- 17.根っこを知ろう!
違和感は、最初からあった。
家に戻ると、まず急になんというか……胃が重くなった。
まぁそれは例えだけど、確かに気分が悪くなったのは確かだ。
襲ってくるのは頭痛と吐気。
この感覚には覚えがある。
彼女……こなたから伝わってきてる、それだ。
「こなた?」
家に入り、こなたの部屋に戻ってくる。
中には予想通りにこなたが居た。
そりゃ、ひきこもりなんだから家から出るはずもない。
だけど……また違和感。
まだ時計の針は10時を過ぎようというところ。
なのに昨日遅くまでゲームをしてたこいつが、目を覚ましている。
そしてベッドの上でうずくまり、ただ……放心していた。
「……おかえり」
「う、うん。ただいま」
私に気がついたのか、こなたが視線を上げる。
だけどまた、俯くように膝に顔を埋める。
「どうか……したの?」
「……」
不機嫌、とかそういうのとは違う。
これはきっと、悲壮感。
涙は流してなくても伝わる……彼女の、悲しみが。
「朝、ね」
膝に顔を埋めたまま、言葉を続ける。
「電話が……あったんだ」
その電話の音には聞き覚えがある。
人の眠りを、天使と一緒にセッションで妨害したあれだ。
「それにお父さんが出てそれで……」
「……それで?」
言葉の続かないこなたに、優しく言葉をかける。
……私としては、優しくしたつもり。
「いとこの子がね……事故に、あったって」
「えっ……」
思わず、言葉を失った。事故。その二文字の恐怖は、私もよく知っているから。
「まだ意識……戻らないって」
彼女の胸の奥から、不安の声が反響して伝わってくる。
その小さい体を劈く慟哭は、彼女の心を壊していく。
「お父さんは心配だからって……すぐに病院に行った」
「あ、あんたは……行かないの?」
「嫌」
その言葉はすぐに返ってきた。
だけどその言葉とは裏腹に、不安が心に積もっていく。
そのいとこの子に対する愛情も一緒に。
「外は……嫌」
まただ。
彼女の、外に対する嫌悪感。
何かが彼女を縛り、億劫にする。
その『何か』……それに触れるのには、勇気がいる。
だってそれに触れればきっと、彼女を傷つけてしまうから。
……ううん、違うか。
天使にも言われたっけ……私が、傷つきたくないから。
……もうやめよう、そんなのは。
「どう……して?」
一歩を踏み込んだ。
ここからは、彼女の領域。
彼女の中で彼女だけが感じている聖域。
「……」
そして膝から顔を上げ、私を見る。
その奥の悲しみが、私の胸にも溢れて流れ込む。
「誰かと会うのが、嫌。もう……誰にも会いたくない」
「誰、にも?」
その言葉に一瞬、戸惑う。
だってそんな事、不可能に決まってる。
人は一人じゃ生きていけない。
これまでだって今だって、おじさんに縋り付いて生きているようなものなのに。
「だってどうせ、死んじゃう……お母さんみたいに」
今の彼女を支配する言葉。
それは、『母』という単語。
……これだ。
これが、彼女の根底に根付く……全ての原因。
「お父さんだって、どうせ私より先に死んじゃうんだ。なら……」
溢れた言葉が私の耳に届く。
胸に響くのは悲哀。失う、悲しみ。
「なら……もう、誰も好きになりたくない」
最後にもらした言葉が、私を貫く。
……それが、彼女の本心。
深い根っこの、正体。
だから父親にも心を開かない。開けない。
だから学校にも行かない。行けない。
だから外にも出ない。出れない。
誰かと交流を持てば……また、求めてしまうから。
また……失った悲しみに、耐えられなくなるから。
父を遠ざけ、友人を遠ざけ、他人を遠ざけ……自分を、隔離した。
「ごめん……ちょっと、一人にさせて」
「……うん」
彼女の言葉を受け入れ、部屋から出る。
天使が居なければ私には何も出来ない。
優しい言葉をかけてあげる? 慰める? 同情する?
そんなの、どれも効果はない。
ただ彼女を惨めにするだけ。
これが……。
これが、残された者の悲しみ。
一生、心に背負い続ける十字架。
それを今、思い知らされた。
その時不意に、私も思い出した。
いや、思い出してしまった。
私が残してきたものを……忘れていたものを。
どう、してるかな……皆。
お父さんやお母さん。姉さんたちに……つかさ。
それを今まで考えなかったわけじゃない。
でも、私の体が自分の病室に向かうことは一度もなかった。
それは悲惨な自分を見たくなかっただけじゃない……哀しい顔をしてる家族も、見たくなかったんだ。
だって、悲しませているのは自分。
それを押し付けられるようで……後ろめたかったのかもしれない。
会いに、行ってみようかな。
……そう、考えてしまった。
不意に……自然に。
家に戻ると、まず急になんというか……胃が重くなった。
まぁそれは例えだけど、確かに気分が悪くなったのは確かだ。
襲ってくるのは頭痛と吐気。
この感覚には覚えがある。
彼女……こなたから伝わってきてる、それだ。
「こなた?」
家に入り、こなたの部屋に戻ってくる。
中には予想通りにこなたが居た。
そりゃ、ひきこもりなんだから家から出るはずもない。
だけど……また違和感。
まだ時計の針は10時を過ぎようというところ。
なのに昨日遅くまでゲームをしてたこいつが、目を覚ましている。
そしてベッドの上でうずくまり、ただ……放心していた。
「……おかえり」
「う、うん。ただいま」
私に気がついたのか、こなたが視線を上げる。
だけどまた、俯くように膝に顔を埋める。
「どうか……したの?」
「……」
不機嫌、とかそういうのとは違う。
これはきっと、悲壮感。
涙は流してなくても伝わる……彼女の、悲しみが。
「朝、ね」
膝に顔を埋めたまま、言葉を続ける。
「電話が……あったんだ」
その電話の音には聞き覚えがある。
人の眠りを、天使と一緒にセッションで妨害したあれだ。
「それにお父さんが出てそれで……」
「……それで?」
言葉の続かないこなたに、優しく言葉をかける。
……私としては、優しくしたつもり。
「いとこの子がね……事故に、あったって」
「えっ……」
思わず、言葉を失った。事故。その二文字の恐怖は、私もよく知っているから。
「まだ意識……戻らないって」
彼女の胸の奥から、不安の声が反響して伝わってくる。
その小さい体を劈く慟哭は、彼女の心を壊していく。
「お父さんは心配だからって……すぐに病院に行った」
「あ、あんたは……行かないの?」
「嫌」
その言葉はすぐに返ってきた。
だけどその言葉とは裏腹に、不安が心に積もっていく。
そのいとこの子に対する愛情も一緒に。
「外は……嫌」
まただ。
彼女の、外に対する嫌悪感。
何かが彼女を縛り、億劫にする。
その『何か』……それに触れるのには、勇気がいる。
だってそれに触れればきっと、彼女を傷つけてしまうから。
……ううん、違うか。
天使にも言われたっけ……私が、傷つきたくないから。
……もうやめよう、そんなのは。
「どう……して?」
一歩を踏み込んだ。
ここからは、彼女の領域。
彼女の中で彼女だけが感じている聖域。
「……」
そして膝から顔を上げ、私を見る。
その奥の悲しみが、私の胸にも溢れて流れ込む。
「誰かと会うのが、嫌。もう……誰にも会いたくない」
「誰、にも?」
その言葉に一瞬、戸惑う。
だってそんな事、不可能に決まってる。
人は一人じゃ生きていけない。
これまでだって今だって、おじさんに縋り付いて生きているようなものなのに。
「だってどうせ、死んじゃう……お母さんみたいに」
今の彼女を支配する言葉。
それは、『母』という単語。
……これだ。
これが、彼女の根底に根付く……全ての原因。
「お父さんだって、どうせ私より先に死んじゃうんだ。なら……」
溢れた言葉が私の耳に届く。
胸に響くのは悲哀。失う、悲しみ。
「なら……もう、誰も好きになりたくない」
最後にもらした言葉が、私を貫く。
……それが、彼女の本心。
深い根っこの、正体。
だから父親にも心を開かない。開けない。
だから学校にも行かない。行けない。
だから外にも出ない。出れない。
誰かと交流を持てば……また、求めてしまうから。
また……失った悲しみに、耐えられなくなるから。
父を遠ざけ、友人を遠ざけ、他人を遠ざけ……自分を、隔離した。
「ごめん……ちょっと、一人にさせて」
「……うん」
彼女の言葉を受け入れ、部屋から出る。
天使が居なければ私には何も出来ない。
優しい言葉をかけてあげる? 慰める? 同情する?
そんなの、どれも効果はない。
ただ彼女を惨めにするだけ。
これが……。
これが、残された者の悲しみ。
一生、心に背負い続ける十字架。
それを今、思い知らされた。
その時不意に、私も思い出した。
いや、思い出してしまった。
私が残してきたものを……忘れていたものを。
どう、してるかな……皆。
お父さんやお母さん。姉さんたちに……つかさ。
それを今まで考えなかったわけじゃない。
でも、私の体が自分の病室に向かうことは一度もなかった。
それは悲惨な自分を見たくなかっただけじゃない……哀しい顔をしてる家族も、見たくなかったんだ。
だって、悲しませているのは自分。
それを押し付けられるようで……後ろめたかったのかもしれない。
会いに、行ってみようかな。
……そう、考えてしまった。
不意に……自然に。
その時確かに私には聞こえていた。
胸の奥の、強固な扉から……ノックの音が。
胸の奥の、強固な扉から……ノックの音が。