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人として袖が触れている 17話

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  • 17.繋がる世界


―ありえない。
 神が言葉を失います。
―これはありえない事。
―私には分かる。
―幾憶の世界を見てきた私だから分かる。
―これは、確かな『奇跡』
―彼女が引き起こした、かけがえのない『奇跡』
 少女は人を超えました。
 しかし、それは神に並ぶ程度。
 神が起こすのは、必然。
 だからそれは、奇跡ではありません。
 だから神には奇跡は起こせないのです。
―彼女は、自らの手で奇跡を起こした。
―それは私には不可能なこと。
―少女にも不可能なこと。
 彼女は超えたのです。
 人の身でありながら、神を。


「あっ、いっけないんだー」
 その声はまるで、雷のようだった。
 空を劈き、脳天に声が響く。
 辺りを支配するのは、暗闇。
 あとは僅かな篝火の光が、私を照らしているぐらい。
「……誰?」
 私の唇が、勝手に言葉を紡ぐ。
 空にはまだ、分厚い雲が月を覆い隠していた。
「こっちだよ、こっち」
「?」
 辺りを見渡すが、声の主は何所にも見当たらない。
 でも確かに声は聞こえてくる。
「んもー、かがみはにっぶいなぁー」
「!」
 その時、私の前に突然何かが現れる。
 何か? そんなのは愚問だ。
 こんな間の抜けた声が出せる知り合いなんて、そうそういない。
 つーか何で居るのよ、こんな所に……こんな時に!
「こな、た……?」
「もー、一人だけ宴出ないなんてずっこいよ!」
 こなたが笑顔を見せ、私の腕に絡みついてくる。
 そうか……ここは、あの場所。
 私が始めて、『こっち』のこなたに会った場所。
 そう、あの……梅の木の下。
 あの梅の枝からまた、飛び降りてきたんだ。
「へへっ、つかさ代わりに座らせてきちゃった。皆酔っ払っててつまんないんだもん」
 そろそろ宴も中盤な頃合。
 おじさんもその他も酒が程よく回っている頃だろう。
 さては抜け出して隠れてやがったなこいつ!
 それでまたそんな辺りに単を脱ぎ散らかして!
「……それに、さ」
 私の腕を掴む手に力が入る。
「ちょっとでも長く、かがみと居たいな」
「……」
 腕の感触が伝わってくる。
 こなたの、感情が。
 これは……寂しさ?
 いや、少し違う気がする。
 どちらかというとこれは……。
「……なせ」
「えっ?」
 その時、声が漏れた。
 私の口から……勝手に。
「放せっ!!」
「!」
 私の手が、こなたを突き飛ばす。
 乱暴に突き飛ばされたこなたは地面に乱暴に叩きつけられ、尻餅をつく。
 そして信じられないといった表情で、私を見上げる。
「か……がみ?」
 私は今、どんな顔をしているだろう。
 憎しみ? 蔑み?
「触れるな……汚らわしい」
 彼女は言った。
 この世界のこなたなんて、いらない。
 私のものにならないこなたなんて、いらないと。
「ま、待ってよっ!」
 視線も合わせず、去ろうとする私にこなたがしがみ付く。
「放せ……お前にもう、用はない」
 私が冷たく言い放つ。
 彼女はもう、こなたなんか見ていない。
 次のこなた……私の世界のこなたしか、見えてない。
 ……。
 その、はず。
 ねぇ……本当に、そう?
 心のどこかに、何かが引っかかる。
 あんなに泣いて、こんなに狂るまで……好きなのに?
「放して……放しなさいよ!」
 腕にしがみつくこなたを、もう一度突き飛ばす。
 乱暴に砂利だらけの地面に叩きつけられるこなた。
 だけど、また立ち上がる。
「ど、どうしたのさ……かがみ」
「……」
 視線はこなたのほうを見ることはない。
 このこなたに、もう意味がないから?
 いや、違う。視線を逸らしてるんだ……必死に。
 そっか……今ようやく分かった。
 彼女は、こなたから……。
「どうして……逃げるの?」
「!」
 こなたの言葉が、私に突き刺さる。
 そうだ、ずっと不思議だった……彼女が何処かに行こうとするのが。
 だって世界は終わるのよ?
 何処だっていいじゃない、こなたの部屋だって……。
 私は……逃げてるんだ。
 こなたという存在から。
 この世界の、こなたから。
「うるさい……五月蠅い! どいつもこいつもっ! 私もっ、あんたもっ!!」
 声が響く。
 彼女はずっと、逃げ続けてきた。
 身分という世界から逃げ、その怒りを私に、世界にぶつけた。
 そして、今も……。
「お前がっ……そうだっ! お前なんかが居るからっ!」
「!」
 立ち上がったこなたに掴みかかる。
 その手はこなたの……細い首筋に。
 身勝手な私。哀れな私。愚かな私。
 逃げ続けた結果が……これ?
 それで、本当にいいの?
「ぁ……っ」
 手に力が入っていく。
「お前が居なくなればいいっ……それでもう、私を縛る鎖は全部消える! 私の願いは全部叶う!!」
「っ……が、みっ……」
 微かな声が、私の耳に届く。
 私の指が喉を押しつぶし、言葉の自由を許さない。
 でも口だけは、動いていた。
 それが、私の体が見えたのかは分からない。
 でも、『私』には見えた。
 口の動きからとか、そんなんじゃない。
 分かる……だって、私とこなただもの。
『かがみ』
 声にならない言葉が、耳から自然と音符をつけて流れる。
 まるでそれはレクイエム。
 私のための……私に向けられた鎮魂歌。
『大丈夫、怖がらないで』
 私の中を言葉が過ぎていく。
 こんな目にあってまで……こんな事をされてまで、こなたは私と向き合ってくれている。
 今にも、自分を殺そうとしてる相手を。
 なのにこいつ……この世界の私はどう?
 身勝手な持論を振りかざして、世界を壊す。こなたを壊す。
 世界と向き合う事もなく、こなたと向き合うこともなく。
 私は、そんなちっぽけな存在に負けるの?
 たかが、自分の世界にすら立ち向かえない……こんなやつに!?
 私は立ち向かってきたわ!
 この世界に、自分に降りかかってきた運命に!
 こんな自分にも立ち向かえないような奴に……負けるはずなんてない!
「!」
 こなたの首を絡めとっていた手が、止まる。
 月は出ているか? 何よそれ……そんなの関係ないわ!
 言ったでしょ、無理を通して道理を蹴っ飛ばす!
 私は私。どの世界で、どの時代に居ようが……ここに居る!
 それだけは絶対に、疑えない真実。
 私を私だと疑う私だけは、絶対に存在してる!
「く……そっ」
 手が離れ、こなたが地面に崩れる。
 手足に感覚を感じるんじゃない……感覚のほうが私を感じればいい!
「馬鹿、ねっ……今更、意味なんてないっ」
 私に私自身が言葉を投げかける。
「知らないのっ? そういうのを、往生際が悪いって言うのよ!」
 その言葉を残して、彼女は消えた。
 いや、正確には隠れた。
 私の奥に……心の奥底に。
 捨て台詞を残して、ね。
「大丈夫? こなたっ!」
 地面に倒れ、咳き込むこなたに駆け寄る。
 今まで首を絞めていたのに、大丈夫? はないわよね。
 まぁいいわ、そんなの気にしてる場合じゃない!
「かが……み?」
 こなたの青白い顔が、私を見る。
 でも何処かその表情には、疑問符が残っている。
 そりゃそうよ、今の今まで首絞めたくってたんだから!
「こなた、私……私っ」
 謝ろうと言葉を必死に巡らせる。
 でも、今どんな言葉を言えばいいと思う?
 酒に酔ってた? 頭がおかしくなった? 私の中に私が?
 ……。
 ううん、どれもきっと無駄。
 彼女は何も知らないんだ。彼女だけじゃない、他の誰もが。
 私のことも……今にも、世界が終わろうとしてることさえも。
 そうだ、今更何が出来るっていうの?
 体の自由を取り返したから……何? 意味なんて、あった?
 消える時間が少し……長引いただけじゃない。
 あははっ、馬鹿みたい。
 そうよね。本当、今更……だわ。
「……ごめん」
 結局出たのは、その一言。
 謝る資格すら私にはないのかもしれない。
 世界は終わる。
 私の所為で。
 どうやったって……終わるんだ。
 もう私には、何も……。
「ねぇ」
 その時だ。
 全ての希望が消えかけた時。
 私が、諦めかけたその時。
 光が差した。
 絶望という暗闇の中に、微かな光。
 そう……起きたわけ。
 そんな、口にするのも恥ずかしいような単語が。
『奇跡』という、二文字が。

「君、『かがみ』じゃないよね?」
 こなたの目が、私を見る。
 私を貫くように、私の心の奥まで。
 ……えっ?
 心臓が今までにないくらい、跳ね上がった。
「ううん、言葉がおかしいや。君も『かがみ』」
 言葉を失う私に、こなたが言葉を突きつける。
 何?
 何が……起きてるの?
「でも、私の知ってる……『かがみ』じゃない」
 私はいつか、願った。
 誰か、私を見つけてと。
 誰か、私を助けてと。
 そして、今……見つけてくれた。
 こなたが……私を。
 体の私じゃない、『私』を。
「私ね、変なんだ。私の中でずっと小さな『声』がするの……『私』の声」
 言葉が蘇る。
 今日の、こなたの言葉。
 彼女は言っていたじゃないか。
 私が一人の時に、言った。
 つかさが去って……私と二人の時に。
「そっちのかがみの中には『私』の世界のかがみがいる……だから、『こっち』に帰してあげてって」
 こなたの中に、響いた『声』
 それが、私の中に溶けていく。
「それでね、伝えて欲しいって……」
 こなたが先程まで潰されていた喉を気にし、一度咳払い。
 そしてゆっくりと、言葉を紡いだ。
『見つけたよ、かがみ』
 それが、私の中で声とともに再生される。
 じゃあ……じゃあ、じゃあ!
 本当に、本当に……『こなた』、なの?
 この世界のこなたじゃない。
 私の知ってる……私の、『こなた』
 私の世界の、こなた?
「あ……」
 視界が、滲んだ。
 溢れた涙は頬を伝い、地面に落ちる。
 見つけて、くれた。
 この平安の世界で……。
 たった一人で迷い込んだ、私を。
 こなたが……世界を超えて。
「こなた……こなたぁっ!」
 思わず、こなたを抱きしめる。
 零れた涙は、止まらない。
 触れ合った体から、伝わる。
 そこには確かに感じた。
 彼女の……私の知る彼女の、微かな温もりが。
 私を……見つけてくれたんだね。
 ……伝わったよ、こなた。
 最後の最後に、教えてくれたんだね。届けてくれたんだね。
 私も……見つけたよ。
 私が、『失くした』もの。
 今、見つけた。
 こなたが、教えてくれた。
 どうして忘れてたんだろう。
 どうして失くしてしまったんだろう。
 今なら分かる……胸の奥から溢れてくる感情に。
 暖かで優しくて、かけがえのない感情。
 それは……たった二文字の言葉。
 この言葉に気がつくのに、私はどれだけ時間を食いつぶしてきたんだろう。
 世界を壊して……みんなを壊して。
 でも、今なら分かるよ。
 そうよね……言ったはずよ、これがスタンダード。
 だからそれは、いつも私の心に見え隠れしてた。
 今なら言えるよ、こなた。
 ……好き。


 あれは何時だろう。
 淡く蘇るのは、いつかの……私の世界での記憶。
 こなたとそう……所謂、喧嘩をした。
 ちょっとした拗れ。
 始まりは私。
 私の嘘が紡いだ、些細な喧嘩のはずだった。
 それが何時の間にか、有耶無耶になって。
 何時しか距離を置くようになって。
 何時しか空気がぎこちなくなって。
 そのまま多分、今までの日々を過ごしてた。
 だから、なのかな。
 私はその罪悪感から、こなたと向き合わなかった。
 こなたから……逃げた。
 だからこの想いに、気がつけなかった。
 この想いを……『失って』いたんだ。
 それがきっと、『私』の世界への分岐点。
 こなたを愛さない、私の世界への分かれ道。
「く、苦しいよっ、かがみっ」
「うん……ごめん、ごめんねっ。こなた」
 私の背後には、沢山の仲間が居る。
 私を後押ししてくれる。
 私という歯車を回してくれる。
 その中には……『こなた』も、居るんだね。
 私の、世界の……こなた。
 ふふっ、何だか照れくさいな。
「来て、こなたっ」
「えっ?」
 こなたの手を掴む。
 まだ、時間はある。
 彼女は言った。
 満月が沈む頃には、全て終わる。
 まだ時間はある。
 まだ私は、諦めない。
 出来る事は……きっとある!
 どうするかって? 決まってるじゃない、会うのよもう一度!
 あの身勝手で、馬鹿な……私自身に!
 神は言った。
 私が元の世界に帰るには、失った何かが必要だって。
 それがなければ、彼女には打ち勝てないって。
 彼女を……救えないって。
 今ならその理由が分かる。
 私も、同じよ……私も彼女を、救いたい。
 私には、分かる。私だから、分かる。
 ずっと、こなたから逃げてきた……私だから。
 馬鹿げた見栄と、馬鹿なプライドの所為で。
 そう……そして、彼女も。
 もしかしたら、あの神様は全部分かってたのかもね。
 彼女も私も、こなたから逃げ続けていたことを……。
 今なら、彼女の心の闇が……伝わる。
 他人の悲しみなんてのは、他人にしか分からない。
 ……だから私も、分からなかった。
 だって私は、『違った』から。
 でも……今私は、彼女と『同じ』!
 私は、私。
 私は彼女。
 そう、他人なんかじゃなくて私自身……だから伝わる! 分かる!
 彼女の痛みが、私の悲しみが……本当に望むものが!
「これで、最後にしましょう」
 荒くなった息を整え、声を振り絞る。
 背後から聞こえるのは、宴の喧騒。
 ここはこなたの部屋じゃない。
 今となっては戻る時間も惜しいくらいだもの。
 でも大丈夫、ここにもある。
 巨大な鏡……地面を埋めるのは涙の海なんて、こ洒落たものじゃなくて……苔の浮いた混濁の池。
 写るのは私に、こなた。
 そして……何時の間にか顔を出した、満月。
 空を覆う雲は、何時しか二つに割れていた。
 まるでモーゼ。
 さぁ、道を開けなさい。
 もう誰も、私の邪魔はさせやしない。
『……しつこい女ね』
 その映っていた全てが混ざり合い、私だけがそこに映し出される。
 鏡にならない鏡。
 それは傍から見れば、異様な光景だ。
「お生憎様、そのままあんたに返してやるわよ」
『世界が終わるのに、相変わらずね』
 ええ、そうよ。
 私はもうもう迷わない。
 ただ前に、進むだけよ。
『世界は終わるのよ、あんたの所為で』
「……そうね」
『馬鹿な貴方、愚かな貴方……もうすぐ世界は終わる。すべて消える』
「ええ、消える……私も、つかさも。みんなみんな」
『はっ……分かってるじゃない』
 水面に写る私が、嘲笑う。
 ……そんな風に見えてたわ、ずっと。
 でも、違うのよね?
 今なら分かる。
 こなたが好きな私だから、全部伝わる。
「そう……こなたも、ね」
『……』
 彼女が一度、言葉を止める。
『それが……何? 別にいいのよ。私は別の世界、貴方のこなたと一緒に……』
「嘘」
 伝わってるのよ、もう。
 その下卑た笑顔の奥の……ただのやせ我慢が。
「本当は、そんな事……思ってないんでしょ?」
 世界は終わる。
 彼女はそして、違う世界へ。
 本当に、それが望む事なの?
 だってそれは、『違う』世界。『違う』こなた。
 私を見れば、分かるはずよ。
 世界は億千もの枝に分かれてる。
 その先全てが、同じであるとは限らない。
 この平安の世界のこなたは……ここにしかいない。
「貴方のこなたは、ここにしかいないの」
 こなたと繋いだ手を強く握る。
 こなたは黙って聞いていてくれた。
 その奥の彼女にも、届いているのかな。
 私のこなただって……一人しか、いないんだ。
「神に成り代わったって、どんなに世界を変えたって……もう貴方のこなたは居ない。それは、一人と一緒。永遠に孤独なだけよ!」
 知りもしない世界に一人で放り出される気持ち。
 それは、私が一番良く知ってる。
 ただあてもなくて……誰も居なくて。
 寂しさに心が押しつぶされそうになる。
「お願い、世界を捨てないで……立ち向かって!」
 いつか言われた神の言葉を代弁する。
 逃げ続けた世界に、希望なんてない。
 居るのは、知りもしない誰か。
 本当にそれが、その人だなんて誰が証明できる?
 見た目がそうだから?
 それだって、思い込みじゃない!
 あの抜けた神様がいい例よ!
 そうやって自問自答し続ける世界が、本当に幸せなはずがない。
 本当の幸せは……すぐ傍にある。
 一番近くに、ある。
『あんたに……あんたに、何が!』
「分かるわよ!」
 私の言葉に、彼女が目を見開く。
「私には分かる……私だから、分かる。あんたは私、私たちだって……繋がってるのよ」
 世界は、繋がってる。
 その繋がりこそが、世界。
 誰かが私を助けてくれるように、誰かが私と繋がってるように……。
「あんたも私を、助けてくれたでしょ?」
 そう、ずっと不思議だった。
 あの抜けた神様にあんたの名前を聞いた時から。
 だって、変じゃない。何であんたが、私を助けるわけ?
 私を憎んでるはずの、あんたが……。
『知らない……そんなの、知らない!』
 あんたは私に『鍵』をくれた。
 神という存在を、教えてくれた。
 知らないって言うならきっと本能よ。
 それでもいい。無意識でもいい、認めなくてもいい。
 だって私は確かに感じてたんだもの。
 あの強烈な違和感、『鍵』を。
 あれこそが確かに……貴方と『繋がっていた』証。
「あんたも本当は、神様に気がついて欲しかった……神様と私を引き合わせて、救って欲しかった!」
『何よそれ! 馬鹿げてる、話にもならない!』
 彼女が声をあげる。
「ねぇ、もう素直になりましょ……諦めたくないんでしょ? この世界を……こなたを」
『五月蝿い……黙れ、黙れ黙れ! 黙れぇっ!!!!』
 いくら声を張り上げても、無駄よ。
 もう、全部伝わってる。
『こんな世界なんか、知らない! 私のものにならないこなたなんて要らない! 私はなるの! 神に、永遠になるの!』
 まるで子供の嗚咽。
 涙が零れ、所構わず泣き叫ぶ。
 それは不思議な光景。
 水面に写るのは、泣き叫ぶ私。
 それを見下ろす私に、それはない。
「ねぇ、かがみ」
『!』
 声をかけたのは、こなた。
 しゃがんで池の水面を覗き込み、彼女と目を合わせる。
「私はかがみの事……大好きだよ?」
『……今更、そんなのっ!』
 逆さに写った私から零れた涙が、水面に波紋を作る。
『どうせあんたは、別の誰かのものになる……私から離れる! 私を、一人にする!』
「それは違うよ」
『違わないっ! 一緒がいい! ずっと一緒……永遠に、一緒!』
 それは今まで伝えられなかった本音。
 昨日流した、涙の意味。
 彼女は選んだんだ。
 自分のものにならない本物。永遠に自分のものになる偽者。
 その二つを天秤にかけ、選んだ。
 後者を……逃げ続ける道を。
「ううん、違う。だってね……離れても、心は繋がってるんだ」
 こなたがゆっくりと手を伸ばし、水面を撫でる。
 まるで、私の涙を拭うように。だけど水面が揺れるだけで、少し苦笑い。
「遠く離れたって、心は消えない……ずっと繋がり続ける」
 そして、立ち上がり今度は私を見る。
「だから私には聞こえたんだよね? 『私』の声が」
 こなたは、繋がった。私の知る『こなた』と。
 例えそれが一瞬だったとしても、知覚できるはずがないんだ。
 この世界のこなたが、私の世界のこなたを。
 だから、これは『奇跡』……神ですら起こせない、所業。
「世界が違っても、繋がってる……それは私たちが心で繋がってるから」
 こなたが笑顔を見せる。
「……教えてもらったんだ。『私』に」
 そうだったわね……私も思い出した。
 それを『最初に』言ったのは、あんただったっけ。
「それをね」
―ほら、よく言うじゃん。
 言葉が重なっていく。
 ええ、よく覚えてるわ。まるで、昨日の事のようにね。
「『袖が触れてる』って言うんだって」
―袖が触れたらどうこう、ってさ。
 そうだ。
 こなたは最初から、分かってたんだ。
 違う世界を歩んできたとしても……きっと、一緒だったって。
「あんたも見たはずよ……どんな世界でも私たちは、一緒なの。どんなに離れていても、いつかはめぐり合うの」
 そして……恋をする。
 そりゃあしない世界だってあるかもね、私がそうだったんだから。
 だって世界は無限。どんな可能性だって秘めている。
 でも、一緒だよ? いつだって……どこでだって。
「だから大丈夫っ。どんなに離れても、繋がっていられるんだよっ」
『あ……』
 こなたが笑顔を見せ、水面に手を伸ばす。
 その手を差しのべられた彼女は、いや私は、どんな気持ちだろう。
 私は欲しかった。
 空高くに広がる、花が。
 でもその梢は高くて、手が届かなくて……。
 貴方なら、そんな時どうする? あははっ、同じ質問をされたわよ私も。
 だからって、木に登ればいいなんて返事したら駄目よ?
 だって、私には鎖があった。
 身分という鎖。
 それが体を縛る限り、どうやっても花に手は届かない。
 でもね……本当は簡単な方法があるの。
 いくら伸ばしても、届かないならそう……向こうから、手を伸ばしてもらえばいい。
 そしたらほら……後は、その手を掴むだけ。
『……』
 こなたの手が水面に触れる。
 でも水面に映った私の手が、それに触れる事はない。
「かがみ?」
『駄目……よ』
 もう一度落ちた涙が、水面に波紋を立てる。
『一杯、一杯酷い事した。私自身にも、世界にも』
 嗚咽にも似た叫びが、辺りを劈く。
『もう、戻れない……私に、手を伸ばす資格なんかない! それが、私の罰! 世界から逃げた、罰!』
 こなたの伸ばした手は、空しく水面に波紋を作る。
 もうすぐ、世界は終わる。どうあっても……どうしても。
 だから、彼女には許せない。
 自分が……自分自身が。
「それは違うわよ」
『!』
 涙で歪んだ顔が、私を見る。
「罪を償う事が罰じゃない、罰を受ける事が禊じゃない……罪を受け入れる事が罰であり、禊なの」
 受け入れて、見つめて……向かい合って。
 立ち向かうことこそが、罪を犯したものの宿命。
 罪を犯したことへの、せめてもの礼儀。
「あんたはまた、逃げようとしてる……言ったわよね? もう、終わりにしましょうって」
 逃げた後にはもう、逃げ続けるしかない。
 その悲しみの連鎖は、終わらない。
 彼女の心を、完全に壊してしまうまで、終われない。
 だから、ここで終わらせよう。
 立ち上がって……向かい合おう。
 もちろん、貴方一人に押し付けたりはしない。
「一緒に、受け入れましょう……罪を」
 私も、同じよ。
 この世界に干渉して、世界を壊し続けてきた。
 それが私の意志でなくても、罪は罪。
 私もそれを、受け入れる。立ち向かう。
 だから、一緒よ。
 二人で償いましょう。
 世界に……皆に。
『だって、だってそんなのっ……!』
「ほら」
『!』
 私も手を伸ばし、こなたのそれに重ねる。
 ふふ、傍から見たら不思議な光景かもね。
「私とこなたの手は、もう貴方に伸ばしてる……あとは、貴方が伸ばすだけ」
 あと少し。
 その手を伸ばすだけで、届くの。
 貴方が欲しかった『花』に。
 貴方の望んだ……世界に。
『でも……世界は、終わる! もうあと一時間かもしれない、一分かもしれない!』
 ええ、分かってるわ。
 私の耳には確かに聞こえてる。
 まるでそう、泡が消えるかのような破裂音。
 世界はもう……いつ壊れてもおかしくない不安定な状態。
 空を渦巻く暗雲も、それを予兆するかのよう。
「残りがたった一分でも……一秒でもね、貴方が向き合えば世界は変わるの……」
 逃げ続けた世界から、立ち向かう世界へ。
 そうやって世界を変えていった人たちを私は知ってる。
 私もそう。
 だから貴方にも、出来るの。
 それに……。
「それに私は……まだ諦めてないわよ? この世界を」
 どんなに可能性が低くても。
 たとえ可能性が1%に満たなくても、成功するまで諦めない。
 それならほら、100%と同じよ!
『っ……』
 彼女が言葉を詰まらせ、視線を落とす。
『あんたは……ずっとそうだった』
 そのままゆっくりと、言葉を声に変えていく。
 涙で擦れたそれが次第に辺りに解け、私の耳に届く。
『どんなに絶望しても、闇に突き落としても……また、顔を上げる』
 その涙を手で拭い、もう一度顔を上げた。
『ねぇ、どうして? あんたはどうしてそんなに信じられるの? 自分を、世界を……』
 ……。
 ふふ、あははっ。
 今更それを、私に聞く?
 愚問よ。もう、何回も言ってるじゃない!
 私は一人じゃない。私には、皆が居る。
 私を助けてくれる、皆。
 私を回し続けてくれる、皆。
 その中には、貴方も居る。こなたも居る。神様だって居る!
 そして今度は……私の番。
 回されてばっかりってのは、趣味じゃないわ。
 今度は私が、皆を回す番。
 だって、私は……私たちは、そう。
 ……もう、答えは分かってるでしょ?
 しょうがないわね、特別に教えてあげるわ。
 とびっきりの、憎たらしいほどの笑顔でね!
「繋がってるから」
 世界は繋がっていて。
 私たちも繋がっていて。
 それは『想う力』なんて、一方通行な身勝手な力じゃない。
 お互いが手を伸ばしあって……初めて、『繋がる』の。
 それが私の『繋がる』……『絆』の力。
 両方向の、一人では不可能な力。
 もうすぐ世界が終わる?
 幕はもう、降りかかってる?
 それはつまり、まだ完全には降りてないってこと!
『強いのね。私なんかより、ずっと……』
「何言ってるのよ、あんたも……私よ」
『……』
 その時、笑った。
 それは最初に見えた、下卑た笑いじゃない。
 彼女の……私の、本当の笑顔。
『そうね、忘れてたわ』
 そして水面に映る彼女の手が、ゆっくりと私とこなたの手に重なった。
『私も……守りたい。この世界を、こなたを……皆を』
「ふふっ、私らしくなってきたじゃない」
「うん、かがみはそーでなくっちゃ!」
 こなたの手を私の手が強く握る。
 ごめんね、こなた。
 少し帰るのが遅れるわ。
 これが最後のお節介……そして、お礼ね。
 私を助けてくれた、皆へのお礼。世界へのお礼。
 私は繋ぎとめてみせる。
 皆を……この世界を。
 これが最後。本当に……最後。
 ねぇ、『貴方』も力を貸してくれるでしょ?
 簡単よ、願うだけでいい。
 強く……ただ強く。
 私も想う……繋がってくれた皆を、見ていてくれた貴方を。
 大丈夫、見せてやりましょう。
 人の、繋がる力を。
『絆』が紡ぐ、『奇跡』を。
 本当のクライマックスは……ここからよ!


(続)












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  • いよいよクライマックスかぁ
    -- 九重龍太 (2008-04-19 19:51:02)

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