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夕暮れセンチ

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
ガラガラ

「うぃーす……って誰もいないのか」
放課後の教室、私は一人、がらんとした中を見てそうぼやいた。
私はこの教室で、部活動の顧問をしている。アニメーション研究部、通称アニ研の。
まあアニ研といっても、活動は主に漫画や小説を書いたりすることなんだがな。

そんなことは置いといて……
珍しいな、私が来たのに誰もいないとは。大体いつもは……

ガラガラッ! ガタン!

「す、すいません! 遅れてしまいました!」
しばらく教壇の上でボーっとしてると、黒髪ロングの女の子が慌てたように教室のドアを勢いよく
開けて入ってきた。

「おう、田村。どうした? いつももっと早く来てるだろう?」
「いやー、なぜか今日はホームルームが長くて……」

ガラガラ

「おっす、ってあれ? ひよりん今来たとこ?」
「あ、こうちゃん先輩、こんにちはッス」
私がその女の子に遅れた理由を聞いている間に、もう一人、褐色の肌の女の子が入ってきた。
「実はかくかくしかじかで……」
「あー、私もそうだよ。もう3年は卒業して、お前らが最高学年なんだから、もっと自覚を
持てよ! みたいな感じでさ」
「私も似たような感じです。2年になるから、自覚を持つようにと言われました」
最初に入ってきた女の子は、1年の田村ひより。次に入ってきたのが、2年の八坂こう。共に
別々の同人サークルに参加している、かなり本格的な二人だ。そういうプロ意識の表れか、この
二人、基本的に私よりも早くこの教室に来ていることが多い。だからさっき、私はこの二人が
いないことに疑問を持ったのだ。


今日は卒業式後の最初の部活動だ。
そうか、こいつらも来月には2年と3年になるのか。

「で、どうだ? 何かネタは出たのか?」
八坂が聞くと、田村はギクッ、とかビクッ、とか、そんな擬音が聞こえてきそうな反応をした。
「……じ、実はまだ何も……」
「はぁ!? 夜中に聞いたときはもうすぐなんか出るって言ってたじゃん!」
「……その後すぐ寝落ちしちゃいましてね……出かけてたもの、全部パーッスよ……」
ダー、と泣きながら途方にくれる田村。何かこいつ、ネタがあってもなくてもいっつもこんな
感じだよな。

「……はぁ、じゃあ私も考えてあげるから、今日中にいいネタ出して、下書きに入ること。
出来なきゃ明日何か奢れ! 出来たら私が奢ってやるから」
「ひえぇ!? そ、それって私に奢れと言ってるようなもんじゃないッスか!」
「だったらキビキビ考えること!」
「は、はいッス!」
八坂はそんな田村を叱咤しつつも、いつもなんだかんだで手伝ってるしな。
こういう所は、学年が上がっても変わらないな、この二人は。

「こういうのはどうだ?」
「だめッス。そのネタは少し前に似たようなのをやりました」
「じゃあこれとこれを組み合わせて……」
「それもやりました……」
「……ていうか、私ばっかりに考えさせるなよ! 少しはお前も考えろ!」
「は、はいっ! すいませんッス!」
でもなぁ、田村もまだなんか頼りないよなぁ……いつも八坂に怒られてばっかだし。
……やるときはやるやつなんだけどなぁ。

「うぅ……ネタ……ネタ……」
亡霊みたいにうめく田村。……なんか、ちょっと怖いぞ。
「……そんなにネタがないなら、今度こそあれを使えばいいんじゃないの?」
「……あれって何ッスか?」
「ほら、だいぶ前に先輩からもらったって言うネタ帳だよ。みかんを食べると、ってやつ」
ほう、そんなことがあったのか……
だがそれを聞いた途端、田村はピシッ、という音が聞こえてきそうな感じで固まり、ギギギ、
と首をゆっくりと八坂に向けた。

「……あ、あれはちょっと……」
「考えてもネタが出てこないんだろう? だったら……」
「だめッス! あれを使ったら負けのような気がするッス! 柊先輩には申し訳ないッスけど!」
何を慌ててるんだ、あいつは。もらったものなら使えばいいだろうが……ん?

「おい、田村」
「な、何ですか? 桜庭先生」
「今、私の見知った生徒の名前を聞いた気がするのだが……」
「柊先輩のことッスか? あ、柊先輩って言っても、先生のクラスのお姉さんの方じゃなくて、
泉先輩と同じクラスだった妹さんの方ですけど」
「なに? 妹ちゃんが漫画のネタを考えてくれたのか?」
「は、はいッス……」
……意外だな。妹ちゃんはそういうことには疎いと思ってたんだがな。

……そう思ったのだが、田村が少し暗そうに俯いて、
「一度先輩たちの前でネタが詰まってるって話をしたら、柊先輩が何故か一生懸命に考えて
くれましてね……それでネタを考えてくれたり、後日ネタ帳をくださったりしてくれたんです
けど……先輩には悪いんですけど、正直言って使えないものばかりなんですよ! でも自分からは
そんなこと言えなくて……だから先輩のそんな善意がかなり痛いんです」
と言ったから、あー、なるほどな、と妙に納得してしまった。

「つまりただのお節介だったってことか。妹ちゃんらしいな」
「ええ。まぁそのせいでこっちは少し困ってるんですけどね……」
ハハハ……とと乾いた笑い声を出す田村。心なしか眼鏡が曇っているような……

「……というか、田村って結構3年とつながりがあったんだな。特に泉や柊達のグループと」
「はい。泉先輩とは同じクラスの小早川さんが従姉妹ということから知り合いまして……
それからは、同じオタク仲間ということでお世話になってます」
……小早川っていうと、よく保健室に来てるあのちっこい娘か。そういえばそうだったな。

「……小早川?」
と、ここでさっきまで私達の話についていけてなかった八坂が口を挟んだ。
「小早川って、ちょっと前にゲーセンでお前と会ったときにいた、ちっこい方の子か?」
「はい、そうですけど……」
そう田村が答えると、八坂はちょっと驚いたように見えた。
「……そうだよな、お前と一緒にいたんだから同い年だよな……」
「ど、どうしたんですか? 先輩」
「いや、なんでも……そういやちっこいで思い出したんだが、卒業式のときに、私がいつも
ゲーセンで打ち負かされてるちびを見かけたんだよ」
「へぇ……って、その子うちの卒業式に来てたんですか?」
「あぁ、しかもうちの制服を着てたんだよ。つまりさ、先輩だったんだよ、そいつ!」
「えぇ、マジッスか!?」
……今度は私が置いてけぼりか……というか、そんなこともあったのか。

すると、話を聞いていた田村が何かに気づいたように「ん?」と言って少し考え込んだあと、
八坂にこう尋ねた。
「……先輩、その子って、長くて青い髪をして、その髪にアホ毛がついてませんでした?」
「ん? あぁ、そうだよ。……って、何で田村が知ってるんだ?」
「先輩……その人が、さっき話しに出てた泉先輩です」
田村がそう言うと、八坂は目を見開いて、かなり驚いた様子で、
「何!? あのちびが、お前がよく話題にする泉先輩なのか!?」
「えぇ恐らく。卒業生でそういう人は泉先輩しかいませんから」
「……ということは、私がゲーセンでガチャプレイで負けた相手は、ひよりのクラスの小早川か!
そうか、どっかで見たことがあると思ったら、そういうことだったのか!」
「……一人で盛り上がってるッスね。というか小早川さん、泉先輩とゲーセン行ったこと
あったんスね……ん?」
一人はしゃいでいる八坂に圧倒されていた田村だったが、ピンッ、と何か閃いたように人差し指を
立て、なにやらぶつぶつと呟き始めた。

「……フラれた彼氏がほかの女とデートしている場面に遭遇……そいつが自分の学校の先輩だと
知る……そこから始まる修羅場……いける、これならいけるッス!」
「うおっ!? ど、どうした、ひより?」
「いいネタが思いついたんです! 先輩、ありがとうございます!」
「あ、あぁ……じゃ、じゃあ早くその思いついたネタの下書きをしろよ」
「わかりました!」
突然さっきとは一変して目を輝かせている田村に、八坂は戸惑いながらも指示を出す。
それを聞いた田村は、鞄から素早く執筆道具を取り出し、猛スピードで下書きを書いていく。
それを見ていた八坂は、やれやれようやく落ち着いた、といった様子で、自身も鞄から道具を
出し、執筆作業を開始した。


「桜庭先生、さようならー」
「うむ、また明日な」
夕暮れ時になり辺りが暗くなった頃、八坂と田村の二人は今日の活動を終え、教室から出て行った。
アニ研は文化部の中でも時間には縛られないほうの部活で、ほとんどの生徒が早めに帰って
いくのだが、この二人はいつも下校時刻ギリギリまで作業をしている。

「いやー、何とか下書きまで終わって、ホッとしました」
「あぁ、よく頑張ったな。約束どおり、明日は何か奢ってやるからな」
「本当ッスか? ゴチになります!」
「ただし、明日はペン入れ、表紙までやってもらうぞ。賭けは今日と同じな」
「え゛……も、もう賭けは勘弁してくださいッス……」

教室の外から聞こえてくる会話を聞きながら、私はとあることを考えていた。

八坂と田村。この二人も、いずれはここを卒業してくんだよなぁ。

そりゃ、私の教え子が世に出て行くのは嬉しいが……
少し、寂しくもあるよなぁ。

……って、私は何を考えてるんだろうな。
今日泉や妹ちゃんの話題が出たからか、それともこの前の卒業式の余韻か。

何故、こんなセンチメンタル感じてるんだ、私は……

そんな思いにふけりながら、ただひたすらにボーっとしてみる。

そんな3月3日、月曜日。卒業式後最初の部活動後の、夕暮れ時――







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  • いいなぁ、これ -- 名無しさん (2009-03-10 19:44:08)

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