【vsラウダフル】

「よく帰ってきたッ! よく帰ってきたぜェ………!」
仮設リングの端から身体を引きずるように戻ってきた巨漢をガンセは担ぐように端へと連れ戻した。
身長、3メトル82サンチ。大柄なトロールさえ見上げるような巨体を背負えるような力自慢など、“二本槍”の一角をして他にはいない。
普段は『竜宮奉行』の統括者として主君のフタバ=スズキ竜将軍に並び立つという暴れぶりを見せる男が今は完全なサポート役だった。
「………あの、まあ、その。そこまで言うなら、まあ、代わってもらえませんか………?」
「いやそれは今日が凶日なんで無理」
青痣をその扁平とした顔のあちこちに作りながら呟いたキザンに対し、ガンセは至極真面目な顔で首を横に振った。
キザンだって知っていた。ガンセがこういう男だということは。豪放磊落という言葉が似合いそうでいて、意外とそういうことを気にするのだ。
だからこそたちが悪い。別に相手へ恐れをなしているわけではなく、ただ『それが日和ではないから』という理由で断る。
もし日和が吉日であったなら、キザンが対戦相手に指名される前に堂々と名乗り出ていたことだろう。
ガンセのそういったジンクスに対する奇妙な信心深さを理解した上で彼と同じ位にいるだけに、キザンは何も言えない。
あるいは深慮するなら、それを分かった上で向こうはこの日を指定したのかもしれない───いつも通りにそんな裏の裏まで考えて、キザンは否定した。
あり得ない。大船長ラウダフル。姑息を用意すること無く、姑息を用意されたならあらゆる全力をもって容易く迎え撃つだろう。
「まぁ、分かっていましたけれどね。はぁ………」
キザンは疲労困憊の上に殴打のダメージをこれでもかと重ねた肉体をできるだけ休めつつ、恨めしそうに見届け席の壇上を見上げる。
そこではフタバ=スズキ八代目竜将軍がまるで何でも無いことかのように平然と席へ腰掛け、この決闘を見守っていた。
だがキザンは知っていた。ドニー・ドニーとの交渉の席で、売り言葉に買い言葉とはいえ竜将軍がさすがに冷や汗を一筋流していたことに。
分かっているのだ。大船長ラウダフルが生半可な化け物ではないことに。
このミズハミシマにおいてあの生半可ではない化け物へ組織対個人ではなく1対1の条件で繰り出せる切り札など、このキザンをおいて他にいないことに。
例えガンセが絶好調だったとしても、あのラウダフル相手に繰り出せる戦力といえばやはりキザンであっただろう。
何しろあの超巨漢に釣り合うような身体の持ち主などミズハミシマにもそうはいない。
「あー。まあ。気が重いです。あの方相手に後何ラウンド必要です?」
「あァー………まァ、そのなんだァ………頑張れッ!」
「はあ。まあ、でしょうけどねぇ………」
ガンセがその強面な顔で精一杯愛嬌を作り肩を叩くのに合わせ、キザンはぐったりと緩慢ながら向こうのスペースを眺めた。
そこではドニー・ドニーの大船長がややふらつきながらもルールで許される範囲の手当を受けている。
───嘘だろ。あれだけ力いっぱいぶん殴ってやったのに『ダメージを受けた』程度ですか。冗談じゃありませんよ。
キザンとしてはそう思わざるを得ない。苦虫を噛み潰す思いだった。
そもそも相手は隻腕隻脚だ。足りない部分は腕のいいドワーフたちから懇切丁寧に補われているとはいえ、対する己は五体満足の身である。
それでいてあの圧力。あの威力。本当に心の底から笑えない。これが五体満足であったならどれだけの強さだったという話だ。
ああ、そうとも。自負を傷つけられる。
今やこのミズハミシマの防衛力の最高責任者は拙だというのにこの体たらく。これでは民に不安を抱かせてしまう。
だからこそ立たねば。ミズハミシマの人々が安心して寝付けるよう。
『我らがミズハミシマの最高戦力は、海賊のごろつき共の頂点にさえ負けやしないのだ』と示さねばならないのだ。
「さてと。では、まあ、行ってきますかね」
「………いいかァ。降参の襷は投げねェぞ」
戦場へと向かう巨漢にガンセは鋭い目つきで然と頷いた。青痣だらけの顔でキザンもゆったりと微笑む。
ミズハミシマに古くから伝わる行事───。
互いに勇者を立て、得物抜きで競い合い、その優勢と劣勢を踏まえて占有権を奪い合う儀式───。
例え形式自体はドニー・ドニーの側が優位でも、その形式に則っている以上受けざるを得ない。
「今は忍軍が跡継ぎんことでつまんねぇ争いしてるからなァ。棟梁が決まりゃこんな話が俺たちの席に上がってくることもねェんだろうがァ………」
「そこは、まあ、言わない約束ですよガンセ。陛下のために、ままならないことをどうにかするのが我々の役目です」
草臥れたように緩やかに笑うキザン。頭をかきながらコーナーから退くガンセ。待ち受けるはラウダフル。
「おう。何話してた?」
「あー………。全部逐一お話してもよろしいです? そうなると実に遠大なことになり、拙としても休憩時間が取れるのですが」
「それを待ってやるのは俺にとってもお前にとっても損だな」
「ですよねぇ」
返事代わりに寄越された、ラウダフルのストレート。旋風を伴いながら繰り出されたそれを表情変えずに避けつつ、キザンは苦笑するしかなかった。


  • 相撲にプロレスやボクシングなどの素手スポーツはパワーで解決の良い手段なのかも知れない。力を持ち行使する者は「ここまで」という一線を理解してそうだし -- (名無しさん) 2022-09-04 08:50:09
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

m
+ タグ編集
  • タグ:
  • m

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2022年08月26日 05:37