「そんな身体じゃ辛いだろう。こいつに乗った方が楽だと思うがな」
「結構よ……あなたの気遣いなんて不快なだけだわ」
「言うねえ。だがそうやってチンタラ歩いてたんじゃいつ背後の敵に追いつかれるかわかったもんじゃないぜ。
 行く先を邪魔しようって訳じゃないんだ。『聖女』様の護衛くらいさせてくれないか」

言うなりディエゴはルーシーを抱え上げ恐竜に乗せる。実際のところルーシーにもほとんど体力は残っていなかったようで、
特に抵抗もなく乗せられると恐竜はなるたけ揺らさないように、しかし確実に速度を速め進んでゆく。
ルーシーの懐胎を確認後、二人は既に2時間近く地下をさまよい続けていた。途中目を覚ましたルーシーが恐竜から降りたため
距離的にはさほど進んだわけではないが、目的地がわかっているかの様に進むルーシーを見て、ディエゴは思考を巡らせる。

(そうと決めつけるにはまだ早いのかもしれんが……スティーブン・スティールとその背後にいる大統領は
 遺体を使って何かを企んでいる。恐らく頭部と眼球以外の部位も支給品あるいは何らかの形で会場内のどこかにあるだろう)

SBRレースは遺体を集めるために開催されたものだった。しかしあれ程大がかりかつ多数の犠牲者を出してまで集めた遺体を
今回わざわざ殺し合いの舞台を用意した上でばら撒いた理由については現時点で全く見当がつかない。

(優勝者への褒美がどんな願いでも叶う、というのも遺体のパワーを手に入れることとイコールなら、もしかしたらあながちウソとも
 言えんのかもな。まあ優勝したとたん背後からズドン! ってのが関の山だろうが)

一方ルーシーもただ闇雲に進んでいる訳ではなかった。内なる遺体からの『声』に導かれ、従っている。

(フィラデルフィアの時と同じ……。いいえ、思えばいつもこうだったわ。夫を助けようといくら努力しても結局は捕えられ、
 利用されるばかり。無力な私はただ流れに身を任せ、誰かに助けられてばかりだった……
 でも! 必ずチャンスは巡ってくるはず。ディエゴ・ブランドーを出し抜くチャンスは!)

マンハッタン・トリニティ教会で生首を手にディエゴを待ち受けると決めた時の気持ちを再び思いだす。
幸せになる為に、その為なら人の道を外れた所業もやり遂げてみせると誓ったあの時を。
ディエゴに捕らわれ、遺体を取り込んで……色々あったせいで気弱になりかけていたのかもしれない。
自身を奮い立たせるとディエゴに指示を送る。疲労は大きいが精神的にはすっかり気丈さを取り戻した。

「次の分かれ道を左へ、その後まっすぐ進んで頂戴」
「仰せのままに」

途中戦闘があったとおぼしき崩落した個所もあったが、脇道やがれきの隙間を縫いながらひたすら進みつづけ、
やがて突き当りからどこかの建物の地下室に辿り着いた。
どうやら教会の納骨堂のようだ。位置的にもサン・ジョルジョ・マジョーレ教会だろう。
無機物と死者だけのはずの空間で、冷ややかな空気に混じる生の証――――血の臭いがここでも戦闘があったことを示していた。
ぽつりぽつりと灯るロウソクの明かりを頼りに足音を響かせながら慎重に進む。人の気配は感じられないが……


「妊婦に恐竜とは、また変わった組み合わせだな。まったく、人と人とが引き合う引力とは面白いものだ」




◆ ◆ ◆




いつから居たのか――――気付かなかった。
ルーシーを乗せた恐竜を後ろに下がらせると柱の影から声の主を伺う。


「そんなに警戒しなくてもいいさ……さしあたって君たちに危害を加えるつもりはない。お互い自己紹介とでもいこうじゃあないか」

10メートルほど先に背の高い男の姿が見えた。顔はこの薄明りでは見えないが、シルエットに見覚えはない。声にも聞き覚えはない。
だが、妙に穏やかで甘く、安らぎさえ感じる声だ。常人ならばそのまま油断して近づいてしまったかもしれないだろう。
だが、そんな甘さはこのディエゴには通じない。
社会的弱者だった母を、幼い自分を利用し踏みにじるようなクズ共を踏み越え社会の頂点に立ってやると決めた時から
一体どれ程の悪人と渡り合ってきたことだろう。優しさの裏には打算が、甘さの奥底にはどす黒い嘘と欲望がある。
自分を上から見下ろす者に手を伸ばしては引き裂き、奪ってきたディエゴは殆ど本能で男の本性を見抜いていた。

(こいつは! 俺を"見下ろし"  俺から"奪おうとしている"!!)


「スケアリー・モンスター! やれっ!恐竜どもよ!!」







「まぁそうカッカするなって、私は君のことを知りたいと思っているんだ。
 実は今友人も部下もみな出払っててね……話し相手になってくれると嬉しいんだが」

声はディエゴの耳元から聞こえてきた。

(な……何がおこった? コイツは確かに俺の前にいたはず……)

「もちろん、君も一緒に」
「あ……ああ……うう……」

デイエゴが振り返るとさらに後方、ルーシーを腕に収めた男の全身がようやく露わになる。
どこか自分に似た顔を持つこの男に……ディエゴは既視感や親しみよりも先に、嫌悪を感じた。




◆ ◆ ◆




千帆の五感の内最初に戻ったのは聴覚だった。
音の羅列が勝手に耳に入ってくる。

(こ、コーイッテンでもっとイイモノつくれねぇかなぁ!? )
(だったら今殺すなよ。DIOは血も欲しがってるんだろ?)
(テメェ……人の妹分になにしてくれてんだ)

次に戻ったのは触覚。どうやら何者かの腕に抱えられているらしい。
しきりに髪や頬をいじくってくる刺激のおかげでぼんやりとだが徐々に思考も戻ってきた。
たしか荷物を整理しおえてカバンの口を閉じようとしたら急に"床下から伸びてきた腕"に捕えられ、そのまま自分ごと
壁に向かって突進して――――そこまで考えて、自分が気を失っていたことに気付いた。

残りの感覚も全て目覚め、そろそろと薄目を開けるとプロシュートの顔が視界に入ってきた。最初に見た時と同じような、
目つきだけで人を殺せそうな形相をしている。一瞬だけこちらに視線を向けて意識が戻っていることを確認すると、
今度は遠くを睨み付ける。
そしてセッコの足元で何やら手足の生えた薄っぺらい物――――トランプが素早く動くのも今度こそ視界にとらえた。

「プロシュート……見つけたぜ、ティッツアの仇!」

さらり、と刃物を抜く音と共に真後ろから聞こえたのはやはり聞き覚えのない声だが、
とにかくプロシュートを殺そうとしている事はハッキリしている。

「あ? いきなり出てきやがってなんだコイツら? あとはDIOんトコ帰るだけだッつーのに訳わかんね~なあ~~
 あ~そういや甘いのも全然食ってね~な。イイのがつくれたらDIOは褒めてくれるよな~もしかしたらご褒美くれっかな?
 3個? いや5個とか? ひっひ!」

何の脈絡もない興奮気味な独り言にどう反応したらいいのかわからなかったが、とにかくこの全身スーツの男はプロシュートととも
刀の男とも面識がないらしい。一通り状況の把握はできたが、身動きの取れない千帆にはそれ以上どうする事もできない。
頼みの銃はポケットにしまってあるが、この状態では取り出せそうにもない。せめてスーツ男を刺激しないように
気絶したふりを続けるが、文字通りお荷物になってしまった自分が情けなくて、無意識に千帆の顔が歪んでゆく。

(生き残るために戦うって言ったのに……このまま何もできずに殺されて終わるの?)

諦めさえよぎった千帆の頭の中に唐突に、声が響いた。




『作品の主人公はこの状況でいったいどんな行動が可能だろうか?』




◆ ◆ ◆




『一人は味方で二人はそれぞれ別の敵。主人公は敵の内一人に捕えられてしまい、自分を中心にそれぞれにらみ合った
 三すくみの状態だ。更にそれぞれ武器や超能力が使えるが、主人公だけは何の力もない。この状況で、主人公にできることは?』

  • 味方が助けてくれるのを信じてじっと動かない。
  • 必死に抵抗を試みる。
  • 恐怖で何もできず、ただ震えている。あるいはパニックを起こす。
  • 突如何らかの能力に目覚め、敵を倒してしまう。


咄嗟に考えついたパターンとその結果を頭の中で何通りもシュミレーションしてみるがどうにも上手くいかない。
もともと戦闘を主体としたアクション小説は千帆の分野ではないのだ。
千帆が書いているものはもっと人と人が対話し、触れ合いながら心の距離を測っていくような恋愛小説だったり
夢あふれる児童向けファンタジーなのだから。

(発想を変えなきゃ。私の小説の主人公はそもそも戦ったりしないもの。主人公に、私にできるのは……)

思考のスピードを上げる。
自分を捕えた全身スーツの男。どうやらこの男の自分に対する扱いは一般的に男が女にするものではないような気がする。
むしろ虫やカエルを手にした男の子が、どうやってコイツで遊んでやろうかとワクワクしながら撫でまわす感覚が一番近いと
言えるだろう。そんな、原始的かつ純真な残酷さを千帆はセッコに対して見い出した。
しかし、逆に考えればその子供のような性格は上手くすれば利用できるのでは?

(そういえば私の事を何かを作るための材料だって言ってた。イイのができたらDIOにご褒美を貰えるかもって……)

作品。ご褒美。甘いもの。DIOに従う残酷で純真な男。情報を余さず考察することでついに千帆は一つの仮説に辿り着く。
そして賭けに出る事にした。できるだけ刺激しないように、けれど対等以上になるように。優しい笑顔で語りかける。

「あの、甘いの……好きなんですよね?」
「うおっ起きた。ってか何でオレが甘いの好きだって知ってんだよ?」

興奮状態のセッコは案の定自分で言った事だと気付かない。

「私、持ってます。チョコレートとかじゃないけど……角砂糖ならたくさんありました。糖分は貴重なので近くに隠したんですけど」
「角砂糖!?」

角砂糖と聞いて目に喜色が浮かぶ。どうやら当たりを引いたようだ。

「みみみ3つ? 3つよりたくさんか? 投げてくれんのか?」
「たくさんですよ。それにそこにいるスーツの人は私より上手く投げられます」
「うへーっ! お、オレ5個でも口でキャッチできるんだぜーっ!!」
「それは凄い特技ですね。よかったら作品と一緒にその技をDIOさんにも見せてあげましょうよ。あ、でも先にこの状況を
 何とかしないといけないですよね。後ろの武器を持った人が私達を殺そうとしているから……もし倒してくれるなら、
 後で角砂糖を持ってきてあげます」
「お前DIOのことも知ってんのかよ! 作品もだけどオレの特技もDIOなら褒めてくれるよなぁ~~絶対ィイ!
 ようし、じゃあアイツすぐぶっ殺してくるからここで待ってろよお前……え~と? 」
「双葉千帆です。あなたは?」
「セッコ」
「じゃあここは任せましたよセッコさん」
「りょーウかーいチホっ!!」

千帆を解放すると勢いをつけて地中に飛び込むセッコ。
こうして三つ巴からセッコ対スクアーロに構図が変わった。否、千帆が変えたのだ。


現時点でセッコはDIOを『自分に色々教えてくれて褒めてくれる、一番大好きなヤツ』と認識している。
ただしそれはイコール『DIO以外の者には全く興味が無い』という訳ではない。程度こそあれ自分にとって心地よい物を
提供してくれる人物にはそれなりに好意的になる。すなわち自分に目的を与え、評価し、褒めてくれる人物だ。

千帆はまずご褒美という単語からDIOという人物とセッコの関係性を考察した。恐らくDIOはセッコに命令ないし目的を与え、
セッコはそれを素直に遂行することで褒美を受け取り喜ぶ。一見不可解で異常な関係のようだが、無邪気な猛獣とその飼い主。
あるいは調教師とでも置き換えれば問題ない。
そこでまず角砂糖という具体的な褒美を鼻先に用意してセッコの興味を引き、乗ってきたところでDIOの名を出した。
信頼している人物の名をいきなり出された(と思っている)セッコは千帆をDIOの知り合い、あるいはDIOに同調している者とでも
位置づけたのだろう。千帆自身にはカリスマや圧倒的な力こそ無いが、少なくとも名前を聞いておこうという位にはセッコに
興味を持たれたのだ。ここまでくればもう千帆の言葉を疑うことはない。
自分たちの邪魔をする敵がいるのだと口にするだけでセッコは『自主的に』敵を排除しに行ってくれる。
全くの偶然だが、セッコがこの舞台に飛ばされてからまだ一度も角砂糖を口にしていない事も後押ししていた。
こうして運をも味方につけ、一時的にではあるが千帆はセッコを掌握することに成功した。




◆ ◆ ◆




琢馬は内心苛立っていた。

「はいDIO様、何でしょうか……はい、はい……」

戦いは既に始まっているらしく、音こそ聞こえてくるが直接状況を確認できないもどかしさに加え、状況を把握できる能力を持つ
ムーロロはまたDIOから通信が入ったらしくこっちには目もくれない。
千帆が殺されるのだけは阻止したいが、いざ戦うとなっても絡め手の通用しない純粋な戦闘向けのスタンドに対抗できる自信は無い。
よしんば助け出せたとしてもその後が問題だ。自分に興味を持っているというDIOから逃げ切れるだろうか。
だがそれでも、千帆だけは……
決断を迫られた琢馬の耳が異変を感じた。ムーロロの声が段々低くなり、歯切れの悪そうな口調に変わってゆく。
通信が終わったら今度は急いで外の様子を探らせている。小さくチッ、っと舌打ちしたのが刻まれたのを確認すると一旦本を仕舞い
何かあったのか、と問いかけた。

ムーロロは内心焦っていた。

セッコとスクアーロ、二人に気付かれぬようトランプを引っ込めたところにDIOからの通信だ。
指令を聞き終えてから急いで外を確認すると、状況はムーロロにも意外な方向に展開していた。
何かあったのか、と問われてはじめて自分が舌打ちをしたことに気付き、ばつが悪そうに琢馬に説明する。

「DIOからセッコを探して回収、のち至急帰還するようにとの命令だ。だがどういう訳かスクアーロは復讐相手を放っぽって
 たまたま居合わせたセッコとドンパチやりはじめた。ひどい偶然もあったもんだぜ。さてどうしたもんか……」

半分は嘘だ。DIOからの命令の内容自体は本当だが、セッコとスクアーロを前情報なしに出会わせたのは自分なのだから。
三人の内誰が死んでも問題はなかったが、このままプロシュートに逃げられ誰も死ななかった場合、まずい事になる。
もちろんスクアーロの事だ。
仮に仲裁に成功し二人と合流したとして、ムーロロにここまで誘導されてきた事をスクアーロの前でセッコが口にしたらどうなるか。
自分の仇討ちを邪魔されたと知ったら形ばかりの協力関係も崩れてしまうだろう。タイミングによってはDIOからの信頼にも
響きかねないし、最悪スクアーロに襲われる危険もある。ここで誰かが死ななくては大きな火種を抱えてしまうだろう……

セッコが死ねば口封じができるがDIOの命令を遂行できず不興を買うかもしれない。
プロシュートが死ねばスクアーロは満足する。セッコがしゃべる前に別れても問題ない。
スクアーロが死ねばDIOの命令は遂行できる。プロシュートは放置しても問題ない。さてどうしたもんか……
そんな自分の心中を図ってか、琢馬が一瞬ニヤリと笑ったような気がした。 気がしただけだし、実際には二人とも無表情なのだが。

「ムーロロ、取引をしたい」
「……条件次第だがな」

非常に気に入らない展開ではあるが、ムーロロは琢馬の土俵に上がることにした。




◆ ◆ ◆




(やってくれたな……!)

まさか口先の駆け引きだけで敵を味方にしてしまうとは。それもセッコという異常者を相手にこの状況でやってのけた
千帆の胆力にプロシュートは内心舌を巻く。
戦う力が皆無に加えて芯こそあれど根っこは甘ちゃんかつ夢見る少女だと思ってばかりいたのに、蓋を開けてみれば
不意打ちで捕えられてもパニックを起こさず、あまつさえ敵を観察、分析し言葉のみで自分に都合よく動くよう誘導する。
冷静さや思考力、判断力に加えてある種の非情さや冷酷さも無ければできない行動だ。
どうみても平凡な人生しか送ってこなかっただろう少女が一体何故?と思うと同時に、彼女が連れ去られたことに
激高しておきながら助け出す算段が未だ整っていなかった自分を恥じる。これではまるで立場が逆だ。
だが以前危機的状況な事に変わりはない。ひとまず無駄な思考を頭の隅に追いやるとセッコ達から距離を取り、気になっていた件を確認する。

「プロシュートさん! 私……」
「よくやった千帆。このまま急いで撤退したいところだが、ここは慎重にいかなきゃならねぇ。なにせ『五人目』が近くに
 潜んでやがるかもしれねえからな」
「はい。気が付いたら消えてましたけど、あのトランプはセッコさんに私の事を殺すなと指示していました。仲間なのは間違いないと
 思います、私達が逃げたと知ったらすぐ追いかけてくるかも」
「だろうな。セッコ、DIO、トランプのスタンド使いと合わせて最低でも三人以上のチームだ。偵察能力のある奴に目を付けられた以上
 無暗に逃げ回るのは危険だが、とにかく準備はするぞ。俺はバイクを持ってくる。お前も荷物を持ったらここで待ってろ、セッコの
 視界から消えたら怪しまれるからな」

プロシュートに続いて千帆も素早く民家に入ると、コーヒーを入れる際に見つけていた角砂糖の袋を取り出しカバンに詰める。
セッコに嘘は言っていない。もし自分たちを追ってきたらこれを使って宥めるつもりだ。
最後に床に落ちていた万年筆を拾い上げたとき、不遜な漫画家の顔が浮かぶ。
今となっては彼がこの舞台でどう行動し、どのような最期を遂げたのかを知っているのは千帆だけとなってしまった。
何となく身に着けておきたくなって、彼からの手紙もポケットにしまいこむ。


(露伴先生、ありがとうございます……)



「オイ、双葉千帆!」
「えっ?」
「こっちダ、コッチ!」




◆ ◆ ◆




ムーロロとの取引が成立し亀の外に出た琢馬はまずスクアーロとセッコの戦いを避け、近くの通りに移動した。
そのまま待機しているとトランプに先導された千帆がやって来る。最後に見たのと同じ格好で、どこもケガはしていないようだ。
最悪の事態が回避されたことに安堵すると同時に、自分がこんなにも千帆に執着していたのかと驚きもした。
千帆も大体同じような心境なのだろう。表情から安堵と戸惑いが感じられる。
第一声は何がいいか、思考が浮かんでは消えてゆくが結局口にしたのは極めて事務的な言葉だけだった。

「俺は向こうで戦っているヤツの仲間と行動を共にしている。ひとまずお前の安全は保障されるよう話を付けたから一緒に来い」
「一緒に……でも、プロシュートさんが」
「悪いがお前だけだ。こっちに火の粉が飛んでくる前に行くぞ」

強引に腕を引っ張ったので千帆のバッグが地面に落ちたが、構わず足を進める。
が、きっかり10歩目を踏んだ時、炸裂音と共に足元が小さく爆ぜた。

「必死こいてナンパ中のところ水を差して悪ぃが、そのまま動くな。質問に答えてもらおうか」

振り向くとバイクにまたがった男が硝煙を上げる銃を構えていた。
距離はおよそ6メートル。『本』の射程にはまるきり足りないが、ミスタの時と同じように付け入る隙があるかもしれない。
とりあえず銃を降ろしてもらうためにも琢馬は先に自分の立場を表明した。

「プロシュートだな、俺は蓮見琢馬。誤解の無いように一応言っておこう、千帆から聞いてるかもしれんが俺たちは兄妹だ。
 今まで妹を保護してくれて感謝する。今後の事だが、あいにく俺の同行者は……この近くにいるんだが、あんたと行動することを
 望んでいない。礼代わりにここは俺がとりなしておくから、このまま――――」

喋りながら念の為隠し持ってきた銃を確認しようと自然を装って右手を動かしかけたところ、プロシュートは無言で二発目の弾丸を
撃ちこんできた。一瞬の冷たさの後に指先に燃え盛る様な痛みが襲ってきて、苦痛のあまり喉から押し出されるような声が漏れる。

「俺は手を動かせとは言っていない、口だけ動かしてりゃいいんだ。 いいか? 質問は二つある。
 『お前はトランプのスタンド使いか?』 『お前の同行者がトランプのスタンド使いなのか?』
 ひとつの質問には一言で答えろ。答えなければ三秒ごとに一発づつ弾丸を撃ち込む。デートに行きたきゃとっとと答えな」
「プロシュートさん!」

千帆が抗議の声を上げるが、プロシュートが本気だと解っているのだろう、射線にまでは割り込んでこない。
この男はスクアーロと同類だと琢馬は理解した。スタンドがどうのこうのではなく、殺人にも拷問にも一切の躊躇がない人間に
対して琢馬はただの弱者でしかないのだ。小細工も考える隙も与えられない今、琢馬は素直に従うしかないと判断した。

「一つ目の答えはノーだ。二つ目は……イエス」
「なるほど。じゃあ最後の質問だ。千帆、お前はこいつと行くのか?」

琢馬の方を向いたままプロシュートは千帆に問いかける。

「俺は今ここにいる全員を相手にするつもりはない。さっき言った通り撤退させてもらう。俺と行くかこいつと行くか、
 自分の行き先は自分で決めろ」
「…………」

千帆はただ無言で立ち尽くしていた。
数秒の沈黙の後にそうか、と一言だけつぶやくとプロシュートは琢馬の横をすりぬけ、走り去っていった。




◆ ◆ ◆




「千帆」

呼びかけても返事はない。

「早く来い、千帆。あまり待たせるな」
「先ぱ……に、いさん」
「……全部知っているんだな、父親から聞いたのか」

千帆が無言でうなずく。
想定はしていたが、千帆と自分にはほぼ時間差は無かったようだ。自分が図書館に行くまでの間に父親から真実を
聞かされたのだとしたら、丁度辻褄も合う。

「……私……」

血の気の無い顔でこちらを見つめてくる。
何故そんな顔をする。まさか俺がお前を殺すとでも疑っているのか?
いやわかってる。恋人だと思っていた男が実の兄で、父親に復讐するために自分に近づいたのだと知ってしまったのだ。
真実を知った自分にも危害を加えないか警戒するのは当然の反応じゃないか。
だがそれでもお前はここにいる。あの男より俺を選んだのだから。話したいことも山ほどあるだろうが、邪魔が入らないところで
決着を付けるくらいの時間はあるさ。ああわかってる、全ては俺が仕組んだ事だ。だからもう見せるな。
お前の目は―――俺の―――を――――――――


そう、その時琢馬は確かに動揺していた。だから迫ってきたエンジン音を自分でも馬鹿げたことに、迫り来る運命の音だと思ったのだ。
『お前に未来などあるものか』と嘯きながら呪われた血の運命が背後から手を伸ばしてきたのだと。
だから琢馬は振り返る。運命などに追いつかれてたまるものか、自分はこれから未来へと進むのだから!



「っぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」



運命の輪はバイクの車輪だった。プロシュートが猛スピードで突っ込んできたのだ!


「「  千帆!!  」」


琢馬とプロシュート、同時に手が差し出される。
千帆は手を伸ばし――――




◆ ◆ ◆




一方、スクアーロとセッコの戦いも続いていた。

地中から首を出したセッコが遠距離から高速で噴き出した泥が矢となってスクアーロを襲う。
大半はアヌビス神の刀で叩き落されてはいるが何本かはスクアーロの体をかすめ、少しづつだがダメージを負わせていく。
だが直接攻撃を仕掛けて決着をつけたくとも、アヌビス神が真っ二つに切り裂こうと待ち構えているため容易には近づけない。
スクアーロも同様だ。自身のスタンド『クラッシュ』を喉元に食い込ませたいところだが、泥は移動手段として認識されない為
当たりを付けた地面をアヌビス神でモグラ叩きの様に切り裂くことしかできない。それでもパターンを繰り返すうちにセッコの動きを
予測して何発か当てることはできた。
この互いに決め手を欠いたままの膠着状態を崩したのも、また千帆だった。

「あ―――っっ!! チホ――――!!!」
「っつ、プロシュートの野郎!!」

バイクの音に気付いて顔を向けると、丁度プロシュートが女と逃げるところだった。
セッコは悲鳴を上げてスクアーロとの戦いを放り出すとすぐさまバイクを追って通りの角を曲がり消えていく。
スクアーロは呆然とその光景を見送るとやがて力の限りアヌビス神を地面に叩きつけた。
最悪だ。せっかく見つけた仇には逃げられ、自分は無駄に傷を負った。
いつの間にかスペードのエースが一枚足元に寄ってきて、ムーロロが声をかけてくる。

「まぁ落ち着けよスクアーロ、確かに奴らは逃げちまったが行き先はわかってるさ。また追えばいい。それよりDIOから
 緊急の指令が入ったんだ。とりあえずこっちに戻ってこいよ」

人の気も知らず何を呑気な事を。だが引き続きこいつのサポートが必要なのも事実。浮かんだ悪態をぐっとこらえると
荷物の方へと戻る。いつの間にかバッグから抜け出していた亀の傍に琢馬が俯いて立っていた。右手から大量に出血している。
あちらにも事情があるようだが、声を掛けてやるような仲でもない。
無視して亀を拾おうとしたスクアーロの目に、甲羅を覆うようにして紙が貼ってあるのが見えた。
『古本を破いたようなページ』の文字の羅列が目に入った瞬間――――

「ゴホッ……が……あ!?」

急に激しい悪寒と頭痛、筋肉痛がスクアーロを襲った。体中を激しい高熱で包まれ意識が朦朧としてくる。
精神力だけで何とか立ち続けようとするも、あまりに急激な体調の変化に体がついて行かず、ついに咳き込みながら膝をつくと
地面に倒れ込んだ。眼前にトランプがやって来る。

「まぁお互い契約はきっちり果たしたからな。哀れ復讐相手に返り討ちにあったとしても、俺のあずかり知らぬところよ」
「千帆があいつと一緒に行動するならお前は今始末しておかなけりゃならない。復讐の為なら無関係な人間も見境なく
 殺せるお前は危険だ」




スペードのエースは不運と死の象徴。嵌められたのだと気付いた時には既に手遅れだった。
琢馬がアヌビス神を拾い上げると無造作に背中を一突きする。心臓を貫かれ、間もなくスクアーロは絶命した。




【スクアーロ  死亡】
【残り 36人】




◆ ◆ ◆




「終わったか。こっちも連れ戻してきたぜ」

スクアーロの死亡を確認後、紙を剥がすとムーロロが亀から出てきた。遅れてセッコが騒々しくわめきながらやって来る。

「うおっ、おっ、チ、チホが逃げちまったじゃあねーかクソ!! 角砂糖くれるって言ったのに許せねーぜあの嘘つき女!殺す!
 殺すコロス殺す!!」
「おーいセッコよ、これでも食って一息つかねーか」

ムーロロが琢馬の持つ千帆のバッグを奪うと中から白い塊を取り出しひとつ投げる。
地団太を踏んでそこら中を殴りまわっていたセッコが反射的にぴょんと跳躍し、見事に口でキャッチした。

「あり? これ角砂糖じゃねーかよ!!」
「俺が双葉千帆から預かっといたんだぜ。お前がいつまでもスクアーロを倒せないもんだから先に行くってよ。それでもちゃんと
 角砂糖用意してくれたし良い子じゃねーか。どうせ殺す予定じゃなかったんだし、もう放っといてもいいんじゃねーか?」
「うああ、おっうおっ、おお――ッ!」
「何、もっとか? お前ひょっとして角砂糖くれれば誰でもいいのかよ……」

ひとしきり角砂糖を投げて遊んでやるとセッコは実に大人しくなってくれた。
ムーロロがなだめすかしてくれた効果で、ひとまずセッコの中で千帆は良い奴という事にもなったようだ。もっともあの頭で
きちんと記憶し続けられるかどうかは非常に疑わしいが。

「しかしお前の能力はよくわからんな。『雑誌』の一ページを目に入れただけで行動不能になるとか。どうなってんだ?」
「俺の能力は取引に入っていない。余計な詮索はよせ」
「へいへい。んじゃ改めて一緒に来てもらうぜ。取引不成立とか言うなよ『お兄ちゃん』?」
「言わない。取引は完了した」

こちらに放り投げられたバッグを拾うと、びっしりと書き込まれた紙が数枚こぼれ落ちた。

『ムーロロにとって不要な人物の始末に協力する代わりに、千帆の確保に協力してもらう』
これが二人の間で交わされた取引だった。
ムーロロとスクアーロが共にDIOの命令に従うだけの、ドライな関係だとは最初から分かっていた。
DIOに従う理由も単に生き残る為で忠義心などない。ならば殺せるときに殺すチャンスがあれば乗って来るだろうと琢馬は踏んだ。
琢馬としては誰でも良かったが、やむを得ず千帆との関係を明かしたことで結局ムーロロはスクアーロを指名し、その上
千帆も一緒にDIOの元に連れて行くことを要求してきた。どのみちムーロロの追跡から逃れることは難しかったため、これを了承。
庭の本から破ったページの上から『本』のページを工作セットに入っていたセロテープでくっつけて亀の甲羅に貼り付ける。
後はムーロロがスクアーロを亀まで誘導してくれれば勝手に倒れてくれるという算段だ。
自分の能力の本質を知られる危険を冒しはしたが、まだ『本』自体は見られていないし、『記憶』を武器にしている事もバレてはいない様だ。



琢馬は、紙束を読みもせず見つめていた。
小説というよりも走り書きのメモにはところどころ水滴が乾いた皺があり、どんな顔で書いたのか容易に想像がつく。
こんな所でも千帆は書いている。この先も書き続けるに違いない。
それ程に千帆にとって小説を書くという行為は支えであり、書き続ける限りきっとこの困難の中でも前を向いて歩んでいくのだろう。
自分には復讐がそれだ。いや、それ『だった』。
人生と共にあった目標を失った今、会って決着を付けることで何かが変わるかもしれないと思い探し求めた妹は
しかし自分との会話を拒み、自分を置いて去っていった。
あの瞬間感じた安堵と後悔が徐々に琢馬を苛んでゆく。原因は『本』など見なくてもわかる、自分こそが逃げたのだ。

永遠の別れと思ってペンダントをかけてやったあの時、彼女に自分の復讐に生きた人生全てを読ませたいと思った。
記憶や感情を植え付ける前と後ででどう変わるのか、その時はただの想像だったが、
自分の行いとその意味を知ったごく普通の少女は図らずも想像通り、いや想像を超えて変わってしまっていた。
折れそうなほど細い体と愛らしい顔立ちはそのままに、どこまでも深い闇を、いや深淵を抱えてしまった彼女の
冬の夜空の様に暗く澄み切った瞳に見つめられた琢馬は恐怖し、もっと伸ばせたはずの手を止めてしまったのだ。


元の世界での織笠花恵の殺害は復讐の過程でしかなかった。
この世界で老人やエリザベス、スクアーロを殺害し、ミスタやミキタカを襲ったことも自分が生き残るための手段でしかなく、
そこには罪悪感も無ければ達成感もなかった。
だが千帆にしてきた事は、その結果千帆を変えてしまった事は、




――――――――罪だ。




なぜか自宅に貼ってあるポストカードに印刷されていた緑色の草原の情景が脳裏に浮かび、消える。
いつか行きたいと思っていたあの場所が、今の琢馬には決して辿り着くことのできない楽園のように思えた。




◆ ◆ ◆




「ここ……スペイン広場、ですよね。階段もあるし。テレビで見たことあります」
「観光地としちゃ定番中の定番だからな。 するとここはB-5、いやC-5か。結構北に来ちまったな」

噴水の脇にバイクを置いて、階段を中央付近まで上がる。普段は観光客で埋め尽くされている空間に今は二人きりだ。
これが二時間映画のカップルならジェラートでも食べるとこだが、あいにくそんな場合ではない。そもそもヘップバーンの時代と違って現在この場所は飲食禁止なのだから。
敵を振り切ってここまで逃げてきたはいいが、トランプのスタンド使いがいる限り再び追ってこないとも限らない。かといって闇雲に
バイクを走らせて燃料と精神力を消耗させるのも得策ではない。丁度襲撃に対応しやすい開けた空間でもあった為、二人は休憩を
取ることにした。プロシュートは警戒を続けながらも踊り場に腰を下ろして一息つく。

「お前の荷物……置いてきちまったな」
「はい。でも大事なものは持ってきましたから……」

千帆は万年筆を握りしめたまま俯いている。そのまま何となく居心地の悪い沈黙が続いた。

なぜ俺の手を取った、とは聞かない。
きっと本人にもわからないだろうし、わざわざ今の千帆の心を乱してやる事もないからだ。
それに――――『なぜ、戻ってきたんですか』と聞かれたくもなかった。理由はプロシュート自身にもわからないし、
深く考えたくもなかったから。

「たぶん、怖かったんです」

ぽつりと千帆の口が動く。

「もしかしたら兄さんが、私の知らない人になってるんじゃないかって。真実を知る以前の私と今の私がまったく
 違ってしまったように……それが怖くて、無意識に考える事から逃げてました」

千帆から聞き出したのは家族を含む知人の名前数名と簡単な関係性くらいだ。
兄だという蓮見琢馬の名を口にした時に苗字の違いから、ありふれている程度に訳ありの関係だとは思っていたが、
やはり何かあったようだ。

「やっと会えたのに、結局何の覚悟もできてなくて、何も話せなくて……プロシュートさんを逃げ場にしちゃいました。
 兄さんは手を―――っ、伸ばしてくれたのに!」
「言ったはずだ。逃げが間違いだっていうのは『間違い』だってな」

悲しみと悔しさを滲ませる千帆にプロシュートもまた静かに口を開く。

「お前の兄貴と過去のお前にどういう事情があったか知らんが、お前も聞いてただろう。
 少なくとも奴の同行者であるトランプ野郎はあのセッコと行動を共にしている。DIOとかいう奴とも繋がっているはずだ。
 もしあのままついて行ったとしてもお前の命がどこまで保証されるかはわからん。そんなつもりじゃなかっただろうが、
 確実に自分の身を守ることを最優先とすればお前がとった行動は間違いじゃねえ」
「……」
「何よりお前には小説を書くって目標があるんだろ」


はっとした千帆と目が合う。


「いいか千帆、目先の出来事に囚われて目的を見失うな。
 物事には優先順位をつけろ、何が何でも成し遂げたいことがあるなら尚更だ。どの道切り捨てることのできないお前だしな。
 殺したくない、けど死にたくないなら逃げたって良いんだ。逃げて、また機会を待てばいい」

任務のため、仲間のため、自分のため。優先したものはその時々だったが、プロシュートは時に色々なものを切り捨てる事で今まで生き延びてきた。
だが千帆はそうじゃない。むしろ切り捨てる事をしないからこそ開ける道があるのではないか。
結果論でも、誰も殺すことなく危機を乗り切るという自分にできない事をやってのけた千帆を見て、そう思い始めていた。

「ついでに言っとくと、お前がセッコを味方につけなけりゃ俺一人でさっきの戦闘を切り抜けることは難しかった。
 所詮は周り中から愛されて何不自由なく暮らしてきたお嬢さんだと、お前のことをずいぶん過小評価していた。悪かったな」
「なんかそう褒められると恥ずかしいんですけど……でも、私はプロシュートさんが思ってるほどきれいな人間じゃないですよ」
「そりゃ人間だからな。生きてれば何かしらの罪くらい犯すだろう」
「……ここに連れてこられたのは父を殺そうと決めて包丁を手に取った時でした。私には優しい父でしたが、兄さんにとっては
 自分の人生を根こそぎ狂わせた悪魔だったんです。きっと真実を知った私に殺させるまでが兄さんの復讐だったんでしょうけど、
 何より私自身が父を許せなかった。覆しようのない殺意を持ったんです。未遂でしたけど、精神的には私は殺人者です。
 あと、琢馬兄さん……兄さん、だけど……恋人だったんです。私のすべてを捧げた大事な男性だったんです」


親友に恋した相手をこっそり打ち明ける様に、はにかんだ笑顔で千帆は罪を告白した。



「千帆…………」



衝撃だった。
カトリック・キリスト教の総本山をいただくイタリアに生まれ育ったプロシュートは自身の信仰心はともかく、
それがどれ程の重罪かは十分承知している。
裏社会に生き、神をも恐れぬ所業を散々見てきたからこそ、平和な国に生まれた千帆の罪はたとえば二、三日家出をしただとか
家族や友人とケンカして傷つけただとかいった千帆らしい、ささやかで愛に満ちた罪なんだろうと思ってしまった。そう思いたかったのかもしれない。
しかしそれでもやはりこちらを向いた千帆の瞳は変わらず、いや、より一層輝いている。
殺し合いという舞台の上で自身の運命を弄ばれながら、それでも決然として前を向く。なぜスタンドも持たない無力な少女から
こんなにも美しく凄絶な凄味を感じたのか。なぜ同じように神に背く罪を犯しながら自分と千帆は違うのか。

自然に、ごく自然にプロシュートは心で理解した。
罪を犯し、罪を受け入れ、罪を背負う。その一方で他者の罪すら受け入れ、許し、慈愛を注ぐ。自分を汚し堕としめた男ですら
苦しみながらも受け入れようとする。確かそういう聖女がいたような気がする。



恥ずかしいのか早足で階段を駆け下りる千帆に上からプロシュートが呼びかける。

「『覚悟』を決めたぜ」
「?」
「お前はお前の行きたい所へ行け、俺はお前と共に行く。もう隠し事もなしだ。スタンドについても教えてやるし、もちろん
 敵に遭遇したら一緒に戦う。見捨てたりはしねぇ。俺の勘が、お前について行くのが最善だと言ってるからな」

千帆を追い越して階段を降りる。すれ違う千帆の顔は実にぽかんとしたものだったが、すぐにはっきりとした声が降ってきた。

「私、もっと人に会いたいです。このゲームを壊そうと頑張ってる人、殺人を楽しんでる人、とにかく生き残りたい人、
 色んな人と話をして、まとめて、小説にします。ここで起こったことが誰の記憶から消えてしまっても、小説という形で残るように―――
 やっぱり私にはこれしかないですから。
 そして、その過程でもしまた兄さんと会えたなら、その時はちゃんと話します。兄さんがどんな人であっても、たとえ敵になったとしても
 話せる相手から逃げる事だけはもう絶対にしません」
「そう決めたんならそれでいい。もしお前がやっぱりビビって一歩を踏み出せなくなっちまったら、俺がお前の背中を
 蹴り飛ばしてやるさ。何ならまた兄貴の手でも足でも弾ぶち込んで、逃げられねぇ様にしてやってもいいぜ」

最後の言い方がツボに入ったらしく、ぷっと吹き出す千帆につられてプロシュートも口を開けて笑った。
こんな表情をしたのはもういつ振りになるだろうか。


千帆が『持っているヤツ』な限りそばに置いておこうと思っていた。
『持っていないヤツ』になった時は切り捨てればいいと。
だが、それすらもうプロシュートには出来ない。二人は今、本当の意味で『仲間』になったのだから。


「行こうぜ、千帆」

プロシュートが差し出した手にぎこちなく千帆の手が重なる。
もしもその場に観客がいたとすれば、
信仰心を持った者が見たのなら、その一瞬について後にこう語ったかもしれない。



『まるで聖女の祝福を受ける戦士の様にも見えた』とーーーー



【C-5 スペイン階段/1日目 夕方】

【プロシュート】
[スタンド]:『グレイトフル・デッド』
[時間軸]:ネアポリス駅に張り込んでいた時
[状態]:ダメージ・疲労はほぼ全回復、覚悟完了。
[装備]:ベレッタM92(13/15、予備弾薬 30/60)
[道具]:基本支給品(水×3)、双眼鏡、応急処置セット、簡易治療器具
[思考・状況]
基本行動方針:ターゲットの殺害と元の世界への帰還
0. 双葉千帆と共に行動する。
1.とりあえず千帆の希望通り人を探す。
2.この世界について、少しでも情報が欲しい
3.残された暗殺チームの誇りを持ってターゲットは絶対に殺害する
※千帆にスタンドの知識と自分の情報(パッショーネ、護衛、暗殺チームの人間について)道すがら話す予定です。

【双葉千帆】
[スタンド]:なし
[時間軸]:大神照彦を包丁で刺す直前
[状態]:健康、強い決意
[装備]:万年筆、スミスアンドウエスンM19・357マグナム(6/6)、予備弾薬(18/24)
[道具]:露伴の手紙
[思考・状況]
基本行動方針:ノンフィクションではなく、小説を書く
1.プロシュートと共に行動。人と会って話をしたい
2.川尻しのぶに会い、早人の最期を伝える
3.次に琢馬兄さんに会えたらちゃんと話をする
4.露伴の分まで、小説を書く




◆ ◆ ◆




ジョルノとの会談に使ったのとは別の小部屋でDIOが椅子に腰かけている。
少し離れてディエゴとルーシーもそれぞれ距離を置いて座っている。
ルーシーの呼吸は安定している。腹の大きさから臨月くらいだろうが、生まれる気配はまだ無い。

「遺体の部位は全部で十。内二つ、左眼球と頭部がここにある」
「ああ、こいつを取り込んでいる間は自分のスタンドの他に発現する能力がある」
「未知なる能力か……ムーロロが戻ってきたら私も試してみる事にするよ。先程の報告ではさっそく支給品をいくつか開けたところ
 脊椎、右腕が出てきたそうだ。銃で撃たれた者がいたんだが、右腕が彼に取り込まれた途端に千切れかけの指が二本完治した。
 これはいわゆる奇跡という部類に入る。君の言う通り『聖なる』遺体だな」
「そんなに支給品をため込んでるヤツがいたとはな。良い手駒をお持ちのようだ」
「どうも。君たちと手を組めたことも嬉しく思っているよ」
「言っておくがこれはビジネスだ。遺体を全て揃えるまでのな。その後は好きにさせてもらう」
「お好きに」

ブラフォードを置いてきた今、ロクに動けないルーシーを抱えたままDIOと敵対するのは非常に危険だとディエゴは判断した。
ジョニィやジャイロといったレース参加者がいる以上、再び争奪戦が始まる前にDIOの部下を使って遺体を集めるのが先決と
一時手を組むことにしたのだ。内心腹の底までDIOへの嫌悪で一杯ではあるが、その感情をぐっと押し込んだまま損得だけで
動ける程度にはディエゴはクレバーな思考ができる男なのだ。

一方DIOは思索にふける。

(聖なる遺体……このDIOが天国へと向かうための新たなパーツかもしれん。興味が沸いてきた。このルーシーという女もな)

遺体を『懐胎したかのように』取り込んだルーシーに、DIOはより強い興味を示した。
母親、エリナ・ペンドルトン、空条ホリィ。
いつでも自身の人生を邪魔してきた聖なる女がまたひとり増えた。
だが今回は少し違う。ディエゴから聞いたルーシー・『スティール』の名と、主催者との婚姻関係も多少面白いとは思ったが、
それ以上に彼女の目に母親やエリナと同じ輝きと混じって決定的な異質さを感じ取ったからだ。


(聖女……聖なる者として信仰を受ける女の事だ。
 最も有名な聖女である神の子の母マリアは純潔を守ったまま出産したことから、「清らかさ」の象徴といわれている。
 しかし、一説には娼婦であり、罪を犯したと言われるマグダラのマリアもまた神の子の復活を目撃した聖女だ。
 聖女の条件とは何か。純潔であることか? 処女懐胎をはじめ奇跡を起こすことか?いや違う。)



「ミセス、体調はどうかね」
「あなたたちさえいなければいつだって最高よ」
「いいね、実にいい。本当はこのまま側に置いておきたいところだが、私はこの後来客があるかもしれん。
 そうなったらこの崩れかけた教会は君には少しばかり危険だ。もう間もなくだろうが、部下が戻りしだいトンネルを掘って
 近くのわが屋敷に移動してもらうことになるだろう。聖女に納骨堂は失礼だからな。寝心地の良いベッドで出産に備えたまえ」
「聖女だなんて言わないで頂戴。後悔なんてしてないけど私は罪を犯したわ、おぞましく深い……罪よ」
「いいや君は聖女だ。人類はすべからく原罪を背負っている。罪の有無は君から聖者の資格を奪いはしない。
 それに罪は深ければ深いほど……このDIOにふさわしい」


(聖なるもの、聖女とは、『導くもの』なのかもしれない。困難な運命に立ち向かう者に進むべき道を指し示す。
 この罪深い少女はきっと自分を天国へと導き、押し上げてくれるだろう。)
(全てそろった遺体は所有者に『吉良なるもの』だけを集める……最終的に私の元に遺体が集まった時がチャンスよ。
 必ず幸福になってみせる……!)


DIOの手がルーシーの頬をゆっくりと滑ってゆく。
おぞましいその手を払う代わりにルーシーはDIOを真っ直ぐに見つめ返す。
その様子をディエゴは観客にでもなった様に冷めた目で見ていた。
信仰心など持ち合わせていないが、見るヤツが見たらこう言うだろうなと想像する。

『まるで神の祝福を受ける聖女の様にも見えた』と――――



【D-2 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会 地下/1日目 夕方】

【DIO】
[時間軸]:JC27巻 承太郎の磁石のブラフに引っ掛かり、心臓をぶちぬかれかけた瞬間。
[スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』
[状態]:全身ダメージ(中)疲労(小)
[装備]:シュトロハイムの足を断ち切った斧、携帯電話、ミスタの拳銃(0/6)
[道具]:基本支給品、スポーツ・マックスの首輪、麻薬チームの資料、地下地図、石仮面、リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、予備弾薬18発『ジョースター家とそのルーツ』『オール・アロング・ウォッチタワー』のジョーカー
[思考・状況]
基本行動方針:『天国』に向かう方法について考える。
1.ムーロロらと合流、遺体を集める。集めた後ディエゴをどうするかは保留
2.遺体とルーシーを使って天国へ向かう方法の考察をする
3.ジョジョ(ジョナサン)の血を吸って、身体を完全に馴染ませる。
4.承太郎、カーズらをこの手で始末する。
[備考]
※携帯電話にヴォルペからの留守電が入ってます。どのような内容なのかは後の書き手様にお任せします。
※ジョンガリ・Aのランダム支給品の詳細はDIOに確認してもらいました。物によってはDIOに献上しているかもしれませんし、DIOもジョンガリ・Aに支給品を渡してる可能性があります。
※サン・ジョルジョ・マジョーレ教会が崩壊しかかってます。次に何らかの衝撃があれば倒壊するかもしれません。
※ディエゴから遺体の情報とSBRレース、スティーブン・スティールについて情報を得ました。
※セッコ達と合流次第ルーシーをDIOの館に移動させるつもりですが、同行させるメンバーやDIO自身が移動するかは未定です。

【ルーシー・スティール】
[時間軸]:SBRレースゴール地点のトリニティ教会でディエゴを待っていたところ
[状態]:処女懐胎、疲労【中】
[装備]:遺体の頭部
[道具]:基本支給品、形見のエメラルド
[思考・状況]
基本行動方針:スティーブンに会う、会いたい
0.遺体が集まるのを待つ
1.DIO、ディエゴを出し抜く


【ディエゴ・ブランドー】
[スタンド]:『スケアリー・モンスターズ』+?
[時間軸]:大統領を追って線路に落ち真っ二つになった後
[状態]:健康
[装備]:遺体の左目、地下地図
[道具]:基本支給品×4(一食消費)鉈、ディオのマント、ジャイロの鉄球
    ベアリングの弾、アメリカン・クラッカー×2
    ランダム支給品0~3(ディエゴ:0~1/確認済み、ンドゥ―ル:0~1、ウェカピポ:0~1)
[思考・状況]
基本的思考:『基本世界』に帰る
0.遺体が揃うまでDIOと協力。その後は状況次第
1.なぜかわからんが、DIOには心底嫌悪を感じる
2.ルーシーから情報を聞き出す。たとえ拷問してでも
※DIOから部下についての情報を聞きました。ブラフォード、大統領の事は話していません。





【 ??(DIOの元に移動中) /1日目 夕方】

【蓮見琢馬】
[スタンド]:『記憶を本に記録するスタンド能力』
[時間軸]:千帆の書いた小説を図書館で読んでいた途中
[状態]:健康、精神的動揺(大)
[装備]:遺体の右手、自動拳銃、アヌビス神
[道具]:基本支給品×3(食料1、水ボトル半分消費)、双葉家の包丁、承太郎のタバコ(17/20)&ライター、SPWの杖、不明支給品2~3(リサリサ1/照彦1or2:確認済み) 救急用医療品、多量のメモ用紙、小説の原案メモ
[思考・状況]
基本行動方針:他人に頼ることなく生き残る。
0.千帆……
1.自分の罪にどう向き合えばいいのかわからない。
2.ムーロロ、セッコとDIOの元に向かう。隙があれば始末する?
3.ムーロロの黒幕というDIOを警戒
【備考】
参戦時期の関係上、琢馬のスタンドには未だ名前がありません。
琢馬はホール内で岸辺露伴、トニオ・トラサルディー、虹村形兆、ウィルソン・フィリップスの顔を確認しました。
また、その他の名前を知らない周囲の人物の顔も全て記憶しているため、出会ったら思い出すと思われます。
また杜王町に滞在したことがある者や著名人ならば、直接接触したことが無くとも琢馬が知っている可能性はあります。
ミスタ、ミキタカから彼らの仲間の情報を聞き出しました。
拳銃はポコロコに支給された「紙化された拳銃」です。ミスタの手を経て、琢馬が所持しています。
※スタンドに『銃で撃たれた記憶』が追加されました。右手の指が二本千切れかけ、大量に出血します。何かを持っていても確実に取り落とします。
 琢馬自身の傷は遺体を取り込んだことにより完治しています。

【カンノーロ・ムーロロ】
[スタンド]:『オール・アロング・ウォッチタワー』(手元には半分のみ)
[時間軸]:『恥知らずのパープルヘイズ』開始以前、第5部終了以降
[状態]:健康
[装備]:トランプセット
[道具]:基本支給品、ココ・ジャンボ、無数の紙、図画工作セット、川尻家のコーヒーメーカーセット、地下地図、遺体の脊椎、角砂糖、
     不明支給品(3~13、うち数個は確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOに従い、自分が有利になるよう動く
0.スクアーロを始末でき、自分に損がなかったことに満足。
1.セッコ、琢馬と共に急いでDIOの元に戻る。
2.千帆とプロシュートはとりあえず放置。状況により監視を再開するかも
3.琢馬を監視しつつ、DIOと手下たちのネットワークを管理する
【備考】
現在、亀の中に残っているカードはスペード、クラブのみの計26枚です。
会場内の探索とDIOの手下たちへの連絡員はハートとダイヤのみで行っています。
それゆえに探索能力はこれまでの半分程に落ちています。
※遺体の右腕はペッシ、脊椎はペット・ショップの不明支給品でした。脊椎は今のところ誰にも取り込まれていません。

【セッコ】
[スタンド]:『オアシス』
[時間軸]:ローマでジョルノたちと戦う前
[状態]:健康、血まみれ、興奮状態(小)
[装備]:カメラ(大破して使えない)
[道具]:死体写真(シュガー、エンポリオ、重ちー、ポコ)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に行動する
0.角砂糖うめえ
1.ムーロロ、琢馬と共に急いでDIOの元に戻る。
2.人間をたくさん喰いたい。何かを創ってみたい。とにかく色々試したい。新しい死体が欲しい。
3.吉良吉影をブッ殺す

【備考】
『食人』、『死骸によるオプジェの制作』という行為を覚え、喜びを感じました。
千帆の事は角砂糖をくれた良いヤツという認識です。ですがセッコなのですぐ忘れるかもしれません。

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キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
169:トリニティ・ブラッド -カルマ- DIO 180:All Star Battle -FIGHT!-
170:ミッドナイト・バーサーカー ディエゴ・ブランドー 180:All Star Battle -FIGHT!-
170:ミッドナイト・バーサーカー ルーシー・スティール 186:ブレイブ・ワン
173:無粋 プロシュート 182:祭の前にさすらいの日々を
173:無粋 双葉千帆 182:祭の前にさすらいの日々を
173:無粋 カンノーロ・ムーロロ 186:ブレイブ・ワン
173:無粋 蓮見琢馬 186:ブレイブ・ワン
173:無粋 スクアーロ GAME OVER
173:無粋 セッコ 186:ブレイブ・ワン

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最終更新:2015年12月31日 15:00