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結び目が解けるまで 終章

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 いつ恋に落ちたかなんて分からない。
 気がつけば、いつも目で追っていた。
 何だかんだと理由をつけては、会いに行った。
 ただ傍に……居ようとした。
 笑う顔が好きだった。
 はにかむ笑顔に、心を奪われた。
 いつまでも、一緒にいたかった。
 でも、心がきしむ。
 そんなの、普通じゃない。
 だからどうか、幸せに。
 それだけを――ただ、願っていた。


■やぶれたページ
 一緒にいよう。
 ずっと、一緒に。
 健やかなるときも。
 病めるときも。
 喜びのときも。
 悲しみのときも。
 富めるときも。
 貧しいときも。
 死が二人を分かつまでなんて言わない。
 せめて――。(やぶれてここから下は読むことが出来ない)


□日記5ページ
 こなたがふざけて私と手を繋いだ。
 綺麗だね、と髪を触られた。
 やっほぅ、と肩を叩かれた。
 その度に私の心臓が止まりそうになる。
 心臓の音が他人に聞こえないのが、せめてもの救いだった。


□日記13ページ
 こなたの家に遊びに誘われた。
 しかも、みゆきとつかさは都合が合わなかった。
 どうしよう。少し、胸が弾んでる。
 二人だからって、何かあるわけじゃないのに。

□日記14ページ
 信じられない。
 今でも、体が熱い。
 こなたと……キスをした。
 いや、それだけじゃない。それ以上のこともした。
 まぁ、されたと言ったほうが正しい。
 こなたの家で。
 こなたの部屋で。
 こなたのベッドの上で。
 縛られて、は余計だけど。
 それに……好きだと、言ってくれた。
 それを思い出すたびに顔は炎上。
 何度枕に顔を埋めたのか分からない。
 うぅ、明日からどんな顔で会えばいいんだろ。


■日記160ページ
 憎い。
 憎い。
 アイツが、憎い。
 アイツさえ居なければ。
 アイツがいるから全てはおかしくなった。
 アイツさえ居なければ、私は幸せになれた。
 アイツさえ、アイツさえ……。


□日記17ページ
 こなたと二人だけで買い物に行った。
 意識しあってからは、初めてと言ってもいい。
 つまりその……デ、デデートに、なるのかも。
 慌てた所為で、手も繋げなかった。
 それでも私は今、幸せだ。
 大好きな人と、同じ時間を過ごす事が出来て。
 こんな時間がずっとずっと、続いて欲しい。


□日記18ページ
 つかさに……私とこなたの仲がばれた。
 お風呂で、襲われた。
 私は甘えていたのかもしれない。
 自分に。
 こなたに。
 だから、これは罰。
 夢は、いつか覚めるもの。
 私の甘い夢は……覚めたのだ。
 だから、決めた。
 終わりにしよう。


『え……』
 受話器の向こうで、こなたが絶句しているのが伝わる。
 それも仕方ないのかもしれない。
 私は今、確かに言った。それを、もう一度繰り返す。
「私たち……やっぱり終わりにしましょ」
『あっ……へ?』
 素っ頓狂な彼女の返事が返ってくる。
 この瞬間が辛くて、耐えられなくて。
 私は次々に言葉を重ねていく。
「でもあんたが友達なのには変わりないからさ。またいつものようにしましょ、ね?」
『……』
「……」
 沈黙が続く。
 もう私には、耐えられなかった。
「じゃあ……切る、ね」
『あっ……ちょ』
 その時、こなたが何かを言いかけた気がした。
 その声を聞かないように、私はそのまま受話器を置いた。
 これで、いい。
 もう十分、幸せだった。
 そうだ、これで……
「ひっ……く」
 涙が自然と溢れ、膝を抱えてなく。
 その時、だった。
「お姉ちゃん、泣いてるの?」
「っ!」
 その時、何かが後ろから私を包む。
「つか……さ」
 背筋を汗が伝い、恐怖に体が動かない。
 ずっと、私の後ろで聞いていたんだ。
 こなたとの……会話を。
「……大丈夫、私が居るよ。だから泣かないで、ねっ?」
 つかさの両手が、私の体を後ろから包む。
 その手に私は、怯えるしか出来ない。
「あっ、一緒にお風呂入ろうよ。私背中流してあげるからさっ」
「!」
 その言葉に、思い出す。
 お風呂で彼女に、体を蹂躙されたことを。
 その恐怖に……逆らえるはずもなかった。
「う……ん」
「あははっ、ほら行こっ」
 そのまま私の腕を引っ張るつかさ。
 抵抗も出来ない私はただ、足並みを揃えることしか出来なかった。
「あら、二人でお風呂?」
「うんっ、洗いっこするの」
「うふふ、本当仲良しねぇ」
 母さんの笑い声だけがただ、後ろめたかった。


□日記63ページ
 こなたとは距離を置いた。
 仕方がなかった。
 どうしようもなかった。
 傍に居れば……辛いだけだったから。
 休み時間も、会いに行くのを辞めた。
 昼休みも、一人でお弁当を食べた。
 廊下で会っても、目を合わせないようにした。
 登下校も、時間をずらした。
 そこまですれば、違うクラスメイトでしかない。
 私とこなたの時間は、いまやもう……ない。


□日記123ページ
 会いたい。
 会いたい会いたい。
 アイタイアイタイアイタイ。
 考えるのは彼女の事ばかりで。
 目を閉じれば、彼女の笑顔があって。
 それから、それから……。
 その想いはただ募るだけ。
 募らせるだけ、無駄なのは分かっているのに。
 そう、もう無駄なんだ。
 私にはもう、想うことすら許されない。
 そうだこんな日記……もう、意味がないんだ。


■日記124ページ
 お姉ちゃんの日記が進まなくなった。
 どうやらもう、書くのは辞めたらしい。
 これを盗み見るのが私の日課だったのに、つまらない。
 でもいい。
 これからは私が、埋めていく事にしよう。


■日記140ページ
 ゆきちゃんが私に相談してきた。
 どうしてお姉ちゃんは一緒にご飯を食べないのかって。
 ゆきちゃんが心配するのも無理ないのかもしれない。
 お姉ちゃんがこなちゃんを避け初めて、もう一週間だし。
 面倒なので適当に返事をしておいた。
 なんでもない、って。
 アンタは気にしすぎ、って。


「かーがみっ」
「……っ!」
 心臓が止まるかと思った。
 叩かれた肩が痺れだし、それが全身に回っていく。
「あっ、お。おっす」
 自分でも信じられないくらい、声が裏返ったのが分かる。
「一緒に、帰ろっ」
「えっ……」
 いつもの笑顔が、そこにはあった。
 少し、周りを確認する。
 つかさの姿はない。
 そうだ、今日は用事があるって今朝言っていた。
 だから居るはずがない。
 そう、今なら誰も……邪魔をしない。
「え、と。その」
 首を縦に振るだけでいい。
 でも、心がきしむ。
 もう……諦めた事なんだ、と。
「……ごめん、用が……あるから」
 自然と、拒絶の言葉が口から零れた。
 その時私は始めて目にした。
 いつも笑っていた少女の、こんな悲哀の表情を。
「そっ……か」
 肩を落として、踵を返すこなた。
 そのままゆっくりと私の前から去っていく。
 その後姿が寂しそうで、思わず声をかけてしまいそうになる。
 でも……駄目。
 私に出来るのは、唇を噛み締めることだけだから。


■日記158ページ
 こなちゃんがお姉ちゃんに会いに来た。
 私が居ないと思って、油断したんだね。あはは。
 無駄だよ。
 私はお姉ちゃんのこと、ずっと見てるんだから。
 何をしても、何処にいても。
 ずっと……見てるから。


■日記159ページ
 今日もこなちゃんがお姉ちゃんを帰りに誘いに来た。
 もしかして毎日来るつもりなのかな?
 じゃあお姉ちゃんにきつく言っておかなくちゃ。
 それにしても、邪魔だな。
 おかげでお姉ちゃんがまた、こなちゃんのことばっかり考えてる。
 その所為で、お姉ちゃんの中に私の居場所がない。
 このままじゃ……私は。
 ……。


■日記173ページ
 もう戻れない。
 彼女をもう呼び出してしまった。
 今日の放課後、屋上に。
 仕方がない。
 そう、これは仕方がない事。
 彼女の存在は、わずらわしいだけでしかない。
 だから私は『アイツ』を……殺す。
 これはもう、決まった事。


「……」
 私は今、一つの本を前に絶句している。
 異様なのは、まず場所だった。
 いつも私の机の一番上の引き出しにしまってあるはず。
 誰にも見られないように、鍵をつけて。
 なのにそれが……つかさの机の上に無防備に広がっていた。
 これは……そう、私の本のはず。
 こなたが誕生日にくれた、日記帳。
 でもその中は……知らない言葉ばかりで綴ってあった。
 こんな言葉、私は知らない。
 書いたはずがない。
 こんな、恐ろしい内容。
 殺す?
 誰を?
 アイツ?
 そんなの……決まってるじゃないか。
 この日記を読めば、伝わってくる。
 こなたへの……憎悪が。
 日付は、今日。
 つまり今日……こなたは、殺される。
 誰に、なんて考えたくもない。
 でもこの日記が指している人物は……一人しかいない。
 ……怖い。
 足が今にも、膝をつきそうなぐらい震えている。
 でも、ここで逃げるなんて……私には出来なかった。

□日記1ページ
 こなたが誕生日にこの日記帳をくれた。
 嬉しい。
 ただの日記帳が、こんなに嬉しいと思ったのは始めてかもしれない。
 私は多分……こなたのことが好き。
 でも、伝えられるはずがない。
 だからその想いだけ、この日記に綴っていこうと思う。
 それだけが私に許される、唯一の愛情表現だから。


 夕日と共に下校する生徒達と正門ですれ違う。
 色々準備していたら、もうこんな時間になってしまった。
 あはは、こなちゃんを待たせちゃうや。急ごうっと。
 校舎の中にはもう人影はなかった。
 窓からちらほら見える人影は、校庭で汗を流す生徒ぐらい。
 階段を上るたびに聞こえてくるのは、私の靴が地面を擦る音だけ。
 その静かな空間に、自分の血が冷たくなっていくのを感じる。
 そうして長い階段を上がり、ようやく屋上へ。
「おまたせ」
 扉を開けると、目に入ったのはこなちゃんの姿。
 良かった、ちゃんと来てた。
「あっ……へ?」
 少し驚いているようにも見えるのは、私の手にあるナイフの所為かな?
 そのナイフを、こなちゃんに向ける。
 突然の事態が飲み込めないのか、私から逃げるように一歩下がる。
 私が近づけば、また一歩。
 そうやって追いかけていくうちに、金網に追い込む。
 あはは、短い追いかけっこだったね。
 でもこなちゃんが悪いんだよ?
 私の居場所を、奪おうとしたんだもの。
「ど、どーしたのさ。一体っ。冗談なら怒るよっ?」
 金網にまで追い詰められてから、ようやく言葉を発する。
 どうしたって?
 あはっ、今頃そんな質問だなんて馬鹿げてる。
 そっか、お姉ちゃんはずっと会わなかったんだっけ。
 じゃあ私の事も、知らないのか。
「さ、最近おかしいよっ。変な電話かけてきてさ」
 ……電話?
 何を言い出すんだ、こいつは。
 恐怖で頭がイカれたか?
「その日から変だった……私のこと、避けだしてさ。私が何かしたなら……謝るからっ」
 避けだした?
 何を言ってるの? こなちゃん。
 だって、私たち一緒のクラスだよ?
 避けようがないよ。毎日……一緒にご飯、食べて。
 あれ……でも、変だな。
 記憶が、まるでない。
 昨日こなちゃんが何を食べてたとか、何を話してたとか。
 あれ? あれ……?
 違和感が、私を包む。
 何? これ。
 考えるほどに、矛盾。
 あれ? 今日の授業は、何をやったっけ?
 今日のこなちゃんのご飯はなんだったっけ?
 何で、どうして何も出てこないんだろう。
 出てくるのは、お姉ちゃんのことばかり。
 今日は一人で学食を食べたんだよね。
 汁物だったから、制服に飛ばないように気をつけてたよね?
 ずっと、見てたよ?
 あれ?
 ねぇ、それ……『何処から』?
「本当にどうしちゃったのさっ……『かがみ』っ!」
 こなちゃんの声が、私の耳を劈いた。


■日記174ページ
 どこから夢だったんだろう。
 どこから私だったんだろう。
 どこから彼女だったんだろう。
 私は、私のはずだった。
 なのに、私は彼女だった。
 私の中には……彼女が居た。


 手のナイフが、地面に落ちる。
 そんな。
 嘘だ。
 そんなはずがない。
 私は、つかさ?
 いや、違う。
 この手、この足、この肌、この感触……。
 私は、柊……かがみ。
 強烈な頭痛と吐気が私を襲い、天と地が逆転しそうになる。
 何?
 どういうこと?
 私は今の今まで確かに、つかさだった……はず。
 でもそのつかさが今……消えた。
 つまり……どういうこと?
 そうだ、そういうこと。
 つかさはもう、居ないんだ。
「あは、あはははっ」
「か……かがみ?」
 そうだ、もう居ない。
 じゃあ私を邪魔する奴なんて、居ないじゃないか。
「やった、やったよ? こなた……」
 今ならはっきりと分かる。
 私の中が、こなたで埋め尽くされていく。
 彼女の……『私の中の』彼女の居場所はもうない。
 そう、『消えた』。
 もう私を、止められる人なんていない。
「ねぇ、こなた……」
「ひっ……」
 あれ? なんでそんな顔するの?
 だって、もう邪魔は居ないんだよ?
 私たち、結ばれるんだよ?
 言ってくれたよね? 好き、だって。
 あ、そうか。
 私はまだ、ちゃんと言ってなかったんだっけ。
 じゃあ言うね?
 照れるんだよ? すっごく、これ。
「……好き」
「っ!」
 金網まで追い詰め、両手で彼女を抱きしめる。
 あれ? 震えてるよ?
 あはは、大丈夫。
 すぐに暖めてあげるから。
 私の体で。
「やっ……か、かがみっ。やめっ……」
 こなたの体を服の上から愛撫してあげる。
 そのまま、唇を奪った時だった。
 私の頬に、衝撃が走る。
 こなたの手が、私の頬を引っ叩いた。
 ……へ?
 それに呆然として、私の手が緩む。
 その手からすり抜けるように、こなたが私の腕の中から消える。
 ねぇ、何処に行くの? こなた。
 何で、逃げるの?
 私たち、これで本当に結ばれるんだよ?
 ほら、そっちは危ないよ?
 そっちはまだ工事中で、金網がないんだから。
 ねぇ、何でそんな目で私を見るの?
 そんな、怯えた目で。
 大丈夫、もうつかさは居ないんだよ?
 怖がることなんて、何も……
「や、やめてお姉ちゃんっ!」
「!」
 その時、声が響いた。
 聞き覚えのある、声。
 それは、私の背後から。
 なんで?
 そんな、はずない。
 だって、消えたはずだよ。
 うん、ほら。
 もう居ない。
 私の中には……つかさなんて。
 ああ、そうか。
 出てきたんだね、私の中から。
「まだ……邪魔するの? つかさ」
 視線を背後に向けると、確かにつかさが居た。
 手にあるのは……ああ、私の日記。
 私の……私だけの日記だったのに。
 そうだ、それを勝手に覗き見たんだよね。
 そう、確かそう。絶対そう。
 そして私を、襲ったんだった。
 こなたに、嫉妬して。
 あははっ、馬鹿みたい。
 何それ、意味分かんない。
 そんな事しても、私の心はこなたのもの。
 心まで、縛れるはずがない。
 だからもう屈しない。
 私は負けない。
 つかさがまた現れたなら……もう一度、消せばいい。
 そうだ、書いてあったじゃないか。
 これは決まったこと。
 仕方がないこと。
 そうだ、書いたじゃないか。
 私が決めたこと。
 仕方がないこと。
 彼女を……殺そう。
「つ、つかさ。来ちゃ駄目っ! かがみ、何かおかしいよっ」
 背後からこなたの声がする。
 おかしい?
 私が?
 あはは、何言ってるの? こなた。
 おかしいのは、私の目の前のこいつ。
 傲慢で我侭な、独占欲の強いイカれた妹。
 待っててね、こなた。
 今、消すから。
「ひっ……」
 落としたナイフを拾うと、つかさの顔が強張った。
 あはは、怖いんだ。
 でもいい気味。
 だって、これまで散々私に酷い事をしてきた癖に。
 今更許してなんて言っても、絶対に許さない。
 でも安心して。
 ……簡単には、殺さないよ?
 苦しめて、苦しめて……生きるのが嫌になるくらい、嬲ってあげるから。
「つかさっ、早くっ!」
「だっ、駄目、だよ……こなちゃん置いて、いけないよっ!」
「っ!」
 足は震えてるくせに。
 体は恐怖で硬直してるくせに。
 つかさの目が私を睨んだ。
 そうか、分かった。
 つかさは、私の全てを奪う気なんだ。
 そうだ、きっとそう。絶対そう。
 私からこなたを奪っただけじゃ物足りず……自分のものにする気なんだ。
 ナニソレ、ナニソレ、ナニソレ……。
「お願い……お姉ちゃん、もうやめてっ!」
 五月蝿い。
 ウルサイウルサイウルサイウルサイ。
 モウ、オマエ……シャベルナ。
 ソウダ、イイコト考エタ。
 ソノ五月蝿イ口カラ声ガ出ナイヨウニ――喉カラ潰シテアゲル。
「そ、そうだよっ。やめようよっ、かがみっ」
 その時、もう一度私の後ろからも声が。
 こなた……なんで、あんたまで?
 だって、これは罰なんだよ?
 つかさが全部、悪い。
 だって、そう書いてあったんだよ? 私の日記に。
 私の日記を勝手に見て、勝手に書いて。
 ああそうか、心配してくれてるんだね。私の事。
 つかさが反撃して、私が怪我するんじゃないかって。
 あはは、大丈夫だよ。
 優しいね、こなたは。
「大丈夫、すぐ終わるから……待ってて、こなた」
 ゆっくり少しずつと思ってたけど、やめるね。
 体を一突きしたあとに……縊る。
「だ、駄目ぇっ!」
「……っ!」
 その時、私の手が自由を奪われる。
 つかさはまだ、私の目の前で恐怖に震えている。
 だから、私の手に絡み付いてきたのは別。
 ……こなた、だ。
 何で? 何でこなたが邪魔するの?
 だって、これでようやく私たちは幸せになれるんだよ?
 私たちの邪魔をする奴は、もう居なくなるんだよ?
 ……そっか、分かった。
 こなたも、邪魔する気なんだ。
 私とこなたの仲を邪魔するなら……こなたでも、許さないよ?
「きゃっ!」
 掴まれた腕を大きく振り、こなたを体ごと振り解く。
 ……。
 軽く、振り解いただけのはずだった。
 視界が、スローモーションのテレビを見るようにゆっくりと再生されていく。
 華奢なこなたの体は……今、空を舞っていた。
 あ……れ。
 ねぇ、何でアンタ、そんな所に居るの?
 言ったよね? 金網がないから危ないって。
 空中をゆっくりと舞うこなたと、視線が交わった。
 恐怖と、驚き。
 その二つが混じったような表情が、私の網膜に焼きつく。
 それが私の見た……彼女の最後だった。


■事件報告書 別紙1
 ・泉こなた
 屋上からの転落による失血死。
 事件当時、屋上の金網は修理のため撤去されていた。→事故?


「こなちゃんっ!!」
 つかさの声が私の耳を劈き、スローモーションの世界が終わりを告げた。
 もうそこに……こなたの姿はない。
 待って。
 ねぇ……待って。
 今私は、ナニヲシタノ?
「こなちゃん、こなちゃんっ!!」
 つかさが私を押しのけ、こなたの居なくなった場所から見下ろす。
 私は、恐怖で見れるはずがない。
 そこにはきっと……不自然に体の折れた、こなたが居るんだ。
 どうして?
 どうして?
 なんで、こなたが?
 これで終わりのはずだったのに。
 つかさが居なくなれば、もう終わり。
 私とこなたには、幸せが待っていた。
 なのに……なのにっ!
「あんたの……所為だ」
「……!」
 つかさの顔が、こちらを向く。
「あんたが、邪魔したから。あんたが、私とこなたを引き裂いたからっ!!」
「な、何……言ってるの? お姉ちゃん」
「あんたが日記なんか、覗くから……私とこなたの事に嫉妬したからっ!」
 それが始まり。
 いや、もっと前か。
 だって知ってる。
 それを見て、私を襲ったんじゃないか。
 きっとそう。絶対そうっ!
 だって見た! 聞いた! 考えた!
「日記って……こ、これ?」
「そうよっ! あんたが勝手に続きを書いた、それっ!」
 許さない。
 私とこなたの邪魔をした。
 それだけで、万死に値する行為。
「ま、待って。お姉ちゃん、おかしいよっ」
 おかしい?
 今更何が?
 これ以上私をイラつかせないで。
「だって私この日記、今日始めて……見たもん」
 はぁ?
 何を言ってるの?
 全然、まったく、皆目、意味が分からない。
「帰ったら私の机の上に広がってて……そこで、初めて」
 そんなはずがないっ!
 だって、あんたが呼び出したんじゃないか。こなたを。
 だってそう書いてある。
 いや、そう書いた!
 だから、そう……書い、た?
「最初は、小説か何かかと思ったんだ……全部、お姉ちゃんの字だったし」
 あれ?
 視界が、歪む。
 何だろう、これ。
 天地が逆さまになったような、そんな嗚咽。
 そう、さっきもあった。
 いつしか、私はつかさだった。
 いつしか、私はかがみだった。
「でも、最後に……『殺す』ってあって、心配になって……来たの」
 ……。
 そうだ。
 思い……出した。
 何で忘れていたのかも、分からない。
 私はかがみだった。
 でも私は……つかさだったじゃないか。
 今ならはっきりと分かる。
 それは私の妹なんかじゃない。
 私の中の……蔭。
 こなたが好きという自分。
 それを、認められないという自分。
 私の中でその二つは、対立していたのだ。
 前者は、私。
 そして後者は……つかさという、妹の名を借りて。
 今なら思い出せる。私にはどうしても……こなたを好きな自分が許せなかった。
 だから私は全ての罪を、居もしない妹に擦り付けてきたのだ。
 全ては、後ろめたさから。
 だから……夢を見た。
 私が男性で、こなたと結ばれる夢を。
 それが何時の間にか……現実と夢が、入れ替わっていたのだ。
 つかさに体を蹂躙された?
 そんなはずがない。
 つかさがそんなことをするはずがないじゃないっ!
 だって、つかさはただ背中を流して泣いてた私に親身になってくれたじゃないかっ!
 なのに私はただ怯えて。恐怖して。
 そう……全ては私の、幻想だった。
「あ、はっ。あはははははっ」
 笑い声が、口から漏れた。
 それは、嘲笑。
 自分への、皮肉。
 何、それ。
 私はじゃあ、ただの頭のイカれた人間だ。
 自分一人で妄想に恐怖して、騒いで。
 あげくにこなたに別れを告げて。
 こなたに辛くあたって。
 みゆきにも相談されたのに。
 つかさにも相談されたのに。
 何も信じないで、ただ……自分の夢だけで、生きてきた。
 その結果が、これ。
 こなたは……死んだ。
 私が、殺した。
 そうだ、書いたじゃないか。
 これは決まった事。
 どうあっても私は……殺すんだ。
 こなたを、そして……。
「ねぇ、つかさ」
 私の笑う姿を呆然と見ていたつかさを見る。
「う、うんっ」
「私もう……疲れちゃった」
「えっ……?」
 ゆっくりと、つかさに近づいていく。
 もう、いい。
 こなたが居ない世界なんて、もういい。
「お姉……ちゃん?」
 そのままつかさの肩に手を置く。
「だから、お別れ」
「だ、駄目だよっ。お姉ちゃんっ! 死んじゃ駄目っ!」
 あははっ、何言ってるの? つかさ。
 私は死なないよ?
 だって、死んだら何もない。
 考えることも出来ない。
 夢を見ることも出来ない。
 死は、無。
 何もなくなっちゃう。
 そしたらこなたのことも、考えられない。
 だから、ね?
「あっ……」
 つかさの顔は、変わらなかった。
 私の手が、つかさを突き飛ばしたのに。
 そのまま彼女は、こなたと同じ場所から消えていった。
 バイバイ、つかさ。
 これで、全部終わり。
 出来た。
 全部出来た。
 ねぇ、褒めてよ。こなた。
 これで私たち、ずっと一緒だよ?
 死んだら確かに、何も残らない。
 でもね、心は残るの。
 残された人たちの中で、永遠に。
 体で触れられていられないなら、心の中で……ずっと一緒にいよう。
 大丈夫、寂しくないよ。
 だってほら。
 ……つかさも連れてきてあげたから。


■事件報告書 別紙2
 ・柊つかさ
 転落による失血死。
 日記らしきものを所持も、空想による小説。→事件とは無関係と判断。
 また一度帰宅した痕跡あり。→一度家に帰りもう一度学校に? →理由不明。


■やぶれたページ
 ずっと一緒にいよう。
 ずっとずっと、いつまでも。
 永遠に、ずっと。
 健やかなるときも。
 病めるときも。
 喜びのときも。
 悲しみのときも。
 富めるときも。
 貧しいときも。
 死が二人を分かつまでなんて言わない。
 せめて――結び目が、解けるまで。
 そう、私たちの絆という結び目が。


 ……。
 私は夢を見ている。
 こなたが居て、つかさが居て。
 その日常の繰り返しをただ、見つめてる。
 その輪舞曲は、終わらない。
 私が死ぬまでそれは終わらない――いや、死んでも終わらないのかもしれない。
 肉体はいつか死を迎える運命。
 でも、魂だけは残り続ける。
 そして夢を見続けるのだ。
 偽りの主演女優。
 偽りの舞台監督。
 偽りのカデンツァ。
 ねぇ、こなた。
 私……幸せだよ?
 いつまでも、一緒にいよう。
 ずっとずっと……永遠にね。















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  • 読んでてゾクゾクしました!
    グッドエンドもいいけどぶーわ氏のこういう話も好きです。 -- 名無しさん (2008-03-18 21:57:57)
  • 裏話ありがとうございます。
    謎となって明示されない部分は脳でシミュレートされ続けるので、
    それはそれで心地よさが続いて、宜しいかと。
    それこそ「読者が想像することで終わらない輪舞曲」のような感じで。
    では、これからも応援しております。

    次の夢は幸せな結末であることを願ってノシ -- 名無しさん (2007-11-08 21:40:27)
  • 読んでくれてありがとうございます!
    ちなみに投下した時には書いてたんだけど、裏ED的なのも実は考えてました

    ・やぶれたページが破かれたのは書かれたあと(内容まで破かれてるから)
    →やぶれたページが書かれたのは事件のあと(内容から)
    →やぶれたページを破いたのは、事件のあとに日記を見た人(警察は妄想と断定)

    まぁ……結局、実現せずでしたが! 分かりにくいしね! -- ぶーわ (2007-11-08 01:09:21)
  • 何度読んでもこの作品の終章の加速していく様には鳥肌が立ちます。
    ぶーわ氏の文章はカッコ良いです。 -- 名無しさん (2007-11-07 22:50:35)

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