III.


その世界は,酷く荒廃していた.かつて各地に点々といくらでもあった緑・・・草木が豊かに生い茂っていた様は,今となっては薄汚れた大地だけを残し或いは枯れた姿と化している.かつてこの世界の大陸の間を敷き詰めるようにあった青・・・冒険者の心を唸らせるような大海原は,今となっては紫みを帯びた黒色の毒水が延々とただ広がっているだけのようだ.こんな世界には,もう生存する生きものの気配など・・・感じられはしない.この世界は,毒水と化した海水に,荒廃した大地に,そして,まるで鉄を溶かした色合いにそっくりな赤焼けた空が覆い被さっているような,そんな世界だ・・・.

だが,そんな絶望的な世界の中でも,なんとか生きている生きものがいた.人間だ.彼らは,「あの日」に引き裂かれたこの世界でも,残された町・村の中で生き続けていたのだ.とは言っても,残された人間の中でも色々な人がいることは確かだ.こんな絶望的な世界で生き続けるのは嫌だ,と言って崖から身投げする人もいれば,内なる心に秘めた希望を持って強かに生きようとする人もいる.此処,とある大陸の砂漠の真っ直中に聳え立つフィガロ城にやって来ていた三人の勇士も,正にその「内なる心に秘めた希望を持って強かに生きようとする人」と呼ぶに相応しいと言えるだろう.

そのフィガロ国の若き国王で,三人の中の勇士の一人でもあるエドガーは,フィガロ城内の展望台へ続く一室で,自分の双子の弟であるマッシュに,尋ねた.
「おい,マッシュ,外の様子を見に行って来てくれないか?」
マッシュは答える.
「ああ,分かったぜ,兄貴!そんじゃちょっくらと・・・」
と言って彼はあっという間にフィガロ城の展望台へと昇って行ってしまった.彼も,三人の勇士の内の一人だ.では残りの一人の勇士は,というと・・・.

フィガロ城内の,玉座の間へと続く,長く赤いカーペットを白いブーツで駆け抜け,金髪で,イヤリングをつけ,白いマントを羽織りチューブトップを着て,黄色のボトムスが目立つ女性がエドガーの元へ着いた.彼は彼女の姿を認めるとこう言った.
「セリス!みんなは無事だったか?」
息を切らせながら,そのセリスと呼ばれた女性は返した.
「ええ!この目でちゃんとみんな元気だったのを確認して来たわ.さすが一国の王,テキパキとした指示で,みんなを動かしてくれて・・・やっぱりすごいわね」
セリスからのこの言葉を受けたエドガーは,腕を折って前の方へやり,セリスに向かって深々と頭を下げながらこう言った.
「レディからの褒め言葉,きっちりと受け取っておくよ」
と.彼は基本的にフェミニストなのだ.セリスはそんな彼をいつものように見過ごすと,何かに気付いたようにして彼に尋ねた.
「・・・マッシュはどうしたの?」
エドガーはすぐに答えた.
「あいつなら城の外を見に行かせている」
そこでセリスは,わざとエドガーから目線を外し,こう言った.
「城の外,ね・・・.私も見に行こうかな」
「・・・レディに外を見に行かせるなんてそんな野暮なマネはしないさ」
「そうじゃなくって・・・ほら,この大陸側にはコーリンゲンがあるはずでしょう?だから・・・」
急にトーンダウンしていったセリスを,優しく言葉を促すようにエドガーは言う.
「仲間が・・・ロックがいるかもしれない,と?」
「うん・・・」
セリスはそんな,曖昧な返事しか返せなかった.


世界が引き裂かれた「あの日」から一年・・・.セリスは,この全ての生きものたちが滅びゆく,そんな絶望的な世界でも,絶海の,とある孤島にある小屋にて,眠り続け,そして目を覚ました.元々戦闘には慣れていた身体ではあったが,一年間も眠り続けていたのだ.最初はまぶたを開けることすら辛かっただろう.彼女が最初に目にしたのは,これは運命の悪戯か,彼女を幼い頃から懇ろに育て,また成長を見守って来つつも,一方で彼女が幼い頃からガストラ皇帝の勅令により魔導の力を注入し,後に「魔導士」という存在にしてしまった張本人でもある,シドという人物であった.セリスが幼い頃から思春期に入るくらいまでの間は,お互い信頼関係にいた二人だったが,シドの方はと言うとセリスがちょうど思春期真っ直中の十五才の時に,一度だけだが,ガストラ帝国の宰相であり強力な魔導の力を有する大魔導士でもあるケフカの奸計に加えさせられて,セリスから裏切り者呼ばわりされてしまうことになる.最も,その奸計というのも,シドの「一日でも早くセリスが戦場で活躍して欲しい」という気持ちから始まったことなのだが・・・.また,セリスがガストラ帝国を裏切って,一軍人から反帝国組織・リターナーの一員として寝返った時にも,シドの連絡の行き違いにより,誤解が生じ,彼女は,本来ならサウスフィガロの町でリターナーのメンバーに快く一員として受け入れてもらえる筈だったのだ.そこを,これまたケフカの邪魔が入り,既に制圧されたサウスフィガロの町でセリスは帝国軍・・・裏切ったことを知っている帝国軍に,処刑されることになる.そのことでまた,彼女はシドを裏切り者扱いして,「もう信じられない」と思うようになったのだ.

一年という不動の時を経た重たい身体を,数回,ゆっくりとだが繰り返し動かすことによって,普段と同じく何気無しに動かすことができるようにまで回復したセリスは,自分が目覚めてから実の孫のように世話をしてくれるシドの姿を見て,「裏切り者」のレッテルを剥がすことにした.そして彼のことを親しみをこめてこう呼ぶことにしたのだ.「おじいちゃん」と.セリスは夜な夜な悪い咳をしているシドのことを気にかけていたので,入れ替わるようにして,今度は私がおじいちゃんを看病するんだ,と意を決してそうすることにしたのだった.近くの浜辺に行って魚を捕まえて来ては焼き魚に調理し,シドに食べさせた.

そんな日の,とある夜にセリスとシドが交わした会話があった.
「おじいちゃん.机の上にあるローズトピアリー,綺麗でしょ?私,久し振りに作ったわ」
「そうかそうか.ローズトピアリーで思い出したが・・・,セリス,わしはお前が一年間眠っている間に枕の側にのう,バラの花を一日一本ずつ添えていったんじゃ」
「えっ?!それじゃあ・・・」
「そうじゃ,セリス,お前が目を覚ました時には丁度365本のバラが添えてあったんじゃが・・・」
「全然気付かなかったわ」
「そりゃあ当然じゃ,何しろその365本の花が全て蕾状態になっていたんじゃからの.ゴホッゴホッ」
「おじいちゃん・・・あなたもしかしてそれを全部・・・」
「あぁ,全てローズトピアリーに使わせてもらったよ.ところでじゃ,セリス」
「なに?」
「わしに・・・絵本を読んで聞かせてくれんかの?」
「いいわよ,そのくらい,今の私にはなんだってできるわ,おじいちゃん」
「その前に・・・一つだけ訊かせてくれ.わしのことをまだ,『裏切り者』だと思っとるか?」
「いいえ,そんなわけないでしょ.そうじゃなきゃここまでしないもの」
「そうか・・・」
そしてセリスは,自分の趣味の一つである絵本をシドに夜が更けるまで読み聞かせたのだった・・・.

その翌日のこと.セリスは絵本を持ったままいつの間にか眠っていたことに気付くと,シドの様子を確かめるために,顔を上げた.すると・・・シドは,既に息絶えていた.その様子を間近に見てしまったセリスは一瞬だが我を失いそうになった.そうして彼女は,一度シドの冷たい手を握ってから離すと,こう言った.
「嘘・・・嘘よ!ずっと私のことを見守ってくれるって約束したはずじゃ・・・.シド・・・あなたは最期の時にまでも,私を裏切ろうというの?ねえ,返事をして!冗談だって言ってよ!!」
そうして彼女は,その孤島の岬から,世界はもうおしまいなのね,と呟き,身投げしてしまう.が,これもまた運命の悪戯なのか,浜辺にうち上げられ,身投げは未遂に終わる.そして其処に,バンダナが首に巻かれた白い鳩がやって来た.浜辺の砂が混じり乱れた髪のままのセリスは,その鳩に巻かれているバンダナを見て,久し振り・・・正確に言うと四年振りに涙をボロボロこぼしながらこう口にした.
「このバンダナはあの人・・・ロックの・・・.彼は,世界はがこんなになっても,確かに生きているということなのね・・・.もしかすると,これはロック・・・あの人からのメッセージなのかもしれない.『生きろ』と・・・」
そこで彼女は,決心したのだ.もう一度,世界が引き裂かれた「あの日」以前まで持ち続けていた希望を復活させようと.そして,再び,「恋する女」として精一杯輝こうと.そのためにも,あの人に会うまでにはもう二度と泣くものかと.そう,このセリスこそが,「真の勇士」と呼んでも過言ではない存在なのだ.


「セリス,どうしたんだ?さっきからずっとボーッとしていて.熱でもあるのかい?」
エドガーからそう訊かれ,セリスはハッとした.
「ううん,ちょっと昔のことを思い出していただけよ」
そう答えた彼女は,いつの間にか玉座に座っていることに気付く.となりの玉座には,エドガーが座っていた.
「どうして私が玉座に座っているの?!」
そう言ったセリスに,エドガーは指を振りながら,こう答えた.
「チッチッチッ.回想に耽るレディには,一番落ち着けて気持ちの良い椅子に座らせる.これは基本中の基本マナーだぜ?」
そうしゃべり終わるのと同時に,マッシュが偵察から帰って来た.彼曰く,
「いつもの砂嵐が今日は無かったよ.動き出すなら今だぜ,兄貴」
と.エドガーは,セリスに視線をやると,
「では行ってみようか.コーリンゲンに」
と言った.セリスは,半ば緊張した面持ちで,「ええ,そうね」と答えた.






最終更新:2012年11月10日 17:15