーケに、クロコダインが釘を刺した。
確かにルイズが人質として使えなくなれば、クロコダインたちは遠慮なくフーケを捕えようとするだろう。
自慢の巨大ゴーレムを実にあっさり風味に倒してみせた怪物相手に争うなど、愚の骨頂というものである。
フーケは魔法で地面を操りルイズの足首までを埋め、『錬金』で拘束するとそのまま数メイル後ろに下がった。
これで彼我との距離は10数メイル。
ゴーレム戦で見せた魔法は威力が強すぎてルイズを巻き込むだろうし、接近しようとしても自分が再び彼女を人質に取る方が早いという位置取りだった。
完全に解放とまではいかないが取り敢えずルイズから離れたという事で納得したのか、クロコダインはフレイムが咥えていた秘宝を受け取りフーケへと投げる。
危なげなくキャッチしたフーケは、そのまま筒をクロコダインへと向けた。
「試させて貰うよ! 『イルイル』!!」
モンスターを封じ込める事が出来ると聞いた時から、フーケはこうするつもりであった。
残った生徒たちと使い魔は予定通り拘束しておけばいい。強いて言えば図体のでかい風竜がネックであったが、それでも何とかなる位の精神力は残っている。
先ずは最も戦闘力の高いあの獣人を無力化する事こそが最優先だとフーケは本能的に察知していた。
しかし。
そんなフーケの目論見を嘲笑う様に『魔法の筒』は何の反応も示さなかった。
「! 『イルイル』! 『イルイル』!!」
何度叫んでも、何の反応も起こさない事にフーケは焦り、そして迷う。秘宝を持って逃げるか、もう一度人質を取るか。
次の瞬間、3つの出来事が同時に起きた。


フーケに向けて、誰もいない筈の背後から強烈な殺気が襲いかかった。
裏の世界で生きていたフーケをして「動いたら死ぬ」と思わせるような強烈なプレッシャー。
まるで巨大な蛇に呑み込まれる寸前の小動物の様に、彼女は動きを封じられた。

10数メイルの距離を一気に0にする勢いで、クロコダインはルイズの横をすり抜けフーケに突進した。
戦斧の柄先を片手で持ち、刃が届くギリギリの距離からの一閃。
グレイトアックスは狙いを過たず、フーケの持つ杖を両断した。

杖を捨てた筈のギーシュが、これまでにない集中力で呪文を唱えた。
隠し持っていた造花の薔薇から飛ぶ一枚の花弁。
フーケの背後に出現した青銅のゴーレムが、彼女を羽交い絞めにした。

「怪我はないか、ルイズ」
フーケが無力化されたのを確認し、クロコダインは心配そうな声で主に呼びかけた。
「わたしは大丈夫。それより……」
人質になり、不本意とはいえ味方を危険に晒した事を謝ろうと思ったルイズだったが、それを今ここで言うのは躊躇われた。
ささやかな矜持と羞恥心が、皆の前で謝るのを妨害する。
それでも迷惑を掛けた事に変わりはなく、なんとか勇気を出して謝罪を口にしようとするルイズだったが、その言葉は自分の使い魔によって阻止された。
「怖い思いをさせてすまなかった。主の身を守ると言っておいてこの有様では、使い魔失格だな」
まさか自分が謝られるとは思ってもいなかったルイズは、思いきりどもりながら反論する。
「な、ななな、なに言ってるのよ! クククロコダインはちゃんと守ってくれたじゃない! ゴーレムだって貴方が倒したんでしょ!?」
顔を真っ赤にして言いつのるルイズに、思わずクロコダインは笑みを漏らす。
「オレの主は、本当にいい娘だな」
さらに顔を赤くするルイズを見て、他の者達は「あー、あっついあっつい。春なのに」「誰かー、強めの酒持ってきてー」「元帥! ここに乙女がいます元帥!」などと呟いていた。




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最終更新:2009年01月27日 10:46
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