【未来の王へ届け】

新天地の某所、堀に囲まれた丘の上、雑貨屋。
「見回り完了!特に危険はなかったぞ」
「ご苦労さん。で、その背に抱えているのは?」
「林の中で襲ってきたからノした野猪。どこぞの山から下りてきたのかちょっと気が荒れててどうしようもないのでひと思いに」
小柄な体躯が多い猫人とは言え、それ以上の大きさはある獣を値踏みするように観察したドワーフの店主は保管庫の扉を開く。
「とりあえず食うにせよ処理は後だな。保管庫の適当なところに置いといてくれ」
「ほいほい。よいしょっと」
猫人が保管庫に一歩二歩入ると暗がりにいた闇精霊がその影の中へと引っ込んでいく。
「うーん。どうも闇精霊には警戒されるんだよなぁ」
ばつが悪そうに頭をかいていると客が入ってくる。
勢いよく走蜥蜴で乗り付けた二人組は鱗人。ごわごわした鱗と太い四肢は見紛うことなき陸棲種族。
「いやーやっぱり壊れたわ斧。おやっさんの言った通りだった」
「だから言ったじゃないか。装備新調してから行った方が良いだろって。満足に探索も出来ずに帰って来て無駄足になってしまった」
「それでも何とか拾えるもんは拾ってきただろ?早速見てくれおやっさん」
石造りのカウンターにバッグを逆さまにしてごろごろと石を出す。彩様々ではあるがお世辞にも宝石には見えない代物。
「…ミスリルが含有しているのは分かるが、恐らくルーン具の残骸か何かだろうな。残念だがルーンの効力は失せてしまっている」
「あー、くそハズレかぁ。もうちょっと大蟲に見つかるのが遅けりゃ色々拾えたんだがなー」
「道具が揃ってなきゃどうしようもない。無事逃げ切れただけでも上出来と思えよ」
「…砕けば何かに使えるかもな。下取りとして鶴橋斧を少し値引きしよう」
店主はそう言うと背後の棚から深い黒色の多目的用途感のある手斧を差し出す。
「酸血持ちにやたらめったら斬り刺しするんじゃないぞ。打撃面を使って気絶を狙うのが良い」
鱗人がそれぞれ手斧を手に取り軽く振って感触を確かめてにやりと笑う。
「良いな!やっぱおやっさんの腕は一流だぜ!」
「しかし探索は明日だな。おやっさん、一晩部屋を借りるよ」
「二階の角部屋を使うと良い。夕飯は…二時間後くらいになるな。坊主、表の蜥蜴を裏の小屋まで連れて行ってくれ」
「はいよ」
猫人が表に出ると鞍と荷台を背負った蜥蜴が寝息を立てている。
「おいおい、寝るなら小屋にしてくれよ。毛玉、ちょっと冷やして起こしてくれ」
『ニャス!』
猫人の胸元からひょこっと飛び出した蒼い毛玉が蜥蜴の眉間に乗っかると、その冷気に驚いたのかむくっと首をもたげ上げる。
「よーしよしよし。良い子はこっちに来い来い」

未だ未開の地が広がる新天地は異世界の中でも特に活発に冒険家はじめ多様な者が活動している。
町から遠く離れた荒野の先の先。山の麓の丘の上に建つ雑貨屋は、その山向こうの砂漠に深く刻まれた“大裂溝”を探索する者達の拠点の一つになっている。

「試練の気まぐれで飛ばされた俺は兎も角、おっちゃんは何でこんな辺鄙なとこで店やってるんだ?」
「昔故郷で、空の上の上を目指して飛び立ったが何もかも足らず仕舞でここいらに落っこちてしまったのさ。そっから集めれるだけの材料をかき集めて小屋を建てたのが始まりってわけだ」
「おー、天界を目指したのか凄ぇな。それにしても無事ってのはまた凄ぇな」
「…落ちていく途中で何か輝くものを飛船の外に見た。あれが助けてくれたんだろうな。だから今度は儂が他の者を助けようと、な」
「ふーん、星神が助けたのかもなぁ」
店主とそんな会話を交わしていると、いくつかのテーブルで夕飯を楽しむ面々が何かの話で盛り上がっている。
「こっちに向かう途中で風の噂で聞いたんだがよ」
「俺はニシューネン市で話しているのを聞いたぞ」
「とうとうラ・ムールで当代の王が決まるってな!」
「王がいなくちゃ国は今までどうやりくりしてたんだ?」
「そりゃオメーどこでも評判の良い仮王様が治めてたって話だぞ」
「ふぅん。上手く治めているならわざわざ王様なんて決めなくてもよかねーか?」
「ばっかオメーそこんとこはっきりしとかないとシメシがつかねーってか、うやむやでやっててバラバラになった団とかあっちこっちにあるだろぉ?」
ぶっほ!と飲みかけた水を噴き出す猫人。髭を濡らしたままテーブルに駆け寄る。
「ちょっ、ちょっとその話詳しく聞かせてもらえないか?!」

今度の大ゲート祭に合わせて、ラ・ムールで大々的に執り行われるカーの戴冠式。遂に新たな王の誕生である。

ということらしい。
しかもその話は風精霊が噂を運び異世界中に広まっているのだという。
「いやいや、俺に直接伝えれば良いじゃないか…いや、神の試練で飛ばされてるから無理か。それなら世界中に話を飛ばそうってことか」
「おっ、なんだ猫人のあんちゃん。戴冠式に興味あるのか?」
「つっても直に大ゲート祭だろ?今からラ・ムールに向かっても間に合わねぇんじゃねぇかなぁ」
猫人が、ふぅと大きく溜め息をついて店の片隅に立てかけてあった荷袋を背負う。
「おっちゃん、ちょっと間だけど世話になったありがとう。ちょっと用事ができたんで出るよ」
「なんだ、出て行くのか?世話になったのはこっちも同じだが、まぁ道中気をつけてな」

「何か考えがあってのことなんだろうが、俺がいなくちゃどうしようもねぇわな!よっし、走れるだけ走って後は後で考えるか!」
『ニャス!』
気合を入れたと思えば一瞬で闇夜を駆けだす猫人、未来王。
その姿を照らす月は妖しく輝いていた。

ディエルの戴冠をどげんかせんとあかん委員会

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最終更新:2021年10月18日 02:40