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カケラ 15

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15.

結局私達が向かったのは健軍町(けんぐんまち)という電停から歩いた所にある、小さな銭湯だった。
実は温泉が熊本市街にある事が後で分かったんだけど、時既に遅し。
市内電車は水前寺駅通電停を通り過ぎた所だった。結局私達は終点まで行く事にした。
でも、その選択肢は半分合っていたのかも知れない。
あゆちゃんの「『気配』を感じる」という言葉を確かに聞いた私は、あゆちゃんと一緒に見知らぬ町をうろうろ歩いていた。
住宅街に入って数分、あゆちゃんが感じた『気配』は銭湯の前で強くなった。
「ここ?」
「うん、ここ」
折角なので、2人で中に入る事にする。

12月とはいえ、まだ陽の高い時間だったけど、銭湯は開いていた。
番台さんに入湯料を払って、『女湯』と書かれた暖簾をくぐる。
建物はこの時代を基準にしても結構古いようで、張り巡らされた木の梁が重々しい。
罅の入った白壁の両側は脱衣籠の入った棚で、黒に近い茶色のニスの臭いがつんと鼻を突く。
脱衣所はガラガラで、誰も居ない。
ただ聞こえるのは木枠のガラス戸の向こうから聞こえる、お湯の音。

私もあゆちゃんも明らかに「浮いている」恰好のせいか、番台のお婆ちゃんにじろじろ見られる。
何かちょっと恥ずかしいよ。
Pコートを脱いでオーバーオールの肩のボタンを外し、………全部言わなきゃ、ダメ?
寒いのでさっさと服を脱ぎ、備え付けのタオルを借りて木枠のガラス戸を開ける。
あゆちゃんは既に脱ぎ終わっており、私の隣の籠に脱いだ服が乱暴に投げ込まれていた。


もわっと白い湯気が脱衣所を包み、すぐに視界が開ける。
今日は曇っているにも関わらず、お風呂は自然の光でとても明るい。
早速2人並んで身体を洗う。
「………」
「………」
木の椅子に座った途端、お互い向き直る。
昨日会ったばかりの子に裸を見られるのは、ちょっと恥ずかしい、かな?
外から差し込む雪色の光に輝く白い肌。
痩せているけれど程よく肉が付いた、少女らしいスタイル。
そして、当時の私には全然無かった、少しだけ膨らんだ…………………胸。
彼女は、12歳の子にしては抜群にスタイルの良い女の子だった。
そんなあゆちゃんが、私を見て、一言。
「………私も、つかさみたいになれるかな?」
何が?
「つかさみたいに、綺麗なお姉さんに、なれるかな?」
「お、お姉さん?!」
「ツッコむトコはそこかい!!」
と、ツッコまれた。
「ご、ごめん、おね、おね、お姉ちゃんって呼ばれるなんて、お、思わなかったから」
「ご、ごめんなさい、い、嫌だった?」
「う、ううん、違うの。ちょっと、嬉しかっただけ」
「ふうん、変なの」
2人同時にホーローの洗面器にお湯を蓄えて、2人同時にタオルでごしごしと洗う。
昨日からの身体の汚れがみるみる落ちて、心も体もスッキリする。
続いて、髪を洗う。あゆちゃんは何処から持ってきたのか、シャワーキャップを被っている。
鏡に映る、年相応に見えない顔とハダカ。
これでも高校3年生なんだけど、未だに中学生と間違われることが多い。
家族や近所の人には「可愛い」と言われるけれど、
たまに遠回しに「子供っぽい」と言われている様な気がして嬉しくない事がある。
見た目もだけれど、自分自身、結構甘えてしまうコトも多いのかも知れない。
ホラー映画は嫌いだし、夜中にトイレに行くのは今でも苦手だし、
嵐の夜はお姉ちゃんと一緒に寝るコトもある。
休みの日はお昼まで寝てしまうし、宿題や勉強もやってる途中で寝ちゃうコトも多いし。


「つかさは頑張ってると思うよ?」
鏡の中の自分としばらく向き合っていると、私の心の内を察したのか、あゆちゃんが優しく微笑みかけてくれる。
「…………そうかな?」
「そうだよ」
「そっか」
「そうだよ」
あゆちゃんは、それ以上の事は言わなかった。恥ずかしいとか、そんなんじゃないと思う。
何も言わなくても、私の心に『気持ち』が伝わった。『心』と『心』が通じ合うって、このことかな?
ちょっとキツくておませさんな子だけど、この子はとても良い子だと思う。
私はこの子に会えて、本当に良かったと思う。
あゆちゃんは、可愛い。
こなちゃんの言う「萌え要素」とは違う、もっと優しい感じの、『可愛い』。
あゆちゃんの笑顔、一つ一つの仕草、
「っくち!! は、早く入らないと風邪ひいちゃう」
くしゃみ……えっと、ごめん、変な事考えてたかも。
本当に私の妹だったら、いいのにな。
「………何ジロジロ見てるのよ?」
「べ、別に、なななななな何でもないよ?!」
「女の子同士でくっついても気持ち悪いだけよ? さっさと入りましょ?」
そうだね、早く背中を流して入ろうっか。

静かな銭湯。
タイル貼りの広い広い湯船に浸かりながら、2人並んで天井を眺める。
掃除したての浴槽にほんわり立つ、白い湯煙。
漢方薬でも入っているのか、ちょっとヒリヒリする黄色いお湯。
のぼせない様に時折一段上がった所に腰掛けたりしながら、私達は至福の時を過ごしていた。
お風呂ってこんなに気持ち良かったんだなぁ。そう実感した。

そう言えば、私が以前みんなで入ったのは去年の夏だったっけかな?
みんなで行った、真夏の三浦海岸。
こなちゃんは確か、小学校のスクール水着を着てきたんだっったっけ?
あれはちょっと吃驚しちゃった。
こなちゃんは『これも一つの萌え要素』って言ってたけど、結構可愛かったかな。
「どうしたの?」
ほえ?
「うん、ちょっと………思い出しちゃって」


私の一番のお友達。泉こなたちゃん。
普段は『こなちゃん』って呼んでるの。
1年の時、外国人に声を掛けられて困っていた所を、何故か外国人を蹴飛ばして助けてくれた(?)のがキッカケなんだよね。
本当は道を訊いてきただけで、私が困っていたのは言葉がさっぱり通じなかったからなんだけど……。
外国人の男の人はちょっと可哀相だったけど、そのお陰で私はこなちゃんとお友達になれたんだ。
背は小さい──あゆちゃんとあまり変わらないかな?──けど、すっごく強くて、運動出来て、
勉強嫌いだけど本当は私よりもずっとずっと頭が良くて、とにかく、凄いんだよ。
アニメと漫画が大好きで、私の知らない作品が多いけれど、ケロ○軍曹で一緒に盛り上がったり、
お母さん居なくてもしっかり家事とか出来るし、料理も上手だし、色んな事知ってるし、
あと、あと、たまに意地悪するけれど、とっても優しくて、思いやりがあって、
二人っきりでお話する事はあまりないけれど、
一緒に居るだけでぽかぽかするっていうか、暖かいっていうか、えっと、えっと……、
「つかさ、それ同じ意味だって」
あ、そうか。えへへ、私、やっぱり馬鹿だよね。
私ね、こなちゃんに憧れてたんだ。
こなちゃんみたいに、色んな意味で『強い』人になりたいんだ。
それでね、それでね………………、
「つかさ」
「ふ、ふぇ?!」
「その『こなた』って人、好きなんでしょ?」
「か、かわからないでよぉ」
「かんでるわよ」
「ちょ、ま、あ、あゆちゃんの意地悪」
そんなにニヤニヤしなくたっていいじゃない。
「でも、」
「でもぉ?」
まだニヤニヤしているあゆちゃん。
「正直、分からない」
「好きって事?」
「うん、そう」
「あゆちゃんってさ」
「うん」
「『好き』って、どういう事だと思う?」
「う〜〜〜〜〜〜ん、まだ分からないや」
「そっか」
「ちょ、こ、子供扱いしないでよね?」
「充分子供だよ」
「そ、そりゃそうだけど………つ、つかさだってオコサマじゃん!!」
「そ、そんな事、ないもん!!」
勢いよく立ち上がる。ざばぁ、とお湯が溢れる。
今は話さないけれど、実は、一度、こなちゃんに想いを伝えた事がある。
こなちゃんもこれまで、それなりのそぶりを見せてくれたから、手応えはあった。
しかし、
 『ごめん、つかさ。確かに私もつかさが好きだけど、そういう意味の「好き」じゃない』
こなちゃんには伝わったものの、それを受け取ってくれる事は敵わなかった。
こなちゃんは、『女の子が女の子を好きになる』事を拒んだわけではなかった。
こなちゃんには、別に好きな人がいた。
しかも、女の子だった。
私には、とても衝撃的だった。
今でも思い出したくはない。
だって、こなちゃんの好きな相手は───────、



むに。


「!!??」
柔らかな手の感触。それが、私の大きさに欠ける胸で感じた。

「触っちゃった」
悪戯をした幼子の様にべーっと舌を出しておどけているあゆちゃん。
隣にいた筈の彼女は、いつの間にか私の真ん前にいて、そして…………、
「意外と小さいね、つかさのおっぱい」
今、私の胸に当たっているのは、彼女の、手。
「はぅぅぅぅぅうううう」
「きゃはははは、つかさ反応にぶーい」
少女は、私をからかうようにケラケラと笑う。
「なーにぃ? それじゃあしかえしする?」
ひらがなでニヤニヤするあゆちゃん。ちょ、ちょっと、顔が真っ赤だけど、大丈夫?
「はい」
ぺた。
私の手が無理矢理引っ張られて、『何か』に当たる。
その先は…………、
「───────!!!!!!」
「な、何赤くなってんのよ、つかさのエッチ!! 何? 好評成長中の私の胸に興味があるのぉ?」
完全にからかっているよね、これ。
「だだだだだだだって、そ、そんなこと………」
「そんなこと?」
「な、な、なんでもないよぉ」
もう、あゆちゃんの意地悪。

で、私はさっき、何を思い出そうとしたのだろう?
あ、そうだった。こなちゃんの好きな相手。
それは…………、

あ、あれ?

「ど、どうしたの? 顔青いよ? そんなに嫌だった? 私の胸」
それ、絶対違うから!!
「ち、違うよぉ、思い出せないの」
「思い出せない?」
「そう、思い出せないの」


私は、大切な『何か』……いや、『誰か』を忘れていた。
確か、私に一番近い、大切な人。こなちゃんとは違う、もっと大切な、人。


そろそろ上がろうとかと思った時だった。
「つかさ」
「な、なに?」
「上がる前に、ちょっと」
ちょっと? …………えーっと、
「何だっけ?」
「何だっけじゃないわよ、ほら、捜し物!!」
「あ、そだった」
「もう、ドジ」
「ドジじゃないもん!!」
あゆちゃんは可愛い。けど、やっぱり意地悪だ。
あゆちゃんの感じる『気配』を元に、お風呂場をくまなくチェックしてみる。
すると、さっきのとは別の浴槽の底に、『何か』が落ちていることに気が付いた。
「あゆちゃん!!」
「ん?」
「あった!!」
「あった?!」
「うん、あった!!」
「やった」
前屈みで湯船の底へと手を延ばす。溺れそうになったのでやっぱり一度中に入ることにする。
湯船の底に落ちていたのは、熊本城であゆちゃんが見付けたのと同じ、黄色い『石』だった。
どうやら『鍵』と言うのは、この黄色い『石』のことらしい。
この先も、この石を拾って集めれば、いつかは『現代』へ帰る事が出来るのだろう。
そう確信した私は、熊本城の時と同じくハイタッチで「イェイ」とキメてから、お風呂から上がった。


夜────。
市街地で夜ご飯を食べた後、再びJR……じゃなかった国鉄熊本駅に着いた私とあゆちゃんは、
電球でぼんやりと照らされた薄暗いホームで列車の到着を待っていた。
待合室は生憎工事中だったので、仕方なくホームで待つ。
九州とはいえ、今は冬だし、おまけに曇っているのでやっぱり寒い。

『お待たせ致しました。西鹿児島から参ります新大阪行き「なは」号が到着します』

駅員さんのアナウンスと共にピーッという甲高い笛の音が遠くから聞こえる。
やってきた列車は……、
「え?!」
「うそ?!」
昼間に乗った「有明」号と同じ、クリーム地に紺帯の『電車』だった。
「なは」号は寝台列車。つまり、夜に寝ながら移動する列車だ。けど……、
「っていうコトは……?」
「っていうコトは……??」
「「新大阪まで座って行けってコト??!!」」
私達は周りの視線などお構いなしに、パニックになってしまった。
結局寝て行ける事は、客室に入った3秒後に分かる事になる。

『新大阪行き「なは」号、間もなく発車します。扉が閉まりますのでご注意下さい』

駅員さんの笛の合図と共に、扉が閉まる。
列車の笛の合図と主に、ゆっくりとホームを滑り出す。
生まれて初めて乗る寝台列車「なは」号は、新大阪へ向けて、12時間の旅に出た。

間.

間.

春日部市内のとある病院にて───。
「娘は、娘は大丈夫なんでしょうか? ねぇ、先生、先生!!」
平静を失った泉こなたの父・そうじろうが医師の白衣を引き、我が娘の安否を問う。
「落ち着いて下さい。当然ですが、私達は全力を尽くします。
 しかし、娘さんとご友人は今、危険な状態です」
「だから、だから、娘を、こなたを、助けて下さい。
 じゃないと、オレは、オレは、どうすれば……………」
医師は患者の父親とは対照的にやけに冷静であった。
彼が冷酷非道な性格という訳ではない。ただ、こういうことに慣れているだけだった。
この程度でパニックを起こしては医師は勤まらない。例え99%無理だとしても、1%の可能性に賭ける。
それが『医師』という仕事だ。
「おじさん………」
『大丈夫だよ』とは流石に言えない。言うわけにはいかない。その言葉には『保証』が無い。
そうじろうの付き添いをしていた親戚の成美ゆいは、そうじろうの激しく揺れる心を、そっと落ち着かせる。
警察官である彼女はたまたま今日が非番だったため、実の妹である小早川ゆたかと共に病院を訪れていた。
ゆたかは面会謝絶と聞いた途端、泣くどころかショックのあまり黙ってしまった。
先ほどから一言も口にしておらず、ただ、身体をガクガク震わせてゆいの側にくっついている。

この病院も例外なく半分近くのベッドが事故の負傷者で埋め尽くされていた。
昨日起きた東武伊勢崎線高架橋崩壊事故の死傷者は過去に例を見ない最悪の記録を叩きだしていた。
こちらとて笑い事ではない。乗員乗客・崩壊した家屋の住民合計2000人のうち、
約400人が死亡、230人が意識不明の重体、870人が重軽傷、残りが未だ行方不明となっただけでなく、
高架橋の崩壊、沿線住宅街の家屋(うちマンション1棟含む)、道路、河川、電柱などの地上設備も破壊され、
被害総額は海外のテロ事件に匹敵する額となることが予想されている。
当事者である東武鉄道をはじめ、多くの関係者が事故の調査を進めているが、
如何せん事故の規模が大きいのと、発生から1日しか経っていないため、本格的な調査はまだまだ先の話だった。

悪い事に事後現場周辺には大きな病院が無く、
まず最寄りの越谷市内の病院での受け入れが始まったものの、あまりにも負傷者が多く、ベッドはすぐに埋まってしまった。
そのため、近い順にその周辺の病院を当たった所、結果として受け入れ先の病院が広範囲に広まってしまった。
北は茨城県、東は千葉県、南は東京都、西は川越地区まで運ぶちおう始末となった。
皮肉にも、日本国内の医師不足がどれほど深刻か、今回の事故によって浮き彫りになる恰好となった。

医師からの説明を一通り聞いたそうじろうは、ゆいに付き添われる形で、背中を丸めたままとぼとぼと病院を後にした。

ゆたかも2人に追いていく形で、無言で、病院を後にした。
病院を出る途中、ゆたかはある少女とすれ違った。

おそらく中学生くらいだろう。
少女は不気味な笑みをゆたかに送ると、そのまま病棟の奥へと消えていった。



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