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Escape 第9話

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 9. (かがみ視点)


「こなた」
 私は列車から降りた少女に、恐れと期待の両方を抱きながら声をかけた。

「…… 」
 長い髪を伸ばした少女から注がれる視線は憎しみが籠った熱さではなく、軽蔑と憐みが混じった冷たいものだ。
 予め覚悟はしていてもやはり辛い。
「ゆーちゃんは何処? 」
 腕を伸ばせば届く位置まで近づいてから、こなたは暗い表情を浮かべて口を開いた。
「ゆたかちゃんは、電話で話した通りに逃げたわよ」
 プレッシャーで膝が小刻みに震えながらも、何とか言葉を口に出す。

「狭い島に逃げてもすぐに捕まえられると思った? 籠の鳥を、窓と扉が閉まった部屋に逃がして
追い詰めるのが楽しい? 」
 こなたが更に踏み込んできて睨みつける。私に対する敵意は以前より明らかに高まっている。

 身の毛がよだつような恐怖と、想い人の視線を独占できるという狂った快感によって、
身体の奥から熱いとろりとしたものが染み出し、下着がぬれる。

「こなた。アンタ、ゆたかちゃんを過小評価してるんじゃないかしら」
 こなたを誰よりも愛しているはずなのに、独占欲で周囲が見えない癖に、冷笑と皮肉を混ぜたような
言葉しか出すことができない。
 どうして、こんなにもひねくれてしまったのだろう?


「過小評価って…… どういうことさ?」
 いぶかしげな表情を浮かべながら尋ねる少女に、既に救われない程に歪んでしまった私は、
愉しげな表情を作って教える。
「ゆたかちゃんは、ボートで島から脱出したのよ」
「えっ!? 」
 こなたは、瞼を大きく見開いた。
「そんな…… ゆーちゃんが? 」
 傍から見ても、明らかに動揺しているこなたを眺めていると、寵愛を一身に受けるゆたかちゃんに、
あらためて嫉妬と憎しみを覚えてしまう。

「私も、みなみちゃんから聞いた時はびっくりしたけどね」
 私は、荒れ狂う心を懸命に抑えながら、平静を装い続ける。
「今頃、隣の島に上陸しているはずよ。こなた、ゆたかちゃんから連絡はなかったの? 」
「あ…… 」
 呆けたような反応をみせた後、慌ててバッグの中から取り出した携帯の履歴を調べ出す。

「なかった…… 」
 こなたは明らかにほっとした様子で呟いた。
 私たちと会う前に、ゆたかちゃんから発信されたSOSに気づかなかったとしたら、
悔やんでも悔やみきれないはずだ。


「こなた。今から篠島にゆたかちゃんを迎えに行くわよ」
「え!? 」
 こなたらしくない鈍い反応にイライラしながらも、私はけしかける。
「ゆたかちゃんに会いたくないの? 」
「会いたくないとでも思っているの! 」
 見え見えの挑発に反応したこなたは、低い唸り声をあげた。
「どんな思いで! 私が! ゆーちゃんのことを! 」
 激昂して、胸倉を掴みかけて…… 静止する。

「どうしたのよ? 」
 こなたは、私の問いかけに反応することはなく、真っ青になりながら震え続ける携帯を見つめていた。


 西の空を茜色に染め上げながら、太陽が水平線の下に隠れた頃――
 一旦は、篠島に逃れたゆたかちゃんを、あっさりと捕まえた私たちは、みなみちゃんの別荘に戻った。
 途中でこなたが暴れて、ゆたかちゃんと一緒に逃げだすことを心配していたけれど、
あきらめてしまったのか、抵抗を受けることはなかった。

「お久しぶり、こなちゃん。ゆたかちゃん」
 みなみちゃんの別荘に戻ると、至極上機嫌な表情で、エプロン姿のつかさが迎えてくれる。
 居間に入ると、大きなテーブルにところ狭しと料理が並べられており、幾つかは湯気を立てている。

「みんな。席についてね」
 食前酒をグラスに注ぎながら、つかさは満面の笑みを浮かべている。

 私は席につきながら周囲を見渡した。
 私とこなた、つかさ、みゆきの3年生組と、みなみちゃんとゆたかちゃんの6人が一堂に会するのは、
昨年秋のチアの練習以来だ。もっともその時には、日下部と峰岸、田村さんもいたのだけど。

「ようやく、みなさんとお会いすることができて嬉しく思います」
 みゆきが、場違いな所に迷い込んできた女神のような微笑みを浮かべながら、皆に向けて一礼する。
「いろいろ、お話したいことはありますが、まずは乾杯といきましょうか」
 アルコールが入ったグラスを掲げながら、みゆきは音頭をとる。
「乾杯! 」
 唱和の後に透明なグラスが触れ合い、鈴のような乾いた音が鳴り響く。
 当然のことながら、こなたとゆたかちゃんは、私たちとグラスを合わせることはしない。

 つかさが腕によりをかけて調理した、海鮮ものを主体とする料理の味は素晴らしく、
しばらくの間、全員が食べることに専念していた。


 テーブル上の料理もあらかた片付き、一心地がついた頃。
「みなさんの、近況を教えていただけませんか? 」
 みゆきは、つかさの方を向いて尋ねた。
「私は、料理の専門学校に通っているよ。まだ基本的なメニューしか作らないけど」
 つかさは、のほほんと笑いながら答えている。

「私は志望大学の医学部に進学することができましたが、まだ座学がほとんどです」
 みゆきは穏やかな口調で、始まったばかりの大学生活を皆に伝える。

「入学して2か月も経過していないから、専門的な事を学んでいないのは私も同じよ」
 私もグラスを片手で持ち上げながら言った。
 法学部に入っても、初年度は、半分程度は法律と関係ない一般教養科目を選択せざるを得ない。
 法曹界に入るには、大学卒業後に法科大学院に行かねばならないが、
学費の高さと合格率の低さを考えると、躊躇せざるを得ない。

「みなみちゃんはどうなの? 」
 つかさは、興味深げな視線を寡黙な少女に向けた。
 彼女は暫く沈黙を保った後、ぽつりと呟くように話す。
「さほど変わった事はありません」
「2年でも、田村さんやパティちゃんとは同じクラスなの? 」
「はい…… 」
 みなみちゃんは、あまり関心がない様子で頷いた。
 あくまで想像に過ぎないが、みなみちゃんにとっては、ゆたかちゃんがいなくなった去年の12月から、
時間が止まっているのかもしれない。


「泉さんは、どうなのですか? 」
 みゆきが何気ない調子で話を振る。
「フリーターだよ」
「そ、そうですか」
 あまりにもつっけんとんな返事に、みゆきは戸惑っている。

「もうこれ以上、追いかけまわさないで貰えると嬉しいんだけど」
 サーモンステーキにナイフを入れながら淡々と言って、周囲は重い沈黙を強いられる。
「今のバイト先、無断欠勤で首になったら、責任とってくれるのカナ。カナ」
 しかし、こなたは私をまっすぐと見つめながら、言葉の弾丸を容赦なく撃ち込んでいく。

「こ、こなた、私は…… 」
 息が詰まる。言葉が詰まる。舌を上手く回すことができない。
 こなたは、ずっと敵意しか向けてくれない。

「ねえ。かがみ…… 」
 もがき苦しむ私を冷然と眺めながら、こなたはナイフとフォークを置いて席から立ち上がる。
「な、なに? 」
 私は狼狽した。
 ゆっくりと近づいてくるこなたを思いっきり抱きしめたいという欲求と、一刻も早くこの場から
逃げ出したいという恐怖がぶつかり、一歩も動けない。

「どうして、私とゆーちゃんの平穏な生活を破壊するような事をするのかな? 」

「そ、それは…… 」
 私は、『言い訳』を紡ぎ出そうとあがくけれど、言葉にのせることができない。
「お、お姉ちゃん? 」
 ゆたかちゃんが、こなたの異常な様子に気づいて立ち上がる。
「ねえ。答えてよ。かがみ」
 こなたは私の胸倉を掴んで、容赦なく捩じり上げる。
「や…… くる…… 」
 強く締めあげられて、息がとても苦しい。


「泉さん!」
「こなちゃん! 」
 みゆきとつかさが慌てて駆け寄り、こなたの後ろから抱きつき、引きはがしにかかる。
「HA☆NA☆SE」
 こなたは声をあげて抗うが、二人がかりで背後から掴みかかれては勝ち目はない。

「ごほっ、ごほっ」
 私はようやく、こなたから解放された。
 床にはいつくばり、空気を求めてぶざまに喘ぐ。
「こなちゃん。落ち着いて…… 」
「落ち着けるわけないよ! 」
 こなたの悲痛な叫びが部屋中に響き渡る。

「私がどんな思いで、遠く離れた場所に逃げたのか分からない癖に! 」
「わからないよ」
 しかし、つかさは首を横に振っている。
「えっ!? 」

「こなちゃん。分かるわけないよ」
「何をいってんのさ」
 こなたが振り返って、つかさを睨みつける。
 つかさは普段とは別人のように真剣な表情に変わっている。

「こなちゃんは、いつまで二人だけの世界に閉じこもっているの? 」
 小柄な少女は一歩、よろめくように下がる。
「そんなこと…… つかさには関係ないよ…… 」
 こなたが目線をそらす。
「こなちゃん。本当にそう思っているの? 」
 つかさが涙をためながらこなたに近づき、優しく抱きしめる。
「つかさ…… 」
 しかし、こなたの表情はすぐに冷たいものに変わる。
「もう遅いんだよ」
 小さなため息をついて、やるせなさそうな顔つきで言葉を続けた。

「みんながいくら私たちを追っても、私たちはもう別の生活をしているんだよ」
 つかさから離れたこなたは、ゆたかちゃんの傍まで歩いて、強く抱きしめて、激しく唇を吸う。
「お、お姉ちゃん! 」
 衆人環視の中でキスをされて、ゆたかちゃんの顔が真っ赤になる。

 こなたは、私をまっすぐに見据えて宣言する。
「私は、ゆーちゃんの傍から離れない。いくらかがみが私を追っても無駄だからね」
 真正面からの否定だ。
 しかし、これくらいでひるむようなら、わざわざ埼玉から追いかけてこない。


「私はあきらめないわ」
 傍から見たら明らかに私は、間違っていると思う。
 しかし、こなたへの愛は、既に理性でどうにかなるものではなくなっている。
 少なくとも「あの」狡猾極まりないゆたかちゃんにむざむざと奪われることだけは、
絶対に我慢することができない。

「かがみ…… 」
 こなたが悲しそうな顔を浮かべる。
 胸をかきむしるような苦しさに襲われるが、自ら選んでしまった破局への道を引き返すことは
不可能になりつつある。

「もう、いいよ」
 こなたがとても辛そうにいうと背中をみせた。
「お、お姉ちゃん? 」
 ゆたかちゃんが心配そうな表情で、こなたを見つめている。
「ゆーちゃん。部屋に戻ろう」
 ゆたかちゃんの頬をそっと撫でてから、とても疲れた様子で歩きかけて―― 
ゆっくりと床に崩れ落ちる。

「お姉ちゃん! 」
 ゆたかちゃんの悲鳴があがる。
 みなみちゃんとみゆきは青ざめて、互いの顔を見あっている。

 私は、床に不本意な口づけを強いられている少女の傍に駆け寄って膝をつくが、
直後に背後から奇妙な気配を感じて振り返り、愕然とした。

 私とほとんど同じ時間に生まれた妹が、満足そうな微笑みを浮かべて佇んでいた。


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Escape 第10話へ続く




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  • つかさが何かをたくらんでいるのか分からないから恐い、ブラック
    つかさ降臨。今回も素晴らしい作品ご馳走様(何 -- 九重龍太 (2008-06-18 22:58:37)
  • つかさ……だと……? -- 名無しさん (2008-06-18 01:53:46)
  • つかさ黒いよぉー -- 名無しさん (2008-06-18 00:54:08)
  • つ・・・つかさ? -- 名無しさん (2008-06-17 23:33:43)

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