二人だけの楽園 ◆auiI.USnCE
―――こんな世界で、ふたりきり。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ああ……ああ…………あぁぁぁあぁあぁ」
壊れた空の下で、響く、絶望の声。
身体を抱えて、彼女は慟哭していた。
瞳から溢れ出る涙が、彼女の哀しみを現しているんだ。
彼女――小牧さんにとって、大切な妹が死んでしまったから。
僕――直枝理樹を利用して護りたいといった妹が、放送で呼ばれたんだ。
嘘だと叫びたくても、彼女の妹の後に呼ばれた早間の名前で、それが真実だと示してしまう。
そして、僕の友達も死んだ。大切な親友が。
「真人……そんな……」
決別するかもしれない、親友が。
僕よりも先に逝ってしまった。
その事実に、僕はうちのめされる様に立ちすくんでいる。
護ると約束した、小牧さんの所にすらいけずに。
泣いてる彼女の元に、行きたいのに。
僕は、その場で立ち竦んでいる。
筋肉、筋肉と言っていたバカみたいな友達だったけど。
優しくて、とても頼りになる、大好きな友達だった。
そんな真人が、死んだ。
信じられない、信じたくない。
殺すかもしれなかったのに。
「あれ……?」
僕の頬に温かい雫が。
泣いてるのか、僕は。
捨てると言ったのに。
僕は……僕は……
「くそっ…………くそっ……」
何故か悔しくなって、地面を蹴る。
哀しくなってるのが、何故か悔しかった。
今すぐ、小牧さんを助けに行かないといけないのに。
護ると約束したのに、僕は哀しみで動けない。
目の前で、真人の幻影が僕を笑っているような気がした。
こんなんじゃ……ダメだ。
こんなんじゃ……ダメなんだ。
僕は…………僕は……
だらしがないな、という真人の声が聞こえた気がした。
僕はハッとなって前を向く。
真人は当然居なくて、代わりに居たのは……
「…………小牧さんっ!?」
自分の頭に、銃を突きつけた小牧さんだった。
僕は頭が真っ白になって、そのまま愛佳さんに向かって駆け出していく。
哀しみも悔しさも、追悼の気持ちも、もう、どうでもよかった。
ただ、彼女を護りたかった。
僕の手を取ってくれたから。
僕が護らないといけないから。
そう思ったから。
後ろでへっと笑っている真人がいた気がした。
そして、これが、僕の、僕が、選んだ道であり、
親友との決別だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「小牧さん、やめるんだっ!」
僕は引き金を引こうとする、愛佳さんの手を間一髪で止めた。
小牧さんは、ゆっくりと振り返り、僕の顔をしっかり見つめて、
「…………直枝君…………やっぱ、だめだよぉ…………これは罰なんだ」
泣きながら、呻くように彼女は呟いた。
絶望に染まりきった顔で。
彼女は、罰と言った。
「一度でも、人を騙そうとした。その報いだよ……」
報い……報いなのか。
これが、こんな残酷な事が。
報いなんて……
「そうだ…………あたしは……もう穢れたんだもん……だから、やっぱり……」
穢れた?
小牧さんが?
大切に妹を思っていた彼女が……穢れた?
「きっと…………こんな残酷な世界に、あたしはいらない……んだ……」
彼女は、儚く、泣きながら、笑った。
その表情の小牧さんは、何処かに消えてしまいそうで。
僕の表情が歪んでいくのがわかる。
「だから、約束……護れそうもないや……ごめんね、直枝君」
そう、彼女は、哀しく言った。
この世界に居場所は無いと。
こんな世界で生きたくないと。
罪を背負い、穢れてしまった彼女は。
大切な人を失ってしまった彼女は。
――――死にたい、と願っていた。
僕は…………
僕は。
僕は――――!
「ううん、ダメだよ、小牧さん……生きなきゃ……生きていかなきゃ、ダメだ」
「……直枝君?」
僕は、
僕は、震える小牧さんを、力強く抱きしめていた。
この世界に留まる事を選んで欲しいから。
そして、僕は誓ったんだ。
彼女だけのリトルバスターズになるって。
彼女を護る為に、彼女を生かす為に。
だから、
「君が、この世界で生きる事が辛いと言うなら、僕が隣で護ってあげる」
壊れた空の下。
生きる事が苦しいと言うなら、僕が隣に居る事を誓う。
彼女を護ると心から、誓ってみせる。
「君が、背負っている罪が重いというなら、一緒に背負おう。君が受ける罰が大きいと言うなら、一緒に受けよう」
彼女が背負う罪がどんなに重たいとしても、僕が一緒に背負うと誓う。
彼女が受ける罪がどんなに大きいとしても、僕が一緒に受ける事を誓う。
それが、彼女の救いになると言うなら、僕はどんな苦しみでも甘んじて受けいれる。
「君が、どんなに穢れてるとしても、僕は君をどんなものよりも、綺麗と思う」
ああ、そうだ。
彼女が穢れてる訳が無い。
大切な妹のことを思って、身体を使ってまで僕を一生懸命に護ろうとした彼女が。
穢れているはずがない。そんな訳があるもんか。
むしろ、どんな人よりも、綺麗で優しいんだ。
「君が、この残酷な世界でいらない存在だとしても、僕は、僕と君が生きる世界で、君を必要だと誓う」
もし彼女が、この世界から、否定されたとしても。
僕は、僕が生きる世界で彼女を必要だと誓える。
僕は彼女を護る為に、生きたい、生きていきたい。
それが、僕の生きる世界だから。
だから、
「僕と生きよう、小牧さん。僕は君が必要だから……二人で作ろう、二人だけの楽園を」
ぎゅっと彼女の手を握り締める。
とても、温かい。
そんな、温かく、小さなてのひらのような、世界で、楽園で。
僕は彼女と一緒に生きていきたい。
「君を護るから、護って、護り抜いて。そして僕達の、空の色で溢れる、楽園の中で生きよう」
だから、僕は護る。
君を護って、護り抜く。
その先に僕達が生きる楽園があるから。
「なお……えくん……」
潤んだ瞳で彼女は僕を見つめた。
彼女は、握り締めていた僕の掌を優しく包む。
「なら、あたしは……貴方の為だけ、生きたい。生きていきたいです」
優しい告白。
僕を見つめながら、彼女は言葉を紡ぐ。
「あたしも、直枝君の傍に居ます。直枝君が背負う罪も、受ける罰も一緒に抱えます」
それは、誓いの言葉。
僕達が、僕達の楽園で生きる為の、宣誓の言葉だった。
「どんなに、穢れていても、貴方の傍に居る時は綺麗で居たい。あたしは、貴方が必要だから」
何もかも失った彼女が。
頼れる存在が僕しか居なくて。
それで、僕に依存するしかなくても。
それでいい、それでいいんだよ。
「だから、あたしを護ってくれますか? あたしと一緒に、あたし達の楽園で生きてくれますか?」
彼女の最後の確認。
彼女の為に何もかも捨てる誓い。
二人きりの小さなてのひらの楽園で、生きる約束。
「小牧さん……」
「……あっ」
言葉じゃ、伝わらない。
そう思ったから、僕は唇を重ねた。
強く抱きしめながら、思いを伝えるために。
「もっと……あたしが必要だって、証明してください……お願い……あたしを――――」
僕も彼女が必要だから。
彼女も僕が必要だから。
だから、僕は、震える彼女をそのまま、静かに押し倒した。
柔らかな、感触が、手に伝わる。
僕はそれを貪る様に、触った。
「愛佳って……呼んで……理樹君」
「うん…………愛佳さん」
そして、僕たちは身体を求め合った。
互いが必要である事を証明するために。
二人だけの、二人きりの楽園で、
僕達は生きていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すぅすぅと彼女は、僕に寄りかかりながら寝息を立てていた。
僕は、何も着ていない彼女に僕の上着をかけて上げた。
もう、僕がずっと望んでいた楽園
親友達と望んだリトルバスターズは、もう、見えない。
けど、大丈夫。
僕は、彼女を護るんだ。
彼女と一緒に生きるんだ。
僕と彼女だけの楽園の中で。
僕と彼女だけのリトルバスターズで。
暖かな小さな手のひらの楽園を護る為に。
僕は生きていく。
例え、それが親友を殺す事になっても。
僕は、今の楽園を護っていく。
それが、僕が彼女に誓った事で。
僕の生きる世界だった。
【時間:1日目午後7時30分ごろ】
【場所:E-6】
直枝理樹
【持ち物:レインボーパン詰め合わせ、食料一日分】
【状況:頭部打撲】
小牧愛佳
【持ち物:缶詰詰め合わせ、缶切り、レミントンM1100(2/5)、スラッグ弾×50、水・食料一日分】
【状況:心身に深い傷】
最終更新:2015年04月03日 21:34