自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

317 第234話 反逆の兆し

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第234話 反逆の兆し

1485年(1945年)5月18日 午後8時30分 ヒーレリ領ジヴェリキヴス

ジヴェリキヴスは、ヒーレリ領の南東部に位置する地方である。
この地方は、レスタン領に近い事もあって、地方の南部一帯にはシホールアンル軍2個軍が集結し、北進の機会を伺う連合軍部隊に睨みを
利かせていた。
緊張が高まっているジヴェリキヴス地方には、ヒーレリ領の第2の都市であるエーベデラネインがあり、シホールアンル軍が占領した後も、
フェルベラネインは100万の住民が集う大都市として機能している。
そのフェルベラネイン市には、けたたましい空襲警報のサイレンが響き渡っていた。
シホールアンル陸軍第299歩兵師団第3連隊に所属するヴァイノ・ウィステニク軍曹は、3週間前に支給されたばかりの携行式魔道銃を
肩にかけたまま、米軍の爆撃を受けている市郊外の東側にある森林地帯を見つめ続けていた。

「また物資集積所がやられているな。」

ウィステニク軍曹は、前で敵の空襲を眺めていた小隊長の悔しげな声を聞いた。

「集積所の隣にある魔法石鉱山もついでに爆撃されております。アメリカ人共は、巧みに隠匿した集積所や施設を見つけ出すのが本当に上手いですなぁ。」

軍曹は他人事のように言うが、それが小隊長の癇に障ったようだ。

「軍曹!敵を褒めてどうする!」

小隊長は憤りのこもった口調でウィステニク軍曹に言う。

「隠匿した物資集積所がやられているという事は、情報が漏れているという証拠だ!恐らくは、現地民共の中にスパイが紛れ込んでいるのかも知れんぞ!」
「スパイですか……」
「それに、スーパーフォートレスは、5000グレルの高みからしか爆弾を落とせないただの腰抜けだ!あれなら、子供が操っていても、悠々と爆弾を
落とす事が出来るぞ。決して、敵の技量が凄いという事では無い!」

「はぁ……」

ウィステニク軍曹は生返事を返しながら、士官学校を出たばかりの新米小隊長を心中で罵っていた。
(夜間にやって来て、高みから爆弾を目標にぶち当てられる時点で分かるだろうが。貴族出身のおぼっちゃま士官は、何でこんな馬鹿ばかりなのかねぇ)

シホールアンル帝国軍は、主に平民出の者が大多数を占めるが、士官には貴族出身者が多い。
彼らの中には、まともな者も多い半面、家柄を自慢し、平民出の将兵をあからさまに見下している者も多い。
ウィステニクの小隊長は後者の方である。
彼は、この新米小隊長の下で2カ月の間、軍務に就いているのだが……
(こんな小隊長と一緒に戦場に出たくないな)
と、ウィステニクは何度も思ったほど、この新任小隊長は酷かった。

「それよりも、小隊長。先程の話ですが……連合軍のヒーレリ侵攻が近いという事は本当なのでしょうか?」
「む、その話か。いや、俺もはっきりとは分からんのだ。」

小隊長は首を傾げながら言う。

「うちの連隊長がヒーレリ領境沿いの連合軍が再び戦力を増強させていて、もしかしたら、近い内に北進するのでは?と他の将校に話していたのを、
私がちらと聞いただけだ。敵が来る!という確信は連隊長もしていなかったな。ただ……」

小隊長は、渋い表情を浮かべながら、腕を組む。

「先月末に、バイスエ領が連合軍の手に落ちているからな。敵はこれで、グルレノの南端に迫り、側面には我が帝国本土の南部を窺える
ようになっている。上層部は、ヒーレリ領の侵攻は、早くても6月、または7月頃からと言って来ているが……いつ来るかは敵次第だ。
もしかしたら、連隊長の読み通りに、6月を迎えんうちに、連合軍はヒーレリ侵攻を開始するかも知れんぞ。」

彼はそう言ってから、軽く舌打ちをする。

「軍曹、ヒーレリの蛮人共の態度が明らかに悪いのは知っているだろう?」

「え……ええ。」

ウィステニクは、躊躇いがちに答える。それを見た小隊長は鋭い目つきで彼を見据えるが、そのまま言葉を続けた。

「連中は、明らかに俺達を、嫌っている。こんな時に連合軍が攻めてきたらどうなると思う?あいつらは、こぞって連合軍に協力し始めるぞ。」
「はぁ……そうなると、戦闘がやり難くなりますな。」
「ああ、全くだ。」

小隊長は頷いた。
彼は苛立っているのか、指をしきりに動かしている。

「どうせなら、全てのヒーレリ人を、北の開拓地に送ってしまえばよかろうに。住民共も、ヒーレリ人の治安警備団の連中も、今頃は俺達に
どのような悪さをしているか考えているに違いない。軍曹!ここらで少し、憂さ晴らしでもしに行こうかね?」
「いや、小隊長。我々は今警戒任務中です。中隊長に見つかれば、また怒られてしまいますぞ。」
「……フン。そんな事分かっている。単なる冗談さ。」

小隊長は、右手で軽く手を振り払いながら、ウィステニクに言った。
(憂さ晴らしだと……ヒーレリ人の店に押し入って嫌がらせするのが何が憂さ晴らしだ。クソ!……レスタン戦線が懐かしく思えて
来るとはな……!)
ウィステニクは、心中で毒づきつつ、脳裏には、地獄と思えたレスタン戦線で体験した日々を思い浮かべる。
(レスタン戦線も地獄だったが、少なくとも、上官には恵まれていた。それに、駐留軍の司令官が良心的な占領政策をやってくれたせいか、
俺達は現地住民に好かれないまでも、嫌われるような事は無かった。むしろ、気の利いた住民が、こっそりとではあるが、食料を分けて
くれた時もあった。あの頃は苦しいながらも、駐留軍の殆どが“戦闘だけ”に集中できていた……)
彼は心中で呟いた後、深く溜息を吐いた。

「どうした軍曹。最近はやたらにため息が多いが。疲れているのかね?」
「ええ、少しばかり。」

ウィステニクはそう答えてから、心中で貴様のせいだ馬鹿野郎、と罵った。

それから5分後。町中に鳴り響いていた空襲警報のサイレンがぱっと鳴り止み、周囲には再び、静けさが戻っていた。

「手荒くやられたようですね。」

ウィステニクは、B-29の爆撃で大火災を生じた物資集積所の方を見ながら、小隊長に言う。
敵戦略爆撃機の大群は、集積所の重要地点をほぼ正確に狙ったのであろう。
集積所内では盛んに誘爆が起こっており、今でも爆発と思しき火柱が立ち上がり、それに遅れて爆発音が鳴り響いて来る。
町は夜間にも関わらず、遠くの火災炎によって、空が明るく染まっていた。

「あそこには、1個軍団が1週間以上戦えるほどの物資が置いてあったようだが、あの様子じゃほぼ全滅だろうな。」

小隊長が、幾分、憎しみのこもった口調で呟いて来る。
ウィステニクの側で待機していた魔道士が急に頭を傾げ、何かを小声で口走りながら右手で何かを記して行く。

「小隊長、中隊本部より魔法通信です。第2小隊と交代し、宿舎に戻れとの事です。」
「ようやく、今日の勤務は終わりか。」

小隊長はニヤリと笑うと、すぐに了解したと伝えた。

「軍曹!間もなく第2小隊と交代する。俺達は、下に降りて、第2小隊を出迎えよう。魔道士!他の建物に陣取っている分隊にも交代すると伝えろ!」
「了解です!」

魔道士はそう返してから、魔法通信で矢継ぎ早に命令を伝達して行った。
程無くして、ウィステニクの属する第1小隊は、第2小隊との交代を終え、1ゼルド離れた郊外にある宿舎に向けて歩き始めた。
第1小隊が宿舎まであと10分程で到達するところまで迫った時、

「軍曹!」

小隊長の後ろを歩いていたウィステニクは、唐突に呼び止められた。

「は。何でしょうか?」
「我が小隊は、明日は非番だったな。どうだ、小隊の下士官を集めて一緒に酒でも飲まないかね?」
「酒でありますか。悪くは無いですが………でも、宿舎内にある売店には、酒の類は打ってなかったと思いますが。」
「ぬ……しまった。」

小隊長は頭を抱えた。

「売店で売られていた酒は、3日前に補給隊が敵の空襲で壊滅してから1度も補充されていなかったな。まずいな……」

小隊長は歩きながら、何か策は無い物かと考え始めた。
その時、古ぼけた露店が開いている事に彼は気付いた。

「……酒も売っていると書いてあるな。軍曹、いっちょ、あそこで酒を手に入れようかね。」
「小隊長、今は勤務中ですよ。」
「そんな事は分かっている。なあに、基地の憲兵も宴会に誘えば大丈夫だ。既に、これまでにも同じようにやって来て、お咎めなしだったじゃないか。」
「……それ以前に、我々は手持ちの資金を全て宿舎に置いたままにしてあります。このままでは、一度基地に帰ってから仕入れるのがよろしいかと。」
「貴様は堅い奴だなぁ。」

小隊長は、呆れたように言う。

「我々は、ヒーレリを侵略者から守っている勇者だぞ?そんな勇者が酒をくれと言おうとしてるんだ。これまでもそうやって酒を仕入れて来たんだ。」
「そうですよ軍曹。俺達はこの国を守る勇士なんですから。」

ウィステニクの後ろに居る部下がそう言って来る。いつしか、魔道士を覗く小隊の全員が、小隊長の意見に同調していた。

「おお、流石は帝国軍の勇士達だ。話が分かるな。では、今日の宴会は小隊全員で楽しむ事にしようか。ウィステニク軍曹……は、あまり乗り気では
ないだろうから、第2分隊長!」
「はっ!」
「一緒に付いて来い。酒を調達するぞ。」

「了解であります!」

第2分隊長を務めるグリシャ・オルヴェド軍曹は、9名の部下を率いながら小隊長に続いて行く。
いつしか、ウィステニクの部下達……魔道士を除いた残りの者達も、第2分隊と第3分隊の後に付いて行く。

「おい!店主は居るか!」

小隊長は、店の中に座っていた若い店員を大声で呼び付けた。

「は、はい。おりますが……」
「どうした?」

小隊長の声を聞き付けた店主が、慌てて奥から出てきた。

「ここの店主かね?」
「はい。そうですが……」

痩せた眼鏡姿の店主は、恐る恐ると言った口ぶりで答えた。

「貴様の店には酒が置いてあるな?」
「はい。今日の朝に仕入れた物があります。」
「すまないが……軍の秘密作戦で今、酒を集めている所なのだ。ここは、一帝国臣民として協力してくれないかね?」
「え……と、言いますと?」

店主は、目を見開きながら小隊長に問う。

「まさか、酒をタダで貴方方に差し出せと?」
「馬鹿者!誰がそんな事言った。勿論代金は払うぞ!!」
「はぁ……では。」

店主は、まずはお代を貰いましょうかと言おうとしたが、それは出来なかった。

「代金の方は、あとで師団司令部に請求してくれ。いずれ、司令部の将校がそちらに代金を持って来るだろう。」
「な……ちょ、ちょっと待って下さい!」

店主は、狼狽した様子を現しながら、小隊長に歩み寄って来た。

「我々は資金繰りが苦しい中で、やっと店を開いている状態です!先月も、あなた方とは別の部隊が、私の店からツケで食料や飲み物を
買って行きましたが、あなた方の師団司令部からは、いつまで経っても代金が払われておりません!その上、更にツケで支払えとなると、
私達は非常に厳しい状況に……」
「何だ……貴様は、我々が金も払わんで物を強奪して行く盗人であると言いたいのか?」

小隊長は、静かな声音で店主に言う。彼の右手は、腰に吊ってある剣の柄に添えられている。
それを見た店主は、顔を真っ青に染めながら首を横に振った。

「いえ!滅相もありません!」
「…ふむ。なら、話は早いな。店主、すぐに酒を持ってきてくれないかね?なるべく、多くだ。そう……あの酒が良いかな。」

小隊長は、陳列棚に置かれている1本のビンを指差した。その酒は、ヒーレリ産の果実酒であるが、値段は高かった。

「隊長殿!これは……限定品の高級酒でありまして。数は30本ほどしか」
「30本もあるのか!?なんだ、かなり多いじゃないか。小隊全員分はあるな。」

小隊長は後ろを振り向きながら言った。
部下達は、久方ぶりに味わえる高級酒に期待しているのか、誰もがにやけていた。

「ま、待って下さい!店にある在庫分を、ツケで全て渡す訳には」
「まぁ、そっちこそ、落ち着いて話を聞け。」

小隊長は穏やかな口調で言いつつ、店主の肩を叩いた。

「俺がいつ、30本全て持って行くと言った?店主は何か、勘違いしているな。」
「は……そうでありましたか……?」
「ははは。店主は動転し過ぎて、話を理解していないようだな。」

小隊長は快活そうに笑った。

「店主よ。俺は何も鬼では無い。君の店にある在庫分を全て持って行く事は、流石に出来んよ。そんな事したら、シホールアンル帝国軍の
兵隊は無理を押し通す嫌な連中と思われてしまうではないか。俺は、君の店の事も考えて、在庫分は全て持って行かん。」
「はぁ……そうですか。」

店主は、僅かに頬を緩ませた。

「店主。ひとまず、酒の方を持って行きたいのだが。」
「はい。何本ほどでしょうか?」
「25本持って行こうかね。」

店主の問いに、小隊長は即答した。
ウィステニクは、店主の顔が凍りつくのを見ていたが、すぐに目を背けてしまった。
そして、彼は、店主の心の奥底に潜む憎しみをも、肌に感じ取っていた。

小隊は宿舎に戻った後、分隊ごとに酒を分けて、各宿舎でささやかな宴会を開いた。
通常、宿舎内の飲酒は禁止なのだが、小隊長は憲兵と中隊長を酒で買収したため、今夜もお咎めなしで飲酒に興じる事が出来た。
部下達が1ヵ月ぶりの飲酒に狂喜している中……ウィステニクは1人だけ、宿舎の隅に縮こまるようにして酒を飲んでいた。
分隊付き魔道士を務めるフェイミ・ルシトナル軍曹は、部下達と会話を交わしながら、ウィステニクの様子をちらりと見つめていた。

「軍曹殿?どうかしましたか?」
「ん?いや……何でも無い。」

彼女は、部下の質問に首を振って答えた。
フェイミはしばしの間、部下達と話を続けていたが、次第にウィステニクの方を見るようになった。

「すまないけど、私はちょっと、分隊長の所に行って来る。お前達は適当に、自慢話でもして頼んでおきな。」

フェイミは、女らしからぬ動作で股間を手で覆った。

「了解です!フェイミ姐さん!」
「うちらは、姐さんをどうやって落とせるか相談しておきますよ!」

部下2人は、彼女にそう冗談を言い返した。にこやかに笑いながら席を立ったフェイミは、ウィステニクの反対側に腰を下ろした。

「……なぁ。確か、姐さんはうちの分隊長と一緒に、レスタン戦線で戦っていたと言ってたよな。」
「だな。何でも、壊滅した石甲師団の石甲化歩兵連隊に居たようだが……おい、俺達の分隊長って、やけに現地人に甘くないか?」
「よく見てみれば、そう思うな。何であんなに優しくなれるんだろうねぇ。」

部下の1人は、不思議そうに言う。

「レスタンの蛮人共は、人の生血を啜る怪物だし、ここのヒーレリ人は、常に俺達の国を侵略しようとしていた、ならず者共ばかりだ。
そんな連中にあんな態度を取るなんて、どうにかしてるよな。」


「……なんて事を思っているかもしれませんよ。あいつらは。」

フェイミは、酒ではなく、水を飲みながら仏頂面で本を読みふけるウィステニクに言うが、彼は別段、気にしていなかった。

「部下が、俺の事を変人扱いしてるのは知ってるよ。まっ、俺は何と言われようが、今までやって来た事をやる。」
ウィステニクは、反対側に座ったフェイミの顔を見据える。
髪を肩まで伸ばした目の前の女性下士官は、右目の辺りだけ前髪を伸ばしている。

更に、彼女の左頬には、痛々しい切り傷がある。
彼女が右目を前髪で覆っているのは、過去に受けた傷を隠すためだ。
フェイミは、83年の南大陸戦で負傷し、右目を失っている。また、3か月前のレスタン戦線では、サンダーボルトの空襲に巻き込まれて
瀕死の重傷を負ったが、奇跡的に回復して、2週間前にウィステニクの分隊に補充の魔道士として配備されている。
若干24歳にして幾多もの戦場を渡り歩いてきた彼女は、対米戦の恐ろしさを、文字通り、体で体験して来た古参兵でもあり、ウィステニクに
とっては、小隊の中で唯一信用できる人物である。

「君も、レスタン戦線に従軍した身だ。俺が言っている事は分かるだろう?」
「ええ。言われずとも。軍曹殿の考えは、自分もよく承知しています。」
「おいおい、別に敬語は使わなくてもいいだろう。同じ軍曹じゃないか。」
「でも、小隊の中ではあなたが先任です。それに、私にとって、あなたは戦場のイロハを教えてくれた良き先輩です。そんなあなたに、敬語を
使わない訳にはいきませんよ。」
「ハハ、君も強情な奴だな。5年前からずっと、隣で戦って来たが、ちっとも変わらんな。」
「変わったのは階級ぐらいですかね。」

フェイミの言葉に反応したウィステニクは、苦笑を浮かべた。

「あまり言えなかったが……ショートカット姿の君もなかなか良い物だな。後ろで髪を束ねている姿も良かったが、俺としては、今の方が
凛々しく見えるよ。」
「邪魔でしたからね。」

フェイミは、自分の髪を触りながら、さり気なく答えた。

「邪魔か……君の家も、なりは小さいとはいえ、貴族だと言っていたようだが、家の人はさぞかし、ショックじゃないかな。髪は女の命とも
言われているし。」
「さぁ……私はあまり気にしていませんでしたが。というか、むしろ長いのは嫌ですね。」

フェイミは軽やかな口調で、ウィステニクに答える。

「女が全員、長髪は命と考えている訳では無いですよ。」
「……だろうな。」

彼は2、3度ほど頷いてから、ベッドから自分のカバンを取り出した。
カバンの中に手を入れてからもぞもぞと何かを探す。

「そうだ、とっておきの物がある。」

彼は、目当ての物を見つけると、それをフェイミの前に掲げた。

「どうだ、飲まないか?レスタン戦線での戦利品だ。」
「あ……それって、レスタン人農家の人がくれた赤いワインじゃないですか。」
「そうだ。レスタン戦線初期の頃、通りがかった農家で貰った物だ。俺達は大した事をしてなかったのに、まさか、こんな物をくれるとは……
当時は驚いた物だ。」
「自分達にとっては大した事では無くても、あちらから見たらそうでも無かったようですよ。お礼にワインをあげる程ですから。」

それは、昨年12月末の出来事であった。
当時、第173石甲師団第22石甲化歩兵連隊に所属していたウィステニクの中隊は、警戒任務を終えて引き上げる途中で、横転した地元民の
馬車を発見した。
その時の中隊長は、ウィステニクの分隊に事故の後処理を任せ、彼は言われた通りに破損した馬車を輸送用キリラルブスで曳き、馬車の持ち主の
家がある牧場まで無事に送り届けた。
馬車の持ち主であった男は、敵であるウィステニク達に何度も感謝の言葉を漏らし、彼らが部隊に合流しようと、男の牧場から離れようとした時、
持ち主は助けてくれた礼として、3つの木箱を彼らに渡した。
その木箱の中身が、今、彼が飲もうとしている赤ワインであった。
ウィステニクが帰った後は、基地の宿舎でお礼として貰ったワインを中隊の各小隊に分け、ささやかな酒宴を楽しんだ。
レスタン領駐留軍司令官であったエルグマド将軍の精神は、末端部隊にまで行き渡った事で生じた心地の良い思い結果であった。

だが、新しい赴任地となったこの部隊では、その思い出が、まるで夢物語であった言わんばかりの出来事が起こっている。
ウィステニクは、嫌がる住民からむしり取った酒などは飲もうとも思わなかった。

「フェイミ。君はあそこで飲まなかったのか?」
「ええ。どうも、気が進まなくて。でも、その酒なら飲みたいですね。」
「……俺も同じ気持ちだったよ。」

ウィステニクはコップを2つ取り出し、それぞれにワインを注いでいく。
無言でコップを合わせた2人は、中の酒を一気に飲み干した。

「……美味い酒ではあるんだが……嫌な物を見たせいか、前よりも美味く感じないな。」

彼はそう言いながら、再び酒をコップに注いでいく。

「軍曹、酷くお疲れのようですね。」
「こんな環境で疲れない方がどうかしているよ。」

ウィステニクは、離れた所で陽気に話し合う部下達の顔をちらりと見る。

「あいつらの錬度は申し分ない。全員が、入隊から1年以上も経った使える連中だ。アメリカとの戦争が始まってから、帝国軍は100万名もの
兵を失ったと言われている。だが、人的資源に恵まれている我が帝国は、膨大な数の予備役兵や、後方で充分な訓練を受けた兵を補充する事で、
強大な兵力を保持し続けている。兵の層が厚い我が軍は、数からみれば、帝国軍は連合軍にも引けを取らない。錬度でもな。でも……」

彼は、途端に悲しげな口調になる。

「連合軍に対しては、精神的な面で非常に劣っている。この地方の部隊を見る限りは。」

ウィステニクは、酒を飲みながら、言葉を続けて行く。

「フェイミ。君は、この部隊で連合軍に勝てると思うか?」
「無理ですね。」

彼女は即答した。

「第一、彼らには“実戦経験”がありません。おっと、実戦経験が無い、と言うのは誤解を招きやすいので、アメリカ軍相手の戦闘経験が無い、
に訂正します。」
「君の言う通りだな。」

ウィステニクは頷いた。

「第299師団は10年前に編成された部隊だが、北大陸統一戦では常に最前線で戦ってきた歴戦部隊だ。兵員の錬度は申し分なく、精鋭部隊と
言えるようだ。だが、俺からしてみれば、単なる“北大陸の引き籠り部隊”にしか見えない。」

彼は、部下達に向けて顎をしゃくった。

「あいつらは、最新の携行型魔道銃を支給されて勝ったつもりでいるが、正直言って甘すぎる。」
「兵隊の中には、携行型魔道銃を与えられたからには、最低でも第2親衛軍と同じ位は活躍したいと抜かす奴もいます。」
「フン。連中は何も分かっていないのさ。」

ウィステニクはあきれ顔でそう言い放った。

「第2親衛軍が壊滅的打撃を被りながらも……将兵の大半が米軍との戦闘が未経験だったにもかかわらず、出血を強要できたのも、ひとえに、
第2親衛軍が帝国軍の最精鋭に相応しかったからだ。フェイミも知っているだろう?第2親衛軍の部隊が、元は何であったかを。」
「帝国軍の中でも精鋭を謳われていた、魔法騎士師団と、存在はおぼろげにしか知らされていないとはいえ、戦技面では優秀と言われていた
特務戦技兵部隊で編成されていましたからね。彼らだからこそ、アメリカ海兵隊相手に互角の戦いを展開できたと思います。」
「そうだ。連中は、一般部隊よりも遥かに過酷な訓練を受けて来た特殊部隊だ。あいつらのような一般兵とは訳が違う。それなのに、
第2親衛軍は勝つ事が出来なかった。」

彼は、部下達にちらりと視線を向けながら、酒を口に含んだ。

「精兵ですら勝てなかった相手に、一般兵ではまともに戦う事すら出来ない、と?」

「そうなるな。」

ウィステニクは頷いた。

「もしかしたら……このヒーレリ領での戦闘は、レスタン領の戦闘よりも酷い事になるかも知れん。」
「酷い戦闘ですか……あの戦闘以上に酷い物は、そうそうなさそうですが。」
「いや、もっと酷くなるさ。」

ウィステニクは天井を仰ぎ見た。
彼はしばし、上を見据えたまま身じろぎもしなかった。

「……それは、どのような感じで?」

フェイミが躊躇いがちに聞くと、ウィステニクは顔を彼女に向けた。

「ヒーレリ駐留軍の主力が、脱出の機会すら恵まれぬまま、包囲殲滅される可能性もあるかもしれない、という事さ。」
「………」
「レスタン領駐留軍は、対米戦を経験した部隊を多く含む精鋭揃いだったにもかかわらず、何とか包囲されないように“逃げ回るだけ”しか
出来なかった。で、対米戦を経験した部隊が極端に少ないヒーレリ領の駐留軍が連合軍と戦ったら、どうなると思う?」
「……なるほど、そう言う事ですね。」
「ああ、そう言う事さ。」

ウィステニクは、大きなため息を吐きつつ、ワインを再びコップに注いだ。

「おまけに、俺達は前線の後ろにも気を配りながら、戦うという破目に陥りかけている。レスタン戦線でもそのような恐れはあったが、
エルグマド将軍のお陰で、住民の大規模な反乱だけは起こらなかった。だが………このヒーレリ領では、その面から見てみれば、レスタン領戦線よりも
危険が大きい。一介の軍曹である俺ですら、その事は充分に理解できている。なのに、ヒーレリ領駐留軍の連中は、ヒーレリ人に対して、
威張り散らす事しか考えていない馬鹿ばかりだ。そして……それと似たような奴は、前線にまで居る。うじゃうじゃとな。」
「……無能な味方は、強力な敵に勝るって奴ですかね。」


「ハハ。そう言うこったな。」

彼はそう苦笑した後、再びコップの中身を空にし、酒を飽くことなく注いだ。


午後9時30分 ジヴェリキヴス

「畜生……シホールアンル軍の奴らめ……!」

ジヴェリキヴスで小さな商店を営む彼は、酒を強奪して行ったシホールアンル軍に怨嗟の言葉を吐き続けていた。

「やっとの事で仕入れた主力商品が……くそ、くそ!」

店主は、悔しさの余り、何度も机を叩いた。
シホールアンル軍が軍需物資の調達と称して、現地で食料を買い入れる事は、ヒーレリがシホールアンル帝国の統治下に入った直後から
繰り返されてきた事であるが、1年ほど前からは、代金をすぐに支払わず、勝手に食料を持って行く部隊が続出した。
大抵の場合は、部隊の上級司令部等が後払いとして代金を支払っていたが、ここ最近は代金すら支払われない事が多くなって来た。
去る3月12日、ヒーレリ南部にある大手商会のうちの1つが、シホールアンル軍司令部に対して、料金の支払いが滞っているため、商品の
売買は不可能との旨を発表するや、その翌日には商会自体がシホールアンル軍に接収され、商会を取り仕切っていた商人達は反逆者という
濡れ衣を着せられて監獄にぶち込まれた。
大手商会の1つがシホールアンル軍によって取り潰された事で、ヒーレリ領南部の物流は多大な影響を受けてしまった。
彼の店も、その影響をもろに受けたお陰で、主力商品であったワインの入荷が予定よりも1ヵ月以上も遅れるか、仕入れが不可能になるという
事態に見舞われた。
店の経営を円滑にするためにも、仕入れた30本のワインは、きちんとした形で売れて欲しかった。
だが、シホールアンル軍は無慈悲にも、彼が苦労して手に入れたワインを、あっさりと強奪して行ったのである。
シホールアンル兵達は、後で師団司令部から代金が支払われると店主に言っていたが、彼はその言葉を全く信じていなかった。
最近のシホールアンル軍は、支払いの期日が過ぎても代金を全く支払わなくなっている。
彼の友人の店主仲間も、シホールアンル軍に代金を踏み倒された経験があり、そのうち1人は、売り上げの落ち込みで借金を返せなくなり、
仕方なく店を畳んでしまった程である。

シホールアンル軍は、まさにやりたい放題の状況にあった。

「ああ、いいさ。ははは、いいさ!」

店主は、急に口調を変え始める。

「貴様らがその気なら、俺達にも考えがある……!」

彼は、店の奥の壁に吊り下げられている剣に目を向けた。

「ヒーレリ人が、いつまでも屈辱に耐えられるとは思うなよ、シホールアンル人!」



1485年(1945年)5月18日 午後3時 レスタン民主国レーミア

第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、ファルヴエイノで行われた会議を終え、この日の午後3時にようやく、旗艦である
重巡洋艦インディアナポリスに戻って来た。
スプルーアンスは長官公室で着替えた後、足早に作戦室に向かった。
ドアを開くと、室内には見慣れたメンバーがイスに座って話し合っていた。

「諸君、今戻ったぞ。」
「これは長官。お疲れ様です。」

話し合っていた男の1人、第5艦隊参謀長のカール・ムーア少将がスプルーアンスを出迎えた。
ムーア以外の5人の幕僚達も、帰艦したスプルーアンスに挨拶を交わして行った。

「すまないが、コーヒーを1杯くれないかね?」

スプルーアンスは、席に座る前に、従兵にコーヒーを注文した。

ムーア少将は、スプルーアンスがイスに座ると同時に質問を投げかけた。

「長官。ファルヴエイノ会議の件でお聞きしたい事があるのですが……今度の作戦はどこで行われるのでしょうか?」
「……次の作戦で、レーフェイル派遣軍司令部はグルレノ解放作戦を中心に行うと決めたよ。」
「グルレノですか……」

ムーア少将の隣の席に座っていた、作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐が小声でそう漏らす。

「次回のグルレノ解放作戦では、我が第5艦隊と、海兵隊も協力する予定だ。」
「我々と海兵隊ですか……」

フォレステル大佐は、またもや小声で呟いた。

「作戦参謀。何か不満でもあるのかね?」
「は……私はてっきり、ヒーレリ領への強襲攻撃が行われるのではと思っておりましたので。自由ヒーレリ軍団のヴィラシツル将軍も、
ヒーレリの強襲作戦の実施を強く要請していたようですが……」
「私もそう思っていた。あの会議には、ヴィラシツル将軍も参加していたが、連合国首脳部の考えは違っていた。連合国軍首脳部としては、
大軍が張り付けられ、ガチガチに守られているヒーレリよりも、守備兵力がまだ少ないグルレノを解放した方がやり易いと判断しているようだ。」
「いわゆる、仲間集めという奴ですか。対シホールアンルの為の。」
「そう言う事になるな。」

フォレステルの辛辣な口調に、スプルーアンスは平静な声音で相槌を打つ。

「グルレノも、解放が成ったばかりのバイスエと同じく小国だが、それでも国と言う事には変わりは無い。連合軍首脳部としては、敵対する国を増やす事で、
シホールアンル側に精神的な圧力を加えようとしているだろうな。」
「成りは小さいとはいえ、国ですからな。確かに効果的な考えではあります。」
「私としては、少々気に入らないのだがな。」

スプルーアンスは不満を口にする。その時、従兵がコーヒーを持って来た。

「長官、コーヒーであります。」
「ご苦労。」

スプルーアンスは従兵を下がらせた後、熱いモカコーヒーを少しばかり啜った。

「シホールアンル対連合国という構図を積極的に推し進める事は理解できるが、シホールアンルから解放されたレスタンやバイスエ、
ジャスオ、ウェンステル等は国内の復興に手一杯だ。ましてや、レスタンやバイスエは独立した国には見えるだけで、実質的には
臨時政府が立ち上がったばかり……人間の状態で言うのならば、まだ幼い子供のような状況に過ぎない。これでは、ただのこけおどしだ。」
「長官の言う通りですな。」

航空参謀のジョン・サッチ中佐が頷いた。

「とはいえ、次の作戦目標が決まったからには、それに向けての準備を整えなければなりません。作戦案としては、B案の方を基にして
調整するのが望ましいでしょう。」
「A案は、しばらくお預けか、もしくは廃止になるでしょうな。」

フォレステルが自嘲気味に言った。

第5艦隊司令部は、2月末のヒーレリ戦終了後に3つの作戦案を作成していた。
A案はヒーレリ領への侵攻作戦に伴う、艦隊の移動計画や作戦計画、そして、海兵隊や友軍部隊の上陸作戦の支援計画を現した物である。
B案はグルレノ領への各種支援計画を現した物だ。内容は、ヒーレリ領案の物とほぼ同様である。
第5艦隊司令部では、A案かB案のいずれかを行うとすれば、A案の通りに艦隊は動くであろうと予想していたのだが、スプルーアンスの説明通り、
第5艦隊はB案の通りに動く事になりそうである。
A案とB案で動員する兵力は、いずれも同じである。
第5艦隊が動員可能な戦力は、高速空母部隊である第58任務部隊の正規空母13隻、軽空母7隻、戦艦3隻、巡洋戦艦2隻、巡洋艦24隻、駆逐艦120隻と、
第54任務部隊の戦艦7隻、巡洋艦5隻、駆逐艦24隻と、護衛空母48隻、護衛駆逐艦130隻である。
これらの他に、最新鋭空母のリプライザルを含む正規空母3隻が主軸の増援も、間も無く、レーミア湾に到着する予定である。
この他に、上陸部隊用として各種輸送艦艇1000隻で編成された第53任務部隊も含まれている。
また、第5艦隊は、手持ちの上陸部隊として第5水陸両用軍を保有しており、このうち、レスタン戦線での損害の補充が完了した第3水陸両用軍団の
3個海兵師団は、命令が下ればすぐにでも乗船し、目標地点に向かう事が出来る。

第5水陸両用軍団の3個海兵師団は未だに、戦力の補充と再編が終わっていないが、6月の初旬までには完了する見込みである。
第5艦隊の作成したB案……グルレノ領解放作戦に伴う支援作戦が実行に移された場合、第5艦隊はこれらの戦力で持って戦う事になる。
もしA案が採用されていれば、これらの戦力は一気にヒーレリ領目指して突き進んでいたであろう。

「動員兵力は、我が第5艦隊の他に、バイスエ攻略を果たしたグレンキア軍とレースベルン軍の各6個師団と、陸軍の6個師団も加わるそうだ。」
「長官。バイスエのシホールアンル軍はどれぐらいの数でしょうか?」
「会議では、バイスエ領駐留軍は2個軍……約10個師団ないし12個師団と予想されているようだ。作戦の開始時期は、7月を目処に予定されているが、
正式にはまだ決まっていないらしい。」
「なるほど……ひとまず、まだ時間はあるという事ですな。」

ムーア少将が言う。

「そうなるが……不測の事態に備える為にも、準備は前倒しで行った方がいいだろう。」
「長官のおっしゃる通りですな。」

フォレステルも同意とばかりに顔を頷かせた。

「グルレノ進攻が前倒しで行われるとしても、6月下旬辺りに始まれば、我々も万全の状態で作戦に臨めますな。その頃には、TF58は新たに
正規空母4隻を戦列に加えております。そのうち、2隻は最新鋭のリプライザル級ですから、敵が初めてリプライザル級を目にした時の反応が楽しみです。」
「ミスター・サッチの言う通りだな。」

ムーアがそう言った時、唐突に、雷の音が鳴り響いた。

「おっ……今のは大きかったな。」

フォレステルが首を竦めながら言う。

「そういえば、3日前からずっと雨が続いていたな。私が2日前に、ファルヴエイノに到着した時は酷い有様だったが。」
「昨日は、陸軍の機甲師団が移動中に土砂崩れに巻き込まれて、死傷者を出したようですが……観測機の報告によりますと、この雨は、大陸を縦断中の
大型低気圧が消えない限り降り続けるそうです。予報では、あと4日は止まないらしいですぞ。」
「ふむ……早く止んで欲しい物だな。」

スプルーアンスは渋面を浮かべながら、コーヒーを啜った。
この時、ドアが開かれる音が耳に入って来た。

「おお、長官!お戻りなられたのですね。」
「やあ、通信参謀。堅苦しい会議からやっと戻って来れたよ。」

スプルーアンスのジョークに、作戦室内は笑い声に包まれた。

「先程、太平洋艦隊司令部から届けられた電報です。拝見しますか?」
「見せてくれ。」

スプルーアンスは、通信参謀のアームストロング中佐から紙を受け取った。
しばしの間を置いて、スプルーアンスは紙に書かれている内容を読み終えた。

「増援の正規空母が、明後日までにはレーミア湾泊地に到着するようだ。」
「ほほう、TG58.5の主力となる空母3隻ですな。」

ムーア少将が幾分、誇らしげな口調で言う。
TG58.5は、3隻の新鋭空母で構成される機動部隊として編成される予定であるが、3隻のうち、2隻はエセックス級空母のレイク・シャンプレインと
モントレイⅡであり、最後の1隻が、新鋭大型空母のリプライザルである。
ムーアが異様に高揚するのも、この新鋭空母が配備される為だ。

「いや、明後日までに到着する空母は2隻……レイク・シャンプレインとモントレイⅡだけだ。」

スプルーアンスはムーアの顔を見据えた。

「残念だが、リプライザルは、明後日までにはレーミア湾に来れないようだ。」
「リプライザルに、何か問題でもあったのですか?」

サッチ中佐がスプルーアンスに聞いて来た。

「どうやら、こちらに向かう途中、機関の故障を起こしたらしい。」
「機関故障ですと?」

ムーアが素っ頓狂な声を上げた。

「うむ。現在、リプライザルは12ノットのスピードでカレアント公国のクズツォネフに向かっているようだ。」
「クズツォネフですか……何故また、そこに?」
「ヴィルフレイングの浮きドッグは、オーバーホールで今使えない状態にある。そこで、クズツォネフでたまたま停泊していた移動サービス部隊の
工作艦に、機関の調子を見て貰う事になったようだ。」
「……長官、私は何だか、凄い不安を感じるのですが。」

アームストロング中佐が冷や汗を垂らしながら、スプルーアンスにそう言って来る。

「カレアントには、珍しい物好きの方がおられるからな。恐らくは……」

スプルーアンスは、深いため息を吐いた。
珍しい物好きのお方とは、カレアント公国の元首、ミレナ・カンレアク本人の事である。
彼女は、連合国の首脳中では最も奔放な首脳として有名である。
今年だけでも、確認出来るだけで5回もの大事件を引き起こしており、最近に至っては、完成したばかりのカレアント産の国産戦闘機を操って
危うく事故死寸前の所まで行くという事態を引き起こしている。
4月12日に急病で倒れたルーズベルトは、倒れてから3時間後に入ったこの珍事件の報を受けて、

「一国を束ねる政治家が不注意で何度も命を落とし掛けるとは何事か!?」

と飛び上がり、カレアント大使を通じて異例の抗議を送りつけられたほどである。
ちなみに、ルーズベルトはこの日まで体調不良気味であったが、この一報を聞いてからは不調気味であった体調も良くなっており、5月8日に行われた
ウェンステル共和国のルベンゲーブ会談では、バルランド王国を始めとし、新たに(形式的ではあるが)連合国に加わったレスタン、バイスエを含む
9カ国の首脳に健在ぶりを見せ付けている。
ミレナは、米カ首脳会談の際にルーズベルトからやんわりと説教されたという噂があり、今後は無謀な事は二度とやらないだろうと期待されている……
筈なのだが。

「ひとまず、リプライザル艦長には気を付けておけと伝えておこう。大統領閣下に説教されても、内心ではベロを出してそうだからな、あの方は。」

スプルーアンスは念のため、アームストロングに指示を伝えてから、コーヒーを飲みほした。
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