Next Life ◆7VvSZc3DiQ



放送で、日野日向の名前が呼ばれた。
彼――秋瀬或と日野日向の関係は、クラスメイトであり、友達であり、仲間であり。
或が日向を頼ることこそ少なかったものの、日向に支えられていた部分というのは、少なからずあった。
故に、或の胸に去来するのは疼痛に似た悲しみだ。
涙を流すことはない。しかし日向の死によって生まれた空白は、確かに或の中に存在していた。

「――君も、この痛みを抱えているんだろうね」

或は、この会場の何処かに居るであろう想い人の身を案じて呟いた。
天野雪輝の名前が呼ばれなかったことは、或にとって幸いだった。
しかし、今の雪輝は――日野日向の死を、どう受け止めているだろうか。
天野雪輝にとっての日野日向は、秋瀬或にとっての日野日向のそれよりも深い意味を持っていた。
日向は、当時の雪輝にとって、最初の友達だったのだから。
今でこそ或をはじめとして雪輝の周りに人が増えたものの、日向というきっかけがなければ、今でも雪輝の傍にいたのは我妻由乃一人きりだっただろう。
そして我妻由乃は、天野雪輝にとっての『友人』には成り得ない存在だ。
だから、日野日向という少女は――雪輝が求めてやまなかった、『他愛もない日常』の象徴そのものであったと言えるかもしれない。

「それは、僕には出来ない役割だった」

中学生探偵という役割を担っていた或だ。
雪輝にしてみれば日常を共に過ごす学友というよりも、未来日記関係の騒動におけるアドバイザーという印象のほうが強かっただろう。
少なくとも、ごく一般的な友人という括りで見れば、或よりも日向のほうが雪輝の支えになっていたことは間違いなかった。
その支えを失ってしまった雪輝が――今、何を感じているのか。何を思っているのか。

「僕が今、君を助けに行く。だから少しだけ待っててくれ、雪輝君」

或はハンドルを握る手に力を込めると、更に加速すべくセグウェイの車体を前方へと傾けた。
逸る気持ちを諫めながら、周囲への警戒は怠らず舗装された道路上を進んでいく。

そういえば――或が何人かに投げかけた質問。
『君は、自分がこの殺し合いに呼ばれた意味は何だと思う?』
問われた彼女、彼らは、放送を経た今、何を思っているのだろうか。
そう、たとえば――

 ◇

「アタシは――」

 ◇

放送が始まる前。或が、月岡と真田の二人と別れる前。
月岡は或の問いにはっきりとした声音で答え、自らの意思を示した。

「アタシは――新しいアタシになるわ」
「新しい月岡君? へぇ、それはいったいどういう意味なのかな?」

月岡の答えに対して、或は興味深そうに更に問いを重ねていく。
しかしそれは、純粋な疑問から来る問いではない。
これまでの月岡との会話から、或は月岡側の事情についてはある程度理解している。
それらから推測される『新しい月岡』というワードの意味は、おそらく或の考えるそれで殆ど当たっているだろう。
だからこの重ねた問いは或のための問いではない。月岡に具体的なビジョンを持たせる、そのための問いだ。

「アタシはね、既に二回、死んでたわ。一度目は大東亜共和国でプログラムに参加させられたとき。
 そして二度目は、手塚クンを殺したあの少年に襲われたとき。
 今こうしてここにいることそれ自体が、奇跡に奇跡を重ねたようなモノよ」

本来ならば無かったはずの生。
それはこの殺し合いを開いた主催者と、手塚国光という男によって生まれたものだ。

「『死ぬ』前のアタシの人生といえば、そりゃもう他人様に対して胸を張れるような人生じゃなかったわ。
 勿論アタシにはアタシなりのプライドがあって、アタシの中で決めたルールに反するような汚い真似はしなかった。
 でもやっぱり、心の何処かに引け目のようなものを感じていて――
 たとえば、三村クンや七原クンみたいな人たちとは違う人生を歩んでいくんだと、そう考えていたの」

自分はこうして、この腐った国で、日陰に身を寄せて暮らしていくだろう。
月岡は諦めにも似た納得をして、日々を過ごしていた。

「だけど、手塚クンはそんなアタシに、柱になれって、サムライになれって言ってくれた」

手塚国光がどこまで考えてその言葉を月岡にくれたのか、手塚が逝ってしまった今では想像することしか出来ない。
だが、手塚は――『託す』と、月岡に言ったのだ。
そして月岡は、『託された』。

「……初めてだったわ。他人からそんなことを頼まれるのは。
 あれだけのイイ男に、最期を、その後を託されるだなんて――それこそ、オンナ冥利に尽きるわよね。
 ――いいわ。既に無くなってたはずのこの生命――手塚国光という男のために、使ってあげようじゃないの。
 昨日までのアタシは、もう死んだ。生まれ変わった新しいアタシは、柱だのサムライだの、そんな胡散臭い言葉に躍らされるアタシになるの」

そう言って、月岡は微笑む。つられて真田と或の二人も、笑う。

「フ……手塚の意思を継ぎ、柱の男を目指すか」
「ちょっとちょっと、柱の男っていったい何よ! アタシは身体こそ男だけど、心はオンナなんだからね!」
「それ以前に、柱の男というネーミング自体があんまりだと思うけどね……
 でも、これでよく分かったよ。君たちがこの殺し合いの中で、どんな役割を果たすつもりなのかを。
 『反逆者』に、『意思を継ぐ者』か――悪くない、ね」

じゃあ、僕はここでさよならだ、と或は言葉を継いだ。
じきに放送も始まるだろう、それによって行動の方針が変わる可能性もあるかもしれないと真田が引き止めるも、
「生憎だけど、その放送で僕の『友人』が呼ばれるようなことがあってはならないからね。少しでも先を急がせてもらうよ」
と、或は二人に背を向け支給品のセグウェイに乗る。

「君たちは、もう自分の道を見つけたようだけど――時には、立ち止まって後ろを振り返ることも大事かもしれないよ。
 前に進むだけが正しい道とは限らない。退化は、進化の対義語ではない。覚えていてくれ」

最後に助言めいた言葉を月岡と真田に残し、中学生探偵は朝の日に照らされ始めた道を走り始めた。

 ◇

もしかすると、何か奇跡が起きて、あの状況から手塚クンが生き残った可能性だってあるんじゃないかしらと、そう思っていた。
だが携帯電話から聞こえてきた男の声は、そのかすかな希望を粉々に打ち砕いた。
そして、やはり、というべきか、秋瀬或からも知らされていたマリの死も、確定した。

(分かっていたことだけど……改めて二人が死んだと思うと、センチな気持ちになっちゃうわ……)

桐山ファミリーがボスの桐山本人の手で壊滅したときは、なんとも思わなかったはずなのに――
それだけ手塚と過ごした数時間が濃密で、彼との出会いが月岡の価値観をも変えてしまったということだろうか。
いや、違う。確かに手塚に感化され変化した部分もあるが――今の月岡の胸中に到来しているそれは、彼が元々持ち合わせていた感情だ。
アウトローの皮を被り隠していたそれが、この数時間の出来事で露わになったというだけの話だ。

「……真田クンのお友達の名前は、手塚クン以外には呼ばれなかったみたいね。
 アタシのクラスメイトたちもみんな無事だったみたい」

幸いと言っていいのか。手塚とマリの他には、月岡と真田の知人は放送で呼ばれることもなかった。
だがそれは、必ずしも良い報せというわけではない。
桐山和雄――月岡たちのボスとして君臨していたあの男もまた、生き残っているということだからだ。
何を隠そう、月岡に一度目の死をもたらした男こそ、桐山和雄なのだ。
――もっとも、月岡の死は半ば月岡の自爆のようなもので、桐山が直接手を下したというわけではないのだが。
しかし、月岡が知るだけでも桐山は六人もの人間を顔色ひとつ変えずに殺している。
彼がかつてのプログラムにおいて殺し合いに乗った理由は定かではないが、この殺し合いにおいても強大な脅威になる可能性は非常に高い。
放送で呼ばれた者の中には、桐山に屠られた者もいるかもしれないのだ。

(もしかすると……アタシと桐山クンが対決することもあるかもしれないわねぇ……)

憂鬱な気分だ。たとえ、一度自分を殺した相手だったとしても――やはり、かつての仲間と殺し合うという状況はぞっとしない。
若干沈んだ気持ちを回復すべく、月岡は制服の胸ポケットに手を突っ込むと、そこから煙草を取り出した。
トントンと手慣れた様子で一本抜き取り、咥える。火をつけようとライターを構えたそのとき――

「月岡ァ……たるんどる!」

真田の怒声が月岡の鼓膜をビリビリと鳴らした。
そういえば最初に会った時も一服ついていたときだった。あのときも、未成年のくせに喫煙などと怒鳴られたのだ。
月岡の好みの男性のタイプといえばスポーツマンタイプだが、それは三村や手塚のようにクールなタイプの場合。
カタブツ、熱血、泥臭いといった言葉がよく似合う真田は月岡の好みから外れていたし、いかにもな優等生的価値観は月岡のそれとはそぐわない。

「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるわよ……まったく、ゆっくり一服することすら許してくれないだなんて」
「当たり前だ。未成年の喫煙は法で禁じられている。それでなくとも喫煙による身体への悪影響はだな……」
「はいはい、そんなの耳にタコが出来るくらい聞かされてるわよ。それでも吸うと決めたのはアタシなんだから、他人にとやかく言われたくないものだけどねぇ」
「……喫煙時に発生する副流煙は喫煙者の周囲の人間にも害を与える上に、その有毒性は主流煙の数倍だという話を聞いたことはないのか?
 お前がお前の権利を主張するようならば、俺には俺の言い分がある。少なくとも俺の目に入る範囲内では吸うのはやめておけ」
「……そこまで言うんじゃ仕方ないわね。んじゃこの一本はまた後のお楽しみってことにしときましょうか」
「だが、未成年者の喫煙をみすみす見逃す真似など俺には出来ん。この俺の目の黒いうちは、お前から目を離すことはないと思っておけ」
「ちょ、ちょっと……! それってオーボー過ぎないかしら!?」

何気ない真田との会話――だがそれが、喫煙によって誤魔化そうとしていた憂鬱や不安を消していた。
まぁ、これなら吸わなくてもいいかもしれないわねぇと、渋々と仕方なしに納得する。
同じスポーツマンでも三村などは隠れて喫煙していたようであるが、全国優勝を目指すような選手と比べると、やはり意識が違うのだろう。

「そういえば、真田クンたちの学校が三連覇がどうとか言ってたのは達成できたの?」

確か、三連覇のためにテニス部の後輩が悪魔化するのを黙認していたというような話だったはず。
全国優勝という大願のためには多少の犠牲もやむなしと考えていた彼らがその目標を達成できたのかどうかは気になるところだった。
悪魔化という言葉も気になりはするが、おそらく集中したスポーツ選手が人が変わったようなプレーをする様を悪魔化と表現しているに違いない。

「結果から言うと……我が立海は、三連覇を成し遂げられなかった。俺たちを阻んだのは、手塚率いる青春学園だ」
「え、それじゃあ優勝したのは……」
「ああ、手塚たちだ」

――凄い男だと思ってはいたが、まさか全国優勝してしまうような選手だったとは。
やはり手塚国光という男は大した奴だと頷く。

「でも、それならテニスはもうおしまい? 真田クンだってもう三年生でしょう?」
「確かに大会こそ終わったが……俺たちのテニス人生が終わったわけではない。現に、次なる戦いの舞台――U-17選抜合宿も始まっている」
「ふーん……」

真田は、テニスという競技にひたすら懸命に打ち込んでいる。
そのひたむきさが希望や夢となり、彼らテニスプレイヤーたちの原動力となっているのだろう。

「アタシも……帰れたら、何か打ち込めるもの探してみようかしらね」

生きて帰ったあとのことなど、前回は考える余裕もなかった。
考えたところで、どうせまた何も変わりはしない日陰者の生活が続くのだから何の意味もないものだと思っていた。
だというのに、まさか自分が打ち込める趣味を探してみようだなんて――ちゃんちゃらおかしいわ、と月岡は笑った。

(夢――か。新しい、生まれ変わったアタシの――新しい夢。そんなもの、見つかるのかしらね。フフ)


【D-6/民家/一日目 朝】

【真田弦一郎@テニスの王子様】
[状態]:健康
[装備]:木刀@GTO
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~1、赤外線暗視スコープ@テニスの王子様
基本行動方針:殺し合いには乗らない。皆で這いあがる道を探す
1:知り合いと合流する。特に赤也に関しては不安。
2:秋瀬或の『友人』に会えたら、伝言を伝える。
[備考]
手塚の遺言を受け取りました。
秋瀬或からデウスをめぐる殺し合いのことを聞きました。(ただし未来日記の存在や、天野雪輝をはじめ知人の具体的情報は教えられていません)

【月岡彰@バトルロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2、
警備ロボット@とある科学の超電磁砲、タバコ×3箱(1本消費)@現地調達
基本行動方針:アタシは――手塚クンの意思を継ぐわ
1:手塚の意思を汲み、越前リョーマ、跡部景吾、遠山金太郎、切原赤也と合流する。
2:桐山クンにはあんまり会いたくないわ…。
3:ところで、柱の男っていったい何なのかしら?
[備考]
秋瀬或からデウスをめぐる殺し合いのことを聞きました。(ただし未来日記の存在や、天野雪輝をはじめ知人の具体的情報は教えられていません)


【D-5/道路/一日目 朝】

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:未来日記(詳細不明、薄らと映る未確定エンド表記)、セグウェイ@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1)
基本行動方針:この世界の謎を解く。
1:天野雪輝に会いに行く(真田の忠告に、思うところあり)。
2:越前リョーマ、跡部景吾、切原赤也、遠山金太郎に会ったら、手塚の最期と遺言を伝える。
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。



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最終更新:2012年09月12日 19:40