自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

258 外伝50

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tapper

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314 :外パラサイト:2010/04/29(木) 21:54:58 ID:6LiHdjEo0
グラント・フィールディングの操縦するJ2Fは息を喘がせ、海面までの五百フィートをよろめきながら降下していた。
J2Fはグラマン社が設計、生産した水陸両用機で、飛行機の下腹部にカヌーを繋ぎ合わせたような外観をしている。
珍妙かつ鈍重な見た目ながら無類の実用性を誇る単浮舟複葉機は、罵り声をあげながら操縦席の中で休み無く両手を動かし、スロットルや混合気調整レバーを相手に秘術の限りを尽くすグラントの努力を嘲笑うかのようにいっかな機嫌を直そうとしない。
燃料ポンプを作動させてエンジンに無理矢理ガソリンを送り込むと、ちょっとの間は正常に飛行するのだが、いくらも飛ばないうちに回転が不規則になり、末期の肺ガン患者のようにゼイゼイゴロゴロ言い出すのだ。
「こちらシャドー81、誰か応答しろ畜生!」
グラントはオンボロ水上機を呪い、いくら催促しても交換用のエンジンを寄越さない補給部のストレンジ少佐を呪い、肝心なときにストを打つ裏切り者の無線機を呪った。
グラントは太平洋の真ん中、北アメリカ大陸と南大陸の中間点に点在するエンコ群島に展開する海軍第228哨戒飛行隊の隊員で、エンコ群島の南端に位置するチュランミ島の分遣隊基地に勤務している。
普段の勤めは淡々とルーティンワークをこなす日々の繰り返しであり、国をあげて戦争をやっているとは信じられないのどかさだった。
戦闘らしいものといえば、ごくたまに近隣の漁民を脅かす大型海獣を追い払うため、対潜爆弾を積んでスクランブルくらいである。
そ れが今回、北大陸沿岸での戦闘航海を終え、本国に帰投中のバラオ級潜水艦SS-368ジャラオで急病人が出たため至急医薬品を届けよという指令が下ったの だが、蓋を開けてみれば乗組員が罹っていたのは集団食中毒で-原因はカレアントで積み込んだ三ヶ月経っても腐らないという触れ込みの得体の知れない果物 だった-最も近い位置にいるからという理由で動員されたグラントが、本土からPB4Y-2で運ばれてきた医薬品を納めたコンテナを爆弾架に吊るして会合点 まで飛んでいくと、待っていたのはいつでも用を足せるようズボンの尻を切り裂き、青白い顔をした乗組員が徘徊する下痢便まみれの潜水艦という酷いオチであ る。
そして憤懣やるかたない思いを抱いて帰途についたグラントは、無線機も方向指示器もアテにならない状態でエンジントラブルに見舞われ、今まさに見渡す限りの大海原に不時着水しようとしていた。
絶望的な気分のグラントが血走った目を周囲に巡らすと、水平線の向こうに沈んでいく太陽の光の光に照らされた黄金色の海面の一角に黒い影を見つけた。
ジャイロコンパスまでいかれているため正確な位置は不明だが、グラントがいる場所から百マイル四方に島は無いはずである。
不思議に思いながらも、グラントは飛行機を旋回させ、島に向う針路に乗せた。
相変わらず気難しいエンジンをあやしながらいささか乱暴な着水を決める。
剥き出しのシリンダーが派手にあがった水しぶきを被り、海水が焦げ付く独特の匂いが操縦席に漂ってきた。
グラントはコの字型になった入江に向って水上滑走しながら、フロートの側面に折りたたまれた主脚を伸ばす。
タイヤが浅瀬に乗り上げた衝撃を尻で感じたグラントがスロットルを一杯に開くと、ダックは身震いしながら島に這い上がった。

315 :外パラサイト:2010/04/29(木) 21:56:10 ID:6LiHdjEo0
エンジンを止めて飛行機を降りたグラントは、機体横のハッチを開いてキャンプ道具を引っ張り出した。
J2Fは胴体と艇体を繋いだ部分が収納スペースになっていて、二人分の座席か担架一個を搭載できる。
グラマンというメーカーの飛行機は、一見無駄に見える部分に使い勝手の良さを考えた設計の妙がある。
日没直後の薄明かりの残る海を眺めながら缶詰のハムとビスケット、魔法瓶のコーヒーで侘しい夕食を取ったグラントは、エンジンの修理に取り掛かった。
すでに陽はとっぷりと暮れていたが、周囲の石柱が燐光のような淡い光を放っているので懐中電灯も必要ない。
「魔法使いや空飛ぶ竜がいる世界なんだ、光る島があったっておかしくないさ…」
そう自分に言い聞かせて修理に没頭するグラント。
足元の石畳(最初島だと思っていた陸地は実は巨大な建造物だった)には海藻や貝殻が厚く堆積し、ついさっきまで海底にあったとか思えないこともあえて無視する。
グラントがエンジン本体の周りに放射状に配置されたシリンダーの、下側に取り付けられた一つからプラグを取り外すと、黒い液体が血のように流れ落ちた。
「畜生!」
パッキンが緩んで気筒内に潤滑油が溜まり、正常な運転を妨げていたのだ。
オイルまみれのシリンダーを分解整備し、防水布とスコッチテープで応急のシーリングを施し、どうにか飛行機を飛ばす目処がたって一息ついたグラントが、夜明けに出発することにして一眠りしようと寝袋の用意を始めると、どこからか物悲しい歌声が聞こえてきた。
怨嗟の叫びのようにも悲嘆に暮れるすすり泣きのようにも聞こえるその不思議な歌声に誘われて遺跡の奥にやって来たグラントは、巨大な石牢を発見した。
石牢の中で歌っていたのは、身の丈百五十フィートはあろうかという巨大な人型の怪物だった。
青みがかった灰褐色の髪と肌を持つその怪物は、上半身は美しい女性の姿をしているものの、腰から下はゴカイのように節くれだった触手の塊りで、触手の先端には乱杭歯を生やした口がある。
その首には鉄製の首輪が嵌められ、太い鎖で牢の床に繋がれていた。
突然、怪物は歌うのを止め、グラントの方を振り向いた。
(ヤバイ、目が合った…)
猛然と石牢に体当たりを始める怪物。
石柱のスキマからガッチンガッチンと牙を鳴らす触手の群れが、グラント目掛けて這い出してきた。
慌てて飛行機に駆け戻ったグラントが大慌てでエンジンを始動し、海面に出て滑走を始めたところで後ろを振り返ると、石牢を破壊した怪物が水際まで追って来ている。
ダックが離水すると同時に、ひとつひとつが飛行機と同サイズの大口を開けた触手の群れが、四方八方から襲ってきた。
あるときは背面飛行のまま海面すれすれを飛び、あるときは宙返りの途中で強引にロールを打ち、教科書に書いてあることからないことまで、ありとあらゆる飛び方で触手の攻撃をかわし続けるグラントがふと海面に目をやると、遺跡は渦巻く海水の中に姿を消そうとしている。
石牢は破壊したものの、依然として鎖で遺跡に繋がれている怪物は、水没する遺跡に引かれ胸が締め付けられるような叫び声を発して海中に沈んでいった。
『シャドー81、聞こえるか?聞こえたら返事をしろ!』
突然無線機が息を吹き返した。
計器盤に目をやると、ジャイロコンパスも無線方向指示器も機能を回復している。
「こちらシャドー81、これより帰途に着く」
グラントは昇る朝陽に向って機首を巡らせた。
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