自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

062 第53話 ルーズベルトの思惑

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第53話 ルーズベルトの思惑

1482年(1942年)12月15日 午前10時 ミスリアル王国首都レルケインツ

ミスリアル王国首都レルケインツは人口120万を越える大都市である。
レルケインツは半島の北西部に位置しており、港町ラランジルスから30マイルしか離れていない。
ちなみに、ラランジルスは、先日の第2次バゼット半島沖海戦の最中に、シホールアンル上陸部隊の上陸地点に指定されており、
一歩間違えればラランジルスの町はシホールアンルの手に落ちていた。
その港町を救う原因を作った男、ウィリアム・ハルゼー中将は、親友であるレイモンド・スプルーアンス少将や各任務部隊の司令官、
幕僚と共に首都で開かれる国葬に参加していた。
彼らはいずれも、白の第一種軍装を身に纏っている。
ハルゼーらの周りには、正装に身を包んだミスリアル軍、バルランド軍の軍人達が、南から北にかけて一直線に伸びる広い石畳の
道には、多数の市民達が沿道を埋め尽くしていた。
ハルゼーはおもむろに空を眺めた。
空は晴れているが、雲が多かった。
冬を迎えたミスリアルは、日に日に温度が下降し続けているが、今日は身を震わすような温度ではない。
(暖かい温度ではあるな)
ハルゼーはそう思いながら、スプルーアンスに声をかけた。

「見ろよ、レイ。君が一緒に踊ったお姫様は、国民にかなりの人気があったようだぞ。」

その言葉を聞いたスプルーアンスが思わず苦笑した。

「確かに。私は、ベレイスとは短い間しか過ごせなかったが、こうまでも人気があるとはな。彼女はよくない噂が色々あったようだが、
それでも国民はベレイスのことが好きだったのだろう。」
「まだ若かかったのに。残念だな。」
「そうだな。だが、彼女は義務を果たした。あの報告がなければ、太平洋艦隊は機動部隊を早期に派遣できなかった。
もし、上陸を許していれば、被害はラランジルスどころか、この首都にも及んでいたかもしれない。」
「自らの命をもって、数百万以上の国民の命を救ったか・・・・・何度も聞くが、見事な闘志だ。」

ハルゼーは、感嘆したような口調でそう呟いた。
2人の視線は、道をゆっくりと進みつつあるミスリアル近衛騎士団と、それに囲まれている5台の馬車に向けられている。
その馬車隊の3番車の中に、祖国を救ったベレイス・ヒューリック第4皇女が眠っている。
彼女の遺体を守るミスリアル近衛騎士団は、魔法騎士団とは別の精鋭騎士団であり、ミスリアルは近衛騎士団を2個旅団保有している。
2個旅団のうち、大半は対シホールアンル戦に投入されており、首都にはわずか1個大隊がいるのみである。
その残った部隊が、彼女を埋葬する時が来るまで守っている。
沿道の市民達は、誰もが悲しみに満ちた表情でその一団に見入っていた。
ハルゼーは時計に目を通した。時間は午前10時25分である。

「そろそろ来てもいい頃だな。」

彼がそう呟いた時、北の方角から爆音が響いてきた。
その爆音がする方向に、市民達や、参加者達が目を向けた。
爆音の主は20機以上のアメリカ軍機だった。。
海兵隊航空隊所属のF4Uコルセア2機と、機動部隊所属のF4F2機が、上空を通り過ぎていく。
F4U、F4Fの他に、ドーントレスやアベンジャー、陸軍航空隊の戦闘機、中型爆撃機も含めた編隊が、道の上空を北から南に飛んでいった。
この展示飛行は、アメリカ側が直接、ミスリアル側に提案して実現したものである。
国葬が行われる3日前に、アメリカ側はミスリアル王室に対して、ベレイスの功績を讃えるために航空機の展示飛行を行いたいと言った。
ミスリアル側は二つ返事で応じ、展示飛行の許可が下りた。
提案を行う前、アメリカ側は断られるであろうと思っていたが、ミスリアル側のあっさりとした判断に拍子抜けした。
規模は小さいとはいえ、相手は誇り高きエルフの国であり、一昔前まで人間を下等だの、愚鈍だのと見下していた民族だ。
しかし、先のシホールアンルの侵攻作戦で南大陸軍、特にアメリカ軍に助けてもらったミスリアルはそのような感情を一切持っていなかった。
ミスリアル王室は、断るどころか、むしろアメリカ側に頼み込もうとさえしていた。
シホールアンル軍を押し返しつつあるとはいえ、軍や民間人に甚大な被害を被ったミスリアルは、民の士気が低下するではないかと恐れていた。
民の士気を上げるためには、強力な助っ人がいる事を大々的に知らしめる必要があったのだ。
ベレイスの勇気を称えたい言うアメリカ側の気持ちと、ミスリアル側の思惑が一致したことによって、この展示飛行は実現したのである。
それはさておき、アメリカ軍機や、近衛騎士団の見送りを受けたベレイスは、この日の昼前に墓地に埋葬された。
民は皇女を失ったと言う深い悲しみに暮れながらも、改めて、自分達にも頼りに出来る味方が存在する事を痛感したのである。

その後、ハルゼーは、スプルーアンスと共にレルケインツにある王国宮殿に招かれた。
そこで、2人はベレイスの母親でもあるリクレア・ヒューリック女王と歓談し、1時間の間、ベレイスの話や先の海戦の話などを語り合い、
歓談の最後に、二人は改めてリクレア女王に国を救ってくれた事を感謝された。


午後5時 ラランジルス

ハルゼーとスプルーアンスは、TF16の空母が寄港するラランジルスに戻っていた。
ラランジルスには、海兵隊が急造した飛行場があり、現在64機の作戦機がミスリアル軍や海兵隊の援護を行っている。
ラランジルスから首都レルケインツまでは、従来使用されていた直通街道をシービーズが拡張した道路があり、今はトラックが
片側1台ずつ通れるようになっている。
2人は乗って来たジープから降りると、ようやく安心したような表情になった。

「いやあ、しかし疲れたもんだな。王族関係者と対面する時は、どうもうまく喋れんな。それに対して、君は平気そうだったな。」
「なに、私も内心では緊張していたよ。」

スプルーアンスは頭を振りながら返事した。

「相手は国を統べる女王様だ。こっちは一介の海軍少将だから、あまり出すぎた真似はできん。ヘマをやらかさないか
不安だったよ。まっ、なんとか会話できたがね。」
「しかし、リクレアとかいう女王様だが、ありゃ凄い美人だな。傍目から見れば20代の娘だぜ。
あれで55歳とは、エルフっていう奴らが怖く思えたよ。」
「聞くところによれば、ミスリアル人は平均寿命が150歳までらしい。中には180歳まで生きる者もいるようだから、
リクレア女王は、その意味では“まだ若い”だろう。私達の常識はここでは通用せんからな。」

そう言って、スプルーアンスは微笑んだ。

「いやはや、そんなに生きたくないものだな。俺は寿命80歳まででいいぜ。」
「同感だよ。ところでビル。さっき君はミスリアルの子供達と大いに戯れていたが、存分に楽しんだかな?」
「ああ。楽しんだぜ。ミスリアルの坊主達もなかなか元気がいい!」

ハルゼーらは、ラランジルスに向かう途中にある小さな町で小休止を取った。
その町はラランジルスより南12マイルにある中規模な町で、人口は6000人程度だ。
普段、アメリカ軍車両はこの町を通り過ぎて、南の首都や前線に向かっていくため、町の住民達は、11月末にやって来た
シービーズの将兵達以外とは、あまりアメリカ人と触れ合っていない。
そんな中、ハルゼー達の乗るジープやトラックがやって来たのである。
久しぶりにやって来た珍客に殺到したのは、町で暇を持て余している子供達であった。
ハルゼーは子供達を見るなり、自ら歩み出て名を名乗ったあと、30分ほど遊び回った。
子供達は、ウィリアム・ハルゼーというアメリカ人提督の名は知っていた。
自分たちの住む国に押し寄せたシホールアンルの大群を押し返した、獰猛な鬼提督。
そういうイメージが、子供達が抱いていたハルゼーのイメージだったが、当のハルゼーはいかついながらも、邪気のない笑顔で彼らに接した。
最初、少し怯えたような表情を浮かべていた子供達は拍子抜けしたが、すぐにハルゼーに懐いて来た。
30分という短い時間であったが、ハルゼーは童心に返ったかのように彼らと戯れた。
既に50代後半であり、町を出るときは疲れていたハルゼーであったが、彼は心底満足していた。

「そうか。しかしな、ビル。子供達に向かってシホット、シホットと叫ぶのはどうかと思うが。」
「うむ・・・・確かに俺もまずかったかなと思ってるな。だが、坊主達もこれで安心して、いつもの生活ができるだろう。
シホット共は今や国境からさほど離れていない位置にまで後退している。今、戦闘が行われている地域だって、国境から
よほど離れて、せいぜい100マイル程度だ。」

一時はラオルネンク攻略が見込める地点にまで侵攻したシホールアンル軍は、10月24日の上陸部隊壊滅の影響と、アメリカ軍の
本格的な反撃作戦の前に次々と討ち破られた。
2個海兵師団の投入と、ミスリアル本土に派遣された海兵隊航空隊、第3航空軍分遣隊の400機の航空機。
それに加え、第3航空軍本隊の援護も、ミスリアル南西部や北西部を中心に行われた。
そして、バゼット半島北岸沖、通称ヤンキーステーションから発艦した艦載機は、ワイバーンや敵地上軍の反撃を受け、損害を出し
つつも援護を続け、ついにはミスリアル王国の大部分の土地から、シホールアンル軍は駆逐されてしまった。
今、シホールアンル軍が占領しているのは、国境地帯から僅かに進んだ距離にある寂れた地域のみである。
「南西大西洋軍司令部の参謀から聞いた話では、シホールアンル軍の動きは撤退戦で行うような物のようだ。シホールアンルは
少なからぬ数の兵員や物資を失ったが、敵侵攻軍の主力はヴェリンスやカレアントの占領地に間も無く到達するようだ。
その参謀は、出来れば侵攻軍そのものを撃滅できれば良いと言っていたが。」

「それは無理だな。」

ハルゼーがそう言いながら、肩をすくめる。

「装備が整っているとはいえ、こっちの地上軍は2個海兵師団と、ミスリアル軍のみだ。それに対して、シホットは数十万の大軍だ。
敵の撤退は、俺達機動部隊や陸軍航空隊、海兵航空隊が後押しを加えたから出来たようなものだ。おまけに、ここはシホット共の
国じゃないぜ。」
「ふむ。侵攻作戦の目的であったラオルネンク攻略と、上陸部隊の侵攻作戦を断念した今、敵の上層部は用の無い地域での戦闘は
早めに終わらせたかった。それが、侵攻作戦を中止に追い込んだのだろう。要するに、目的が無くなったためにさっさと引き上げに
かかった、という事だろう。」
「なるほど。シホット共の腰が引けている理由が分かったぜ。」

そう言ってから、ハルゼーはニヤリと笑った。

「レイ。俺は、つくづくシホット共を追い返して良かったと思う。」

ハルゼーのしんみりとした口調に、スプルーアンスは相変わらずの無表情な顔つきで答えた。

「そうか。」
「ああ。もし、だ。俺達が遅れてこの国にやって来た時。俺は今のように、満足した気持ちを味わえなかったかも知れん。」
「それは、敵に負けていたかもしれない、という事か?」
「いや、そうじゃないさ。どんな時でも、太平洋艦隊は負けん。ただ、さっきの坊主達とは、恐らく会っていなかっただろうと
思ったんだ。君も知っているとは思うが、この地域の防備は薄かった。そこに8万のシホット共が上陸していたらどうなっていたと
思う?被害を少な目に見ても、この港町が、今のように綺麗な状態で残っていなかっただろう。」

ハルゼーは、視線をぐるりと巡らせた。
木造、石造建築物の混ざったラランジルスの町並み。人々は互いに笑い合いながら、それぞれの稼業をこなし続けている。
もし、艦隊が敗北したり、救援が遅れていたら・・・・・・

「俺は、この町やあの坊主達を守ってやれた事を誇りに思っている。そして、俺はこらからも、シホット共に教え続けるだろう。
どうあがいても、合衆国軍相手には満足な戦果を得られない、とな。」

彼は、ブルの名に相応しい、地鳴りのような声音でそう言った。


1482年(1942年)12月20日 午前8時 ワシントンDC

季節は冬を向かえ、ワシントンDCはこの日も寒かった。
上空には厚い雲が垂れ込めており、道を行く人々はコートの襟をあげ、またはマフラーをより厚く巻いて寒さを和らげようとする。
冬を憎む物、あるいは好む者の思いが交錯する中、ワシントンDCにある建物。
ホワイトハウでは、この建物、そしてこの国の主が機嫌の良い口調で、男と話し合っていた。
ホワイトハウス内にある大統領執務室で、合衆国大統領であるフランクリン・ルーズベルト大統領は、アーネスト・キング作戦部長に向けて言う。

「ミスターキング。今年もあと2週間足らず。思い返せば、気が休めぬ1年だったね。」

ルーズベルトは、微笑みを張り付かせた表情でキングに言った。
それに対して、キングは傍目から見ればむっつりとしたような表情で言葉を返す。

「おっしゃる通りです。正直申しまして、シホールアンル軍は強いです。彼の軍と交戦するたびに、わが軍は常に犠牲を強いられて
きました。海軍も、幾度か彼らと刃を交えましたが、交戦するたびに被害は拡大しています。」

キングの言葉は事実であった。
2ヶ月近く前の10月24日。
バゼット半島沖で大勝したアメリカ海軍は南大陸東海岸のうち、バゼット半島北沖の制海権を握ることが出来た。
その事は後にヤンキーステーションで行動する機動部隊に有利に働き、常にフリーハンドで支援作戦を行わせていた。
幾度も勝利を挙げてきた米海軍だが、一方で犠牲も大きくなって行った。
沈没艦だけの被害でも、開戦のきっかけとなった11月12日の海戦では駆逐艦2隻を失っている。
2月のガルクレルフ沖海戦では軽巡洋艦1隻に駆逐艦2隻を喪失。
5月のグンリーラ沖海戦では、沈没艦は駆逐艦1隻のみであり、6月に大西洋戦線で行われた、マオンドに対する奇襲作戦では
喪失艦艇ゼロという結果になった。

10月の第2次バゼット半島沖海戦では、双方共に大艦隊同士の激突であり、海戦の規模もそれまでにないほどの大規模となった。
勝者となったアメリカ海軍は、初めて正規空母を喪失し、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦3隻を一挙に失った。
全体の喪失艦は、大西洋戦線、太平洋戦線で失われた潜水艦も含めると、実に20隻以上にも上る。

「失った艦艇には、正規空母も含まれているな。レンジャーは改装すれば、まだまだ使い道があったのだが。」
「あの海戦では、我々も、敵側も死力を尽くして戦いました。その激戦で、むしろ空母の喪失を1隻のみに抑えられた事は
むしろ賞賛に値します。事前の予想では、空母喪失は2隻と見込まれていましたから。」
「まっ、今は戦争をしておるのだ。ムシの良いことばかり期待してはバチが当たるな。」
「その通りです。ですが大統領閣下、耐える事は来年からしなくて良いのです。23日には新鋭空母のエセックスが完成します。」
「ほう、ついにエセックスが完成するか。」

ルーズベルトは嬉しげな表情を浮かべる。
近々竣工する新鋭空母のエセックスは、ホーネットの就役以来久方ぶりに完成する期待の正規空母だ。
この23日に竣工する1番艦エセックスを先頭に、45年の1月までに総計20隻が建造される予定となっている。
これまで、数少ない空母でシホールアンルやマオンドの猛攻を支えてきた合衆国海軍だが、もう少しの辛抱で反撃に移ることが出来る。

「インディペンデンス級の軽空母も、1月末までには2隻が竣工する予定となっています。」

キングが、言下にあなたのお気に入りも出てきますよ、という調子を含めて付け加えた。
インディペンデンス級軽空母は、クリーブランド級軽巡洋艦の艦体を利用して作られた物だが、発案者はルーズベルト大統領であった。
ルーズベルトは、転移前のヨーロッパ戦線、極東アジア戦線で行われていた航空戦、空母機動部隊の活躍ぶりをしかと耳にしていた。
1941年の7月頃、ルーズベルトは新鋭艦の計画表で、本年度後半に就役するホーネット以降の正規空母が完成するのは、それから
丸2年以上も経つ1944年初頭就役予定のエセックスしかない事を危惧し、万一の場合に備えるために軽空母の整備を行わせることを決め、
8月には軽空母建造を海軍に提案した。
しかし、海軍側は日本との戦争がもはや現実とはなり得なかった事と、欧州戦線に参加するとしても、既存の正規空母や小型の護衛空母、
駆逐艦で事足りるとルーズベルトに説明し、ルーズベルトは一応、案は海軍に検討させておくだけで、建造するかどうかは保留にした。
だが、その後に起こった突然の転移と、未知の国であるシホールアンルが7隻もの空母を持つと分かると、海軍側も軽空母の必要性を認め、
41年12月からインディペンデンス級軽空母の量産が検討されたのである。

それから丸1年が立ち、ようやく、この軽空母が姿を現す事になった。

「そうかそうか。あと少しの時間で、艦隊の戦力は充実するな。これらの新鋭空母を初め、新鋭戦艦も完成すれば、キング。君の好きな
最強の機動部隊を作ることが出来るぞ。」
「はっ、仰せの通りです。」

ルーズベルトのやや過剰な褒め言葉にも、キングは動じる事無く、無表情で一礼した。
現在、建造中の新鋭艦は、43年後半から44年初期に完成、前線に配備されるアイオワ級の第1陣4隻に加えて、
起工が43年1月から42年7月に前倒しされた第2陣が、44年末から45年初期に完成、前線に配備される。
軍艦の他に、陸軍は期待の新鋭機であるP-47サンダーボルトとP-51マスタングの開発を急いでおり、P-47が
43年3月に南大陸戦線に配備される予定だ。
それに加えて新鋭爆撃機のB-24がやはり43年3月から随時、南大陸戦線に派遣される予定であり、43年9月に
開始される南大陸反攻作戦に向けて準備が進められている。
溜めて来たアメリカの力が本格的に発揮されるまで早くて9ヶ月。
その9ヶ月間が長いと思うか、短いと思うかは、キングは判然としなかった。

「ところでミスターキング。シホールアンルやマオンドは、これまでの占領政策で、色々とやりたい放題していたそうだな。」
「ええ。そのようです。太平洋艦隊司令部や大西洋艦隊司令部からの報告では、シホールアンル、マオンド共に占領政策は
あまり褒められたものではありません。特にマオンド側の占領統治は酷いものでして、10月には非占領国の一部の地域が
反乱を起こし、マオンド側と激戦を展開した末に、1人残らず殲滅されたそうです。原因は現地領主の横暴政治にあるようで、
死んだ住民の数は総計で4万ほどに上るようです。」
「確かに酷いな。こんな馬鹿な事をしでかす国は放っておいても自壊するかもしれんが、時間が掛かることは誰の目にも明らかだ。
シホールアンル、マオンドは捕虜に対する扱いも酷いからな。ジュネーブ条約のような捕虜の待遇の仕方などは、彼らにとって
夢の世界の出来事なのだろう。」
「中世人共が支配する世界です。」

キングはこの世界の事を、中世人共の世界という言葉で切り捨てた。

「彼らに我々の常識を見て覚えろということ自体間違っているかもしれません。このような光景は、南大陸軍でも見受けられ、
敵兵1人を殺したものには恩賞が与えられる始末です。」
「以前から思っていたが、これではこっちが復讐、あっちが復讐という、馬鹿げた堂々巡りになる。そこでだが。」

ルーズベルトが、両肘を執務机に置いてからキングを見つめた。眼鏡の奥の目は、異様な光を放っていた。

「今度の戦争で、わが合衆国は正義の味方を演じ切ろうと思っている。当然決められた作戦はやるが、降伏しようとした敵は
なるべく殺してはならん。住民の住む町には、必要な時以外は決して爆弾を放り込んではいかん。要するに、敵に対して
こう思わせるのだ。我々は、抵抗を試みる敵に対しては、どんなに弱い敵でも最大の力を持って叩く。しかし、戦意を失い、
降伏した敵には、それでもよく戦ったと褒め称えて、多少は不自由だが、戦争が終わり、復員できるまで生命を保証する。」
「戦いを挑む敵には徹底的に付き合い、戦いの出来なくなった敵には慈悲を与える、という事ですか。お言葉ですが大統領閣下、
それはいささか、理想論に過ぎないかと思われますが。」

キングは容赦ない口調でルーズベルトに言ったが、なぜか、ルーズベルトは声を上げて笑った。

「なるほど、確かに私の言う事は理想論に過ぎないだろう。しかしだね、提督。やってみる価値はあると思う。」

ルーズベルトは口元をゆがめると、人差し指を立てながら言葉を続けた。

「ミスターキング。どうしてこの世界の住人は、死ぬ瞬間まで、敵を殺そうとすると思うかね?」
「それは・・・・・・・負ければ死ぬから、ですな。」
「ご名答。そう、中世でもそうだったが、勝者が敗者に理不尽な選択を迫る場合は日常茶飯事にあった。負ければ自らが死ぬ。
運良く、自らが死ななくても、引き換えに大切にしていた家族、知人、そして国を失う。降伏しても、大半は死んだほうが
マシに思える重労働か、一生こき使われる奴隷にしかなれない。降伏して捲土重来を期す事など、この世界では夢物語に等しい。
それがあるから、彼らは死の瞬間まで戦い続ける。バーサーカーの如くな。そのバーサーカーの集団に襲われ、いつ果てるとも
知れぬ地獄に身をゆだねる合衆国陸海軍、海兵隊将兵の精神はどうなると思う?負けることはありえんだろうが、道を誤れば、
次の世代を担う合衆国の青年達は、大きく数を減らす事になる。」

一度言葉を切り、ルーズベルトはずい、とやや前のめりになる。

「そうならぬためには、敵にも安寧を与える事だ。もちろん、合衆国は多くの敵兵を殺し続けるだろう。だが、捕虜には不必要に
試練を与えることはない。捕虜には戦争が終わるまで、収容所でゆっくり西部劇や、ディズニーアニメを見て静かに暮らしてもらえば良い。」
「閣下、その事ならご心配に及びません。敵兵の捕虜については、閣下の言われた通りの待遇を行っております。詳しい事はマーシャル将軍が
知っておりますが、今のところ、収容所の捕虜達は平穏に暮らしているようです。」
「それなら良い。今後も、各部隊に徹底させるように言いたまえ。いい軍隊というものは、敵にも恐れられ、尊敬されなければならん。」

ルーズベルトは満足そうにそういった後、別の件に関してキングと話を続けた。


それから3日後の12月23日。
アメリカ海軍の最新鋭空母である、CV-10エセックスは、バージニア州のニューポートニューズで竣工した。
全長270メートルという長大な飛行甲板に、煙突と艦橋の一体化した精悍な艦影は、見る人の目を注目させた。
様々な新技術を盛り込んだ新鋭空母は、来年春の配属に向けて、過酷な猛訓練を開始した。

後年、様々な歴史家が言うには、シホールアンルの本当の受難は、この日から始まったと口を揃えて言われている。
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