75.


私がオルテガと彼の飛空挺を仲間に加えるや否や,彼は子どものようにはしゃいで,次に行く
ところはなんていう場所だ?,と言うものだから,私は彼を落ち着かせ言った.

あまり調子に乗ってはいけない.オルテガ,君にはまだやるべきことがあるだろ?,と.

オルテガのやるべきこと.いくら仲間の活動源を提供していたとしても,ピアノ・フォルテ市
のエネルギー源を盗んでいたことは立派な悪事だ.彼を共鳴士たちのところまで連れて行き,
謝らせに行かなければならない.

オルテガ.君の飛空挺で一気にメトロノームタワーへ飛翔できるか?

彼は,メトロノームタワー,と聞いて申し訳なさそうにすごみながら,足元のステップを踏み,
その真横にあるレバーを引き続けた.すると私と私の心の中のアンセーヌと記憶士の少年を乗
せたオルテガの飛空挺"ファンタズマゴリア"は,一気に宙(そら)へと昇りつめた.

謝罪させた後は,レース大会が控えている.緊張の連続をアンセーヌに見守られながら,私た
ちは初めて宙を突き抜けた.


76.


宙を突き抜けた我々は,ずうっと向こうに星々が連なっているのを見た.それはまるで,天空
にミルクをこぼしたかの様な,そんな白濁した宙だった.オルテガに私は聞いた.

「これは・・・一体なんだ,オルテガ!」
「これはおまえの記憶の外にある・・・つまり"ユニバース"にある,銀河団という星々の連なり
さ.もっと見ていくか?それとももうお終いにするか?クスフス,東の国へやって来る前に見
ただろう,『ハウス脱出可』という看板を.あの先へ行くより前に,おまえは一時的に自分の記
憶の外に出られるんだ.最高だろ?」
「それよりオルテガ・・・早くメトロノームタワーへ・・・」

オルテガはつまらなさそうにレバーを元の位置に戻した.君はなんともないように感じられる
かもしれないが,私たち三人は,この急激な重力場の変化に耐えることは難しいようだ・・・.
一気に油田地帯から飛翔したファンタズマゴリアはまたもや一気に下降して,やがて,ピアノ・
フォルテ市の頂点にそびえるメトロノームタワーへ辿り着いた.


77.


メトロノームタワー屋上に飛空挺を泊めて,私たちはかの乗り物から梯子で降り,共鳴士たち
のいる,タワー最上階へと訪れた.

…共鳴士たちに,オルテガをどう謝らせようか.そもそも,彼ら共鳴士たちはオルテガを許し
てくれるのだろうか.心の中のアンセーヌはそこで,こう助言してくれた.

あなた方は友達同士のはずでしょう?あなたが必死になって弁明すればきっと共鳴士たちはオ
ルテガを許してくれるはずよ.

と.友達だから出来ること・・・ということか.

共鳴士たちに再度対面した私たちは,一生懸命になって事情を話した.オルテガは自分の仲間
たちの為に仕方なく「生命と物質の調和」を盗んでいたことを.共鳴士たちの長は,しばらく
沈黙を守っていたが,やがて語りだした.

そなたの言い分は分かった.ミュレーゴとやらにハーモナイズを行ったのは適当だと言えよう.
「鎖」を成した彼らは,やがて自身の記憶へと還って行くだろう.

と.


78.


共鳴士たちの長と言葉を交わした私たち.
オルテガの罪は,私がハーモナイズしたことにより購われたのだった.よって,彼は,共鳴士
たちに許されることとなった・・・のだが,私は,共鳴士の長が最後に言っていた言葉を解せ
ずにいた.

「『鎖』を成した彼らは,やがて自身の記憶へと還ってゆくだろう」

これは一体どういう意味なのだろうか.ハンマーで「鎖」を成されたミュレーゴたちは,自分
の記憶へと還ってゆく・・・?彼らは皆,オルテガが以前言っていたように,ミュレーゴとい
う魔導機械の体を借りて,特定の人物の記憶の中へトリップできる存在なのだろうか.その
「トリップ」した先から「鎖」を成すことで彼らが元いた場所へ戻る,ということが「自身の
の記憶へ還ってゆく」ことなのだとしたら・・・.

考えてばかりいる私に,オルテガはファンタズマゴリアへ戻る為の梯子から手を伸ばして,早
く戻ろうぜ,と促してくれている.

ミュレーゴの正体とは,一体なんなのだろう.


79.


飛空挺ファンタズマゴリアに搭乗した私たちは.メトロノームタワー屋上からピアノ・フォルテ
市の入り口がある砂地に降り立った.ファンタズマゴリアから降りた私たちを迎えたのは,ピア
ノ・フォルテ市の市民だったり,沢山の冒険者たちだった.

「魔導ヴィークルのレース大会は三日後だ」

オルテガが言う.

「それまではおれとおまえはライバル同士,途中で負けることなんて無しだからな,クスフス!」
「あぁ.絶対に勝ち残ってみせるよ」

そう言い合い,オルテガは一時的に私たちと別れ,彼は飛空挺の整備を,私は魔導ヴィークルの
整備とりかかり始めることとなった.

まずは優勝ですね,と記憶士の少年が言った.

「あぁ.レースになんて参加するなんて思ってもみなかったが,実際に参加すると,色々と野心
が沸いてくるね.初っ端からハードルが高いけれど,この魔導ヴィークルなら,勝てる」

私は魔心眼で目の前にある魔導ヴィークルを視た.


80.


そして記憶士の少年にホログラムを持ってこさせた.デフォルトの形が球形状のその古代装置
を,私は両の手で挟み込むように掴み,今度は"何人にも負けぬ魔導ヴィークル"を想像した.
やがて球形状のホログラムは静かな駆動音を立て私の手から離れ,想像したものと同じ形をと
った.それからハンマーでハーモナイズさせるのだ.つまり,ホログラムが形作っている形に
合わせて,ハンマーで魔導ヴィークルを整形してゆくのだ.

もうお馴染みの行為を,私は丹念にこなした.やがて,思い通りの魔導ヴィークルが完成した.
改良された魔導ヴィークル,オルテガの試し乗りをしようと,私はピアノ・フォルテ市の周り
を三周くらい周ろうと思った.


陽が落ち込み始めた頃,かの市を跳びまわっていた私は,心の中のアンセーヌと言葉を交わし
ていた.

「あなたが未だに疑問に思っていること・・・.共鳴士たちの長から言われたこと,そしてミ
ュレーゴの正体のことね?」
「ああ.君には隠しごとなんて出来やしないね・・・.まぁ君に隠すことなんて何も無いのだ
けれど」


81.


アンセーヌは言う.

「私,思うところがあるんだけど」
「なんだい?」
「共鳴士たちの長が言った,『自身の過去へ還ってゆく』ことって,きっとあなたの記憶から
抜け出して,彼らたち自らの記憶世界へ戻ってゆくことを指しているのだと思うわ.オルテガ
以外にもあなたの記憶世界へやって来たかった人たちがいたのね,きっと」
「そうか・・・」
「ミュレーゴの正体は・・・分からないけれど,彼らにはそれぞれ役割があるんじゃないかしら」
「役割だって?」
「ええ.そうでなければわざわざ生体改造までしないはずよ.本来,人の記憶へ潜り込むには,
生身の人間じゃ出来ないこと・・・.私は鍵士だからあなたの記憶に潜り込むことができる
けど・・・.『ミュレーゴになる』ことはそう簡単なことじゃないわ」
「じゃあ僕が以前行った儀羅の国にいたミュレーゴたちも,そうだと思えるのかい?」
「いえ,彼らのことは私にも分からないわ」


謎が謎を呼ぶなか,あっという間に三日が過ぎ,レース大会の日になった.いよいよ・・・か.
私は心の中の疑問はさておき,レースに集中することにした.


82.


魔導ヴィークルのレース大会初日.会場には沢山の者たちでごった返していた.私を含む選手
たちは,それぞれの魔導ヴィークルを最終点検をしている.私も,オルテガの最終チェックを
していた.

レースのコースは,ピアノ・フォルテ市の大会場から始まり,油田地帯,へと繋がっている.
入り組んだ油田地帯を抜け,再びピアノ・フォルテ市の大会場へと戻ってゴール,という風に
なるわけだ.

レースが始まるのは10:00きっかりだ.今はちょうど・・・8:00か.

私は,昨日の晩,緊張で胸が張り裂けるばかりであった.そこへ,心の中のアンセーヌが,必
死になって私を落ち着かせてくれた.おかげで,今は全く緊張などしていない.鷹揚にレース
に臨むだけだ.

9:30になり,魔導ヴィークルの整備会場で,選手の皆さんはスタート地点に移動してください,
という放送が聞こえた.

いよいよか.

私は,友との勝負の為に,この初日のレースにはなんとしてでも負けられないのだ.時刻は
9:55になり,会場は一瞬静寂に包まれた.


83.


会場は一瞬静寂に包まれた後,カウントダウンが始まった.・・・この間は一体なんだという
のだ?かなり緊張するではないか.もともと上がり症だった私は,またしても心の中のアンセ
ーヌに落ち着かせてもらった.

その時間,僅か3秒.

GOサインのフラッグが振られた瞬間に,私はブレーキを解いた.勿論アクセルは全速力にして
あった.かくして,私はトップスピードでスタート地点にいた,他の魔導ヴィークルよりもず
ば抜けてトップに躍り出た.

第一コーナーを曲がり,すぐさまピアノ・フォルテ市の大会場から脱出した私は,油田地帯へ
と続く大砂海へと入った.低空飛行で風を切るものだから,私の後ろ側は砂埃だらけだ.これ
もレースに勝つ為の戦略だ.

しばらくすると,入り組んだ油田地帯へと入った.ここいらでは小回りの効く魔導ヴィークル
の上手な操縦が試される.

今まで私は,目前に広がる景色だけへと向かいながら前ばかり向いて飛んで来た.この油田地
帯では・・・少々苦労することだろう.


84.


入り組んだ油田地帯.油滴が中空に噴水のように吹き出し,
此処へ訪れる者たちに,油の雨を降らせる.

油田地帯に入った私は,なるべく油の雨に当たらないように,定められたコースを翔けて行く.

油田地帯を出る頃には,私の魔導ヴィークル"カモメ"は真っ黒になっていた.あれだけ油の雨
に当たらないように避けて通ったのに,これ程までに油を浴びるとは.幾許か速力が遅くなっ
たカモメだが,油田地帯を抜け,大砂海をまたもや低空で翔け,そうしてピアノ・フォルテ市
の大会場へ戻って来た私は,思い通りの結果に満足した.1位をとり,オルテガと勝負する権利
を勝ち取ったのである.

レースが終わり,表彰式へを経て,その日はあっという間に終わってしまった.ピアノ・フォ
ルテ市の宿屋に戻った私は,カモメの整備にすぐさま着手した.ふり被った油滴を取り除き,
今度は,オルテガ対策用のカモメにまた造り変えるのだ.

ホログラム,ハンマー,そして魔心眼を用いて.


85.


以前私が見た限りでは,オルテガの飛空挺ファンタズマゴリアは,抜群のスピードを誇るが,
機体が魔導ヴィークルより大きくて,急な旋回・小回りの効かないものだと思った.

宿屋にて,そんなことを考えながら,私は造り変えたカモメを整備していた.心の中のアンセ
ーヌは眠っていて,記憶士の少年も眠っていた.そこで私は,今は真夜中なのだと気付いた.
体調を崩さぬよう,また整備をしっかりしてから,私はきっちり眠りに就いた.

翌日,気持ち良く起きることができた私は,カモメの最終点検をしていた.おはようございま
す,今日は遂にオルテガさんとの勝負ですね,と記憶士の少年が起きがけにそう言ってくれた.

オルテガとの勝負の為のレースコースは,レースが始める直前に,彼が気紛れに決めるらしい.
そこが一番厄介で,困りものというところだ.

ピアノ・フォルテ市の大会場へと向かった私は,かの場所が異様な,或いは不気味な空気に包
まれていることに気付いた.


86.


これは・・・一体なんだというんだ?!辺りは火集りと黒煙で周りが見えない.そして不思議
なことに,観客席には誰一人として座っている者がいなかった.私は周囲を魔心眼で視た.

すると,黒煙のなかに,沢山の乱れた物質泉と,それらに包まれるように,物質泉と生命泉が
僅かに蠢いているのを視た.私はそれがオルテガだと信じて止まなく,前へ進んだ.大量の秩
序が乱れた物質泉は,配置から考えて,飛空挺ファンタズマゴリアだと認識できた.

「オルテガ!大丈夫か?!」
「クスフス・・・お前なのか・・・」
「一体何が起きたっていうんだ?」
「『悪魔』が・・・おれを襲って来たんだ.やつらはおれの飛空挺のエンジンを盗んでいった…
だからクスフス,お前との勝負はお預けだ」
「そうか・・・立てるか?」

私はオルテガの物質泉と生命泉を秩序あるものに並び直した.

「しかし・・・その『悪魔』って一体何が目的で君の飛空挺のエンジンを盗んだんだろう?」

いつもの調子を取り戻したオルテガは,次ぎの様なことを言ったのだ.

「ファンタズマゴリアのエンジン・・・動力炉は,人々の思い出から成り立っているんだ」と.


87.


動力炉は人々の思い出から成り立っている・・・か.思い出・・・つまり記憶を動力炉にして
いる・・・ということ.以前アンセーヌが言っていた,ミュレーゴと記憶世界との繋がりから
見て,なるほどミュレーゴであるオルテガがいかにも付けそうな名前だな,と思った.「ファ
ンタズマゴリア」と.

…それはともかく,エンジンを盗んだという「悪魔」という存在について,
私はオルテガに尋ねた.

「『悪魔』は・・・西の国に棲みつく,とにかく性質の悪い連中だ.クスフス,それに西の国
には,ハウスの動力炉があるところだ.別におれはエンジンを盗まれたってどうってことはな
いさ.また人々の記憶を集めて動力体にすればいい話だからな」
「すまないオルテガ,何故彼らは『悪魔』と呼ばれているんだ?」
「そりゃあ,おれにも分からないな.アンセーヌさんはどう考えているのかな」

私は心の中のアンセーヌに訊いてみることにした.ついで,私の記憶世界である,このハウス
に動力炉があるとは思ってもみなかった.


88.


心の中のアンセーヌは言う.

「私にも,何故彼らが『悪魔』と呼ばれているかは分からないわ・・・.ハウスを動かしてい
るってことは,クスフス,あなたの記憶世界に営みを与えてくれていること・・・.普通に考
えれば,『悪魔』なんて呼ばれない筈よね」

私は記憶士の少年にも訊いてみた.

「『悪魔』,ですか・・・.彼らについて僕の知るところは,古の魔法『ぺタグラ』の発動に
精を注いでいる,ということでしょうか.あと,『天使』という存在もいて,彼らも,古の魔
法『ヤントラ』の発動に精を注いでいるということでしょうか」

アンセーヌは言う.

「あなた,随分と詳しいわね.それはあなたが記憶士だからかしら?」

アンセーヌと記憶士の少年は,なんだかピリピリしていた.しかし,そんなことよりも,彼の
口から出て来た「ヤントラ」という言葉を聞き逃さなかった私は,以前綺羅の国で"ヤントラ
タワー"という塔を昇ったことがあるのをすぐさま思い出したのだ.


89.


ピアノ・フォルテ市のレース大会場には,私たちしかいなくて,黒煙も既に無くなっていた.
オルテガは,飛空挺の動力炉を集めに行く,と言ってどこかへ行ってしまったし,アンセーヌ
と記憶士の少年は互いにいがみあっていた.そんななか,「ヤントラ」という言葉を気にせず
にはいられなかった私は,記憶士の少年に話しかけた.

「ヤントラタワーって知っているかい?」
「いいえ,残念ながら・・・」

と,あっさりやりとりが終わってしまった.私は,以前,北の国と東の国の国境帯で手に入れ
た地図を広げてみた.そこで,何か,「ヤントラ」に関する情報はないかと地図の隅から隅ま
で探したところ,東の国は南部の大沼地を越えた先にある草原地帯に,「ヤントラ」という言
葉が使われているのを発見した.

動力炉を集め帰って来たオルテガに,次の目的地を伝えると,彼は喜んで頷き,飛空挺の修理
に取りかかった.

私の,理想郷探求への旅は,まだまだ終わらないのだ.






最終更新:2012年02月04日 19:02