HAPPY FATE ◆j1I31zelYA


お前は負けると、予言をされた。

ついさっき殺したばかりの、妙な男から。
不敵な勝利宣言は、抜こうとしても抜けないトゲのようにイライラと不快感を残していった。

予言がひっかかった理由の一端は、分かっている。
跡部景吾が、殺し合いそのものを否定するような人間だったからだ。
そういう人間を殺した経験は、意外と少ない。
デウスのサバイバルゲームでは、12人のほとんど全員が殺し合いに乗っていた。
もちろん、ただ操られていただけの6thの信者や11thの手下などもいたけれど、そう言った人間も何かしら後ろ暗い事情を抱えていた。
最初は殺し合いを止めると意気込んでいた大人たちだって、殺し合いが進めばくるりと手のひらを返して裏切った。
日野日向らは無関係な一般人だったけれど、殺し合いそのものを止めるより雪輝という個人を目的に介入してきたに過ぎない。

サバイバルゲームの優勝者が決まらなければ、滅んでしまう世界。
だからこそ、殺し合いに優勝して神になることは肯定された。
由乃がいたのは、そういう世界だった。
むしろ、現実とはそういう風にできている。
由乃が殺し合いに乗ったことを否定して『負ける』と宣告した跡部は、文字通り住む世界が違っていたのだろう。

殺さなければ、殺される。
だから由乃は、雪輝を生かすために殺してきた。
相手がどんな人間だろうと、それこそ雪輝の友人や家族だろうと関係なかった。
そこに雪輝が死んでしまうリスクがあれば、排除せずにはいられなかった。

しかし、最後の最後で、雪輝は優勝することを拒んだ。
そして、神様の力でも死んだ人は生き返らないと知る。
そこで行き止まりだったはずの2人の運命は、しかし皮肉にも神の力によってつながれた。
生き返らせることができないなら、時間を戻せばいい。
サバイバルゲームが始まる前に戻って、世界を分岐させればいい。

雪輝を失わないために、由乃はその奇跡を肯定した。
雪輝を最後まで守りきれたら、HAPPY END。
雪輝が最後の一人になることを望まないなら、雪輝を殺して優勝し、また時間を巻き戻す。
雪輝とまた一緒にいられるのなら、それもまたHAPPY ENDなのだから。

二週目の世界では、一週目よりもずっと簡単に殺せるようになっていた。
誰もが由乃たちの障害になり得ると悟っていたから、殺すことに迷いなどなくなった。
他人を要らないと切り捨てれば、殺すことは簡単になった。
時間を巻き戻すためなら、雪輝でさえも殺せるほどに。


――お前は、負ける。


負けたりしない。
勝たなければ、幸福になれないのだから。
蹴落とさなければ、居場所は手に入らないのだから。
殺さなければ、大切な人を永遠に失ってしまうのだから。




返り血を浴びてしまった。

赤黒く汚れた青いツナギを見下ろして、我妻由乃は「着替えなきゃね」と呟いた。
別にゲームに乗っていることを隠すつもりはないが、しかし警戒されるような格好は控えるにこしたことはない。
この格好では、百メートル離れた標的にだってひと目で逃げられてしまうだろう。

退路のきっちり確保されている手ごろな民家を選び、着がえを行うことにした。
手元にある替えの服は、遊園地の池に浸かってびしょぬれになった普段着が一着きり。
洗濯機と乾燥機を拝借して、着回すしかない。

見知らぬ家の廊下をぺたぺたと歩いて、風呂場を探り当てると洗濯機はそこにあった。
運の良いことに、乾燥機も備え付けた脱衣場だった。

そう言えばどうして普段着を着ていたのだろう、という疑問がひとつ。
このゲームに呼ばれるまでの我妻由乃は、神が羽織るマント一着きりという格好だったはずなのだが……。

ま、いいかと深く考えずに、濡れた衣服を洗濯機に投入する。
ついでに、血で重たくなったツナギも脱ぎ捨てて下着姿になった。
液体洗剤を投入して『全自動』のボタンを押すと、小さなそれは快調な駆動音を出し始めた。
そう言えば、長らく家庭用の洗濯機と乾燥機を使ったことはなかった。
一年前に両親を殺してから家の電気と水道は止まってしまったので、コインランドリーを頼るしかなくなった。
両親のいない真っ暗な屋敷が荒廃するのは仕方ないにしても、デートに清潔な服を着ていける程度の生活水準は必要だったからだ。
何より身なりや健康状態に気を使わなければ、学校で『優等生の我妻由乃』を演じることはできなかった。
ひとりきりでの衣食の維持は決して『家事』などではなく、単なる『作業』のようなものだった。
『家事』というのはきっとあたたかいもの。
例えば大好きな人に食べてもらう料理を作ったり、来てもらう服を作る為に裁縫をしたりする、そんな仕事のことを言うはずだ。

――はい、ユッキー。あーん。
――いや由乃、僕は僕のペースで食べモゴッ
――これも美味しいから! これも食べてねユッキー! それとこれも……

――浴衣?
――うん、お父さんのを詰めてみたんだ。ほらピッタリ!

あの頃は良かったな、と思った。
また、ああいう『幸せ』に浸れる日が来るだろうか、と少しさびしくなった。
わたしは、『あのユッキー』を惜しんでいるのだろうか、と疑念を持ちかけた。

――頭がごちゃごちゃしてきそうだったので、考えるのをやめた。

ガタンガタンと洗濯機の回る音を後ろに聞きながら、リビングへと向かった。
ちらっと通り過ぎた時に、横たわれるほどの大きさのソファが見えたのだ。
洗濯の終わるまでには少し時間があり、ならば休息を取らない理由はない。
短時間の睡眠でも効率よく体を休ませつつ、眠っている間も警戒は怠らない。
生きる為に持っている、当たり前の技術のひとつだった。




神様は、人間を救わない。
神様が主催するデスゲームをクリアした由乃にとって、それはしっかりと体得した真理だった。
因果律を操って人間の運命をエンターテイメントのように仕組むけれど、自らは手をくだそうとしない傍観者。
人間同士の戦いを見て笑っているただの面白がりやでしかない。

だから今回のゲームを開いた『神様』にも、これといって感謝の念はない。
思いがけない糸口を見つけたと、驚喜してはいるけれど。

そう、『神様』に値する存在には違いあるまいと見当をつけている。
半端者ながら『神』になった我妻由乃のタイム・リープを妨害し、向かうはずだった『三週目の世界』からこの会場まで拉致したのだから。
神と同等か、それ以上の力を持った者の仕業としなければ筋が通らない。
あの『二週目』の世界で、神の一派であるデウスやムルムル以上の力を持った者はいなかった。
だとするならば、今回の『ゲーム』には並行世界からの介入があるのではないか。
『神』を出しぬけるのは『異世界の神』しかいない。
自分自身がしてきたことだから、知っている。
他でもない『並行世界』から来た由乃とムルムルが、『二週目』のデウスを騙し、サバイバルゲームに介入してきたのだから。
突然、どこかの並行世界から由乃の知らないことを知っている異世界人が侵攻してくる可能性だってゼロではない。
今になって思えば、遊園地で戦った『謎の加速力を持った少女』や、『大人数の謎のコール』のことも、『デウスの把握していない不思議な能力』があるという証左になる。もちろん、死者の蘇生もそうだ。
そういう証左があるからこそ、褒美である『神の力』には信用がおける。

『力』を手に入れるため、優勝して『神様』に会う。
『神様』が褒美の約束を反故にしようとも、構わない。
騙してでも、媚びを売っても、言いくるめてでも、どんな手段を使ってでも首輪を外させて、その『力』を由乃の為に使わせる。
最後の一人にさえなってしまえば、チャンスはある。
奇跡をこの手で掴み取るチャンスがある。
必要なら、神様だって殺してみせる。




「そろそろ、かな」

一時間と少しの仮眠をはさんで、由乃はぱっちりと目覚めた。
ごくリラックスした仕草でソファから起き上がり、枕元の拳銃も忘れずに携行する。

寝る前に起こったことを、きちんと思い出す。
これからすべきことも、きちんと考える。
改めて、すべきことを確認する。

わたしはユッキーを失いたくない。
その為にはユッキーが邪魔。
だからユッキーも殺す。
うん、どこもおかしな所は無い。

洗濯機から衣服を取り出し、乾燥機を回す短い時間を、またリビングに戻って過ごす。
柔らかなクッションに腰かけると、『雪輝日記』を開いた。
雪輝の動向を探るだけでなく、他の参加者と出会っていればその情報が手に入るという狙いもある。
仮眠をとる前に確認した時は、同行者だった『前原圭一』という少年とはぐれたらしいところまで予知されていた。
それから一時間かそこらで、仲間づくりが大きく進展したとも思えないが――



[07:10]
秋瀬の奴がユッキーの前に現れたよ!
今度は何しに来たのよ!



――ぞわりと、全身の毛が一瞬で逆立ったように警戒心が膨れ上がった。



秋瀬或。
一般人でありながら、数々の日記所有者との戦いに介入して来た得体の知れない男。
何度も、由乃から雪輝を引き離そうとした奴。
邪魔者。
そして、どうやら雪輝のことが――

――僕は雪輝君が好きなんだ。友達という“線(ライン)”を越えて。

その発言の意味を理解すると『え、なにそれこわい』とどん引きしてしまうので、深く考えようにしている。
とにかく、秋瀬或は敵だ。
由乃と雪輝を引き離すものだ。

「アイツなら……また邪魔するんでしょうね」

名簿にいた時点で、生き返った可能性は見こんでいた。
それでも、雪輝は遠からず死ぬだろうと決めこんでいたからなのか、接触してきたのは不意打ちだった。
それが雪輝に手を貸すとなると、大きな障害になるかもしれない。
懸念を抱きながら、由乃は睡眠中になされた予知を読み進めていった。
秋瀬に対する嫌悪をにじませながら、記述は続いた。

[07:20]
秋瀬がユッキーに力になるって言ってるよ!
また邪魔しに来たのね。私とユッキーの間に入るんじゃないわよ!

嫌悪?

違う、これはまるで――

[08:00]
ユッキーが秋瀬に謝ってるよ!
あっ、秋瀬がユッキーを慰めた。
お前、顔が近い! ユッキーから離れろ!!

「違う……」

――嫉妬しているみたいじゃないか。

「違う……これは私の気持ちじゃない」

秋瀬或に、嫉妬するなんてことはあり得ない。
何故ならあの雪輝は、もう『要らない』と断じた雪輝なのだから。
これから殺すと決めた雪輝なのだから。
そんな雪輝に秋瀬が近づいたところで、『嫉妬する』なんてことにはならない。
今の雪輝が誰と仲良くやろうと、誰と笑いあおうとも。
それに胸を痛めたり、心を切なくさせたりはしない。

それに、どちらにせよ秋瀬のことは憎んでいたのだ。

秋瀬或は、由乃の『HAPPY END』を邪魔したから。

アイツは、由乃の隠していた『秘密』を執拗に探ろうとしてきた。
骸骨になって眠っていた由乃の両親を掘り起こし、由乃のついた嘘を雪輝の前で暴き立てようとした。
『由乃は最後に雪輝を殺すつもりだ』と吹き込み、雪輝に疑念を植え付けた。
由乃は、雪輝が心中を選びさえしなければ、殺すつもりはなかったのに。
そのせいで雪輝は由乃を疑うようになり、2人の最後の日常はギクシャクとしてしまった。
挙句の果てに、秋瀬は『由乃が世界をループさせている』ことを見抜いて、それを雪輝に教えて逝った。
その秘密がばれてしまったので、由乃は雪輝を殺すしかなくなった。
本当なら『7月28日』まで続くはずだった幸せな生活が、『7月27日』に終わってしまったのだ。
本当なら、あと一日は雪輝を生かしておくはずだったのに。
世界が滅びるその瞬間まで、2人きりの幸せな時間を過ごせるはずだったのに。

やっと手に入れた束の間の幸せを、あの男が壊したんだ。

「許さない……わたしをこんな気持ちにした、こいつは許さない……」

迷うことは何も無い。
『殺す』と決めていた邪魔者が、『絶対に殺す』になった。
それだけ。

日記に書かれていることは私の気持ちじゃないんだから、迷う理由なんて何も無い。



[08:20]
ユッキーが秋瀬に『私の代わりに死んでもいい』って言ってくれたよ!!
嬉しい……! 本当に嬉しい!
でもユッキーは死んじゃダメだよ。わたしが守るからね。

その予知から、由乃は目を逸らした。

【H-2 民家/一日目 午前】

【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康、見敵必殺状態、
[装備]:雪輝日記@未来日記、ミニミ軽機関銃(残弾100)@現実、
来栖圭吾の拳銃(残弾2)@未来日記、詩音の改造スタンガン@ひぐらしのなく頃に、真田の日本刀@テニスの王子様、霊透眼鏡@幽☆遊☆白書
[道具]:基本支給品一式×5(携帯電話は雪輝日記を含めて3機)、会場の詳細見取り図@オリジナル、催涙弾×1@現実
逆玉手箱濃度10分の1(残り2箱)@幽☆遊☆白書、鉛製ラケット@現実、不明支給品0~1 、滝口優一郎の不明支給品0~1
基本行動方針:真の「HAPPY END」に到る為に、優勝してデウスを超えた神の力を手にする。
1:雪輝はしばらく泳がせておく(出会えば殺す) 。
2:秋瀬或は絶対に殺す。
3:他の人間はただの駒だ。
※54話終了後からの参戦



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新しい国が生まれた…!(前編) 我妻由乃 ルートカドラプル -Before Crysis After Crime-


最終更新:2021年09月09日 19:33