105.


時刻は深夜.西の国へ向かう飛空艇・ファンタズマゴリアの甲板にある肘掛けにもたれ,私はもの思いに耽っていた.コォォというファンタズマゴリアの駆動音と,身に打ちつける風が,今私が五感で感じられる全てだった.

ヤントラフィールドで,マクンプから聞かされた,衝撃の事実・・・.・・・いや,事実なのか?それさえも分からない.とにかく,私は,マクンプと言葉を交わした時のことを,思い返してみた・・・.


「あなたが体験している『ハウス』の中での出来事は,実は全て悪魔たちによって組み込まれた偽りの記憶・・・過去なのです」
私は返した.
「ええっ?!それでは・・・,今までの理想郷を求める旅は全てまやかしだということですか?いいえ,そんなはずはありません.実在の人物であるアンセーヌやオルテガが出て来たのですから!」
マクンプは表情一つ変えずに言った.
「悪魔によって組み込まれたのはそういうところではありません.問題は,『出て来たこと』ではなく,『出て来た手段』なのです」
と.


106.


「出て来た手段・・・?」
「ええ,そうです.そのことについては,後でご本人たちに聞いてみればよろしいでしょう.・・・今問題なのは,あなたと記憶士の少年との関係と恐るべき魔法・ペタグラの発動を防ぐことです.そして,悪魔,天使という二対の存在のことも・・・」
「私が今,眠っているこの時が,ペタグラのせいで切り離されようとしている・・・.しかし,『この時』は,悪魔によって組み込まれたまやかしに過ぎないのでしょう?まやかしのこの世界を切り離して・・・どうするというのです?」
「簡単なことですよ,あなたをそこに封じ込めるためです」
私はその言葉を聞いた時,背筋がゾッとしたのを覚えている.
「ですから,悪魔をどうにかして討伐願いたいのです.彼らをいなくさえすれば,あなたは本当の過去を知ることができるでしょう」


夜は更に更け・・・.私は,ファンタズマゴリア甲板にあるハンモックに横になった.
「あの宙に見える星々の煌めきもまやかしだなんてな・・・」
と言いながら,不意に,すぐ横のハンモックにオルテガが横になった.


107.


「オルテガ・・・操縦の方は大丈夫なのか?」
私が星空を見ながらそう尋ねると,彼は私にバリナビーチを差し出し,こう言った.
「記憶士の少年がどうしてもやりたいって言うんでな.・・・ああ,あいつなら正気に戻ったぜ.それより,どうだ?久しぶりに,星空を見ながら語り合うのは.まやかしだって構わねぇ.ただ,昔のようにしたいだけさ」
私は聞いてみた.
「オルテガ.君はどうやって僕のこのハウスに現れたんだ?」
「いきなりか!昔のおまえと全然変わらないな.おまえ・・・,そもそもハウスってどこにある場所だか知っているか?」
「僕の・・・精神世界・・・つまり頭の中だと思っているけど」
「違うんだな,これが.いいか,クスフス.このハウスは,現実の世界とは全く切り離された『異界』という場所にあるのさ.詳しくはアンセーヌさんが知っているはずだが・・・」
「それで?君はどうやってその異界へ・・・?」
「生体改造したからさ.現実の俺は,もういないんだ.死んじまっているから,異界へとやって来れるのさ.アンセーヌさんも,記憶士の少年も,きっとそうだぜ」


108.


私はバリナビーチを口に含み,言った.
「おいおい,冗談は止めてくれよ.現実の君はいない?じゃあこの旅の始まり・・・カモメを造ってもらった時の君は一体なんだというんだい?」
オルテガはバリナビーチを飲み干し,言った.
「そうだ.全てはあの時から始まったんだ.マクンプに言われたんだろ?『問題は,出て来た手段なのです』と.思い出してみてくれ,クスフス.おまえがおれにカモメを造るよう頼んだ時,おれはどんな姿だったのかを」
私は意識を過去へ飛ばし,振り返ってみた.
「ミュレーゴじゃない,普通の人間の姿だった・・・」
オルテガは更に問う.
「その更に前の記憶はどうなっている?おまえが,この旅を始めようと思った時点の,おまえの状態だ」
「旅を始めようと思った時点の,僕の状態?なんだか,うすらぼんやりしていて・・・,よく思い出せない・・・」
オルテガは,思い出そうとする私を横目に,一つの,とある機械を置き,ファンタズマゴリア甲板から静かに去って行った.


109.


旅を始めようと思った時点の,私の状態・・・?
「そうよ」
アンセーヌが,心の中から呼びかけてきた.
「やあ.今までどうしていたんだい?ずっと話に加わらなかったみたいだけど」
私がそう問うと,彼女は
「前を見て」
と,それまで俯いていた私に前を見るよう促してくれた.

「これは・・・」
私は思わず呟いた.
「オルテガがあなたの持つホログラムを見て造った魔導具,『ケルファミナ』よ.ホログラムは所持者の思い描いたものをすぐに可視化できる道具・・・だけど,このケルファミナは,その場にいる皆の共有できる記憶を映し出すことができる道具なのよ」
「へぇ・・・さすがは一流の技師だ」
アンセーヌは,私に,目の前のオルテガが置いて行った

「とある機械」=ケルファミナ

の電源をつけるよう促した.ケルファミナは,床に置かれていたので,私は屈んで電源をつけなくてはいけなかった.電源をつけると,ケルファミナは,上方に映像を浮かび上がらせた.と言っても,まだその映像は,砂嵐のままだった・・・.


110.


私は,アンセーヌに問いかける.
「アンセーヌ.君はどうやってハウスにやって来たんだ?そもそも,オルテガから聞いたんだけど・・・異界ってなんだい?」
心の中のアンセーヌは答える.
「クスフス・・・あなた,私と再会した場所を覚えているかしら?」
「ああ.異界へと続く洞窟だ.・・・!!!」
「そうよ.私は人の記憶を自在に動かせる『鍵士』だから,特別にあなたの記憶世界に入れているの.あの洞窟は,ただ異界とハウスを繋ぐ通路に過ぎない・・・.そして・・・『異界』というのは,起眼の世界と眠眼の世界,どちらにも属さない,特殊な空間のことよ.異界には,色々な場所があるわ.過去の箱庭に,ハウスに・・・」
「ちょっと待ってくれ.ハウスは一体,何処に存在するんだ?」
「眠眼の世界と,異界,両方に含まれる記憶世界のことよ」
私は,携帯しているノートブックに,この世界の模式図を書いてみた.今までのアンセーヌの話をまとめると・・・,前よりはこの世界のことは分かってきたような気がする.


111.


私とアンセーヌが言葉を交わしている間,ケルファミナは,既にその機能を果たしていた.
「これは・・・僕たちの・・・過去の記憶じゃないか・・・」
私は思わず呟く.

映っていた映像は,私たち二人が,エコールの書庫にて書物を研鑽していた頃のものだった.アンセーヌは,
「クスフス.この像の,あなたの姿に注目してみて」
と唐突に言ったので,私は彼女に言われるがまま,ケルファミナが映す像の中の私に注目した.
すると・・・.

一瞬,目眩がしたかと思った.久しぶりに見る,自分の昔の姿.こういったかたちで,再度見ることができるとは・・・.しかし・・・,この姿は・・・.

そこで,操縦室から小気味良い足音が聞こえたので,私は急いでケルファミナの電源を切った.彼に,あの姿を見られてはならない.やがて,記憶士の少年が元気良く,
「お二人さん!僕たちは,西の国に辿り着きました!オルテガさんによると,ある程度の武装をして来い,とのことだそうです!」
と言ってきた.

遂に来たか,西の国・・・.


112.


西の国の入り口らしき場所に降りたファンタズマゴリアから,私たちはかの国へ入ろうと歩を進めた.東の国と西の国との国境は,以前通った北の国と東の国のそれと同じく,暗がりがあった.モヤモヤした闇の雲が,周りにあって,しかもそれが体にもまとわりつくのだ.おかげで,一寸先は闇・・・.何も見えない.

オルテガが呟く.
「これは『ファルグの壁』だな」
私は,カモメから持って来た手動の発光装置を取り出し,周囲を明るくしてからオルテガに聞いた.
「ファルグの壁だって?」
彼は,応える.
「ああ.クスフス,おまえのこの記憶世界・・・ハウスには,四つの地域が存在している.北・東・西・南の国だな.これらは,ハウスのなかで分裂しないよう,ファルグの壁で強く結びついているんだ」

オルテガがそう言った後,私は前の時のように,突然国境警備隊の人に手を掴まれ,西の国の地図を貰った.

結びつく・・・?分裂しないようにって・・・分裂したらどうなるというのだろうか・・・?

私たちは,ファルグの壁を通り過ぎ,西の国へ到着した.


113.


体中に染み付いた闇の雲がようやっと取れてきた.ファルグの壁を通り過ぎている最中,私は,

「ここより先 西の国」

と書かれた看板を目にした.その文字は,ロゼッタシステムを注入された私だからこそ読めたのであって,他の三人は,全くの無反応だった.思えば・・・その文字は,不思議な,幾何学模様だったな・・・.

西の国へ到着した私たちは,まず,かの国の閑散さと暗闇さに驚いた.特に暗闇さは,私の仲間三人が全員,まだファルグの壁にいるのかと勘違いしていたくらいだ.私が,もう西の国へ着いたことを告げると,三人はそれぞれの反応を示した.心のなかのアンセーヌは,
「ええっ?!もう西の国?あまりにも周りが見えないから驚いてしまったわ・・・」
と言っていたし,オルテガは,
「ちくしょうめ,さすがはロゼッタシステム受容者!」
と私の背中を軽く叩き,そして記憶士の少年は・・・.
「なんですか,あれ?向こうに見えるのは・・・恐竜・・・ですか?」
と,早くも西の国の特徴に気付いていた.


114.


記憶士の少年の発言に,私たちエコール卒業組は反応し,思わずその「向こう」を見やる.すると・・・.
「きゃ・・・!何,あれ・・・?黒い・・・竜?」
すかさずアンセーヌが反応する.オルテガは,
「なんだありゃ・・・?おい,クスフス,おれたちがエコールで習った恐竜にそっくりじゃないか」
と言いながら,乾いた音を立て,西の国の奥へと進んだ.

三人が言うように,西の国は,黒みを帯びた紫色の竜を模った建造物があちらこちらに建てられていた.私はオルテガの前に出,西の国を隈なく見てみた.竜を模った建造物は,静かに,不気味に紫色に発光している.私は手動の発光装置を更に働かせ,建造物のそれに負けぬようこちらも明かりを強く灯した.
「皆.この国の最奥部へ行こう.とにかく今は,ペタグラを発動させようとしている悪魔を打ち倒さねばならないのだから」
私がこう言うと,三人は分かってくれたようで,西の国の最奥部・・・地図で言うところの,「ハウスの動力炉管理所」まで歩いて行った.


115.


全てが漆黒で覆われた国,西の国・・・.私の魔導具である手動の発光装置がなければ,本当に辺りは真っ暗で,何も見えない.私たちは,地図を頼りに,かの国の最奥部まで,歩きに歩いた.そして私たちは,今まで見ることのなかった,西の国の住人と出会った.

彼らは,先程の,連なっていた建造物をそのまま小さくしたような,黒みを帯びた紫色の光を発する竜そのものの姿をしていた.彼らは二人組で,一方は短剣を,もう一方は槍を帯びていた.彼らは私たちの姿をみつけると,いきなり武器を構えて何やら威嚇してきたが,唯一彼らの言語が分かる私が説得をし始めると,彼らは武器をおさめてくれた.

彼らの話によると・・・.まず,自分たちの種族は,「骨蛮竜」という竜族に相当するらしい.そして先程我々が見た建造物は,「郊墟の黒蛮宮」という骨蛮竜たちの住処であるという.

ロゼッタシステムを注入された私だけが,骨蛮竜と話をしていた.なんとなくだが,寂しかった.


116.


骨蛮竜の一人が,訊いてきた.
「あなたの旅の目的はなんですか?」
と.私はズバリ,「私の理想郷を探すためです」と答えようとしたが,オルテガが,
「待て,クスフス.こいつら,なんか臭うんだよなあ・・・.あんまり正直に答えると良くない気がする」
と言ってきたので,私は,
「ただの旅人です」
と答えた.そのやり取りを見ていたのかどうかは分からないが,二人の骨蛮竜たちは,何かヒソヒソ話している.私は,試しに魔心眼で彼らを視てみた.すると・・・.生命泉も物質泉も見つけることはできなかった.ということは,彼らは,マクンプたちと同じく,生命を超えた存在,ということになるのだろうか.

ややあって,その二人の骨蛮竜が,ハウスの動力炉管理所へ案内してくれるというので,私たちは,彼らの言葉に従うことにした.

…したの・・・だが.

そこで,ふと一人の骨蛮竜の一人が
「ペタグラの発動はどれくらいかかる?」
という言葉を発していたのを聞いてしまった.この骨蛮竜・・・は・・・間違いない,彼らこそ,「悪魔」に違いない!


117.


心のなかのアンセーヌは,私の「気付き」に一早く反応を示してくれた.
「クスフス・・・.分かってしまっても,それを明るみに出してはいけないわ.私たちがハウスの探求者だってことを知られたら,彼らに何をされるか分からない・・・」
そして,どうやってか分からないが,オルテガも,
「こいつらが悪魔・・・か.話には聞いてはいたが,まさかこんな姿をしていたとは・・・.正直,ビックリだぜ」
気付いていた.

記憶士の少年は,何かに怯えているようだった.私は片膝を地に着かせ彼に,どうしたんだい,と尋ねると,彼は
「何か・・・すごく嫌な予感がします.僕たちは,もうすぐ,とてつもない悲劇に見舞われるかもしれません.」
と言った.

私は,以前,西の国へ向かう途中で,自分の過去の姿を見た.その姿を見た時,記憶士の少年にだけはその姿を見られまいと思った.

「大丈夫さ.もし君に何があっても,僕が守ってやるさ.この魔心眼でな!」
記憶士の少年は,
「はい!ありがとうございます!」
と,笑顔で応えてくれた.


118.


「さあ,ここがハウスの動力炉管理所です」
一人の骨蛮竜が私たちにそう告げた.単純にハウスの動力炉とはどういうものか,ということに興味を抱いていた私たちは,小走りで案内された先へ急いだ.

管理所にある大きな窓から見えるハウスの動力炉に釘付けになっていた.薄黒い機械が,何か四角いものをプレスしていたり,ベルトコンベアーでそのプレスされたものが列を成してどこかへ運ばれているのが目にとれた.これは・・・「動力炉」というより,「工場」だな・・・.


と,あらかた見終わり,管理所休憩室にてふとそんなことを思っていた時.記憶士の少年と,動力炉の一つの機械がキュピィィィンと音を立て共鳴し合うと,私たちがいる休憩室に,沢山の武具を持った骨蛮竜たちがドッと押し寄せてきた.私は,「何の用だ?」と言うと,彼らはいきなり,記憶士の少年に刃物で斬りかかってきた.彼は,このハウスでは傷ついてはならない大切な存在だ.私は,少年の前に立ちはだかり,彼をかばった.そして・・・,私は,致命的な傷を負うことになってしまった.


119.


「我らの敵,打ち負かしたり!我らの敵,打ち負かしたり!」

朦朧とする意識のなか,そんな言葉が聞こえた.彼ら・・・武器を帯びた骨蛮竜たちはどこかへ去ると,心のなかのアンセーヌとオルテガと記憶士の少年が,私のもとへ駆け寄って来てくれた.
「おい,クスフス!大丈夫か?おまえ,腹を斬られたんだぞ!おかげで辺りは血の海だ!おれの声は聞こえるか,クスフス!」
オルテガの声が聞こえる.そして,心のなかで声が聞こえた.
「待って!私はあなたの心のなかでしか生きられないのよ!あなたに死なれたら私・・・どうしたら良いというの・・・」
「心配することはないさ,アンセーヌ・・・.僕の分身が,すぐそこにいるじゃないか・・・.なぁ,クスフス・・・?」
記憶士の少年は慌てふためいて,
「ど,どうして僕の名を?!」
と言った.
「簡単なことさ.ケルファミナで見た昔の僕の姿があまりにも君にそっくりだったからさ.君は僕の過去の憧憬だろう?うすうすと気付いていたさ.さあ,アンセーヌ,記憶士の少年に・・・移動するんだ.昔の僕よ.アンセーヌを頼んだよ.僕は・・・しばらく眠りに就くべき時が来たようだ・・・」
と言った次の瞬間,私の意識はとてつもない速さで遠退いた.






最終更新:2013年07月22日 21:43