牙を見せた男は冒険者の一人を目に留めて動きを止めた。
「……そこにおられるはファウストの姫君であられますか。」
その言葉を受けてアイーシャは一歩前に出た。
「ディガール伯爵……」
ディガールと呼ばれた吸血鬼は恭しく頭を下げてこう言った。
「お待ちしておりました。
これから作る世界で
あなたは一族の象徴と
なるでしょう。
どうぞ、こちらへ
おいで下さい。」
そう言ってディガールは手を差し伸べてきた。
アイーシャは動かずにこう言った。
「……どうして?
ファウスト家は人間との
共存を唱えて来たはずよ。
あなた達もずっとそれに
従っていたじゃない。」
アイーシャの言葉にディガールは手を引いた。
「くっ
ククククク……
ハハハハハハハハッ!」
ディガールは一変して高笑いを始めた。
「実に愚かですな。
本気でそんな事を考えるのは
貴女だけだとは知らずに……」
ディガールからは先ほどまでの恭しい態度は消え失せていた。
そして威圧的な視線をぶつけてこう言った。
「我々が従っていたのは
暗黒卿の力を恐れるが故。
だが、今
こうして対峙してみれば……
貴方はまるで恐ろしくない。
あの魔王のごとく狂気じみた
暗黒卿の威圧感に比べれば……
ククク……
どうやらファウストの力は
受け継がれなかったようだ。」
ディガールは再び口元をゆがめて牙を見せた。
「王となる私の
妃にしてやろうと思ったが
それすらも無意味なようだ。
自滅した愚かな暗黒卿の元へ
今すぐお前も送ってやろう!」