自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

198 第153話 閉じられた蓋

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第153話 閉じられた蓋

1484年(1944年)6月28日 午後1時50分 ヘルベスタン領ヴィクスム

ヘルベスタン領北西部にあたる北端の地域、ヴィクスムには、一本の河が流れている。
この河はヴィクスム河と呼ばれ、古来から地域住民に親しまれてきた。
そんなヴィクスム河の上に、とある日、一本の橋が立てられた。
1479年10月12日に完成したその橋は、河の名前を取ってヴィクスム橋と呼ばれ、ヘルベスタン・・・・
もとい、マオンド共和国では初めての鉄橋であった。
この橋は、シホールアンル帝国から派遣された技術者の協力を得ながら造られたもので、丸2年を掛けた工事の末、
全長50グレルの鉄橋が完成した。以来、この鉄橋は交通の要衝として広く使われている。
それから5年以上が経ったこの日。ヴィクスム橋には、幾多ものマオンド兵が、疲労を滲ませた表情を浮かべながら渡っていた。
ヴィクスム橋の周辺の防空部隊を指揮しているグリモ・トットウム中佐は、橋の東側にある小高い山から、森の木々に上手く
隠れた橋を見つめていた。
トットウム中佐は、対空魔動銃を大事そうに手入れしている兵に話しかけた。

「今日は、昨日と比べるとどこか静かだな。」
「ええ、今の所、アメリカ軍機は1機も飛んできませんね。」

兵はハンカチを取り替えつつ、トットウム中佐に答えた。

「昨日は本当にヒヤヒヤしたな。まさか、アメリカ人共があんなに飛空挺を差し向けてくるとは思わなかったよ。」

昨日、ヴィクスム橋は、100機を越すアメリカ軍機に襲われた。
アメリカ軍機は4波に別れて襲来して来た。
ヴィクスム橋の周辺には、橋を守るために配備されたトットウム中佐指揮下の対空部隊がおり、部隊は必死に反撃した。
アメリカ軍機はインベーダー、あるいはミッチェルが中心であったが、対空部隊の反撃と、ヴィクスム橋が上手い具合に森に覆われていたため、
爆撃はほぼ失敗した。

ヴィクスム橋は3発の直撃弾と10発以上の至近弾を浴び、橋を通行中の部隊に少なからぬ損害が出たが、頑丈な作りが幸いして
倒壊には至らず、空襲後も部隊の撤退は続けられた。
マオンド側は、翌日もアメリカ軍機の空襲はあり得るだろうと確信していた。
アメリカ軍は、目標の爆撃に一度失敗すると、その後も執拗に空襲部隊を差し向けていた。
そのため、マオンド軍では爆撃によって甚大な損害を被る部隊が少なからずいる。
このヴィクスム橋に対しても、明日は200機以上の大編隊でもって攻撃を仕掛けてくるであろうと思われていた。
だが、今日は昨日の喧噪がまるで嘘のように、いつも通りの平凡な一日となっている。

「アメリカさん、今日はお休みなんですかね。」

兵士はおどけたような口ぶりでトッウムに言った。

「お休みで結構だ。欲を言うなら、永遠に休んで貰いたい物だね。そうすりゃ、俺達は面倒な仕事から解放される。」

トットウム中佐の言葉を聞いていた兵達が、一斉に爆笑した。

「言えてますよ、それ。」
「だろう?まぁ、現実はそんなにも甘くはないんだがな。」

トットウム中佐は笑みを消してから、空を見上げる。
昨日は100機以上の爆撃機を押し立ててきたアメリカ軍だが、今日に至っては、まだ姿を見せていない。
そのため、今日はいつもよりものんびりと過ごせている。
だが、今のような、気を緩めているときに、突如として現れる事もあり得る。

「相手はアメリカさんだ。こうしている間にも、敵は近くにやって来ているかも知れない。お前達、対空警戒は怠るなよ。」

トットウム中佐は、改まった口調で部下達にそう告げる。

彼の言葉を耳にした部下達も、顔に張り付かせていた笑みを消して、それぞれの任務に集中し始めた。

それから20分が経った。

「隊長!北方監視所より魔法通信!敵機らしきもの1機、橋に接近しつつあり。」

トットウム中佐は、側に駆け寄ってきた魔導士からそう報告を伝えられるや、怪訝な表情を浮かべた。

「1機だと?もしや、偵察機かな。北方監視所はここから3ゼルド離れているから、こっちからでももうすぐ見えるな。」

彼がそう言ってからすぐに、北の方角から飛空挺特有の音が聞こえ始めた。
音が聞こえ始めてからさほど時間がかからずに、敵機の姿が見えた。

「単発機・・・・あの形はアベンジャーだな。」

トットウム中佐は、望遠鏡越しにその敵機の姿を確認する。
太い胴体と、その上に付けられた枠突きの風防。
単発機にしては大型でごつい印象があるその敵機は、アメリカ海軍の主力艦載機の1つとして知られているTBFアベンジャーである。

「空母艦載機が偵察、と言うことは、この近くに空母がいるのか・・・・」

トットウム中佐は渋い表情を顔に張り付かせる。

「くそ、味方のワイバーン隊がいれば、アベンジャーなぞはすぐに叩き落とせたんだろうが。」

陸軍のワイバーン隊は、連日の戦闘で大きくすり減らされていた。

アメリカ軍がモンメロに上陸した当初は、ワイバーン隊も頻繁に出撃して敵機と激戦を繰り広げていた。
だが、続々と押し寄せるアメリカ軍機に対してワイバーン隊の戦力はみるみるうちに減り、ここ最近に至っては、
ヘルベスタン領西部上空で味方のワイバーンを見かける事は、殆ど無くなっている。
トットウム中佐は、アメリカ側の予想を上回る猛攻によって、ワイバーン隊の戦力は壊滅したのであろうと確信している。
そうでなければ、今頃はこの戦略上の要衝ともいえる橋の上空に、常時護衛のワイバーンが旋回を行っていたであろう。

「隊長、撃ちますか?」

兵士がトットウムに聞くが、彼は首を横に振った。

「やめとけ。飛行高度を見る限り、ありゃ偵察機だ。爆弾を落とすんなら、もっと高度を落としているよ。
橋は森に覆われて、高空ではなかなか視認できんからな。それに、もう弾は残り少なくなっているんだ。
補給がもう来ない以上、弾は出来るだけ節約しないといかん。」
「・・・・はっ。」

兵士は不承不承と言った様子で、ゆっくりと頷いた。
アベンジャーはやがて、橋の上空を通り過ぎた。その後はゆっくりと時計回りに旋回を始めた。
トットウム中佐は、我が物顔で飛行を続けるアベンジャーを忌々しげな目付きで睨み付けた。
(くそ、弾がありゃ、あんな太り蝿ごときはさっさと叩き落としてやるのに・・・・畜生!)
内心で罵声を漏らした直後、何かの飛翔音が響いた。

「?」

トットウム中佐は、側にいた兵士と目があった。

「この音は」

言葉を最後まで発する事を許さぬとばかりに、唐突にドーン!という轟音が鳴り響いた。

その爆発音は強烈であり、強い振動が100グレル離れた彼の指揮所まで伝わった。

「!?」

彼は、橋の南側200グレルの森に上がった噴煙が目に入った。

「空襲・・・・いや、違う。」

トットウム中佐はすぐ後ろ・・・・北側に顔を向ける。ヴィクスム橋は、ヘルベスタン領北西部の一番北側にある橋だ。
その橋から6ゼルドも行けば、そこは海の上である。

「空襲では難しいから、戦艦の大砲で吹っ飛ばそうと言う事か。全く、アメリカ人という奴らは、やる事がいちいち派手だな!」


午後2時10分 ヘルベスタン領ヴィクスム沖北10マイル地点

その日、巡洋戦艦コンスティチューションは、機動部隊から分離し、ヘルベスタン領ヴィクスム沖5マイル(8キロ)の
海域にまで進出していた。
3基の55口径14インチ3連装砲が右舷側に向けられている。唐突に、2番砲が大音響を上げて砲弾を放った。
コンスティチューションの艦長であるエリック・ドルスマン大佐は、艦内電話の受話器を取り、通信室を呼び出した。

「通信室、敵さんの状況はどうだ?」
「こちら通信室。敵の魔法通信を傍受中。狂ったように魔法通信を乱発しています。」

受話器の向こうから和やかな口調が聞こえた。
声からして、ミスリアルからやって来た派遣将校であるフェルスト・スラウス少尉のようだ。

「そうか。例のポンコツさんは調子がいいようだな。」

ドルスマン艦長は悪戯じみた笑みを浮かべながらスラウス少尉に言った。

「艦長、あんまいじめないでくださいよ。この傍受機はまだ初期型なんですから。」

スラウス少尉はややうんざりした口ぶりで、艦長に言い返した。
コンスティチューションに積まれていた魔法通信傍受機は、モンメロ沖海戦勃発と同時に原因不明の故障を起こし、
海戦が終わるまで使えなかった。
それ以前にも傍受機は何度か故障を起こしており、乗員からはポンコツの渾名をつけられてしまった。
故障が直ったのはつい昨日の事である。
スラウス少尉の口ぶりからして、魔法通信傍受機の調子はいいようだ。

「連中が何か言っているかわかるか?」
「ええ。傍受した魔法通信の中には、アメリカ人は戦艦を投入してきた、という的を射た内容もあれば、B-29が
飛んできたのか?と問い質す内容も混じっています。」
「B-29は飛んできておらんよ。それに、飛んでくるんなら地上に爆音が響いている。とにもかくも、敵さんが
混乱している事は間違いないんだな?」
「はい。魔法通信が活発な事からして、連中は泡食ってますよ。」
「そうか。引き続き、傍受を続けてくれ。」

ドルスマン艦長は受話器を置いた。その直後、第3射が放たれる。
コンスティチューションがヴィクスム橋を砲撃するように命じられたのは、今から7時間前の事である。
コンスティチューションは、TF72の護衛艦としてヘルベスタン領西海岸沖に進出していたが、陸軍からの要請で急遽、
ヴィクスム橋を砲撃する事になった。
陸軍航空隊は、昨日の午前から4波に渡って爆撃機を差し向け、橋を爆撃したのだが、当の目標は森にほぼ覆われて周囲の風景と
同化している他、橋の周辺部には強力な対空部隊が配置されていたため、爆撃は失敗に終わった。
失敗の原因は、橋が周囲に同化していた事と、対空部隊の迎撃が熾烈であった事であるが、何よりも、A-26インベーダーや
B-25ミッチェルといった軽爆隊のみで爆撃を行った事も、失敗要因の1つであった。
元々、ヴィクスム橋の爆撃は重爆隊が行う予定であった。しかし、それは、この世界特有の理由で不可能となった。

ヴィクスムの森には、現在も妖精や精霊の類が居ると言われており、現に北上中であったアメリカ第14軍の部隊も、実際に
それらの妖精や精霊と言った森の住人達の姿を目撃し、一部の部隊は熱狂的な歓迎すら受けていた。
最低でも40機以上の重爆隊で絨毯爆撃を行えば、橋は落とせるかも知れない。
しかし、大量の爆弾は橋を中心とした広大な土地に落下する。
そうなれば、外れ弾によって命を失う妖精や森の精霊が大量に出る事になり、アメリカ軍は厄介な問題を抱え込んでしまう。
それを避けるために、27日の爆撃はインベーダーやミッチェルといった軽爆隊のみで行われたのだが、結果は失敗に終わっている。
しかし、27日のような爆撃を幾度も行えば、いずれ橋は落ちる。だが、それでは納得しない男が居た。
その男とは、レーフェイル派遣軍総司令官ダグラス・マッカーサー大将である。

「確かに爆撃を継続すれば、最低でも2、3日内には橋は落ちるだろう。しかし、その間にマオンド軍部隊は撤退を続ける。
橋が落ちるまでに、東に逃れるマオンド軍の数はわからぬが、それでも少なからぬ数の将兵が、包囲の輪から逃れるのは確実だ。
マオンド軍に大打撃を与えるためには、一にも二にも、まずはこのヴィクスム橋という退路を断つ必要がある。それも、出来うる限り早く。」

マッカーサーはすぐに、第7艦隊司令長官のオーブリー・フィッチ大将に電報を送り、戦艦の火砲によるヴィクスム橋の砲撃を要請した。
この電報を受け取ったフィッチ提督は、最初は難色を示した。
TF72は、モンメロ沖海戦で6隻あった機動部隊随伴戦艦のうち、実に5隻までもがドック送りとなっている。
2隻のアイオワ級戦艦は、判定では小破止まりであるが、対空火器の半数以上を失っているため、ドック入りは避けられなかった。
唯一無傷であったアラスカ級巡戦コンスティチューションが、機動部隊の守りの要となっていた。
その貴重な戦艦を、一時的とはいえ、別の任務に取られるのはあまり喜ばしい物ではなかった。
しかし、任務の重要性を理解したフィッチは、幕僚やTG72.2任務群(コンスティチューションはTG72.2に配備されている)司令である
リーブス少将と協議した末に、コンスティチューションを貸す事に決めた。
戦艦の艦砲射撃の威力は、既にスィンク諸島上陸作戦や、モンメロ上陸作戦で実証済みである。
威力も凄いではあるが、同時に精密性では絨毯爆撃よりも上回るため、絨毯爆撃で危惧されていた森林地帯に対する不必要な破壊もやらなくて済む。
マッカーサーの判断は、傍目から見ればただの思いつきとも感じられたが、威力と精度の面では確かに、戦艦の砲撃は実用的であるため、彼の判断は
現地点では最善な物と言えた。
ここにして、コンスティチューションは、軽巡フレモント、ダラスと駆逐艦8隻を護衛に付けられ、マッカーサーの要請に応えるために、
橋への艦砲射撃を敢行する事となった。

「弾着観測機より通信。第2射着弾、効果なし。」
「効果なし、要するに外れという訳だな。」

ドルスマン艦長は自嘲気味に呟いた。

「アベンジャーは確かに、橋があると思われる場所を飛んでいるんだな?」
「はい。今の所、A地点を砲撃中ですが、問題の橋はA地点には無いのかも知れませんね。」

ドルスマン艦長の側に立っていた副長が、ボードに止められた地図を見ながら言う。
この地図は、今日未明に慌ただしく飛んできた陸軍機が、コンスティチューションに投下した通信筒に入っていた偵察写真を下に、
大急ぎで作成した物である。
地図には森の左右に1本ずつ道が伝わっており、その真ん中の辺り、東西500メートル、南北1000メートルに南から
A、B、Cと分割されている。
コンスティチューションはこのA、B、Cと決められた区画を徹底的に砲撃するのが任務である。
この地図の元となった偵察写真は、昨日の爆撃中に撮られた物である。
攻撃に参加した陸軍航空隊の中には、占領したばかりのヘルベスタン領西南部の急造飛行場から発進した航空隊も含まれており、
偵察写真はその航空隊が撮影した物だ。
写真には森しか写っていないように見えるが、森の中から左右に道が出ているのがわかる。
道は途中で森に覆われて見えなくなっているが、その真ん中辺りで至近弾と思しき水柱や、明らかに命中後の爆煙に包まれている部分がある。
この写真を下に大急ぎで地図が作られ、今朝方になって軽巡ダラスに複製品が送られ、ダラスの艦載機がこの複製図を70マイル北方にいる
機動部隊へ届けに行った。
地図は、大急ぎで作られたために正確とは言い難い物であり、偵察写真には高い山らしき物があるのに、地図上の山は明らかに土手程度の
大きさしかほどのなかったり、河があるはずなのに地図では綺麗さっぱり消えていたり等、一流の技術者が見れば零点どころか、大幅にマイナス点を
付けそうな酷い代物であった。
だが、アベンジャーの搭乗員は、このお粗末な地図を頼りになんとか目標付近までたどり着けたようだ。
後に出版される巡戦コンスティチューションでは、

「乗員達、特に地図の作製者は、艦砲射撃が出来た事よりも、アベンジャーが目標を見つけた(正確には見つけていないが)事が、
何よりも一番嬉しいと言っていた。」

と述べられているほどである。

「第3射着弾。効果なし。」

CICから、アベンジャーから送られた報告が伝えられる。これに引き続いて、第4射から第6射までの結果が伝わる。
砲弾はどれも外れていた。

「副長、第7射から斉射で行って見るか?」
「斉射ですか。まだ、橋らしき物は見つけていないですが。」
「君はあの写真を見ただろう?橋らしき場所も含めて、一面にどでかい森が広がっている。こんな所にちまちまと撃っても弾は当たらん。
それに、撃てる区画には妖精さん達は居ないと聞いている。ここはまず、派手にやってみよう。」

ドルスマン艦長はそう言うなり、砲術科に命令変更を伝えた。
最初は交互撃ち方のみで砲撃を行う予定であったのだが、効果が上がらない事に苛立った艦長は、思い切って斉射を行う事に決めた。
第6射が放たれてからしばらくの間、コンスティチューションの主砲が沈黙する。
40秒ほど間を置いて、9門の14インチ砲が一斉に火を噴いた。

聞こえてきた砲弾の飛翔音は、今までのよりも格段に大きかった。

「こりゃあ、でかいぞ!」

心臓をかきむしるような音を聞いたトットウム中佐は、不快な表情を露わにする。
直後、大音響と共に水柱や火柱が吹き上がった。
砲弾の内1発は、トットウム中佐が陣取っている山の近くに命中した。
砲弾が着弾した瞬間、ダァーン!という爆裂音が響き、対空陣地が猛烈に揺れた。
トットウム中佐らは、この強烈な衝撃で地面から飛び上がっていた。
振動が収まるのを待たずに、トットウム中佐は橋に目を向けた。

昨日の空襲で、橋を覆っていた木の枝が一部吹き飛び、橋の外観が少しだけ見える。
砲弾は橋を飛び越して、南側に落下していた。
一番近い砲弾は、橋から40グレルの位置に落下していたが、橋自体には損傷は及ばず、無事であった。

「ふぅ、良かった。」

トットウム中佐はひとまず安堵のため息を吐く。その次に、脳裏にとある心配が浮かんだ。
(部下達の中に、あのアベンジャーを撃ち落とそうと考えている奴が居るかもしれんな。発砲すれば、対空陣地ばかりか、
橋の大まかな位置も割れてしまう。はやる奴を押さえ付けるためにも、改めて注意をしなければ・・・・)
トットウム中佐は、伏せていた魔導士の背中を叩いた。

「はっ、なんでしょうか?」
「他の陣地の連中に、決して撃つなと命じろ。敵の観測機は、完全に橋の位置を掴んでいない。」

言葉を遮るかのように、新たな飛翔音が響く。直後、砲弾の爆裂音が辺りに木霊した。
トットウム中佐は爆発音に首を竦めたが、やや間を置いてから顔を上げた。
橋の北側70グレルの位置に水柱と火柱が吹き上がっている。
米戦艦の主砲弾は鬱蒼と茂る木々を根こそぎ吹き飛ばし、水柱が水面の上を覆っていた木の枝を水圧で押し上げていた。

「見ろ、観測機が居るにも関わらず、ほとんどメクラ撃ちになっている。対空部隊が反撃すれば、その発砲炎で橋の位置が
暴露される。いいか、すぐに各陣地の魔導士に伝えるんだ。」
「分りました、すぐに伝えます。」

魔導士が頷いたその刹那、対岸の対空陣地が発砲を開始した。
その音を聞いたトットウムは、表情を凍り付かせた。
アベンジャーの周辺に高射砲弾が炸裂する。しかし、射手はろくに狙いを定めていなかったのか、砲弾は見当外れの場所で炸裂している。
それが切っ掛けとなったのか、橋の周囲に配置されているトットウムが居る以外の対空陣地が一斉に撃ち始めた。

「あの馬鹿野郎共め!!!」

トットウム中佐は額に青筋を浮かべながら怒鳴った。

「魔導士!すぐに発砲を禁ずると伝えろ!30秒以内に射撃を止めなければ殺してやるともな!!」

トットウム中佐は悪鬼もかくやと思えるほどの剣幕で魔導士に命じた。
そのもの凄い剣幕に、魔導士を始め、陣地の将兵は縮み上がってしまった。
命令に従ったのであろう。20秒ほどで射撃は終わった。
その間、上空のアベンジャーには1発の砲弾も命中しなかった。

「あれだけ撃ちまくって撃墜できんとは。どうせなら叩き落とせ。」

彼は、どこか自棄気味な口ぶりで呟いた。
10秒後、砲弾の飛翔音が聞こえてきた。

「また来たぞ!」

誰かがそう叫んだ瞬間、橋のすぐ目の前に砲弾が落下した。
橋の面前で濁った色の水柱が立ち上がり、大量の水が通行中のマオンド軍将兵を濡れさせ、少なくとも数人が
水圧によって橋からはたき落とされた。

「いかん。奴ら、橋の位置を掴んだぞ!」

トットウム中佐は背筋が凍り付いた。
部下達の独断専行の結果、あのアベンジャーは戦艦に対して、橋のおおまかな位置を知らせる事が出来たのだ。
敵戦艦の主砲弾がまたもや飛来してきた。今度の斉射弾は、橋を取り囲むようにして弾着した。
ちょうど、橋を出ようとしていたウムク・レットム2等兵は、橋の両脇でもの凄い水柱が吹き上がるのを見た。

ドォーン!という轟音と共に橋がガタガタと揺れ、通行中の将兵が衝撃に揺さぶられる。

「おい、早く進め!このままじゃやられるぞ!!」

人混みの中で誰かが叫んだ。
それまで、整然と後退していたマオンド兵達は、それが切っ掛けとなったのか、我先にと橋を渡り始めた。
そのため、橋の上はたちまちのうちに混乱の坩堝と化していた。
レットム2等兵はいきなり、後ろからやって来た軍曹に突き飛ばされた。

「ボサッと立つな、この間抜け!」

軍曹は去り際にそう吐き捨てた。後から後から、味方の将兵が足早に橋を渡ろうとする。
そんな中、アメリカ戦艦の主砲弾は尚も落下してくる。
またもやドーン!という音と共に敵戦艦の砲弾が落下する。その衝撃で、鉄橋の繋ぎ目の部分がミシミシと、不気味な軋みを響かせた。
(敵戦艦の砲弾が命中したら、こんな橋なんぞすぐに吹っ飛ぶ。俺も早く渡らなければ!)
レットム2等兵はそう思うなり、足を速めた。
何故か置き去りにされた負傷兵が、通り過ぎる仲間に助けを呼んでいる。その負傷兵は空襲で片足を失って歩行不能になっている。
レットムはその声を聞いて、一緒に連れて行こうと思った。
しかし、その負傷兵にまで辿り着くには、我先に前進する人混みを突っ切るしかない。
だが、人混みを掻き分けるのは、疲労した今の体力では不可能だし、今の状況でそれをやれば、罵声は勿論、殴られる事すらあり得る。

「クソ、何もできん!」

レットム2等兵は悔しさに顔を歪めた。その瞬間、砲弾が落下した。
衝撃は強烈で、今までに聞いたことの無いけたたましい破壊音が耳に飛び込んできた。
(命中した!!)
レットム2等兵はすぐに確信した。
コンスティチューションの主砲弾は、2発がヴィクスム橋に命中していた。

1発目は橋の西側入り口に命中し、骨組みを貫通して水面に落下した。
2発目は橋の真ん中に命中し、砲弾は貫通した瞬間に信管を作動させ、水面に突き刺さる前に爆発した。
とてつもない爆風が鉄製の橋をたやすくへし折り、大急ぎで渡ろうとしていたマオンド兵多数がこの時点で即死した。
レットム2等兵は、人混みに混じりながら必死に出口に向かった。真ん中からへし折られた橋が傾き始める。
レットム2等兵の後ろにいた別の兵士達が、急激に傾く橋に足を取られ、悲鳴を上げながらずり落ちていく。
とある兵は、レットム2等兵のすぐ隣を歩いていた兵の足を掴んだ。その兵は、足に絡まった手をどける暇もなく、
そのまま斜面と化した道をずり落ちていった。
文字通りの道連れがすぐ近くで起こったにも関わらず、レットム2等兵は無我夢中で橋を渡りきった。
彼は恐怖の余り、橋を渡りきってもしばらくは道を走っていた。
彼のみならず、幸運にも橋を渡れた生き残り達は、誰1人例外なく、地獄と化した橋から逃げるべく、必死に足を動かしていた。
レットム2等兵橋を渡りきって10秒後に、再び敵戦艦の主砲弾が落下した。
鼓膜を破らんばかりの轟音が鳴り、先よりも大きな破壊音が耳に聞こえた。

トットウム中佐は、橋が敵戦艦の砲弾によって粉砕される光景を、戦慄の眼差しで見つめていた。

「・・・・・最悪だ。」

彼の口から、小さな呟きが漏れた。
橋のあった位置は、今や吹き上がる白煙に覆われている。
先ほどまで、森の木々に覆われていたヴィクスム橋は、飛来した大口径砲弾によって原型を留めぬまでに破壊されていた。

「昨日まで、レーフェイル派遣軍は3万名のい将兵を東側に逃がす事が出来た。だが、残り40万以上の部隊は、
橋の対岸に取り残されたままだ。橋が無くても、適当な船を徴発すれば、河は渡れる。しかし・・・・その速さは、
橋が健在であった頃と比べて格段に落ちる。こんな時に、南方10ゼルドまで迫っているアメリカ軍が進撃速度を速めれば、
もう目も当てられん状態になる。」
「隊長・・・・・」

魔導士が、力のない声音でトットウム中佐を尋ねた。トットウム中佐は振り返り、魔導士の顔を見つめる。
部下の顔は、血の気が引いて真っ青に染まっていた。

6月29日 午前7時 ヘルベスタン領モンメロ

アルトルート・ソルトは、モンメロ海岸の近くに設けられた司令部の一室で仮眠を取っていた所をマッカーサーの従兵に起こされた。
それから2分後、彼はマッカーサーの執務室の前に足を運んでいた。
ドアは既に開かれており、質素な机にマッカーサーが座っていた。

「どうぞ。」

マッカーサーはいつものサングラスをかけ、コーンパイプをふかしながら、アルトルートに対して室内に入るよう促す。
無言で頷いたソルトは、室内に入った。執務室内には、マッカーサーの司令部幕僚がいた。

「殿下、我々はついに、ヘルベスタン領を縦断いたしました。」

マッカーサーは右手に持っていた書類をアルトルートに渡した。

「10分前、北進中の第14軍から伝えられた報告文です。」
「凄い。上陸してから2週間足らずで、決して小さいとは言えないヘルベスタン半島を縦断するとは・・・・・」

アルトルートは心の底から驚いていた。
ヘルベスタン領を北進していた第14軍は、28日の午後5時にヴィクスム橋に繋がる道に陣取っていた敵部隊を蹴散らし、
橋の西側周辺部を占領した。
敵部隊は、これまで戦った敵と比べて装備が優れていたが、士気は低下していたため、3時間の戦闘の末に大半が降伏してきた。
日付が変わって午前6時50分、第14軍はマオンド軍の抵抗をはね除けながらも、ヴィクスム橋から11マイル離れたヴィクスム岬に到達した。
この結果、マオンド軍はヘルベスタン領西側の約3分の1をアメリカ軍によって分断された事になり、これによって、西側に集中配備されていた
マオンド軍レーフェイル派遣軍の主力は、大半がアメリカ軍によって包囲された。
その包囲されたレーフェイル派遣軍も、相次ぐ空襲や、西側に向けて進撃を開始した第15軍と第22軍の猛攻の前にじりじりと西に
後退しつつあり、マオンド側の戦況は最悪な状態に陥っている。

「第14軍からの報告では、マオンド軍はヴィクスム橋から撤退しつつあったようです。しかし、そのヴィクスム橋は陸軍部隊が
到達する前に、戦艦の艦砲射撃によって破壊された。その結果、多くの敵兵が脱出の機会を失った。撤退中の敵部隊の将兵は、
北上してきた第14軍によって、大半が戦死するか、捕虜となり、残りの敵は来た道を辿って、慌てて逃げ戻っていったようです。
殿下、ヘルベスタン領のマオンド軍はもはや袋の鼠。壊滅も時間の問題です。」
「それに、捕虜の証言によれば、マオンド側のヘルベスタン派遣部隊は、包囲内にいる部隊が戦力の9割を占めるようです。
包囲内の敵部隊が壊滅すれば、マオンド側はヘルベスタン領を維持する事すら、満足に出来なくなるでしょう。」

幕僚の1人が付け加えた。だが、アルトルートの顔はやや浮かない。

「殿下はもしや、自棄になったマオンド軍・・・・特に包囲外にいる敵部隊が民に対して、暴虐の限りを尽くすのではないかと、
心配されていますな?」
「はい。」

アルトルートは即答した。

「目を背けるような残虐な行動を平気でするマオンド軍の事です。住民達の統制を強化するために、より苛烈な方法に出るかも知れません。」

アルトルートは、目を伏せながらマッカーサーに言う。
マオンドによって、彼は愛する家族を殺された。そして、アルトルートと同様な目に会った民は、少なからず居るだろう。
戦況が不利になり、頭に血が上ったマオンド軍が、スパイ摘発と称して村を遅い、無実な民を鬱憤晴らしに処刑する事は容易に想像出来た。

「マオンド軍が占領地の住民に対して、不快な行動を取ることは我々も知っています。」

マッカーサーは頷きながら言った。

「ですが、我々アメリカ軍は、これまでは包囲内の敵部隊の攻撃を強化してきましたが、これからは包囲外の敵に対しても空襲、
あるいは艦砲射撃等の方法で敵戦力の漸減に当たります。不定期に空爆や砲撃を行えば、マオンド側もやんちゃをする元気は
無くなるでしょう。ようは、敵を徹底的に疲弊させれば良いのです。」

マッカーサーは立ち上がると、壁に掛けられたヘルベスタン領の地図を指さした。

「現在、我々はヘルベスタン領西部の3分の1をほぼ手中に収めつつあります。この中には、今も数十万のマオンド軍がおり、
激しい抵抗を続けていますが、最低でも1ヶ月から1ヶ月半で抵抗は尻すぼみになるでしょう。その間、包囲外にいる敵は、
少なくなった戦力を掻き集めて、来るべき我々の東進に備えようとするでしょう。」

彼は一旦口を止め、置いてあった指示棒を手に取り、それでとある一点・・・・上陸地点のモンメロからやや西側に離れた位置を叩いた。

「現在、モンメロから西に30マイル離れた町、レスベウクの急造飛行場には、2日前から海兵隊航空隊と陸軍航空隊が駐留を開始し、
一部の航空隊は既に作戦行動を開始しています。先も言ったように、マオンド軍は我々が西部を攻撃している間に、態勢を立て
直そうとするでしょう。しかし、この敵に我々は安息を与える積もりはありません。我が合衆国軍は、東進に入る前にレスベウクの
航空基地から航空機を発進させ、ヘルベスタン領に残った敵部隊を徹底的に叩きます。来月中旬にはB-29が進出できるまでに
飛行場を拡張しますから、遅くても来月末には、マオンド本土の深部にまで戦略爆撃を行えるでしょう。」
「もしB-29が配備された場合、行動半径はどれぐらいまで広がりますか?」

アルトルートの質問に、マッカーサーは少しお待ち下さいと言いながら、大きめの分度器を拾った。

「レスベウクを中心とすると、行動半径はこのようになります。」

彼は分度器の長さを調整した後、レーフェイル大陸の地図上にやや大雑把な円を描いた。

「まぁ、あまり当てにはなりませんでしょうが、大体このような感じですな。」

アルトルートは、円が描かれた地図を見て、思わず溜飲を下げた。

B-29がスィンク諸島から発進したとき、マオンド共和国の本土は、ほんの一部しか行動半径内に入っていなかった。
しかし、レスベウクを中心にすると、B-29の行動半径は一気に前進し、北はレンベルリカ領の中央部から南はマオンド共和国
中南部までもがその円の中に入っている。
特にマオンド共和国は、国土の半数以上がB-29の行動半径内に収まっており、首都クリンジェまでもが白銀の要塞の射程内に捉えられている。
(マオンド共和国の首脳部がこの地図を見れば、たちまちのうちに狂ってしまうだろうな。相手が悪いとは、まさにこの事だ。)
アルトルートは内心で呟きながら、仇敵であるマオンドに幾ばくかの同情の念を抱いていた。

マオンド軍レーフェイル派遣部隊の命運は、28日のコンスティチューションが行った橋の艦砲射撃によって強引に決められた。
行き場を無くしたマオンド軍は、無意味とは分りつつも、元居た場所に戻っていった。
時に1944年6月28日。
レーフェイル大陸戦線の流れは、マオンドにとってより一層不利・・・・悪く言えば、最悪な物となった。
ここにして、マオンドの終わりの始まりは、盛大に幕を開けたのである。
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