自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

287 外伝62

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だれでも歓迎! 編集
130 :外パラサイト:2011/01/23(日) 17:31:00 ID:PYl3SWRU0
ニポラ・ロシュミックが一泊二日の外出許可を得たのは前線に向かう三日前のことだった。
ニポラは十九歳、鴉の濡れ羽色の髪をセミロングにした、たおやかな乙女である。
わりと裕福な商家に生まれたニポラは地元の美術学院で絵を学び将来は画家になろうと考えていたのだが、
アメリカの参戦によって戦局が悪化し国家総動員令に基づいた志願義勇兵の募集が始まると漠然と空に憧
れを抱いていたこともあり、ちょうど実用化されたばかりの簡易型飛行挺ドシュダムの搭乗員採用試験に応
募することにしたのだった。

ドシュダムの操縦システムは通常の航空機と大きく異なっている。
構造的にはまだ一般的な航空機に近いといえるケルフェラク比べ、簡素化を突き詰めたドシュダムはケルフ
ェラクでは採用されている空力操縦系統を完全に廃止している。
ドシュダムには補助翼も昇降舵・方向舵も、フラップさえ存在しない。
外観こそ飛行機-特に旧ソ連のI-16-に似ているが、ドシュダムの翼は飛行中の姿勢を保つ安定板であ
ると同時に、武装を搭載するためのスポンソンとしての役割しかない。
パイロットはアストラギウス銀河で百年戦争末期に登場した人型機動兵器のように、コクピットのサイドパ
ネルに配されたコントロールレバーとフットペダルを用いて飛行挺を動かす。
戦車が左右の履帯の回転速度を変えることによって方向転換するように、ドシュダムは機首に装備した魔導
エンジンが発生させる推力と揚力のバランスを操作することによって飛行挺を機動させるのだ。
魔導機関の出力に比して(アメリカ人技術者から見ると)非常識なまでに軽いドシュダムだからこそ可能と
なった一種の反則技であった。
この方式は三舵を用いた常識的な航空機の操縦に比べ習得が容易で訓練期間が短縮できる反面、パイロット
の操作に機体が反応するまでに若干のタイムラグが生じる。
このため、瞬時の応対が生死を分ける空中戦のさなかではどうしても初動でワンテンポ遅れをとってしまう
という弱点があるものの、ドシュダムの操縦システムに精通し機体のクセを知り尽くした搭乗員の手にかか
れば、通常の航空機には真似できないトリッキーな動き-ワイバーンほど極端ではないが-で相手の意表を
突くことも可能だった。

四週間の基礎訓練を通じて意外にも優れた操縦センスの持ち主であることを証明したニポラはめきめきと
腕をあげ、訓練期間の終わりには模擬空戦で教官相手に三戦して二勝するまでになった。
そして予備飛行兵登録証書の技量欄に“特優”のハンコを押され、早速実戦部隊行きが決まったのであった。

実家に帰ったニポラを両親と弟は暖かく迎えた。

131 :外パラサイト:2011/01/23(日) 17:31:56 ID:PYl3SWRU0
不安を押し殺し、誇らしげな顔で娘を称える両親。
年齢の離れた弟は心配そうな表情を隠しもしない。
「大丈夫、おねーちゃんがアメリカ人なんかコテンパンにノシてやるから!」
「風呂を覗いたパン家のミロルグを丸太に縛り付けて広場の噴水に浮かべたみたいに?」
「あ~そんなこともあったっけ…」
少女時代は結構武闘派なニポラだった。

ここでシホールアンルの国内事情に触れておくと、“英雄王” オールフェス・リリスレイ帝の戦争指導はロ
シュミック家はじめ大部分の国民に依然として支持されているが、これにはそれなりの理由がある。
近代史の中でシホールアンルは一度、亡国の危機を迎えたことがあった。
“愚物王”ルピヤマンⅢ世の時代、友愛外交を唱えるルピヤマン帝は近隣諸国との間に王族同士の婚姻を始
めとする積極的な融和政策を推し進めた。
その結果、豆料理の食べ過ぎで急死したルピヤマンⅢ世の跡目争い-妾腹を含め11人の子供がいた-が始
まると、北大陸諸国はそれぞれが血縁関係にある王位継承権者の後ろ盾となってお家騒動を煽り、ついに泥
沼の内戦に突入してしまったのである。
後に「干渉戦争」と呼ばれることになるこの戦いは8年にわたり、労のみ多く利の薄い戦いに嫌気がさした
北大陸諸国が示し合わせて兵を引いたあと、シホールアンルに残されたのは荒れ果てた国土と疲弊しきった
国民だった。その後“豪腕王”の異名をとったカリスマ指導者ヤラナイカⅠ世のもと一致団結したシホール
アンルは逆境をバネに奇跡の復興を果たすのだが、現在のシホールアンル国民のなかでもある年齢層から上
は、荒廃した祖国を立て直すため死に物狂いで働いた両親や祖父母の姿を直に見ている。
また若い世代は捏造とまでは言えないもののかなり誇張された歴史教育を受けているため、過剰なまでの愛
国心と他国に対する被害妄想といっていいほどの不信感を刷り込まれているのだった。

1484年(1944年)12月23日シュヴィウィルグ基地
「緊急発進!緊急発進!全搭乗員はただちに機乗せよ!」
待機室からロケットのように飛び出した飛行挺乗りの群れが、機付き作業員の手によって滑走路に引き出さ
れた愛機に駆け寄る。
自分の乗機である赤の12番-赤色は第1中隊を、12番は第3小隊4番機を意味する-のコクピット収ま
ったニポラは初めての実戦の空へと舞い上がった。
生産工程を簡略化するため小型の平面ガラスを多用したドシュダムのキャノピーはどうしても窓枠が多く
なり、パイロットは檻の中から外を眺める気分にさせられる。
いよいよ米軍機と一戦交えるというのにニポラは最悪な気分だった。
激戦が続くシュヴィウィルグ基地に昨日付けで補充パイロットとして配属されたニポラは、着任したその日
に第12戦闘飛行団の指揮官であるウィブト・ピルッスグ大佐の呼び出しを受けた。
ビルッスグの私室で酒の相手をさせられながら延々と聞かされるのは、目の前にいる脂ぎった太鼓腹のハゲ
中年がいかに名門の出身で各方面に影響力があるかという話。

132 :外パラサイト:2011/01/23(日) 17:32:53 ID:PYl3SWRU0
要するに自分の要求を拒否してみろ、コネを使ってお前の家族を破滅させるくらい簡単なんだぞという遠ま
わしな恫喝である。
貴族の将官が平民の女兵士に劣情を覚え、階級にものを言わせて欲望を満たす。
シホールアンル軍に限らずF世界では珍しくもないことである。
被害者にとってはよくあることで済ませられる話ではないが。
これから命のやりとりをするというのに意気はあがらず思考は限りなくネガティブ、輝く太陽さえ自分を嘲
笑っているかのように見える。
『全機、武装を確認しろ』
指揮官機の通信を受け、一斉に散開して魔導銃の試射を行うドシュダム隊。
ニポラはふと、先頭を飛ぶドシュダムに砲火を浴びせてやろうかと思った。
編隊を先導するのは自ら飛行挺に乗り込んで出撃したビルッスグである。
「悪いようにはせん、ワシを信じろ」
ベッドの上で落花狼藉を尽くしたあと、とってつけたように下手に出てきたビルッスグの猫撫で声が脳裏に
甦る。
一瞬芽生えかけた殺意を抑え込み、ニポラはコントロールスティックに取り付けられたトリガーボタンを押
した。
ZAP!ZAP!ZAP!
ややスローテンポな発射音とともに、フットボールサイズの光弾が雲をめがけて飛んでいく。
ドシュダムは超特急で開発され、実用テストもそこそこに実戦に投入されたため、その初期生産型はじつに
多くの事故を起こした。
さすがに現場からの苦情が無視できないレベルになり、続々と寄せられる改良要求が泥縄式に生産ラインに
取り入れられていったことから、ドシュダムには膨大なサブタイプが存在する。
ニポラの乗機はタイプ28と呼ばれるもので、飛行挺用に軽量化された短銃身魔導銃に換え、大威力の長銃
身魔導銃二挺を装備した火力強化型である。
命中精度はイマイチだが当たれば航空機はもちろん軽装甲車両も撃破可能で、アメリカ軍と南大陸連合軍の
地上部隊に最も嫌われたタイプでもあった。

『突撃!突撃!』
魔法通信機から興奮したビルッスグのだみ声が響く。
戦隊司令の乗る赤の1番が猛然と機首を下げ、眼下の敵編隊に向かって真っ先に突っかかっていく。
好色で度量が小さく、そのうえ自己顕示欲の塊だがビルッスグは部下に戦いを押し付け、自分は後方でぬく
ぬくとしているような男ではなかった。
ドシュダム隊は下から突き上げてくるヘルキャットとコルセアの編隊に上方から被さる形で接敵する。
たちまち激しい空中戦が始まった。
これが初陣のニポラはとにかく的にならないよう激しく機体を振り回し、目の前を通過する星のマークの機
体を撃ちまくる。

133 :外パラサイト:2011/01/23(日) 17:33:48 ID:PYl3SWRU0
何機かに命中弾を与えたような気はするが戦果を確認している余裕はなかった。
「狙った得物に気を取られて見張りを怠ったら死ぬと思え、目の前にカモがいるときは自分も敵のカモにな
りかかっているのだ」
訓練所で教官-負傷で第一線を退いたケルフェラク乗りだった-から耳にタコができるほど聞かされた言
葉である。
その心がけがよかったのか一発も被弾することなく乱戦のなかを飛び回っていたニポラだったが、手練のヘ
ルキャット一機に喰い付かれてしまった。
太っていてもネコはネコ。
大翼面積がもたらす低翼面荷重のおかげで、ヘルキャットは自重で1トン近く軽いムスタングよりも小回り
が効く。
部隊長かエース格らしいグロスシーブルーの機体にひときわ目立つ白帯を巻いたヘルキャットは、文字通り
魔女のような執念深さで懸命に振り切ろうとするニポラ機の背後にぴたりと張り付いている。
いまだ一発も撃ってこないのは無駄弾を使うことを嫌い、必殺の一撃を加えるチャンスをじっと待っている
からだ。
(どうせこのままやられるのなら…)
ニポラは切り札を出すことにした。
それはまだ訓練飛行を始めて日の浅い頃、うっかり操縦装置の扱いを間違えた際に偶然できた機動で、あま
りに奇抜な動きのため以後一度も試したことはない。
だが生きるか死ぬかの瀬戸際では分の悪い賭けでも乗るしかない。
ニポラはフットペダルを押し込むと同時にコントロールスティックを思い切り引いた。
赤の12番は急減速しながら機首を上げ、自分を追い越していったヘルキャットの後ろで棒立ちになったあ
と再び水平飛行に戻る。
それはとある未来の平行世界でロシア人パイロットのヴィクトル・プガチョフがジェット戦闘機Su-27
で行い、世界を驚愕させた技とほぼ同じマニューバーであった。
ニポラの放った一撃はヘルキャットの主翼を叩き折り、右の翼を付け根付近から失ったグラマンは木の葉の
ように落ちていった。
「はあ…」
ぐったりと脱力するニポラ。
滝のように汗をかいているのに震えが止まらない。
強敵を退けた安堵から、ニポラは戦闘機乗りの最大のタブー-撃ってくださいと言わんばかりに低速で真っ
直ぐ飛ぶ-を犯していた。
ドシュダムの左側面から一機のコルセアが飛び掛ってくる。
気がついたときにはもう遅い。
「皇帝陛下万歳!」
赤の12番にむけて射撃を始めようとしたコルセアに、ビルッスグのドシュダムが激突した。
すでに致命傷を負っていたビルッスグは友軍機-それがニポラだと気付くことなく-の窮地を察して、ため
らうことなく体当たりを敢行したのだ。
「そんな…大佐……」
呆然とするニポラを乗せた赤の12番は緩やかな上昇を続け、分厚い雲に飛び込んだ。
しばらく直進して雲を突っ切ると、そこには敵も味方もいない空っぽの空が広がっていた。
ニポラは操縦装置から両手を離し、顔を覆ってすすり泣いた。
ただ、哀れだった。
それは自分かもしれないしビルッスグかもしれない、あるいはこの戦争で死んだ全ての人間に対してなのか
もしれない。
非情なまでに晴れ渡った青空の下、赤の12番はあてどもなく飛び続けた。
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