【>願う 何を? >幸せ 何が君の幸せ?】 ◆ACfa2i33Dc
早朝の日差しが、偽りの街に差し込む。
街の端。隣町との境目、絶対領域の境界線。
「奉野」という表札の掛けられた一軒家。
居間で椅子に腰かけて、シルクハットを被った少女――シルクちゃんは、その手紙をずっと注視していた。
その目に感情はない。
ただ、興味と、そして疑心だけがある。
「――どうしました? シルクちゃん様」
居間の奥、キッチンから割烹着に似た侍女服を着た女性が顔を出す。
当然、ただの女性ではない。頭からは、まるで鹿のそれのように二本の角が生えていた。
自動人形、鹿角。シルクちゃんの従者であるランサー――その、更に従者。
「鹿角か。……ランサーは?」
「忠勝様ならば、外で警戒を」
「そうか。……どうでもいいけど、その『シルクちゃん様』って微妙に呼び方として違和感があるからやめない?」
「いいえ。私の主は忠勝様一人のみです。いくらシルクちゃん様が現在の忠勝様の主と言えど、やはりマスターと呼ぶのは不適格かと」
「妙なところで杓子定規だね君は。……まあいいや、これなんだけどさ」
椅子に腰かけたまま、シルクちゃんが鹿角へと手紙を差し出す。
薔薇の模様で彩られた便箋。鹿角はそれを受け取って、ざっと手紙の内容に目を走らせた。
「ルーラーからの手紙、ですか」
「うん。朝起きて郵便受けの中を見たら入ってた。この内容をどう思うか聞きたいんだよね」
「5000円とはまたみみっちいのかそうでないのか判断がつけ難い金額ですね」
「いや、そこじゃなくて」
「おや、そうでしたか。では、掲示板を見るために鹿角が契約している通神帯(ネット)と表示枠(サインフレーム)を使用したいという事ですか?
この家何故か回線どころかテレビすらありませんし」
「できるのそんな事? ……いや、確かに興味はあるけれど、それでもなくて。フェイト・テスタロッサの事だよ」
送られてきたルーラーからの手紙に記されていた、諸所の連絡事項。
その一つ、『フェイト・テスタロッサというマスターの捕縛』。
同封されていた写真に写っている金髪を長いツインテールにした少女を眺めながら、シルクちゃんは問うた。
「開始早々の『捕縛依頼』。どう思う?」
「どうと言われましても。
現状で最も可能性の高い判断といたしましては、このフェイト・テスタロッサという参加者が何らかのルール違反を犯したと見ますが」
「そうだね、それが真っ当な判断だ。
ただ……」
シルクちゃんは、そこで一旦、言葉を切った。
「ルーラーは、あまり信用できないかもしれないな」
「ほほう? それはまた何故でしょう」
「聖杯戦争のルールを犯したのなら……、そんなものがあるのかは知らないが、とにかく、普通に理由を明かしてもいいんだ。
それをしないっていうのはつまり、参加者に明かすには後ろめたい何かがあるからだ……って、推測もできる。
そのあたりは、本人に聞いてみないとわからないけれど」
「なるほど。確かにそう解釈する事もできますね。しかし、ならばどうするのですか?」
「……、どうするって?」
「ルーラーが信用できない、というのはわかりました。しかしそれはシルクちゃん様独自の解釈であり、他のマスター達もそう思っているとは限りません。
令呪という報酬もある以上、フェイト・テスタロッサを巡ったなにかが街で起こるのは避けられないでしょう」
一直線に、鹿角がシルクちゃんを見つめる。
感情を有さない瞳が、感情を消したはずの瞳を射抜いた。
「率直に言えば、無干渉を決め込んで騒ぎが収まるまで待つのが得策かと」
「………………」
実際のところシルクちゃんにも、それは理解できていた。
ルーラーが信用できるかどうかは置くとしても、フェイト・テスタロッサを追えば同じように彼女を追う参加者と戦いになるのは避けられない。他の参加者との接触の確率が跳ね上がるのは聖杯戦争において、好ましくない。
戦わなければ願いに辿りつく事はできない。しかし戦うばかりでは消耗し、討ち取られる可能性をいたずらに上げるだけ、というのも事実だった。
ルーラーに反する、という選択肢もまた遠い。ルーラーの持つ令呪を持ってすればランサーを自害させる事は容易い。
下手をすれば、自分が第二のフェイト・テスタロッサとなる可能性だってある。
実際のところシルクちゃんにも、それは理解できていた。
――ならば、どうしてこうも引っ掛かるのか。
「……わかっては、いるんだけどね」
我知らずの内に、シルクちゃんは呟いていた。
この街を忘却の国と見立てるならば。
それを裏から操るルーラーは。
そして、そのルーラーに追いかけられる少女は――
飛躍が過ぎるのは、本人にもわかっていた。
けれど悲しい事に、彼女には己の内に膨れ上がっていたなにかを発散する為の言葉が無かった。
「……ランサーを呼んでくれ、鹿角。出る」
テーブルの上に置かれていた羽ペンを握る。シルクちゃんは地面を蹴り、席を立った。
その目に感情はない。
――ないはずだ。
「おやおや? 先程の提案をもうお忘れですか」
「わかってるさ。だから極力他の組との接触は避ける。図書館の近くも張られてるだろうから、できるだけ近寄りたくないね」
「ではどうするおつもりで?」
「フェイト・テスタロッサの顔でも見てくるよ。捕まえるつもりはないけどね。ついでに、ふらふらしてるマスターを一組倒せたら上出来ってところかな。
鹿角は家で待機。魔力を感知されたりはしないだろうけど、その外見は目立つ」
「――そうですか」
自動人形である鹿角が、主(正確には、シルクちゃんは主のまた主だが)の目的に本気で口を挟むことはない。
だから鹿角は、その判断に対して何も言う事はなかった。
「では通神で忠勝様をお呼びしますので、その間朝食を食べてからお出掛けください」
代わりにその口から紡がれたのは、そんな言葉だった。
一旦キッチンに引っ込んで、準備していた朝食をテーブルに載せていく。
「……今すぐ出たいんだけど」
「それは構いませんが。食材が無駄になりますし、長い時間外に出る事を考えれば朝食は摂っておいた方がいいかと」
「………………」
抗議の言葉にも構わず、鹿角は手早く配膳を終わらせる。
顔を顰めていたシルクちゃんも、テーブルに並んだ和食の数々を目にして、観念したように再度席に着いた。
「夕食も仕込みをしておきますので、19時までにお帰りください」
∇
星輝子の朝は早い。
『親友』であるキノコ達はある程度手入れをしなくてもすくすく育つが、それとこれとは別の問題だ。
「フヒヒ……フヒッ……今日も元気か……?
……うんうん、元気そうだな……」
キノコの原木に向かって挨拶。様子を見てから、満足気に頷く。
他人からすれば奇矯な行為だが、彼女にとってはいつもの日常だった。
かびかび。
かびかびかびかび。
「……あっ……あ、新しい友達……おはよう……。
そっちも……元気か……?」
そしてこちらは、いつもとは違う日常。
周囲を漂う『かび』に、輝子は先程と同じように挨拶する。
「かび」
「そうか……よかったなー……フヒッ」
『かび』達から返された笑顔に、やはり輝子は満足気に頷いた。
「……あ……メール、来てる……誰かな……」
一通り挨拶を終わらせたところで、充電器にかけてあった多機能携帯電話にメールの着信が来ているのに気付く。
充電器から多機能携帯電話を手に取って操作。ちょっと昔は慣れない操作だったこれも、今ではすぐにこなせるようになった。
アイドルになって、色々な人間と知り合えたお陰だ。
「フヒッ……あれ、知らない人だ……ルーラー?」
受信箱に入っていたメールの送り主は、知らないメールアドレスだった。
題名は『ルーラーより、聖杯戦争予選通過者の皆様へ』。
一瞬迷惑メールを疑って、でも聖杯戦争という単語にそれはないと思い直す。
開いてみれば、内容は聖杯戦争についてのお知らせだった。
聖杯戦争そのものにはあまり興味のない(叶えたい願いはもちろんあるけれど、しかし喧嘩は嫌いな)輝子ではあったが、重要な事が書いてあるかもしれないし一応上から下までじっくりと目を通す。アイドルも報・連・相は大事だ。
そして、一つの連絡が輝子の目に留まった。
ルーラーが用意したという、聖杯戦争参加者のための掲示板ではない。(ボッチが身体に染み付いていた彼女は、顔も知らない聖杯戦争の参加者と交流する事になるだろう掲示板は苦手だった)
電子マネー5000円分でもない。(これは使い道に悩んだが、最終的に通販サイトでキノコに関するあれこれを注文するのに使うのを決めた)
『捕獲クエスト』の対象として設定された、金の髪をツインにした少女。
彼女の事で、輝子の頭はいっぱいになった。
「……ライダー」
「うん? どうした、マスター」
呼びかける声に応じて、ライダーが歩いてくる。その鼻先に、多機能携帯電話を突き付けた。
「な、なんだ? ……ルーラーからの連絡ぅ?」
唐突な行動に目を白黒させながらも、ライダーは輝子の手から多機能携帯電話を奪い取って操作。
メールの内容に目を通して確認する。
「えーっと……このフェイトって奴がどうかしたのか?」
「この子も……ボッチ……なのかなって……」
『捕獲対象』の少女――ルーラーからの情報が正しければ、名は『フェイト・テスタロッサ』。
彼女のことが、輝子はどうしても気になってしまった。
だって、この聖杯戦争に、彼女の味方はいないのだ。他の参加者はおろか、本来公平な筈のルーラーまでもが敵に回ってしまった。
皆に狙われる立場になって、彼女はきっと一人ぼっちだ。
それがどうにも、輝子には我慢がならなかった。『トモダチ』と出会う前の自分が、そうさせるのか。
「……いや、サーヴァントがいるんだからボッチじゃないんじゃないの?」
「あっ」
「だいたい、フェイトって奴はルーラーから捕獲しろって命令されてるんだろ。それなら危険な奴かもしれないぞ」
呆れたように言うライダーの指摘は、確かにその通りではあった。
捕縛の命令をルーラーが出したという事は、フェイトという少女はなにか悪いことをしたのかもしれない。
下手に近付けば攻撃されるかもしれないし、そうでなくとも他の参加者とも戦う事になる可能性は高かった。
「でも……」
けれど。
「危険な子なら、ほら……幸子ちゃんと小梅ちゃんも、危ないし……」
輝子にとって、その指摘は逆効果だった。
そもそも輝子の大目的は、この街にいる幸子と小梅を守ること。
危険な人物が街をうろついているなら、それこそどうにかしないとならない。
「………………」
そう輝子が考えているのを悟ったのか。ライダーは、不機嫌そうに顔を顰めた。
「……オレサマは手伝わないからな!」
「うん、乗り物の改造お願い……」
「そういう事でもなーいっ!」
プリプリと擬音化された怒り方をしながら、ライダーはこの前と同じように、かびるんるん達を引き連れて行ってしまう。
ただ輝子は、ライダーがいつも徹夜して(サーヴァントは眠る必要がない以上、徹夜と呼ぶのが正しいのかはわからないが)自らの乗り物を改造している事を知っていたから、特に不安に思ったりはしなかった。
「学校、行かないと……今日も幸子ちゃんと小梅ちゃんとお話……フ、フッ」
そうして輝子は、今日も学校の支度を始める。
聖杯戦争は始まったが、幸子と小梅が来ているだろう学校に行かないなんて、輝子には考えられない話だった。
だから気が付かない。掲示板に苦手意識を持って開きもしなかった彼女には。
悪意が、彼女の仲間、そして『トモダチ』を蝕もうとしている事に。
――気が付かない。
――今は、まだ。
∇
かくして二人の少女が、一人の少女を巡った盤面に乗る。
異なる動機で。異なるやり方で。
【D-7/奉野宅/一日目 早朝】
【シルクちゃん@四月馬鹿達の宴】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]魔法の羽ペン
[道具]
[所持金]一人暮らしに不自由しない程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れて、復讐する。
1.朝食を食べたら街に出る。
2.フェイト・テスタロッサに対しては――
3.ルーラーへの不信感。
[備考]
※フェイト・テスタロッサを助けるつもりはありません。ですが、彼女をルーラーに突き出すつもりもありません。
※令呪は×印の絆創膏のような形。額に浮き上がっているのをシルクハットで隠しています。
【ランサー(本多・忠勝)@境界線上のホライゾン】
[状態]平常
[装備]『蜻蛉切』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:主の命に従い、勝つ。
1.マスターと一緒に街へ出て一暴れする。
[備考]
※宝具『最早、分事無(もはや、わかたれることはなく)』である鹿角は、D-7の奉野宅に待機しています。
【C-2/マンション/一日目 早朝】
【星輝子@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]多機能携帯電話
[所持金]一人で暮らせる程度にはある
[思考・状況]
基本行動方針:幸子ちゃんと小梅ちゃんを守る。
1.学校へ行って、幸子ちゃんと小梅ちゃんに会う。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※掲示板を確認していません。
【ライダー(ばいきんまん)@劇場版それいけ!アンパンマン『だだんだんとふたごの星』
及び『よみがえれバナナ島』 他、劇場版】
[状態]平常
[装備]宝具『俺様の円盤(バイキンUFO)』、『地の底に潜む侵略者(もぐりん)』、『踏み砕くブリキの侵略者(だだんだん)』
[道具]
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:宝具を改造して、準備を整えてから行動したい。
1.宝具をエンチャントする。輝子については勝手にしろと言っているが――?
[備考]
※どの宝具から改造しているかは後続にお任せします。
最終更新:2020年06月28日 00:03