kairakunoza @ ウィキ

宮河姉妹の大晦日

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 ――さあ、現在の時刻は七時四十五分。今年も残り少なくなってまいりました。
  会場は熱気であふれています! みなさーん、そろそろ準備はOKですか?
  ……はーい、もうそろそろだそうです。こちらは準備が終わり次第開始です。
  ではそれまで、一旦スタジオにお返ししま――――


 わずかに静電気を残して、電源を落とされたブラウン管は沈黙した。
 リモコンを置く乾いた音と、秒針の刻むリズムが部屋に響く。
 独りで見る年末特番は面白くない。
 笑いを共有できる人がそばにいないと、内容の華やかさと自分の気持ちが反比例してしまう。
 見ていても意味がないと判断したひかげは、電気代の節約のためにもテレビを消した。
 しかし消したことで、このような暇をもてあますという結果になってしまった。
 天井を見上げたり、壁にかかった時計を眺めたり、玄関の方角を向いたり。
 足をばたつかせてみても、伸びをしてみても、コタツに突っ伏してみても、なにも起きない。
「お姉ちゃんまだかな……」

 ひなたは自ら戦地へと赴いていった。
 今日は大晦日であり、いわゆる「三日目」でもある。
 一日目・二日目もさることながら、この日も有明が賑わう。
 会場では危険が伴うため、ひかげは家で留守番をすることにしたのだった。

「あんな人ごみの中に毎年毎年行って何が楽しいんだか」
 頬杖をついて、ことあるごとに増えていく同人誌の山につぶやく。
 このうち、いくつかは高値で取引されているらしい。
 中にはプレミアがついて元の倍以上、一桁繰り上がっているものも。
 それが、これだけの量あるので……フランス料理のフルコースを朝昼晩と頼めるだろう。
「はぁ……」
 しかし、どれほどの価値があろうと紙は食べられない。
 今必要なのは宝の山ではなく食品なのだ。
 大の字に寝転がり、空腹を忘れようと目を閉じる。
 秒針とおなかの奏でる不協和音が物悲しく鳴る。

 カッ……カッ……ぎゅうぅぅ……カッ……カッ……

 と、そこへ、淀んだ空気に終止符をうつ蝶番の音が。
 ひなたが戦から帰ってきたのだ。
「遅くなってごめんね~。撤収のお手伝いに時間かかっちゃった」
 両手に提げた戦利品を床に降ろし、ふう、とため息をつく。
 ひかげは起き上がり、そっと歩み寄る。
「おかえりお姉ちゃん。もう待ちくたびれておなかペコペコだよ」
 言うと同時に、おなかが一段と大きく鳴った。
 そこでひかげは力尽き、崩れ落ちた。
「あらあら、じゃあ急いでお夕飯にしましょう。おそばでいいかしら」
 コートを脱ぎ、手早くエプロンを身に着ける。
 戦利品の紙袋にまぎれて影の薄くなっていたビニル袋から、食材を取り出す。
「うん、いいよ。……でも、何そばにするの? かけそば?」
「今日はお肉も買ってきたから、いつもより豪華に肉南蛮そばよ」
 そう言って、竹の皮に包まれた豚肉を取り出す。
「――え?」
 空白の数秒の後、脳が言葉の意味を理解すると、ひかげの目が輝きに満ちた。

「ど、どうしちゃったの、それ! いつもは同人誌の買いすぎで年末の食費大変なのに」
「たまにはひかげちゃんにも美味しい物を、って思ってね」
 振り向いて、いつもの笑顔を見せる。
「お姉ちゃん……」
「……本当のことを言うと、今回は原稿を落としちゃった所が多くて、お金に余裕ができたからなんだけど」
 ちょっと苦笑の混じった表情に変わるが、ひかげは気にしていない。
「理由なんて今はどっちでもいいよ。ありがとう!」
「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ」
 前を向きなおし、材料の下ごしらえに取り掛かった。



  ――はい、ありがとうございます。スタジオから加藤アナでしたー。
  こちら、芋煮の特設会場では、多くの方々が『年越し芋煮』に参加してくださっています!
  この記録は、参加人数によってはギネスに認定されるかもしれません。
  大釜には沢山の芋煮がありますので、是非、いらっしゃってください!
  一旦CMとなりますが、番組はまだまだ続きます――――


 再び活動しだしたブラウン管は、局のある臨海副都心の様子を中継していた。
 電波はどの家庭にも等しく情報を運ぶ。
 会場の人々の表情を運び、おいしそうな料理の映像を運び、そしておいしそうな匂いまで……。
「ん、いい匂い~。お姉ちゃん、まだぁ?」
「もう少し待って~」
 さすがに、匂いの出所は台所だった。
 部屋の中いっぱいに、つゆとネギの香りがひろがる。
 鍋からそばを二人前に分け、つゆを注ぎ、煮て味のしみたネギと豚肉をのせる。
 丼をコタツの上へ運び、二人が向かい合う。
「さ、いただきましょうか」
「いただきまーす」
 待ちに待った夕食――今年最後の食事が始まる。
「はぁ、久しぶりのお肉……お~い~し~い~」
 これぞ至福のひとときと言わんばかりに破顔する。
 その顔がなんともおかしくて、かわいくて、ひなたも笑う。
「あわてなくても、お肉は逃げないわよ」
「でも、日付が変わる前に食べきらないといけないんだよね?」
「まだ三時間以上もあるから大丈夫。落ち着いて」
「はーい」
 丼に箸のあたる音が響く。

「……あ、そうだ。七味も入れてみよ」
 ひかげは台所に行って、小さなガラス瓶を取った。
 コタツへ戻ってくる途中、紙袋の隣に一冊のコピー本が落ちていることに気付く。
「お姉ちゃんこれは?」
「ええと、原稿を落としちゃったサークルの売り子さんが、お詫びにくれたものだったかしら」
「ふうん」
 一ページ目をめくってみる。
「なになに、
 『ごめんなさい、とうとう原稿を落としてしまいました。
  わざわざ遠くからいらした方、無駄足踏ませてしまって申し訳ないっス……。
  お詫びといってはなんですが、あるあるネタ四コマ漫画を。
  すぺしゃるさんくす:H.T.先輩
  “みかんを食べ過ぎると、手とか黄色くなっちゃうよね~”』
 ……手が黄色くなるまでみかん食べたことないからわかんないよ」
 コピー本を紙袋へ戻して、コタツの中へ。
「そうそう、そういえば知り合いのサークルの方からたくさんみかんを頂いたの」
「本当!?」
「宅急便で送ってくれるから今はないんだけど、お正月はみかんに困らない生活になるわ」
「じゃあ、みかんを食べ過ぎて手が黄色くなるってネタも……」
「試せるかも」
「やったー! お正月が楽しみだね」
「ふふ、ひかげちゃんったら」

 二人の笑い声は、今年の終了を知らせる百八つの鐘の音が鳴り終わるまで続いた。



  ***  ***  ***

 時は戻って数日前の夜。

「うわぁブルースクリーン――!!」
 あわててリブートを試みるも、作業中のデータはすっかり消えていた。
「嘘だといってよ、バーニィ。また、いちから、やりなおし……?」
 額から破裂した水道管のように汗が吹き出る。
「プロットはまだ頭の中にあるからいいとして、PCで描くのに一ページ何分かかると思ってるんスか」
 消えたページ数と、自分の作業効率を計算して、計算して、計算して……。
 死ぬ気でやって奇跡が起きて時間が巻き戻ってくれないと間に合わない。
「こうなりゃ自棄っス! 機械に頼るからダメなんっス! アナログでいくっス!」
 ペンタブ、キーボード、マウスをガァーッ!! っと端に寄せる。
 原稿用紙とペンとインク瓶を用意して、ネームもなしに一発本番。
 さあ瓶のキャップを開けようとしたとき、神様は些細なイタズラをした。
「ぬひょおぉおお!! こぼれた!」
 瓶はひっくり返り、すべての原稿用紙に黒い染みをつけた。
「予備、予備は! 切らして、たんだっけ……。
 ……もう泣いてもいいっスか。いいっスよね」
 誰に言うでもなく、自嘲する。
 そして一筋の涙を流して、後片付けを開始した。

「かくなる上は……」
 ひよりは机の抽斗を開ける。
 奥のほうに、大切にしまっておいたノートを取り出す。
「先輩、とうとうこのネタが日の目を見る日がキタっスよ……ひひ」
 禁断のネタ帳を前にして、少々ためらいもあった。
 しかし、この機会を逃すともう後がない。
 意を決して、コピー用紙にネタを描き写す。
「みかんを食べ過ぎると、手とか黄色くなっちゃうよね~……」













コメントフォーム

名前:
コメント:
  • バーニーで吹いた自重ww -- 名無しさん (2009-08-07 19:56:48)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー