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明けき秋陽

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匿名ユーザー

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 季節は秋となり、列島各地からは、モミジが色づき始めてきた、という便りが聞こえてきます。
 そんな折、私は一体何をしているかというと、鷹宮の柊家、つまりはかがみさんとつかささんの家にいました。それというのも、土曜日――つまり今日のことです――から日曜日にかけて、泊まりで勉強会を四人で柊家でやる、ということになったのです。
 ただ今はこなたさんとつかささんがいらっしゃいません。夕食の材料を買いに、出かけていらっしゃるのです。よって、今は私とかがみさんだけが家に残って、居間で勉強しています。
 秋ですが、今日は穏やかで温かい日です。居間の窓も開けっ放しになっていて、時折吹くそよ風が私の顔を撫でます。この柊家に来るまでに空を見上げたときは、綺麗な鰯雲もありました。そして、太陽は暖かな光を送ってくれていました。
 私はふと手元のペンを止め、そんな外に想いを馳せ、今日までのことを思い返しました。
 思えば、以前泊まりでの遊びが、こなたさんの家で行われたというときは、私は用事があって行けませんでした。それだけに、今回は行けます、と私がお返事申し上げたときは、皆さん、心底喜んでくれました。
 それは、かがみさんとの屋上での一件から間もない日のこと。それだけに、私は嬉しくて仕方がありませんでした。本当に、自分を必要と思ってくれる人がいる。そう思うと、涙が出てきそうだったのです。
 さすがに涙を見せるわけにはいかないと思い、何とかこらえましたが、あのときの脳裏にはかがみさんの言葉がこびりついていました。すなわち、「みんな、みゆきを友達だと思っている」という言葉が。
 思えば、それまでの私はどこか卑屈であったかもしれません。それは、皆さんに迷惑をかけたくないから、皆さんの役に立ちたいものでいたい、という思いからだったのですが、逆にそれが皆さんの心情を損ねると分かって、私は鈍器で殴られたような衝撃を覚えました。
 ですが、結果的にあの言葉は私を救ってくださいました。本当にかがみさんには感謝しても感謝しきれません。いや、それだけではありません。あの時、私は深い感謝の意とともに、別の感情もわきあがっていました。それが何かというと、一旦は諦めかけた、かがみさんへの想いでした。
 このような気持ちになってしまったのはいつ頃からでしょう。私はそのきっかけを失念してしまいました。ですが、これは考えても仕方のないことです。人を好きになるのに理由なんてあるのでしょうか? 私にはないような気がしてやみません。
 ですが、あえてきっかけを挙げろと言われれば……彼女と最初に出会ったときから、その気持ちは静かに燃え始めていたのかも知れません。
 思い起こせば私は、生来人付き合いがうまくありませんでした。内気で、人の輪に入っていくことが苦手だったのです。それでも、徐々に人付き合いに慣れていけば良かったのですが、愚かしいことに私はその努力を怠ってしまったのです。
 きっかけは、小学生のときに学級委員長になったことでした。そのときは特に考えもせずに、先生からの「委員長になってほしい」との要請をただ受け入れただけだったのですが、委員長になって、他人に介入しても委員長だから許されるということに私は気付いたのです。
 それから、私は委員長になり続けることを決意しました。委員長であれば、人の輪に入っていくことも容易でしたし、向こうから人が近づいてくることさえありました。委員長でいる限り、私は友達が出来るという身勝手な錯覚を覚えてしまったのです。
 しかし、ふと気付いたとき、私を名前で呼ぶ人は家族以外にはいなくなってしまい、私は一人の「高良みゆき」という人間でなく、「学級委員長」という身分でしか見られていませんでした。よって、同級生との付き合いが長続きすることはありませんでしたし、「親友」などという存在が出来るわけはありませんでした。
 私は、愕然としました。安易な道を選ぶあまり、私は取り返しのつかないことをしてしまったのです。
 しかし、今更人付き合いの力をつけることは不可能です。それに、もし委員長になることをやめたら、私は人との付き合いが絶たれます。そうなったらと思うと、恐怖が私の頭に付きまとい、そして、それが、私が委員長になることをやめさせてくれませんでした。それはまるで薬物依存症の如く。
 わかっちゃいるけどやめられねえ、とはどこかのコメディアンの言葉ですが、まさしく私はその状態でした。ダメなことだとは分かっていますが、やめてしまったら残るのは孤独だけ。それが私は怖かったのです。
 だから、私は高校生になってもこんな状態が続く気がしていました。しかし、そんな私に一抹の変化が訪れたのです。
 それは、陵桜学園で学級委員長になって最初の委員会のことです。私たち学級委員長に課せられた最初の使命は、クラスの親睦を深めるためのレクリエーション大会を企画することでした。そのとき、私は、かがみさん―――柊かがみと、出会ったのです。
「高良さん」
「えっ?」
 委員会での企画立案。それを、私はこの柊かがみさんと組むことになり、机をくっつけあって、対面し、これから企画について話し合おうというそんな矢先のことでした。
 凛とした佇まいに、ややもすれば自己主張が強そうに見えるお顔、そしてスレンダーな肢体。私は、そんなかがみさんからの思わぬ呼びかけに戸惑いました。
「……どうかした? 私、何か変なことを言ったかしら?」
 私の不審な態度をいぶかしんだのか、かがみさんは、いささか怪訝な顔をしました。
 そう、確かに変なことは言っていません。彼女は、私の名字を呼んだだけです。ただ、私にはそれすらも―――久しぶりだったのです。同級生に、名字にさん付けで呼ばれることすらも。同時に、私はそれだけ友情に飢えていたことに気付き、とても悲しくなりました。
 でも、そんなことを悟られるわけにはいきません。私の勝手な想像ですが、見たところ、何だか勘がよさそうなお人です。少し表情を変えただけでも怪しまれるかもしれません。無用なことを悟られては、手数がかかります。
 私は、悟られぬよう顔を平静に保ち、その問いに答えました。
「いえ、何でもありません。ちょっとぼうっとする癖があるものですから……。それより、企画ですよね。何をしましょうか」
 我ながら良く出来た言い訳です。
「そうね……」
 彼女はそう言って、目を辺りにめぐらせました。何か考えているようです。
 やがて、何かを思い立ったのか、ずいっと身を乗り出すと、
「ね、明日のお昼、何か予定ある?」
 その言葉に私は少し戸惑いました。明日のお昼がレクリエーションと何か関係あるのでしょうか。
「お、お昼ですか? いえ、特に何もありませんが……」
「じゃあ、一緒にお昼でも食べながら、考えましょう。その方がいいんじゃないかしら」
「えっ」
 思わず返答に窮した私でしたが、かがみさんはそんなことも知らず、
「何だか、今日中にいい案も出そうにないしね。明日までにお互い考えてきましょう。ね、高良さん」
「え、あ、はい、そうですね……」
「じゃ、決まりね。これからよろしく、高良さん」
 彼女はにこりと笑い、そして、右手をすっと差し出しました。これが何を求めているかは明白です。私は一瞬躊躇しました。
 しかし、断るわけはありません。断る理由などあるわけがありません。私はその手をしっかりと握り返しました。それは、久しぶりに感じた肌の温もりでした。温かい温もりが、身体を満たしていくような……そんな気がしました。あくまでも気のせいだったかもしれません。
 それで、その日の委員会は終わりました。しかし、私はその後もしばらく、握った右手を何だかもてあましていました。何だか、握手したのが夢のようといいましょうか、信じられなかったのです。ですが、握手したことは紛れもない事実でした。
 今思い返せば、あの時の私はさして考えもせず、流されるがままに了承していました。しかし、不思議と悪い気持ちはしませんでした。それどころか、何だか……次の日がものすごく楽しみに思えてきたのです。これは、久しぶりに感じた気持ちでした。
 そして、その次の日、私はかがみさんとお食事をともにしました。かがみさんは優しく、そして聡明でした。こんな私にかがみさんは優しくしてくれた。ただそれだけが、私にとっては物凄く嬉しいことでした。それから、私はしばしばお話をする仲になったのです。
 学校のこと、世の中のこと、家族のこと……今まで同級生と話さなかったようなことまで会話は広がっていきました。私は、そんな毎日がとても新鮮に思えはじめ、そして毎日が楽しく思えるようになりました。
 やがて、秋になって、つかささんとこなたさんという新しい友達が出来て程なくしてから……私はあることに気付きました。それは、いつの間にか、ついついかがみさんを目で追う癖がついていたことです。一体何故なのでしょう。
 おまけに、目で追う時は、決まって妙な気分が私の心を支配していました。胸がきつく締められてしまうような、不思議な高揚感。それでいて妙に心地よい気持ちです。最初は単なる憧れの気持ちからでしょうか、とでも思いました。しかし、何だか単なる憧れの気持ちとは違うような気がするのです。
 この気持ちは何かと、私は色々な文献を読み漁りました。でも、確かな答えは見つからず、この答えを見つけることは雲を掴むようなことに私は思えました。
 それまで分からなかったことは、調べれば、確かな答えはすぐに見つかりました。図書館、あるいはインターネット、この二つの手段を使えば、何でもすぐにわかる時代です。調べればすぐ分かる。思えば、そのスピード感が、知識を得ることの楽しみの一つだったのかもしれません。
 しかし、この感情ばかりはどうにも答えが見つかりませんでした。いや、もしかしたら、ただ、それを認めたくなかっただけで、答えはとうの昔に見つけていたのかもしれません。
 結局、それが「恋」という感情であるとはっきり分かったのは、三年生の春頃にお母さんに相談したときでした。意を決し、この感情は一体何なのだろう、と聞いたときの事です。母は、その感情を「恋」だと断言し、そんなに気に病むことはないと、優しく言ってくれました。
 しかし、これはただの恋ではありません。この道ならぬ恋に走ってしまったこの思いをどうするか。真剣に私は悩みました。しかし、私の身勝手な邪な想いで、かがみさんに迷惑がかかったら、それこそ事です。ならば、これは墓場まで持っていく秘密にしなければならない……と、私はこの日に誓いました。
 お母さんにも、これ以上無用な心配をかけたくありません。お母さんは「みゆきにも春が来たのね」と心底喜んでくれたのですが、相手が女性などと知ったら、さすがに驚倒するでしょう。私は、母に相手が誰であるかは告げず、相談するのもこれっきりにして、私はこの想いを胸の奥底に封印しました。
 しかし、最近ではこのくすぶり続けた想いも、どうも限界が来ているようでした。有難いことにかがみさんは気付かないようですが、下心が出てしまったような言動や行動をしてしまっていることに私は最近気付きました。
 そうです、あの時だってそうでした。屋上で、かがみさんに頬を叩かれ、そしてかがみさんに抱いていただいたときのことです。かがみさんが目の前にいらっしゃる。そして、私と密着している。そう思うだけで、私の心は爆発しそうでした。それを抑えるのがやっとでした。
 事実私は、はっきりと「大好きですよ」と、あのときに言っていました。かがみさんもかがみさんで気が動転してしまって、その言葉を聞き流したからいいものの、今思うと、私はとんでもないことを言っていたのです。
 もしあの時、かがみさんがあの言葉をちゃんと受け止め、そして私の思いを……受け入れてくださったら。そんなことがあったら私は……いえ、これは勝手な想像ですね。
 ああ、やっぱり私は、気持ち悪い、のでしょうか? そうですよね、勝手に頭の中で変な想像なんかしてしまって、一人で勝手に喜んでいる。これほど気持ち悪いことはありませんよね。
 かがみさんがこんなことを知ったらどうなるでしょう。驚くでしょうね。そして、拒絶するでしょうか。でも、かがみさんなら私を受け入れてくれるような気がする、というのは私の身勝手な錯覚でしょうか……。
 柊かがみ。どうして、どうして、名前を言うだけで、名前を思い浮かべるだけで、こんなにも心が苦しくなるのでしょう。ああ、しかもその人は近くにいるのです。ちょっと手を伸ばせば届く。そんな距離にいるのです。
 手を延ばせば、いえ、せめてもう少しその距離を縮めれば……。
「みゆき?」
「ひゃうっ」
 突然のかがみさんの呼びかけに私は変な声を出してしまいました。
「な、何ですか?」
 まさか、私の考えが読まれたのでしょうか。
「い、いや、何かさっきから手が動いていないから、どうしたのかな、と思って。大丈夫?」
「え? あ、は、はい。大丈夫です……」
 良かった。どうやら、私の下心が読まれたわけでなかったようです。そればかりか、私の事を心配してくださったなんて……。
「休憩する? ずっと勉強しててさすがに疲れたんじゃない?」
 現在時刻は午後15時6分。9時頃に柊家に着いて、昼食をはさんでずっとしていたので、確かに少し疲れているかもしれません。ちなみにこなたさんとつかささんの二人が買い物に出かけたのは、午後14時50分頃です。お二人も勉強に疲れたご様子でした。買い物は休憩がてら、ということもあるのでしょう。
「そうですね。休憩しましょう。頭を使うときには、糖分が必要不可欠ですからね」
 と、私は言ってから、私はあることを思い出し、
「そういえば、今日は紅茶を持ってきたんです。飲みませんか?」
「紅茶? ああ、それはいいわね。じゃ、私はお菓子を用意するわ。悪いけど、紅茶の方は頼める?」
「はい、お任せ下さい」
 私はそう言い、鞄から茶葉が入った缶を取り出すと、台所へ向かいました。お湯を沸かし、ポットにお湯と茶葉を入れれば、紅茶が完成です。
 紅茶が完成すると、私は二つのティーカップに紅茶を入れてお盆に載せてから、居間に戻りました。
「お待たせしました」
「お、ありがとう。いただくわね」
 かがみさんはお盆からティーカップを取り、一口飲みました。テーブルには既に、かがみさんが持ってきたと思しきお菓子が載せられています。
 私も座って、紅茶を飲みます。しばし、二人分のお茶のすする音がこだましました。
「この紅茶、セイロン茶みたいな味だけど、何か違うわね。どこの紅茶なの?」
 ひとしきり飲んでから、かがみさんがそう聞きました。そのかがみさんの発言は、まさしく的を射たものでした。
「あ、これは伊勢紅茶という国産の紅茶でして、農林水産大臣賞を連続15回取ったこともあるんですよ」
 私はそう解説しました。
「へぇー。……高かったんじゃない?」
 かがみさんはそう言って、顔を曇らせました。どうやら、私に気を遣わせてしまったと思っているようです。
 私は安心させるように、目を細めて、
「いえ、親戚の方からいただいたものですから。ご心配には及びませんよ」
 嘘です、すみません。本当は、私が買ってきたものです。何だか、今日という日が楽しみで楽しみで仕方なくて、つい衝動買いしてしまったんです。
 でも、私が買ってきたと言ったら、かがみさんに無用な心配をおかけすることになるでしょう。私は、かがみさんのために真実は伝えないことにしました。世の中、知らない方がいいことなんてたくさんあります。ですから、無知は時には幸せなのでしょうね。
「あ、そうなの。いやね、私たちのためにお金かけさせちゃ悪いかな、と思ったんだけど」
 かがみさんは破顔一笑させて、弁明しました。
「そんなことありませんよ。私は、皆さんの喜びが自分の喜びなんです。仮に、これが私が買ってきたものだったとしても、別に惜しむことはありませんよ」
 それは、本当のことでした。私は、かがみさんの笑顔が見れればいいと思っていました。でも、そんな私を気遣ってくれるかがみさんの心はとても嬉しいです。口には出しませんけどね。
「そ、そう? でも、私たちはみゆきに何もしてあげられてないわよね……」
 またかがみさんが顔を曇らせました。困った顔も素敵ですが……でも、やはりあまり困っているご様子は見たくありません。
 私はまた安心させるように、
「そんなことありません。皆さんとともにこの日常を過ごせることこそが、皆さんからの最大の贈り物なんです。まあ、毎日学校で顔を合わせるという日常も、いつか終わってしまうと思うと……少し悲しいですけどね。卒業した後も、私たちの友情は変わりないと信じていますが」
「勿論そうよ。まあ、でも……確かに、卒業は近くなっているわよね。私たちも後がないのに、こんなにゆっくりしていていいのかしら?」
「確かにそうですが、たまには、息抜きも必要です。そうでしょう?」
 このお泊り会の話が出てきたとき、こなたさんはそんなことを言って、かがみさんを説得していました。
「まあ、そうだけど。でも……そのせいで、迷惑をかけていないわよね?」
「迷惑、ですか?」
 私はその問いの意味が分からず、問い返しました。
「ほら、みゆきは医者志望だから、猛勉強しなきゃいけないでしょ? 私たちなんかと一緒じゃ、足を引っ張られていないかと思って……」
「いえいえ。かがみさんもこの前、言ってくださったではありませんか。私たちは親友だと。親友はお互いを高めあい、助け合う。私はそう理解していますよ。それに、足を引っ張られるどころか、精神面で非常に助けられてます。今日だってそうですよ?」
「そう?」
「ええ……私、いつか、こうして、かがみさんとゆっくり紅茶を飲んでみたかったんです」
「……えっ?」
 かがみさんの顔が驚きの色に塗られました。
「あ、すみません。私の勝手でしたね」
「べ、別にそういうわけじゃないけど……」
「そうですか? なら……良かったです」
「でも、そうね……。たまには、こうしてみゆきとゆっくりお茶を飲むのも悪くないわね」
 かがみさんはそう言って、口元を笑わせました。
「ありがとうございます。私の……ささやかな夢だったんですよ。友人と、お茶を飲んで語り合うということは。ですが、そこまで仲がいいお人がいませんでしたので……。みなみさんは、友人というより姉妹みたいなものでしたし」
「そこが分からないのよね。みゆきをないがしろにするなんて信じられないわ。いつか会う機会があったら、人生損してるって言ってやりなさい」
 その言葉に、私は思わずふふっと笑いました。何ともかがみさんらしい言葉です。
「ええ、いつかお伝えしますね」
 私はそう言ってから、ふと外の庭に目を転じてみました。庭にはコスモスやサルビアなど数々の花々が庭を賑やかせていて、私の目を楽しませてくれました。
「……お庭には、色々なお花がありますね」
 その言葉に、かがみさんも庭に目を向けると、
「そうね。お母さんもお父さんも結構、花の世話が好きなのよ」
「まあ、そうなんですか。あ、そういえば、ご家族の方は今日いらっしゃらないんですか?」
「あー、お父さんは久本の方に地鎮祭に行くって言ってたし、お母さんは近所の人たちと街に出て行ったし、いのり姉さんとまつり姉さんは泊まりで友達と遊ぶって言ってたわね」
「では、今日は私たちだけということですか?」
「んー、まあ、お母さんとお父さんは後で帰ってくるけどね」
「なるほど……。あ、ヒイラギもありますね」
 何気なく目を移した先に、それはありました。ちくちくしたトゲをいっぱい生やしたそれは、まるで他の花を守るんだといっているかのごとく、威圧感を放っていました。
「ああ、ヒイラギね。それはお母さんが買ってきたのよ。縁起かつぎの意味でもあるのかもね」
「なるほど。ヒイラギ……といえば」
「ん? 何かあるの?」
 かがみさんはそう言って、私の顔を覗き込みました。
「あ、こういうと変に思われるかもしれませんけれど」
「構わないわよ」
「では、申しますけど、ヒイラギは、かがみさんに似ているな、と思いまして」
「ヒイラギが? 私に?」
 かがみさんは心底意外そうな顔と声を見せました。
 私は言葉を続けます。
「ええ。ヒイラギは、葉の縁がトゲ状になっています。それはまるで……可憐な白い花を守るように」
 その可憐な白い花は……私でしょうか、それともつかささんでしょうか、はたまた、こなたさんでしょうか……。
 いつだって、かがみさんは、私たちを保護者のような立場で見守ってくれました。こなたさんにしても、つかささんにしても、また僭越ながら私にしても。そんなかがみさんが、私にとってはヒイラギと重なって見えたのです。
「そんな大げさよ。私が守るだなんて―――」
 私は謙遜するかがみさんの言葉を遮りました。
「いえ。そんなことはありませんよ。事実、私たちの中で一番しっかりしていたのはかがみさんです。ええ、いつだって……」
 そうです。かがみさんは、いつも私たちを正しい道へ導いてくれました。ご自身では自覚がないかもしれませんけれど。
「そう、かしらね……」
 かがみさんは薄く頬を染めて、ばつが悪そうに辺りを見回しました。その様子が何とも可愛らしくて、私は不覚にも笑みがこぼれてしまいました。
 いとしい人の仕草というのは、どうしてこうも目を奪われ、そして、いとしく思えるのでしょう。
「まだありますよ。ヒイラギは、控えめで人の心に安らぎを与えてくれるような、優しい香りを出してくれます。鬼も嫌がる柊が、人の心を穏やかに癒やす花を咲かせるとは驚きです。本当に……かがみさんにそっくりですよ」
 あるときは鬼をも嫌がらすヒイラギとして威圧感を誇り、またあるときは優しい香りを出すように優しく、人の心を癒やしてくれる。考えれば考えるほど、ヒイラギとかがみさんの類似点に驚く私でした。
「ほ、褒めすぎよ……」
 かがみさんはあくまで謙遜しました。
「そんなことはありませんよ。もっと素直になってください。こなたさんやつかささん、それに日下部さんが、何故かがみさんに構ってもらいたがるか。考えたことがありますか?」
 かがみさんは黙って首を振りました。
「みんな、かがみさんが好きなんですよ。あれこれ文句を言っても、最終的には優しくしてくれるかがみさんが。だから、私も、時にはこなたさんたちを羨ましく思ってしまいます。楽しそうにじゃれあってていいなあ……と」
 そうです。皆さん、本当にかがみさんが好きなんでしょうね。私もそんなかがみさんが好きでした。ええ、ずっとずっと前から。この眼鏡を通して……あなたをずっと熱く見ていました。
 だから、私は、気軽にじゃれあえるこなたさんたちが羨ましかったのです。私も、かがみさんに甘えてみたかったのです。
「……みゆきも、羨ましいの?」
 不意にかけられたその問いは、思いもよらないものでした。そして、私は思わず本心をさっき言ってしまったことに気付きました。
 ですが、今更撤回することもできません。私は、意を決して、自分の心を正直に打ち明けることにしました。
「……ええ。私も、時には疲れます。そして、人肌恋しくなるときもあります。かがみさんが、そうであったように」
「……」
 しばし、静かな時が流れました。辺りは静寂そのもので、物音は時折吹くそよ風の風音とそれにそよぐ木々の音だけでした。
しかし、決して険悪な空気ではなく、どこか心地よい沈黙で、まるでここだけが時間の流れから取り残されているような、そんなゆったりした時間に私は思えました。
 それからどれくらい経ったでしょう。しばらくたってから、かがみさんがのそりと立ち上がり、そして私の隣に座りました。
「かがみさん?」
 行動の意味が分からず、私は目をしばたたかせながら聞きました。気がつけば、かがみさんの顔が目の前にあります。毎日毎日見慣れたお顔だと思っていたのに、改めてこうして目前で見ると、私の心が躍りました。
 柔らかで女性的な曲線のライン。確固たる意思を漂わせたすみれ色の瞳。柔らかで艶やかな唇。かがみさんの顔の全てのパーツが私の心を惑わせました。
 ああ、いけません。今はそんなことを考えている場合じゃないのに。
 と、そう思ったときでした。
「え……?」
 私は驚いて、思わず声をあげました。
 なぜかと言うと、かがみさんが黙って私の肩を抱いたのです。
「かがみさん……?」
 もう一度かがみさんの顔を見て、聞きました。心臓がバクバクと、かなり早く脈打ち、体中に響いていることが自分でも分かります。
 かがみさんは顔色一つ変えず、口を開きました。
「ごめん……。でも、聞いて。考えてみれば私は、みゆきに何かしてあげたことなんてほとんどなかった。こっちは何度も迷惑をかけてるのに。それどころか、みゆきが悩んでいたことなんて全然気付いていなかったし、あまつさえみゆきの頬をひっぱたいていた。本当に……私は親友の資格さえないと思ってた」
 それは贖罪の言葉でした。私が罪の意識を持っていたように、彼女もそれを持っていたのです。ですが、その罪の意識は誤ったものです。私の罪の意識が、誤ったものだったように。
 私はそんなかがみさんの心を救いたいという気持ちにとらわれました。以前、かがみさんが私の罪の意識を取り払い、救ってくれたように。
「いいんです、いいんですよ……。私は、皆さんとともに過ごせてきたこと、それこそが最高のプレゼントでした。ですから、気に病むことは何もありません。かがみさんが私の事を叩いたことだって、あれは当然の仕打ちです。私は、皆さんに失礼な態度で接していた。当然の罰ですよ」
 私は出来るだけ、ゆっくりと優しく言いました。
「いや、違うの。違うのよ。だからね、もっと……私たちを頼っていいのよ。私がみゆきに甘えたときのように、みゆきも私に甘えていいのよ。勿論私じゃなくてもいい。つかさでも、こなたでもいい。みゆきも言ってたでしょ? 少し甘えたところで、何の罰もないのよ。私は、親友の……みゆきの力になりたいの」
「かがみさん……。ありがとうございます」
「いいのよ。親友として当然、よ。今更と思うかもしれないけど……」
 そう言って、かがみさんはまた顔を赤くさせました。ふふ、本当に可愛い人ですね。
 私はそんなかがみさんの顔を見て、何か胸の中から滔々とこみ上げてくるものがあることを感じました。それは……母に聞いて、ようやく正体が分かった気持ちです。
 思えば思うほど、胸がきつく締め付けられ、妙に私を心地よくさせるこの気持ち。しかし、相手は同性の人。愛してはいけないはずの人です。後のことを思えば、こんな思い、捨ててしまったほうがいいに違いありません。
 事実、私は母に「この感情は恋である」と宣告されたとき、私は心の整理がつかず、思わず泣き出してしまっていました。母は、そんな私を優しく包み込んでくれましたが、私はそれでもしばらく泣き続けていました。今では何とか心の整理がつきましたが。
 かがみさん。あなたは気付いていないでしょうね。私の本当の罪は、親友に頼れなかったこともそうですが……あなたという、柊かがみという同性の存在に恋をしてしまったことだったということを。
 でも、あなたにも罪はあるのですよ? それは……私の心を奪ったこと。……いえ、これはさすがにおこがましすぎるセリフでしょうかね。
 でも、だからこそ私は、かがみさんに想い人がいると聞いて、心底驚き、その人を羨ましく、そして妬ましく思ったのです。
 ですが、これはいけない感情でした。考えれば当然のことです。女性は男性を好きになる。それが自然の摂理なんですから、かがみさんとて、それは同じこと。当たり前のことを、私は見失っていました。愛する人のために、周りが見えなくなる。これが恋の病とか、恋煩いといわれる所以でしょうか。
 かがみさんのその思い人になれたら、どんなに良いことでしょう。そんな身勝手な考えが、私の頭に浮かびました。ですが、そんなことは出来るわけはありませんし、その思い人の方を恨んでも仕方のないことです。
 身勝手なのは分かっています。かがみさんがその方を想うなら、私は精一杯応援します。でも……でも、せめて今だけは、おそばにいさせてください。私には、それだけで十分なのです。
 たまゆらのひと時だけでも、あなたと一緒に同じ時を過ごせるのなら……それだけで……私は……ああ。
 私は、また涙腺がゆるんでいることに気付きました。
「みゆき?」
 かがみさんが心配そうに私の顔を覗き込みました。どうやら涙を流していることが分かってしまったようです。
「大丈夫? どうしたの……?」
 ああ、かがみさん。本当に、優しいです。でも、今はその優しさが痛いのです。でも痛いのに、私はそれが嬉しく、心地よいのです。優しくされればされるほど胸が痛い。でも、優しくされなくなったら心が寂しい。本当に、恋というものは難儀なものです。こなたさんが言う「ツンデレ」というのも似たようなものなのでしょうか。
「いえ……。ごみが、入っただけです。ご心配には及びません」
 私は安心させるように、嘘をつきました。嘘は優しいものです。現実を直視せず、虚構に目をいかせます。だから、嘘は……意地悪、です。
「そう? なら、いいんだけどね」
 かがみさんはそう言って、庭に目を向けました。どうやら、嘘が通じたようです。ふふ。素直に嘘を受け入れるなんて、本当に純真ですね。
 ……本当は、かがみさんが他の人と結ばれるなんて嫌です。嫌に決まってます。私の方が、あなたのことを良く知っているはずなのに。それなのに。あなたは行ってしまわれるのですか?
 私はかがみさんのことを何でも知っています。そして、もっと知りたいのです。努力家で成績優秀、そして誰よりも私たち親友のことを考えてくれる友達想いのかがみさんのことが。現実的かつシビアで他人には厳しいけど、寂しがり屋で見栄っ張りなかがみさんのことが。
 私は見ているのがつらくなって、かがみさんの顔から目を背け、庭のヒイラギに目を移しました。ヒイラギをずっと見ていると、一時は急騰した想いが徐々に落ち着いていくのが分かります。ああ、本当に……恋煩い、ですね。
 私は心を落ち着かせると、もう一度良く考えてみました。
 私は、同性に恋してしまったということに罪悪感をずっと抱いてきました。そして、ずっとこの恋慕を押し殺してきました。でも、私は今、決意しました。私はもう、自分自身を見失いはしません。そして、ゆらゆらと揺蕩うこの感情には何かしら結末を得なければいけません。
 恋々と恋い慕い続けるのは、とてもつらいことです。ですが、この思いに絶対後悔はしたくないのです。かがみさんと友達になれて、かがみさんを好きになれてよかったと、後年そう思えていたいのです。
 そのための行動はいずれ、必ず起こします。私はそう決意しました。
 勿論今でも良いのですが。ただ、今はこうしていたいのです。このかがみさんの温もりを……今だけは、感じていたかった。
「かがみさん」
 私はかがみさんを呼びました。どうしてもこれだけは告げなければ、と思って。
「ん……何?」
「いつまでも……いつまでも、温かいままのかがみさんでいてくださいね」
「当たり前じゃない。何言ってるのよ」
 そう言って笑ったかがみさんは、とても頼もしく見えて、そして、かがみさんを好きになれてよかった、と、そう思える笑顔でした。
 不意に、紅茶の香りが私の鼻腔をくすぐりました。そんな紅茶の香り、じょうじょうと吹く微風、太陽とかがみさんの温もり、その全てが私にとっては心地よいものでした。
 柔らかな秋陽に照らされた私たちは、そのまましばし、時を忘れていました。この時がいつまでも、いつまでも続くように祈りながら……。


















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  • み、みゆきさん‥‥っ!! -- 名無しさん (2008-12-07 23:13:00)
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