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あの日出逢った星空に(前)

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匿名ユーザー

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 「暑い」のと、「蒸し暑い」という事は違っている――。
 単に気温が高いだけならばまだどうにかなるかもしれないけれど、それに湿気が加わると途端にすごしやすさが変わってしまうのだ。
 あの友達が言いそうな言葉を借りるなら、3倍くらい攻撃力が上がってしまうのだろう。
 “普通”のとは違うみたいです、“普通”のとは。

 ――若さゆえの過ち……?

 室内にこもっている熱と湿気に浮かされながら、柊つかさはそんな事を考えていた。
 時刻はちょうど太陽が最も勢力を振るう昼下がりの午後。
 窓は開いているけれど風が吹いてくることも無く、英語の教師の声が響く教室の中は蒸し風呂状態になっていた。
 さらに先程体育の授業があったせいもあり、もはや室内には生きた人間の気配がしないくらいだ。
 あの友達――泉こなたも完全に死んでいる。
 せいぜい生き残っているのは、こなた曰く、完璧超人、人類最後の萌えの希望……な、高良みゆきぐらいだった。それでも彼女も長い髪を暑そうに気にしているけれど。

 ――ああ……。

 なんだか、目の前が霞むような感覚。
 もちろんそれは錯覚だけど、今にも蜃気楼が見えてきてしまいそうだった。
 まだ7月になったばかりだというのに、うだるような暑さが身に堪える。
 本格的な夏が始まるのには少し早い気がするのに、地球はなんだか焦ったように熱を上げてきていた。
 こんなのが、あと二ヶ月も続くんだ。
 それが過ぎれば季節は秋へと移り、ようやく気温が下がったと思えば、そのまま冬になってしまう。
 そして年が変われば――。

「………」

 つかさはそっと瞳を伏せた。
 今年もあと半年。
 今までは過ぎ去る年月なんて気にしたことも無かったけれど、残りの時間はきっとあっという間に過ぎてしまうのだろう。
 もうすぐ、一つの終わりが来る。
 そう実感すると、なんだか急に焦りが生まれてきた。
 まだ達成していないこと。やり残したあの事。これから実行しないといけないあんな問題……。
 不安と期待が入り混じり、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 でもとりあえずは、

 ――お姉ちゃんへのプレゼントを考えないと……。

 授業の終わりを告げる鐘が、校舎内に響き渡った。




       ♪




「あのね、ゆきちゃん。このあとお買い物に付き合ってもらえないかな……?」
「あ、はい。もちろんいいですよ」
 遠慮がちに言ったつかさの言葉に、みゆきは笑顔で了承してくれた。
 放課後の教室。
 ついさっきまでは死人のようだったみんなも、今では活き活きとしながら下校を始めていた。
 もちろんつかさもそのうちの一人だ。

「お姉ちゃんへのプレゼント買おうと思ってるんだけど……」
「ああ、そういえばお二人とも、もうすぐ誕生日なんですね」
「うん、だからゆきちゃんに手伝ってもらいたくて。私一人じゃ良いもの選べそうになくて……」
 そう言ってつかさは苦笑した。
 姉へのプレゼントについては、大体の目星はつけていた。でもやっぱり一人で決めるのは難しいというか、大変というか、なんとなく不安でもあって。
 その点、みゆきが一緒について来てくれるとなれば安心だと思う。

 と、そこへ、
「二人とも、何を話してるの?」
 ひょこりと、てっぺんに髪の毛を立たせた少女――こなたが二人の間に割って入ってきた。
 小さな身体にかかる長い髪と、動く度に揺れる跳ねた髪の毛がトレードマークの女の子だ。
「つかささんがかがみさんの誕生日プレゼントを買うので、一緒に行こうかと……」
「おおっ、そういやもうそんな季節だね。――七月七日だっけ? ポニテの日」
「うん、そうだよ」

 七月七日。七夕の日。
 それがつかさたちの生まれた日だった。
「七夕の日っていうのがミソだよね。こうさ、記念日みたいなのが誕生日だと、なんか運命的なものを感じるというか何かの複線なんじゃないかとか……。ある種のステータスじゃない?」
「え、あー……。確かに珍しいねとか、すごいねとかはよく言われるかも。双子でゾロ目の日っていうのもあるし」
 昔から人に自分の誕生日を教えると、そういった反応がよくあった。

 別にどの日付にだって生まれてくる可能性はあるのだし、たまたま少し云われのある日が誕生日だったわけだけど、少しだけ自慢だったりはする。
「七夕かー。小学校の時とかは結構重大なイベント的な立場だけど、この歳になるとだいぶ忘れられる存在なんだよねー。……まあ、時期的にも微妙だし、話に絡めたりするのも難しそうだけど」
「そういえばそうですね。幼稚園や小学校では学校行事でありましたけれど、世間ではクリスマスのように騒がれたりしていませんし」
 こなたの言葉にみゆきが応える。
 確かに言われてみるとそうかもしれない。
 自分にとっては誕生日だから忘れる事はないけれど、普通の人は、そういうのあったなー、で終わらせてしまいそうだ。
 一年の中でも、中々に地味なイベントと言えるのかも。

「思ったんだけど七夕ってさ、短冊にお願い事を書いて笹に吊るすじゃん?」
「うん」
「でも、織姫と彦星が一年に一回会える日になんの関係があるんだろうとか思わない? むしろ一回しか会えない二人のほうがお願いを叶えて欲しい側だと思うんだけど……」
「あ……」
「全国の子どもたちの夢を押し付けられてあの二人も大変だよ……。こっちはサンタじゃないっつの、とか思ってたりして」
 暑そうに髪の毛をかき上げながら、こなたは口を尖らせる。

「そう考えると、確かにね……」
 愛し合う二人が一年に一回しか会えない日。
 そんな日なのだから、少しは放っておいてくれなんて思っていてもおかしくはないのかもしれない。
「聞いた話なんですが……」
「あ、みゆきさん知ってるの? どうしてー?」
 ぐででん、とたるんだ動きを見せながらこなたが訊く。
 それはですね、と一つ前置きをしてみゆきは語りだす。

「元々七夕の日には、機織や手芸といったものの上達を祈っていたそうで、それが段々と、今のようにただお願い事をする形に変わっていったそうです。ですが、最初は二人が会えるめでたい日に織姫にあやかろうというのが始まりだったそうなので、こなたさんの言っていることもあながち外れてはいないのかもしれませんね」
「ほへー」
 相変わらずみゆきさんは物知りだねー、といつものごとくこなたは大げさに頷く。そしてみゆきは「たまたまテレビでやっていただけですから」と照れていた。
「じゃあ、みゆきさんは、子どもの頃はなんてお願い事したの?」
「そうですね……。……確か、学校の先生だったと思います。もしくは今と同じお医者さんと」
「うおぅ……。みゆきさんは、昔からハイスペックだったんだね……」
 私と同じ子ども時代があったとは思えないよ……、とこなたは呟く。

「つかさはどうだったのん?」
「私? 私は……」
 子どもの頃のお願い事。
 あれは確か――。
「……お嫁さんって書いてたかな」
「あー、ぽいね」
「つかささんらしいと言えばそうですね」
「そ、そうかな?」
 なんだか気恥ずかしくなってつかさは頬をかいた。
「こなたさんはどうだったんですか?」
「私はね――」

 こなたもまた昔のことを語りだす。
 その話をぼんやりと聞きながらも、でもつかさは別のことを考えていた。
 ――お願い事か……。
 おぼろげな、でもはっきりとした記憶。
 それはずいぶんと昔のことのような気がした。

 短冊に、二人で書いたお願い事。
 見上げた夜空がとても綺麗だったのを覚えている。
 純真だった過去。
 消えてしまったいつか。
 ひたすら熱いトークを繰り広げるこなたと、それを受け流すみゆきたちに苦笑しながら、つかさは思う。

 考えたってしょうがない。
 昔のことは昔のことで、もう戻ることの出来ないものだから。
 だからこれから先のことを、考えなくちゃダメなんだ。
 きっと彼女も、そう言うだろうから――。

「――こなちゃんはこれから何か用事ある? もし良ければ、一緒に来てほしいんだけど……」
「あーゴメン。実はかがみから呼び出しをもらっててねー。これから行かなきゃならないんだ」
「そっか……」
「うん、『おまえのひみつを、知っているぞ』て脅されてね……。うぅ、ホントかがみは怖いよ……、氷点下だよ……」
 そう言うとこなたは、大げさに身体を震わせた。
「というわけで、そろそろ行かないと噛み付かれちゃうから、――またね」
 さっと身をひるがえすと、こなたは手を振りながら、教室を出て行ってしまった。
 だいぶ人の減った教室の中に、つかさたちは取り残される。
「……私たちも行こっか?」
「そうですね」
 二人は顔を見合わせると、そろって苦笑した。




       ♪





 ――あつい、という言葉は、あることの「大きさ」を表している。
 暑い、ならば気温を。
 熱い、ならば温度を。
 篤い、ならばその作品に対する信仰心を。
 厚い、ならば本の背表紙の攻撃力を。朝、義兄を起こすときに使う広辞苑とか。

 そういえば、あのラノベも分厚かった。
 あれを本屋で目撃したときなんて、あまりの分厚さに噴き出してしまったし、電車で読んでいた人を見たときなんて感動を覚えてしまったほどだった。
 あの厚さを越えるものはそうそうないと思われる。
 てかそうそう有ったら困る。
 1000ページ越えは無いだろ、普通……。
 そんなまったく意味の無い考察をしながら、ペラリとページをめくる。
 本の上に汗が垂れないよう、額を拭った。
 それにしても、

「――遅い」

 人の少なくなった教室の中で、柊かがみは怨嗟を込めて呟いた。
 放課後になってどれほど経ったのか。
 実際はそうでもないのかもしれないが、室内にみなぎる暑さのせいでイライラがつのって仕方が無かった。
 このクラスでいつもつるんでいる二人も、既に帰ってしまって居ない。

 仕方なくかがみは、手持ち無沙汰なのと迫り来る湿気を紛らわせるために、まだ途中だった本を読んでいたところだった。
 両手に納まった文庫に目を走らせる。
 字を読み、文を読み、描かれた内容を想像する。
 時に笑いが、時にドラマが、悲しみが、切なさが、嬉しさが心の中に溢れ出す。
 昔の偉い人はよく言ったもので、“本はベッドの上にいたまま、いろんなところに行けるもの”なのだ。
 そしてまた、様々なことを経験できるもの。

「――ホームシックな、うさぎ……ね……」

 読んでいた本の内容をポツリと呟いた。
 以前こなたが言っていたが、自分は動物に例えるとうさぎらしい。
 なんでも「寂しがりや」、だからとか。
 まあ、そのことはあながち間違っては……いないんだろう。

 なんだかんだで、あまり一人でいるのは好きではない。
 それは多分、幼い頃から……生まれたときからずっと一人ではなかったからだと思う。
 双子で生まれたからか、一人で何かをすることは少なかったような気がする。
 隣には常にあの子がいたから、それで一人でいるのは寂しいなんて思ってしまうのかもしれない。

 ――なんてね……。

 自分の考えに苦笑しながら、でも彼女のことが頭に浮かんだ。
 いつも自分の後ろを追いかけていた、大切な家族。
 ずっと一緒に育ってきた大事な妹。
 できることならば、彼女になんでもしてあげたい。
 って、そんなことを言ったら、まるで過保護みたいだけれども――。
 そこまで思って、かがみはページをめくる手を止めた。
 顔を上げて見渡して見ると、教室にはもう自分しか残っていなかった。
 もう一度額の汗を拭う。
 それにしたってやっぱり、

「…………遅いっつーの…………」

 すっかり人の居なくなった教室の中で、かがみは小さく呟いた。




       ♪




「――かっがみ! おまたせー」
 ガラっとドアを開ける音をたてながら、待ち合わせの相手であるこなたが教室の中へと入ってきた。
 ひょこひょこと髪の毛を揺らしながら、窓際に居たかがみの元へとやってくる。
「……遅いわよ」
 かがみは読んでいた本をしまいながら、こなたに向かって呟く。
「ゴメンゴメン。つかさたちと話しこんじゃってさー」
 頭をかきながら、いつものごとく軽い調子で言うこなた。
 こっちは暑い中待ってたんだが……と思ったが、呼び出したのはこっちだしこんなことで苛立っていては彼女の相手など出来ないので、気にしないでおく。

「それで、今日は何の用? 新刊でも買いにアキバにでも行くの?」
「そうそう、まだサンクリの本をチェックして無くてさー……って違うわよ」
 しれっと言うこなたに向かってかがみはチョップをお見舞いした。
 つーか時期的にも微妙だろうに。
 今行っても目ぼしいものは置いてないはず……ってだからそうではなくて。

「もうすぐ私たちの誕生日でしょ? だからつかさのプレゼントを買うのを手伝って欲しいのよ」
「へ、……つかさの?」
「うん」
 そう言うと、こなたはなぜか目を丸くしながらかがみのことを見つめてきた。
「……何よ」
「ううん。なんでもー」
 こなたはどこか含みのある顔で笑っている。
 それがなんだか気になったが、めんどくさいのでやめておいた。

「というわけだけど、いい?」
「うん、もちろんオッケーだよ」
 こなたはのほほんとした口調で言う。
 それにかがみは少し安堵すると、彼女と一緒に教室を出る。
 室内も暑かったけれど、廊下もさほど変わらずに蒸し暑さが身体にまとわりついてくる。

「それで、つかさたちとは何を話してたの?」
 かがみは昇降口に向かいながら、少しだけ気になっていた事を話題を出す意味も込めてこなたに訊く。
「かがみたちの誕生日って七夕の日でしょ? だからそのことでちょっとね」
「七夕?」
「うん。短冊に、お願い事を何書いたかって」
「ふーん……」

 ――お願い事ねぇ……。
 そういえば、自分たちの誕生日は七夕の日だ。笹の葉に願いを書いた短冊を吊るす、伝統行事の日。
「かがみは子どものころ、なんて書いた?」
「え? そうね……」
 あの頃の記憶を手繰り寄せる。
 あれはいつのころのことだったか。
 少しだけ曖昧なところも有るけれど、けして忘れられない記憶。
 稚拙な字で書き込んだお願い事。

 お互いに顔を見合わせて笑いあった少女。
 そして、吸い込まれそうなほどに綺麗だった夜空――。
「……まあ無難にお嫁さんだったかしら」
「…………ああ」
「なんだ、その顔は……」
 こなたはなんだかなんともいえない顔を作ってかがみのことを見てくる。
「いやだってさ、普通なら子どもらしいというか、女の子っぽい感じがするけど、かがみが言うと途端に現実的っぽく聞こえるから不思議だなーって思って」
「どういう意味だよ」
「だって基本的にかがみは夢の無い人間だし」

 ……こいつは私のことをそんなふうに見てたんかい。
 かがみは心の中でそっと嘆息した。
「そんなあんたはどうだったのよ」
「私? 私はねー、もちろん町を守る正義の味方って書いてたよ。こう、ビーファイターとか、メガレンジャーとか」
 言いながらビシッとポーズを決めるこなた。
 つかせめて女の子なんだから、魔法少女とか美少女戦士とかにしとけよな……。
 なんていうか、暑さのせいでこいつのいつものオタトークもわずらわしいような感覚がする。

 もう少し熱を下げてくれ、太陽。
 熱狂するな、オタク少女。
 昔のことを熱く語るこなたを適当にあしらいながら、昇降口へと辿り着く。下駄箱を開けて、靴を履き替える。
「かがみは、つかさに何をあげるの?」
「ん?」
 上機嫌に何かの振り付けを披露しながら、こなたが聞いてくる。
 こいつに夏の暑さは効かないんだろうか……。化け物かこいつは……!

「……んー、まあアクセサリー類にしようかなって」
 変な電波を振り払いながら、かがみはこなたに言葉を返す。
「なんで?」
 靴を履き終え、昇降口を出る。ギラリと降り注ぐ太陽が眩しかった。
「高校卒業したら、私服が多くなるでしょ。あの子はなんていうか地味な感じだし、もう少しぐらいファッションにも気を使った方がいいんじゃないかってね」
「ほうほう」
「つーか、あんたもな」
 うっ、と言って言葉を詰まらせるこなた。

 さすがに服装とかには気を使っているようだが、化粧とかにはあまり縁のない人間でもある。
 まあ、あまりそういうことをしているのが似合いもしないのだが。
「だ、だってさ、ファッション雑誌見てるよりもコンプティーク読んでるほうが楽しいし、何よりオシャレはお金が掛かるんだよ! オタクにとっては、これが結構致命的になったりするんだよ!?」
 お金や時間の余裕があれば、あの人達だってましになれるはずなんだよー、と訴えかけるこなた。
 いや、まあ言いたい事は判るけど。
 服やカバンなんかでもそれだけでお金がかかるし、化粧品なんかもそうだ。
 こいつはそういうものに使うのを、全てマンガやグッズにつぎ込んでいるのだろう。それはオシャレも出来ないってもんだ。

 ……にしても、どうしようかしら。
 なにやらへこんでいるこなたをほったらかしながら、かがみは考える。
 こういう贈り物は難しい。
 お金もあんまりあるわけでは無いし、だからといって無難なものなんて心がこもっていないようでイヤだ。
 なるべくならつかさには、良いものをあげたい。良いもの、の基準は曖昧だけど、できる限りのことはしてあげたかった。
 そんなふうに思いながら、かがみは駅へと向かって歩いていく。
 隣で並ぶこなたは、オタクである限り身なりというものは捨てなければならないのだよ……、と何かを悟ったように呟いていた。




       ♪




 細く長く 生き残っていたいだけ
 細くて 長い 細くて 長い
 それはなんだか赤い糸みたいだね、って
 君が笑ったんだった――。

 最近聞いて以来、なんとなく好きになってしまったメロディを口ずさむ。
 夕暮れ時になっても、オレンジ色の太陽は威勢よく輝いていたけれど、少し風が出てきたために暑さはだいぶ薄らいでいた。
「なんだか嬉しそうだね」
 隣で歩いていたこなたが声をかける。
「ん、そう?」
「うん。良かったね、いいのが見つかって」
 にやにやと笑いながらこなたは見上げてくるが、確かにそれが気にならないくらいには自分は上機嫌かもしれない。

 カバンと一緒に下げた紙袋にはつかさへのプレゼントが入っている。
 ようやく見つけた大事な一品。
 本当に喜んでもらえるかは判らないけれど、それでも彼女にあげるのが楽しみだ。
「思ったんだけどさ、かがみたちって仲良いよね」
「え? あー、まあそうかもね」
「ゲームとかなら結構普通だけど、実際そんなに仲のいい姉妹って中々いないと思うよー」
 夏の夕暮れに目を細めながら、こなたは言う。

「……変?」
 なんとなくこなたの言い方が気になって聞いてみた。
 自分では普通だと思っていたのだが、実は気持ち悪かったらどうしようか、なんて考えが頭に浮かんだ。
「ううん。ただ私でもなんかうらやましいなー、なんて思っちゃうぐらいだからさ」
 ある意味すごいなって思っただけだよ、とこなたは言う。
「つかさもなんていうか、かがみにべったりって感じだしさ。かがみがいない時だって、結構かがみのことを話してたりしてるし、よくよく考えると、本当にかがみのことが好きなんだなーって感じるわけですよ」
 そう言葉を続けるこなたは、どこかいつもより真剣な顔でにんまりと笑っていた。

 そんな彼女に対して、かがみも言葉を返す。
「まあ確かにあの子は甘えん坊っていうか、結構頼ってきたりはするけどね……」
 思い出してみても、つかさはよく自分の後をついてきていて、しょっちゅう頼ってきていたように思えた。
 その度に私は手を差し伸べて、彼女のことをずっと引っ張り続けていたんだ。
「……でも本当は、あの子が私に頼りきってるっていうよりかはね……、……私のほうが、妹離れできてないのよ」
「……?」

「ついつい面倒見てあげちゃうというか、頼ってくれるから甘やかしちゃうっていうか……。どうしても放って置けなくてさ」
 長い影が伸びる道を見つめながら、かがみは言葉を続ける。
「本当は、あの子のためにも厳しくしないといけないんだろうけどね……」
 ずっと、そうだった気がする。
 あの子が私を頼って、私があの子を助けてあげる。
 二人で一緒に歩き続けていた。
 ずっと変わらずに。

「……ちょっとわかる気もするかなぁ。私もゆーちゃんを見てると構ってあげたくなっちゃうし、頼まれたらついなんでもしてあげたくなっちゃうしなー……。それにやっぱり妹は可愛いし」
 そりゃ12人もいたら人生変わっちゃいますよ、とこなたは呟く。
 その返答に苦笑しながら、かがみは言う。
「まあ、確かにあの子もそんな感じがするわね」
 小柄で少しだけ病気がちで、保護欲をそそられるのはわかる気がする。
「つかさとは小中高と同じだったわけだけど、……これからは違うしね。いつまでもこんなふうじゃダメなんじゃないかって思うのよ」

 今までずっと、二人で一緒だった。
 だけどもう、それも終わってしまう。
 共に歩き続ける事は、出来なくなってしまう。
「……考えすぎじゃない?」
「そう……?」
 確かにそうなのかもしれない。
 難しく考える必要なんて無いのかもしれない。

「でもね、だけどあの子にはさ……、なんていうか……、……いい人生を進んでほしいのよ」
「………」
「なんて、勝手かもしれないけどね」
 そこまで言って、なんだか急に恥ずかしさみたいな変な感覚に襲われてかがみは頬をかいた。
 こなた相手にここまで話すなんて、今日の自分はちょっと熱にやられてしまっているのかもしれない。
「……やっぱり寂しい?」
「…………。…………ううん」
 寂しいなんて言ってられない。
 これくらいでへばってなんていられない。
 これからもずっと、私はしっかりとしていなくちゃいけないんだから。

「――ねえ」
「……なに?」
「誕生日会しようよ」
 その言葉に振り向くと、夕暮れの日差しを顔に浴びながら、こなたは笑みを浮かべていた。
「……また、急に何よ?」
 かがみはそっと嘆息する。
「ちょうどその日は土曜日だしさー。どうせだからゆーちゃんたちも呼んで、パーッとお祝いしてあげるよ」
 我ながらいい考えじゃない? とこなたは胸を張る。

「別にいいわよ。だいたいもうそんなことをする年でもないし」
「そんなこと無いよ!」
 バッとこなたはかがみの前へと飛び出し、両手を広げて行く手をふさいだ。
「高校生最後の誕生日だよ!? これを祝わずに何をするっていうのさ! それにもうすぐ期末があるんだから息抜きが必要なんだよ!!」
「……最後が本音とは言わないだろうな……?」
 そう小さく指摘してやると、こなたはわかりやすく目線を泳がした。
「いや、そんなこと、あるわけないっすよ……。ははは……」

 そんな姿にかがみはクスリと笑みを浮かべた。
「そんなに言うんなら……、お願いしようかなー」
 どうやら自分は励まされてしまったらしい。
 こなたにっていうのがすごい微妙だが……なんて考えが浮かぶのは少し彼女に失礼だろうか。
 でもそんなふうに思えるほどには、きっとこなたは親友であるんだろう。
 今度は素直に笑みが浮かんだ。

「それじゃあ決まりってことで。で、会場はかがみの家だからさ、スケジュールとかその他もろもろはよろしくね」
 にっこり、というよりかは、にんまりと笑みを浮かべるこなた。
「……はいはい」
 そんな彼女に対して、やっぱりかがみはそっとため息をついた。
 ――彼女らしいな、と。





       ♪






 星が光って、夜空を照らした。
 いつかの願いは空へとのぼって、はじけて光って消えていった。


「すごい……、きれい……」
 小柄な少女が呟いた。
「うん……、ほんとうに……」
 髪の長い少女が言葉を返す。
 並んで見上げた星空は、まるで吸い込まれそうなほどに輝いていて。
 それが嬉しくて、二人は笑みをこぼした。
「これなら、かなうかなぁ……?」
「うんっ、ぜったいかなうよ!」
 小さな二人は手を伸ばした。
 あの空に届くようにと。
 この想いが届きますようにと。
 必ず願いを――叶えてほしいと。


 降り注ぐ星々が、願いを運ぶ。
 二人はただ手を繋ぎあって、寄り添いあって空を見上げた。


 ――何処までも、二人は一つだった。





       ♪





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