暗い路地裏に金具がぶつかり合う音が響いた。J・ガイルはいつもよりきつめにベルトを締め、満足げに息を漏らす。
ズボンを履きなおすとゆっくりとその場を後にする。“左手”に持った包丁が僅かに差し込む街灯の光できらりと輝いた。

「一人で二発“やれる”ってのは便利なもんだよなァ……これだから女はイイ。
 一発ヤッて一発殺れる……ククク、二度美味しいってもんだ。病みつきになるぜ」

灯りが届かないところに止めてあったバイクにまたがると、ポケットから地図を取り出し次の目的地を検討する。
次の獲物を探すのもいいが、殺し合いとなればあせらずとも満足いくまで“やれる”であろう。高揚した体を休める意味でも、休息を求めるのは悪くない。
それに考えないといけないこともあるしな、と一人言い聞かせる。となると次の目的地は……

「“廃”ってところが気になるが、それでもここらよりはましだろう」

アクセルを捻るとけたたましい音をたてバイクは動き出し、J・ガイルはあっという間に闇に消えて行った。
最後に残した小さな呟きはエンジン音に紛れ、誰に聞こえるわけもなく消えていった。


「それにしても、“空条承太郎”が二人いる……? 一体なにが、どうなってやがるんだ……?」






「あっ!」

よろけた体を支えてくれたのは一本の逞しい腕。承太郎が反射的に差し出した腕につかまり、しのぶは寸前のところで持ち直した。
安堵の気持ちがわき上がると同時に、しのぶの顔に赤みがさす。会って間もない赤の他人同然の男の腕に、咄嗟とはいえ抱きついてしまったのは、いささか軽率だった。恥じらいの気持ちがわき上がる。
ありがとうございます、と小さく感謝の言葉をつぶやくも男は頷くのみ。すいこまれそうなエメラルドグリーンの瞳で、ただ黙ってしのぶを見つめていた。
気まずい空気が流れ、しのぶはそそくさと腕を離し再び歩き出す。承太郎がその横に並んで歩くのを横目でチラリと確認するも、その表情は何を考えているのかわからなかった。

二人は並び立ち、黙ったまま目的地を目指し、歩き続けた。向かっている先は地図で言うところの右下、杜王町と記された地域。
そうやってただ暗い夜道をもくもくと歩いていると、碌な考えが浮かんでこない。そもそも『殺し合い』、その事実が未だしのぶの中では整理できていない。
遠い親類の葬儀や家族の墓参りは経験したことがある。『死』なんていうものは知識や認識としてはわかっているつもりでも、自分には関係ないものだ、そう考えていた。
だからこそ目の前で、しかも首輪爆弾なんていうテレビでも見たことがないような方法で人が殺されたとしても、フワフワとそれが形をなしてないように思えた。
自分には無縁の世界がそこには広がっていて、自分がそこに巻き込まれてしまった。ただそれだけ。今こうして、歩いているこの時でさえ誰かが殺し、殺されている。そんなことが本当に起こっているのだろうか。

だけど……とそこまで考え、しのぶは自分の腕をさする。決して寒くはないのだが、ゾッとするような怖気が走った。
早人が、夫がこんなことに巻き込まれているとしたら? 彼らが得体のしれない何者かに襲われるとしたら?
ついさっき見た光景に息子と旦那の顔が重なる。うなだれる二人は椅子にしばりつけられ、死を待つのみ。色眼鏡をかけた老人が声高々に宣言をし、二人の首が吹き飛ぶ……。

「川尻さん……、川尻さん!」
「ハッ!?」

いつの間にか先を行く承太郎を追い越し、違う道に迷いこんでしまったようだ。後ろを振り向くと心配そうにこちらを眺める承太郎がいて、慌てて十字路まで戻っていく。
と、その時キラリと光る何かが目に入り、しのぶは足を止めた。民家と民家の隙間、人一人分しか通れないであろう狭い隙間。古びた街灯ではそこまで光が差し込まず、一体何があるのか、はっきりとは見えなかった。
なんてことないものかもしれないが、何故だかどうも気になってしまいしのぶはその場に立ちつくす。まるで魔法で操られたかのように、その光る物体が何故だか気になった。一瞬だが、鋭く光った、何かが。
不審に思った承太郎がしのぶに近づき、どうしたんですか、と尋ねる。困惑気味の表情をする彼にしのぶは黙って狭い通路を指さした。何かそこで光ったの、そう告げようとした。

だがかわりに口から出たのは、短いひきつった悲鳴。反射的に押し殺した叫びはくぐもった唸り声に変わり、通路を指す指が震えた。
承太郎の顔に影がさす。しのぶを庇うように彼は一歩前に踏み出した。
二人の目に飛び込んできたのは光でなく、地面に飛び散った真っ赤な液体。路地の先、暗闇が濃くなるにつれ、赤い面積もどんどん広がっているようだった。

「離れないで。声もできるだけ抑えるように」

鋭く、小さな声で出された指示に彼女は黙って頷く。身体ががたがたと震えだし、一人じゃとてもじゃないが立てそうにもなかった。恥も外聞も捨てしのぶは承太郎の腕にしがみつき、彼についていくほかなかった。
この先には進みたくない、行ってはいけない気がする、進んだら絶対後悔する。だが彼女を支える男は一歩一歩、確実に通路を進んでいく。恐怖のあまり、思わず目をつぶった。
やめて、もう戻りましょうよ、行っちゃ駄目な気がするの。そう言いたいと思いつつもどこかで現実を直視しなければならないと思う自分がいる矛盾。ただ歩いているだけなのにどうしようもなく呼吸が乱れ、嫌な汗が止まらなかった。
頭の中では先ほど浮かんだ最悪の結末が浮かんでは消え、浮かんでは消える。息子と夫がもしこの先にいたら……。もし彼らが最悪の結末を迎えていたら……。
光なんぞに気を取られなければよかったのに、しのぶがそう後悔したころ、彼の歩みが徐々にゆっくりになっていく。遂に何かを見つけってしまったのだろうか、そう思うと怖くて眼も開けられなかった。
何も聞こえない。自分の乱れ、早まる呼吸がやけにうるさい。落ち着くように、冷静にならなきゃ、そう言い聞かせ深呼吸をしようとした。


       ぐにゃァ


「きゃあああああああ―――…………ッッッ!」
「静かにッ」


そこからさきは混乱。足元の奇妙な感覚、何か“柔らかいもの”を踏んでしまったしのぶ。
叫び声が出ないように抑えられた口元。混乱、呼吸困難で涙目になりながらも、次第に視界が暗闇に慣れ始めた。承太郎が彼女の口をふさぎ、辺りを獣のような鋭い目線で警戒していた。
そして、奇妙な感覚の元を確かめようと視線を下に向け……しのぶはそうしてしまったことを後悔した。
彼女が踏んづけていたのは誰かの“左腕”だったから。

見なければいいのに、何故だか眼を塞ぐことができなかった。身体がギュッと何者かに搾り取られたかのような感覚。よせ、やめなさい、そう体に銘じたくても勝手に神経が張り詰め、知りたくないものまで知ってしまう。
地面は血の海、赤一色。元のコンクリートの色が一部の隙間も見当たらないほどびっしりと広がっている。むせかえるような血の臭いが承太郎の拳越しにでもツンと鼻を突いた。
パニックに陥りながらも、命の危機を悟った本能が彼女を無理矢理冷静にする。ハッハッ、と短く鋭い呼吸で頭がぼんやりとしてくるも、彼女はもう一人で立っていた。承太郎がゆっくりと体を離したときも、なんとか民家の壁を支えにし、しのぶは一人立っていた。
承太郎がゆっくりと歩いて行く。背中越しにチラリとみると、大きなポリバケツが見え、そこを中心としていっそ血痕が濃くなるのが一瞬視界にうつった。

「あなたは見ないほうがいい。女性が見るものじゃない」
「そう……かもしれません」

しのぶの視線を感じたのだろう、振り返った承太郎は警告する。刺激が強すぎる。こっから先は彼女のような“普通”の人には関係のない世界。
地面に横たわる左腕を見たくはない。だが辺りに危険が潜んでいるかもしれない以上、眼をつぶってやり過ごすことはできない。しのぶは深呼吸を何度も繰り返し、頭の中を空っぽに。無心のまま民家の壁を見続けた。
彼女の様子がしばらく見ていた承太郎だったが、倒れることも叫ぶこともないと判断し、目の前のポリバケツに集中をうつす。中に入っているのは間違いなく、“誰かだったもの”だろう。


       『―――父さん』


血が出るほどの勢いで唇を噛みしめた。あってはならない、そんなことは。だが、あり得るのだ、そんなことが。
無力な娘が強力なスタンド使いを前にすれば、それは起こり得る結果。スタンド使いどころか刃物一本あれば、誰ですら可能な事実。
それでも、祈りたくなるほどに、縋りたくなるほどに、その可能性を否定する。娘でなければ誰だっていい、親であるならそう思ってしまうことは罪であろうか。
ポリバケツの蓋をゆっくりつかみ、ぎゅっと握る。柄にもなく手汗がひどい。少しだけ浮いた蓋が指先から滑り落ち、そのまま元の場所に同じように収まった。
どうしても踏ん切りがつかなかったのか、決断を先送りにしたかったのか、承太郎は川尻しのぶの足元に転がる腕に注意を逸らす。ポリバケツから離れるとその場にしゃがみ、その腕をじっくり観察してみた。

安堵と確信が広まっていく。いくら音信不通といえども娘の特徴ぐらいは彼もわかっていた。そのちぎれた腕には娘であるならば入っているはずの刺青がなかった。
娘じゃない、赤の他人だ。徐倫は死んでない、少なくとも、あのポリバケツの中に徐倫はいない。何度も何度も噛みしめるように、自分に言い聞かせる。ゆっくりと息を吐くと、承太郎は一瞬だけ眼をつぶった。
表面上は冷静さを保っていても承太郎自身、しのぶのようにギリギリの精神状態であった。心臓をわしづかみにされるような恐怖は子を持つ彼も同様に感じ取っていたのだ。

十分な冷静さを取り戻した彼は、ふとキラリと輝く何かを目にした。腕をひっくり返すと、さっきしのぶが言っていた輝く何かの正体がわかった。腕時計が僅かに差し込む街灯を反射し、輝いていたのだ。
このまま腕をここに放置するわけにもいかず、承太郎はそれを持ちあげる。娘でないとわかったとはいえ、だれかの死体を見なければならないというのは気が重い。
溜息をぐっとこらえながら、彼はゆっくりと立ち上がった。

「……?」

その時、何か、違和感を覚えた。勘と言ってもいいかもしれない。何かが引っかかる感覚。目に飛び込んだ情報をきっかけに脳がフル回転を開始、何かを思い出そうとしている。
それがとてつもなく恐ろしい、その時承太郎は本能的にそう悟った。何かを思い出そうとしている、だがそれは決して思い出してはいけない気がする。思いだしたらそのことを自分は後悔しそうな気がする。
それがなんなのかはわからなかった。ただこの場にこれ以上とどまっていたくなかった。これ以上ここにいたら、なぜだかおかしくなってしまいそうだった。
嫌な予感を振り払うように、乱雑に腕を持ちポリバケツに足早に近づく。娘でないとわかった以上、確認する必要もないだろう。この腕は川尻早人のような少年なものでもないし、川尻浩作、もとい吉良吉影のものでもない。川尻しのぶと関係のない死体だ。
であるならば誰が死んだかも確認する必要はない。腕の細さ、皺の寄り具合からして年配の女性のものであろうことは容易く推測できた。

「年配の、女性」

意図せずとも零れ落ちた呟き。自分が出した分析結果が承太郎の中で決定的な何かを生み出した。
血液が逆流するような、胃が握りつぶされたような、全身の肌を虫が這いずるような、嫌な感覚。なにかをやってしまった、とりかえしのつかないことをしてしまったという感覚。
導かれるように、視線は再び持っている腕へと向けられた。違う、そう否定したくても導き出した結果は一致していた。感情がどれだけ否定しようとも、脳がはじき出した結果は変わらなかった。

気のせいだ、この手に見覚えがあるなんぞ、そんなわけがない。俺は知らない、見たこともない。勘違いだ、きっと記憶違いに決まっている。
必死で、必死に取り繕っても、感情だけが空回り。どれだけ否定の言葉を重ねても、自分の記憶に疑いをかけようとも、その一方でとてつもなく冷静な自分が答えを導き出し続けていた。いいや、見間違えなんかじゃない。これは確かに、俺が知っている彼女の―――。
そして承太郎は見てしまった。気のせいでも何でもなく確かな事実を。
見間違えるはずがない、それはそこに存在する物体なのだから。人の手であるならば誤解する可能性もあるであろう。普段あまり注意しないからな、と勘違いと一蹴することもできよう。
だが時計という物質は間違えようがなかった。なによりそれは承太郎が、彼自身が選び購入したものだった。いつ買ったのか忘れてしまったが、彼女は滅多に渡されないプレゼントに大層感激し、飛びまわるように喜んでいたのだから。


『キャアアア―――ッ、プレゼントッ?! 嬉しいィイ―――やったぁ、ありがとう、承太郎、きゃっ!』
『やかましい! うっとおしいぞ、このアマ! 気に入らねェなら返せッ』
『まさかッ! ほんとにありがと~~、大切に使うわよ!』


そこからさきはどうなったかわからない。真っ白になった頭のまま、まるで吸い込まれるように導かれ、上ブタを持ち上げる。中に入っていたものが彼の目に飛び込んできた。


「……空条さん?」


プラスチックの蓋が乾いた音をたて、路地裏に跳ねまわる。不安げに川尻しのぶがそう声をかけた。
だがもはや承太郎には何も聞こえていなかった。何も考えられなかった。

辱めを受け、輪切りにされ、身体をバラバラにされた一人の女性だったモノ。オブジェのように悪趣味に血でコーティングが施され、絶妙なバランスでポリバケツの中で組み立てられた芸術作品。
一番上に飾りつけられた頭部、光をともさない眼がぼんやりとこちらを見つめていた。焦点を合わすことのない空虚な瞳が路地裏にさす街灯を微かにだけ反射した。


 空条承太郎。彼に時は止められても――時は巻き戻せない。


自分の母親、空条ホリィの変わり果てた姿を前に、空条承太郎は何を思う?
小さく音をたて、時を刻む母親の腕時計だけが静寂を破っていた。秒針は止まりもせず、巻き戻りもせず、ただ淡々と時を刻み続けていた。




【空条ホリィ 死亡】

【残り 125人】





【D-7 西/一日目 深夜】

【空条承太郎】
[時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。
[スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』
[状態]:健康
[装備]:煙草&ライター@現地調達
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルの破壊&娘の保護。
1:???

【川尻しのぶ】
[時間軸]:四部ラストからしばらく。The Bookより前か後かは未定。
[スタンド]:なし
[状態]:疲労ちょい
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:夫と合流。いれば息子も。
1:空条承太郎と行動。
2:杜王住宅街に向かう。


【C-7とD-7の境目/一日目 深夜】

【J・ガイル】
[時間軸]:???
[スタンド]:『吊るされた男(ハングドマン)』
[状態]:健康
[装備]:バイク(三部/DIO戦で承太郎とポルナレフが乗ったもの)、トニオの肉切り包丁
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:思う存分“やる”。
1:サンモリッツ廃ホテルに向かう。
2:みせしめでみた空条承太郎はずいぶん老けてたが……二人いんのか?




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前話 登場キャラクター 次話
GAME START 空条ホリィ GAME OVER
GAME START J・ガイル 048:虚言者の宴
009:時は止められても 川尻しのぶ 058:Via Dolorosa
009:時は止められても 空条承太郎 058:Via Dolorosa

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最終更新:2012年12月09日 02:10