【1】


 ――ヒーロー。
 そう聞いたとき、人はいったいなにを連想するだろうか。

 魔王を倒すべく旅立つ勇者の血を受け継いだ少年かもしれない。
 いかなるミッションも危なげなく完遂する諜報員かもしれない。
 どんなトリックであろうとたやすく見抜く名探偵かもしれない。
 潜んでいる妖怪変化を人知れず退治する霊能力者かもしれない。
 人類の自由と平和を守るために日夜戦う改造人間かもしれない。

 別に、そのようなフィクションの住人だけとは限らない。
 ヒーローは、ブラウン管や紙の束のなかだけにいるワケじゃない。

 一一〇番をすればすぐに駆けつけてくれる警察官かもしれない。
 体調が悪い理由を的確に教えてくれるお医者さんかもしれない。
 一打逆転のチャンスを決して逃さないスラッガーかもしれない。
 沸き出す気持ちを思いのままに歌うロックスターかもしれない。
 敵陣のゴールを正確無比に射抜くファンタジスタかもしれない。

 その他、僕には思い浮かばないような誰かしらであるかもしれない。
 知名度は高くなくても自分にとっては紛れもなくヒーローという、そんな人物がいるひとだって少なくないだろう。
 かくいう僕こと広瀬康一にしてみても、命の恩人である仗助くんとダイアーさんが絶対的なヒーローだ。
 彼らの名や外見を知る人はそんなにいないかもしれないけれど、それでもだ。
 有名か否かで、彼らへの思いが揺らぐことはない。

 結局のところ、人には各自それぞれにとってのヒーローがいるということだ。
 しかし各自にとって異なるヒーローであるが、共通していることがある。
 ヒーローにはそれぞれ、ヒーローと呼ばれるにたる理由があるのだ。
 当然の話である。
 なんにもないのならば、そんな相手をヒーローなどと称えるはずがない。

 ならば、だ。
 だというのならば――だ。

 ダイアーさんにヒーローと呼ばれた僕には、はたしてなにがあるのだろうか。
 いくら考えてみても、まったく分からない。
 自分がヒーローと呼ばれるに相応しい人間とは、他ならぬ僕自身がとても思うことができないのだ。
 勉強ができるワケでも、喧嘩が強いワケでも、女の子に一目置かれているワケでも、身長が高いワケでもない。
 最近スタンド能力に目覚めたものの、ただ音を鳴らすだけしかできない。
 こんな僕に、ダイアーさんはいったいなにを見たのだろうか。
 胸中で尋ねてみても、当然ながら答えが返ってくることはなかった。


【2】


 思考を巡らせていたので気付かなかったが、傷がいつの間にかほとんど塞がっていた。
 左腕だけには未だ痛みが残っているものの、その他の部位は完治していると言っていい。
 これが、ダイアーさんの言っていた『波紋』の力なのだろうか。
 それにしても、奇妙な力である。
 最初は『スタンド』なのかと思ったが、どうにも違う気がする。
 スタンドのヴィジョンも見えなかったし、相手のスタンドを見て『奇妙な術』と言っていたのが気にかかるのだ。
 ダイアーさんに、波紋について聞ければよかったのだけれど。
 そこまで考えて、僕はつい目を伏せてしまった。
 ダイアーさんと話すことは、もはや永遠に叶わないだろう。
 腹に大きな穴を開けられたまま水に飛び込めば、どんな強い人だろうと助からない。
 おそらく、ダイアーさんはもうすでに――

「……康一どの?」

 不意に、聞き覚えのある声が浴びせられた。
 顔を上げてみると、少し離れた場所に人影がある。
 髪はパンチパーマで、口元に十字傷が刻まれており、服装は派手なシャツに腰履きのズボン。
 どこからどう見てもチンピラにしか見えない彼は、小林玉美という。
 僕と同じく『弓と矢』によって目覚めたスタンド使いであり、いろいろあって僕の舎弟になると志願した人だ。

「玉美さん」
「やっぱり康一どのでしたか!
 へへっ、やっぱあっしの目に間違いはなかった!」

 名前を呼ぶと、玉美さんは安心したように近付いてきた。
 だが距離が縮まるにつれて、玉美さんの表情が強張っていく。
 目の前に来たときにはついに冷や汗を垂らしながら、僕を指差して一言。

「こ、康一どの、そりゃあいったい……?」

 最初はなにを言っているのか分からなかったが、自分の身体を眺めて納得した。
 波紋によって傷が塞がっても、制服の汚れまでは取れない。
 つまり、制服には土や血液が付着したままなのだ。

「実は、玉美さんに会うまでに――」


【3】


「そんなことが、あったんですかい……」

 説明が終わるころには、玉美さんは神妙な顔になっていた。
 僕が見たことのない彼の表情だったが、違和感を抱いたりはしない。
 殺し合えと言われて従う人間がいて、人を助けようとする人間が死んでしまった。
 そんな事実を知ってしまえば、どんな人だって大人しくなることだろう。
 しばらくしてから、黙り切っていた玉美さんが口を開いた。

「つまり、康一どの……そのダイアーって人は」

 そこで、再び口を閉ざした。
 さながら躊躇するかのように。
 僕が怪訝に思っていると、玉美さんは意を決したように目を見開く。

「康一どのが『エコーズ』を発動したせいで、死んじまったんですよねェ」

 僕がその言葉の意味を理解するより、続きを告げられるほうが早かった。
 今度はほんの僅かも間を置かずに、玉美さんは言い切る。

「そのことに『罪悪感』はないんですかい?」

 えっ――と。
 疑問を口にする前に、僕は胸を押さえて倒れ込んでいた。
 いや、正確には胸ではない。
 胸元に出現した『錠前』を押さえたのだ。
 この錠前こそが、玉美さんのスタンド『ザ・ロック』ッ!
 人間が抱いた罪悪感を錠前に変化させる能力ッ!
 罪悪感が大きければ大きいほど、錠前は巨大になり強く人を締め上げるッ!

「玉美……さん、どう、して……」

 どうにか踏ん張って立ち上がるも、足がふらついてしまう。
 それでも、どうにか視線だけは玉美さんに固定して問いかける。

「康一どののせいですよ……」

 予期せぬ言葉を受けて、目を見張ってしまう。
 玉美さんは、僕の返答を待たずに続ける。

「こないだ『正義の味方になった』っつったのは、嘘でもなんでもなかったんです。
 笑われるかもしれねえけど、康一どのにやられたときに『そういうのも悪くないかもな』とか考えちまった。
 だから、俺はこの殺し合いでも率先して人を殺すつもりはなかった!
 康一どのは絶対に人殺しなんかしねえと思ってたからッ! アンタの手伝いでもするかと思ってたッ!
 けどよォ、康一どの……負けちまったって言ってたよな、アンタ。
 康一どので勝てえねようなヤツがいるんなら、俺は……こんな俺はッ!!」

 喉が削れるのではないかと思うような絶叫。
 それに呼応して、錠前が巨大化する。
 呼吸を整えてから、玉美さんはデイパックに手を突っ込んで拳銃を取り出す。

「……ヒーローだと思ってたんですぜ、康一どののこと。
 そんなアンタが敵わねえんなら、俺はこうするしかねえ。
 正義の味方とか甘いことぬかしてらんねえんですよ、弱っちい俺は」

 身構えていたが、飛んできたのは弾丸ではなく銃自体だった。
 困惑して玉美さんを見ると、こちらを指差していた。

「十二発撃てて、予備弾は二十四発。いくらか撃ち損じるとして……
 よし! それじゃあ康一どの悪いが……半日経つまでに、きっちり三十人殺してこい!」

 そう言って、玉美さんは口角を吊り上げた。
 僕は、その表情を知っていた。
 かつて、僕が玉美さんに向けたものだ。
 勝利を確信しながらも内心では怯えていて、その怯えを隠すために浮かべた笑みだ。


【4】


「なァァァに、やっとるかァァァァァァ!!」

 次の瞬間、男性が飛び込んできた。
 怒鳴りながら現れたかと思ったら、玉美さんに張り手を振るう。
 そして吹き飛んでいく玉美さんから視線を外して、こちらを振り返った。

「少年、出身国は」
「え? えっと、あ、日本です」
「やはり、同盟国の人間かァァァァ!」

 こちらが戸惑っているのも意に介さず、男性は納得したように笑う。
 深緑色の軍服を纏っており、顔面の右側が機械で覆われていた。

「安心するがいいィィィィ! このシュトロハイム大佐がいる限り、同盟国の市民に危害は及ばせぬわァァァァ!」

 断言すると、シュトロハイムさんはうずくまっている玉美さんを見据える。

「ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りであるこの肉体にも、弱点はあってなァ。
 あまりにも強すぎるのだァァ! かなり加減せねば、うっかり殺してしまうほどになァァ! だが、どうにか成功したようだなッ。
 オイ、貴様! 貴様も見たところ同盟国日本の人間らしいので、一度猶予をくれてやったぞ! 考え直すのなら、いまのうちにしたほうがいいッ!」

 そう言われて、玉美さんはゆっくりと立ち上がった。
 殴られた右頬を押さえて、大げさによろめいている。
 その動作に、僕はハッとする。

「シュトロハイムさん! 玉美さんに対して、『罪の意識』を持っちゃあダメです!」
「もう遅いですぜ、康一どの」

 僕の忠告を嘲るように、玉美さんはニヤリと笑った。
 そして、シュトロハイムさんの胸元に錠前が出現――しない。
 僕が抱いた疑問に答えるように、シュトロハイムさんは叫んだ。

「なにを言っている、少年ェェェン!
 愚かな行動を取っているものを矯正するのに、なァァァぜ罪悪感を感じることがあるゥゥゥゥゥ!!」

 言い切ったのと同じくして、シュトロハイムさんの軍服がはだけた。
 胸元から巨大な銃身が出現し、玉美さんを狙いすましている。

「これが、最終勧告よォォォオオオオ!
 未だ殺し合いの命令に従うつもりならば、同盟国の人間であろうと関係なし! 蜂の巣にしてくれるッ!
 ジョセフ・ジョースターが倒れたいま、もはや柱の男たちを下せるのは我らが開発した紫外線照射装置のみッ!
 いち早く帰還せねばならんッ! 柱の男を殲滅せねば、人類存亡の危機よ! それを思うと、多少の被害はやむを得んッ!」

 この物騒な物言いを受けて、玉美さんは両手を天にかざした。
 デイパックを地面に置き、降伏の姿勢でシュトロハイムさんの元に歩み寄る。
 その素振りを見て、シュトロハイムさんは銃口を体内に仕舞い込む。

「では、少年に引っ付いた錠前を取り外さんか」

 シュトロハイムさんに促され、玉美さんが僕の前に来る。
 しかし『ザ・ロック』を解除するのに、近付く理由があるのだろうか。
 思い出してみたが、僕は罪悪感が消えたために錠前が消滅するところしか見たことがない。
 罪悪感を抱えたまま解除するには、近寄る必要があるのかもしれない。
 そう思っていると、玉美さんに突き飛ばされた。
 倒れてしまう僕から銃だけ掠め取って、玉美さんは駆け去っていく。

「おのれ、降伏したフリとはッ!!」

 シュトロハイムさんが、再び銃口を出現させる。
 銃口の向こうで、玉美さんがポケットから紙を取り出して開いた。
 デイパックを捨てたのは、武器を持っていないと思わせるためだったッ!
 玉美さんが紙を開き、紙から収納されていた道具が出現する。

 飛び出してきたのは――タンクローリーだッ!

 慌てて、シュトロハイムさんの前に飛び出す。
 あんなものを機関銃で撃ってしまえば、大変なことになってしまう。
 首を傾げているシュトロハイムさんに短く説明し、玉美さんがいたほうを振り向く。
 そちらには、もう誰もいなかった。
 タンクローリーの影に隠れて、逃げおおせてしまったらしい。
 しばらくして、僕の錠前が解除された。
 玉美さん自ら解除したのだろう。
 スタンドを発動させていると、体力を大きく浪費してしまう。
 余計に体力を使う余裕などないだろう。
 殺し合いに勝ち残るつもりであるのなら。


【5】


「フハハ! なんだか知らんが錠前が取れてよかったではないか、少年!
 なぁに、このシュトロハイムがいる限りもう危険な目に遭うことはない!
 戦う力のないただの子どもであろうと安心して、紅茶でも嗜んでいればよいわァーーーッ!」

 シュトロハイムさんは、自信満々に笑う。
 人のことを『ただの子ども』扱いしていることに対して、罪悪感など抱いていないのだろう。
 この人は、自分の行動を正しいと信じ切っているタイプだ。
 別に、僕は気に喰わないワケじゃない。
 むしろ、シュトロハイムさんの言葉はなにも間違っていないと思う。
 シュトロハイムさんには見せていないスタンドを持ってこそいるが、それでも僕は戦う力のない子どもだ。
 そんなことは、誰より僕が一番分かっている。
 ただの子どもじゃないだなんて、そんなおこがましいことは言えない。

 けれど、僕になにかができると思っている人がいる。
 ダイアーさんも、玉美さんも、こんな僕をあろうことかヒーローと称した。
 どうしてだか、まったく思い当たる節がない
 そんな力、持っていないというのに。
 喜ぶべきなのかもしれないけど、そんな気分には到底なれなかった。
 とにかく、辛い。
 ヒーローなんかじゃないことは、僕が自身一番理解しているのだから。
 ダイアーさんをみすみす死なせて、自分を信用してくれている玉美さんを止めることもできず。
 そんな僕がヒーローだなんて、分不相応すぎる。
 期待が重いだけだ。
 そんな凄いヤツじゃないんだ、僕は。
 そう訂正しようにも、告げるべき相手が目の前にいない。
 どうすればいいのか。
 僕のことをヒーローだなんて錯覚していないシュトロハイムさんといるほうが、正直気が楽だった。



【F-5 南東部路上/一日目 黎明】

【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → ???
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:左腕ダメージ(小)、錠前による精神ダメージ(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず殺し合いには乗らない。
0:なにかしなければならないと思っているが、はたしてなにをすればよいのか分からない。
1:シュトロハイムに同行する。


【ルドル・フォン・シュトロハイム】
[スタンド]:なし
[時間軸]:JOJOとカーズの戦いの助太刀に向かっている最中
[状態]:なし
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶にして誇りである肉体
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:バトル・ロワイアルの破壊。
1:同志を集める。
2:同盟国日本の少年(康一)を保護。


【小林玉美】
[スタンド]:『錠前(ザ・ロック)』
[時間軸]:広瀬康一を慕うようになった以降
[状態]:健康
[装備]:H&K MARK23(12/12、予備弾12×2)@現実
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使ってでも生き残る。
1:ひとまずシュトロハイムから遠ざかる。



【支給品紹介】


【H&K MARK23@現実】
小林玉美に支給された。
全長245mm、重量1210g、装弾数12、45口径の自動拳銃。
サイレンサーが装着された状態で支給。


【タンクローリー@三部?】
小林玉美に支給された。
落とす武器だよ。






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キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
GAME START ルドル・フォン・シュトロハイム 037:GO,HEROES! GO!
001:HEROES 広瀬康一 037:GO,HEROES! GO!
GAME START 小林玉美 072:幕張

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最終更新:2012年07月19日 21:51