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0から始めよう! 28話

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匿名ユーザー

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  • 28.選ぼう!


「お疲れ様」
 何処かで聞き覚えのある声がした。
 天使と同じ言葉なのに、何処か違和感。
 その天使も……今はもう居ないから。
 そう、消えた。
 今まで、私を抱きしめてくれていたはずなのに。
 私の目の前に……すぐ傍に、居たはずなのに。
「みっともないわね。ほら、拭きなさいよ」
 目の前に現れた光景の中には、天使の代わりに『居た』。
 その女性が、私にハンカチを差し出す。
「あ……ぅ」
 それを受け取る事も出来ずに、ただ戸惑う。
 ここは、何処だろう。
 私はさっきまで、青空の下に居た。
 みなみちゃんの家の、屋根の上。
 そこで真実を知り……天使の腕の中で泣いていたはずなのに。
 いや、今はそんな問題じゃない。
 目の前に居る『女性』。
 その見覚えのある姿に、体を冷たいものが走る。
 ……『ありえない』。
 彼女が、『居るはずがない』。
「ふふっ、オバケでも出たって顔してるわよ」
「な、何で……あんたがっ」
「一応、初めましてになるわね……『かがみ』」
 妙にすました笑顔で、彼女が私の名前を言った。
 その顔は……何処かで見た、なんてものじゃない。
 そこにあったのは――

「『柊かがみ』よ、お見知りおきを、なんて……言うまでもないわね」
 そう言って笑う表情。
 その仕草。
 その声……その全てが、私を惑わせる。
 だってそれは、ずっと……私のものだったのだから。
「あんたが……かがみ?」
「そう」
「だ、だってあんたは……自殺したんでしょ!?」
 声が思わず荒くなる。
 天使は言った。
『柊かがみは自ら死を選んだ』、と。
 それなら、つかさと同じだ。
 彼女に残るのは、自由を奪われた体。
 その体がもう、目覚めることはないはずだった。
 つまり……『死』だ。
 でも彼女は今……こうやって、目の前に居る。
 動いてる、喋ってる……笑ってる!
「まぁ、時間はたっぷりあるわ」
 こっちに、と私を誘導する。
 ここは……建物。
 ううん、そんな呼び方は似つかわしくない。
 私は良く知ってる……この場所を。
 でもそんなはずがない、と心が揺れる。
 だって私が居たのは、こんな場所じゃなかった。
 空には青空が広がっているはずだった。
「そう、混乱しなくていいわよ」
 動揺しているのをまるで分かっているような口調で、私を先導する。
 私はそれを追いかけることしか出来ない。
 恐怖は……なかったわけじゃない。
 でも、彼女に危険は感じなかった。
 ううん……感じるわけなかった。
 そんな事をするような人間じゃないのは、私が一番分かっているつもりだ。
「まぁ、ここでいいわよね」
 ついたのは、個室。
 というより……教室だ。
 ここは『学校』。
 だけど違和感を感じるのは、『音』の所為。
 耳を劈く無音は、私の知ってる学校のそれとはかけ離れている。
「改めてお疲れ様……よく頑張ったわね」
「……どういう、意味?」
「まだ分からない?」
 教室の窓を彼女が『開ける』。
 そこから身を乗り出し、空を眺める。
 私もそこから視界を空に向けるが……やっぱり違和感。
 そこから漏れたのも、また無音だからだ。
「終わったのよ……あんたは見事、一万溜めたって事」
 一万。
 その単語には、聞き覚えがある。
 それは、いつだっけ……。
 あれはそう、あの間の抜けた天使の言葉。
『貴方がもう一度生き続けるためには、10000TPが必要です』
 私の前に現れた、間の抜けた天使。
 その口から出た電波な言葉。
 それを達成する日の事なんて……考えたこともなかった。
「『こなた』はあんたのおかげで母親の死に、他人に向き合えた……見事な社会復帰ね。+5000」
 ああ、そういえばそんな事を言ってた気がする。
 もうすっかりそんな事忘れてた。
「峰岸はこなたの言葉で、日下部のお兄さんに想いを伝える事を決めた。恋の成就、+3000ね」
『宿主の行動も加算されますよ』
 ……そうだった。
 そのこなたの所為で、さんざんポイントを引かれたっけ。
「そ、それでもまだ8000……最初のマイナス分も合わせても、届かないじゃない」
 確かゆたかちゃんの分まで肩代わりして、-500ぐらいあったかな。
 それ以外に稼ぐような事なんて……。
「馬鹿ね、忘れたの? 『あんたも』したはずよ……最後の最後に」
 最後の最後。
 その瞬間を思い出す。
 それと同時だった……声が蘇ったのは。
 私の顔が、熱を持ったのは。
『泉こなたの事が、好きですか?』
 天使の声。
 その言葉の返答を、思い出す。
「恋の成就、+3000ね」
 振り返った彼女がニヤニヤと笑う。
 そうだ、私は言った……『好き』って。
「あんたとこなたは『共有』してた……その胸の、想いもね」
 最後に聞こえた声。
 あれは確かに……こなたの声だった。
 じゃああれは、幻聴じゃなかった。
 私たちは想いを……伝え合ったんだ。
「想いを伝え合う、それが条件……随分面倒でしょ?」
 そういえばそんな事を天使が言ってたっけ。
 凄い面倒だ、って。
「それじゃあ、本当に……」
「ええ、おめでとう」
 軽く拍手が彼女から飛ぶ。
 私はでもそれに……どういう顔をすればいいのか、分からない。
「私……生き返るの?」
「……」
 拍手が止まる。
 私はずっと、自分を『柊かがみ』だと思い込んでいた。
 じゃあ本当は?
 本当は私は……誰なの?
「少し、違うわ」
 彼女の表情が曇る。
 その沈んだ声に、私の心臓が少し揺れる。
「あの馬鹿が言ったはずよ、『生き続けるチャンスが与えられる』」
 馬鹿、という単語が少し癪に障る。
 誰の事を指すのかは明白だ。
 そんな馬鹿は、あの馬鹿しかいない。
 そりゃ私だって言ってきた。
 だけど人に言われるのは……何だか腹が立つ。
「そう、よ。だから私は善行だとか言って、色々やらされて……」
「……違うのよ」
 彼女の言葉が、私のそれを遮る。
「それは、今から……一万を溜めて、初めて生き続けるチャンスが与えられる」
「なっ……」
 思わず戸惑う。
 天使の言った順番はこうだ。
『私には生き続けるチャンスがある』
『私がもう一度生き続けるためには、一万TPが必要』
 ちょ、ちょっと待って……。
 これじゃあ言葉遊びだ。
 ……倒置法? ちげーよ順番が逆なんだよ!
 あいつ……またしでかしやがった!!!
「ふふっ、怒らないであげて……あの馬鹿、あれで素なのよ」
 知ってるわよそれくらい!
 さんざん振り回されてきたんだから……つーかまた言ったし!
「あ、あんまり馬鹿馬鹿言わないで……あれでも、天使。なんだから」
「何よ、あんたもそう思ってるんでしょ?」
「うっ……」
 と言葉がつまる。
 彼女の笑い顔が妙に癪だ。
「わ、私はいいの!」
「あら、どうして?」
「わ……私は」
 うう、いいやどうせあいつが聞いてるわけないし!
 いいや、言っちゃえ!
「私は敬ってるからいいの!」
「……ぷっ、あははははっ!」
 笑われた。
 ツボに入ったのか、大声で。
 それもあってか、顔がまた火を噴く。
「わ、悪い!?」
「いえ、そうね……あんたも、そうよね」
 あいつは、馬鹿だけど。
 馬鹿すぎる……馬鹿だけど。
 それでもいつも私を、助けてくれた。
 私を……見守ってくれた。
「でもね」
「?」
 少し彼女の言葉が、沈んだ。
 その眼の光にも、影が混じる。
「あいつが馬鹿なのは……本当。あいつは馬鹿でお節介な……救いようのない、馬鹿」
「なっ……」
 思わず叫ぼうとした時だった。
 その言葉が止まる。
 彼女の眼の涙に、息を呑んだから。
「それにあんたは勘違いしてる……あいつは、『天使なんかじゃない』」
 涙を軽く拭くと、また挑戦的な眼で私を見る。
「どういう……意味?」
「『あいつは一言も自分が天使だなんて言ってない』、ってこと」
 ……。
 少し頭の中で思考が巡る。
 一番最初……私はなんて言ったっけ。
 いきなり電波な事を言い出したあいつに向かって、そう。
『じゃあもしかして……天使とか?』
「それもあんたが勝手に定義しただけって事、理解できた?」
「で、でもっ!」
 確かにあいつはそんな事言わなかった。
 それでも……そうよ、あれがあったじゃない!
「じゃあ、あの本は!?」
 なんか分厚い、絵付きのハゥトゥー本が!
 あれには一杯出てきたわ。
 天使だのTPだの……そういうのも、全部乗ってた!
「ああ、あれ? あんなの信じてたの?」
 その言葉に、拍子が抜ける。
 あまりにもあっけなく返ってきたから。
「し……信じてって、そりゃ、あいつが持ってて」
「あれはあの馬鹿が勝手に作ったの、あんたに分かりやすくってね」
 また彼女の顔に笑みが漏れる。
 でもその奥には、さっきの涙が逡巡していた。
「TP、で気付くべきだったわね……あの馬鹿いつまでたっても覚えやしない。天使の頭文字はAよ」
「ま、待って。ちょっと待って」
 頭の中が混乱してきた。
 あいつが天使じゃない?
 な、何よそれ。
 訳が分からない!
「お、おかしいじゃない! 私が勝手に天使って呼んだのに……なんで、そんな本なんか!」
 そうよ、その本が存在するには条件がある。
『私が天使と定義しなければ、その本は存在しない』!
 そんなの、分かるわけない!
「そうね……こう考えれば簡単よ。『天使なんて本当に居ると思う』?」
「あっ……」
 人差し指を空に向ける。
 その言葉で、口から出かけた言葉が止められる。
 これは少し意地悪な問題だ。
 答えはそう難しくない……天使の言葉を思い出せば、答えは簡単に出てくる。
「……『居ない』」
「そう、そんなの本当は存在しない。なぜなら」
「『天使』という定義も……人間の言葉だから」
 答えを先に言われ、空に突き刺した指を私に。
「そう、確かにそんな存在……そんな概念がないなんて誰も証明出来ない」
 所謂『悪魔の証明』だ。
 それが『存在しない事を証明する事は不可能』なんだ。
「もし居てもそれは『天使』じゃない。それは、人間が勝手につけた定義でしかない」
 だから、居ない。
 それが本当は何かなんて……『人間』には分からない。
 ただそれに近い偶像を思い浮かべ、そう呼んでるにすぎない。
 そう……『本当の天使なんて、存在しない』んだ。
「まぁ、分からないでもないわ。『あんな状況』で出てきたら、誰でもそう思うわよ」
 その言葉に思い出す。
 彼女との、初めての出会いを。
 狭い病室で……誰も見えない私に、声をかけた。
 そうよ、あんなタイミングで話しかければ誰だってお迎えだと思うわよ!!
「「はぁ……あの馬鹿」」
 溜息のタイミングが重なった。
 それが少し可笑しくて、笑ってしまった。
 彼女も、笑う。
 無音の教室に私たちの笑い声が反射して、少し心地よかった。
 それで緊張がほぐれたのかもしれない、
「ねぇ」
「うん?」
 彼女に聞いてしまった。
 私の中でひっかかってる、疑問を。
 だって、そう。
 彼女が……『知ってるはずがない』。
「どうして天使の事……知ってるの?」
 あいつは天使じゃない。
 それでも、他に呼び名が思いつかなかった。
「天使だけじゃない……こなたの事も」
『柊かがみ』がこなたを知る事は『ありえない』。
 私の中の彼女の記憶が、それを裏付ける。
 彼女の中にこなたは……居ないはずなんだ。
「……簡単よ」
 何処かで聞いた返事だ。
 この難解なパズルにもどうやら、それを解く答えがあるらしい。
 ……それも、簡単に。
「私もあんたと同じ……あの馬鹿に命を掬い上げられて、『こなた』と出会った」
「えっ……」
 その答えを、彼女が口にした。
 不思議な、矛盾に溢れる答え。
「そして……『ここ』に辿り着いた」
 だからあの天使を知っている?
 だから、こなたを知っている?
 それで……答えになるの?
「で、でもそんなの……おかしい。そう、そうよ……あいつは言ってた。あんたは自分で、自殺したって」
 そう天使は言った。
 それが全ての真実だって。
 その人間を、天使が掬い上げるはずがない。
 だけど彼女が……首を振る。
「いいえ、正確にはこう……『柊かがみは自らの意思で死を選んだ』」
 天使の言葉を、彼女が繰り返す。
 それが何?
 何処が違うの?
「あんたも、覚えてるはずよ……『私』の記憶があるなら」
 その言葉に、心臓が跳ねた。
 私の中には『柊かがみ』の記憶しか、ない。
 その曖昧の世界で、私が唯一覚えているもの。
 それは……。
「あの、『手』を」
 私……ううん、『柊かがみ』を突き飛ばした手。
 その偶像は、消えたはずだった。
 でもその手はもう一度……私の肩を叩いた。
 あの感触。あの意思。
 それは……本物だったんだ。
「あれは『私』。私は自分の意思で……自分の手で、『私自身を突き飛ばした』」
「ば、馬鹿言わないで!!」
 思わず声を張る。
 そんな事不可能に決まってる。
 自分自身を突き飛ばした?
 みゆきだって、そんなもの見てなんか……。
「あ……」
「あんたは辿り着いたはずよ……その『答え』に」
 ソレハマルデミエナイナニカニツキトバサレタカノヨウダッタッテ
『そういう事なんでしょ? 私を殺そうとしたのは……』
『あの馬鹿に命を掬い上げられた』
 スベテノハンニン
 ワタシヲコロソウトシタダレカ
 ソレハツマリ――
「私と同じ……『ありえない』存在」
 もう訳が分からない。
 矛と盾が頭の中で激しくぶつかり合う。
 その音ばかりが脳に反響して、酷く気分が悪い。
「あの日……私とつかさとみゆきが、並んで帰っていた。そこにはもう一人……私が居たの」
「そんなの馬鹿げてる! だって、あいつが言った……そんな人、居ないって言った!」
 真実だけを話すって、あいつは言った。
 それさえも嘘なら……もう私は、何を信じていいのか分からない。
「……あの馬鹿はね、変な癖があるの」
「な、何よ……それ」
 そりゃあ、誰にだって癖くらいある。
 ……でもあの天使のそれは、想定外だ。
「言いたくない事や隠したい事がある時はね、妙に遠い言い回しをする……あいつが言ったのは、そういう事」
 その言葉の意味を反芻し、頭に叩き込む。
 それを必死に、天使の言葉と照らし合わせる。
「私を殺した『他の』人間は、存在しない」
 答えを彼女が、先に言う。
 そうだ……私が聞いたのは、そういう意味だった。
 だからその答えは、当然だったのかもしれない。
「どう? 信じる気になった?」
 信じられるわけ、ない。
 みゆきの証言。
 ゆたかちゃんの証言。
 そして……『柊かがみ』本人の証言。
 その全部が、『柊かがみの自殺』を証明している。
 だけど、まただ。
『彼女の存在が、彼女が自殺でないことを証明している』。
 その矛盾に……答えが、あるの?
「……」
 何時の間にか沈黙した私を、彼女の眼が見る。
 貫くようなその眼の奥には……悲しみが揺らいでいた。
「『この世界』はね、『最悪』なの」
「えっ……?」
 私の狼狽を感じたのか、話が逸れた。
「この世界で私は、あの日……死ぬはずだった」
 彼女が『この』という単語を使った意味が、私には分かる。
 言ったはずよ……世界には無限の枝があるってね。
「あの馬鹿はそれに『逆らった』……それが、『最初』」
「……逆らった?」
「そう、『掬い上げた』の」
 彼女が、少し笑う。
 でもそれは、さっきの様な笑いじゃない。
 自分を嘲笑するような、乾いた笑い。
「『死ぬはずだった』私の命を、あの馬鹿は助けた。それは……本当は『ありえない』事だった」
 天使は私にこう言った。
『零れ落ちるはずのない命を掬い上げる』、と。
 死ぬはずのない命。
 その命にもう一度、生きる機会を与えてくれる。
 でも彼女が言うそれは……天使の言葉に矛盾する。
「それが……『あんた』の始まり」
「私、の?」
 その時、鼓動が速くなった。
 私を彼女が……名指したから。
 彼女は、柊かがみ。
 それが今、私と繋がった。
「あんたは確かに、『柊かがみ』じゃない」
 天使に言われた言葉を、彼女が繰り返す。
「だからって……『他の誰でもない』」
 そしてその、続きを。
 その言葉が辛くなかったわけじゃない。
 でも少し……分かってた。
 私の中には『柊かがみ』のものしかない、と天使は言った。
 そして、その他のものなんて……何処にも見つからない。
「あんたは『0』……だから自分を、好きに定義できる」
「……」
 私を定義してきたのは、いつだって私だけだった。
 だからそれは、当然だ。
「そして私は『1』……最初にあの馬鹿に命を掬い上げられた存在」
 少し不思議な言葉だ。
 最初。
 それがあるなら……『次』があるはずだから。
「そろそろ良い時間ね……行きましょ」
「ど、何処に?」
 説明も適当に、彼女がそこで話を切り上げる。
 まだ私には、ここが何処かすら分かっていない。
 いや、学校なのは分かってる……でもどうして?
 どうして、私はここに居るの?
「すぐに分かるわ……ここが何処か、ぐらい」
 そう言って彼女は開いていた扉を『閉めた』。
 ……そうだ。
 これがずっと私が感じてる違和感。
 彼女は『触れている』んだ……物に。
 ううん、彼女だけじゃない。
 どうして気がつかなかったんだろう。
 私の足の裏にある地面の固さ……それは、懐かしいような不思議な感覚。
 私も、『触れている』。
「……っ!」
 廊下から階段へと足を進める彼女の後をついていく。
 その途中だった。
 そこにあった光景に、言葉を失ったのは。
「分かったでしょ? ここは、『こういう場所』なの」
 そこには、『居た』。
 ここは学校のはずだ。
 だけど、学校にこんな光景が広がっているはずがない。
「確か、先生だっけ……つかさのクラスの」
 そう言って彼女がそこに居た女性の肩に手を置く。
 だけどその女性が反応する事はない。
 ただ前を見て、何もしようとはしない。
 本当に、そこに『居る』というだけ。
 動くことも、まばたきすらも……息すらも、していない。
「ここは時間の外、私はずっとここに居る……誰もが居て、誰も居ないこの世界に」
 廊下を抜ける。
 玄関を抜ける。
 校庭を抜ける。
 そこには、私の知る人たちが居た。
 だけどその誰もが……居なかった。
「生き続けるチャンスがある……あの馬鹿は、そう言ったはず」
 そしてその足が、正門から敷地の外へ。
 その時少し、吐気にも似た感覚が私を貫く。
 気を失いそうな眩暈。
 脳天を抜ける激痛。
 この道は……覚えてる。
 それは、私がじゃない。
 私の中の……『柊かがみ』の記憶。
「『これ』がそう……もう分かったでしょ?」
 そう言って、彼女が指差す。
 そこに広がる光景は……私の良く知る、それだった。
 赤い斑点が大地のキャンパスを汚していく。
 その地面の上で、不自然に折れ曲がったのはなんだろう。
 その傍に居るのは他の誰でもない……つかさだ。
 ううん、つかさだけじゃない、みゆきだって居る。
 辺りには人だかりだってある。
 その喧騒が聞こえるはずもないのに耳の奥に蘇り、強烈な吐気に襲われる。
「ここは私が事故にあった日、その日で……『止まってる』の」
「止まっ……てる?」
 その姿を見る彼女は、どんな気持ちだろう。
 血の海で溺れる自分を、それに必死でしがみ付く妹を見て……どんな気持ちだろう。
「そう……でもあんたのおかげでまた、『戻る』」
「っ!」
 その時、その情景が動いた。
 それも……不自然に。
 誰もが進行方向を逆に動き出し、世界が逆に回っていく。
 その『ありえない』光景に私はただ……息を呑んだ。
「『生き続ける』チャンス、そう……あの馬鹿は言ったはずよ」
 天使が言ったのはその一言だけ。
 彼女は一度だって言わなかった。
 ……生き返ると、その一言を。
「そのチャンスが……これ」
 ゆっくりと逆に動き出した世界が、次第に速度を上げていく。
 そしてまた……『止まった』。
 血のキャンパスは何処に消えたんだろう。
 不自然に折れ曲がった私は何処だろう。
 泣きじゃくるつかさは何処だろう。
 立ち尽くすみゆきは何処だろう。
「一万を溜めることで世界は逆に回る。その、『ありえない分岐点の日まで』」
 そこにあったのはもう、『悲劇』なんかじゃなかった。
 私が欲していたはずの……ううん、『柊かがみ』が欲したはずの『日常』。
 彼女に、つかさに、みゆき。
 その三人が仲良く笑って歩く、そんな光景。
 でもここから分岐する。
 ありえない……『事故』に。
「『事故に遭う自分を助ける』……それが、あの馬鹿がくれるチャンス。『生き続ける』……最後のチャンス」
 彼女の冷たい言葉に、次第に麻痺していた頭が解れてくる。
 今私は……『居る』。
 この、止まった世界に。
 あの……事故の日に。
 そんなのありえない?
 ……そんな言葉、私が口にしていいの?
 だって、彼女が言った。
 私もまた……『ありえない』と。
「この日、よ」
 そして彼女は言った。
 私は『0』……彼女は、『1』。
 全ての、始まりの数字。
「この日が全部の始まり……永遠の輪廻の、出発点」
 それは何処かで聞いた単語。
 そう……いつかの病院で、あの天使から。
「私はこれから、『事故で死ぬ』」
 言葉が、ゆっくりと私を通り過ぎていく。
 彼女の言葉の意味が、少しずつ私の思考回路に侵入してくる。
 それの意味を理解する度に……何故だろう。
 足元から上がってくる恐怖という言葉に、自分が支えられなくなる。
「それをあの馬鹿が助けた……もう一度、生き続けるチャンスをくれた」
 そして彼女はこうも言った。
 ここに、辿り着いたと。
「だけど私は……あの馬鹿を、『裏切った』」
 声と共に漏れたのは、涙。
 私にも伝わってくる。
 その言葉の……意味が。
「貴方は自分を……『助けなかった』?」
「……そうよ」
 彼女は『自分自身を突き飛ばした』。
 それが、事実だと……天使も言った。
 自らの意思で、死を選んだと。
「本当の馬鹿は私……最後の最後、あそこで笑ってる私を止めるだけだった」
 そうすれば、全ては『なかった』事になる。
 誰も、死ななかった。
 つかさだって。
 自己嫌悪と疑心暗鬼に壊れ、自ら死を選ぶこともなかった。
 みゆきだって、ゆたかちゃんだって。
 誰もが、当たり前の日常を謳歌するはずだった。
『生き続ける』はずだった。
 ……。
 だけどその未来を、彼女は『選ばなかった』。
 その理由。
 それが私には……分かる。
 まだ私の中に残る……唯一の私の部分が、それを教えてくれる。
「……こなたの、所為?」
 私の中にある……たった一つ。
 その気持ちを、彼女が持って居ないはずがない。
 だって私は……彼女だったんだから。
「……そうよ」
 少し沈黙した後に、彼女が肯定した。
 その気持ちが、私には分かる。
「その未来に……『こなたは居ない』」
「だから、『自分自身』を殺した……」
「……」
 彼女の言葉が詰まる。
 それが肯定の意味だと、受け取るしかない。
「なんで……そんな事」
 分からないわけじゃない。
 こなたへの愛情は、私が一番よく知ってる。
 だからって、『こなたは居る』。
 いつか……そう、いつか出会える日が、きっと――
「……言ったでしょ? この世界は、『最悪』だって」
「えっ……」
 私の言葉を、彼女が止める。
 言葉で……視線で。
「この世界の私は、死ぬはずだった」
 それを天使が、助けた。
 それは本来、ありえない事。
 それがどうして起きたのかは……あの、天使にしか分からない。
「そして……『こなたも』」
「……っ」
 その言葉が私に突き刺さった。
「こなたは母親の死に向き合えないまま……全てに絶望して、自ら死を選ぶ」
 彼女が生き続ける未来。
 そこに、こなたは居ない。
 その意味が……少しずつ私にも理解出来てくる。
「教えてくれたわ、あの馬鹿が……この先の未来。それはもう、遠くない未来に必ず起こる」
 最悪の世界。
 それは本当に……何も残らない世界。
 柊かがみは、事故で死ぬ。
 そして……こなたも。
「こなたは、自分で死を選ぶ……だからあいつには、助けられない」
 その愚行を、天使は救えない。
 それは罪。
 それは……大罪だから。
 そう言って彼女は……つかさを見捨てた。
「救えるのはもう……私しか居ないの」
 こなたが柊かがみと出会う。
 それが、唯一の道。
 こなたが自ら死を選ばない未来……でもそれは、『ありえない』。
 だってその二人が出会う事は、ないのだから。
 だから彼女は、自分の死を選んだ。
 でもそれは……おかしい。
 分かるでしょ? 彼女の言う意味と、行動が何を生むのか。
「矛盾してる、って顔してるわね……」
 だって、そう。
 自分を殺すことは……罪。
 こなたのそれに等しく、彼女のそれも同じ。
 ……これだ。
 これが、最大の矛盾。
 だって彼女はその答えに、自分を殺した。
 だから……生き続けるチャンスは与えられない。
 そのまま、死を迎えるはずだ。
 こなたも同じ、『柊かがみ』と出会わず……現実から逃げ続けるはずだ。
「その矛盾の答えが……『あんた』よ」
「わ……たし?」
 彼女が私を見る。
 他に、誰が居るわけじゃない。
 私が……答え。
 それがつまり……私の居る、『意味』だ。
「私はあいつに命を掬い上げられた。それでこなたに出会い……ここまでやってきた」
 それはきっと、私と似たような情景だったんだ。
 こなたに出会って、喧嘩して、仲良くなって……好きになって。
 そして世界を、逆に回した。
 事故の、その直前まで。
 後はその手を……掴むだけだった。
「私は自分の手を、掴んだ。本当はそのまま信号を突っ切るはずだった、私の手を」
 みゆきは言った。
 私は、横断歩道の手前で止まったと。
「だけどその瞬間私の中で……こなたが溢れたの」
 その時彼女はどんな気持ちだったんだろう。
 助かるはずの命。
 だけどそれを救う事は……こなたの命を、奪う。
「そして気がついたら私は……私を突き飛ばしていた」
 彼女は選んだんだ。
 自分の命とこなたの命。
 それを天秤にかけ……こなたを選んだ。
 ……ううん、選ぶつもりだった。
「その時私の世界が……『止まった』」
 彼女は願ったはずだ。
 もう一度事故に遭う。
 そしてもう一度……天使に命を掬い上げられる。
 そしてまた、こなたと出会う。
 それを繰り返せば、こなたは死なない。
 ううん、死なないどころじゃない……それは『永遠』だ。
 ずっとこなたと一緒。
 同じ事を繰り返せば……こなたは死ぬことはない。
 ……そんな夢物語が、実現するはずはないのに。
「血まみれの私、泣くつかさ、立ち尽くすみゆき……そこで私の世界は、終わったの」
 さっき見た情景。
 そこで彼女の世界は……全部だったんだ。
「戸惑う私の前に、あの馬鹿が現れた……止まった世界の中で、あいつの声だけが響いてた」
 あの馬鹿。
 それは……天使のことしかない。
 天使を裏切ったと、彼女は言った。
 掬い上げてくれた天使の手……それを、彼女は振り解いたんだ。
「そして言ったわ……私にはもう、死ぬことすら許されないって」
「どういう……意味?」
「この誰も居ない世界の『永遠』……それが、私の受ける罰。自ら死を選んだ者の、禊」
 彼女には生き続けるチャンスは与えられない。
 もう、世界に関わる事を許されない。
 それが……自ら死を選んだものの、罰。
 誰もが居て、誰もが居ない世界に……取り残される。
 汗が伝う。
 この無音の世界。
 誰もが居て……誰もが居ない世界。
 それが、ずっと続くの?
 そんなのに……人が、耐えられるの?
「そしてこう続けた……だけどまだ、希望はあるって」
「……」
 その言葉の後に、私を見る。
 どうして?
 そんなの……決まってる。
 この世界に来て、世界が戻って……今、分かった。
 その『希望』……それが、何か。
「私が私を突き飛ばした瞬間ね……奇跡が起きた、ってあいつが言った」
 私には、何もなかった。
 何もない……『0』の私。
 彼女も言った。
 私は『柊かがみ』じゃない。
 そして『他の誰でもない』。
「何がどうなったのか分からない……『あんた』が私の命を、繋ぎとめた」
 私は『0』。
 だから、自分を好きに定義できると……彼女は言った。
 私はあの日……自分を『柊かがみ』だと定義した。
 ……それが、彼女の命を繋ぎとめた。
「あんたは『他の誰でもない』存在……だからこそ、『他の誰にでもなれる』存在」
 私は請け負ったんだ。
 彼女がすべき事。
 それを全て自分のものだと定義した。
 それは……どうしてなんだろう。
「もう分かったはずよ……あんたがここで、『何を』すべきなのか」
 私は『柊かがみ』だった。
 そして彼女の代わりに、世界を戻した。
 じゃあどうするの?
 彼女の代わりに、彼女自身を助けるの?
 ……ううん、そんなの違う。
 私には分かる。
 彼女が……何を望んでいるのか。
「……お願い」
 彼女が頭を下げた。
 心臓が、揺れる。
 まるでその先の言葉を、必死に耳から遠ざけるように……激しく。
「私を……『殺して』」
 彼女が望んだもの。
 それは……私の中に唯一ある、それだった。
 彼女の中にもまた……それしか、残っていなかったんだ。
「それでまた、同じ。また全てが……『繰り返す』」
「繰り……返す」
 心臓が、ゆっくりと静まっていく。
 私の胸の奥で引っかかっていた棘が、ゆっくりと抜けていく。
「あんたならもう、気がつくでしょ? 世界は『繰り返してる』……あんたは何度もここに辿り着き、何度も私を殺してきた」
 その始まりが……彼女。
 全ての、始まり。
 永遠の輪廻の、始まり。
「じゃあ……」
 その言葉が、私に突きつけられる。
 だけど私の中に最初に浮かんだのは……一人の女性だった。
「じゃあ、あいつは?」
「……」
 それは、こなたのことじゃない。
 もう一人。
 私の……ううん、柊かがみのためだけに世界を変えたあいつ。
 ……あの、馬鹿。
「やっぱり……あんたはそうね」
「えっ……」
 その時、彼女が笑った。
 涙で濡れた顔に少し、笑みが戻る。
「何千……ううん、何万回繰り返してもあんたはここで同じ事を聞く」
 だって。
 だってだって!
 あいつはきっと……付き合ってくれてるんだ。
 この、永遠の時間を。
 ただ彼女のために……彼女の我侭のためだけに、私に。
 だから私を必死に助けてくれた。
 精一杯励ましてくれた。
 ずっと……何百年、何千年も。
 毎回同じ事を……彼女のためだけに。
「言ったでしょ、あいつは馬鹿よ……私の愚行に永遠に付き合う、救いようのない馬鹿」
 天使の事をずっと、嘲笑う彼女。
 でもそれは、違った。
 彼女を笑い……彼女は自嘲しているんだ。
 自分の行いの、愚かさを。
「なん……で」
 私の頬から、涙が零れた。
 その涙を、彼女が拭いてくれた。
 まるで、あの天使みたいに。
「あんたが泣くのも、全部同じ……あんたはこれから私を殺して、全てを忘れる。そしてまた、こなたと出会う」
「じゃあ、じゃあ……つかさは?」
 止まらない涙と共に、思い出が溢れる。
 それは私が柊かがみとしての記憶。
 その全部が、繰り返されてきたんだ。
 それじゃあ……。
「……同じよ、つかさは現実を受け入れられずに死を選ぶ」
 柊かがみを殺す未来。
 それは……つかさを殺す未来でも、ある。
「もう分かったでしょ? 世界が繰り返してきたのは事実……つまり」
 私には選ぶ権利がある。
 つかさを殺す未来。
 こなたを殺す未来。
 だけど、その結論はいつも……同じなんだ。
「あんたはずっと、つかさと私を殺し続けてきたの」
 私は、こなたを選ぶ。
 つかさを……殺すんだ。
「これは全部『決まってる事』……あんたがここに来て、私を殺す。それはもう何万回と繰り返されてきた決定事項」
 そんな、と声が漏れるはずだった。
 でも、分かる。
 心の奥で、叫んでる。
 こなたを……殺したく、ない。
 だって、こなたは私の最後。
 何もない、私の……たった一つの、私。
 それしか私には、ないのに。
「で、でも!」
 それに必死に抵抗するように、言葉が漏れた。
 そんなの、無駄に決まってるのに。
「あんたはまた、ここに閉じ込められる! 天使もまた……同じ事を繰り返す!」
「……」
 私の選ぶ道は、破滅の道。
 誰も居ない世界に柊かがみは閉じ込められる。
 なぜなら私は、『柊かがみ』なのだから。
 そう自分で、定義したんだから。
 だから同じだ……私が殺す事で、『柊かがみは自ら死を選ぶ』。
 そして私はまた全てを忘れ……自分を『柊かがみ』だと定義する。
 天使はまた私の前に現れ……私のために、尽くしてくれる。
 それの……繰り返し。
「言ったでしょ……これはもう、決まってる事」
「だって、会えないのよ? ……他の、誰にも!」
 彼女の世界は、ここで終わる。
 私がまた彼女を殺せば、彼女の世界は止まる。
 そこから先は……彼女にはもう、不可侵の世界。
「じゃあ、こなたを殺すの?」
「……っ」
 彼女が唇を噛む。
 私には分かる。
 彼女だったから、分かる。
 柊かがみは全部を捨てたんだ……ただ一人が、生きるためだけに。
「もう時間なんて……そんな言葉を忘れるぐらい過ごしたわ」
 誰も居ない世界。
 止まったままの……孤独な世界。
 その中で、彼女は何を思ったんだろう。
 ……それも私には、分かる。
「それでも、忘れられないの……こなたの事だけは」
 彼女がこなたと重ねてきた時間は、私とは比べ物にならないくらい少ない。
 何千、何万回と繰り返してきた私に比べれば……それは刹那。
 それでも彼女は……それを、守りたかった。
 その気持ちが、私に分からないはずがない。
「これが、私の生の定義。こなたを守ることが……私の、生きる意味よ」
 それは彼女にしか出来ない。
 天使にだって、こなたは救えない。
 それが出来るのは……彼女しか、居ないんだ。
「……もうそろそろ、時間よ」
 彼女の言葉と一緒に、耳に雑音が混じっていく。
 そのゆっくりとした低周波の音が次第に高くなり、鼓膜を叩きつける。
 そのまま世界がゆっくりと……動き出した。
「迷わなくていいわ……体が、覚えてるはずだから」
 私の目の前には、三人の姿がある。
 柊かがみ、みゆき、つかさ……。
 その中のつかさが三人の輪から先にはずれ、横断歩道に向かって駆け出す。
 それを追うのは、柊かがみ。
 その姿を見て、自然に体が動いた。
「……本当はこのまま、転んでね。そのまま跳ねられるはずだった」
 いつのまにか、私の手は彼女を止めていた。
 彼女の手首を……『掴んでいた』。
「それで、死ぬ。でもそれじゃ駄目なの……」
 触れた部分から暖かさが伝わる。
 体がまるで機械人形のように、勝手に動く。
「その死は、自然。それを救う事はもう出来ないって……あの馬鹿が言ってたわ」
 自然の死。
 それを一度……天使は拒んだと、彼女は言った。
 その理由。
 それは、あの天使にしか……分からない。
「……このままだと、どうなるの?」
 スローモーションの世界で、私が掴んだ相手がゆっくりとこちらを振り返ろうとする。
 その動作の間。
 視線が合うはずのない彼女と……眼が合った気がした。
「きっと私は……『生き続ける』。全てはなかった事になるの……『私の自殺』という事実も、ね」
 体が覚えていると、彼女は言った。
 その意味が少し理解できた。
 まだだ。
 あと……少し。
 あと少しで……私は彼女を、突き飛ばさなくてはいけない。
 ……。
 本当に、それでいいの?
 このまま手を掴み続ければ、彼女は救える。
 天使だって……これ以上苦しまなくて済む。
 それで、それだって……!
「だけどこなたは死ぬ。多分……あんたもよ」
「……っ」
 その非情な言葉が……ゆっくりと私に突き刺さった。
 そうだ。
 私は、『ありえない』存在。
 本来なら、居ないはず……『0』の存在。
 ただ『柊かがみ』という存在に、『こなた』に依存し続けてきた存在。
「私が生き続けるなら貴方の存在は矛盾する。その瞬間に消えてしまうかもしれない、それは誰にも分からない」
 消える?
 私が?
 何……それ。
 私の中に、唯一あるもの。
 それさえも……消えてしまうの?
 ……そうか、一緒なんだ。
 ここで突き飛ばさない限り、こなたは死ぬ。
 私の中の、こなたも。
 ……私という、存在さえも。
 そうだ……いいんだ。
 誰もが、言ってる。
 死を選べと、柊かがみが……天使が。
「時間よ、お願い」
「……」
 私の手。
 その手がゆっくりと、柊かがみの肩を掴む。
 これで、いい。
 また繰り返そう。
 こなたと、出会おう。
 そして、また始まる。
 私とこなた……二人の関係が、0から。
 それで……いい。
 誰も、悲しまない。
 つかさは、死ぬ。
 でも大丈夫だよ……また私、世界を戻すから。
 そしたらほら、永遠だよ?
 ずっとずっと……永遠。
 繰り返す、有限。
 それは……無限と一緒。
 誰かがそう……言ってたから。

 ねぇ、こなた。
 また好きになっても……いいよね?
 繰り返しても……いい、よね?

 こなたの笑顔。
 天使の笑顔。
 柊かがみの……笑顔。
 その全部が混じって、世界が歪んだ。

 それと同時に私は、その手に力を込めた。




















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