シュガー・カルト ◆PatdvIjTFg
空は嵐が過ぎ去った後のように、清々しかった。
主が資産家であることを思わせる一軒家の庭で、少女は安楽椅子に腰掛けて、うとうとと微睡んでいた。
自分が起きているのか、それとも眠っているのか、どちらでも構わないと思った。
ただ、この幸福な時間が何時までも続けばいいと思う。
寄せては返す波のように、ぎいぎいと安楽椅子が揺れる。
少女の躰は華奢で、その上、白い水彩絵の具に少し青を垂らして混ぜて、それで塗ったような妙な肌色だから、
どことなく、大海原を漂う酷く儚げなようなものにも見えた。
微睡みながら、少女は夢を見る。
自分が深い海の底にいる夢を、いつまでもいつまでもただ自分が微睡み続けるだけの夢を。
そんな彼女の隣には、少女がいる、彼女の大切な友達がいる。
ぼうっと微睡みながら、時々思い出したかのように他愛のない話をして、そしてまた微睡み続ける。
そんな完全な幸福の夢を。
「山田なぎさ……」
寝言で、少女は名前を呼ぶ。。
それが、世界でただ一人の彼女の友だち。
少女の名は海野藻屑、悪い冗談みたいな名前をした少女。
自分のことをぼくと呼び、高級品に身を包んで、自分を人魚だなんて言って、そして虐待で刻み込まれた身体の痣を汚染と言い張る少女。
耳が片方聞こえないから、聞こえる方の耳を彼女の隣に寄せるために、大きく開かない足を懸命に引きずって、友だちを追いかける少女。
ここじゃない別の場所に行きたくて、遠い場所へ逃げようとした少女。
そして、今は聖杯戦争に参加する少女。
「ぼくは結構楽しくやれてるよ、でも……」
夢の中で、海野藻屑は山田なぎさに話しかける。
この街は、そう悪い場所ではない。父親に殴られることもない。
逃げようとした場所がこの街ならば、大正解と言ってもいい。
それでも――
「山田なぎさがいないんじゃ、ダメだよ」
海野藻屑は山田なぎさと逃げたかったのに、海野藻屑の隣には山田なぎさがいない。
ぽっかりと穴が空いてしまっている――山田なぎさがいないから、転入手続きも宙ぶらりんに浮いたままだ。
「財布とか、ドライヤーとか、すごく気にいってるシャーペンとか、せっかく準備したんだからさ。
ぼくだけが来たんじゃ、全部無駄になっちゃうじゃないか……」
逃げようと決めた日、山田なぎさはそんなどこへ行きたいのかわからないようなものを準備するつもりだった。
そのチョイスを聞いて、海野藻屑は楽しかった。
まるで冗談みたいだけど、本気なんだと思った。
だから、私物を取りに戻って自分の家の前で山田なぎさと別れた時、
自分一人だけがこの街に来てしまった時、
本当に、心にぽっかりと穴が空いてしまった。
だから、少女は決めた。
「マスター」
気が付くと、海野藻屑の隣に美しい少女が立っている。
透き通るような白い肌、身体に纏わりつく薔薇、ピンととんがったエルフを思わせる耳――人の姿をしておきながら、人間離れした美しさ。
それこそが、海野藻屑のサーヴァント。彼女が世界に向けて放つ物理的な弾丸。アーチャー、森の音楽家クラムベリー。
「どうだった?」
「アサシンを一人、そこそこ楽しい相手でした」
「そう」
絶対に、何をしてでも、もう一度、山田なぎさに会う。
だから、海野藻屑は己のサーヴァントに戦うことを許した。
サーヴァントと戦いたいという、彼女の願いを赦した。
アーチャーは、海野藻屑の左側に立っている。
海野藻屑のどちらの耳が聞こえるか、それは彼女の魔法には関係のないことである。
音は彼女が望む位置から発することが出来る、両耳に聞かせてやればいいだけのことだ。
「では、また行ってきます」
「うん」
「貴方のようなマスターを持てて、幸せです」
「そう」
互いに、興味を抱かない。それで良い。
森の音楽家クラムベリーが求めるものは戦いであるし、
海野藻屑が求めるものは戦いの後にあるものであって、その過程に興味はない。
そうやって、海野藻屑は何時までも微睡み続けるし、
森の音楽家クラムベリーは、彼女に捧げる子守唄のように、彼女の餌食となったものの断末魔を響かせる。
砂糖菓子の弾丸は放たれない。
◇
森の音楽家クラムベリーが強敵との闘争をどれほどに愛しているかといえば、
自分の闘争のために、魔法少女達を殺しあわせ、その殺し合いに一参加者として混ざるぐらいに愛している。
故に、この聖杯戦争なぞは彼女にとっては最高の舞台である。
主催者としての多少の雑務に追われることもなく、マスターから制限を受けることもなく、森の果実をもぐように、自由に戦いを楽しむことが出来る。
戦闘そのものが報酬であるが、それに加えて勝利の暁には聖杯が手に入る。
この地は彼女にとっての理想郷と言っても過言ではない。
とは言っても、幾つかの欠点は存在している。
例えばマスター同士が連絡を取り合えない、というのは面倒な問題である。
自身の魔法少女育成計画においては、魔法少女同士で連絡を取り合えたため、実際に会う際にはそう不便は無かったが、
今回はマスターあるいはサーヴァントを探すところから始めなければならない。
森の音楽家クラムベリーは音を操るという能力のために非常に優れた聴力を持っているが、
しかし、怪しい会話を聞き取るという目的のためにはあまりにも範囲が広すぎて面倒である。
また、自身のマスターもよろしくない。
自分を自由にさせてくれるのはありがたいことであるが、魔力があまりにも少ない。
自身の単独行動スキルである程度は補えるが、出来ることならば他のマスターに乗り換えたいところである。
しかし、こんなにも楽しむことが出来ているのだ。
あまり、文句をつけるのもやめておこう。
移動の最中、森の音楽家クラムベリーは不自然に手袋で腕を隠した少女を発見する。
それが、令呪を隠しているからなのか、あるいは別の要因であるからか、尾行してみればわかることだろう。
「願わくば……」
強者との闘争が待ち受けていれば良い。
◇
――だけど、あんたは実弾じゃないもん
時折、海野藻屑は夢の中で出会ったばかりの山田なぎさの言葉を思い出す。
魔法少女は実弾としては夢のようにあまりにもふわふわとしていて、
それでもはっきりと実を持っていて、だから、彼女が召喚されたのだろうか。
「どうでもいいや」
【クラス】
アーチャー
【真名】
森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画
【パラメーター】
筋力:B 耐久:B 敏捷:B 魔力:B 幸運:D 宝具:C
【属性】
中立・悪
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
魔法少女:A
『魔法の国』から与えられた力。魔法少女『森の音楽家クラムベリー』に変身できる。
魔法少女時は身体能力や五感や精神が強化され、容姿や服装も固有のものに変化する。
通常の毒物は効かず、食事や睡眠も必要としない。その影響かサーヴァントとしての現界に必要な魔力量が通常時よりも低下している。
人間としての顔を捨てた森の音楽家クラムベリーというサーヴァントは人間としての姿を持たず、常時変身状態が維持される。
【宝具】
『音を自由自在に操ることができるよ』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100人
音を自在に変化させられる魔法を操る、この魔法によって発せられる音は物理現象であるため対魔力による無効化は出来ない。
この宝具によって、音を任意の方向から発生する、音を声のように変調する、音量を爆音にして衝撃波として放つことが出来る。
また、この宝具の影響によって森の音楽家クラムベリーの聴力は非常に強化されている。
なお、ここでいう魔法とは魔法少女育成計画における魔法であってTYPE-MOON作品における魔法ではない。
【weapon】
魔法少女としての身体能力
【人物背景】
魔法少女育成計画における黒幕、その行動は生き残った魔法少女達に大きな傷跡を残した。
【マスター】
海野藻屑@砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない
【マスターとしての願い】
山田なぎさに会いたい
【weapon】
ミネラルウォーター入りペットボトル(2リットル)
【能力・技能】
過去の虐待により左耳は聴力を失っており、片足を引きずるようにしか歩けない。
頭の回転は速く、独創的なアイディアで周りを煙に巻いたこともある。
【人物背景】
東京から父の故郷である田舎の港町へ引っ越してきた少女。
一人称は「ぼく」で、じぶんのことを人魚と言い張り、いつもミネラルウォーターを飲んでいる。
虚言癖や人を小馬鹿にしたような言動のせいで周囲から疎まれることが多いものの、外見は美少女そのものであるため異性として好意を抱いている男子は多い。
芸能人で歌手の父から日常的に虐待を受けているが、本人はそれを「愛情表現」と称し、父をかばうような言動をとっている。
これは作中の登場人物から「ストックホルム症候群」のようなものではないかと指摘されている。
【方針】
アーチャーに任せて、自分はぐぅぐぅいつまでも惰眠を貪っていたい
最終更新:2015年05月12日 02:30