ふたば系ゆっくりいじめ 396 つむりとおねえさん

つむりとおねえさん 63KB


・タイトルでわかるでしょうが、まりさつむりが出ます
・ていうか、モロにキリライターあきさんのつむり漫画にインスパイアされました
・同じようなシチュエーションで、違う展開になるような感じ
・漫画や、その原作のSSを読んでなくても問題はありません
・特に愛でではなく、特に虐待でもなく、と作者当人は思っています。
・ごめん、やっぱ特定種虐待かも。




 とある森の広場に、大勢のゆっくりが集まっていた。
「ゆゆ! もう、まりさはあんなのと一緒に暮らしたくないよ!」
 一匹のゆっくりまりさが、大きな声で言っている。
「ゆゆぅ……」
「……まりさがそう言うのもしょうがないね」
「でも、あの子はどうしようか……」
 他のゆっくりたちはそれを聞いて、諸手を上げて……というわけではないが、その言い
分に同意しているようだ。
「とにかく、まりさのおうちには置いておけないよ! またかわいいゆっくりしたつむり
がやられたら大変だよ!」
 まりさは、さらに言い募る。
「ゆぅ……つむりちゃんがあぶないのは駄目だよね」
「ゆっくりできなくなるよ……」
「長……」
「むきゅぅ」
 話を振られて、この群れの長をしているぱちゅりーが答える。
「とにかく、おちびのまりさはもうつむりと一緒には住めないわ。でも、まだ小さな子だ
から群れから追放したらぜったいに死んじゃうから、追放もできない。どうするかはこっ
ちで話し合って決めるわ」
 ぱちゅりーが「こっち」と言っているのは、長とその側近の群れの幹部による会議のこ
とである。それほどおかしな結論を出したことは無いので皆には信頼されている。
「ゆん! まりさは、あいつがおうちから出ていくならそれでいいよ!」
 まりさは納得した。
 そして、そのまりさが納得したのなら、と他のゆっくりたちも全てを長と幹部に任せる
ことにした。
 ゆっくりたちが思い思いの方向に散っていく。
 残ったのは、長のぱちゅりー、幹部のまりさ、れいむ、ありす、ちぇん、そして頭はよ
いが体が弱いぱちゅりーの世話や護衛をしているみょん。
「みょん、あの子を見ていてね」
「ぺにす!」
 みょんは、了解して跳ねて行った。行く先は長のおうちだ。そこには一匹の子まりさが
怪我をした体を横たえて眠っていた。
 子まりさをみょんに任せ、ぱちゅりーたちは幹部会を開いた。と、言ってもその場で円
になって話し合うだけだが。
「長……どうしようか」
「……ようするに問題は、あの子をどうするかよ。それさえ解決してしまえばいいわ」

 事の発端は、とある特殊な一家での出来事であった。
 番を既に亡くした親まりさが二匹の子供を育てていた。
 その一家を他と異ならしめていたのは、まりさつむりの存在である。
 長女の姉まりさは黒白帽子を被ったごく普通のまりさだったが、次女の妹が帽子の代わ
りに貝殻を被ったまりさつむりであった。
 本来は水辺に生息するまりさの変異種であるが、ごくごく稀に、普通のまりさからも産
まれることがある。ただ、その場合は本来のまりさつむりが持つ水に強いという特性が無
く、帽子が貝殻であること以外は普通のまりさ種である。
 その貝殻は帽子よりも遙かに重いために跳ねられず、移動速度はゆっくりにも程がある
遅さである。
 重い代わりに固いので貝殻を防御に使えないこともないが、所詮帽子の代わりに頭に乗
っている程度の大きさなので完全に体を隠すことはできず、重さのデメリットを覆うほど
のメリットは期待できない。
 はっきり言って、通常のまりさ種が劣化したとしか言いようが無いのだが、本当にごく
稀に生まれるために希少価値があり、珍しいものをゆっくり感じるゆっくりたちには持て
囃され易い。
 現に、そのつむりも群れの人気者であった。
 その影で不平をためていたのが姉まりさである。
 既述のごとく、つむりは移動にも困難をきたすほどであるので、親まりさはつむりの世
話にかかりっきりで、二言目には「おねえさんは自分でできるでしょ」であった。
 しょうがないことなのだが、それをしょうがないと諦めるには姉まりさは幼過ぎた。
 つむりが群れのみんなにちやほやされているのを誇らしげにするのも気に入らなかった。
親まりさとしてはあくまでもつむりを誉めているだけで他意の無いつもりでも、愛情に飢
えた姉まりさはそう受け取らない。
 遂には、だいぶひねくれた性根になってしまっていた。
「つむりはとてもゆっくりできるね!」
 という言葉は、自分はゆっくりできない子だ、という非難に、
「つむりはみんなの人気者だね!」
 という言葉は、お前はみんなに好かれてないね、という罵倒に、
「つむり、おかあさんの帽子に乗っておさんぽに行こうね」
 という言葉は、お前はついてくるな、という拒絶に――。
 そして、今日、とうとうそれが爆発した。

 親まりさが狩りに行っている間、いつものようにつむりの世話をしていた姉まりさは、
つむりが転んで動けなくなったのを助けようとして、ぴたと立ち止まった。
 ――こんなやつ、ぜんぜんゆっくりしてにゃいよ!
 と、姉まりさは思った。いったいこれのどこがゆっくりしているのか、ドン臭くて転ん
だら自分で起き上がることもできないじゃないか。
 そうしているうちに、どんどん姉まりさの中で妹への軽蔑が育っていった。
 ――こいつ、ずっとおかあさんにめんどうみてもらうつもりにゃの?
 ゆぷぷ、と嘲笑った。そうすることで、たまりにたまったストレスを解消していた。
 これまでも、姉まりさはこうやって珍しいという以外に取り得の無いつむりを軽蔑する
ことで、爆発寸前の感情を抑えていたのだ。
 だが、その日のそれは少し長かった。
 そのため、いつもならすぐに助け起こしてくれるはずの姉まりさがいつまでも来ないと
思ったつむりが声を上げた。
「にゃにちちぇるの! はやくたちゅけちぇよ!」
 命令しよう、とかそんな気持ちは当然つむりには無かった。多少言葉遣いが乱暴なのは
姉妹ゆえの気安さである。
「ゆっ!」
 しかし、親の何気ない言葉ですら自分への雑言に変換してしまう姉まりさである。もち
ろんそれをつむりが自分を下に見ていると受け止めた。
「なにいってるにょ! じぶんでおきれないむのーめ!」
 姉まりさは、つむりの貝殻を押した。
「ゆわわわわ!」
 ごろりと貝殻が転がり、それにつむりの体は持っていかれてしまう。
「ゆぷぷぷぷ!」
 姉まりさはそれがあまりに無様なので面白がって何度も転がした。
「や、やめちぇぇぇ! たちゅけちぇぇぇ! おきゃあしゃーん!」
 とうとうつむりが号泣した時に、親まりさが帰ってきた。
 親まりさは激怒して、姉まりさを折檻した。
「いもうとをいじめるなんてゆっくりしてない子だよ!」
「いぢゃぃぃぃ、やめぢぇぇぇ!」
 今度は姉まりさが痛みに泣き叫ぶ番だった。
 そして、その折檻は次第に折檻の域を超えていく。
「つむりをいじめるクズはゆっくりしね!」
 凄まじい勢いでの体当たり。死んでもおかしくない一撃。
 その言葉も、その威力も、はからずも自分では平等に接していたつもりの親まりさが無
意識のうちに、珍しくみんなに持て囃されるつむりの方を優先していたことを示していた。
それをはっきりと姉まりさは感じ取った。
 あくまでも、「いもうと」をいじめるのはいけないことだ、と言っていたのならばよか
ったのだが――。
 つむりも泣いていたし、姉まりさも泣いていた。それを聞きつけておとなりのゆっくり
家族が何事かとやってきて、姉まりさが怪我をしているのを見て驚いて群れのみんなを呼
んだ。
 姉まりさは、長ぱちゅりーが適切な治療を施して自分のおうちに寝かせたので命に別状
は無かった。
 広場で群れの集会が開かれ、そこで親まりさは何があったのかを長から尋問されてあり
のままを正直に答えた。
 群れには掟があり、それによると親による子供への体罰は認められているものの限度が
あり、目安としては皮が破れ、餡子が出たらやりすぎということになっている。
 姉まりさは最後の強烈な体当たりを貰った時におうちの壁にぶつかって少し皮を切って
いたために、親まりさはぺんぺん三回の刑を言い渡された。
 ぺんぺんとは……ようするにおしりぺんぺんである。ぷりんと尻を出させてそこを口に
くわえた棒で叩くのだ。
 親まりさは掟に従い罰を受けた。
 しかし、その直後、じんじんした尻の痛みに耐えつつも、親まりさは言ったのだ。
 もう、あの姉まりさと一緒に暮らすことはできない、と。
 通常ならば、姉妹の間でのことだしつむりに怪我らしい怪我はなく、やった姉まりさも
相応のおしおきを受けているのだからそんなことは言うもんじゃないと長や幹部たちが諭
して、他のゆっくりたちもそれに同意して宥めにかかるところである。
 だが、希少なとてもゆっくりできると評判のまりさつむりが絡んでいるだけにそう単純
には行かなかった。
 また同じことがあったら、今度はつむりが死んでしまうかもしれない、そうなったら大
変だ、と親まりさが主張し、他のゆっくりたちがそれに理解を示したのである。
 ――まりさつむりは珍しくてとてもゆっくりできる。それは保護するべきだ。
 長と言っても、ぱちゅりーは強権でもって群れを治めているわけではないので、その状
況では、もはや姉まりさには親と妹と同居を続けることを諦めてもらうしかなかった。

「むきゅぅ……やっぱりなんとかまりさを説得するべきかしら」
 諦めてもらうしかない、とは言うものの、長ぱちゅりーは迷っていた。親まりさを説き
伏せてやはり家族一緒に暮らすのがゆっくりできる道ではないのか、と思い直しているの
だ。
「ゆん、いいかな」
 幹部のまりさが発言を求めた。
「むきゅ! なにかしら」
 と、発言を促したぱちゅりーの目は輝いていた。
 この幹部まりさは、幹部の中でも特に信頼されていた。他のれいむ、ありす、ちぇんら
がこの群れで産まれ育ったのに対し、このまりさは方々を流れ歩いていて半年ほど前にこ
の群れに入ったばかりである。
 いわば生え抜きではなく外様であるが、やはり知識や経験が豊富で、瞬く間に長をはじ
めとする群れのゆっくりたちに頼られるようになった。
「いっしょに住ませないようにするのはいいと思うよ」
 と、幹部まりさは言う。
「まりさが聞いた話なんだけど……」
 と前置きして、幹部まりさはかつて耳にしたという話を披露した。
 ほとんど今回の事件と同じである。
 二匹のまりさが生まれ、片方がまりさつむりだった。親は重い貝殻で動けないつむりの
世話にかかりきり、みんながちやほやしてくれるのでますますつむりへ愛情を注ぎ、それ
を不平に思ったもう一匹の子供が親が留守の間につむりに暴力を振るったのだ。
 そちらの方はこちらの方よりも悲惨な結末を迎えた。つむりが死んでしまい、帰ってき
た親が激昂してもう一匹の子供を殺した。
 結局、その親は二匹の子供を失った上に、子殺しの罪でゆっくり死刑になるところを、
事情をくまれて群れからの追放刑をくだされた。
 親子三匹が三者ともゆっくりできなくなったわけである。
「むりに一緒に住ませてたらそういうことが起きるかもしれないよ」
 と、幹部まりさは言う。
「むきゅ、それならやっぱりあの子の引き取り手を探すしかないわね」
「ゆぅぅぅ、誰がいいかしら」
「ゆん! それならまりさが引き取るよ!」
 と、幹部まりさが言ったので長たちはびっくりした。
「みんなも知っての通り、まりさはわるい人間さんにいじめられてもう赤ちゃんを産めな
いんだよ」
 それはまりさが群れに入ってすぐに聞かされたことがあった。その際に番のれいむと子
供たちを殺されたことも。
「だから、あの子を自分のおちびのつもりで育てるよ」
「ゆゆっ、まりさがそう言ってくれるなら」
「まりさったらとかいはね!」
「ちぇんももちろんさんせいだよー、ねえ、長」
「むきゅ、ぱちゅもまりさが引き取ってくれるなら安心だわ」
 というわけで、まりさのおかげで一気に話はついた。

「ゆぅ……」
「ゆっくりしていってね!」
 しばらく長のおうちで傷を癒してから幹部まりさのおうちに移った姉まりさは、歓迎の
挨拶に返事もせずにいた。
 言われれば思わず返事をしてしまうはずのゆっくりしていってねに無反応という時点で、
姉まりさが相当心に傷を負っていることがわかる。
「まりさの寝るとこはそこだよ! ごはんもあるからむーしゃむーしゃしようね!」
 草を敷き詰めた寝床に、たっぷりのごはん。
「むーちゃむーちゃ」
 機械的にごはんを咀嚼してから、姉まりさはおやすみも言わずに寝床に転がった。
「ゆっくりおやすみ!」
 その声に対しても無反応であった。
 幹部まりさは、優しい笑顔でそれを見ている。
 無理も無いのだ。
 姉まりさは、ついさっき怪我から回復したところへ、ことの次第を聞かされたのだ。つ
まり、親がもう自分と住みたくないと言ったことを。
 ――まりさは、もうどうなってもいいよ。
 ――おかあさんと住めないなら、もう一人で暮らすよ。
 ――このおうちも、すぐに出ていくよ。
 そう思いながら、姉まりさは眠りについた。

「出て行くの?」
「ゆん」
 翌朝、姉まりさは目覚めるとすぐに幹部まりさに出て行くことを告げた。
「ごはんとか自分で取れるの? おうちは作れるの?」
「ゆ? ゆぅ……」
 改めてそう言われれば、そんなことは一切できないことに気付く。どんなに一人で生き
ていくと言ったところで、そんな知識も能力も無い。
「そ、それでも、まりしゃはひとりでくらしゅんだ!」
 泣きながら叫んだ。
「じゃあ、一人で暮らす方法を教えてあげるよ」
 あっさりと幹部まりさは言った。
「ゆゆ?」
「まりさは、この群れに来るまえは一人でたびをしていたから一人で暮らす方法を知って
いるよ。だから、それを教えてあげるよ」
「ゆゆゆ?」
「それを覚えて、もっと大きくなったら独立して一人で暮らせばいいよ」
「……」
 捨て鉢だった姉まりさは、閉じていた目を開かされたようだった。

 まりさの特訓が始まった。
 幹部まりさは狩りにまりさを連れて行った。跳ねる速度が全く違うために、帽子の上に
まりさを乗せていった。
 ――お帽子さんの上にのってるよ!
 いつも、おかあさんのお帽子に乗せてもらうのはつむりだった。貝殻の重量があるので
つむりを乗せればいっぱいいっぱいなので、まりさは乗せてもらえなかった。
「ようく見学するんだよ!」
 まりさを下ろして、幹部まりさは狩りをする。
 テキパキと食べ物を集める。他のゆっくりたちと比べればその成果は一目瞭然であった。
 ――このまりさ、すごいよ!
 幹部まりさの意図した通りになった。まずそうやって自分の力を見せつけ、言われた通
りにしていれば自分もこうなれると思わせる。
 それから、幹部まりさは様々なことを教えた。
 効率的な狩りの仕方。
 虫さんとの戦い方。
 或いは、戦ってはいけない虫さんのこと。
 小動物や捕食種などをやり過ごすための擬態のやり方。
 まりさ種の特殊技能とも言える帽子で水に浮くやり方。
 おうちの選び方。
 そして、他のゆっくりとの戦い方。
 一人で暮らせるようになるために、まりさはそれらを次々に吸収していった。

 二匹の関係が少し変わったのは、まりさが成体サイズになりかけの頃だった。
 自分で虫を取れるようになり、狩りが面白くてしょうがないまりさは、ついついできる
だけ戦うなと言われていたカマキリに挑み、見事にざっくりと頬を切り裂かれてしまった
のである。
 すぐに幹部まりさが駆けつけてきてカマキリを追い払ったので助かったが、まりさはこ
っぴどく叱られると震えた。
「ゆっ!」
 しかし、幹部まりさは叱ったりはせずに、すぐにまりさを群れに連れ帰り、長のおうち
へ行って治療してもらった。
「長、ゆっくりしないではやくしてね!」
 いつになく取り乱している幹部まりさを、怪我している当人であるはずのまりさはどこ
となく第三者のような目で見ていた。
 第三者と言っても、醒めていたのではない。
 むしろ、そんな視点で見たことにより、いかに幹部まりさが自分を大切にしているかを
知った。
「まりさ、まだカマキリさんと戦うのは早いよ。ゆっくりりかいしてね」
 お叱りは、怪我の治療が終わってからだった。叱りつつも、愛が感じられた。
「ゆ、ゆっぐりりがいしぢゃよ」
 まりさは、泣きながら言った。
 それから二匹の仲は単なる一人で生きていく方法を教え学ぶというだけの関係から、よ
り親密なものになった。

「おとうさん、きょうも狩りは上手くいったね!」
「ゆん、そうだね! まりさが手伝ってくれるからとても楽になってゆっくりできるよ」
 一緒に暮らし始めてから一年。
 既に、まりさは幹部まりさをおとうさんと呼ぶまでになっていた。
 幹部まりさ――以後は義父まりさと呼ぼう――は、教え子の成長に満足していた。
 もう、立派に一人で暮らしていける。
 しかし、それを言わないことに義父まりさは一抹の後ろめたさを感じていた。
 ――もう少し、もう少しだけ、この子と一緒に――
 義父まりさの、子供とともに暮らしたいという都合によるものだった。
 ゆっくりの寿命は、それほど長くはない。
 義父まりさは、自分の命数も残り少ないと感じていた。だからこそ、その短い間だけで
もこの子とともに、二度と再び得られると思っていなかった我が子とともに――そんな気
持ちを抑え切れなかった。
「ゆっくりただいま!」
「ゆっくりただいま! それじゃ長のおうちに行こう」
「ゆん!」
 親子は群れに帰ってくると長の家に向かった。
 狩りの得意なこの親子は、自分たちが食べる分よりもかなり多くの食べ物を調達してく
るので、その余った分を群れの備蓄として、長のおうちの貯蔵庫に入れているのだ。
 長のおうちは、広場に面した所にある。
「ゆゆっ!?」
 広場には、群れのゆっくりがほとんど集まっていた。
「むきゅ、おかえりなさい」
 それは、どう見ても集会であった。
「まりさたちは今日はちょっと遠出していたから朝からずっといなかったんだけど、何か
あったの?」
「むきゅ、まりさが怪我したのよ」
 ゆっくりたちは微妙な、あまりに微妙すぎてゆっくりにしか理解できないニュアンスの
違いで名前を呼び分ける。
「ゆゆ!? まりさが!?」
「……」
 義父まりさが驚き、まりさは沈黙する。
 怪我をしたまりさと言うのは、まりさの親だったのである。
 狩りの途中に高いところから落ちてあんよを大怪我したらしい。ぱちゅりーの見立てで
は、おそらく完治は不可能とのこと。
「それで、どうするか話し合っていたんだね」
「ええ……」
 と、答えるぱちゅりーは歯切れが悪い。どうしたのかな? とまりさたちが訝しげに思
っていると、幹部のちぇんが言った。
「それで、もうまりさは狩りが満足にできないから、まりさが戻ればいいって言ってたん
だよ」
 どちらもまりさなのでややこしいが、要するに親まりさが狩りができないので、姉まり
さが元のおうちに戻って親と妹のつむりの面倒を見ろ、ということである。
「ゆゆゆ!?」
 正直、冗談じゃない、という感じの声をまりさは上げた。本来の親のことも妹のことも
忘れかけて「おとうさん」と新たな生活をしているというのに――。
 その態度から、拒絶の意思を感じた他のゆっくりたちは口々に戻るべきだ、親と妹をゆ
っくりさせてあげるべきだ、と言った。
 この辺りは、ずるいと言うべきだろう。
 つむりはとてもゆっくりできるね、とちやほやしておきながら、重たい貝殻をかぶった
つむりの面倒を見るのは相当に困難であることは親まりさのことを見て重々承知している
ゆっくりたちは、自分がそれをやるのはごめんだと思っているのである。
「ゆゆぅ」
「むきゅぅ……」
 義父まりさはぱちゅりーを見て渋面になった。群れのゆっくりたちがこれだけ同意見だ
と、もう長でも覆せない。
 義父まりさは、まりさを戻したくはなかった。それならばさっさと一人立ちさせた方が
いいと思っていた。
 一度、まりさが一人で出かけて帰ってきた時に、
「ゆん、さっきつむりとおかあさんを見たよ」
 と言ったことがあった。既に義父まりさをおとうさんと呼び始めた頃だった。
「それで、どう思った?」
 と聞いたところ、
「ゆぅ……それが、どうとも思わなかったよ」
 と、まりさはゆっくりと笑った。
 義父まりさは、僅かな悲しさは感じたものの、これでいいのだと思った。親と妹に屈折
した感情を持っていたまりさである。どうとも思わない、というのは餡子を分けた家族に
対していかにも冷たくゆっくりしていないようだが、まりさにとってはそれが十分に前進
なのだ。
 いや、むしろどうとも思わないことによって、まりさは過去を吹っ切って前に進もうと
することができるのかもしれない。
 しかし、圧倒的多数の言葉が、まりさを攻め立てる。これに抵抗するのは群れの一員で
ある以上非常に難しいことだった。
「ゆゆぅ……」
 弱気になったまりさは、義父まりさを見て、それから親まりさを見た。
「ゆっ!」
 まりさは衝撃を受けた。
 まりさとしては、そこで親まりさが過去のあれこれは水に流してまた一緒に暮らそう、
と言えば少しは心が動いただろう。
 だが、親まりさの目にはありありと嫌悪感がにじみ出ていた。あんな奴とは一緒に暮ら
したくないが、しょうがない、と言わんばかりの目。
「……やだよ」
 その目を見た次の瞬間、まりさは言っていた。
「戻りたくないよ。まりさは、まりさはおとうさんとずっと暮らすんだ!」
「そ、そんなのゆっくりしてないよ!」
 まりさへの反論がなされると、すぐさまそれに同調する声が上がる。
 義父まりさは、その間にも、他の幹部に詳しい話を聞いていた。
 そもそもまりさは、つむりに暴力を振るった罪でおうちを追い出されて義父まりさに引
き取られた、という形になっている。
 今回のことは、その罪を許しておうちに帰す、ということになっている。
 それゆえに、拒絶を続けるまりさに対してこんな声が上がった。
「それなら追放だよ! おうちに戻るか群れから出ていくかどっちかだよ!」
 またまた、それに賛同する声が上がる。
「ゆっ!」
 義父まりさは、それを聞くと長ぱちゅりーを見て叫んだ。
「長! まりさがおうちに戻るか群れから出て行くかを選ぶということでいいんだね!」
「むきゅ」
 ぱちゅりーは突如そう言われて戸惑ったが、すぐに義父まりさの意図を了解した。ぱち
ゅりーが頭がよかったこともあったが、義父まりさは、ぱちゅりーにだけは、実はもうま
りさは一人立ちできるんだけど自分の我侭でそのことをまりさには告げていないことを話
していたからだ。
「そうね。みんなの意見もそのようだし、そういうことにするわ。まりさ、明日の朝まで
に、どちらかを選びなさい」
「ゆ!? ……そ、そんな」
 まりさは、二択に見せかけた一択を与えられた気分で泣きそうであった。群れから出た
ら生きてはいけない以上、もう一つの選択をするしかないではないか。
「ゆぅ……」
「……」
 親まりさを見ると、まりさがおうちに戻ることを拒絶したことに気分を害したらしく、
先ほどよりもさらに険しい目をしている。
 あんな親がいるところへは戻りたくはなかった。
「それじゃ、解散よ」
「ゆっくりかいさんするよ!」
「ゆゆぅ、なんとかなってよかったね!」
「ゆっくりおひるねするよ」
「むーしゃむーしゃしようね」
 ぱちゅりにー言われて散って行くゆっくりたちは、全て解決済みだという態度であった。
選ばせると言いつつも、選択の余地などないことは明らかだったからだ。
 皆、群れで生まれ、群れで育った。群れからの追放は、それだけで死を意味した。

「まりさ、朝までに考えておくんだよ」
 おうちに帰って義父まりさにそう言われたまりさは、信頼していたおとうさんと長が自
分の味方をしてくれなかったことに怒り叫んだ。
「考えるっていっても、そんなの決まってるよ! 群れから出ていけるわけないんだから、
まりさは前のおうちに戻るよ!」
「ゆゆ? なんで?」
 不思議そうな義父まりさに、まりさは絶句する。ふざけるなと言葉を叩きつけようとし
た時、義父まりさがゆっくり微笑んで言った。
「群れから出ていけばいいよ。まりさなら、立派に一人で生きられるよ」
「ゆゆゆ? ほ、本当に?」
 憧れていた。一人で暮らすことに、そんなゆっくりになることに。
「そのために、おとうさんはたくさんのことを教えたんだよ。まりさはもう大丈夫だよ」
「ゆっ、ゆぅぅぅ」
 尊敬する義父まりさにそう言われて、まりさは感極まって涙ぐむ。
 涙腺が決壊したのは、義父まりさの次の言葉によってだった。
「今までそのことを黙っていてゆっくりごめんね。……まりさと少しでも一緒に暮らした
かったんだよ。……じぶんで一人で暮らせる方法を教えたくせにね」
「ゆ! ま、まりじゃも! まりじゃも、おどうざんど!」
「ゆん、うれしいよ。こんどのことはむしろいいきっかけだと思うんだよ。こんなことで
もないと、まりさはいつまでもまりさと離れられないからね」
「ゆっ! ……ゆ、ゆっぐりりがいずるよ!」

 翌朝。
 広場に群れのゆっくりたちが集まっていた。
 長ぱちゅりーの前に、まりさがいる。
「まりさ、ちゃんと決めたわね?」
「ゆん!」
 それに頷くと、ぱちゅりーは改めてまりさに問う。
「まりさ、前のおうちに戻るか、群れから出て行くか、どっちにする? ゆっくりよく考
えて答えるのよ。一度答えたら無かったことにはできないわ」
「群れから出て行くよ! まりさは一人で暮らすんだ!」
 迷いなく答えた。
 それがわかっていた一匹のまりさと、それを予想していた一匹のぱちゅりー以外のもの
はまるでまりさが言った言葉が全く理解できない未知の言語でもあるかのような呆けた顔
をしていた。
「ゆゆん」
 まりさは、不適に笑っていた。どいつもこいつも、どうせまりさは前のおうちに戻る方
を選ぶのだと思い込んでいたに違いない。そういった勝手な思い込みを覆すのには、ある
種の爽快感があった。
「ゆ、ゆっくりできないよ!」
 誰かがそう言ったのを手始めに、様々な声が上がった。ようは、群れから出たらゆっく
りできないから止めろ、というのだ。勝手な思い込みをしていたことを完全に露呈した形
となった。
「むきゅ! この答えは覆せないわ」
「そうだよ、どちらかを選ぶように言ったのは群れのみんなでそれを長が認めたんだから、
選んだことを止めさせようとするのはゆっくりしてないよ!」
 ぱちゅりーと義父まりさがすかさず言った。
 集会でみんなが望み、長が承認したことは群れの掟と同じである、という掟なのである。

 既に旅立ちの用意はできていた。
 まりさは、すぐに群れを出ることにした。
 義父まりさや長、幹部たちをはじめとしたゆっくりが見送りに来ていた。
 親まりさは、長のおうちの貯蔵庫から食べ物を援助すると言われて、それならあんな子
に面倒見てもらわないでも大丈夫だよと言って、愛するつむりのいるおうちに帰ってしま
った。
 それに対してまりさは、どうとも思わなかった。
「ごはんだよー、もってってねー」
 幹部のちぇんが葉っぱにくるんだ食べ物をくれた。
「まりさ……ほんとうに行くの?」
 幹部れいむが、心配そうに言った。
「れいむ、もうこの子が選んだんだから……」
 幹部ありすが自分も心配そうにしつつも、れいむを嗜めた。
「まりさなら、だいじょうぶだみょん!」
 口にくわえた棒を、くいっと上げて、長の護衛のみょんが言った。みょんには口で棒を
操る方法を教わっていた。いわば、第二の師であった。
「むきゅ……まりさは追放だから。この群れの近くに来ては駄目よ。……でも、それでも
ゆっくり死刑になったりしないわ。だから、本当に危なくなったら遠慮なく帰ってきてい
いのよ」
「それじゃあ、まりさ。おとうさんが教えたことを忘れないでね。まずはちゃんとしたお
うちを見つけるんだよ。それから、それから……」
「ゆゆん、おとうさん、大丈夫だよ!」
「ゆゆぅ、しっかりね。まりさ。しっかりね」
 結局最後まで未練がましいのは義父まりさであった。
 名残惜しくはあったが、まりさは、とうとう群れから出た。



 一月が経った。
 まりさは、元いた群れから少し離れた――と言ってもゆっくりの足ではけっこう遠い―
―所へおうちを構えて立派に生活を営んでいた。
 群れを出てから、すぐにおとうさんと狩りをしながら目をつけておいた洞窟をとりあえ
ずのおうちにして、そこを基点にして四方を探索し、とうとう群れから距離があり、雨露
も凌げてさらには少し高いところにあるため浸水等の心配もない理想的な洞窟を見つけて
そこに住むことにした。
「ゆっ! ここをまりさのおうちにするよ!」
 と、おうち宣言をした時は、感無量であった。
「ここはまりさのゆっくりプレイスだよ! たくさんゆっくりするよ!」
 憧れていた一人の生活。
 だが、既にたっぷりと義父まりさの愛情を受けてしまったまりさだ。寂しさは否めない。
「ゆゆん」
 その寂しさを紛らわすように、まりさは近辺の探索に出た。義父の薫陶よろしくゆっく
りと慎重に進む。
 陽が落ちかかる頃には寝床に敷く草と、少しばかりの木の実を調達することができた。

「ゆゆゆゆゆ! きょうはちょっと遠くまで行くよ!」
 新たなおうちに住み始めてから半年、まりさは思い切ってあんよを伸ばした。
 以前、よく義父まりさと遠出の狩りをした時にゆっくりおひるねしていた草原に行って
みたのだ。
 運がよければおとうさんに会えるかも――。
 そう思っていたまりさの期待は叶えられることになる。
「ゆぴぃ~」
 とおひるねしているのは、見間違えるはずもないおとうさんだ。
「そろーりそろーり」
「ゆゆっ!?」
 近付いてびっくりさせてやろうとしたまりさの目論見は上手くいかなかった。
 さすがはおとうさんだ。ぐっすり寝ているように見えてまりさの立てた微かな物音に目
を覚ました。
「ゆっくりひさしぶり!」
「ゆゆっ、ゆっくりひさしぶり、元気そうでよかったよ!」
 義父まりさは、たまたま会ったような風であったが、実はここ最近、まりさがいつか来
るに違いないと思って頻繁にここに来ていた。
「ゆゆっ、おとうさん、まりさね、すごくゆっくりしたおうちを見つけたよ!」
 話したいことはいくらでもあった。時間の経つのも忘れて、まりさはいかに自分がゆっ
くり立派に暮らしているかを語った。
 それからも、時々まりさはその草原で義父まりさと会った。まりさは群れを追放された
が、その追放されたまりさと群れのゆっくりが接触してはいけないということはないので、
こうして群れから遠いところで会う分には何も問題は無かった。
「こんど、まりさのおうちにあそびに来てよ!」
「ゆゆん、それじゃおじゃましようかな」
「ぜったいだよ! ゆっくりできるごちそうを用意しておくからね!」
「ゆっ、それは楽しみだよ」
 おひさまが三回通ったら……すなわち三日後にまた会うことを約束して別れた。
 まりさは、早速明日からおとうさんをもてなすごちそうを探すために狩りに励もうと意
気揚々としていた。
 その立派で逞しくゆっくりした後姿を見て、義父まりさはゆっくりと笑っていた。
 その姿が見えなくなるまで、じっとそこにいた。
 姿が見えなくなると、義父まりさは真一文字に閉じていた口を開けてごほごほと咳をし
た。それまでなんとか押さえ込んでいたものが一気に奔出するごとく、咳は長い間止まら
なかった。

「ゆゆっ?」
 三日後、約束を果たすために草原にやってきたまりさは、義父まりさではないゆっくり
がいるのを見つけた。
 とてもゆっくりした場所なので、他のゆっくりがゆっくり休もうと思ってもおかしくは
ないが、そのちぇん種のゆっくりにはなんだか見覚えがあった。
「ゆっ、ちぇん!」
 近付いてみれば、それは元いた群れの幹部のちぇんであった。
「ゆっくりひさしぶり!」
「ゆぅ……ひさしぶりだね」
 しかし、なんだかちぇんはゆっくりしていない様子であった。
「ゆゆ? どうしたの?」
「おちついて聞いてね、ゆっくりは誰でもいつかは永遠にゆっくりしちゃうんだよ、わか
ってねー」
「……どうしたの? ちぇん」
 落ち着けと言いつつ、あからさまに自分が落ち着いていないちぇんの態度と、その言動
にまりさはなんだかゆっくりできない感じがした。
「まりさが……ゆっくりしちゃったんだよ」

「ゆっくりただいまだよー」
 群れに戻ってきたちぇんを長たちが出迎えた。
「……」
 ちぇんの後ろにいるまりさは案の定沈みきっていて、声をかけるのが憚られた。
「ちーんぽ」
 護衛のみょんが、まりさの横についた。
 まりさは、義父の死によって、特別に少しだけ群れに戻ることを許されている。その間
は何か変なことをしないように監視がつくのが掟であって、長たちはまりさがなにかやら
かすとは思っていない。
 義父まりさは昨晩、永遠にゆっくりしてしまったそうだ。
 少し前から、咳ばかりしてかなり体調は悪かったという。
 ――まりさの前では咳なんかしてなかったよ。
 すぐにまりさは、おとうさんが心配かけまいと平静を装っていたことを悟った。
 群れの外れにあるおはかに義父まりさは眠っていた。
 まりさは、ちぇんから義父の死を知らされてからここに来るまでの間に花を摘み取って
いた。それを、おはかに供える。
 その後、義父まりさのおうちに行った。所々変わったところはあったが、ほとんどまり
さが暮らしていた頃と同じであった。
 そして、もう必要無いはずのまりさの寝床がそのままにしてあるのを見て、まりさはゆ
ぐっと呻いた。
「……まりさ、一人にして欲しいよ」
「むきゅ、わかったわ。もう時間も遅いから、明日の朝までそこにいることを許すわ。…
…みょん」
「まーら!」
 みょんが、おうちの入り口に陣取った。
 長たちが引き上げてしばらくすると、みょんの所まで微かな押し殺した声が聞こえてき
た。

「ゆぐっ、ゆぐっ、ゆええええええええええん! おとうじゃん、おどうじゃーん! ゆ
ひっ、ゆわあああああああああん!」



 そして、朝。
 泣き疲れてそのまま眠ってしまったまりさは、すっきりと目覚めた。
「長、ゆっくりありがとう。それじゃ、まりさはおうちに帰るよ!」
「むきゅ……まりさが、あなたに伝えてくれと言っていたことがあるわ」
「ゆゆっ!?」
 ぱちゅりーは、昨日はそれを伝えてもまりさがまともに受け止められる状態ではないと
思い、黙っていたのである。
「まりさは、一人で生きていける方法を教えたけど、それは一人で生きていくためだけの
方法じゃないわ。いつか好きなゆっくりができて一緒に住んで赤ちゃんを産んで家族がで
きた時、きっと家族でゆっくりするのに役に立つ。だから、まりさは一人で暮らすという
のに変にこだわらないで欲しい……そう言っていたわ」
「ゆゆぅ……ゆっくりりかいしたよ」
 一人で暮らすという本懐を達しつつも寂しさを感じていることを、義父まりさは見抜い
ていたのだろうか。
 まりさは、陽が落ちないうちに、群れを出て行った。

「おみずさんをごーくごーくするよ!」
 喉が渇いたまりさは、おうちの近くにある川に水を飲みに行った。この川は所によって
は川淵の地面と川面の間が切り立っていて、注意しないと転落する恐れがあった。
 淵が緩やかな斜面になっている場所もあり、そこまで行くのが無難なところであった。
 しかし、まりさは迷わずに危険な箇所へと跳ねていく。まりさにはおとうさんから伝授
された秘密兵器があった。
「ゆっ?」
 先客がいた。
 一匹のゆっくりありすが、水を飲もうとしている。
「ゆゆっ、あぶないよ!」
 しかし、今にも落ちそうであった。
「ゆんっ!」
 まりさは、ありすの髪の毛をくわえて引っ張った。
「あぶないよ!」
「ゆぅ……ゆぅ……ゆぅ……お、み、ず……」
「ゆゆっ」
 そこで、まりさはありすの肌が乾ききっていることに気付いた。これは相当に喉も渇い
ているだろう。
 おそらく、渇きに耐え切れずに歩いているところへ川の流れる音が聞こえ無我夢中で水
に向かったのだろう。緩やかな箇所へ行く気力も無いか、そもそもそういうことを考える
ことすらできなかったか。
「ゆゆっ、待っててね!」
 まりさはお帽子から、ストローを取り出した。
 これぞ、秘密兵器である。人間が森に遊びに来た際に紙パックの飲料を飲んで、パック
を捨てていったものからストローをいただいたのだ。
 ポイ捨てはゆっくりできない行為だが、まりさにとっては離れたところにある水を吸い
上げて安全に飲めるストローはとてもゆっくりできたので、ポイ捨てに感謝していた。
「ゆっ」
 川面にストローをつけて水を吸い上げる。口の中まで吸わずに止め、ストローの中に水
が溜まった状態にした。
 そして、それをありすの口元に持っていって水を噴き出して垂らしてやった。
「ゆゆゆゆっ!」
 ありすは、僅かな潤いに反応した。
 繰り返し繰り返し水を垂らすと、ありすは段々と元気になってきた。
「ゆん、こうやるんだよ」
 もう自分で吸えるだろうと踏んだまりさは、ありすにストローを貸して上げて、水の飲
み方を教える。
 ありすは物凄い勢いで水を吸い上げて飲み始めた。
「ゆぅぅぅ、たすかったわ。まりさったらとってもとかいはね!」
「ゆゆぅ」
 とかいは、というのがありす種にとっては最上の誉め言葉であることを知っているまり
さは照れた。
 まりさは、ありすをおうちに招いてごはんを振る舞った。
 以前ならば、ありすが回復すれば丁重に出て行ってもらっただろう。
 だが、今のまりさは義父まりさの遺言により、前よりも積極的に他ゆっくりと関わろう
としていた。
 カサカサの肌に水を吸わせて汚れを落とすために水浴びをしてきたありすが、意外なほ
どの美ゆっくりだったことも一因ではあった。

 ありすと暮らすようになって一週間ほど経った。
 ありすはまりさほどに狩りは得意ではなかったが、身体能力はやや高く、覚えもいいた
めに狩りの助手として十分以上の働きを見せていた。
 そうやって二匹で狩りをしていると、義父まりさのことが思い出される。
 かつての義父まりさの役目を自らがこなし、ありすがかつての自分の役目ではあるが、
それは懐かしい共同作業の記憶を呼び起こした。
 ありすは行くあてもない旅ゆっくりだった。こうして狩りの手伝いをする代わりにまり
さのおうちに住まわせてもらっている、という形だ。
 その内に出て行く、と言いつつもいつ出て行くかということは両者の間ではちょっとし
た話題にも上がらない。
 ――ずっと、まりさのおうちにいてもいいよ。
 そう言おうとして言えないまりさであった。
「ぜんりつせんっ!」
「ゆゆ!?」
 狩りをしていると、声をかけられた。
「ゆゆ、みょん!」
「ひさしぶりだみょん」
 それは、元いた群れの護衛みょんであった。
 なぜこんなところにいるのかと問えば、狩りに来たという。
 最近、群れの周りで採れる食べ物が減ってきているので、みょんのような群れでも体力
のあるゆっくりは遠くまで狩りに出ているそうだ。
 長ぱちゅりーは優秀な長であった。
 だが、それゆえにその言いつけを守って危険を避けたりした結果、群れのゆっくりが増
えすぎてしまったのである。
「ゆゆぅ、群れのみんなはゆっくりしてる?」
 まりさは、尋ねた。
 群れを出てから随分と経っている。その間にまりさも色々なことがあった。子供の頃は
わからなかったことも少しはわかるようになっている。
「長の言いつけ通りしてるから大丈夫だみょん」
「ゆぅ……それで……」
「みょん?」
「おかあさんと、つむりは、どうしてるの?」
 まりさは思い切って言った。群れを出てから徐々に変わってきていたことに、一度は捨
てた親と妹への気持ちがあった。
 みょんは、まりさがそんなことを聞いてくるとは思っていなかったので驚いたようだが、
すぐに教えてくれた。
 つむりは相変わらず珍しいゆっくりとして、群れで大切にされてゆっくりしているらし
い。
「ただ……まりさは……」
 と、みょんは親まりさに言及する際に口ごもった。
 親まりさは、あんよを怪我して満足に狩りをできなくなり、まりさが群れを出て行って
しまってからは長から食料の支給を受けて生活していた。
 長からの支給というのは、つまりは群れのみんなが狩りをして、自分たちが食べる以上
の成果があった場合に長のおうちの貯蔵庫へ入れる食べ物からの支給である。
 いわば、親まりさとつむりは群れに養われているということになる。
「最初は、すまなそうにしてたみょん……でも……」
 と、みょんは俯いて言った。
 それが続けば、それが当たり前だと思ってしまう。
 いつしか親まりさは、群れをゆっくりさせる珍しくてかわいいつむりと、それを産んだ
親である自分がそういう待遇を受けるのは当然だと思うようになった。
 長や幹部はそれとなく注意しようとはしたが、周りのゆっくりが進んでその言い分を認
めてしまうので、親まりさもそれを改める必要を感じていなかった。
 とても珍しくてゆっくりできるつむりがいることを、まるで群れのステイタスのように
感じているものが多かったのである。
 今では、親まりさはつむりの世話をする以外はほとんど動かなくなっているようだ。そ
のつむりの世話も、つむりが成長してきてそれにつれて貝殻も大きくなり重量が増してか
らは億劫がっている。
「ゆゆぅ……」
 まりさは、複雑な顔をしていた。
 親への気持ちが変わった理由に、一人で暮らして狩りをしてみて、はじめてどれだけの
ことをしていたのかを知ったからというのがあった。
 自分と二匹の子供が食べるだけのごはんを狩り、手のかかるつむりの世話をする。その
労力は大変なものであり、それを思った時、まりさは素直に、
 ――ゆゆっ、おかあさん、凄いことをしていたんだ!
 と、思った。
 今でも好きかと言われれば認め難いが、凄いゆっくりだと思う気持ちは事実であり、一
緒に暮らせと言われたらごめんだが、どこかまりさの見えない遠いところでゆっくりして
いてくれればいいという程度の気持ちにはなっていた。
 話に聞けば、ゆっくりしているらしい。
 だが、それは明らかに堕落であり、まりさの感情を和らげている原因である尊敬の念を
失わせる要素であった。
「ゆぅ、教えてくれてありがとう!」
「ちーんぽ! みょんはそろそろ帰るみょん」
 みょんと別れて、まりさも、ありすとともにおうちに帰った。
 その道すがら、自分がどういう経緯で群れを出て一人で暮らすようになったかをありす
に話した。
 そして、言った。
「ありすがよければ、ずっとまりさのおうちにいてね!」

 さらに、三ヶ月ほどの時が流れた。
 まりさのおうちには、依然としてありすが住んでいる。
 まあ、つまりはそういうことだ。ゆっくりおめでとう。
 しかし、二匹はゆっくりできない顔でおうちの中で身を寄せ合っていた。
 おそとでは、凄まじい暴風雨が荒れ狂っていた。
 台風である。
 風が強くなってきたので早々に狩りを切り上げたのは正解だった。おうちに帰ってから
しばらくすると、強い雨が降り出した。
 これも義父まりさに仕込まれた慎重さのおかげだと、まりさは今は亡き養父にゆっくり
感謝した。
 日頃から、せっせと石を運び込みそれを積み上げて、おうちが浸水してきたら避難でき
るようにしていたし、ごはんも石の上に上げてある。
 それでも、二匹は震えていた。
 どんなに賢く優秀なゆっくりでも、所詮はゆっくりであり、やれることは限られている。
人間ですら完全に克服できているとは言い難い大自然の猛威に対して、万全を期すことな
どできるはずもない。
 そして、台風はほぼ丸一日をかけてゆっくりと通過していった。
 入り口を塞いだ枝やら葉っぱやらを除けて外に出て見ると、一帯がメチャクチャになっ
ていた。まりさとありすが出会った近くの川も大増水していた。
 それでも、おうち選びの際に高いところにあることを吟味したおかげか、浸水の憂き目
に遭うことはなかった。
「風さんも雨さんも帰ったからゆっくりできるよ!」
「ゆっくりしましょうね!」
 まだ地面が濡れており、当分外に出て跳ね回るのは危険と判断した二匹は、備蓄の食糧
を食べておうちで過ごした。
 台風が去った後は、晴天となり、次第に地面も何もかも乾いていった。
「ゆぅ……ありす、まりさはちょっとお出かけしたいよ」
「ゆ?」
 まりさは、群れの様子を見に行きたいと思っていたのだ。
「まりさは、群れからついほーされたけど、長とかみょんとか、それでもまりさに優しく
してくれたゆっくりはいたんだよ」
 どうにも、それらの知り合いが心配なのだ。
「わかったわ。私はあしでまといになるから、待ってるわ」
 ありすよりも、まりさの方が足が速い。自分が着いていけば、まりさがそれに合わせな
くてはならないので、ありすは残ることにした。
「ゆん、それじゃ行ってくるね、ゆっくりしないですぐ帰ってくるよ」

「ゆゆっ」
 一応追放中の身なので、こそこそとまりさは群れにやってきた。
「ゆぅ……」
 群れのゆっくりが通りかかれば身を隠す。
「みんな……あんまりゆっくりしてないよ」
 どのゆっくりも、目がギラついてゆっくりしていない。なんでそんなにゆっくりしてい
ないのかと思ったら、どうやら必死になってごはんを探しているらしい。
 まりさは、おとうさんに伝授された秘密兵器その2であるびにーるぶくろさんを被って
隠密行動をとった。ゆっくり以外には通じないから気をつけろ、というおとうさんの言葉
はもちろん肝に銘じている。
「おにゃかすいちゃよぉぉぉぉ」
「おちびちゃん、ゆっくりごめんね! おかあさんが狩りが下手だから」
「ゆ、ゆゆっ! お、おにゃかすいちゃけど、がまんすりゅよ!」
「お、おちびちゃん!」
 微笑ましくも、いや、微笑ましいからこそ痛ましいそんな親子がいた。
「おにゃかすいちゃよぉぉぉぉ」
「おちびちゃん、ゆっくりごめんね! おかあさんが狩りが下手だから」
「あやまりゅぐらいならさっさとごはん持ってきてね! おかあさんはむのーだにぇ!」
「ど、どぼじでそんなごというのぉぉぉぉ!」
 痛い一方の親子がいた。
 皆、飢えていた。
 ――ゆぅ、長は何してるんだろう。
 疑問に思っていると、みょんがいた。
 ガサガサと近付き、声をかける。
「だんこんっ!」
 みょんは、驚いた。
「全然気付かなかったみょん。これがうわさに聞くおんぎょーのじゅつかみょん」
「みょん、いったいどうしたの? 長は?」
「……いーんぽ」
 みょんは、がっくりと沈んだ声を出した。
「長は……まりさのところに行ってしまったみょん」
「ゆゆゆ!?」

 長ぱちゅりーは、台風が去った後に死んでしまっていた。
 台風そのものに殺されたわけではないが、それへの対策にあれこれ頭を悩ませて働いて
いたために過労で倒れたのだ。
 そもそも虚弱なぱちゅりー種の上に、長は既にゆっくりとしては老齢と言ってよく、遂
に回復することはなかった。
 残された幹部――れいむ、ありす、ちぇんはうろたえた。
 すぐに、この三匹の中から次なる長を選ぶべきであったが、そんな程度のことすら考え
付かなかった。
 ――こんな時、まりさがいてくれたら。
 三匹とも思った。まりさというのは義父まりさのことだ。
 幹部を勤めていた三匹は、それなりに優秀だったし自信も持っていた。しかし、長ぱち
ゅりーがいなくなってしまったら何をしたらいいのかがわからない。
「わからない、わからないよー」
 と、ちぇんなどは壊れたように呟き続けていた。
「わかったよー」
 力なく言ったのはしばらく経ってからだった。
 そう、ちぇんは理解したのだ。
 自分たちは、あくまでも長の指示を受けて、それを実行する能力が高いのであって、自
ら何をするかを考え付くことはできない、と。
 それをれいむとありすにも説明し、ゆっくりりかいさせた。
 で、理解したからといってどうなるものでもない、それならば誰か別のものを長に立て
なければならないが、そんなものはいない。
 結局は、この三匹が、群れでは最も優秀なのだ。
 そこで、出てきた愚痴が、
 ――こんな時、まりさがいてくれたら。
 で、あった。
 長とまりさのありし日を思い起こしてみれば、長が自らの考えを述べ、何か意見がある
かと問うた時、声を上げるのは常にまりさだけであった。
 時には、長が、
「むきゅ! それは思ってもいなかった視点だわ!」
 と、嬉しそうに言って方針に修正を加えることもあった。
 幹部の中で、まりさだけが、長と同じように自ら方針を考えることができたのだ。
 ぱちゅりーの過労の蓄積は台風より遙か以前、まりさの死後に始まっていたと言えた。
 幹部連は長のおうちで愚痴りまくっていたが、時々思い出したように、
「ゆゆっ! ぐちってる場合じゃないよ!」
「そうね、ぐちに逃げるのはとかいはじゃないわ!」
「これからどうするか考えないといけないね、わかるよー」
 とか前向きな感じになったりもしたのだが、それではと思考した瞬間にどっちが前だか
後ろだかわかりゃしねえという感じになり、いつしか交わされるのは愚痴ばかりというグ
ダグダ状態に陥っていた。
 そこへ、群れのゆっくりたちが押しかけてきた。
 群れのゆっくりたちは、幹部連を過大評価しており、長が死んだのは悲しくゆっくりで
きないことだけど、幹部が残ってるから大丈夫だ、と安心していた。
 台風によって森が荒らされ、狩りが以前より上手く行かなくなり、満足にむーしゃむー
しゃできなくなっていた。
 皮肉なことに、長ぱちゅりーの台風対策が適切だったために群れで死んだのは過労死し
た長だけであり、他のゆっくりは生き残っていた。
 本来喜ばしくゆっくりできるそのことが、食糧難に拍車をかけていたのである。
「長のおうちには、こういう時のためにごはんがたくさんあるよ! すぐにそれを配って
くれるよ!」
 と、もっともな期待を持っていたゆっくりたちだったが、幹部会が愚痴り大会と化して
いたためにその期待は裏切られた。
「もうゆっくりしてられないよ! こっちから貰いに行こうよ!」
 誰かが言うと、我も我もと賛同者が集まり、群れ全員が長のおうちへ押しかけたのであ
る。
「ゆゆゆ、たいへんだよ、みんな怒ってるよ」
「と、とりあえず、ちょぞーこのごはんを配りましょう」
 慌てて、望み通りにした。
「ごはんを配るからならんでねー、ならばないとあげられないよ、わかってねー」
 愚痴ってばかりだった幹部たちだが、それでも腐ってもなんとやら、やるべきことがは
っきりするとテキパキと動いた。
 とりあえず、配り始めるとみんなの怒りは鎮静化した。
 だが、幹部たちがほっとしたのも束の間、全員に配り終えるとそこかしこから不満の声
が上がった。
「ゆ? み、みんなびょうどーに配ったよ?」
「そ、そうよ、ありすたちだってみんなと同じだけよ」
 配分に不満があるのかと思った幹部れいむとありすだが、不満は少し別のところにあっ
た。
「ちょぞーこにはもっとたくさんごはんがあるんだぜ!」
「そうだよ! れいむ見たよ、もっとたくさんあるよ!」
 一匹一匹あたりの配分量が平等なのは当然のこととして、貯蔵庫にある食料を全てこの
場で分配しろというのである。
「ゆゆ、いっぺんに渡したらいっぺんに食べちゃうよー、そうしたらゆっくりできないか
ら少しずつ配るよー、わかってねー」
「まりさはそんなバカじゃないんだぜ!」
「そうだよ、れいむはちゃんと少しずつ食べるよ!」
 幹部たちは困惑した。絶対こいつらは貰ったら食べられるだけ食べる、なぜならバカだ
から、と思った。
 しかし、群れのゆっくりたちがそう言い出したのにも理由が無いことはなかった。
「ちぇんたちは、ごはんを自分たちだけでむーしゃむーしゃするつもりなんだぜ!」
 一匹のまりさが言ったのに、同意の声が次から次に上がった。
 これは、愚痴り倒していた幹部たちのミスであった。
 群れのゆっくりたちが余剰食糧を長のおうちの貯蔵庫に入れていたのは、いざとなった
らそれをみんなに配ってゆっくりするためである。
 まさに今がいざという時なのに、いつまでも配られないのだから、そういう疑いを持た
れるのは仕方無いことであった。
「ゆゆゆ、れいむたちはそんなゆっくりできないことしないよ!」
「みんなのごはんを独り占めなんていなかもののすることだわ!」
「ちょっと配るのが遅れただけなんだよー、わかってよー」
 幹部たちは、事態が思っていたよりも深刻で、このままではリンチされることすらあり
うると悟ると必死に弁明した。
 だが、一度根を張り芽吹いた疑心は、口で何をどう言っても晴らせるものではない。
「ゆぅ、しょうがないよ」
「それでみんなが納得するなら……」
「わかったよー、全部配るからもう一度ならんでね……」
 とうとう、疑いを晴らすために、言われるままに貯蔵庫を空にして分配するしかなかっ
た。
「みんな、少しずつ食べるんだよ!」
「一気にむーしゃむーしゃしたら駄目よ!」
「そんなことしたらゆっくりできないよ、わかるよねー?」
 幹部らは注意したが、空腹でイラついてゆっくりできなくなって幹部の吊るし上げまで
やったゆっくりたちは、念願のごはんを手に入れてとてもゆっくりした顔で帰っていった。
「「「ゆゆぅ……」」」
 心配そうにそれを見送った幹部たちだったが、見事なまでにその心配通りになって群れ
の食糧難はさらに深刻なものになっていた。

「もう、少しずつ食べていたゆっくりたちもちょぞーこから配ったごはんを全部食べてし
まったみょん」
 もはや、群れの誰もが満腹になるまでむーしゃむーしゃなどできなくなっていた。
 体の弱いものや、子供から犠牲者が出始めていた。
 死ゆっくりは、群れの外れの墓地に葬られている。
 幹部の中から新しい長に選ばれたちぇんが、断固としてとった処置だった。
 前の長ぱちゅりーから、飢餓状態になってもゆっくりの死体を食べることはギリギリま
で認めるべきではないと、きつく言い聞かされていたからだ。
 穴を掘って埋める作業すら空腹の身では億劫であり、葉っぱや草を被せておけばいいの
ではないかという意見も出たが、それでは簡単に払いのけることができるので、穴を掘り
返すという労力を強いるためにも、埋めることにしたのだ。
 空腹で一度ゆっくりの甘味を口にすれば、もう我慢できなくなる。
 そして、とも食いが禁忌でなくなれば、後は疑心暗鬼がはびこり互いを食い合う地獄が
待つのみだ。
「そうなるぐらいなら、飢えて死のうよ。わかってよー」
 と、幹部のれいむとありすに言った時のちぇんは、強い意志をみなぎらせていた。長の
貫禄が出てきたとれいむとありすは思った。
 しかし、それでも、以前のように長の命令通りに群れが一丸となって動くなどという状
態とは程遠かった。みんな、特に仲がいいもの同士で組んで思い思いに狩りに出て運良く
たくさんの獲物を得ても、それを他のゆっくりには悟られないようにして自分たちだけで
分けていた。
 長のおうちの貯蔵庫は、あれ以来、空のままである。
 とりあえず、しばらくはしょうがないと長ちぇんも諦めているようだ。
「ゆぅ……おかあさんとつむりは?」
「……」
 みょんは、黙って跳ねた。
 ついてこい、と言っているようだった。
 行く先は、墓地である。そこでまりさは悟った。
「……おかあさん」
 みょんが棒で指し示した地面に向かって、まりさは呟いた。

 当然のことであるが、親まりさは、食糧難の波をもろに受けた。
 貯蔵庫を空にした大分配には預かったものの、以降は支給が途絶えた。したくとも、貯
蔵庫は空なのだ。
 親まりさは幹部たち(その時はまだちぇんが長になっていなかった)に掛け合った。
 つむりを養うために食べ物が要る。
 それを、ひたすら下手に出て懇願すれば、一応、つむりは珍しいから大切にすべきと思
ってはいる幹部たちは僅かでも食料をくれたかもしれない。
 だが、空腹と先行きへの不安から気が立っていた親まりさは、居丈高に要求したのであ
る。
 気が立っているのは、幹部たちも全く同様であった。
「ゆっくりでてってね! れいむたちはシングル幹部なんだよ!」
「そうよ、忙しいのにいなかものの相手してられないのよ!」
「もうわかって欲しくもないよー」
 親まりさは、追い返されてしまった。
 シングル幹部の意味はさっぱり不明だが、おそらく長がいなくて困っている幹部という
意味であろう。
 親まりさはあらん限りの罵倒をしたが、無視された。
 そこで、他のゆっくりたちから貰うことにした。
 ゆっくりたちは、なんとか採ってきた食べ物を、えらっそうに要求する親まりさにくれ
てやるのは嫌だったが、そうしないとつむりが永遠にゆっくりしてしまう、と言われると
不承不承ながら少しずつ食べ物を与えた。
 だが、その内に何匹か、幹部たちも上げてないのに、なんで自分たちが上げる必要があ
ると言ってそれを止めてしまった。
「ゆっくりしてないね! これでかわいいかわいいつむりが死んだら、おまえらのせいだ
よ!」
 と、親まりさに言われて怯んだものの、食べなければ自分たちが死ぬのだ。
「死んだらゆっくりできないよ! 自分が死んだら、どんなにつむりがゆっくりできても
意味ないよ!」
 そう言い放って、そのゆっくりたちは去っていった。
「ゆふん! ゆっくりできない奴らだよ! かわいいつむりにごはんをくれる優しいゆっ
くりは他にたくさんいるよ!」
 と、親まりさは言ったものの、次々にごはんをくれるゆっくりは減っていき、遂にはお
となりに住んでいたれいむ一家だけになってしまった。
 そうなると、れいむ一家もすぐに音を上げざるを得ない。分母が激減したのだから、当
然差し出す食料は飛躍的に増大し、親まりさの要求通りにしたられいむたちの方が餓死し
てしまう。
「ゆゆぅ、れいむのおちびちゃんにもむーしゃむーしゃさせて上げたいし、これが精一杯
だよ」
 と、それでもれいむは幾許かの食べ物を上げようとしたのだが、親まりさがキレた。
「これっぽっちじゃ、つむりがおなかいっぱいにならないよ! それとそれと、その木の
実もちょうだいね!」
「で、でも、そうしたられいむのおちびちゃんが……」
「ゆゆゆっ!!」
 そこで、親まりさはこれまで思っていても言わなかったことを口にしてしまう。
「そんなおちびちゃんなんかよりつむりの方が大事だよ! つむりのために死ぬならゆっ
くり死ねるでしょ!」
「ゆゆゆっ! まりさはゆっくりしてないよ! 確かにつむりちゃんは大事だけど、れい
むのおちびちゃんだって大事だよ!」
 さすがに、れいむが怒った。
「いい加減にするんだぜ!」
 そこへ、一匹のまりさがやってきて、親まりさへ体当たりした。
「もうがまんできないんだぜ!」
「やっちゃえ、ゆっくりやっちゃえ!」
「つむりの親だからっていばりすぎだよ!」
 それは、早々に親まりさへの食料供出を拒んだゆっくりたちだった。
 ずっと親まりさのことを苦々しく思っていたのが、遂にその鬱憤が爆発したのだ。
「や、やべ! ま、まりざは、づむりのおが、ゆべ!」
 親まりさは、つむりのおかあさんであると何度も言ったが、はっきり言ってそんなこと
はわかった上での行動である。無視してボコボコにされた。
 親まりさが完全に動かなくなるまで、暴行は止まなかった。
 つむりの親のまりさが死んだ、という報を受けて、幹部たちがやってきた。
「まりさたちがやったんだぜ、どうしても我慢できなかったんだぜ」
 親まりさをリンチして殺したまりさたちは犯行を認めた。
「「ゆゆぅ……」」
「だいたいわかったよー」
 唸るばかりのれいむとありすを尻目に、ちぇんが言った。
 ちぇんは、まりさたちにぺんぺん十回の刑を言い渡した。
 ゆっくり殺しの割りに軽い罰にみんなが驚いていると、ちぇんはそのわけを説明した。
「まりさは、れいむのおちびちゃんが死んじゃうのに、ごはんを取ろうとしたんだねー、
放っておいたられいむのおちびちゃんは死んじゃったかもしれないよ。だから、まりさた
ちはそれを助けたことになるよ。でも、やっぱりゆっくり殺しはゆっくりできないからぺ
んぺん十回でゆっくりはんせいしてね、このりくつわかってねー」
 ちぇんは、適当にその場にいるゆっくりから刑の執行者を選んだ。
 ゆっくり殺しの割りに軽い、とは言ってもぺんぺん十回の刑は決して楽な罰ではない。
尻の皮が破れて餡子が流出することもある。
 しかし、ちぇんが選んだのはどれも腹ペコでふらふらのゆっくりであったので、ぺんぺ
んとお尻を叩く力はあからさまに弱かった。
「それじゃ、まりさを埋めてあげようねー」
 と、ちぇんの指揮のもとに親まりさを埋葬してその件は終わった。
 この一件で、れいむとありすは幹部の中ではちぇんが一番優れていると認め、これを長
に推した。ちぇんは悩みつつもこの話を受けて、新しい長が誕生した。

「……おかあさん」
 あんなに、狩りが得意でたくさんのごはんを帽子に詰めて帰ってきた働き者のゆっくり
だったのに……。
 既得権益、などという言葉はもちろんまりさは知らなかったが、
 ――ゆぅ……何かしてもらうのが当たり前だと思うと、ゆっくりしてないゆっくりにな
るんだね。
 と、思った。
「……つむりは?」
「あの子は、生きてるみょん」
 親まりさの死を嘆き悲しみつつ、それでも他のゆっくりに少しずつ食べ物を恵んでもら
って生きているらしい。
「ゆっ……行ってみるよ」
「……気をつけるみょん。いちおうまりさは追放中だみょん」
「ゆん、ゆっくりしんちょーに行くよ」
 まりさは、つむりのいるところ――すなわちあの時以来近付くこともなかった生家へと
向かった。

「ゆっくりおじゃまします」
 まりさは、周りに誰も他のゆっくりがいないのをよく確認した上で、一声かけつつ中に
入った。
「ゆっ!」
 つむりはすぐにわかった。ていうか、わからざるを得なかった。
 でかい貝殻がどんと鎮座しているのである。嫌でも視界に入る。
「つむり……」
 こちらに背中を向けているので、まりさは前に回りこんだ。
「ゆぅ……ごはん、ごはんちょーらい」
 つむりは、まりさが食べ物を持ってきたと思ったらしい。
「……」
 まりさは無言のまま、帽子から葉っぱに包まれたお弁当を取り出してつむりに与えた。
「ゆわわわ、ごちちょーだよー」
 今のこの群れの食糧事情からすると、まさにそれは御馳走と言うに相応しいものだった。
「むーちゃむーちゃ、ち、ち、ち、ちあわちぇぇぇぇぇ!」
 つむりは、嬉しそうにゆっくりとお弁当を食べた。
「ゆぅ……」
 つむりが食事をしている間、まりさは久しぶりに見る我が妹を観察していた。まだ義父
まりさが存命の頃に、遠くから親まりさの帽子に乗っているのを見たのが最後だ。
 今のつむりは、とてもではないが帽子の上になど乗れない巨大さになっていた。
 貝殻が体に合わせて大きくなっている上に、親まりさでも動かすのが困難になってから
自分の体の重さを持て余してろくに動いていないのだろう。でっぷりと太っている。
 ――ゆゆゆ、かわいくないよ。みんなはこれでゆっくりできてるの?
 かつて、まりさはつむりのことをあんなの可愛くないと思っていたが、それはもちろん
嫉妬から来る強がりで、幼い頃のつむりを思い出せばやはりとても可愛らしくゆっくりで
きることは認めざるを得ない。
 まりさの疑問は、つむりが未だに群れのみんなをゆっくりさせていると思うが故の疑問
であったが、既にその人気は陰りが生じている。はっきり言って見てくれがそのようなの
でしょうがない。
 親まりさの死後も、僅かとは言え他のゆっくりがつむりに食べ物を与えているのは、ひ
とえにつむりが珍しい希少な存在だから、生かしてはおこうと思っているからだ。
「ゆぅー、ごちちょーしゃま! とっちぇもゆっくちできちゃよ!」
 容姿の次に気付いたのが言葉遣いだ。既に大人と言っていいサイズなのに、赤ゆっくり
言葉が抜けていない。
 その方が可愛いからと、親まりさも他のゆっくりも矯正しなかったためだ。
「ゆゆゆ!?」
 ごはんを食べて落ち着いたつむりが、まりさの顔をじーっと見る。
「お、おねえしゃん!」
「ゆぅ……ひさしぶりだね、つむり」
 と答えたものの、さて久しぶりの姉妹対面で、何をどう言ったものかとまりさは迷った。
 そもそも、ただ単につむりがどうしているのかを見たかっただけであり、目的は既に達
している。
 一応追放中なので長居はよくない。
 すぐに帰ろうと思ったが、つむりがぷるぷると震えて涙を流しているのを見て、あんよ
を止めた。
「お、おねえしゃん……」
「つむり……」
 姉との再会に感動しているようだ。それを見ていると、まりさにも何かこみ上げてくる
ものがあった。
「おかあしゃんが……」
「ゆん、みょんに聞いたよ。……まりさは、おかあさんのこと恨んだりしてないよ」
 実は恨んでないは言いすぎなのだが、その方がつむりがゆっくりできるだろうと思って
そう言った。
「つむりも、おねえしゃんのことを聞いちゃよ、おねえしゃん、じぶんのおうちがあって、
ゆっくちちてるっちぇ」
「ゆん、なんとかゆっくりやってるよ」
 こうして、妹のつむりとゆっくりと話していると、まりさはとても穏やかな気持ちにな
った。
 会って話せてよかったよ、それじゃまりさは追放中だから……
 そう言って、帰ろうとしたその時、つむりが満面の笑みで言った。
「つむりをむかえにきてくれちゃんだね! はやくおねえしゃんのおうちにつれてっちぇ
よ!」
 おかあさんが死に、みんなよそよそしく入り口から僅かな食べ物を投げ入れていく、そ
れをずりずりと這って食べる生活に、つむりは疲れ果てていた。よそよそしいのは親まり
さを殺してしまった後ろめたさからなのだが、つむりはてっきりみんなに自分が嫌われて
しまったのだと思っていた。
 その境遇に同情すべき点はある。
「ゆっくちさせちぇね! おねえしゃん!」
 だが、つむりにゆっくりした笑顔で言われたまりさは、例えそのような事情を細かく知
っていても同情などしなかっただろう。
 当たり前のように、これまでずっと離れて暮らしていた群れから追放中の姉にゆっくり
させてと要求するつむりに、まりさはゾッとしていた。
 その悪寒が、同情など吹き飛ばしたに違いない。
 すぐに、なんて図々しいんだ、とは思った。しかし、最初のゾッとした感じの正体がわ
からなかった。
「ゆゆーん、つむり、ゆっきゅちできりゅよ!」
 嬉しそうにしているつむりを見ていると、ようやくそれが掴めて来た。
 何かをして貰うのが当たり前だと思っているあの笑顔。
 全く悪意無く、無邪気に、他者に奉仕を求める笑顔。
 何かをしてもらった時に「ゆっくりありがちょう」とお礼ぐらいは言うだろう。でも、
きっと言っているほどには感謝していないに違いない。それが、当たり前なのだから。
 突然変異のつむりは、満足に自分では動けない。本来のつむりと違って水にも弱くて泳
げない。だから、他者の力を借りねば生きていけない。
 だから、こうなるのは、それこそ当たり前なのである。
 その悪意無き傲慢、無垢なる怠惰にまりさはゾッとしたのだ。
 今まさに、自分がその奉仕者と思われていることに悪寒を感じたのだ。
「ゆゆゆゆ! な、なに言ってるの! まりさは、つむりをおうちに連れていったりしな
いよ!」
 まりさは、慌てて言った。ただ、久しぶりにつむりの顔を見て帰ろうと思っていたのが
あまあまな考えであることを思い知り、こうして訪ねてきたことを後悔していた。
「にゃ、にゃんでしょんなこというにょおおお!」
「なんでもなにも、まりさだって大変なんだよ、つむりの世話をしてたらまりさがゆっく
りできなくなっちゃうよ!」
 そうだ。そろそろ秋が来る。越冬の準備を始めねばならない。そして、無事に冬が越せ
たら、ありすとすっきりして子供を産んで、自分の家族を作るのだ。
 ――それを、こんな。
 こんなのが転がり込んで来たら(そもそもそこまで移動できないだろうというのはさて
置いて)越冬も危うくなるし、とても子作りなどできない。いやいや、そもそもその時点
でありすが出て行ってしまうかもしれない。
「ま、まりしゃだっちぇ、じぶんで狩りとかしちゃいよ! でも、むりにゃんだよ!」
「ゆゆぅ……」
 つむりの言葉に、まりさは口ごもる。
 動けないからと、おかあさんにいつも構われていたつむりが羨ましくてしょうがなかっ
た。これなら、動けなくてもいいから自分もつむりに生まれたかったと思ったことは数え
切れないほどだ。
 しかし、つむりはつむりで、元気一杯に跳ね回り狩りをする他のゆっくりたちを羨まし
く思っていたのだ。そのことに、ようやく気付いた。
 しかし……。
「ゆぅ、ゆっくりりかいしたよ。つむりもかわいそうなんだね」
「ゆぅ、おねえしゃん……」
「でも、しょうがないよ」
「ゆっ!」
「つむりをゆっくりさせようとしたら、まりさがゆっくりできないんだから、しょうがな
いよ」
「お、おねえしゃん!」
「わかってるよ。つむりが悪くないのはわかってるよ。でも、まりさのゆん生をつむりに
上げるつもりはないよ。まりさは、まりさはまりさでゆっくりするよ」
「ゆ、ゆっぐち、ゆっぎゅぢさせちぇぇぇ! つむりは、ひどりじゃゆっぐちできにゃい
んだよぉぉぉ!」
「それもわかってるよ。でも、おかあさんやみんなのおかげでたくさんゆっくりできたし
ょ。それで……満足してね」
「嫌ぢゃああああ! つむりは、ゆっぐちちだいよぉぉぉ!」
「とにかく、まりさはもうここには来ないよ。ゆっくりりかいしてね! ……ゆっくりさ
ようなら!」
 まりさは、泣き喚くつむりを置いておうちを出た。
 すぐにびにーるぶくろを被り、そのまま真っ直ぐ群れを出た。



 一年後――。

「「ゆっくりおじゃまするよ!」」
「ゆん、かんげーするよ。ゆっくりしていってね!」
 群れにやってきたれいむとまりさの番を、長のちぇんは暖かく迎え入れた。
 群れは栄えていた。
 すっかり長が板についたちぇんは、かつてのぱちゅりーに劣らぬ尊敬を群れのみんなか
ら集めていた。
 れいむとまりさは、ここの群れに入りたいと申し出た。
「わかったよー。それなら群れの掟を守るんだよ。わかってねー」
「「ゆっくりりかいするよ! 掟を教えてね!」」
 掟は、ぱちゅりー時代からそう変わってはいない。ただ、一つ追加されていた。

 まりさつむりについては、口にしないように。

「「ゆゆ?」」
 それまでは、掟を聞くたびにいちいち納得していたれいむとまりさが、それを聞いて不
思議そうにする。
 無理もないと思いつつ、長ちぇんは説明した。
 一年前、この群れには成体サイズまで成長したまりさつむりがいた。色々あったが、食
糧事情が最悪の中で群れのみんなで養っていたのだが、とうとう冬を越せずに死んでしま
った。
 越冬に失敗するという止むを得ない事故であったが、せっかく群れで生まれ育った珍し
いまりさつむりを死なせてしまったことをみんな後悔しているので、その話になるとゆっ
くりできないから触れないようにしている、と。
「「ゆっくりりかいしたよ!」」
 れいむとまりさは、頷いた。
「ここに来る前はどうしていたの?」
「ゆゆ、まりさたちはおさななじみで……」
 幹部れいむが、二匹に話しかけているのを見て、ちぇんは気付かれないように溜息をつ
いた。

 越冬に入る時に、誰かがつむりと一緒におうちに入るべきではないか、という話は一応
幹部会で出るには出た。
 希望者を募ったが、冬の間の重労働を意味するそれに名乗りを上げるものはいなかった。
 冬篭りは、食料の備蓄などが上手く行かなければ飢餓地獄から、果ては家族同士で喰ら
い合う餓鬼地獄へと至ってしまうが、それが上手くいけば、狩りにも行かずに家族一緒に
ゆっくりできる時間にもなるのだ。
 秋の内に、目先のゆっくりを捨てて頑張ったゆっくりに与えられるご褒美とも言えた。
 それが、つむりと一緒に住んでその世話をするとなると、ありえない話になる。
 夏に台風が来てぱちゅりーが死に、食糧難になり、秋になって多少事情はよくなったも
のの、どの家族も越冬にギリギリの食料しか確保できていなかった。むしろ、ギリギリと
は言え、なんとかなりそうな量を確保できたのは僥倖であった。
 ちぇんは、群れのみんなの、つむりを明らかに足手まといに感じて関わりたくないとい
う空気を読んで断を下した。
「出せるだけのごはんをつむりに上げてね。おちびちゃんがたくさんいるところとか、そ
れぞれの事情があるから、ちぇんからはこれだけ出せ、とは言わないよ。でも、全然出さ
ないっていうのもゆっくりできないよね。わかってねー」
 皆、悲しいほどに少量の食料を出した。塵も積もれば、で集めるとそれなりの量になっ
たが、越冬に十分かといえば、明らかに心許なかった。
「それじゃ、塞ぐよー、ゆっくりえっとうしてねー」
 みんなで、つむりのおうちの入り口を枝や葉っぱで塞いでいった。
「ゆわあああん、これじゃたりにゃいよぉぉぉ! 冬さんを越せないよぉぉぉ!」
 つむりが泣き叫んでいたが、お構いなしに作業を進めた。
「じにだぐにゃいよぉぉぉ、つむり、じにだぐにゃいよぉぉぉ!」
「みんなも大変なんだよ、わかってねー」
「だちでえええ、だちでよぉぉぉ! おねえしゃん……おねえしゃんのところにつれでい
っでよぉぉぉ!」
「おねえさん、っていうのはまりさのことだねー、どこかで立派に暮らしてるらしいけど、
誰もおうちの場所は知らないんだよー……よし、塞がったよー」
「ゆぐっ、ゆひぃ、たりにゃいよぉ、だちてよぉ……ゆべ!」
「がまんして、少しずつ食べてれば大丈夫だよー」
「い、いぢゃいいいい、こ、ころんじゃっだよぉぉぉ、おこちちぇ、誰かおこちちぇ、つ
むり、ひどりじゃ立でにゃいよぉぉぉ!」
「それじゃ、また春に会おうねー、わかるねー」
「ゆ、ゆぴゃあああ! ひじょいよぉぉぉ! ひとりでえっとうなんでむりだよぉ! お、
お、おがあしゃあああああん! お、おねえじゃあああああん! つぶりは……つぶりは、
ひとりじゃ生きられないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 自分をはじめ幹部たちや、一部のゆっくりは理解していた。
 つむりの越冬は失敗するだろう、と。
 越冬失敗による死ということにして、つむりを片付けるのだ、と。
 そして、春になり、どの家族もなんとか越冬に成功して喜び合った。
 そして、案の定、つむりは唯一の脱落者となったのである。
 春から夏になり、今年は台風も来なかったので、食料は安定して得ることができたため
に群れはここまで回復し、新参を受け入れるまでになった。
 ただ、余裕が出てくると、みんなの中に、珍しくゆっくりできるまりさつむりを死なせ
てしまったことを後ろめたく思う気持ちが蘇ってきた。
 だから、もう触れないようにしたのだ。
 掟にまでして、もうみんなでゆっくり忘れよう、と。
 こうして新入りに掟を説明するちぇんは忘れることはできないが、それは長として死ぬ
とわかっていながらつむりを見捨てた責任だと思っている。

「長!」
 幹部れいむに呼ばれて、ちぇんは俯いていた顔を上げた。
「このれいむとまりさ、まりさに会ったらしいよ」
「ゆゆ!?」
「そもそも、ここの群れのことは、まりさに教えてもらったんだぜ」
 と、新入りまりさは言う。
 このまりさに群れのことを教えてくれたまりさというのが、どうやらあのつむりの姉で
かつてこの群れを追放されたあのまりさらしい。
「いっしょに行こうって言ったけど、ついほーされてるから、って言って来なかったんだ
ぜ」
「じぶんが行ったら、みんながゆっくりできなくなる、って言ってたよね。とてもゆっく
りしてるまりさだったから、ゆっくりできなくなるわけないのにね」
 それを聞いて、ちぇんは閃いた。
 もしかしたら……いや、きっと、まりさはまた群れに様子を見に来たのだ。
 みょんに聞いたが、まりさはステルス機能を持った袋を持っており、それを被って完全
に姿を消すことができるらしい。
 そうやって姿を消して様子を見に来て、そして、新たな掟にしてまで、みんながつむり
のことを忘れようとしているのを知ったのではないか。
 そして、つむりの姉の自分を見れば、みんな嫌でもつむりのことを思い出す。だから、
自分が行けばみんながゆっくりできなくなる、と言ったのでは。
 推測だが、きっとそうだろうとちぇんは思った。
 そして、もうまりさはこの群れにはやってこないだろう、と。
 まりさがおうちを構えているらしいという方角を見て、ちぇんは、
「ゆっくりしていってね」
 と、言った。
 その後ろで、まりさがどうしていたかを幹部れいむに聞かれたれいむとまりさが答える
声が上がっていた。
「それで、ありすといっしょに暮らしてて、赤ちゃんもいて、ゆっくりしてたよ!」
「ゆゆぅ、れいむたちもあんなふうなしあわせなー家族になりたいよ」

                              終わり



 愛ででも虐待でもない!
 って書いてたら、最後の最後で立派なつむり虐待だよ。でももう知らないよ。

 改めて、多大なインスパイアを与えてくださったキリライターあきさんに感謝いたしま
す。




元ネタSS「赤ちゃんまりさとまりさつむり」
元ネタ絵 byキリライターあき


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感想

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  • めいさくだよ!
    ゆっくりできるおはなしだったよ!
    すごくかんがえさせられたよ! -- 2024-04-28 18:30:42
  • 姉まりさはゆっくりできるんだねーわかるよー -- 2023-02-28 16:39:13
  • 姉まりさ最高の決断
    いい話や -- 2022-12-19 23:22:02
  • つむりがゴミだった -- 2022-12-09 22:53:03
  • 後半の感謝はするが当たり前だと思っているの下り自分にも帰ってくるゾ、、、 -- 2022-12-04 23:19:46
  • 義理の母まりさがすうーごくゆっくりしてた。( ≧∀≦)ノ -- 2021-01-08 17:59:15
  • 母まりさが怪我したときの周囲の反応がリアルでよかった
    自分たちは関わりたくないから姉のお前がなんとかしろって世話を押し付けようとする汚さとか
    まりさのゆん生をあげる気はないっていう気持ちもすごく納得できる
    よいお話だと思います -- 2019-01-18 01:16:58
  • つむりのゲス率は高い -- 2018-12-30 16:13:38
  • ↓3ゆっくり視点では悪い人間で間違いないだろ
    -- 2017-11-03 20:22:18
  • つむりと親まりさザマァ
    で面白かった -- 2017-10-25 23:52:37
  • この話で学んだことそれは、楽してる奴は、人間だろうが!ゆっくりだろうが!
    厳しい社会じゃ生きれねぇんだよ!って事だな。いやー勉強になったなぁ。
    (((uдu*)ゥンゥン -- 2017-08-05 23:28:36
  • ≫「みんなも知っての通り、まりさはわるい人間さんにいじめられてもう赤ちゃんを産めな
    いんだよ」
    それはまりさが群れに入ってすぐに聞かされたことがあった。その際に番のれいむと子
    供たちを殺されたことも。

    どこが悪い人間さんなんだ
    それにしてもつむりは自分が生きる資格があると思ってんのが終わってるな -- 2017-01-04 15:23:17
  • 結局良くした奴はひとり立ちできず死ぬってことなんだねー -- 2016-12-31 14:18:40
  • 結果を見てゲスと言えるものはいるけどそれでも何故こうなったのか前提を見ると仕方ない。全員根本的には悪くはない。

    けどその結果死んでも仕方ない。 -- 2016-10-24 06:34:15
  • まりさつむりは確かに希少種さんでかっこいいけど普通のまりさに比べて動けないから狩りに行けないから立派な役立たずだね〜わかるよー
    -- 2016-08-15 18:26:13
  • ゲスな時点で悪いだろうが、親失格にも程があるわ
    さらに姉妹が居ても寄生される可哀想な被害ゆが増えるだけだろ -- 2016-03-24 16:37:25
  • *↓13
    弟いるけど、そういう意味ではゆっくりできないよー
    上の子としては、そういいたくなる気持ちはわかるけどねw
    自分的には、誰も悪くないと思う。
    一見ゲスな親まりさやれいむ、つむり本ゆにしても、例えば
    上にもう2-3ゆの姉妹が育ってれば、ここまで関係が歪む事は
    なかったろうしね。 -- 2016-01-16 19:38:56
  • あのくそまんじゅうさんをせいっさいしたおかあさんはゆっくりできるね!
    -- 2015-01-27 15:47:26
  • 姉まりさ  良かったね。ゆっくり小説・漫画は、こーゆーのが、一番ゆっくりできるよ。わかってねー。

    -- 2015-01-01 01:29:37
  • なにいってるんだ!!ゆっくりは皆平等だろ平等に糞饅頭だろーが!!

    -- 2014-12-01 00:39:08
最終更新:2009年10月26日 18:30
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