「ったく、どうなってやがるッ!!」

 ビリィッ、と音をたて、紙切れが宙を舞った。
 それを眺める異様なヘアースタイルをした中肉中背の男、見るからに苛立たしげな彼は、名をアレッシーという。
 紙切れ――もとは『御無体』と書いてあった掛け軸――は先ほど畳み込まれた『紙』から出てきたものだ。
 掛け軸という存在も知らず、殺し合いを生き残るための武器を求めていた彼にとって、紙切れから紙切れが出てきたという事実は、苛立ちを助長させたにすぎなかった。
 気味のいい音と共に破れたところで、気分がスッキリするということもない。

「だいたい、ここはどこなんだ……?」

 普通の人間が観光旅行で訪れるような、雑多でありつつ美しい街並みが目の前に広がっていたが、彼にとっては見慣れない景色だった。

(ルクソールにこんなに小綺麗な街並みありゃしねえ
 あそこはエジプトおなじみの、草木の少ない、太陽と砂塵の街だった)

 ここへ連れてこられる直前、アレッシーはジョースター一行が泊まっているホテルの周辺を張っていた。
 早朝の刺すような冷たさ。焼き殺されてしまいそうな昼の日射。
 砂を巻き上げて吹きつける熱風。
 昨日まで当たり前だったものが、ここにはない。

「俺は、DIO様の命令で、承太郎とポルナレフを殺るところだった、はずだよなぁ」

 一対多数の状況に強いとはいえない彼が、主からの命令――ジョースター一行の暗殺を遂行させるために選んだ手段は、仲間との『共闘』だった。
 組んだ――というより一方的に利用した――相手は、『バステト女神』の使い手マライア。
 彼女も一対多数の状況に強いとはいえないため、必ず数人を誘き出しつかず離れずの闘いをする。
 残った方を始末するのは、いっぺんに全員を相手にするよりよほど簡単だ。
 そのような計画の元、『セト神』の使い手アレッシーはホテルの周辺を張っていたのだった。

「あの見たことのねぇオッサン、空条承太郎を殺して、いきなり、集められた人間同士で殺し合えって……
 DIO様が俺たちを信用できず、標的も殺し屋もまとめて始末しちまおうって考えたのか?
 いいや、わざわざ殺し合えだなんてまだるっこしいこと、するはずがねえよな」

 邪魔な人間を消すのが目的ならば、全員に着いているという首輪を爆破すればいいだけの話だ。
 それ以前に、ここへ連れてきた時点、首輪を着けた時点、あの老人には俺たちを殺せる機会が何度もあった。

「となると、本気で『殺し合い』自体を観賞するのが楽しみで、それが可能な人間が少なくとも一人はいるってことか
 頭がおかしいんじゃねえのかね。俺がいうのもなんだが」

 しくじれば、死。結局は、いつも通り、ってことだな。
 そう彼は結論づけ、思考を先へと進める。

 ホールにいた者の多くが年端もいかない少年少女たちだった。
 普段通りの彼ならば自分の趣味と実益を兼ねた状況に悦び、早速被害者を捜しに出ていたところだろう。
 だが、先刻ホールのような場所で見た光景と、老人の言葉が、珍しく彼の心にストッパーをかけていた。
 「殺し合いの参加者は100人以上」と老人は言った。
 そしてあの場にいたのは、腕に自信がありそうな連中ばかりだったように思える。

 ジョースター一行を襲うのでさえマライアとの共闘を選んだのだ。
 あの場にいた全員を一人で相手にできるか? できるわけがない。
 最初から全員を敵に回して、生き残ることなどできるはずがないのだ。



 この殺し合いの場で優先するべきは、もったいねえが弱そうなやつをイジめ殺すことじゃねえ、俺一人じゃ勝てなさそうなやつを排除することだ。
 俺自身は他人の恨みを買わねえように気をつけつつ、正義感の強そうなやつを味方につける。
 弱いやつをかばって闘うようなアホと、人の命をなんとも思わねえような化物が潰し合えば、後に残ってるのは弱っちぃイジめがいのあるやつらだけよ。
 ニヒヒヒッと口から笑いがこぼれる。我慢した分だけ、楽しい時間が長く続くに違いない。

「そうと決まれば、リスクはあるが、人の集まるところだな」

 デイパックを開き、暗闇で必死に地図をこねくり回すアレッシー。
 現実にこんな土地が存在しているのかと、疑問に思うような地図だったが、信用できるものはこれよりない。
 洒落た建物に囲まれた路地は、少なくともカイロの市街地ではない。
 せめて目印となる建物があれば……。
 こらした視線の先、幅狭の家屋群から『学生服』が垣間見えたのは一瞬だった。

「お……? お、お、お?」

 あれは、ジョースター一行の花京院ってやつじゃなかったか?
 たしかンドゥールにやられて、入院してたはずの。
 ……ってことは、俺のことは知らないわけだ。

 月明かりで『セト神』の影が発現することを確認し、周囲の気配を探る。人の気配はなかった。
 これで『もしも』の時に備えられる。
 敵を増やさない方法でなら、他人を殺すことはプラスになるからな。


「花京院、お前さん、入院してたんじゃなかったのか?」

「…………誰ですか? あなた」

 光源を背に出来るよう回り込み、抑えた声で話しかけた。
 特に緊張したふうでもなく花京院が振り向く。
 表情はあからさまに俺を警戒しているが、殺し合いの場で、見知らぬ人間に話しかけられれば当たり前。こちらとしても予測済みの反応。
 あまり近くに寄らないようにしておいたのは、あいつの射程範囲を考えれば当然のこと。
 それが、俺自身の真っ当な警戒感を効果的に演出するッ!

「お前さんが俺のことを知らないのも無理はねえ
 花京院、お前入院してただろ? その間に俺も仲間になったんだが……」
「……入院? なんのことです?」
「仲間にカマかけようってのか?
 そりゃあ、こんなことに巻き込まれて慎重になるのはわかるがよ」
「面識もない人間に話しかけられて、信用しろというほうが無理な話だとは思いませんか」

 そりゃあ、会ったことがねえからなあ。
 最初からそう言ってやってるのに、全ッ然えらくない、えらくない。
 が、運よく利用できそうなやつに出会ったんだ。うまく丸め込まねえとな。
 ほかのジョースター一行に会えばバレちまう嘘だが、素性も知らねえ、能力もわからねえやつと手を組もうとするより、こいつを利用するほうがよっぽど気が楽だ。
 バレそうになったら逃げちまうか、あるいは、うまくすると本物のジョースター一行の方を『偽物』に仕立て上げることもできるかもしれねえ。
 そうなりゃ、見ものだぜ。



「しょうがねえな……
 お前さんの名前は花京院典明。日本の、あー、『高校生』ってのだったか?
 スタンドは『ハイエロファント・グリーン』っつー、……遠距離攻撃が得意なやつだったな」
「…………」
「DIOの命令で空条承太郎を殺りに行ったが、そのまんまそいつ……ン゛ン゛、ジョースターさんたちの仲間になって、打倒DIOの旅に同行した」
「…………」
「途中で、ンドゥールの『ゲブ神』にやられて、入院中だった
 こんなところだろ。な?」
「…………」

 花京院の反応は薄い。
 しいて表情から読みとるなら、信用していいものか悩んでいるというより、なにかに驚いているような、そんな感じだ。
 普通の人間だったら、疑わしい人間をじっくり見据えて検分するもんだが、そういうことはしない。
 視線の焦点は俺じゃあなく、もっとどこか遠くだ。
 わけもわからない状態に、さらに知らない情報が増えれば、こんな反応が妥当なのかもしれないな。

「……申し訳ないが、あなたを信用しきれない
 いくつか質問してもいいですか?」
「ああ、いいぜ」
「仲間の名前とスタンド、当然知っていますよね?」
「ああ、仲間……仲間っていうと……
 まずジョセフ・ジョースター。スタンドは『ハーミット・パープル』。なにかの捜索に役立つ能力だな
 次が、モハメド・アヴドゥル。スタンドは『マジシャンズ・レッド』。炎を操る強t……頼りになるやつだ
 次が、あのホールのような場所で殺されちまったが、空条承太郎。『スター・プラチナ』はすげえスピードとパワーのあるスタンドだったな……」
「先ほど殺されたのは、やはり彼だと思いますか?」
「……俺も『うそだろ、承太郎!』と思ったが、見間違えじゃあないだろうぜ
 殺された、残りの二人は知らねえやつだったが」
「…………、仲間の話、続けてください」
「お、おう、最後がJ・P・ポルナレフ。『シルバー・チャリオッツ』は力はねえけど、ともかく素早いやつ」
「…………」

 せっかく覚えた知識を披露してやってるっつーのに、相変わらず花京院の反応は薄い。
 用心深いこって。
 疑っているとはいえ、仲間に会えたらもっと嬉しそうな顔をするもんじゃねえか?
 特に、友情やら恩義やらを大事にするような人種はよ。

「まだ質問、あるのか?」
「あなたの名前を聞いていませんが」
「俺か? 俺は……アレッシーだ」

 DIO様の周りを嗅ぎ回ってるやつらが俺の名前を知り、花京院に伝えてある可能性はあったが、どちらともいえない。
 名前からDIO様側の人間だとバレても『DIOから寝返った』といえば済む話だ。
 こいつは俺を知らないからな。
 むしろ、自分と同じ身の上に、安心するくれーじゃねえか。

「スタンドは?」
「スタンドに関しては黙秘、だ
 俺もお前さんを信用しきれてないんでな
 ほら、いただろ? お前さんに化けて襲撃したスタンド使いが」
「…………」

 花京院はまた考え込む。
 なにが気になってるのか知らねえが、早く質問のネタが尽きねーかね。
 ここで本当のジョースター一行、特にジョセフやアヴドゥルなんかが来たら、あっという間に形勢逆転。俺の計画はパーだ。


「アレッシー、あなたが仲間になったのはいつなんですか?」
「お前さんが入院してから、3日ってとこだ」
「日にちでいうと?」
「『日にち』?
 1月9か10日ってところだと思うぜ」
「1月…………」

 また、だんまりか。
 これはとっとと殺っちまった方が良かったか……、いや、そんなことはない……、はずだ。

「立ち話を続けてるってのも、安全な行為とは思えないぜ?」
「そうですね……
 DIO…も、このゲームに参加させられていると思いますか?」
「どうだかな。俺はDIOの野郎にはめられたんだって思ってるぜ
 なぁ、仲間同士協力して、こんなところオサラバしようぜ?」
「…………」

 花京院が顔を伏してしまうと、その表情をアレッシーの位置からでは伺い知ることが出来なかった。
 情報をきいたかぎりでは、控えめだがもっと出張ってくる印象だった。
 少し疑問を感じるが、情報なんてものは往々にしてそのレベルのものだ。

「最後の質問です」
「な、なんだ……?」

 ドキリとしたのは、『最後』という単語の妙な重みのせいだけとは言えない。
 花京院がそう言った瞬間のゾクリとした、背中をなでられるような感触。
 利用できるやつを求めるあまり、無理矢理自分を納得させ、積み重なった『違和感』。
 それらが汗となり、いっせいに吹き出したように錯覚した。

「あなたは、DIO…の敵なんですね?」

 退くには近すぎた距離。挽回するには塗り込めすぎた嘘。
 花京院の側から一歩踏みだし、その表情があらわになり、アレッシーは戦慄した。
 冷たい、『人の命をなんとも思わない』目をしていた。


「DIO様の敵だというのなら、死んでもらいます」


 ほとんど聞き取れないほどの微かなささやき。
 あッと声を発する間もなく、アレッシーの身体が大きく仰け反る。
 背中から頭頂部にかけて、翠緑色をした鉱石のような光弾が正確に打ち抜き、破壊していた。



「最後の質問には、答えてもらわなくても、よかったんですが」

「げ、げえええ、えら、く、ない、えらくない……」

 這い蹲った地面に、短い『影』が落ちていた。とても、届きそうにない。


なぜ攻撃された?
嘘が看破されたのか?
コイツはジョースター一行じゃなかったのか?
コイツは俺を殺そうとしている……
なにがどうなったかわからねえが、『DIO様の敵』を殺そうとしている
俺は……、殺される……!?


「待てッ 俺はッ………………」


 『DIO様の部下だ』


 身を起こしたアレッシーが、その言葉を発することはついになかった。
 特徴的な眉から、陰険そうな瞳、嫌らしい笑いを浮かべるばかりだった口元まで、前方からの光弾でグシャグシャに潰され、倒れ伏す。

 物言わなくなった死体を、花京院は相変わらず冷たい瞳で眺めていた。
 そんな彼を低い位置から見つめる視線。

「…………」
「…………」

 路地裏で惨劇に出くわしたのは一匹の犬だった。



 * * *





「……P・ポルナレフ。『シルバ……オッツ』は……、とも……素早……」


(ああん? ポルナレフだぁ?)

 あてもなくさまよっていたイギーが聞き覚えのある名前に反応し、立ち止まったのはアレッシーのいる路地より一本はずれた路地裏でのことだった。


「まだ……、あるのか?」
「あなたの……ません……」
「俺か? 俺は…………」


 聞き取りづらい、低く小さい声で喋っている男が一人に、下卑たオッサン口調の男が一人。

(どっかで聞いたことのある声だな……ジョースターの奴らか?)

 無理矢理砂漠につれてこられて以来、ヘナチョコなジョースターたちを筆頭に変な連中にたくさん出会ってきた。
 この俺からすれば、ジョースターたちに仲間意識もなければ、襲ってくる奴らに特別な恨みがあるわけでもない。
 あんな砂埃にまみれた生活をとっとと脱してやりたいから仕方なくジョースターたちについて歩いているってところだ。
 あげく『殺し合い』に巻き込まれるなんて、ついてねーぜ。
 半ば、溜まった鬱憤を晴らすため、声のする方へとイギーは歩み寄っていた。


「DIO…も、この……参加させられていると…………」
「どうだかな。俺はDIOの野郎に…………って思って……
 なぁ、仲間同士……して、こんな……サラバしようぜ?」


 声は少しずつクリアになる。

 入り組んだ狭い路地を抜けたとき、イギーの目に飛び込んできた光景は、地面に頭を垂れた男とそれを真上から静観する男の姿だった。


「最後の質問には、答えてもらわなくても、よかったんですが」
「げ、げえええ、えら、く、ない、えらくない……」

(あれは、花京院じゃなかったか…?
 間抜けなことに目を負傷しちまって、入院してたはずの)

 ぶっ倒れている男の方も見覚えがあるように感じたが、なにぶん顔が見えないのでなんともいえない。


「待てッ 俺は………」

 倒れていた男が顔を上げようと試み、静止する。
 顔面には真っ正面から光弾が打ち込まれていた。
 至近距離からのそれは、倒れていた男を絶命に至らしめるほどの威力を持っていたようだ。

(あいつ、なんか、印象と違うな
 喧嘩っ早い感じには見えなかったんだが……)

 イギーにとって、花京院はジョースター一行の中で一番遠い存在だった。
 スタンドを見たこともない。
 ポルナレフたちの口ぶりからすると信用されてたみたいだが、それ以上に詳しいことなど知るわけがない。

 それでも感じる異様な雰囲気に、目を離せないでいると花京院の方も気付いたようだ。
 敵意もないが親しみもない、冷ややかな視線だった。

「…………」
「…………」

 お互い、なにも喋らなかった。
 もとより積極的な交わりのない1人と1匹。
 違和感を確認する術はなく、死んだ男がどんな人間だったのか推量することもできない。

(こいつの性格なんてよくわかんねーし、変なとこで陰湿っぽい気がするからな
 俺はほかの単純そうなやつを探すとするぜッ)

 先に顔をそらしたのはイギーだった。
 トコトコ歩き、張り付くような視線を感じ振り返る。案の定、見つめられている。居心地の悪さに歩を早めた。
 イギーが視界の端に消えるまで花京院はその姿を目で追っていた。
 が、やがて、男の死体を路地裏に引き込み蹴り飛ばすと、彼はなにもいわず、立ち去っていった。



 * * *



 彼らが合理的判断に基づき選んだ『言葉』と『行動』は悲劇ではない。
 いまは、まだ。






【アレッシー 死亡】

【残り 129人】






【D-4 南側路地/1日目 深夜】

【イギー】
[時間軸]:JC23巻 ダービー戦前
[スタンド]: 『ザ・フール』
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:脱出
1.ここから脱出するため、ポルナレフのように単純で扱いやすそうなやつを仲間にする。
2.花京院に違和感。
3.死んだ男(アレッシー)は敵だったのか? 見たことがある気がするが、わりとどうでもいい。



【花京院典明】
[時間軸]:JC13巻 学校で承太郎を襲撃する前
[スタンド]: 『ハイエロファント・グリーン』
[状態]:健康、肉の芽状態
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様の敵を殺す
1.DIO様の敵を殺し、彼の利となる行動をとる。
2.アレッシーが語った話に疑問。未来の出来事? すべてが嘘?
 できれば利害関係のない人間から正しい情報を得たい。
3.ジョースター一行、ンドゥール、他人に化ける能力のスタンド使いを警戒。
4.空条承太郎を殺した男は敵か味方か……
5.犬も参加させられているのか

【アレッシーが語った話まとめ】
花京院の経歴。承太郎襲撃後、ジョースター一行に同行し、ンドゥールの『ゲブ神』に入院させられた。
ジョースター一行の情報。ジョセフ、アヴドゥル、承太郎、ポルナレフの名前とスタンド。
アレッシーもジョースター一行の仲間。
アレッシーが仲間になったのは1月。
花京院に化けてジョースター一行を襲ったスタンド使いの存在。

【備考】
アレッシーのランダム支給品はジョジョ3部より「『御無体』と書かれた掛け軸」のみでした。
アレッシーの参戦時期はJC22巻 承太郎とポルナレフ襲撃前でした。
アレッシーの死体はD-4南側路地裏に放置されています。







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キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
GAME START 花京院典明 053:愛(欲望もしくは忠誠心)
GAME START イギー 074:どうぶつ奇想天外ッ!
GAME START アレッシー GAME OVER

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最終更新:2012年12月29日 18:18