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願い事ひとつだけ

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匿名ユーザー

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季節は冬の真中で、ここ数日はこの一年でもっと気温が低いとされていた。
私は待っていた……もう何回待たされたかわからない相手を、今日もまた。
(はあ……)
空に向けて吐かれた白い息が舞い上がっていく。そういえば天気予報は近いうちに雪が降るって言っていた。
寒さに包まれた街に少しでも明るさを見せる為に照らし出されたイルミネーションがちかちかと眩しかった。
(はあ……)
私は待っていた……手を繋ぐ恋人、家族連れが行き交う人並みの中でただひとり。
(別にいいけど。慣れてるから)
それでも、すでに待ち始めて二十分が経とうとしていて、手袋のされていない手は芯まで冷えていた。
ダッフルコートのポケットに手を入れて、少しだけ寒さなんかをしのいでみる。
待ち合わせ時間から三十分経過しようとしたころに、人並みを掻き分けながら走ってくるロングコートが見えた。
私の顔が思わず少しだけほころぶ。でもそんなところを見せるわけにはいかない。すぐに表情を戻す。
「ごめん、やまと! 待った? 待ったよね?」
「……こう、また遅刻」
私はこうと視線を合わせないように、ぷいっと顔を背けてみせた。
「本当にごめん! 出掛けに色々と用事が重なって……!」
「こうの用事って、いつも出掛けに生まれるものなのね」
「やまと、怒ってる? 怒ってるよね、いっぱい待ったよね!?」
「別に待ってないわ……」
必死に謝罪の言葉を並べるこう。私は依然、顔を背けたままだった。かといって、本当に怒っているわけじゃない。
私はどんなにこうを待っても、こうの前から逃げたりしない。こうは私を待たせても、私を残して消えたりしない。
お互いにそれをわかっている。だからこそ怒っているような素振りをして、こうにもっと謝ってもらってみたりする。
「機嫌直してよ、やまと。今日はなんでもおごるからさ!」
「そういう調子のいいこと言って……誘ったのはこうのほうでしょ」
「そうなんだけどさ~……」
「そもそも、今日はなんの用事なの? また即売会?」
「まさか! こんな夜に即売会なんかやんないよ」
「じゃあ、なんなの?」
「なんなのって、デートだよ?」
ガツンとした衝撃が、私の頭に走る。それでも表情と言動の平静だけは保っていた。
でも内心は心臓がバクバク。こうの口からデートという言葉が、しかも私に向けて出てくるなんて。
……いや、こうの性格を考えたらありえた話だった。だったら私の心臓がこんなに必要以上に高鳴っているのは……。
「……デートって、こう、ふざけてるの」
「ふざけてなんかないよ! 久しぶりに二人きりでがっつり遊びたいと思ってさ。こないだの即売会のお礼もあるし、それに」
「それに?」
「やまとと二人きりになる時間、欲しかったんだ」
こうが先程までの表情を忘れて満面の笑顔で答えると、私の胸の奥がきゅんと疼いた。
「やまととこうして遊ぶのも久しぶりだからさ……ずっとやまとと落ち着いて女の子っぽい遊びができる日を待ってたんだ」
「こう……」
その言葉に安易に心を許してしまいそうになったけれど、私はすぐに気を引き締めた。
「色々あって離れ離れだったけど、今は目の前にやまとがいる。会えなかった分、しっかり取り戻さなくちゃね」
「……そうね」
私はつっけんどんに答える。もちろん意識してのことだけど、人並み以上に簡単に内面の表情を見せたりなんかはしない。
……それが私の好きな相手でも。その胸のうちが、恋へのときめきでも。
「……デートって言い方はやめてね」
変な期待しちゃうから。


「近いうちに雪が降るみたいだよ~」
「天気予報で言ってたわね」
「なんかさ、雪ってテンションあがらない?」
「そんなに子供じゃないわ」
そんなことを話しながら、私達はメインストリートを並んで歩いていく。
こうはこれをデートと呼んていた。まあ冗談のつもりなんだろうけど、これもこうなりの友情の証なんだ。
高校に上がる前までは、私達は毎日のように二人きりで遊んでいた。全く飽きなかったし、いつだって面白かった。
でもそれがほんの1、2年ぶりになったくらいで、私はいつもよりも少し緊張してしまうなんて。
きっと私の中に、こうへの感情の変化が生まれたから。そのせいもあるんだろうケド。
「やまと、ご飯食べた?」
「まだよ」
「じゃあファミレスいこうよ、ファミレス! 私もうお腹減って倒れそうでさ! おごってあげるから!」
「それもそうね、あったまるし」
「それに、やまとに渡したいものがあるからね」
「渡したいもの?」
こうは振りかえると、にこにこと不敵な笑みを私に見せていた。何かを隠しているような顔。
「ヒントはやまとが欲しがっていたもの」
こう? なんて答えられるはずがない。色々考えてみたけど、正解はひとつしかなかった。
「写真?」
「そう、写真! 実は写真探すのにすごい時間掛かってさ」
「わざわざ探してくれたの?」
「当たり前じゃん。二人の約束だったでしょ?」
そういった理由の遅刻なら、全く怒る気がしない。まあ普通の寝坊でも相手がこうならさほど怒らないけれど。
「ありがとう……でも、だったら今渡した方がいいんじゃない?」
「いや、暖かい場所で二人で落ちついてみようよ。やまとの顔、いっぱい写ってるよ」
「ていうか、私達しか撮らなかったからでしょう」
「まま、いいじゃん」
たしかにいいかもしれない。こうと二人で、一緒に写真を見るということ。こうはあれからどう変わったかな?
そんなことを二人で語り合う幸せ。こうは私のささやかな変化に気付いてくれるかしら。まあ、無理でしょうね。
「それに……もう二度と渡せないかもしれないなんて思いはしたくないからね」
こうがそう呟いた。私の中に、少しだけ憂いが生まれる。こうだって、本当はいつだって時期を待っていたんだ。
一際強い光を放つ店の前を通ると、こうがぴたりと足を止めた。
「どうしたの、こう」
「……いいこと考えたっ!」
私の腕がこうによって強く引っ張られて、私は強引にその店の中へと入れられてしまう。
シャッターが開くと、ガヤガヤとした騒音が耳に響いてきた。すぐに気付く。そこはゲーセンだった。
「ひっぱらないでよ、こう」
「まあ、いいからいいから」
「いいから、とかじゃなくて。ゲームでもしたいの?」
「そうじゃないよ。いいからついてきて!」
「ついてきてって、引っ張ってるんじゃないの……」
こうに引きずられるようにして、ゲーセンの一角へと向かうと、煌びやかな装飾がされた大きな筐体が並んでいた。
「プリクラ……?」
「そう! 親友といえばプリクラ! デートといえばプリクラ! ゲーセンといえば格ゲー!」
「プリクラは?」
「これなら確実にやまとの元にもできあがりの写真が届くじゃんか」
「それはそうだけど」
「それにやまとは知ってるでしょ? 私はやまとと二人で写真を撮るのが好きなんだ」
それはたしかに知っていたけど、しっかりとしたカメラとプリクラじゃ別物だと思うんだけれど……。
そんな私の考えを知らないこうは、私をまたも強引に筐体の中にいれると、手馴れた動きてフレームなんかを選んでいく。
実の事をいうと、この手のプリクラなんていうものはあまり撮ったことがない。こうに撮られる以外の写真は苦手だから。
「こういうの、よく撮るの? 私は撮らないけど」
「私もあんまり撮らないかな? イベントの帰りに部員達と撮るくらいで。ゲーセンにはしょっちゅう足を運んでるけどね」
「でも……誰か他の人と二人で撮ったりしてるんじゃない?」
かまをかけてみたつもりだった。今思うと、しょうもないことだけれど。
「まさか。私はやまと以外の誰かと二人きりで写真なんて、絶対撮らないよ」
「……えっ?」
「あ、そろそろ撮影だよ。ポーズ作って。六回撮影できるから」
ポーズを作れといわれても……私はいつもの無愛想な表情で、カメラから目を背けてしまった。
「ほら、やまと! カメラ見ないと!」
「よくわかんないわよ……」
「そんなこと言わないで、あっ、そうだ!」
「きゃっ!」
こうが私の背後に周ると同時に、私の身体をふわりと包む感覚。
気がつけば私の身体は、こうが着ていたロングコートの中にあった。後ろからこうがロングコートを着たまま抱きついていた。
「ちょっ、こう! 何してるの!?」
「何してるって、抱き締めてるんだよ」
「恥ずかしいからやめて!」
「何も恥ずかしがる事ないじゃん、親友なんだし……って、あれ?」
「……どうしたの?」
私の身体を抱き締めるこうの動きが止まった。私の背中に伝わるこうの胸。私の胸とお腹に回されたこうの両腕。
このまま今の心臓の高鳴りがこうに伝わってしまっても、抱き締められた事の混乱のせいにできますように。
「やまとの身体、冷たい」
「……そうかしら」
「ごめんね。やっぱり、いっぱい待ったんだね」
今度は私を労る様に、こうの身体が更に私を強く抱き締めてくる。私の身体冷たいんだから、そんなことをしたらこうが寒いよ。
まるでその冷たさを自分の身体で引きうけようとしているみたいだった。確かに外は寒かったけど、こうが来たから別によかったのに。
今の自分の身体の冷たさがどれほどのものかなんてわからない。でも心の底冷えだけは、こうの優しさで少しづつ温まっている。
「……そう思うなら、今度からはもうちょっと早くきてよ」
「うん、気をつける」
でもきっと、時間を守る事はないし、守らなかったとしても、私は本気で怒ったりなんかしないんだろう。
こうのおかげで少しづつ身体が温まってきた。撮影はすでに四回目に入ろうとしているところだった。
「くすぐっていい?」
「帰るわよ」
「冗談だって……おや」
「なに?」
「ほうほう……やまとってば、なかなか胸のほうがおありですかな?」
「……!」
こうの両手が私の胸を、そっと包むように触れてきた。私の身体が大きく跳ねたけど、こうの手は離れない。
「や、やめて! 怒るわよ、こう!」
「うーん、これはCかDの微妙なラインくらいだねー?」
「本当にやめっ、あっ……ちょっ、こ、こうっ……!」
コートの中でバタバタともみ合う私達。こうの両手は腫れ物を扱うような優しさがあったけど、けして離そうとはしなかった。
私の焦りがピークに達する。心臓の鼓動が伝わりやしないか、何よりもこうに触られるとこっちの抑制が効かなくなる。
「ちょ。そんなに暴れないでよ、やまと!」
「だったら離しなさいよ……!」
「だってやまとの身体、すごい良い匂いがするんだもん」
だめだ。これ以上こうに触られ続けたらおかしくなってしまう。イヤなんじゃなくて、耐えきれなくなる。
それにこうの言葉はいちいち私の悦びを昂ぶらせる。必死に振りほどこうと、私は必死に暴れまわった。
「こう、お願いだから」
「やまとの身体って本当にいい触り心地だよね~」
「……あっ!」
こうの手がそっと私の太ももに触れた。私の身体が大きく動いて、首だけが衝動的にこうのほうへと向いたとき、
……私とこうの唇が、たしかに触れ合った。さすがのこうも手の動きを止めて、私達は呆けたように唇を重ねたままだった。
「……あ」
唇が離れると、こうはそれまでとは打って変わってしおらしい態度を見せていた。頬が少しだけ、ピンクに染まっている。
「あ、あはは……やまととキス、しちゃったね……」
「……」
「私のせい、かな?」
「……だから言ったじゃないの。こうが調子に乗るからよ」
「……ごめん」
「別にいいわよ。事故なんだし」
私はまた、こうから視線を逸らすようにしてぷいっと顔を背ける。こうは何度も謝罪の言葉を述べていた。
そんなに謝らないでほしい。たしかにこうが調子に乗った結果だけど、あれはほとんど勢いのような夢のないものだった。
……それに、もみ合っているうちにキスしたんじゃなくて、私がたまらず自分からキスをしただなんて、言えない。
「写真に落書きできるよ!」
「こうが好きに書いていいわよ」
「えーと、どうしようかな……あっ、この写真見てよ。やまとの顔、真っ赤だよ!」
わざわざ言わないでほしい。誰のせいでこんな顔をしちゃったと思っているんだろう。
写真の中の私はトマトみたいに顔を真っ赤にしていた。……こうは何故赤いのかまでは考えないのかしら。
「あっ、この写真……」
「どうしたの?」
「キス……」
こうが指差した写真では、しっかりと私とこうが唇を重ねていた。私は目を閉じて、こうは目を見開いて。
一枚のコートにお互いの身体を入れて、キスをするところ撮るだなんて、これじゃ単なるバカップルだった。
自分から仕掛けたとはいえ、キスの気恥ずかしさが今ごろになって湧いてくる。こんな風に形に残ってしまうなんて。
「これっていわゆるキスプリだよね」
「……知らないわ」
「やまととのキスプリか~……これは大事にしないとね」
だから、そういうことをあまり言わないでほしい。……でも多分、私もずっと大事に持っている。
私は自分の唇にそっと触れてみる。あまり感触を思い出せなかったけれど、そこにたしかにこうの温もりがあるようだった。
携帯に写真を転送して、出てきた写真をハサミで切りとって、二人で分け合う。こうは写真を見て逡巡していた。
「これ、携帯に貼っちゃおうかなあ。キスプリはバッテリーのところとか」
「誰かに見られたら疑われるわよ」
「いいよ、やまとなら」
ていうか、見られて恥ずかしいのは私も一緒なんだから。私はなんだか貼るのがもったいない気がするんだけど。
ゲーセンを出ると、外はやっぱり底冷えするような冷気。こうがぶるぶると身体を震わせる。
「じゃあ今度こそファミレスに行こうよ。お腹ペコペコだよ~」
「……まあ、プリクラも悪くなかったわね」
私達は近場のファミレスに入って、こうはハンバーグセット、私はペペロンチーノを頼んだ。
「でさ、これ写真なんだけど」
こうの差し出した茶色い封筒が、札束でも入ってるんじゃないかというくらいに厚くて……。
「私達、こんなに撮ったかしら」
「撮った撮った。やまとの手元には写真がなかったから、実感はわかなかっただろうけどさ」
「こうが渡さなかったからじゃないの」
「だから、それはごめん!」
こうは今日だけで何回謝っているんだろう。そして何回謝られても、それを許す私。
封筒から写真を取り出すと、私達はそれをテーブルに並べてひとつずつ、思い出を確かめるように覗いていく。
「このときのやまと、気持ちちょっと若いね~」
「これは……中学二年のとき?」
「そうそう。あ、これは中学の体育祭のときだね」
「そういえばこんな体操着だったわね」
「こっちは部活帰りだね」
「この頃のこう、髪が長かったわね」
「でもこの後すぐだよ。面倒くさくなって切っちゃうの」
話がはずんだ。と一緒に、一回一回の撮影ごとの思い出が、写真を見るたびに頭の中でフラッシュバックしていく。
案外覚えてるものだった。本当はこうとの思い出が、私の中でひとつ残さず忘れ難いものだったんだけれど。
「焼き増し、本当にしてくれていたのね」
「あ、疑ってたの? ひどいよ、やまと」
「冗談よ。 ……でも、ありがとう」
「ううん。お礼を言わないといけないのは私のほう」
私達はすでに注文したメニューを食べ終えていて……こうはデザートのティラミスを口に運んでいた。
「なんでこうがお礼を言うの?」
「写真のこと、忘れずにずっと待ってていてくれて。もう、いらないって言われるかと思った」
「なんでそう思ったの?」
「やまとはあんまり写真撮るの好きじゃなかったみたいだし、私は私ですぐ約束破っちゃうし」
……鈍感。たしかにそう見られるような態度を見せた私がいけないんだろうケド、別に撮る事は嫌いじゃない。
むしろ、こうと二人きりでいられていることを形に残せるということが、私にどれほどの価値があると思っているんだろう。
「……撮るのがイヤだったら、こんなに何度も付き合ってないわよ」
「そう? やまとは一度だって撮影を拒んだことがなかったから、私もつい調子に乗っちゃうんだよね」
「こうはなんで、写真を撮るのが好きなの?」
それは常々疑問に感じていたところだった。こうは首をかしげて頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「なんで好きかって、うーん。難しいね」
「友情を形に残すのが好き、とか?」
「その割には友達とあまりプリクラとか撮らないんだよね。こういうカメラを使ったきちんとした写真も、やまととだけだし」
それがわからなかった。こうにとって写真っていうのは、友情の深度を計る目安みたいなものなのかな。
「やまとが可愛いから! ……なんちゃって」
「……茶化さないで」
「だって、本当によくわかんないんだよ。ただ」
「ただ?」
「やまとと一緒に写真を撮っているってことがすごく楽しくて、出来た写真を見るとすごく嬉しくて、ただそれだけなんだよね。ダメ?」
ううん。それだけでも私には十分。それ以上の特別な理由なんて、今はいらないかもしれない。
あってないようなシンプルな理由だったけど、かえって私は安心した。深い詮索は必要なかったんだ、最初から。


ファミレスを出て私達は、夜の街でショッピングに勤しんだ。
こうの誘いでこないだ言った即売会で売っていたような本がたくさん置かれているような書店にも行った。
正直空気が全くわからないアウェーな場所で肩身が狭かったケド、こうが喜ぶ姿を見ればそれはどうでもいい。」
「いやー、今日はありがとう、やまと! お礼のつもりがついつい付き合わせちゃって」
「別に……私も欲しかった服が買えたし、それなりに楽しんだからね」
「やっぱりたまにはこうして遊ぶのもいいよね。やまとさえよかったら、来週も行こうよ」
「……別にいいけど」
別にいいけど、なんてものじゃない。来週も再来週も、こうと一緒にいられるならそれでいい。それがいい。
「今日はもうお別れだけど、やまとは最後になにかある?」
「なにかって?」
「お礼。私、たいしたことできてないからさ」
お礼……こうにしてもらいたいこと。なにかあったっけ。たくさんあるようで、なにもないようで。
どこまでこうが許してくれるかもわからないし、
ふと、してもらいたいことがひとつ、頭の中に浮かんだ。でもそれを口にしていいものか、悩んでしまう。
「こう、なんでもいいの?」
「常識的な範疇ならね」
「じゃあ……」
私はこうの前に近付いて、振りかえって背中を向けると、そのまま軽くこうの胸に背中をあずけた。
「やまと?」
「あのね……」
「うん?」
「プリクラのときみたいにね……コートで私を包んでほしいの」
こんなお願い、こうにはどう思われたかな。おかしなやつだって、思われているかもね。
でもそれは、私が今一番求めているもの。好きな人の温もり。今から離れるなら、せめて身体に残しておきたい。
「寒いの?」
「……うん」
そんなわけじゃない。こうと一緒にいれば、寒さなんてあってないようなものだった。
「これは常識的な範疇、よね?」
「プリクラの中で暴れてたから、イヤなんだと思ってたよ」
「あれは……こうが変な場所さわるから」
すると、私の身体は軽く引き寄せられて、すぐに身体をコートが私の身体を包み込んだ。こうの体温が残る生地。
今度はプリクラのときとは違って、心まで包み込んでしまうような、後ろからの優しいハグ。
「こんなお願いなら、何度でも」
「でも、いいの? 人がいるのよ?」
「関係ないよ。やまとのお願いだもん。それに私もこうしていたい」
こうの温もりが私の身体に、生地を超えて伝わる。36.5度の体温よりもずっと熱い、こうの優しさ。
なんだか今、少しでも二人が離れてしまったら、この温もりの分だけ、遠くに離れて二度と会えなくなるような気分。
「ね、こう」
「なに?」
「……ギュッてして」
こうの両腕に力が込められる。もっと強くしないと、二人がひとつになれない……口には出せない寂しさがあった。
「もっとして」
「でも、やまとが苦しいよ」
「イヤ。もっと強くして」
「やまとってこんなに甘えん坊だったっけ」
「別に甘えてるわけじゃないわ」
欲望が口から止まらない。もっとこうに多くの事を求めたい。強がってはいるけど、気恥ずかしさは込み上げてこなかった。
「……でも、ギュッてして」
更に込められる力。いくら親友からとはいえ、こんな気持ちの悪いわがまま、よくもこうは何の疑いもなくしてくれる。
「変なところ触ったら、イヤだからね」
「わかってるよ。ごめんね、やまと」
「……どうして謝るの」
「私もこうしてるだけで、気持ち良いかも」
それ以上言われると、私は不器用だから、調子に乗ってしまう。写真を撮るときのこうの気持ちみたいに。
底無しの欲望。私はこうしてるだけでも足りなくなっていて、悪魔が囁いたように、私の頭は次の願いで満たされていた。
「こう……」
「なに?」
「あのね……最後のお願い」
「うん。なんでも言って」
お願い、こう。私のこと、嫌いにならないで。そう思うなら、こんな願望は胸の中に殺しておけばよかったのに。
でも私の中の、自分でも認めたくない甘えん坊の虫が、それを口にしろと呪詛のように繰り返している。
二人の関係、壊れちゃうかな。でももう、この衝動を押さえる事は、不器用な私にはできなかった。
「……キス、したいの」
……しばらく沈黙が続いた。ほら、嫌われちゃったかな。こうに包まれた私の身体が小さく震えているのは、寒さのせいじゃない。
「私でいいの? そういうのは、恋人としないといけないんじゃない?」
「……こうは、イヤ?」
首だけ振り向いて、こうの表情を確認する。困っているような顔はしていたけど、そこに嫌悪の色は全く含まれていない。
でもすぐに穏やかな笑みが戻って、こうは首を横に振った。
「イヤなことなんてない。やまとと一緒にできることで、やまとがしたいことで、イヤなことなんてないよ」
私の心に、小さな炎が燃える。拒絶されなかった安心よりも先に、受け入れてくれたこうへの情熱のほうが強かった。
いやらしい女の子だと思われたかもしれない。こうの胸のうちはわからない。でも、こうのそんな言葉に甘えたくなる。
「……どうしてそんなに、優しいの」
「やまとが優しいからだよ。私、ずっと迷惑かけてるからね」
「別に優しくなんかないわ」
それを最後まで口にするかしないかのところで、私の口は塞がれてしまった。それが私の最後の理性の枷だった。
同じコートに入ったまま私は振りかえると、こうに抱きついて、唇を吸い尽くすそうとするように貪りついた。
「む……ふぅ……」
「ん……ふぁ……むぅ……」
もう自分を抑えきれる自信がなかった。二人の唇が腫れるくらいに、もっと濃厚なキスをしたかった。
全身が蕩けて、こうの中に流れていきそうだった。むしろそうなれば、こうのひとつになれば、いつでもこうを感じられるのに。
道ゆく人は奇異な目で私を見ているかもしれない。それでもこうは、今みたいなことでも関係ないと言ってくれるかな。
何分、何十分キスしていたかわからない。顎が辛くなったころに、ようやく二人の唇が離れた。
「おかしいね。私達、恋人同士でもないのに」
「そう……ね……」
こうは照れる事もしないで、いつもの笑顔でいた。きっと今、今顔が赤いのは私だけなんだ。
キスのあとだからか、私の気持ちは幾分穏やかだった。それでも、こうへの想いは今のキスでさらに膨らんで、私の中から溢れ出そうなほど。
「今度は恋人に、唇を許したいね」
「……うん」
「でも、やまとがしたくなったら、いつでも言ってね」
私が学園に転校してからも、こうは私を待ちつづけていたらしい。私は自分に何が起こっていたのかわからないけれど、こうが私を待っていた。
いつもは私がこうを待っていた立場なのに。待たされることはイヤじゃないけど、待つ身の不安はよくわかっているつもりだった。
「会えなかった分、しっかり取り戻さなくちゃね」とこうは言っていた。待っていた時間なんて、帳消しにしちゃえというくらいに。
私はこうを待ちつづける。でも私はもう、今度は待たせない。こうして二人の距離がゼロになっている瞬間に、私の想いを伝えなくちゃ。
「こう、あのね……」







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  • その後どうなったの? -- 永森やまと (2012-06-20 08:13:49)
  • これはいい(^^ゞ -- 名無しさん (2008-09-22 04:19:33)
  • 発売前に読んでいたら(無理) -- 名無しさん (2008-03-05 15:09:18)
  • 待ってました?こう&やまと?きたよ?萌え?
    あざ〜す(=`ω=)?? -- 美緋 (2008-02-27 01:48:48)

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