0279:吸血姫AYA~日の差さない世界~





「…………ぁ…………」

自分でも何を言おうとしたのかわからないけれど、発した声は言葉にはならなかった。

「あ……ぁ……」

――――――――――――真中淳平。

何度も何度も心の中で呟いては胸を高鳴らせた大切な人の名前。
その名前が、“ゲームの脱落者”として呼ばれている。
「ま……なか……くん……」
ようやく口に出来た彼の名を呼んでも、ここには答えてくれるあの人はいなくて。
――――――――ううん。
『ここ』だけじゃない。
『どこにも』いない。

真中くんはいない――――――――もう、どこにも。


「……真中くん……真中くん……真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん

真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん」


初めて屋上で私の小説を読んでくれた日のこと。
一緒に高校受験の勉強をした日のこと。
高校に合格したあの日のこと。
高校に入って、映研を作って、それから色々なことがあって。
忘れた事なんてない。忘れられるわけない。
真中くんと仲良くなってからの日々は、私にとってかけがえのない大切な宝物のような日々だもの。

不意に感じた寒気に、座り込んだまま両腕で自分を抱きしめようとする。
けれど今の私はそれすらも叶わない。
痛みはないけれど、右腕がないという喪失感にはどうしても慣れることが出来ない。
“放送”で真中くんの名前を聞くまではとてもいい気分だったのに。
右腕の事なんて気にもならなくて、すごく体が軽くて、暗いところも1人なのも怖くなくて……何でも出来そうな気がした。
きっと今なら自分でも満足できるお話が作れるって、そう思った。
真中くんに聞いてもらいたい。読んでもらいたい。
そして真中くんにもこの心地いい高揚を味わわせてあげたい。
だからこのゲームで優勝したいと思ったのに。
吸血鬼となってしまったこの体では昼間は外には出れないから、夜になったらがんばろうと思っていたのに。
「……何のために……」
何のために人間を超えた存在になったのだろう。
昼間この右手が消えたとき、人間を超越した、と、そういう存在になったということが無性に嬉しかった。
だって……私はいつもとろくてドジばかりで。
西野さんのように明るくもないし北大路さんのように強くもなくて、いつも暗くて思っていることを上手く伝えることも出来なくて。
いつもいつもいつも自分を嫌悪していた。
そんな私が強くなれたのだと知って、嬉しかったの。
『これで真中くんの横に立てる』って。
今までの東城綾は真中くんの横に立てるような素敵な女の子じゃなかったけれど、この私は違うって。
生まれ変わったんだって、そう思ってたのに。
だから突然吸血鬼になってしまっても嬉しかったのに。
なのに。


「真中くん真中くん……真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん
真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん」


彼はいない。もういない。どこにもいない。


「……真中くん……真中くん……真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん

真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん真中くん」


あんな風に男の子に優しくされたのは初めてだった。
あんな風に男の子に笑いかけられたのは初めてだった。
こんな……想うだけでドキドキするなんて気持ちは初めてだった。
私に沢山の初めてをくれた彼が、どうして。
「……っ……」
気が付いたらポタポタと涙が流れ落ちていた。
片方だけしかない手で拭っても、涙が止まることはなくて。


――――――――――――死のう。


だって、生きていても仕方ないもの。
真中くんがいないのなら強くなった私も意味がないもの。
さっきの放送で真中くんと同じく呼ばれていた北大路さんも、きっと真中くんを追っていったのね。
昼間に私と会ったときも様子がおかしかったし……
あの時はまだ、自分が何でも出来るような気がしてすごく楽しかったのに。
北大路さんの血はどんな味なのかな、って考えてたらすごく楽しかったのに。
先に真中くんの所に行っているなんて北大路さんらしいね。
私もすぐに行くから。
待っててね。
真中くん。北大路さん…………


「…………西野さんは…………?」


――――――――――――西野さんはどうしたの?

私とは正反対。
いつも光の下にいた綺麗な人。
明るくて、しっかりしていて、気が利いて、優しくて。
西野さんの名前はまだ呼ばれていない。
ということは……まだ生きているのね、西野さん。

「どうして……?」

どうして生きているの?西野さん。
真中くんも北大路さんも死んじゃったのに、どうして西野さんは生きているの?
西野さんだって真中くんのことを想っているのでしょう?
だったら、真中くんがいなくなってしまって悲しいでしょう?
なのにどうして生きているの?
こんなに悲しいのに。
人間を超えた私でもこんなに悲しくて生きていられないのに。


――――――――――――ああ。そうね。そうなのね。1人では死ねないのね。


「一緒に死にましょう。西野さん」

そうしましょう。
二人で真中くんの所まで行きましょう。
そしてまた……中学生の頃のように笑い合いましょう。
西野さん。
私があなたの血を吸ってあげる。
きっと西野さんの血はお日様の様に温かいのでしょうね。
そしてあなたの血を吸い終わったら、私もきっと後を追うから。
今の私はドジばかりだった私じゃないの。
きっと何があっても転ばずにあなたを見つける。
だから。


ゆっくりと綾は腰を上げる。
深く息を吸って吐いた綾の頬には、もう涙は流れていない。
残っている左手で荷物を拾い上げ足を踏み出す。

「待っててね、西野さん。今あなたの所に行くから」

外にはもう、日は差していない。
暗い森は狂気に染まった少女の姿を完全に呑み込み――――――――――――静けさを保ったまま、ただそこに存在していた。





【岐阜県(の福井に近い)山中/1日目・夜】
【東城綾@いちご100%】
 [状態]:吸血鬼化、右腕の肘から先を消失
 [装備]:特になし
 [道具]:荷物一式
 [思考]:西野と一緒に死ぬ

※綾は血を吸うこと以外の吸血鬼の能力をまだ知りません。

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SS番号:恐怖 東条綾 SS番号:284女の戦い

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最終更新:2024年04月25日 04:21