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『4seasons』 冬/きれいな感情(第十話)/前

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『4seasons』 冬/きれいな感情(第九話)より続く
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§18

 ――風邪、引いちゃうね。
 ――引いちゃうよね。
 私とこなた、二人でおでこをくっつけて。
 雪の中、そんなことを呟いた。
 全然面白いところなんてないのに、真面目な顔をしたこなたがなぜだか私はおかしくて、一人くすくすと笑った。
 風邪なんて、もう引いてしまってもいいかなと思っていた。そんなことよりここでこなたとじゃれ合っていたかった。雪に埋もれながら、どうでもいいことで笑い合っていたかった。
「ほらかがみ、しっかりしてよ」
 けれどこなたは苦笑しながらそう云って、すっくと立ち上がると私に片手を差し出した。私はと云えば、突然こなたの身体が離れてしまったのが悲しくて、呆然としながらその顔を見上げていた。途端に襲いくる急激な寒さに、どれだけこなたの身体が温かかったのかを思い知っていた。
 私が動けないでいると、こなたは私の腕を掴んで強引に立たせてくれた。そうして私の肩を取って、私と一緒に歩きだす。返ってきた、こなたの身体の暖かい感触。それに安心しながら、一歩一歩私は歩いていく。
 足を踏み出すと、降り積もった疲労に足ががくがくと笑い出す。溶けた雪がブーツの中まで染みていて、地面に足を衝く度ぶじゅぶじゅと音を立てていた。その感触が酷く気持ちが悪かった。その感触が気持ち悪いと思うほど、私は冷静になっていた。
 ――こなた。
 こんなときすぐに冷静になれるのは、やはりこなたの方なんだなと思う。いつも漫画とかアニメのことばかりで、萌えだとかフラグだとか夢みたいなことばかり云っているけれど。それとは違う次元で、こなたはどこかこの現実をシビアに、冷静に、客観的に眺めているように思う。
 こなたは、自分自身すらまるでアニメの登場人物みたいに扱っている。そんな気がした。
 だから根っこの部分ではどこかいつも冷静で、そうして悲しくなるほどに自己実現しようという欲求が低いのかもしれない。
 私も含め、ほとんどの人間にとって一番大事な存在は自分自身であるはずだ。いくら周りの人を大事に思っても、そのように周りの人を大事に思う自分がいつだって世界の中心にあるはずだ。
 けれどこなたは違う。
 こなたの中の優先順位では、いつだってこなた自身は最下位だ。賑やかで明るくて私たちをいつも振り回しているように見えるけど、こなた自身の眼差しはいつだって自分自身には向けられていなかった。“誰々が萌え”だとか“誰々のこんなところが見たい”とかそのような話題ばかりで。
 こなたはいつでも周りのことばかり見つめていて、アニメや漫画の世界に逃げ込んで、自分自身のことはまるで物語の端役のように無視し続けていた。
 家事は得意なはずなのに、自分のことになるとぐうたらになる。
 料理も得意なはずなのに、自分が食べるのはいつも栄養なんて無視したチョココロネばかり。
 運動も得意で頭もいいはずなのに、自分の可能性にはまるで興味が湧かないように無頓着だ。
 他人のことは萌えだとか可愛いとか云ってすぐ褒める癖に、自分のことは少しも磨こうとしなかった。少なくとも、今年の夏頃までは。
 ――こなた。
 なんでだろう。そう考えると、こなたのこの小さい身体が、高校生にしては余りにも幼いその身体が、こなたが自分自身に与えた罰のように思えてきてしまうのだ。
「――痛いよかがみ」
「あ、ごめん」
 いつの間にか、肩に回していた腕で、こなたのことをぎゅっと抱きしめてしまっていた。
 こなたはそんな私を見て、困ったような顔をしている。あの夏の日に、寝ぼけて私が抱きしめてしまったときのように。
「――ごめんね」
 そうしてもう一度謝ると、そんなこなたの困り顔が、泣き出す寸前の子供のようにくしゃりと崩れていった。
 そんな顔をして、こなたは呟いた。
「謝らないといけないのは、わたしだよ」
 冬の夜、白い吐息とともにこなたが吐きだした言葉は、雪の中に消えていく。

 ――角を曲がると、泉家はもうすぐそこだった。


§19

 もくもくと湯気が立ち上り、天上付近にうがたれた換気扇に吸い込まれていく。
 湯船の中、腕を動かすとピリピリとお湯が肌を刺す。痺れるような痒いような、そんな変な感覚。よほど身体が冷えていたのだろう、あのままあそこにずっと座っていたら、風邪だけではすまなかったかもしれない。そんなことを考えた。
 雲のように立ち上る湯気の向こうで、こなたが身体を洗っていた。青い長髪をタオルでまとめて、珍しくうなじが剥き出しになっている。
 その細い首筋。薄い背中。風呂椅子に潰れた小さなお尻。うっすらと見えるあばら骨。
 胸の膨らみは記憶にあるものよりも随分と女らしく膨らんでいて、私はそれがちらりと見える度に安堵感を覚えるのだった。ただ少し成長が遅いだけで、こなたもいつかちゃんと大きくなれるのかもしれない。そんなことを期待して。
 夢にまで見た、本当に夢にまで見たこなたの裸だったけれど、不思議と動揺することはなかった。それは勿論凄くどきどきしたし、抑えがたいような疼きを感じたりもしたけれど。けれどそんな気持ちは心の薄皮の下にうごめくだけで、私の表面まで吹き出してくることはなかった。
 ただ愛おしかった。
 こなたの身体がこうして動いていることが、私はただ愛おしかったのだ。

 勿論、望んでこういう状況になったわけじゃない。
 私がこうしてこなたと一緒にお風呂に入ることになったのは、半ば不可抗力によるものだ。

 ぐしゃぐしゃになりながらなんとか泉家に戻った私たちは、そうじろうさんにバスタオルを出して貰って、てんやわんやになりながら浴室まで辿り着いた。できる限り水気はしぼったけれど、それでも廊下にぺたぺたと自分の足跡がついてしまい、それがなんだか凄く恥ずかしかった。
 私もこなたも酷く冷え切っていたから、どちらが先に入るかで少しもめた。けれどこなたは実力行使も辞さないという様子だったし、実際に抵抗むなしくジャケットをはぎ取られてしまったので、仕方なく自分で脱いだのだ。そんなつもりがないこなたに脱がされるなんて、なによりも厭だった。
 そうして私が流し湯を掛けて湯船に浸かったところで、こなたも一緒に入ってきたというわけだ。
 お互いに身体が冷えていたところを先に入らせてもらった手前、こなたのことを追い出すなんてできるはずもない。だから私たちは湯船の中、ずっと背中合わせで暖まっていた。
 冷え切ってこわばっていた身体が、少しずつほぐれて溶けていく。それは勿論お湯の暖かさのおかげだったけれど、私にとっては、こなたの背中が伝えてくる温もりの方がよほど暖かいと感じていた。触れあった箇所が、熱を帯びたように熱かった。
 私もこなたも、あまり喋らなかった。けれどそれは気まずい沈黙が続いていたわけではない。夏にすれ違ったときのように、それ以前に私がこなたに対して示していたように、あるいはあの日太宮で男の子と会ったあとのこなたのように、云いたいことはあるけれど口にはだせないというような、そんな沈黙ではなかった。
 お互いに何をどう伝えようか、いつ伝えようかと考えながら、今はそのときじゃないと思ってタイミングを計っている。いつか云うことがわかってるから今はまだ喋らない。そんな穏やかで饒舌な沈黙が、私たちの間に流れていた。
「――ねえ」
 しばらくぶりに、こなたが口を開く。
「んー?」
「わたしの裸、見ててそんな面白い?」
 髪の毛をわしゃわしゃと洗いながら、こなたは困ったような顔をして私に云った。最近よく見るようになったこの顔が、実のところ私にはよくわからない。こなたが何に困っていて、どうしてそんな顔をするのか。私にはそれがよくわからない。
「面白いわよ。他人が身体洗ってる所なんて普通あんまり見られないじゃない。ふふ、こなたって、身体洗うとき右足から洗うのね」
 私がそう云うと、こなたの困り顔がみるみるうちに赤くなっていく。もう、困ったような顔にはまるで見えない。その顔に浮かんでいるのは、ただひたすらに含羞だ。
 それもまた、私にはよくわからない。裸を見られるより、普段どこから身体を洗うかを知られる方が恥ずかしいのだろうか。こなたが恥じらいを感じるポイントが、私にはよくわからない。
 そう思って首を捻る私の前で、こなたは照れを振り払うように頭からザーっとお湯を被った。
 よくはわからないまでも、そんなこなたがなんだか可愛くて、私はくすくすと笑った。
 こなたも自分が笑われているのに気がついて、照れくさそうにしたままくすくすと笑った。
 ――そうして私たちの間の沈黙は、それ以降、また少し饒舌なものになったのだ。

「クリスマスプディング余ってたけど、食べる?」
「おー、食べる食べる。丁度ちょっと小腹空いてたところよ」
「むふー。これ以上太っても知らないけどね」
「な、なんだと! そ、そそそそれはどういう意味だ!」
「そりゃ勿論、そういう意味だよ?」
「え、ほ、ほんとに? そんなに私太ってた? ね、ねぇ、ちょっと」
 さっきの仕返しだったのかもしれない。追いすがる私をひらりとかわし、こなたは口元に手を当てながら二階に上がっていった。
 こなたの部屋は、今となっては少しだけもの悲しい部屋だった。
 つい四十分ほど前の楽しかったクリスマス会の名残がまだ残っていて、お菓子の空き箱や広げられた漫画本やケーキに立っていたロウソクなどを見る度に、みんなの笑い声が頭の中に蘇ってくる。机とベッドの間に置かれたクリスマスツリーは、電飾こそ光っていないものの、未だにオーナメントやモールが賑やかに飾られていた。いかにも祭りの後という有様に、私の胸が少しだけ切ない音を立てて鳴きだした。
 せっかくだからと辺りを少し片づけているうちに、こなたがドアを開けて戻ってくる。お盆に乗せられているのは、夕食のときに出たクリスマスプディングと、湯気を立てているココアだった。
 十分暖まっていたつもりだったけれど、甘くて暖かいココアは疲れきっていた身体に染み渡るように美味しくて、私は生き返った気持ちになっていた。
「くくく、やっぱりかがみんがそんな格好してると、なんか笑っちゃう」
「うっさいなっ、元はと云えばあんたの服だろっ」
 さすがに恥ずかしくて、私も顔が熱くなっていくのを感じていた。こなたから借りたスウェットパンツはふくらはぎまでしかなくてレギンスみたいになっているし、トレーナーはTシャツみたいにぴっちりと身体に合っている。ブラなんて勿論つけられるものは何もなくて、寝るときもブラをする派の私としてはなんだか妙に落ち着かなかった。
 落ち着かないと云えば一番落ち着かないのがショーツだ。こなたは一度も穿いていないと云っていたし、実際に値札がついていた以上その通りなのだろうけれど、フリルレースに薔薇飾りのリボンがついた純白の横ひもショーツなんてものが、どうしてでてくるのだろうと思った。どうしてこなたがそんなものを買っているのだろう、一体いつ穿くつもりだったのだろう。そんなことを考えるとなんだか胸がどきどきしてしまって、私は酷く落ち着かない気分になってしまうのだ。
 ――けれどそんな全ても表面的なものにすぎない
 私もこなたも、きたるべくそのときにむけて、心のどこかを緊張させたままそんな話を続けていた。
 ――ほら、今だって、カップを持ったこなたの手が少しだけ震えている。
 そうしてこなたはココアを飲み干すと、そっとカップをソーサーの上に置いた。その表情はさきほどまでとはうって変わって、なんだかとても悲しそうな顔だった。
 それはあの春の日に、桜の下で見かけた少女のように。
「――どこから、話したらいいのかな?」
「話しやすいところからでいいんじゃないの?」

 ――そだね。

 そう云って、こなたは大きく息を吸って。

 語り出した。


§告白

 ――わたしは、昔からどこか他人と違う子供だったんだ。
 ううん、かがみに云わせれば、『確かに普通の子は、あんたみたいにオタクなグッズ買いあさったりしないわよね』とか思うかもしんないけど、そういうんじゃなくて。
 最初にそれに気がついたのは、多分小学校五年生くらいのときだったと思う。あれ、でもそう考えるとそんなに昔でもないね? じゃあちょっと前から? あ、でもそう云うと今度はつい最近みたいだね。
 うーん、ごめん、あんまり上手く話せないや。かがみみたいに理路整然と話せたらいいんだけど。
 うん、かがみの話って凄くわかりやすいよ。すぱっと結論から云ってくれるし。メールでもさ、いつも文章構造がしっかりしてて、“てにをは”も間違わないし――って、またずれてるや。
 あ、うん、あんがと。わたしなりになんとか説明してみるね。わかりづらかったらごめん。
 ――小学校五年生のときだった。
 クラスの女の子で集まって、好きな人の話をしてたんだ。わたしはそのグループともの凄い仲がいいってわけじゃなかったけど、なんとなくいつも周りに顔を出してた。そういう関係作るのが得意だったんだよね。空気っていうほど軽くないけど真っ先に声が掛かるほど近くない、そんな感じで色んなグループにいるのが得意だったんだよ。
 ん、だよね。今と正反対。まさか高校生になってから親友なんてものが一遍に三人も出来るなんて思わなかったよ。三年になってからはあやのんやみさきちとも仲良くなれたし。
 ――好きな人の話をしてた。
 わたしはまた最後から二番目くらいの一番目立たないところで発言しようと思ってたけど、なんかちょっと仲良い子が二番目にわたしに振っちゃって。みんなの話聞いてからそれに合わせようとしてたわたしはどんな話をしたらいいのかわからなくて、慌てて変なこと云っちゃった。
 わたし、女の子の名前を挙げちゃった。
 一番仲が良かった、隣のクラスの女の子の名前を挙げちゃったんだ。
 そのときのしらけた空気、今でも思い出すと時々膝が震えるよ。
 幸いだれかが冗談めかして突っ込んで、ギャグになったからよかったけど、内心ずっと冷や汗ものだった。
 あ、違う。そういう意味じゃないから! ああもう、なんでよりによってこんな云い方しちゃうんだろわたし……。別にわたしは女の子が好きだってことを云いたいんじゃないんだよ。そうじゃなくて、なんていうか。
 わたしには、人を好きになるっていうことがよくわかんなかった。
 まあでも、五年生だとそんなもんかなって気もするよね。他の子だって、そんなよくわかって云ってるって感じでもなかった。どっかの少女漫画とか雑誌の受け売りみたいな話ばっかりしてて、本当の恋なんて話じゃなかったと思う。
 ――それでも、わたしみたいに性別を間違えた子なんて、一人もいなかった。
 そんなことが何度かあって、わたしは、より一層注意深く演技するようになったんだ。
 ――どったのかがみ? なんか凄い怖い顔。
 ん、わかってる、あんがと。
 そうだよね。みんなそんな感じだとは思うんだよ。きっと完璧に世界に溶け込めてる人なんてどこにもいないんだよね。みんな少しずつ演技して、場の空気を壊さないように心にもないことでも云ってるんだ。
 でもわたしが特にそんな風になったのは、片親だったからっていうのがあるのかな。やっぱりちょっと普通と違うから、特別扱いされたりすることも多くって。だから、自然と目立たないように目立たないようにって。子供なんて残酷だもん、ちょっと間違えたらいじめの対象になりかねないよ。
 ――また、怖い顔。
 ――あ。
 ん。淋しくなっちゃったのかな? ぷくく、暖かいなぁ、かがみは。
 そなの? 子供の方が体温高いんだ?
 ってあれ? なんかわたしまた子供扱いされてる!
 んー、なんでそうなるんだろね、代謝とかそういう関係? 今度みゆきに訊いてみようかなー。
 ――そんな感じで中学生になって。
 でもわたしは相変わらず人を好きになるって気持ちがよくわからなかった。
 ううん、好きだっていうのは思うんだよ。あの子は可愛いとか、あの子は格好いいとか、優しくて好きだとか、ツンデレで好きだとか、そういうのはわかるよ。
 でもつき合うっていうのがよくわかんない。
 保健体育で習ったようなこと、知識としては知ってたけど、どっか遠い世界の話だって感じてた。アニメとか漫画でいつか主人公が立ち向かうような試練。そんな風に、今はまるで想像がつかないけど、いつか大人になったらそういうことがあるのかなぁって漠然と考えて。
 あ、ちなみにかがみは可愛くて格好良くて優しくてツンデレだから好きだよ。
 ――おー、真っ赤だ。ぷくく、最近かがみ、弄ってもあんま照れてくれないからつまんないんだよね。
 え? 卑怯?
 何を云うのさ、油断してたかがみが悪いんじゃん。わたしはいつだってクライマックスなのだよ!
 ――それでね。
 周りの子はそりゃもう、エロエロだよね。中学生なんてさ。キスとかエッチとか、どこのクラスの誰はもう経験したとか、高校生とつき合ってるとか、そんな話ばっか。
 わたしも、頑張ってそれに話を合わせてた。気持ちはわかんないなりに、漫画とかじゃ普通にベッドインしたりするのもあるから、そういうのをまんま真似してね。小コミとか、もう頭がフットーしそうだったよ。
 お? その反応見ると、かがみも読んでたなー。
 そうだよね、そういう反応だよね。
 でも、わたしはよくわからなかった。
 あの行為の意味が。あの子がフットーするほど興奮している意味が、本当はよくわかってなかったんだよね。
 でもわからないなりにわかってるふりをして口裏合わせてた。あの子が格好いいとか、どんな初体験にしたいだとか、キスってどんな味なんだろうだとか。
 むー。当時はわたしだって、今ほど世間一般から外れてなかったんだよ。背だってちっちゃい方だったけど、もの凄くちっちゃいってほどでもなかったし。
 そうそう、エロゲもね、だからよくやったよ。あれってやっぱり男視線だから色々真に受けちゃ危険だなっては思ってたけど、やってたら普通に萌えて。
 ――違うって。もう、わかってないなかがみんはー。
 かがみは随分エロゲに偏見あるみたいだけど、そんな“エロエロよー!”なやつばっかじゃないんだよ。そりゃ中にはそういうのもあるけど、わたしがよくやってるのは泣きゲーとか云われてるやつで、普通に最後までやっちゃうだけのキャラゲーみたいな感じだもん。結構女の子でも普通にプレイしてたりするんだよ?
 ――それでも、やっぱりよくわかんなかった。行為の意味は実感できなかったけど、でもなんか深い絆で結ばれたらしいカップルのことは見てて嬉しくって。だからエロゲってやってて楽しかったんだ。
 そそ。それがよくわかんないから、みんなの前でも別に抵抗なく話しちゃうんだよね。かがみとかみゆきが慌てるのがおかしくってさ。なんか恥ずかしがってる二人が可愛くってさ。
 つかさは……本当にわかってないのかな?
 ん、勿論そうだよ。そんな話するの、みんなの前でだけ。他の子に溶け込むためのリサーチだったんだもん。そんなこと口に出して退かれてたら元も子もないじゃん。
 そんな感じでわたしは“そのこと”を隠しながら、なんとかクラスに溶け込んでた。今になって思うと“そのこと”の意味がわかったりするんだけど、当時は別に“そのこと”が特に変なことだって思ってなかったんだ。
 だって、溶け込むために演技するっていう意味じゃ、他のことと変わんなかったから。クラスのみんなが笑ってたら、わたしもおかしくもないのに一緒に笑って。グループのみんなが見てるテレビ番組をわたしも見て。友達が嫌ってる子のことを、わたしも一緒に嫌いだって云ったりした。
 ――そんなもんだよね。かがみとかつかさとかみゆきみたいな子なんて、そうそう滅多にいないんだよね。
 それでも、仲がいい子はできたんだ。五年生のときに“好きな子”ってわたしが云っちゃった女の子。覚えてる? いつかわたしが中学のとき仲がいい友達がいたって云ったこと。
 そそ、その魔法使いちゃん。その子もオタクでね、よく話が合ったんだ。優しくて、でも行動力があって、考え方もしっかりしてて、わたしは好きだった。オタクな趣味なんてやっぱりクラスじゃ表にだせないから、よく帰り道に権現道堤を歩きながらCCさくらの話なんかしてた。わたしは断然知世ちゃん派だったんだけどその子は小狼が可愛いって云ってて、カップリングでよく揉めたなぁ。

 ――それともう一人。
 男の子と、仲良くなっちゃった。

 わたしはやっぱりそんなことがよくわからなくて、みんなが“男の子”と“女の子”の間ですっぱり線を引いてるのがよくわからなくて、だから普通に仲良くなっちゃった。

 うん、そう。太宮で会ったあの男の子。

 ――初めから、わたしのことが好きだったみたい。

 子供だったんだわたし。
 わからないならわからないなりに、ちゃんと考えてればよかったのに。いつか自分の身にもふりかかるかもしれないことだって、ちゃんとわかっていないといけなかったのに。わたしはそんなこと、友達同士の話題の中にしか存在しない出来事なんだと思いこんでて、一度も真剣に考えたことがなかった。
 可愛い人だったよ。寡黙で、照れ屋で、でも誠実で。かがみも見たとおり、結構顔はよかったから人気もそれなりにあった。でもオタクだったんだよね。
 彼はわたしや魔法使いちゃんと違って、それをあんまり隠してなかった。そういうところ、ちょっと格好いいなぁって思ってた。その子は知世ちゃん派でも小狼派でもなく、なぜか断然桃矢派だって云ってて。わたしと魔法使いちゃんで「あり得ない」って突っ込んでよく笑ったよ。
 無邪気だったなって思う。
 だから、三年の夏に彼から『つき合ってくれ』って云われたときも、深く考えずに、『いいよ』って云っちゃった。一緒にいて楽しかったから、つき合ってもいいのかなって思ってた。つき合うってそんなことだと思ってた。
 でもつき合って具体的にどうすればいいかよくわかんなかったから、ずっとそれまでと同じように過ごしてたんだよね。だって、彼とそれ以外の関係になるなんて、まるで想像つかなかったし。
 一緒にアニメショップいったり、部屋でごろごろしながら漫画読んだり、ゲーセンいって格ゲーやったり。そんな普通のことしかしなかった。
 恋人同士がどういうことするか、知識としてはわかってたつもりだよ。そのためにエロゲとかやってたんだし。でもなんていうんだろう、なんかやっぱり他人事だと思ってたんだよね。なんか大げさに云ってるだけで、別にそんなことみんながみんなやるようなことじゃないんじゃん? みたいな。
 漫画とかアニメのキャラみたいな人なんて、実際にはいるわけないし、魔法とか選ばれた力なんて、みんな本当は持ってない。それと同じような感じで、実際はそんなことしないんじゃないかなぁなんて。
 無邪気だったなって思う。
 わたしはそれで楽しかったけど、彼はやっぱりそれじゃ駄目だったみたい。
 ――クリスマスイブの夜だった。
 丁度三年前の今日だよね。
 卒業が近づいてて、ちょっと焦ってたのかな。ううん、それじゃなくてもクリスマスイブだもん、期待したりもするよね。
 わたしは、そんな男の子の気持ちなんてまるでわかってなかったんだ。わたしのこんなやせっぽちで凹凸がなくて子供みたいな身体を見て、男の子がどうしたいと思うかなんて、考えたこともなかった。
 ただいつも通りこの部屋でだらだらすごしてて。ただお父さんが買ってきてくれたクリスマスケーキなんかを二人で食べて、適当にギルティ・ギアなんてやってた。わたしはメイ使いなんだけど、カカッとバックステッポで回避したところをいつも通りハイスラでボコられて――って、かがみにはわかんないかこのネタ。
 負けたところで、コントローラーを放り出してプレイヤーを攻撃して遊んでた。
 かがみにひっついて遊ぶようなこと、わたしはよくやってたんだ。照れる彼が面白くて、脇腹つついたり、肩に顎乗せたりして。当時ジャンプで読み切り載ってた『タカヤ』の真似して「当ててんのよ」とか云ってみたりした。
 バカだよねわたし。そんなの、誘ってると思われるに決まってるじゃん。
 でも、わたしにはそんなつもり全然なかったんだ。「当たるほどないだろ」とか、そんな返しを期待してたんだ。
 勿論、返ってきたのはそんな面白い反応じゃなかったよ。

 ――抱きしめられた。

 押し倒されて。キスされて。胸を揉まれた。
 わたし、呆然としてて咄嗟に反応できなかった。自分が何されてるかすぐには理解できなかった。でもそんな風にぼーっとしてる間にも、気がつけば彼の手がわたしの下半身に伸びてきて――。

 すごく、気持ちが悪かった。

 吐息とか、体温とか、ごつごつした身体とか。彼のこと、普段は触ってると安心できるのに。そのときは凄く厭だった。不快だった。背筋がぞっとした。

 その後のこと、頭が真っ白になってて、実はあんまりよく覚えてない。

 気がついたら、テレビ台の脇で彼が頭を押さえてうずくまってた。指と指の間から、ぽたぽたと赤い雫が流れ落ちてきて、どうしたんだろうなんて頭の片隅で思ってた。
 台にぶつかったとき、よっぽど大きい音がしたのかな。お父さんが慌てた様子でわたしの名前を呼びながら、どんどんとドアを叩いてた。
 覚えてるのは音だけ。
 お父さんの怒鳴り声、彼が上げる呻き声、どこからか聞こえてくるジングル・ベルのメロディ。わたしたちに無視されたテレビから流れるギルティ・ギアのオープニング音楽。
 ――救急車の、サイレンの音。

 その後も色々あって。でもそれを全部云ってたら夜が明けちゃうから、もういいよね。

 わたしが説明した話で、お父さんは思い当たることがあったみたいで、遠くにあるおっきな病院にいって受診した。アスペルガー症候群の可能性もあるからって、お父さんは云ってた。
 でも違った。
 もしかしたらただわたしが子供ってだけなのかもしんない。見た目通り頭の中も子供ってだけで、まだ思春期がきてないってだけなのかもしんない。
 でもわたしはなんとなくわかってる。昔から、わたしはなんかちょっと違うんだなって思ってたから。

 ――わたし、性欲が一切無いんだよ。そういう欲望自体が全然ないし、ましてや他人に対してそれを感じたことなんて一度もない。そういう気持ちが、わたしはわかんない。

『アセクシュアル』って云うんだって。
 かがみは知ってた?

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『4seasons』 冬/きれいな感情(第十話)/後へ続く
















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