背中を追って ◆Ok1sMSayUQ


 ツインタワービル。 
 地図上では南端に位置し、周囲とは一線を画すようにしてむやみに高いそれは、さながら崖の端に佇むバベルの塔のように、綾波レイには思えた。
 後ろに逃げ場のない場所。入ってくるなと威嚇するように高さが誇張されている建物。なぜだか、綾波は《ネルフ》本部の様相を思い浮かべた。
 ここが自分達にとって最後の砦。
 そう知らされ、《エヴァンゲリオン》に搭乗して戦うことを義務付けられたときから、
 綾波には《ネルフ》……ひいては《エヴァンゲリオン》以外の居場所などあるはずがなかった。
 エヴァとでしか人と繋がれない。自身が言った言葉は、自己の個性の薄さに原因があるからなのだと、分かってはいた。
 性格が明るいわけでもない。人に誇れるような趣味や特技があるわけではない。
 逆に、苦手なこともない。やろうと思えばそつなくこなせる程度の能力があってしまう。
 正であれ、負であれ、目立つ要素がない。どうしてそうなってしまったのかすら思い出せないほどに、綾波は薄い人生を選んできた。
 けれど今は違う。碇シンジとの出会い、そして越前リョーマとの出会いを経て、自分は少しずつ、エヴァを通さずとも人と繋がる選択をするようになった。

 ……これは小さな波紋でしかない。

 事実、高坂王子の援護に入った理由の大半は、『男を無差別に攻撃する』、白井黒子なる人物を放置しておくと碇が危険な目に遭うだろうと思ったからで、
 己の感情に基づいた理由――それこそ越前のように『気に入らないから』などというような理由は殆どない。
 ない、けれど。ゼロではない。だから綾波は小さな波紋だと自らに言った。
 挑発するような越前の言葉にカチンと来たのも、今となっては波が引いたような感覚でしかなく、ざわめきも消え失せている。
 一時的な熱に浮かされていたのか、それともこの感情はまた呼び起こされるのか。限りなく薄かった綾波には、自身の感情さえ判断できない。
 でも。
 二度と体験したくない類のものではないことは、間違いないはずだ。

「――で、俺様の決死の壁ジャンプによって、無事コンクリ部屋から脱出できて、雪輝を救出に行けたってわけだ」
「ふーん……」

 一息ついてから短い内省から戻ってみると、越前と高坂が相変わらずの会話を続けていた。
 先ほど痛がっていたのもどこへやら。越前に妙な興味を抱いたらしい高坂はひたすら自前の『武勇伝』なるものを繰り広げている。
 越前は涼しい顔で受け流しているものかと思ったが、どうも所々に苛立ちを混じらせているようにも見える。
 話のうるささに辟易しているというより、案外行動力のある人間だったという事実を認めたくないような反応だった。
 一応は二人の会話を耳にしていた綾波も、高坂が意外なほど友人思いの人間であることには驚いていた。
 言動こそやや粗暴でお調子者である側面も見受けられるが、基本的には困っている人間は見過ごさないし体を張ったりできる。
 それは、一度は白井黒子に声をかけ、行動を共にしようとしていたことからも分かる。碇にとっての鈴原トウジのようなものなのかもしれない。

「まあ、アンタがその……まあまあなのってことは分かったよ」

 越前にしては珍しく、濁すような言葉の使い方だった。
 いつもなら「まだまだだね」とか「やるじゃん」という言葉が出てくるはずなのだが。
 どちらも使いたくないのかもしれないと綾波は思った。まだまだと言えば自分に嘘をつくことになるし、やるじゃんと素直に認めたくない気持ちもある。
 綾波が察することができる程度には、越前もまた分かりやすい人間ではあった。
 言葉こそ大人びていてクールを気取っているが、一方で内面は単純とも言えるくらい素直で自分に正直……
 そこまで考え、ふと、越前と高坂は似ているのではないかと浮かび、綾波は越前が苦い顔になっている本当の理由が分かったような気がした。

「んだよ。つれねーな……だからよ、察せよ。こういう武勇伝の数々を持ってる俺は仲間を見捨てたりしねぇ。神崎だって……」
「いや……」

 言いにくそうに言葉尻を小さくし、越前は高坂から目を逸らした。
 そんなことは、既に分かっているのだろう。こういう場面で的確な言葉を、最善の言葉を返すのに慣れていない。
 綾波も同じだった。越前をフォローし、少しでも会話を円滑にしておきたい気持ちはあるのだが、どう言葉にすれば正しいのかが分からない。
 不器用と、言ってしまえばただそれだけのことなのだろうが、伝えるための言葉を綾波は知らなかった。
 でも、だからと言って、生まれた波紋をそのまま消してしまうつもりもなかった。どうにか、したかった。

「……そこまで喋れるんなら、治療の必要とかないんじゃないすかね」
「あー!? てめぇ見ろ! この血! 鼻血を!」
「鼻血くらいよくあることじゃないすか。テニスの試合してたらこれ以上なんて日常茶飯事っすよ」
「……テニスってそんな大怪我するようなスポーツだっけか?」
「え、テニスウェアが血で染まったりするとか、よくあるでしょ」
「越前君」

 流石の綾波も知っていた。テニスはそんなスポーツではない。
 やや気まずい空気がちょっとした切欠で変わろうとしていた。口を出すならここしかないと綾波は思った。

「テニスは人にボールをぶつけるスポーツじゃないわ」

 綾波が言葉を発した瞬間、越前と高坂が綾波に注目した。
 言葉を聞いた。固まった。数秒の後、越前と高坂が向き合って軽く頷いた。
 一体何があったというのだろう。不思議に思っていると、越前と高坂が同時に口を開いた。

「「いや、論点はそこじゃない」」

     *     *     *

 結局、ツインタワービルに入るころには、高坂は治療の必要なしという結論に落ち着いてしまった。
 決め手は自分自身の、「ティッシュでも詰めとけば治るでしょ」という言葉に他ならない。
 そもそも鼻血くらいで騒ぐのもかっこ悪い、と付け足すと、高坂は反論の術を失い、ヤケクソ気味にティッシュを鼻に詰めていた。
 が、それがリョーマにとっては良くなかった。
 吹き出し掛けた。真顔でティッシュを鼻の穴ふたつに詰めた高坂の姿はあまりにも腹筋に毒だった。

「テメーが詰めろって言ったんだろーが!」
「い、いや、笑うつもりはなかったけど……」
「越前君、頬の筋肉が動いてるわ」
「だって面白いすよこれ」
「そうなの?」
「俺に聞くなよ!」

 そんなやりとりを重ねて、当初は離れ気味だった三人の距離はいつの間にか縮んでいた。
 あまり認めたくはないことだが、こうした空気になれたのは高坂によるところが大きいと、リョーマは思っていた。
 認めたくはないし、口に出すつもりもなかったが。何より言うと調子に乗りそうで、ウザいと思いかねなかったからだ。
 しかしどこか心の隅で、こういう奴をほんの少し羨ましいと感じている自分がいるのにも、今のリョーマは気付いていた。

「クソ、鼻血が止まったら覚えてろよ……そういや、話は変わるけどよ、腹へってねーか?」
「変わりすぎでしょ……第一、このビル探索するんじゃないの」
「だから、ついでにメシにしねぇかって話だよ」
「そうは言うけれど」

綾波が口を挟み、周囲をぐるりと指差す。
 超高層ビルらしく、天にも届くとばかりにフロアが幾重にも重なり、歩き回るだけで一日は消費しそうな広さである。

「どこから探すの?」
「へっ、だから俺に任せろって言ったんだよ」

 高坂が自信満々に胸をそらす。
 そういえば、探索隊のリーダーだとかなんだとか言っていたことをリョーマは思い出した。
 そのときはただの目立ちたがりだと思い黙殺したのだが、どうも事情が違うらしかった。

「知ってんだ、ここは」

 短くそれだけ言い、高坂は目を細めてタワーの頂上を見上げた。
 ここ、という言葉にたくさんの感傷を含ませた声。
 一言では説明できず、しかし説明するにはあまりにも多くの言葉が要りすぎる。
 高坂の声色は、リョーマが青学テニス部に抱く感情と同質のものであるように感じた。
 似ている。高坂に対する印象を総括するとそうなってしまうのが、リョーマには不服だった。
 嫌悪感というわけではないのだが、どう控えめに見えても逆の性格である高坂と同じというのが認められないだけだった。
 けれども、やはりいいと思ったところは認めてしまうのが自分の性質であり、リョーマはいつになく靄のかかった気分になっていた。

(綾波さんにも似たようなこと、思ってるし。……難しいすよ、部長)

 希薄で、言われたことしかしないような、ただの優等生だと思っていた綾波が他者を守るために行動したこと。
 粗野で、単なる調子っぱずれだと感じていた高坂は、思いの外思慮深い一面があるのではないかと感じたこと。
 どちらも一見して、強いところがあるようには見えなかったし感じなかった。
 自分が今まで見てきた『弱い奴』とは明らかに違った。
 弱さを盾にして、言い訳をして、だから自分は間違っていないのだと、そう言って恥もしないような連中ばかりだった。
 だが少なくとも、綾波は違う。知っていても変えられず、変えるための方法すら分かっていない。
 それでも、そうした自分と折り合って、自分にできることを模索しようとしているのが、先程の綾波に感じた印象だった。
 折り合う。言い換えれば、妥協。本来なら自分が嫌うべき要素で、停滞を意味する言葉でしかない。
 しかし綾波は、違う。何をどう言い表せばいいのか分からないが、なにかが違う。――簡単に、見限っていいようなものではなかった。

「話をすると……まあいいや。長くなっちまう。とにかく、ここについては少しは知ってるつもりだぜ。……おい、聞いてんのか越前」
「ん……あー、知ってるんならいいんじゃない」
「テメー……適当すぎんだろ……」

 無言で目を逸らした。実際のところ、話を半分ほどしか聞いていなかったのだから言い訳ができない。
 口が上手くないので、言い訳するつもりもなかったが。

「……任せるって意味なんじゃないかしら?」

 口を荒くする高坂に割って入ったのは、意外なことに綾波だった。
 大体そのつもりだったので、合っているという意味合いも兼ねてうんうんと頷いておく。

「んだよ、はっきり言えよ。話聞いてないくらいで怒りゃしねーよ」
「怒ってるじゃん」
「テメーがそんな態度だからだよ!」
「越前君、高坂君」

 どうしてだか、リョーマは既視感を覚えた。
 さっきから自分と高坂に角が立ちそうになるとこうなっている気がする。
 もしかして、綾波はこういう状況をよく経験しているのだろうか、と思った。

「ご飯にしましょう。私も、エネルギーの補給は必要だと思うわ。高坂君、案内してくれる?」
「お、おう……綾波はそう言ってるけど、テメーどうなんだよ」
「いいんじゃない」

 綾波の落ち着いた、透き通るような声ですっかり気勢を削がれた高坂に、リョーマも合わせる。
 本当に空腹気味であるので、わざわざやかましい高坂と無駄喧嘩することもない。

「おい越前、なんか俺を侮辱すること考えてたろ」
「……別に?」
「なんだよ今の微妙な間は!」
「綾波さん、俺焼き魚食いたいっす」
「和食屋にでも行けば材料があるんじゃないかしら」
「スルーしてんじゃねー!」
「だから」

 リョーマはそこで、初めて高坂と目を合わせた。

「そこまで案内してよ。知ってるんでしょ、ここ」

 そっけなく。リョーマは高坂に任せることを伝えた。
 これからは、きっと今までとは違うことばかりが待っているのだろう。
 挑発しても、負けじと立ち上がってくる人間ばかりと会えるわけではないのだろう。
 強かったはずの部長が死んで、そうでない人達がたくさん生きている。
 こんな事実があるのだと、リョーマは初めて理解した。納得はできなかった。
 自分に言い訳するような奴らより部長が生きててくれた方が絶対にいいに決まっている。
 ……でも、だからといって。立ち上がらないからといって、いらないと言ってしまうのはもっとムカつくことだった。
 ではどうすればいいのか。綾波がやっているような折り合いのつけ方なんて、自分には分からない。
 考えるしか、なかった。上を見上げていられるだけの時間は過ぎようとしている。下も見なければならない時間が来ようとしていた。
 難しい。部長が一年や二年を見ていたときもこんな感じだったのだろうか。
 どうすればついてきてくれるのか。どうすれば諦めずに追おうとしてくれるのか。
 今は、知ってさえいない。部長の――手塚国光の背中は、あまりに遠い。

(それでも、負けないけどね)

 だからこそ乗り越えたい。広い背中を遠くに見たリョーマは、改めて決意する。
 そのために、まずは仲間をもっとよく見ようと思った。
 反りが合いそうになくても、よく分からなくても。一緒にいれば分かることがきっとあるはずだった。

「ま、まーよ。そうだなぁ……メシ屋なら、レストランフロアだよな……よし、ついてこい! 案内してやるよ」

 相変わらず強い言葉の高坂。特に何も言わず行こうと促す綾波。
 不揃いな三人組。意気があっているわけでもなければ、思惑だってきっとバラバラだ。
 けれどそのくらいの方が、頂上を目指すのには面白いとリョーマは思った。

「よろしく」

 短い言葉に、それまでとは別の意味を乗せて。
 リョーマは先頭をずんずんと歩く高坂の後をゆっくりと追った。

【H-5/ビル内/一日目・午前】

【越前リョーマ@テニスの王子様】
[状態]:決意
[装備]:青学ジャージ(半袖)、太い木の枝@現地調達
リアルテニスボール(ポケットに2個)@現実、ペンペン@エヴァンゲリオン新劇場版
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、リアルテニスボール(残り8個)@現実 、自販機で確保した飲料数種類@現地調達
基本行動方針:神サマに勝ってみせる。殺し合いに乗る人間には絶対に負けない。
1:ビルに行って、脱出の為の手がかりを探す……前に、食事(焼き魚食べたい)
2:碇シンジを見つけるまでは綾波レイと行動。ペンペンを碇シンジに返す。
3:2と並行して跡部さん、真田さん、切原、遠山を探す。
4:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
5:ちゃんとしたラケットが欲しい。
6:碇シンジとその父親に、少し興味

【綾波レイ@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:疲労(小)
[装備]:青学レギュラージャージ(裸ジャージ)、 第壱中学校の制服(スカートのみ)
由乃の日本刀@未来日記
[道具]:基本支給品一式、 天野雪輝のダーツ(残り7本)@未来日記、不明支給品0~1、第壱中学校の制服(びしょ濡れ)
基本行動方針:碇君を探して、何をしてほしいのか尋ねる。
1:ビルに行って、脱出の為の手がかりを探す……前に、食事。
2:第二~第四放送の間に、学校に立ち寄る。
3:碇君を探す。その為に越前くんについて行く。
4:他の参加者と、信頼関係を築けるようにがんばる。
[備考]
※参戦時期は、少なくとも碇親子との「食事会」を計画している間。

【高坂王子@未来日記】
[状態]:疲労(中)、全身打撲
[装備]:携帯電話(Neo高坂KING日記)、金属バット
[道具]:基本支給品
基本行動方針:秋瀬たちと合流し、脱出する 
1:輝いて挽回したい……前に、食事。
2:ビルを探索して手柄をたてる

[備考]
参戦時期はツインタワービル攻略直前です。
Neo高坂KING日記の予知には、制限がかかっている可能性があります。
『ブレザーの制服にツインテールの白井黒子という少女』を、危険人物だと認識しました



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Driving Myself(前編) 越前リョーマ 三人でいたい
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Driving MYself(前編) 高坂王子 三人でいたい


最終更新:2021年09月09日 19:32