泣けない貴方の為に、私が出来る事 ◆auiI.USnCE









――――私が貴方の為に、涙を流せるのなら。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「……………………あ……う」

眩い夕日の光が差し込める病院のロビーで。
純白のケープを纏っている少女の指先は虚空を彷徨って。
何かを手にしようとして、何かを求めようとして。

結局、何もつかめやしなくて。

細くて白いしなやかな指は、そのまま少女の胸元に静かに置かれた。
とくんとくんという心臓の鼓動が感じられて。
ああ、生きているんだと少女――長谷部彩は実感する。


「ああ……あぅぅぅ」

そして、温かい涙が溢れてくる。
先程流れてきた放送が、哀しいことを教えたから。
彩の友達が、仲間が、命を終わらせてしまったと言う事。
温かくて、やさしくて、親切な人達が簡単に命を散らしてしまった。

なんで、どうして、こんな事って哀し過ぎる。

そんな思いが彩の心の中を廻って。

死んでしまった由宇も、詠美も、玲子も、郁美も、あさひも、こんな事で死んでいい人じゃない。
きっと死んでしまった人達、皆そうだろう。

なのに、なんで、なんで。

「うわ……あぁぁぁぁ」

ああ、涙が止まらない。
泣く事で、彼女達が救われる訳じゃないのに。
泣く事で、彼女達が喜ぶ訳じゃないのに。

それでも、長谷部彩は泣く事は止めなかった。

誰かを喪った哀しみを隠そうとしない。
誰かの死に涙を流せる事はきっと、悪い事ではないから。
亡くなった人の為に、弔うように、泣いて。
それが今を生きている自分の救いになるなら。
哀しみの先に、続く未来があるなら。
そして、涙の先にある沢山の想いが伝わるのなら。


「あぅぅぅ……あぅぅうぅあぁぁぁぁ」


長谷部彩は泣き続けよう。
祈るように、惜しむように。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。



病院で、哀しみ、泣く彩の姿は切り取られた絵画のようで。
とても美しくて、まるで天使のようで。
その光景を彼女の同行者であるベナウィはずっと見つめていた。

何故だろう、泣いている彼女を見ていると何処か不思議な気分になるのだ。

こんなにも、こんなにも誰かの為に涙を流せる彩に。
こんなにも、儚く壊れそうな少女に。


こんなにも、罪にまみれた自分が触る権利などあるのか。
こんなにも、手を真紅の血で自分が言葉をかける権利などあるのか。

答えは出なかった。出る訳が無かった。
だから、不浄のものを寄せ付けない、純白の少女をベナウィはただ見るだけだった。


そして、泣いてる彼女を見て、ベナウィはやっと気付く。

ああ、やはり自分は泣けなかった。

大切な仲間が、家族が死んだというのに。
自分は泣けていないのだ。
予想した通りのままだった。

哀しいという感情はあるだろうに。
いや、自分の感情なのに、確証をもてない時点で恐らくダメなのだろう。
だから、ベナウィという人間は何も変わらない。変わっている訳が無い。
何故ならば、ベナウィは主君に忠誠を尽くす武士なのだから。



ああ、やはり、私と彼女は違う。

あんなにも純粋に涙を流せる彼女と。
哀しんでいる事さえ解からない自分は、こんなにも違う。

ふうと、ベナウィは大きく息を吐いて。
ゆっくりと病院の壁に身を預けた。
これさえ、ただの感傷にしか過ぎないのかもしれない。
でも、それでもいいと諦観にも似た考えを持ちながら、ベナウィは彩が泣き止むのを待っていた。



けれど、ベナウィは気付かなかった。


ベナウィの一瞬見せた憂いの表情を。
彼女が泣いている時、彼の表情が戸惑いに変わった瞬間に。


長谷部彩がじっと見つめていた事に、ベナウィは気付いていなかった。



そして、それは――――








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「………………」


夕陽が、静かに歩き続ける二人を照らす。
病院を後にして、ベナウィ達は、歩き続けていた。
ベナウィを前にして、彩がちょこんとベナウィの服の袖を掴みながらの隊列だった。
元々、ベナウィは必要な事以外あまり喋らないし、彩も無口と言ってもいいくらい口数は少ない。

だから、この沈黙は必然で、当然ともいえる光景で。
ベナウィはそれでいいと思い、彩もそうなのだろうと思っていた。
今まで、亡くなった人の為に祈るように泣いていたのだ。
色々思うところがあるのだろう、静かに考える事も必要なのだろう。
それはベナウィにとっても一緒で、なにより。

今、彼女の言葉を聞いたら、更に戸惑いそうで、嫌だったから。


だから、これでいい。





そう、思っていたのに。





――――くいっ。


今まで一番強い力で、袖を引っ張られる。
言葉は無いけど、間違いなく、強い意思表示で。
複雑な思いを抱えながら、ベナウィは、ゆっくりと振り返る。



其処には、とても脆くて、儚くて、でも、とても澄んでいて、優しい、瞳があった。


「………………哀しいんですか?」

それは、問い掛け。
とても小さな囁きで、けれどすっと耳に入ってくる言葉。

「さあ、どうでしょうか」

まるではぐらかす様な言葉。
けれど、それがベナウィの本心だった。
哀しいのか、哀しくないのかの判断さえ、よく出来ない。
哀しいや、苦しいという感情を捨て去って、武士になったのだから。


「……………………いいえ、きっと哀しい筈です」

けれど、はぐらかしの言葉をかけらながらも、彩は視線を外さない、外しはしない。
強い意志で、ベナウィをただ見つめ続けていた。
その瞳はまるで、ベナウィの心を見透かすようで、ベナウィはとても嫌になって。


「何が、何が解かる。私の心が貴方に解かる訳が無い」


そうだ、簡単に解かってたまるものか。
逢って六時間しか立っていない少女に理解されてたまるものか。
何もかも見透かされてまるか。

だからこそ、強い言葉で拒絶したのに。
きっと、彼女は怖がって言葉を紡ぐのを止めると思ったのに。


「…………でも、これだけは解かります」


彼女は、ベナウィを見つめながら。




「――――家族が死んで、哀しまない、人間がいると思いますか?」



長谷部彩は、言葉を紡いだ。
優しく、残酷で、温かい言葉を。
当たり前の事を、自然に。


そして、その言葉は、ベナウィを戸惑わせ、心に沁み到らせていく。


「ベナウィさんの仲間……家族ともいえる人が死んで、それで哀しまない人なんて……居ません」


彩は何かを思い出すように。
辛い過去を思い出しながら。
それでも、言葉を紡ぐ。


「ベナウィさんは哀しみ方を、泣き方を、忘れただけなんです」


人を失う時の哀しみを。
人が涙を流す感覚を。

ベナウィは、きっと、命が沢山失われていく中で、磨耗し、忘れていった。


「………………きっと……いつか、思い出せる時があると……思います」


でも、何時かは思い出せる。
だって、哀しまない人なんていないから。


「けれど……今は――――」


そっと伸ばされる彩の温かくて、優しくて、小さな手。
ベナウィの頬に、静かに添えられて。



「――――――私が泣けない貴方の為に、貴方の代わりに……泣きましょう」



ぽろぽろと、彩の瞳から雫が落ちた。

泣けないベナウィの為に。

彩は静かに、涙を流し始めた。



その彩の行為は傲慢かもしれない。
単なるエゴでしかないかもしれない。



けれど、ベナウィは、添えられた手を、払う事など出来なかった。


出来るはずもなかった。



だから、ずっと、立ち竦むしかなかった。




そして、純白の少女の涙が、夕陽に照らされて。




ずっと、ずっと輝いていた。







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







また、その瞳だった。
私を射抜く瞳が其処にあって。
ただ、真っ白な純白の心が、私を包んでいた。


堪らなかった。
私の心を何時までも揺さ振り続けて。
苦しくて、この温もりを突き飛ばしたかった。


けれど、私は出来なかった。
あの瞳が、私を捉えて離さなかった。
日向のような温もりが私を包んでいる。


まるで、武士の自分を忘れさせるような、そんな涙で。
きっと武士を辞めるのなら彼女の言う通りにになるのかもしれない。
けれど、武士を辞める自分なんて考える訳も無くて。
それは自我を捨てると同じ事で。



だから、突き飛ばせばいい。
傲慢な彼女を突き飛ばせば、全てが終わる。
こんなのが嫌なら、其れで終わるのだ。
こんな堪らない気持ちから、こんな苦しみから、解放されるなら、それでいいのだ。



でも、私は立ち竦むしかなかった。



終わらせたくなかった自分が居て。


この日向のような暖かさに。
真っ白い羽根のような心に。


私は、救われてるような気持ちに感じてしまう。


それが、どんなに、自分を裏切る事だとしても。



止める事が出来なかった。








     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









………………きっと、私のやってる事は出過ぎた事だと思う。

私はベナウィさんの事を詳しく知らないのに。
知ったような事を言って、ベナウィさんを苦しめているだけなのかもしれない。


でも、けれども。


其処にある哀しみを。
泣けない人を見たら。

私は、身体が動いていた。


怖かった、拒絶されるんじゃないかと思った。
嫌われるんじゃないかと思った。
踏み込んではいけない所まで踏み込んでしまったかもしれないと思った。




けれど。


哀しい瞳をした、貴方を護りたかった。
あんなにも切なそうにしていた瞳が、私を捉えて離さなかったから。



私に出来る事は少ないけど、たいした事無いけど。


貴方の為に、無くなった人の為に。


涙を流す事は、祈る事は……出来たから。



だから……これでいいんです。



誰かの哀しみが少しでも癒えるなら。
誰かを護る事になるなら。




私は涙を流そう……と思う。



それが、私が出来る事なのだから。



涙の温かさを、頬に感じた。



きっと、この温もりが、想い合う事なのだろうかと思いながら。



私は、温かい雫を流し続けた。





【時間:一日目 午後6時50分ごろ】
【場所:F-1】

ベナウィ
 【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
 【状況:健康 彩と共に行動】

長谷部彩
 【持ち物:藤巻のドス、救急セット、水・食料一日分】
 【状況:健康、ベナウィと共に行動】



127:紅い紅い夕陽が沈む中で 時系列順 120:絶望と希望のリーインカーネーション
134:レクイエムは誰がために(前編) 投下順 136:終わった世界で何もかも終わる
085:天使の羽の白さのように べナウィ 148:遭遇は光の中で
長谷部彩


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最終更新:2015年03月21日 19:26