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二輪の花 第11話

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shien

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【第11話:dear you】

 高良みゆきは悩んでいた。
 胸が大きいこととか、近頃の社会情勢に対し憂いを感じているわけではない。
 最近のこなた達はおかしい。
 そうみゆきも感じ取っていた。この一週間、いやもう何ヶ月も続いているのかもしれないが、こなたやかがみをめぐる環境が不協和音を奏でていることに気づいていた。
 きっと隠し事をしている。そうみゆきは思う。

――どうしてなのか、と悲しくなる。
 確かに天然で、抜けているところはあるかもしれない。
 それでもみゆきは、精一杯こなた達の親友であるよう努力しているつもりだった。
 いまいち概念がつかめない「萌え」も理解できるよう日々努めているし、皆の役に立てるよう、それでいて知識をひけらかすような真似はしない用に注意してきた。
「……何がどうなっているんでしょう」
――私は、そんなに頼りないのか。
――私は、単なる友達でしかないのだろうか。秘密を秘密のままにされるような関係で、何にも役立たない、最低の人間なのか。

 親友――ですよね、私たち?
 自信のもてないに言葉を、誰に聞けばいいのか。みゆきは天井にある電球の光に、手をかざし、それから俯いた。
 こみ上げてきた感情を抑えるように、ぶるぶると首を振る。授業中であることに気づき、変な顔をされていないかあたりを見渡してみたが、さいわいみゆきのほうを見ている生徒は居なかった。

 はあ。
 ため息をつく。
 眼鏡ごしに通した教室は、灰をかぶったように色素が失われ、乾いた世界だった。

 9月22日、月曜日。
 朝目覚め、学校に向かう。
 みゆきはこなたやつかさに会い、
「おはようございます」
「やっほみゆきさん」
「こなちゃんおはよ~」
 いつものように挨拶。ホームルームが始まり、担任の黒井の入室を合図にみゆきが、
「きりつー、礼」
 今日一日が始まる。

 お昼休み、以前にも増して、こなたとかがみの関係がギクシャクしていることに気づいた。
 二人は会話こそするのに、目を合わせようとしない。まるでお互いに避けているかのように、言葉を交わすだけだった。
「お二人とも……なにかあったのですか?」
「ううん、なんにも。ね、こなた」
「うん。ちょっとゲームで」
 みゆきは何を言うべきが悩み、結局何もいえずじまいだった。ゆるいウエーブの髪を困ったように触り、微笑む。
 諦めて、みゆきは持ってきた弁当を消化することに集中しようと、弁当箱に目を向ける。

 くいっ。
 袖が引っ張られた。顔を動かさずに目線だけずらすと、その手の主はつかさだった。みゆきは小声で「どうかしたんですか?」と聞くと、
「……うん。ゆきちゃん、お手洗い、いかない?」
「――わかりました」
 べたな誘い方だ。みゆきは心細そうにするつかさに、ウインクする。
 つかさがほっとしたように笑う。それから「ちょっとつかささんと職員室にいってきますね」
「……どうしたの?」
 こなたが疑問に聞いてくる。あれでいてこなたは鋭いから、みゆきは事情を悟られないように平然を装い、
「黒井先生に頼まれごとをされましたので、ね、つかささん?」
「え?……う、うん」
「でも、私は聞いていないけどなあ」
「泉さん、ホームルーム、寝ていましたよね」
「あれ、ばれてた? いやー、最近徹夜続きで…」

 たはーと、こなたはごまかそうとする。
 もともとそのこと事態に言及するつもりがなかったみゆきは、お体を大切にと笑いかけながら、
「そのときですよ」
「そっか、まあ頑張っておいで」
「はい――ではつかささん、行きましょうか」
「うん」
 こなたがホームルームのときに居眠りにしていたことを思い出し、とっさに機転を利かせた。
 女二人でトイレに行くことは決して珍しいことではないが、それでは数十分も欠席すれば不振に思われるかもしれない。
 その点教師の頼みごととなれば別だ。5時間目は世界史であるから、最高で5時間目ぎりぎりまで引き伸ばすことができる。
 つかさはかがみに、目で訴えた後「いってくるね」と、寂しそうに言う。かがみは「うん」とだけ返した。
 廊下に出ると、つかさはすうすうと深呼吸をした。ドアをしめると日常の喧騒のボリュームが一気にトーンダウンする。
 こなた達の談話はもちろん、クラスメートが何を話しているかも雑音と化して聞き取れなかった。

 みゆきも緊張しきった顔をとき、落ち着かせるように呼吸を整え、それから真顔で、
「……それで、何の用でしょうか?」
 白々しい自分が嫌いだ。
 つかさが呼び出したのは話があることはわかっていたし、つかさの気持ちを斟酌すれば、何が言いたくてこうして二人っきりになったのかもわかっているのに。
 それなのに自分から言い出せないことに弱さが憎い。
「うん、ねえゆきちゃん、あのときのこと、覚えてる?」
「つかささんが風邪でお休みしたときの話ですか?」
「うん………」
「覚えています――とりあえず、場所を変えましょう。つかささん、頑張ってください。私が、ついていますから」

 瞳いっぱいに涙をうかべたつかさをなぐさめるように励ます。
 みゆき自身、ここ最近の変化にどうすればいいのか悩んでいたが、つかさと比べていくらか大人びているみゆきは、つかさの前ではとにかく気丈に振舞おうと思った。
 それにみゆきよりもつかさの方が辛いに決まっている。かがみはつかさのお姉ちゃんだから。

 廊下をでて、女子トイレを通りすぎる。
 途中でみさおとあやのの二人にあったが、みゆきはいたって冷静に受け答えして分かれた。
 階段を降りたところで空き教室を見つけた。みゆきが中を確認するが、真っ暗で、人がいる気配はない。
 引き戸を真横に引き、扉を開ける。
 長い間使われていなかったのだろうか、人気を感じさせない、寂れた空気が教室中に漂っている。
 外の穏やかさと対比していた。
 快活な男子生徒がスポーツをしている声が廊下にまで響いている。まるで現実と非現実の境目であるかのように、異質な空気を醸し出している。
 数年前は使っていたかもしれない。机はざっと数えただけで40個近くはあったし、みゆきが立っている場所から数メートル先の床には傷や赤いペンの後が残っている。
 黒板は綺麗に消されていて、痕跡はなかった。


「誰もいないようですよ」
 無人を確認してみゆきはつかさに振り向く。
 つかさは何も言わず、ぎゅっとみゆきの袖の端を握った。その指が震えている。入りますね、とつかさを促し、二人して入る。
 生徒が使用されていない教室に入ることはあまり好ましくない。みゆきはそっとドアを閉めた。
「暗いね…、怖いよ、ゆきちゃん」
 今日の天気は良好とはいえないにしろ、空の総雲量は全体を10として6から8程度――つまり天気予報では晴れと予報される。
 だからいくらカーテンが閉めてあったと言ってもまったくの暗室になるわけではないが、それでも学校という正のイメージに対して薄暗い教室は異彩を放っている。
 握る指がいっそう強くなる。3-B組のとは電気をつけるスイッチの配置が違うらしく、みゆきは普段押しなれた場所によってもスイッチを見つけることができなかった。

「……ちょっと、待っていてください」
 入り口付近につかさを残し、みゆきは壁伝いに歩いた。
 スイッチを見つけボタンを押すと、壊れかけた電灯のように白熱灯が断続的にオンオフを繰り返した後、3-Bと同じように電気が付いた。

 つかさが寄ってくるのをみゆきは待ち、それから黒板の左端まで歩き、そこで止まった。
 教室の机の配置は縦に6列、横に6列。生徒側から見て黒板の左端は横の机の5列あたりである。カーテンは閉めたままにすることにきめた。
「なんだか不思議だね、ゆきちゃん」
「ええ、どこか、神秘的というか――私たちの学校なのに、そうでないような、そんな気がします」
 時計も幸い付いていて、きちんと機能しているようである。お昼休みの終わりまで、まだ30分近くあった。
 みゆきがつかさの顔を見ると、何かを決心しているようだった。みゆきは何も言わず、その言葉の続きをまった。ただ微笑んで、励まそうとした。
「それで、ゆきちゃん」
「はい」
 すうっと、新呼吸。みゆきは息を呑んだ。
「お姉ちゃんのこと、どう思う? ううん、お姉ちゃんや、こなちゃんや……他にも――ごめん、なんだか何言っているかわからなくなってきた」
「大丈夫です。私も同じ気持ちです」
「うん、ありがとう」
「……、最近のかがみさんと泉さん、そしてその周り。私も変だと思います」

 つかさは相槌をうち、
「ゆきちゃんがお見舞いに来てくれたときにいったよね。『お姉ちゃん、帰ってから私にあってくれなかった』って。可笑しいよね、それ。
 お姉ちゃんがそんなことをするなんて。
 私は元気なだけがとりえだから――うん、ゆきちゃんありがとう、フォローしてくれて――めったに風邪はひかないんだけど、引いたときはいつだってお姉ちゃんはそばにいてくれたのに」
 遡る事一週間以上前のことだ。

「ねえ、ゆきちゃん。どうなっているのかな? 最近、私、どうしたらいいんだろう」
 えぐえぐと、こらえきれず涙をこぼすつかさを、みゆきは優しく肩を抱く。
 泣いちゃってごめんねと謝るつかさをみゆきはとにかく励まそうとした。
「私……嫌だよ。こなちゃんとお姉ちゃんの仲が悪くなることも、お姉ちゃんが辛そうなのも」
「わかっています」
 ならば、どうすればいいのか。
 それがみゆきにもわからず、ただ同調するしかなかった。
 だが確信めいた気持ちがある。今日一日中みゆきを悩ませていた疑問に対する答えが、目の前にあった。
「二人で考えませんか?」
 一人で悩んでいても仕方ない。だから今は口に出して、つかさの言葉を聞こう、そうみゆきは思う。
 不思議そうにするつかさが愛しい。
 だってという言葉を頭に思い浮かべながら、
「私はつかささんの――親友ですから。もちろん泉さんやかがみさんも」
「…うう、うん、ぐすっ、あ、ありがとう、ゆきちゃんっ!」
 うわああああん!! と子供のような泣き声をあげる、つかさをみゆきは抱きしめた。
 つかさの頭が胸辺りに落ちている。背中に腕を回し、優しく抱擁する。
「ごめんね、ごめんね……私、弱くて、泣いちゃって」
「いえ……気持ちは同じですから。だから今はつかささん、ご自分を大切にしてください。泣いてしまったっていいと思うんです。そうしたらすっきりしますから、その後二人で考えましょう。どうすればいいかを」
「う、うん」
 本題に入るのはそれからでいい。
 何度も何度もつかさの背中を擦って、みゆきは、どうすればいいか考え続けた。

「やはり、泉さんに聞いてみるしかないと思います」
 十分ほどたち、お互いに落ち着いてきた頃、みゆきは切り出した。昼休みは1時間程度だし、後15分もない。
「…こなちゃん、話してくれるかな」
「わかりません。わかりませんけど、努力するしかないと思うんです」
「そっか、そうだよね」
「なんとか聞きだせるように努力します。だからつかささん、安心してください」
 みゆきは精一杯の笑顔で微笑みかけた。
 つかさはぼーっと立った後、うん、と小さく息を漏らして。
 みゆきに抱きついた。
「え、ええ!?」
 驚くみゆきをよそにつかさは顔をあげて、みゆきの唇を奪う。
 身長さの関係上、つかさの体制は多少無理のあるものになる。みゆきは顔を赤らめながらも、屈んで、つかさの身長にあわせた。
 経験したことのない間隔が唇を通してみゆきに伝わる。水分不足と、気温で乾きがちだった唇が湿り気を帯びる。
 頭の中ではぐるぐるとえっと私たちっていやでもつかささんはかわいいですしと、混乱していたが、つかさの気持ちを拒むことも、そうする気を削ぐ効力にはなりえなかった。
「……ん」
 つかさの唇から甘い声が漏れる。
 どちらからかはわからない。甘い甘い余韻とともに二人は離れた。
 誰もいない教室に、シルエットが二人。
「ごめん、ゆきちゃん」
 あう…とつかさが謝る。
 出来心だったとつかさが弁明する。どうしてだか急にみゆきと重ね合わせたくなって体が言うことを聞かなかったと、あわてて説明。
「いえ……その、ちょっと驚いてしまって」
「そうだよね、私何やっているんだろ。いや、だよね……私なんかが、キスしちゃって」
「そ、そんなことはありませんよ」
「ほんとに?」
 罪悪感か、また泣きそうな顔をしているつかさをみゆきはあわててフォローする。
 実際、嬉しいという気持ちの方が強かった。
 親友として一緒にいただけなのに、改めてまじまじとつかさを見ると、とても可愛らしい。
 ぼーっとつかさを見つめていると、つかさがクエスチョンマークを浮かべて見つめ返してくるので、みゆきは眼鏡をかけなおすふりをしながらすっかり赤くなった顔を隠そうとした。
「ええ……なんていえばいいのかわかりませんが、ほわあっとした気持ちになりました」
「あはは、それわたしみたい」
「そうですね」
 みゆきは微笑んで、つかさの頬にキスをした。つかさが恥ずかしそうにもじもじする。
「よかった、ゆきちゃん怒ってなくて」
「どこにもそんな理由はありませんよ」
「うん、ありがとうゆきちゃん」
 天使が通ったかのように、会話が途切れる。

 みゆきはこの感覚がなんだかわからないけれど、つかさのことが可愛くて仕方ないと思った。
 物心ついてから、親であるゆかりを除けばファーストキスだったのだけれど。
 奪ったのがつかさで、本当に良かった、とみゆきは思った。

「…とにかく」
 閑話休題。沈黙をやぶり、話を元に戻そうと、大きく席をしてみゆきは切り出す。
「泉さんに聞いてみましょう。今私たちができる最善の方法はそれしかありません。しばらく私に時間をください。どうやって聞こうか、考えます。それで、いいですか?」
「わかった。ゆきちゃんがそういうなら、私も頑張る」
「ええ、頑張りましょう。
 私はつかささんの親友――ですから」
 うん、とつかさが顔を赤らめるのを、みゆきは幸せそうに見つめていた。
「私は、つかささんのことが好きですよ」
「わ、私も! ゆきちゃんのこと、好きなんだと思う」
 顔を見合わせる。
 二人して微笑んだ。

*


 みゆきとつかさが離れた後、二人は無言のままだった。
 単純な話で、お互いに話しかけようとしない二人に会話が生まれるはずはない。
 こなたは黙って弁当箱をつついていたし、かがみはつかさが残してきたメロンソーダを数分おきに一口ずつ飲んでいた。
 はたからみれば異様とも取れる光景だが、学校の教室では誰も気にとめない。
 時々は二人ともちらりと顔色を窺う。偶然の一致で目が合う。しかしすぐにお互い目をそらす。
 みゆきとつかさがいないので、こじれた関係を隠す必要がない。
 二人が教室を出た後、こなたとかがみはずっとこんな調子だった。

「…こなた」
 意を決したようにかがみが聞く。こなたは曖昧な視線をおくりながらも、何、と言葉を返した。
「この前のこと」
「……ゆーちゃん?」
「うん」
「二人は、そういう関係だったんだ。ごめんねかがみ、気づかなくて。てゆーか私空気読めなかったね。ごめん」
「だから、それは――」
 かがみが違うと言おうとしてこなたの机にどんと手をたたいた。
 そのとき腕がこなたの弁当にあたり、床に落ちた。
「あ……」
 言葉が尻すぼみに小さくなる。かすれるような声で、ごめん、とかがみが謝った。
「いいよ別に」
 もともと食欲もなかったし、とこなたは付け加えて、床に落ちた箸を拾って弁当箱にしまう。
 かがみが差し出したティッシュペーパーを受け取り、床にばらまかれた冷凍の唐揚げと、ほうれん草のおひたしを拾った。
 何枚かペーパーを取り出し、それを包んで丸め教室の端にあるゴミ箱に投げ捨てた。
「スラムダーンク」
 こなたは一人でぼけてみたが、正直寂しかった。
 その上、下投げで投げたのに外した。仕方なくゴミ箱にまで歩き、かがんで再度ゴミ箱に捨てた。
 こなたがごみを捨てていると、教室の扉ががらがらと開き、みゆきとつかさと鉢合わせた。

「用事、終わったんだ?」
「ええ」
「うん」
「大変だったね~、ほとんど昼休み丸つぶれじゃん」
「そうですね、お昼も中途半端でしたし、ちょっと午後の授業が厳しいかもしれません」
「私おなかぺこぺこだよ~」
「まあ次は黒井先生だし? 黒井先生のせいでこうなったんだからいっそのこと授業中に食べちゃえば?」
「そんなことするの、こなちゃんくらいだよ~」
「む、失礼な。私だってたまにしかやってないよ」

「……たまにはやっているのな」
 こなたの背後から声がする。かがみだ。
「かがみさん、お出かけですか?」
「てゆーか昼休み終わるし。教室に戻らないといけないじゃない」
「あ、そうですね」
 二人が入り口を占拠していて、かがみが出られないことにきづき、つかさはあわててどいた。
 こなたとかがみはお互いに何か言いたげだったが、目と目があった後、辛そうに目線をずらした。
「じゃあね、つかさ、みゆき、こなた」
「…うん、またね」
 廊下に出ながらかがみは挨拶をする。こなたも答える。
「ただ、ひとつだけ覚えていて」
 窓までかがみは歩いた後、正面にいたこなたに振り返った。やや後ろにみゆきとつかさ。諦めがにじみ出た寂しい、かわいた微笑をたたえながら、
「―――に、私は黄色のカーネーションをあげたんだよ」
 すぐに後ろを向いて、小走りにかがみは教室に向かい走り出した。
 よく聞き取れず、後ろの二人は首をかしげていたが、こなたにはその声が、いやに鮮明に、主語が補われて耳朶に響いた。















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